「……あいつら、殺す。殺してやる」蝋燭の揺れる牢の内部。歯を磨きながら、ニナは繰り返していた。
粗末なベッドに寝転んだマギーは、無言で眺めていた。ニナの心が壊れないか心配だが、幼い時分に故郷を喪失して以降、暴力を受けようが、痛めつけられて理不尽に奪われようがマギーは一人で耐えてきた為、逆に他人が壊れそうな状況でどう慰めていいかも分からない。
「俺にも娘がいてよぅ、へへへ」
牢の外から話かけてくる盗賊。下半身をむき出した姿で、屈託のない笑顔を浮かべていた。
アジトの他の牢からだろう。遠く娘の悲鳴が聞こえてくる。
「俺は、よぉ。ただ、おめえさんらと仲良くしてぇだけなんだよ」
「今現在、同じくらいの娘が襲われていると思うのだが、助けてやらんのか?」
「助けるだと? そりゃそうだ。俺らは助けてやってんだよ。寂しい男たちのところに嫁がせてやるんだ。なあ、そりゃ夢を見せてやるようなもんだろ? 粗末な村で一生終わるより、俺らが手を貸していい男と番いになれる方がよっぽどいい話だよなぁ?人間も減ってるって言うからよ、増やさねえとな。へへへ」
まるで毛沢東信者のように綺麗な瞳で理想を語る盗賊。けだものと話してもしょうがない。狂った正当化でも理屈なんてものは幾らでも付くものだ。
(……盗賊団は、二、三十人はいるな。AKにクイントゥス。カフカ、サドンデス、
あとはホーネット散弾銃)AKは、崩壊前の傑作銃だ。他の火器にしても、いずれも、かなり強力な類な金属薬莢式の銃器である。
連中の稼ぎは、積み荷だけでも一万数千から、もしかしたら二、三万に届くかもな。数十人を奴隷にして売り捌けば、倍以上にもなるだろう、とマギーは辺りを付けた。目隠しをされた状況で11761歩。多分、3時間。街道から十キロ。
このアジトの堅牢さと街道からの距離。盗賊の武装を鑑みるに、討伐隊がやってきて解放される可能性は、かなりの望み薄だと結論せざるを得ない。
捕まってから、数日が経過していた。幸いと言うべきか、安全保障保険のお陰で、マギーとニナの安全は当座は保証されている。他の虜囚たちよりは手厚く扱われているようで、辛うじて手出しもされていない。
幾人かの裕福な捕虜は、すでに身代金やら誘拐保険などで解放されたか、また交渉が進んでいると思える節があった。マギーたちの牢の前の廊下を、目隠しされた保険会社の交渉人と思しき別々の男たちが通っていった事もあったし、奴隷商や武器商人と思しき連中が、盗賊共と笑いながら歓談していたのも目にしている。売られた者、売却予定が入った者たちもいるだろう。中には親子や恋人などが引き裂かれ、二度と会えない境遇に落ちる者たちもいるはずだ。
「うぅぅ、マギィ」ニナが抱き着いてきた。
くしくしと悲しげに泣いてから、「チュウして」とねだってきた。
「……意外と余裕あるね。だけど、それでいい」唇を合わせた。
盗賊が牢の外で不健全だ!と叫んでいたが、相手にしない。マギーたちは、行商人として捕まった。軍人やレンジャー、賞金稼ぎの女性捕虜ではない。尊厳を全て剥ぎ取るような凌辱や拷問はするまい。
壊れた行商人は、金を稼いでくれない。裕福な商人は、捕まえる度に金を得られるのだ。相手が破産するまでは、尊重するはずだ。とは言え、悪党には気分屋も多い。必ずしも、確信はマギーにもなかった。
(……偽称者も出たしなぁ)
年増女にマルグリット・Mだと自称された。マギーも驚愕したが、盗賊たちも判断が付かないようだ。恐らくは、安全保障保険の契約事項程度は知ってるに違いない。
しかし、悪手にも思える。荷馬車持ちならば、身代金を払えば良さそうにも思えるが、或いは、卵《ぜんざいさん》をひとつの
「……さて、どうなるかな」マギーは好機をじっと待っていた。もしくは、変化を、だ。如何に事態が転ぼうと、出来ることをするだけであった。或いは、あっさりと死ぬかもしれないが、人生とはなるようにしかならない。ある意味で、マギーは運命論者であったかもしれない。
薄暗く、窓もない狭い牢獄では、時間を知る術もない。差し出される食事も不定期に、粥の入った鍋が差し入れられるだけで、食事の回数や規則性から割り出す事も出来なかった。
先の見えない監禁生活にニナが参っていたようなので、マギーは抱きしめて、優しく慰めた。
「助かるかな?」問いかけるニナに「分からない。助かると、いいね」言って微笑みかける。優しい嘘のつき方すら、マギーには分からない。
マギーは殺す相手には、嘘をつかなかったし、生きてる人間は付き合って気持ちがいい相手としか、深くは付き合わなかった。だから普段、嘘を吐く必要が殆んどなかったのだ。人生でもマギーの先生《メンター》であったオーは、普段は全く嘘をつかなかったが、こういう時には優しい嘘を付ける人間でもあった。
(どうすればいい、オー……これであってるのだろうか。なんで死んでしまったんだ)心中、迷い、脅えながら―――それは己の死や拷問ではなく、ニナを待ち受けるかも知れない過酷な運命に対してだが。マギーは、表面上の冷静さを保ってニナに優しく接し続けた。
待ち受けていた変化は突然にやってきた。武装した盗賊たちに牢を出るように言われ、二人で廊下を案内される。
