黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_28A ワイルドハント

※今回と次回はちょっとショッキング。読み飛ばしてもいいよ。

 

 今回と次回のあらすじ。

 マギーとニナは盗賊に捕まったけど、身代金払って助かったよ。良かったね。

 

 

 

 

 

 

 マギーは、まずはプロテクターの接合部を外した。袖に隠した小口径のZIP銃とナイフも投げ捨てると、高価なジャケットを脱ぎ捨てる。それから、行商人向けのカーゴパンツも脱いで地面に放り投げた。多分、総額にして2000クレジット以上の衣服と装備だが、命には代えられない。

 

 マギーの積み荷を調べていた盗賊がつまらなそうにガラクタを放り投げた。

 背後に整列させられた旅人や行商人たちの人混みからすすり泣く声が漏れる。大人しく従う者、怒りに震える者、そして声を殺して祈る者。冷静に状況を見守っている者もいたが、大半はこの『狩り』で命を取られぬようにただ願っていた。

 

 マギーたちの財布の中身を確認する盗賊の手が止まり、笑みが浮かぶ。

「150と250……よぉし、よし」満足げな声を聞きながら、ニナも下着姿のまま並ばされた。下着姿のニナを抱き寄せながら「……一応の保険はある」マギーが告げた言葉を信じることにしたのか。ニナはじっとマギーを見つめ、頷いた。

 

 財産を失っても、また、稼げばよい。奴隷に売り飛ばされても、脱走でも、買い戻しでもする。犯されるのも仕方ないし、ニナが売り飛ばされても、探して必ず助け出してみせる。マギーは唇を噛んだ。だが、ニナは耐えられるだろうか?

 

 

 ワイルドハント――随分と昔、初期の犠牲者の誰かがそう名付けた行事は、盗賊団の単なる襲撃を超えた規模で行われる組織化された『狩り』として知られていた。十数人から数十人規模の盗賊たちが手を組み、複数の隊商が通る街道を巧妙に網に掛け、一網打尽にする。手際は無駄がなく残酷で、そして徹底的だ。

 

 街道は無惨に荒らされ、大勢が奴隷の身に転落し、運の悪い者たちは命さえも消し去る。財貨を奪われ、一夜にして没落した隊商主や商会も少なくない。旅人たちは恐れ、行商人たちは震えた。ワイルドハントの噂を聞くだけで、街道を往来する者たちは背筋を凍らせる。

 

 

 ニナが奪われた。腕を掴んで引きずっていくのは、見るからに不潔な中年の盗賊だ。美人はこれがある。美人でなくても、珍しくないが。犠牲者は女だけではないし、若者だけとも限らない。美形の男が女の盗賊団に囚われ、所有物のように飼われることもあるし、盗賊や略奪者の類には、男でも女でも同性相手のレイピストだっている。治安の悪い土地では、人目を引く外見は、しばしば命を危うくする要素にもなった。

 

 盗賊共でも特に性質の悪い一部ともなれば、嗜虐的な欲望に限りがない。生きた射撃の的にされたり、素手でゾンビや変異獣の類と戦わされる剣闘士にさせられるすらあった――人間の残酷さに限界などないと思わされる。

 

 大事な少女の危地を目の当たりにしながら、マギーは冷静さを保った。或いは臆病さかもしれないと思いつつも、抵抗する素振りすら見せず、盗賊団の幹部らしき理知的な雰囲気を持つ男に向き直ると口を開いた。

「身代金を払える。800だ」

「800?」男は鼻で笑った。嘲りの態度を崩さない彼に、マギーは静かに頷きながら言葉を続けた。

「800の安全保障保険」マギーのその単語を聞いた瞬間、男の表情が僅かに変わる。

「死後報復保険条約か……800、800か。つまり、賞金は2000ってところか?」

 興味を示した男はマギーを値踏みするように眺めると「見せろ」短く命じた。

 マギーは地面から保険証書を拾い上げ、男に手渡した。

 

「契約者、マルグリット・M。裏書は……」

 

