黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_21 冬の前兆

 秋も徐々に深まり、彼方の山々の木々が赤や金に染まり始める頃、冷たい風が居留地を包み始めていた。

 街道には、巣から離れすぎた間抜けな巨大蟻が躯となって転がり、寒い日の道端には枯れ草と共に薄い霜が覆いかぶさっている。寒さがひとしお身にしみる時期、渡り人(オーキー)や自由労働者たちは、冬に備えた物資集めの最終段階に懸かっていた。

 

 行商人や牧童と言った者たちも、街道を進みながらも、次第に冬の足音が近づいているのを敏感に感じ取っている。寒さがひどくなる前に、暖かな服や布切れ、そして保存食を手に入れる為に、貯めていた金を放出する者たちもいた。

 人々にとって金を使うべき時期は、売り手にとっての書き入れ時であり、居留地には普段は酒場に屯しながら、この時期だけで一年の大半を稼ぎ出す行商人もいた。

 

 張り切って古服を沢山仕入れ、街道を忙しく往来する老行商人と孫の姿も、視界に入っていた。マギーたちの商売仇である翁の荷車には、色あせたコートや、擦り切れた靴、時折ほつれた毛布などが乱雑に積み上げられている。老行商人は声を張り上げて、通り過ぎる旅人たちに向けて商品の良さを売り込んでいるが、中々に売れ行きは厳しいようだ。

「これで冬を越すには充分だ、さあ、どうだ!」

 老行商人が指差すのは、風で色が褪せた毛布と、汚れが目立つ重いジャケット。

 孫はその横で、時折歩きながら立ち止まり、芳しくない売れ行きにか、考え込むような表情を浮かべている。マギーたちの売った古着など精々が十数着。千近い人々の暮らすポレシャ居留地とその近隣で、購買力を持つ層に限っても、その数倍はいるはずだから、今年の売れ行きの悪さは、ポレシャの財政と景気の悪さの影響だろう。

 すでにいくつかの小さな集落を過ぎ、収穫期の終わりに代金が入ってきて、ようやく人々の財布のひもが緩み始める時期だ。少しでも売らなければ、行商人たちにも寒い夜が待っている。

 

 一年の春から秋までを居留地で出稼ぎを行いながら、貯めた食料や買い集めた物資を持って、農村や特別頑丈な秘密の廃墟で冬越えを行う者たちもいて『陛下』とその一党などは、買い求めた物資や食糧を背負いながら自分たちの故郷のある農村へと去っていった。春の再会を祈りながら、居留地の出口でニナは友人の背中を見送った。

 

 いずれにしても、マギーとニナは、既に冬支度を終えている。服は清潔で暖かく、懐の札入れにも都市や居留地の紙幣や銀貨、大振りの銅貨がぎっしりと詰まっている。市民や正規居住者たちのように、不安の少ない冬を迎えられるだろう。

 

 今は最後の稼ぎ時として、マギーは奢侈品や電子部品などを求める顧客へと売りに赴いていた。居留地市民スタンフィールド氏は、マギーとは特別に親しい友人で、度々に面白そうな品を注文してくる。所詮は零細商人であるマギーの手に入る事は滅多にないが、偶には見掛けた品を仕入れて、持ち込んでくることもあった。

 

 

「ご注文の携帯ゲーム機です。でもジャンク品ですよ」

 古い時代の携帯ゲーム機のレプリカ品。注文されてた品を見つけたマギーが、スタンフィールド氏の邸宅へジャンク品を運び込んだ。

 発電機やハンダ、薬品の瓶やPC基盤の前に腰掛けたスタンフィールド氏が手を擦りながら、見事、望みの品を調達してきたマギーを褒め称えた。

「いいんだよ。殆んどの人間は直し方も分からなくなったみたいだけど」

 そしてゲーム機を軽く分解すると、頷いた。

「ありがとう、マギー」スタンフィールド氏が礼を言い、謝礼を受け取ったマギーとニナは邸宅を後にした。

 稼働品に比べれば、あまり大した金額にはならない。壊れたジャンク品は、そこら辺の都市なら蚤の市にでも転がっている程度の代物だからだ。それでも日雇い仕事の三分の一程度の利益にはなるのだから、伝手というのは大事であった。マギーたちの手持ちは、優に千クレジットを上回っている。防壁内に予約済みの簡易宿泊所へいつでも泊まれる上、暖かな衣服も揃っている。