広い空間は、恐らくは地下だろうか。鉄道駅などの一部かも知れない。思った以上に広大な空間には電気すら通っていて、十把一絡げの盗賊団とは思えないほどに整備された拠点に(これは生易しい敵ではないわい)と※マギーは片目を瞑って唸った。
足音が響く中、壁に備え付けられた照明が、陰影を作り出している。
広い空間に出ると、大きなテーブルに料理が並び、頭目と、対面には年増女と恐らく娘と思しき、若い娘も席についていた。
「なぜ、偽物も招待するの?」年増女が図々しくも言い放って、頭目が手を振った。
「座り給え。自称マギー君」逆らい難い圧力を感じて、マギーは従うことにする。馴染み深い死の気配だ。マギーは、ニナの額に己の額を当てて、フッと微笑み、それから大人しく席に着いた。
着席してから、マギーは肩を竦めた。
「偽物か、どうか。商会連に問い合わせれば、分かる」マギーの言葉に、年増女が余裕をもって頭目に尋ねた。
「そう。そうね。商会連のミルグレットに問い合わせてくれたかしら?」
「問い合わせたとも」頭目が頷いて言った。「公証人ミルグレット君は、君たちがマルグリット・Mとニナ・Mだと証言してくれた」
年増女がホッとしたように微笑み、若い娘が固い表情でそれを聞いていた。
「嘘だ!」ニナが叫んで立ち上がろうとするのを、マギーは手で抑えた。
盗賊たちが背後に歩み寄ってくる。触れさせたくない。「……ニナ」言い聞かせるように呟くと、ニナは静まった。
「なにか言い分はあるかな?自称、マギー君」
マギーは暫く考えた。頭の中で色々な言い分が湧き出てくるが、どれもどうにも弱い。
「商会連の公証人が、そちらの女性をマルグリットと保証したのか?正規の書類で?」尋ねてみた。
「そうだとも」頭目は冷たい目でマギーを見ながら頷いた。
「では……なにをどうやったのかは分からないが……証明できない」マギーは頭を振った。
「その通りだ。スネイクバイト」頭目の声は冷たく、しかし、慄いている。
マギーが視線を向けると、頭目は冷たい目でマギーを睨みつけていた。
「お前はスネイクバイトだ。賞金稼ぎの」頭目の声には、喜悦と憎悪が滲んでいた。
「スネイクバイトのウロボロス。鉄腕アーロンの首をへし折った女」その頭目の言葉に、周囲にいた盗賊たちからざわめきが洩れる。
「今、証拠を見せてやる」頭目がマギーを指さして、「服を脱げ」命じた。
(……此処で頭目に襲い掛かるか?)考えるが、薄暗い空間の中二階。人の気配がした。それに狙撃兵らしい影。どうしようもない。マギーは服を脱ぎ始める。
「下着もだ」盗賊の命令が飛ぶと、マギーは下着を脱ぎ捨てて、全裸を晒した。反抗は死を招くだけだ。荒涼とした空間で、人前に肌を晒すことに、人によっては屈辱に震えるかも知れない。背に刻まれたウロボロスの入れ墨が露になる。
「……スネイクバイト。しばらく前に無法者たちを討ち取っていたな」
しばらく、楽しむように全裸のマギーを眺めてから、頭目は囁いた。
「場所は、そう、確かポレシャだ」呟きながら、マギーに近づき、顎に手を伸ばした。
「行商人とはよく言ったものだ……転職したか?うん?」
「割が良かったからな。何時までも危ない仕事はしていたくなかった」マギーは言った。それから、盗賊たちに抑えられてる少女を見て、ほほ笑んだ。
「……済まない。ニナ」
盗賊の頭目が拳銃を引き抜き、マギーの額に銃口を当て、数秒してから、外した。
「ところで、今宵の晩餐会には、もう一組、客を招いている」
裸のマギーの前や年増女たちの前を横切ると、足音を響かせながら、テーブルを一周して振り返る。
「彼には、姉がいるそうだ。名前をヒルダ。両親を失った彼を行商人として、女手一人で育て、今は寡婦として一人娘を育てている。感心な話じゃあないか」
年増女の顔色が激変した。叫び出そうとする女商人の横で、盗賊が娘の頭に銃口を突きつける。
「この話を聞いて、俺は感動した。俺は、そう言う話に弱くてね。是非、話をしてみたいと思った」
胸に手を当て、感極まったように頭目は震えてから、暗闇になびくカーテンに向かって手を振った。
「紹介しよう。ミルグレット君とその家族だ」椅子に縛られ、猿轡を嵌められた男と女、そして三人の子供たちが運ばれてくる。
恐らくは状況が逆転したのだろう。だが、マギーは楽しむ気にも、喜ぶ気にもなれず、ただ眺めていた。
「スネイクバイト。ポレシャの警備隊、及び保安官事務所。それにうっ、う~ん。賞金稼ぎともお友だちだな」
盗賊の頭目は、腕組みして考え込むように唸ってから、結論を出した。
「俺が本物を殺していたら、あの連中。ポレシャの凄腕の保安官やら、拷問狂の賞金稼ぎやらが、機会があり次第、俺たちを喜んで殺しにかかるようになる。ただでさえ、敵が多いのに、それは困るぅんだ」
「待って!」叫んだ年増女に指を付ける頭目。
「黙れ。女」
「俺を騙そうとしたな。俺は俺を騙そうとするものを絶対に許さん」指を突きつけ、何度もコミカルに手を前後させる頭目。だが、賓客たちは、全員、気が気でなかっただろう。
「おあ、お金を出すわ。五千……いえ、八千!」年増女が絞り出すように言って、頭目は悲しげに首を振った。
「残念ながら、君の経済状態はよぉく知ってる。二頭立ての馬車を買うのに借金をしたばかりだ。あれが君の全財産。他にはない」
恐怖に青ざめた年増女を前に、頭目は詰問する。
「俺を間抜けだとでも思ったか?
