行商人と言っても、マギーたちの扱う商品は、若干の建材も含みつつも、おおよそがガラクタに近い品々だった。元々が駆けだしの零細商人。売り上げも利益も高は知れているが、それでも釘や縄、木材、ポリスチレンや
マギーたちの行商は、行きに一日。帰りに二日の旅程である。
自由都市に到着したその日は、顔見知りの穀物商店の屋根裏でぐっすりと休み、翌日には、持ち込んだ小麦の二十キロを換金してから、自由都市の蚤の市を見て回る。
何時もの蚤の市の何時もの店を覗いて「そろそろ顔を出すと思っていた」店主がニヤリと笑った。
「お前さんに取っておいた。買うかね?」そう言って、見せられた品々は、瓶や缶、錆びた鉄くず、少しは使えそうな木材に釘や古本、ロープに古布。詰まるところ、いつも通りのガラクタであった。
「値段は?」マギーが尋ねると、いつも通りの値段だった。
手早く品を確かめ「ありがとう。もらうよ」
お得意様という奴だろうか。顔を出すようになって半年。些か早いような気もするが、何時もの半分くらいの時間で取引は纏まった。
「お得意様と言う奴になったかもね」ニナがニシシと笑顔を向けたが「まさか、でも顔くらいは覚えてくれたかもね」マギーは鼻を鳴らした。
午前中を足を棒にして歩き回った。元手が出来た以上、大きな店舗や天幕持ちの商人たちとの新しい付き合いが生まれている。屋台や露店の品揃えはさして変わらないか、劣っているので覗くことも滅多になくなっていた。商売における新しい機会を求めて、もう少しは利益が見込める商人たちとの付き合いとネットワークを広げていくにつれて、廃墟民の老商人や駆け出し
旅人向けの食堂で昼食を取ってから、午後も蚤の市を廻って居留地で売れそうな品物を片っ端から買い込んでいく。買い取った品々の重量は、三十キロから五十キロ程度にもなろうか。
長時間歩けば、足が鈍るのは避けられない。帰りは休み休み、街道筋で休憩を取りながら、二日を掛けて移動する。いざという時、瞬時に荷を捨てられるように、価値の低い品は手持ち鞄へと詰めているが、幸い、今までのところ、鞄を捨てる状況に至った事はない。
夕食は、知人の家か。或いは、外食で行う。大抵は、賞金稼ぎや旅人たちの多く集まる酒場に赴いて情報を集めることが多かった。昔の伝手で危険な盗賊や略奪者共の縄張りや出没場所を探るのだが、しかし、連中。変異獣や巨大蟻、屍者の群れなどにはかなり疎かった。そちらは、隊商に属していた頃の知り合い連中から情報を仕入れるのだが、只ではない。それでも金で幾らかでも安全を買えるのなら、安いものだとマギーたちは考えている。
※※
マギーちゃんは、真人間である。かつては賞金稼ぎなどというヤクザな稼業に身をやつしてスネイクバイトなどと呼ばれた時期もあったが、それは世を忍ぶ仮の姿。何かの間違い。偽情報で誹謗中傷。マギーちゃんが賞金稼ぎだったと言う情報はどうやら誤情報だったようですね。いかがでしたか?今のマギーちゃんは、生まれた時から銀のさじを咥えた、綺麗に足を洗った堅気な行商人様なのだった。
真人間の堅気さまになりたいと子供の頃から常々、思っていたマギーちゃんである。恐らくはオーに拾われた時から、いずれ、こうなる運命だったのだ。
賞金稼ぎや密輸商人、武器商人に合法的な奴隷商人、博打打ちに女衒やドラッグの売人(※幾種類かの薬物はズールでは禁じられてない)など、辛うじてお日様の当たる場所にしがみついてるような人間の屑の屯する自由都市の清く正しい裏通りの酒場で、マギーちゃんはそのような言葉をオブラートに包んで、かつての同業者ども。今は、もう関係ない人たちですよ、おほほ……に言い放った。
