曠野の街道を抜けるたび、旅人たちは目に見えないサイコロを振らされる。出目が良ければ助かるが、悪い目が出れば、命さえも吸い取られる。
悲報・行商人マギーちゃん団(※構成員2名)。
今年度、2度目の盗賊団への降伏。通行料支払いへ。
「いい葉巻だな。これで勘弁してやるぜ」
「はあぁぁぁぁぁん!!」この世の終わりみたいな表情で地面に手を突いたマギーちゃんは低く啼いた。歯を食いしばり、蛇眼に悔し涙を浮かべた左右非対称の凄い顔になってる。これは過剰に悔しがることで盗賊を精神的に満足させ、無事解放させるための高度な精神的テクニックで有り、当然に抑制された演技である。演技だよね?
秋の収穫期を目前として、街道の物流がもっとも盛んになる時期。
当然に盗賊団の活動も一年のうちで最も活発化しやすくなっていた。
無作為に選ぶよりはマシ程度に、派手にやってる連中の縄張りは迂回していたけれど、かと言って通行料で済ませてくれるなんて確信があった訳ではない。
幾らかの金と物資だけで済ませてくれる盗賊だったのは、単なる偶然。偶々、サイコロの運試しに成功しただけで、次にも上手く助かる保証なんて欠片もなかった。全財産か、或いは命を奪う盗賊が相手だったとしても、全くおかしくなかったのだ。
相手が優しい訳でもない。現に、通行料を払い渋った同行の行商人がぶち殺されていた。武器もあって人数も揃ってる、戦おうと訴える勇敢な行商人に、しかし、同調する旅人は誰もいなかった。僅かな金で済むなら、特にそうした評判をとってる盗賊団相手であれば、半数以上が死にかねない危険は旅人の誰も冒したくなかったのだ。
荷物は辺り一面に散らばり、荒野の風に吹かれている。地面には赤黒い血痕が伸び、まだ乾ききっていない。隣では、盗賊の一人が皮袋を開け、中身を確認している。
ただ単に、長期的に搾取した方が稼げる――そう計算しての行動にすぎない。盗賊たちの笑い声が、馬車の軋む音に混ざりながら響く中、また誰かが見えないサイコロを振り始めているような気がした。
街道の旅籠に駆け込んだマギーは、立て続けに水を二杯、震える手で呑んだ。ニナは、ラバットの暖めた乳を注文して、それをゆっくりと飲んだ。ラバットは毛のない鼠みたいな外見をした牛のように巨大な生き物だが、温厚で濃厚な乳を出すので、街道沿いの旅籠や集落では時々、飼われている。夕食は取らない。胃が凍り付いたように食欲が出なかった。
幾人かの旅人たちが、勇敢だが愚かな行商人に弔いの杯を傾けているのを他所に、部屋を取ると湯舟を部屋に運ばせて、ニナと二人で湯につかる。かなりの贅沢だったが、極度のストレスを緩和しなければ身が持たない。通行料の倍も支払う贅沢は、数字だけを見れば、愚かに見えるかも知れない。旅籠の湯に浸かり、裸でただ抱き合う。贅沢すぎるほど熱い湯が、肌を刺しながら疲れた体を包み込む。盗賊たちの笑い声がまだ耳に残っているが、それも湯気とともに少しだけ薄れていく気がした。もう、なにも考えたくなかった。
ニナの方は、ぶつぶつと妄想に逃げ込んでいた。
「今すぐUFOが落っこちてきて、第一発見者として、なんか超強力なブラスターとか拾えないかなぁ。たまたま入った荒野の廃墟で戦車を見つけてもいい。美少女型ロボットでもいい。マスターって呼んでくれるタイプの奴」
ポストアポカリプスの世にさえ、チート物が廃れず人気を博してるのも分かる。
マギーちゃんとニナちゃんが必死に働いたお金で、今頃、美味しいお酒を飲みながら、働き蟻共。ごくろうさまぁ!とか盗賊どもが笑ってる姿を想像すると、悔しくて鼻血が出そうだ。盗賊の糞ども、今すぐにぶち殺してやりたい。
自由都市近郊を徘徊する危険な武装集団は、盗賊団や人狩りだけではない。浮浪者や堕落した
警備隊や賞金稼ぎたちも、まずは狂暴な連中から対処しようとする。それでも、要求する金額は盗賊によってまちまちであるし、全財産を要求してくるような輩もいれば、殺した方が手っ取り早いと考える者たちだって混ざっているには違いない。いずれ狂暴な盗賊団に当たる時が来るかもしれない。
マギーは、己の死を恐れてはいない。生死の境に身を置いた幾度もの経験でも、冷静に戦い抜けた。しかし、今は盗賊たちとの遭遇を恐れている。ニナを失うかも知れないと思うだけで、心を鑢に掛けられるくらい辛い。だけど、生きる術を教えないのも駄目だ。心が二つあるぅ。
「よしよし、いずれぶっ殺してあげようねぇ」年下の少女の胸に抱かれて、頭をなでなでされながら慰められるデカ娘のマギーちゃん。
「ああ~、性癖ゆがむんじゃぁ。レズになるぅ(※元からレズ)」
