黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_11 取引と謎の影

 6月における二度目の行商も、危なげなく成功を収めた。ポレシャに持ち帰った服の売却が32クレジット。普段、服を売ってる農家などから買い取って、多めに持ち込んでみた小麦の売却益が、130クレジット。雑貨屋への売却の見込み利益が177クレジット。利益だけで、合わせて339クレジット。

 

 商売は順調と言えたが、マギーが軍用の毛皮のコートを購入し、さらに二人分の毛糸のスカーフを購入した為、手持ちは少し減っていた。来月には、都市の工房に大きくて頑丈な肩掛け鞄も予約したので、手付金でさらにお金が飛んでいく。

 具体的には、その四つで800クレジットが吹っ飛んでいた。

「き、金銭感覚がおかしくなるぅ」ニナが喘いでいたが、マギーは満足げにため息を漏らしていた。「暖かいよぅ」ニナも、毛糸のスカーフの感触には抗えずに、蕩けていた。

 

 二人の纏う衣服の一部は、かなり上等な品で、居留地の市民や正規居住者が着ていても遜色ない代物であった。全体的に頑丈ではあるが、とは言え、拵《こしらえ》えられた品の一部だけが高級品で例えば、マギーのズボンなどぼろぼろで彼方此方と穴が繕ってあるのが、何とも不調和でちぐはぐな印象を与えてもいる。

 でも、そんなことは気にしない。元々、渡り人(オーキー)は機能性を重視するのだ。もう少し整えたら、全体的にいい品で揃えられるけど、意識は敢えてしなかった。

 

 自由都市から居留地へと帰還して、最近のいつも通りにゴンドラを使って、防壁内へと入れて貰う。南西のズールから帰還すると、北回りよりもこっちの方が早いのだ。雑貨屋へと向かって市民区画を歩きながら、ニナはちょっと足取りがおぼつかなかった。

「……ねぇ、稼ぎ過ぎてない?どうなってるの?」

「そうでもない」マギーは淡々としていたが、ニナの声に不安を感じ取ったのか、振り向いた。

「稼ぎが数倍に増えて怯んでいるのかな?」

「……うん。恐い」ニナは素直に認めた。

 マギーはふっと笑って、ニナの頬を優しく撫でた。

「冷静に考えれば、全然おかしくはないよ。所詮は、渡り人(オーキー)の数人分」マギーが肩をすくめて数秒、ニナも言いたいことを理解した。

「あ……そっか」稼ぎが劇的に増えたのは間違いないが、元が食うや食わずの渡り人(オーキー)基準。足を止めたニナのすぐ間近、荷車を引く音が響き、路傍へと飛びのいたニナはすれ違いざまに視線を向けた。薄汚れた衣服を着て荷車を押している、少しだけ年上の少年少女の背中を見、ズボンのポケットを探った。買い食いの為に取ってある都市銀貨を指先でなぞりながら感慨に耽った。

 大抵の渡り人(オーキー)よりは、いい暮らしをしているかも知れない。それでも大半の人は、日当20クレジットで居留地の暮らしを選ぶだろう。冒した危険を鑑みてみれば、今の冒険行の報酬が見合ってるかは、ニナにも答えが出なかった。

「まあ、そういうこと」マギーが少しだけ歩みを緩めて、振り返った。

「貧しい渡り人(オーキー)から、ちょっとだけ稼いでる行商人の収入に追いつきました。まあ、ここら辺で頭打ちだろうけどね。でも、充分だよ」

 へ、とほほ笑んだニナは、言葉に小さくうなずいてから、マギーの背中を追いかけた。晩夏から収穫期の秋にかけて、幾つかの理由で、利益は落ち込むだろうとは、まだマギーは告げなかった。

 

 

「おるかー?」「おるかー?」

 満杯の背負い袋を担いでマギーが扉を潜ると、爺さんの雑貨屋は珍しく混み合っていた。

「マジかよ、こんなに混むなんて珍事だな」

 マギーたちが声を上げると、店内にいた爺さんが振り向き、目を剥いた。

「お、失礼な小娘じゃな」爺さんは渋い顔をしたが、どこか嬉しそうだ。

 

 店内には数人、見知らぬ若い男女が集まっていた。若者たちは廃墟漁りだろう。鉄パイプや手製の槍を背負い、あるいはこん棒を腰に吊るしている。見れば、ニナの同じくらいの小柄な子供も混ざってる。簡素な服装と泥だらけの靴が、探索稼業の過酷さを物語っていた。