恐らくは最年少のマギーだが、賞金稼ぎとしてのキャリアはそれなりに長い。悪党の情報を教え合う賞金稼ぎの流儀に従って、それなりに顔も広かった。
「話し掛けないでくれないか?私は堅気の行商人なんだ。君たちのような人種とはかかわりあいになりたくないんでね」サングラスの位置を直しながら、マギーちゃんは言い放った。
「ぼくも」「わたしも」「堅気です」
見るからに魁偉な大男と鋼のような立ち姿の女が、膝に肘を載せたポーズまで揃えながら、声を揃えて不気味に唱和《ユニゾン》する。声を揃えた滑稽な斉唱が、薄汚れた酒場の淀んだ空気に響いた。
「仕事は、行商人だよ」「私も行商人」
「ほざけ、近づかないでくれます?悪党どもの匂いがプンプンしてやがりますわ。堅気さまに悪臭が移ってしまいますわ」マギーちゃんは優しく諭してやった。
「自分の体臭に気づいてないのか?スネイクバイト」
「知ってたら自殺するだろうから、気づいてないんでしょ」
「毒蛇じゃなくてスカンクだったか」
まったく的外れな誹謗中傷なんかでマギーちゃんは傷つかない。
「行商人ねぇ。お前に務まるのかな?」口を挟んできたのは後からやって来た女銃使いのスージー。
「少なくとも、あんたに堅気は無理だな。スージー」関係ないスージーに飛び火した。
「両手でも足りないくらいに殺しといて、堅気とか笑かすな」
罵倒されたスージーは、余裕の笑みを浮かべて、革の上着の裏地を見せた。
「へ、チンピラども。これを見て、恐れおののけ」女銃使いの胸元に鈍く輝いてるのは、保安官バッジだった。それも保安官助手や副保安官ではない。ピカピカの正保安官の金バッジだった。
「……ドレーの町保安官?はぁ?議会が発狂でもしたのか?」住人の正気を窺いつつ、マギーが喉を鳴らした。民主主義の限界を見た気分だった。
「世も末だぜ。狐に鶏の番を指せるようなものじゃないか」
「悪夢みてぇだ」
「どうだ?スザンナさんは、保安官さまだ。尻で椅子磨いてるだけで給料もらって、悪党ども追いかけないでも安全に暮らせるんだぜ。
その前にお前ら全員逮捕して、北のプリズンへ送ってやったら曠野も少しは綺麗になるな」得意満面のスザンナちゃん。そばかす顔に凶悪な笑顔を浮かべて堅気自慢してる。誰もがまともな生活に憧れつつ諦めているのに、他人の気持ちを全く考えないその傲慢さに、流石に善良なマギーさんも腹が立った。マギーは激怒した。
「そういや、グレイヴも同じこと言ったが、三か月で牛泥棒バレて、隣町の保安官に打ち殺されたな」マギーちゃんが何か口を挟む前に別の女賞金稼ぎが、礼儀正しく、似たような境遇にいた旧友の末路を思い出させてあげた。
挨拶代わりに相手の欠点を論ってから、 賞金稼ぎたちは、互いの小耳に挟んだ賞金首や略奪者、盗賊共の動向について触れる。賞金稼ぎにとっては、手頃な相手を見つけやすくなるし、マギーも少なくともでかい集団は避けられる。
額に青筋浮かべたスザンナと女賞金稼ぎが拳を打ち鳴らしながら裏口へと向かったが、残りの面々は和やかにお酒を飲み続けている。
「俺も堅気になりてぇ。賞金稼ぎ止めてぇ。もう、危ない事はコリゴリだ」ジョージアと呼ばれる悪党面の大男がそんな弱音を吐いていた。なお、アジトを吐かせる為に、犯罪者の骨を一本ずつ折っていくので綽名が『骨砕き』である。
酒を飲んでご機嫌のマギーがジョージアに絡んだ。
「お前になんの取り柄があるんだよ。あ、暴力以外な」