二度目の盗賊の通行料だったが、しかし、
不要な暴力を厭って通行人から一律同じ金額を取り立ててる盗賊団だけに、あまりに大きな金額を要求して街道の利用者が減っては本末転倒なのだろう。その意味では、ある意味で賢い連中とも言える。とは言え、重なれば馬鹿にならないし、積み荷の三割や持ち金の半額などを要求してくる盗賊とだっていずれは遭遇するかも知れない。マギーは再び考え込んだ。此方に対しても、なにかしらの対応策は考えておいた方がいいだろう。
それでも、盗賊との偶発的な遭遇を除けば、おおよそ順調に進んでいると言っていい。現在のマギーたちは、都市通貨で二千近い金額を貯め込んでいる。
簡易宿泊所で冬を越えるに必要な金額が、二人でおよそ八百。都市通貨での支払いとなれば、居留地正貨のさらに二割増しの価値を持つ。それなりの待遇は期待できるはずだ。なんとなれば、居留地には他にも簡易宿泊所が営まれているし、昨年も同じ宿泊所を利用したマギーとニナであれば、以降の宿泊も期待できるからだ。
そして恐らく予想外の事故や災厄に見舞われなければ、マギーたちは、きっと来年や再来年にも簡易宿泊所に泊まることが出来るだろう。
お風呂に上がったマギーは、ニナの服装を眺めた。商人見習いたちが好む厚手の上着や動きやすいハーフパンツの類も、ユニセックスでそそる……ではなく、可愛らしかったが、もうじき冬が訪れる。去年は冬着と布を何重にも着込むことで寒さを凌いだが、冬用の一張羅を揃えてもいいかも知れない。とマギーは考えた。
「もう少し、いい服を買おう。それと靴も……」気だるげにマギーが言った。
「この靴は……」ニナが言いよどむと、そう言えば、随分と大事にしてたな、とマギーは頷いた。
「取っておいてもいい。ただ、予備も買おう。ニナだけの時も、門前払いされにくくなる」
「……今だって、随分と立派な服だと思うけど」不満そうに言うニナは元々、廃墟に暮らしていた。一時期とは言え、隊商持ちの商人の下で働いていたマギーには、多分、それなりの考えがあるとは思うが。
「そうだね。若い
「……馬鹿々々しいけど、他人は第一印象で判断する。もう少しだけ、いい衣服を着よう」
「分かったよ、分かった」渋々頷いてから、ニナは首を振った。
「でも、また出費が嵩むねぇ」
※※
その日、ニナはマギーに連れられて、古着屋や服屋を廻った。古着屋と言っても、そこら辺の
市民や正規居住者、それに金回りの良さそうな店持ちなどが足を運ぶような、かなり上等な品を揃えた大型の店舗だった。一握りの都市がようやく産業革命期の技術と生産力を維持している黄昏の世。真新しい服は、中世のように再び、かなりの贅沢品となっていた。
そこそこに良い仕立ての白いシャツ。レースが付いてる。店員曰く、180クレジットです。中古なのに、普通の服の一式より高かった。大体、ニナは成長期なので服はすぐに小さくなる。なる筈だ。もう成長期の終わったマギーとは違うのだ。
「これください」マギーは店員に頷いた。しかし、真の恐怖は此処から始まった。
暖かい服、毛皮のマフラー。モコモコのジャケットに厚手のズボン。中古ではあるが、状態はどれも良い。ハーフパンツにスカートと毛糸タイツ。
「……着飾ったニナが、いい所のお嬢さんみたいで可愛いです」言った後のマギーが店員に振り返った。「全部、ください」
マギーは服装に金を掛けている。文明崩壊後の世においては、服装がその人の身分を保証する。略奪者や人狩り、盗賊団までが汚れた街道を往来し、街路には根なし草に乞食、浮浪者や放浪者など家を失った人々がひしめく中、見た目が整っているかは極めて重要だった。上等な服や装飾品を購入し、清潔感を維持できるかが、そのまま文明社会での位置と力を表している。蛮族や遊牧民、部族などは、別の尺度で生きているがその間でも、装いの立派さと地位の関連についてはある程度、理屈を同じくしている。そして、マギーは服装の持つ魔力をしっかりと認識し、活用していた。
信じられるか?こいつら、新聞を敷いた寝床に暮らしているんだぜ?
上機嫌で数百クレジット支払ったマギーは、自分も服を買う事にした。
「お客さま、背が高いですねぇ」店員に褒められて微妙な顔を浮かべる。
「そんなにたかくないです。ひゃくななじゅうセンチくらいです」
「百八十……二センチですね」
「そんなばかな……この間まで百七十五くらいだったのに」マギーは愕然としていた。
「何時の話?子供の頃?」背が伸びてないニナが噛みついた。
十月上旬
マギーたちの財産 1973クレジット (-500) 1473クレジット
冬の到来まで 残り 60日