 保証人

 

  ポレシャ警備隊

 

  ポレシャ保安官事務所

 

  ズール東門第三警備隊

 

  ズール西門第一警備隊

 

  賞金稼ぎ組合、ズール『リガーテ』支部

 

 保護対象の殺害者に対する増額賞金額:2000クレジット

 

 司法取引に拠る恩赦可能性の無期限停止

 

 証書には、各勢力の紋章が押されている。

 証書を読み上げた男は、裏書を指でなぞりながら、ふむん、と短く息を漏らした。

 それから証書を折り畳むと、ちらりとマギーを見た。そして視線が盗賊の男たちに群がられている女たちに向けられた。

「ニナって娘はどいつだ?」

 マギーは、裸に向かれていた女たちから、ニナの腕を引っ張り出した。

 ニナに伸し掛かって頬と唇を舐めていた盗賊が、怒りの叫びをあげた。

「そっちには手を出すな。そっちにしてろ」男に言われて、盗賊が怒鳴り返した。

「おかしらぁ。そんな殺生なぁ。女をもう三か月も抱いてねぇ!」

「そっちにもいるだろ」

「もう、婆しか残ってねえ!」

「俺の言う事が聞けないのか?」盗賊が怯んだ。

「分かったよ。おっかない顔しないでくれよ」

 

 嘔吐しているニナの背中を撫でながら、マギーは集まってきた盗賊たちを吟味する。どいつも、こいつも、いい装備をしている。無法者どもの方が腕は立ちそうだが、盗賊共もけして弱くはない。そして装備は遥かに優れている。

 散弾銃やボルトアクションライフル、短機関銃《サブマシンガン》、それに自動小銃《アサルトライフル》。ポレシャの警備隊の平均すら上回っている。どれも高価で、本来は入手困難な武装の数々は、盗賊がそれだけ稼げる稼業と言う事だろう。多くの人間の財貨を根こそぎ奪い、膨大な数を奴隷商人に流せば、それだけの優遇を受けられると言う事でもある。マギーは脅えこそしないが、手の打ちようもなかった。今は流れに身を任せるしかない。

 

「丁度、新入りもいるから、説明しておくぞ。こいつらを殺した場合、俺たちの賞金に二千が加算される。顔の広い行商人ってわけだ」幹部らしい盗賊は証書を手にしながら、周囲の仲間たちに語りかけるように言った。その声には皮肉めいた響きが混ざっている。

「身内やその他の連中に、保険会社から情報が回る。つまり、マルグリット・Mとニナ・Mを殺した場合、俺たちは死ぬまで追われる羽目になるってことだ」

「二千程度の賞金なら、どうにでもなりそうだがな」と盗賊の一人が言った。

「まあな……ただ、これから先、特約保険対象者を殺すたびに、賞金額はどんどん積み重なっていく」幹部は肩をすくめながら言葉を続ける。

 

「たとえば三人殺せば六千。五人殺せば一万だ。そうなるとどうなる? 討伐作戦のたびに、この裏書に名前が載ってる面々――警備隊や保安官、それに賞金稼ぎの腕利きども――が、何人か必ず派遣されてくるようになる」

 

「討伐隊が来るたびに、腕利きが二、三人ずつ増えるわけだ。それも、お友だちの敵討ちに燃えるイカレ殺人鬼どもが喉笛狙ってくる。こりゃ楽な相手じゃなくなる」

 盗賊たちは彼の言葉に耳を傾けながら、徐々に表情を引き締めていく。幹部は指を一本ずつ折りながら計算してみせた。

 幹部は手にした保険証書を振りながら、仲間たちをぐるりと見回した。声には、今度は少しの緊張感が混ざっている。

 「で、こいつが重要だ――生きたまま捕まった場合の話だがな。楽には殺してくれん」

 幹部の顔が険しくなる。

「報復契約保険掛かったメダガ市長の娘を殺した疾風のジュリアンは、町の入り口の籠の中で七年生かされた。目の前で捕まった仲間や家族が殺されるのを定期的に目にしながらな。堅気だった父親と母親、兄弟姉妹とその家族。三人の女房。最後に年頃になった娘が生きたまま変異獣の餌にされるのを見たジュリアンは、舌を噛んだが、治療されて、七日七晩苦しみ抜いて死んだ」