「いいな、お前は。上手くいってるみたいで」ジョージアが切なげなため息。珍しく、本気でナイーブになってるようだが、ブラカバ毒毛獅子の欠伸にしか見えなかった。
「稼ぎはそこそこだけど、今住んでる居留地がホントに最高で」テキーラのショット極めながら、マギーちゃんは口を滑らせた。
「住人は親切だし、酒と食べものは上手い。防壁が強固で保安官は優秀。おまけに治安も良い。私の住んでる区画、この半年で殺人が一件も起きてないんだぜ」
「嘘だぁ、そんな土地ある訳ないだろ」
「どうせ、人口三十人とかだぜ」
「吹いてやがるぜ」
「あるんだぁ、これが。ちゃんと数百人の居留地で。現実に」ニマニマと余裕の笑みを浮かべながら、無知で哀れな人間の屑共を鼻で笑った。
「マギーさんの日ごろの行いがいいから、神さまも見てるんだぁ」
「何処だよ。そこ」ジョージアが食いついてくる。
「教える訳ないだろ、お前らみたいな危険でデンジャラスな要注意人物に」カウンターにしどけなく寄り掛かり、上機嫌にショットグラスを廻しながら、マギーは笑った。
「なんだとぉ」
「しっしっ」とマギーちゃんは手を振ると、「ああいう処に住んでいいのは、マギーさんみたいな品行方正な優しい子だけなんだよ。げへへ」この世の真理をのたまったのだった。
翌日、間借りしてる穀物商店の屋根裏部屋で、二日酔いのマギーの呻き声が響き渡っていた。
「あったま、いたいぃ。糞ッ、また飲み過ぎた」寝台で呻いてるマギーに、ニナが水差しとコップを持ってくる。
「寝てなよ。まあ、取引も上手くいったし、気持ちも分かるけどね」
水を飲んで、激しい頭痛をやり過ごそうとマギーは目を閉じる。
「酒場で何話したか、覚えてない……いや、メモは取ってたか」呟いたマギー。
ニナが乱雑な字で書かれた盗賊団出没メモを確認してから、マギーの手のひらを指で2回トントンと叩いた。
「よかった」呻いて、大人しく横になっていたマギーだが、暫くして、大きな叫びを洩らした。
「……いや、なんか余計な事を口走った気がする。思い出せないけど、大事な事に口を滑らした気が」起き上がろうとして呻き、再び枕に頭を埋める。
「商業ルート?市場?」ニナの質問に、吐きそうな青い顔で「いや、絶対にそれはない」
「仕入れ先と商品も話すはずもない」独り言のように呟きながら「だけど、なにか拙い事を口走ったような気が」ううむ、と呻いているマギー。
「使う予定の街道でも洩らしたか?糞」舌打ちする。
街道沿いにおける盗賊共の動きがもっとも活発化するのは、晩夏から中秋の収穫期に掛けてだが、春先も雪解けとともに盗賊共はそれなりに動き回る。物流が盛んになる時期に合わせて、悪党どもにも稼ぎ時が訪れるのだ。そして、盗賊共の手先や仲間は何処にでも潜り込んでいた。美味しそうな獲物を探す為、商会連の事務職に潜り込んで情報を流す事もあれば、警備隊や賞金稼ぎの集まる組合にすら、忍び込んで動きを探る者もいる。酒場に屯している酔客の一人か二人は、間違いなく盗賊たちの密偵であろう。
「なにもしてなければ。そして、用心すれば……」
頭の痛みが大分引いてきたマギーは、重ねて呟いた。
今の時期は、用心さえすれば、まだ、それほどの危険はないはずだ。
自分で危険を招くような、愚かな真似をしていなければ。
零細商人の自分たちを、わざわざ狙うような手合いは多くないはずだ。だが、昔の怨みを抱いている盗賊もいるかも知れないし、どちらにせよ、街道でも決して油断してはいけない――曠野の地で長く生き残りたいのならば。
03月中旬
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