 

 冬の訪れを前に忙しく動き回らないで済むと言うのは、風来坊の渡り人(オーキー)にとっては、素晴らしい贅沢だ。それでも、なお冬の到来は恐ろしい。マギーとニナにも、別れを惜しむべき知己が幾人かいる。

 

 防壁内の市民や正規居住者たちは、氷点下の日々にも暖かな家の中、贅沢に薪を使って楽しく過ごすだろうし、今年はマギーたちも冬着を備えた。冬でさえ、近場で会うこともできるだろう。

 

 だけど、町外れの友人や廃墟に暮らす顔見知りたちは、冬明けに必ずしも会えるとは限らない。幸い、昨年は誰も欠けなかったが、冬の間に知った顔がいなくなるのは決して珍しい事ではないのだ。今も、居留地の彼方此方で、大勢が別れを惜しんでいる。

 

 冬ごもりのさなか、薪や食料が足らなくなる者たちも毎年、少数だが必ず出る。

 薪が尽きた者たちは、まず家の中の不要な木製の家具や道具を燃やして寒さを凌ごうとする。古びた椅子、壊れかけた棚、そして最後には大切にしていた家財さえも火にくべられる。けれど、それもすぐに限界が訪れ、身を寄せ合って震えながら、一人、また一人と凍える夜に屈していくのだ。

 

 食料が足らなくなった者たちはさらに悲惨だ。始めは少しずつ食事の量を減らし、次第に一日一食で凌ぐようになる。保存の利く缶詰や干し肉を惜しみ、薄いスープだけで日を繋ぐ者もいる。雪を溶かした水を飲んで身体を壊すもの。服や靴の皮部分を食べるもの、庭に残っていた雑草を煮込んだスープで空腹を紛らわせる者もいる。

 

 

 居留地の外の小さな集落や廃墟では、状況はさらに厳しい。備蓄を怠った者、物資を盗まれた者、あるいは病に倒れた者……雪の中で倒れたまま春を迎える人々も少なくない。それぞれが別々の事情を抱えながらも、人々はカレンダーに一日、また一日と日を刻みながら、春の訪れを待ちわびる。

 

 冬の死が、必ずしも貧しいものだけに訪れるとも限らない。昨冬は道具職人のアベルが姿を消した。手先の器用な修理屋で、穴の開いた鍋や薬缶から、家具の類まで簡単な道具で治してしまう。寡黙だが信頼できる屈強の男で、誰もが彼の消失を信じられなかった。町外れの防壁のすぐ外、食料と薪を備蓄した頑丈な家に籠り、クロスボウにこん棒まで備えて冬ごもりをした筈のアベルは、しかし、冬が明けても人前に姿を見せなかった。アベルを心配し、春の訪れとともに家を訪ねた者たちは、外側から凄い力で破られた扉を見出した。大勢がアベルを探しに出たが、結局、誰も再びその姿を見ることはなかった。

 

 防壁内の簡易宿泊所『ザ・フロスティ・ハース』は、だから、渡り人(オーキー)や自由労働者のうちでも、安全な壁と屋根の寝床を確保できるだけの金を稼いだ、働き者の家族や一団が泊まる場所でもあった。

 マギーたちが予約済みの簡易宿泊所でも、廊下には旅装を解いた人々の靴や背負袋が並び、ストーブの前で手を温めながら、互いに最近の仕事や旅先の噂を語り合う声が響いてくる。薄汚れた毛布で眠る者もいれば、手に入れた酒でささやかな祝杯を挙げてる一党もいた。ちょっとした笑い声や、遠くから聞こえる食器の音が、静かな夜の中で穏やかなリズムを刻んでいた。風来坊であっても、または、冬を過ごせるほど立派な家を持たずとも、冬の到来を祝い、楽しめる者たちが中部区画や町外れ、或いはその外にも少なからず存在していた。

