黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_14 街道通行料

 お手並み拝見。他人に偉そうにそう宣《のたま》った半月後、マギーとニナは自由都市近くの街道で盗賊に囲まれ、ホールドアップしていた。

 公平に見て、マギーはそれほど無能ではない。目立つ盗賊の縄張りは欠かさず把握しているし、それでも油断せずに見張りやすい位置で動向を察知して度々、待ち伏せされた土地を避けてのけた。自由都市の近郊では、警備隊が巡回している経路と時間帯に合わせて移動している。旅のさなかには殆んど油断を見せないし、気を抜く時は、まず安全と覚える場所で気を抜いた。旅の経験が豊富なだけあって、滅多に判断を間違えない。そう、滅多には。

 

 自由都市のすぐ近くで、岩陰から出てくるとは思わないじゃないですか。

出てきた盗賊たちに、マギーは躊躇なく言い放った。「金も、積み荷もやる。命は助けてくれ」具体的に言えば、命乞いだ。

 

 それで助かるなら、金なんてくれてやってもいい。卵《財産》の入った籠《さいふ》を分けて無かったのは痛恨の極みだが、逆に言えば、卵の数がまだ少なかったからだ。伝手は築き上げ、情報は頭の中に入っている。裸一貫に戻っても、命さえ無事ならもう一度稼ぎ直せばいい。その自信と自負がマギーには合った。

 

 最悪なのは、殺される事。拉致されたり、奴隷の身への転落もあり得る。マギーは、それも覚悟していた。首輪爆弾を付けられようが諦める気はない。何年でも機会を窺う心算だ。仕方ない。人生は時に逆風が吹く。しかし、ニナに耐えられるだろうか。それだけが心配だった。

 

 盗賊たちの武装は、銃が三人。近距離に威力を発揮するソードオフの散弾銃にレバーアクション型のライフル、それに軽機関銃。厚みのあるカトラスが二人。

 五人の盗賊は、マギーとニナから適度な距離を保ち、凝視すると言う事もなく、しかし、マギーとニナを視界に捉えている。

 

 不確定名、薄汚れた男たち。一部女たちの、連中の動きと目配せを見(あ、駄目だ。これは)とマギーは悟った。

 手練の位置取りであり、淀みのない連携であった。盗賊にも関わらず、武器はよく手入れされ、刺した油に陽光が鈍く反射している。動きやすそうな毛皮の上着に、胸を防弾の為か、金属のプレートで強化してある。低威力な再生弾なら、防げるかもしれない。下手すれば、一対一すら危ういと踏んだ。或いはマギーなら、機を窺えば一人、二人は、なんとか出来たかもしれない。しかし、『これ』を五人は到底、無理だ。抵抗するのは、かなり分が悪い賭けになるだろう。

 

 

 全員がマギーとさして年齢の変わらない、二十歳から二十代前半であろうに、まるで隙が見えなかった。略奪者《レイダー》や野伏せり(レンジャー)にさえ、全員が、マギー以上の一団なんて、まず会ったことが無かった

 つまり、日常から緊張を強いられる環境にいる可能性が高いと、マギーは結論した。或いは、無法者《アウトロー》の類であろうか?法や都市に属さず、服さず、野外生活を続けながら統治者層へと抗い続ける無頼の徒。最近、贅沢気味。かつ戦闘訓練をややさぼり気味のマギーよりも、腕前は上かも知れない。そして凄腕賞金稼ぎスネイクバイトであるところのマギーちゃんは過去、名のある無法者《アウトロー》たちを派手に大勢ぶっ殺してやったことがあった。

 

 マギーの背中に冷や汗がだらだらと吹き出るも、強盗に囲まれた人間の尋常な反応であるので、怪訝には思われなかったようだ。

 賞金稼ぎには賞金稼ぎの付き合いがあり、行商人には行商人だけが分かる連絡網があるように、略奪者には略奪者たちの世界があり、盗賊には盗賊の属する界隈があるとも噂されている。果たして無法者同士に親交はあるだろうか?少なくとも、友人を大勢殺されて、機嫌よく解放してくれる人間はおるまい。

 

 