 しかし、居留地周りの廃墟は、ほぼ完全に探索され、いわば掘り尽くされている状態だった。素人が踏み込めるような場所には、碌なものは残ってないだろう。買い取り台の上には、案の定、錆びた金属片や痛んだ布切れが僅かに積み上げられているだけだ。

 

 マギーたちも一時、生業として廃墟漁りを行ったが、数か月で辞めざるを得なかった。安全な廃墟には、ガラクタくらいしか転がってないし、手つかずの廃墟は奥地で手が出せない。どう考えても、得られる報酬の割に、余りに危険が過ぎた。老いた行商人や狩人、賞金稼ぎは稀にいても、長生きしてる廃墟漁りなど見たことがない。

 

「ミリー、ミリーや!ミリー!」番台から爺さんが声を張り上げた。しかし、誰も答えない。ムスッとした爺さん。眼鏡を拭くと、今度は別の名前を呼んだ。

「スミジー、スミジーはおるかー?」

 店の奥から応じる声が響いた。「へーい、だんな!」

 すばしっこそうにやってきたのは、やはり眼鏡をかけたハンチング帽の小柄な青年。

「わしは奥に行く。こいつらの鑑定を頼むぞ」

 雑貨屋の爺さんは買い取り台をちらと見てから、小声で若い店員に指示を飛ばした。

「……出し過ぎるなよ。三十クレジット越えるか、判断に迷ったら呼べ」

「へーい」

 そこで爺さんは気づいたようにマギーたちにふと振り返り、手を伸ばしてスミジー青年を引き寄せる。

「あ、そうじゃ。こいつはスミジー。甥っ子じゃ」マギーに言ってから「こっちはマギー。例のあれじゃ」なにか失礼な紹介の仕方をした。

 スミジーと呼ばれた青年は、少し照れたように笑い、被っていたハンチング帽に手をやった。

「よろしく、マギーさん。それに君も」

「よろしく、スミジーくん」

 スミジーの礼儀正しい挨拶に、マギーとニナは軽くうなずいて応じた。

「さっ、こっちゃ来い。何を土産に持ってきたか、見せておくれ」血管を暖めるように掌をすり合わせながら、雑貨屋爺さんは、奥へいそいそと案内した。

 マギーが爺さんに続き、その背を追おうとしたニナは、ふと視線を感じて、然し、振り返らずに店に置かれた鏡を一瞥した。若者たちが、食い入るような視線でじっとマギーとニナの背中を凝視していた。

 

 

 奥の部屋へと案内されたマギーたちと爺さんの交渉は順調で、いつも通りの品にいつも通りの値段が付けられる。電子部品が7つ、タープが2枚……と、確認するたびに爺さんの声が弾んでいる。稼げる以上に、居留地復興に役立つ品を仕入れることで大きな喜びを感じているように思えた。

 

 壁に寄り掛かりながら、ニナは静かに目を閉じると神経を店の表へと向けた。静かな夜には、数十メートル先の鼠の足音さえ捉えるニナの耳に、スミジーたちのやり取りが聞こえてきた。

 

 ……このネジは使えないね。錆が酷すぎる。こっちの布も痛みが激しい。使える部分だけ端切れにして持ち込めば、町外れの針子たちになんとか売れるかもってところだね。

 

『……全部で2ポンド7シリング。食料券なら14クレジット分支払うよ』

 これはスミジーという青年の声。

『……一日、歩き回って、それかよ!』

『……待て。落ち着け』激高した甲高い声と、窘める冷静な声。

 

『これはどうだ?』なにかを取り出した音。

『これは何処で?』布を触るような音。

『ゾンビが付けていたものなら消毒しなくちゃ。かなり金が掛かるよ』

『違う。壊れた棚の奥に、箱が隠されていたんだ』

 

『ふうん。確かに汚れも匂いもない。廃墟民のとっておきかな。持ち主は死んだのかな?』

『さて、な』

『全部で食料券なら22、町外れのクレジットなら30出すよ』

 

『たったの……』

『これでも、かなりおまけしてるんだぜ?