 幹部の話を聞いて、盗賊たちの間に緊張が走る。誰も口を開かない。ただ静かに考え込むような雰囲気が漂っていた。

 

「だけどやっちまうかぁ?!俺たちは恐いもの知らずの狼さ!」

 幹部が唐突に声を張り上げた。マギーの腕の中でビクリ、とニナが震えた。盗賊たちの笑いとも怒りともつかない声。昂揚感に押されてか、ただ叫びたかっただけかもしれない。

「止めろ、馬鹿!」すぐさま飛んできた盗賊の野次に、ニヤリと笑う。

「いいぜ、冷静な判断力だ。マーク。だから、好きだぜ」

「まあ、見逃した場合は、保険会社が800の身代金を払ってくれる。正直、小遣い程度だが、捕まえる度に稼いだ金の一部をくれると思ってりゃあいい」

 幹部の言葉に、周囲から小さなため息が漏れる。

「こいつらはもっと高く売れそうだがな」盗賊の一人が、マギーの胸を揉みながらぬけぬけと言った。

「3000か、4000は値を付けそうだぜ。賞金の増額は確かに面白くないが……」

 どう転ぶか分からない。緊張が肌を刺すような中で、震えるニナを抱きしめていると、盗賊に襲われていた女の一人が半狂乱で叫んだ。

「わたしがマルグリットです!」

「……はい?」と思わず、声が漏れた。

「マルグリット・メルダ!そして、この子がニナ・メルダ!」

 マギーは微かに目を見開いて女を見た。やや年増だが、艶のある美しい女だった。半裸に剥かれかけた若い娘を庇うように抱きしめて、必死に叫んでいる。

「安全保障保険!襲撃を受けた時、盗まれたの!その女に盗まれたの!

 それはわたしの!私たちの保険証書なのよぉ!」半狂乱に叫んでいるのは、確か、二頭立ての馬車の乗っていた親子連れの旅商人だった。

 

「ほう、これはこれは……面白くなってきたじゃないの」楽しげに幹部は嘯いているが、先刻までに無かった興味で目が輝いていた。

「……馬鹿な事を」マギーは吐き捨てたが、ニナの顔が気に入ったのか。傍を離れず、匂いを嗅いでいた若い盗賊の一人がしたり顔に頷いた。

「確かにガラクタばかり扱ってるのに、死後報復保険条約は妙な話だ。馬車持ちの方が説得力があるぜ、お頭」

 言われた幹部。いや、お頭か。空を見上げて、何か匂いを嗅いでいる。

「まあ、何時までもここで話してる訳にもいかん。襲撃から一時間と半。そろそろ逃がした奴らが、ズール警備隊の詰め所に駆け込んでるところだ」

「連中は税金払ってる相手には仕事熱心だからなぁ」

「偶にはサボってもいいんだがなぁ」盗賊たちはぼやきながら、捕虜たちを数珠つなぎにつなぎ、価値の無さそうな子供や老人を射殺して、移動の準備を手際よく始めていた。

 

「話の続きは、アジトでしよう。お客様方。申し訳ないが目隠しをさせてもらう」

 お頭の命令で盗賊たちが近寄ってくる。

 マギーが見てみれば、年増女は、まるでマギーの方が盗人かのように憎々しげに睨みつけていた。あまりに演技力に感心さながら、マギーはおかしくなって笑いたい衝動に襲われた。

 

「その前に服を着ていいかな」目隠しをされる前、マギーはお頭に尋ねてみた。

「それと歯磨きの入った袋も持っていっていきたいんだが」嘔吐していたニナと自分の部下を見比べてから「なるほど。いいだろう」苦笑して、頭目は許可を出した。

 

 

 

 

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