「積み荷は?」無法者が淡々と問いかけてきた。

「小麦」マギーは素直に答える。

「何処の行商人だ?」

「ジレトの組合に属してる。此方が登録証」

 マギーは、辺土では比較的に大きめの農村の名を告げた。

 ポレシャの保安官たちは、悪党を派手に殺す事が多い。だから、ポレシャの名前は出さずに、しかし、嘘も一切吐かなかった。

 頷いた無法者たちに鞄を下ろせと命じられ、地面に置いた。

 鞄の中を詰まらなそうに一瞥すると、無法者は鼻を鳴らした。

「酒はないのか?」

「売り物にはありません」ニナが言った。

 鞄を探ってた無法者が、鞄の奥から酒瓶を見つけた。

「嘘を吐いたな?」

「マギー?!」ニナの驚愕の声に、マギーは素早く答えた。

「売り物ではない。私物だよ」

「飲んでみろ」毒見のつもりだろうか?

「では」

 意図は分からぬが、とでも言いたげに、マギーちゃんは瓶を手に取ると飲み干すつもりで瓶を傾けた。取られるならば、いっそ私の胃で……!

 酒精が胃を焼いた。喉を鳴らして嚥下してると「おい、止せ!もう分った」

 酒瓶を取り上げられた。解せぬ。

 無法者が酒瓶を呷ると、口元を拭った。

「いい酒だ。他には……」

「売り物にはヒック……ない」とマギー。

「売り物以外では」無法者が問いてきた。

 マギーの視線が思わず下に動いた。

「その鞄の水筒見せろ」言われて渋々と手渡す。渋々と。手渡す。

「離せ」無法者に言われ、マギーは水筒を手放した。

「……マギィ?!」ニナが叫んだ。

 無法者が無警戒に水筒を呷った。

「ビールだ。うまいぜ、これ」

「ああ。酒の趣味はいいな」

「あぁぁぁぁ」大事な蒸留酒及びビールちゃんとの別れを強要され、マギーは悲しげに啼いた。

 最後に飲んでない無法者が、マギーの鞄から小麦を一袋(5キロ※50クレジット相当)手に取ると頷いた。

「通行料だ。もう、行っていいぞ」

 肩を落としたマギーは、ニナと一緒に立ち去った。

 

 

 ※※

 

 

 ……まだ、見てるかな?

 分からない。

 街道を二百メートル進み、三百メートル進み、しかし、振り返らず、足早で歩き続ける。

「届け出る?」とニナが尋ねた。

「なんて?酒を取られたと?」言ったマギーだが、考え直したのか、「まあ、一応、報告はするさ」

「死人も、行方不明も出てないと聞いて、油断してたよ」ぼやくように呟いている。

 それから分析を続ける。

「金は採られなかった。僅かな物資だけ。殺すタイプでなくて、まったく運が良かった。通行料だけで済ませる……いや、警備隊のお膝元だからか?」

 縄張りの位置と挙措からして、八割がた殺しを好まぬ盗賊とは踏んでいた。とは言え、凶賊の類が近隣や遠来の縄張りへと出張る事もあるから、予断は禁物なのだが。

 

 

 ニナがマギーの腕にしがみついた。

「処女散らすかと思った」冗談紛れの口調だが、ニナの身体は細かく震えていた。

「義賊気取りなんだろう。多分。きっと……」マギーが淡々と、しかし、深刻そうな表情で俯いて言葉を続けた。

「私たちも何時死ぬか、分からない」

「もし、いつかだよ。大物になれたら、今日、見逃したお礼に、苦しませずに殺してやろうね」ニナがそんな冗談を言うとは。マギーはちょっと驚いてから、声を立てて笑った。

 かつて、若きカエサルは、海賊に捕まった際、饗応で楽しませてくれた礼に縛り首にしてあげようと海賊たちに約束し、ローマに帰ってから軍隊を連れ帰ってその約束を果たしたと言う。 悪い連中ではないかも知れないが、荷物を奪ったのだ。機会があったら応報してやるべきだろう。

 

 

 行商人組合に属する者たちの経路は、属する組合に対して常に報告されている。

 出先での報告を怠らなければ、帰路に何かあった場合、ジレトからの問い合わせにズールからも、連絡が飛ぶだろう。マギーが、ジレトの組合の所属を名乗ったのは、武闘派の保安官を抱えるポレシャのものが悪漢に恨まれやすいからであり、万が一あらば、死亡届は、ズールの警備隊からジレトへ。ジレトからポレシャへと知らされる手筈となっている。

 