 

 今日が、10月の15日。支払期限は、11月30日。まだ、随分と間が開いている。仕切りの付いた奥の寝台はまだ埋まっていないが、安めの寝台から日に日に埋まっているのは見て取れた。

「……そろそろ支払っておく?」ニナがやや不安そうに尋ねてきた。予約はしてある。期日までに都市クレジットで800を払い込むと約束したから、大丈夫なはずだが。

 

 妙に不安を覚えるのは、物事が上手く運び過ぎているからだろうか?しかし、約束を無暗に疑うべきではない。破っても宿の主人に利益はないし、破られてもマギーたちが切羽詰まる訳でもない。他にも宿泊所はあるのだ。それに金のかなりを商会連で借りた貸金庫に入れてある。金と積み荷を失っても、最低限の元手と冬の宿泊料くらいは工面できる。かりに盗賊に襲われても、もうすべてを失う事はない。  

 

 結局、マギーは約束の日までに支払う事を宿の主人に確約した上で、冬までにもう少し稼ぐために働き続けることにした。

 宿屋の主人は、気にした様子もなく頷いた。冬の宿泊料は決して安くはない。宿泊日ギリギリまで働いて、金を貯めようとする渡り人(オーキー)や行商人は珍しくもないのだ。

 

 

 

 

 マギーとニナは、秋の最後の日々を懸命に働いた。一度、出会った盗賊たちには二度と襲われぬように経路を変える。一度、往復するたびに、マギーとニナは自由都市とその近隣の市場や街道について、次第に学んでいった。道の選び方、時間帯ごとの活動の違い、目立たない場所や隠れるための工夫——すべての経験が行商人としての二人の血となり肉となって積み重なっていった。しかし、比較的に安全な経路は存在していても、絶対に安全な道もまた存在していない。二人はそのことを頭の片隅において、常に忘れなかった。

 

 秋も終わりに差し掛かるころになると、街道上を往来する隊商や旅人の姿は目立って減っていった。心無しか、盗賊やならず者の活動も減っているようだ。いつも通りに元気なのは屍者の群れだけだろう。行商人や旅人の集まる酒場の壁に張られた自由都市近郊の街道図には、何時も最新の骸骨マークが目撃証言と共に地図上に描き込まれていた。

 

 マギーたちの商売は、順調だった。大きく稼げることはないが、何時も、順当な利益を上げている。だが、寒さが徐々に厳しくなるにつれ、蚤の市も店じまいする時間が早くなり、品揃えも徐々に悪くなり始めていた。そしてなにより、マギーとニナも、活動する気力をかなり削がれてもいたのだ。

 

 自由都市の蚤の市で、いつもの店に足を運んだマギーが入ると、店主が盛んに揉み手をしながら、嬉しそうに囁いてきた。

「やあ!あんたが来るのを待っていたんだよ。見てくれ!」

若干の鉄くずや缶の類、食器や布、薬草まで、マギーが普段買っている品の数々が、棚に多めに並んでいる。

 胡散臭げに店主を一瞥し、品物をいくつか確かめるが、特に劣悪な品質でもない。しかし、何かがマギーの嗅覚に引っ掛かった。

 店主はニヤニヤしながら続ける。「どうだい。いつも買ってくれるお得意様のために、とっておきの品を取っておいたんだ!」

 その言葉に『なるほど、私も大物になったなぁ』と思う程、マギーは単純ではなかった。要するに冬の到来に街道の物流が途絶え、売れ行きが悪くなった店主が、在庫を押し付けようとしているのだ。ここで値引きを試してみるか?いや、それよりもいつもの品を何時もの量だけ買うべきだろう。結局、マギーはいつも通りの商売を行って、満足して店を後にしたのだった。

 

 

 

 十月中旬

  1922クレジット

 

 十月下旬

  2431クレジット

 

   残り35日

 

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