 ま、不満なら、他の店を廻ると良いよ』軽く言うスミジーが言葉を続けた。

『村の鍛冶屋とか、鉄なら買い取ってくれるし、針子たちを廻って、布の綺麗な部分を売るとか。あとは廃墟にも質屋はあるからさ。うちより高く買う処もあるかも知れないぜ』悪意は無さそうだ。どうでもいい客でもあるのかも知れない。

 

『……どうする?』

『粉ミルク、幾らだった?』

『缶の潰れた訳アリ品が7だが、普通は10。もう売れてるかも知れない』

 小声で相談し合う声が続き、冷静な声が結論を出した。

『10だけ食料チケットで。残りを町外れの金でくれ』

『ええ。計算、面倒なんだよなぁ。全部同じじゃ駄目かい?』スミジーの露骨にため息を吐く声。それからぶつぶつと文句を言いながら金を数えてる音。

『10枚で……16枚とあとは、小銭で』

 

 連中が金を受け取り、買い物を口にしながら店をどやどやと出ていく音が響いた後……ニナは目を開いた。

 

 稼ぎの悪い素人廃墟漁りたちを少しだけ警戒したが、名前が出る様子はない。とは言え、 特に怪しい動きも言動も見当たらないし、これ以上、聞くこともないだろう。

 

 目の前では、爺さんが居留地の小麦兌換紙幣を数えていた。177クレジット相当のポレシャ紙幣を積み上げると、爺さんが書類に取引日時と署名を記載する。これで倉庫に持っていけば、17.7キロ相当のポレシャの混合小麦と引き換える事が出来る。

 

 紙幣を数えてから、満足そうにうなずき、胸元に収めるマギー。それから、顎を撫でて少し考えると、頷いてもう一度、背負い袋を取り出した。

「それと普通の取引とは別に、ちょっといい代物を手に入れてね」

 ほう、と身を乗り出した雑貨屋の爺さまの前で、マギーが銅線ケーブルの輪を取り出した。

「お前様、こりゃいい物を持ってきたなぁ」爺さまは、感嘆を隠さない。

「機械の修繕に使ってよし、電線に使ってよし。銅貨の鋳造にもよし」マギーがそうだろ、そうだろと頷いている。

「……どこで手に入れた?廃墟に潜ったか?」ちょっとズルそうに聞いてくる爺さま。

「廃墟漁りが欲しがっていたものが手持ちに合ってね。それは言えないが。で、幾らで買う?」職業上の秘密は明かさずに、マギーが身を乗り出した。

 

「あんま出せんぞ」爺さまは少し渋い顔をする。

「まあ、都市に持ち込めば、50は堅いが、それほどは期待しないよ」マギーは牽制しつつ、気楽に言った。

「20……うーん25」如何にも言い辛そうにチラとみる爺さまだが、マギーはあっさり頷いた。

「そんなもんだろうね。いいさ」

「有り難い」椅子から飛び上がって、いそいそと紙幣を用意する爺さまにマギーが声を掛けた。

「ところで、爺さま。ひとつ頼みがあるんだが、土地……」

 会話を遮って、「マギー」少し鋭くニナが声を発した。

 

 振りむいたマギーに対して、手信号を見せる。ガラス窓の外を指さし、なにか。此方を見てる。

 マギーも音もなく立ち上がった。窓を睨み、爺様をそっと下がらせながら、新品のバットを掴んで、窓を睨む。

「な、なんじゃ?!」しかし、爺さま。突然の状況を当然に把握できない。狼狽して、声を出してしまう。

 瞬間、窓の下にいた何かが飛び上がった。凄い速さで塀を乗り越えると、走る足音が響いてくる。

 

 マギーが窓を開いたが、既になにもいなかった。

「今、誰か様子を窺っていた」

「見た。わしも……」爺さんが喘ぐように言った。恐怖の為か、顔色が良くない。

 窓から外へ出たニナが、地面に屈みこむが足跡は小さい靴くらいで殆んど分からない。

「あんな動き……人かな?布切れを纏ってた」立ち上がりながら首を振るうニナに「だけど、人型の変異獣も忍び込む」

 マギーは厳しい表情で告げた。

「心当たりは?」振りかったマギーが爺さまに尋ねる。

「ミリーか? 」

「爺さんの孫?! あんな風に塀を飛べるの? ニナでも無理だよ」マギーが尋ねるも

「ミリーは運動音痴じゃ」いまだ呆然と呟いてる爺さま。衝撃で痴呆でも入ったのだろうか?

 

 

 

 

 6月中旬のマギーたちの財産 

 

     行商直後   417クレジット 

 

     七月の行商前 486クレジット 日雇い仕事で+

 

 

 雑貨屋への売却益  177+25クレジット

 

 お宝  銅線 →  売却 25クレジット

 

 行商での総利益   339+25クレジット。

 

 

   11月30日まで 残り 162日

 

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