 その為、組合に属する行商人は、ほんの少しだけ追い剥ぎや盗賊に殺されにくかった。とは言え、実のところ、マギーは手間暇を嫌って、自由都市での滞在中には帰路の報告を怠りがちであった。殺害されてたら死体が残されるも、仮に拉致されていたら、誰にも何処で被害に遭ったかの消息を知る術はなかったに違いない。黄昏の世は、一寸先は闇であった。

 

 

 ※※

 

 

 命辛々(からがら)、居留地に辿り着いたマギーちゃんたちは、防壁の門をくぐった途端、安堵の色を浮かべる。「死ぬかと思った」という言葉は二人とも飲み込んだが、次の瞬間、盗賊共にしてやられた経験など秒で忘れた。

 

「こっちの鉄くずは、鍛冶屋やってる農民に持ってった方が高く売れる」

「うん」

 居留地の造幣局(なんと大仰な名前だろう!)に銅線の束を持ち込んで売り捌き、幾つかの質のいい衣服も、自作農や市民に見せたら、持ち込んだ端から捌けていく。

 雑貨屋でのガラクタの売却した利益が257クレジット。

 今回の行商の総利益は、423クレジット。これで手持ちは1199。

「うひょー」ニナがお猿さんのように叫んだ。お猿のニナちゃんは、興奮が止まらずにぴょんぴょんと地面を跳ねている。

 都市クレジットの1200は、ちょっとした一財産だ。これだけまとまると居留地紙幣に両替すれば1500。町外れで流通してる食料チケットなら、二千以上にはなる。

 渡り人(オーキー)二人が慎ましく暮らすなら、一年は持つだろう。

 逆に言えば、その程度でしかないとは言え、かなり大きな市場でも物々交換が主流の時代、多量の現金――――都市通貨を稼ぎ出してるマギーの地位は、町外れ地区では中々のものだった。

 

 二人が食堂へと向かうと、 よい服を着たニナを他の子が羨ましそうに眺めてくる。多分、正規居住者の子でさえ、ニナの装束と比較すれば見劣りするのだ。女の子故に衣服での優越感に浸る誘惑に抗しきれず、ニナは悦びに頬を紅潮させた。

 

「靴が草臥れてきたかな。そろそろ買い替え時かな」しかし、マギーの提案には、ニナは首を横に振る。

「まだ、いいよ」

「そうか」

 

 居留地広場の食堂は、酒場と併設されているが、経営者は別人だった。ズールとは別の、遠来の自由都市のレストランで修行してきたと言うシェフは、まったくこのような辺土の居留地には惜しいスキルの持ち主であったが、その素晴らしい料理の腕前を惜しげもなく披露することに情熱的な喜びを抱いているようであった。

 

 食堂の個室は、地位ある市民や居留地そのものと取引するような隊商主が利用し、奥の席は、羽振りのいい正規居住者や市民が案内される。そして、真ん中。しっかりしたテーブルと席は、稼いでいる渡り人(オーキー)にとって最良の席だった。

 二人で四十クレジット。先払いして、すぐに料理が届けられた。

 鶏肉のソテー、春野菜の付け合わせ。乾燥した羊肉を煮込んだシチュー

 豆のスープ、そしてジャガイモと根菜のグリル。甘い人参を味わいながら。

 ケーキが到着する。

「なに、これ……なに?」

「分からない?」

 うん、と素直にうなずいたニナに「理由はありません。ただ一緒にお祝いしたくなっただけです」マギーは眼を細めて言うと、ワインと林檎のジュースで乾杯した。

 

 今のマギーたちは、下層区画では相当に稼いでいる部類であった。恐らくは働き者の渡り人(オーキー)一家さえ、年収ではマギーたちには及ばないだろう。

 もっとも、門前町や中層区画になると店舗持ちやら、外部との取引を行う者らもいて、しかし、それらの人物さえ、マギーたちを見掛けると軽く会釈を送ってきた。マギーたちも等しく会釈を返した。

 

 町の名士という程ではない。恐らくは、稼ぎの良い商売人扱いですらないだろう。渡り人(オーキー)というのは、それほどに社会的地位が低かった。それでも、真面目に働くものも多い渡り人(オーキー)には、浮浪者《ホーボー》や放浪者《ワンダラー》の類と違って、土地での悪印象は薄かった。やはり渡り人(オーキー)として、ポレシャに転がり込んだのは正解だった。そして、確実に望みには近づいている。

 

 現在のマギーたちの装いは、相当に金の掛かった代物で固められており、かつての擦り切れた古着とは比較にならない。200クレジット、300クレジットの目が細かくほつれも殆んどない上等な上着やズボンは、食料10日分で買えるような使い古しの類とは一線を画しており、明らかに見る者に強い印象を与えたが、またいらざる注目を集めもした。

 

 酒場の隅で安酒を啜りながら、マギーに憎悪の目を向ける者もいた。「正直な働き者がよぉ。こんな報われねえで。間違ってんだろぉ。この世はよぉ」ぶつぶつと呟いている男は、マギーとは不仲な渡り人(オーキー)だった。

 しかし、自由都市で天幕や店舗持ちの商人と交渉するには、最低限、これらの装束が不可欠だった。そして同時に、これらの装束を日常に持ち込み続ければ、今まで暮らしていた馴染み深い渡り人(オーキー)の世界とも、やがて訣別が不可避となる。それに若干の畏れと惜別の感を抱きつつも、マギーもニナも止まる気はなかった。

 

 とは言え、今のマギーたちは新聞の天幕住まい。まだまだ金回りの良い渡り人(オーキー)風情と見做されている。働き者の渡り人(オーキー)一家など、もっと良い家に暮らしているものだが、こればかりは新参者のマギーたちには時間の蓄積が足りなかった。古代や中世と同じく、黄昏の世における家屋という代物は、手を掛ければ幾らでもかかるもので、いくら稼いでも、すぐに整うものではなく地道に積み重ねるしかないのだ。

 

 最低でもあと二年か、三年。それくらい経たなければ、正規居住者になる条件は満たせないとマギーは見積もっているが、丁度良いとも考えている。余りにも早すぎる出世や栄達は、同時にあまりにも多くの嫉妬を生むものだ。

「最低限は稼げました。しかし、冬明けの運転資金にもう少し稼いでおきたい」

 マギーの言に「はい」とニナが頷いた。

「問題が一つ」マギーは重々しく告げた。

 

 マギーたちは、毎回、ポレシャポンドで支払いを受けている。雑貨屋の爺さんは、マギー宛の書類に支払い量と日時を記し、名前を署名し、マギーへの支払いに添えていた。それで初めて、一日の引き換え制限を越えて、正規の居留地紙幣を小麦と交換できるのだ。食糧庫で2等、3等の混合小麦と引き換えて貰い、それを自由都市の穀物問屋に持ち込んで都市通貨と換金する。マギーたちの生業が行商で、居留地に物資を仕入れてくると知ってるので、倉庫番たちも小麦の引き出しに嫌な顔はしない。

 

 そして今回、雑貨屋への売却益は、遂に200を越えた。

 小麦にして25キロ。25キロだ。2人なら、まだ持てるが、若干の水と食料に鞄自体の重さ。地図やノート。帳簿。着替え、毛布。諸々を合わせたら、30キロ以上になる。それを長時間―――半日に渡って背負い続ける。

 

 バックパッカーが推奨する荷物の重さは、体重の20%以下が理想とされている。つまり、50kgの体重なら10kg程度、80kgなら16kg程度が無理のない範囲となる。

 25キロはいささか重た過ぎた。

 

 マギーの懸念は、ニナの懸念でもあった。

「人を雇う?」ニナのその言に、マギーは首を傾げて聞いてみた。

「……誰を?」

「アーサー」とニナ。

「却下。性格はいいが、馬鹿……けふん、口が軽すぎる」

「……リリー」ニナがやや気の進まない様子で次に名を上げたのは隣人だった。

「……うーん。保留」言ったマギーが、今度は提案した。

「メグ」

「……あの人、妹の世話しないと」ニナが首を振ってから嘆いた。

「駄目だ、碌なのいねぇ」

 紫煙をくゆらしながら、思案に耽っていたマギーが、天を仰いでぽつりと呟いた。

「……爺さまに相談してみるかな」

 

 

 

 7月下旬

 

  マギーたちの資産 1264クレジット 主に都市通貨

 

 

 

   武装 スリングショット×1 バット×1

 

   住居  借りた土地に新聞紙の家

 

 

    冬ごもり(11月30日)まで、残り128日

 

 

 

 

 

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