思ったんだろうなぁ。だから、騙そうとした」
「非常に悲しい。そして、本当に残念だ。君との話は楽しかったし、出会い方が違ったら、きっといい付き合いが出来ただろう」頭目は本当に悲しそうな表情と手ぶりをしてから、命じた。
「待っ……!」
「片付けろ」
銃声が響いて、年増女の頭が弾けた。若い娘が絶叫するが、椅子ごと抱えあげられて、悲鳴と共に闇の彼方へと持ち去られていった。
「さあ、かけたまえ。マギー君。ああ、もう服は着ていい」頭目は穏やかな表情を見せながら、マギーとニナに微笑みかけてきた。
「さあ、君たちの旅について聞かせてくれ。興味深い話を聞かせてくれそうだ」
全く味のしない晩餐を終えると、盗賊の頭目は鷹揚に頷いた。
「身代金も届いた。引き渡し地点にズールの賞金稼ぎたちが迎えに来る」
盗賊の一人がニナに抱き着いた。
「おかしらぁ、身代金届いたって事はもういいよな。な!」
「頭の悪い奴だなぁ。俺は手を出すな。と言ったはずだぞ。エンケ。
理由も説明した。そうだな」頭目が困ったように微笑んだ。
「堅い事は言いっこ無しだぜ。俺はもうこの娘っ子……」
次の瞬間、エンケの脳漿がニナの顔面に張り付いている。銃声は聞こえなかった。なにをしたか、マギーにも分からない。ただ、エンケと呼ばれた男の頭が破裂していた。
「気丈なお嬢さんだ」固まってるニナの顔をナプキンで拭うと、頭目は優しく笑ってから、部下の一人に命じた。
「近くまで送って差し上げろ。手を出すなよ」
「了解です」部下は頷いた。
その後、目隠しをされたマギーとニナは、馬に乗せられて運ばれ、街道と思しき場所で解放された。
「今回は、当宿泊施設をご利用いただきありがとうございます。お客様の次回のご利用をお待ちしております」別れ際、盗賊の部下は、おどけて恭しくそんな事を告げて立ち去った。
それから三十分も経たないうちに、馬蹄の音が遠くから聞こえ始めた。助けがきたとマギーは理解して、ニナを安心させるように身を寄せた。
「ははは、スネイクバイトだ。目隠しされてやがる」マギーの目隠しを取りながら、大柄な男が笑いながら声をあげた。声にはどこか愉快な響きがあった。
「本当に捕まったのか、スネイクバイト!」小柄な女が、にやりと笑いながらニナの目隠しを引き剥がす。笑顔で覗き込んでいるのは顔見知りの賞金稼ぎたち。マギーにとっては知り合いだが、ニナにとっては初対面の凶悪そうな男女でしかない。恐怖と緊張で固まったままだった。
捕まった間抜けぶりを揶揄されながらも、誰の身にも不運は降りかかるものだという事実を知るマギーは、それほど悪びれも恥もしなかった。
「お前らが捕まったら、あっさりと殺されるだろうなぁ。身代金払える金もなければ、報復してくれる友人もいそうにないしな」言いながら笑って立ち上がるマギーにとって、状況の中で自分が助かったことは単純に幸運であり、心から喜ぶべきことだった。
マギーは経験豊富なプロで、周りの賞金稼ぎたちも同じように腕利きの者たちだ。そうした者たちが、誰であろうと捕虜になることがあることを、居合わせた者たちはよく理解している。負けることもあれば、運が悪ければ不意に命を落とすことだってある──それが賞金稼ぎたちにとっての日常的な現実だった。
四月下旬
3715→3076クレジット
1200クレジットの損害は、致命傷ではない。
※マギーは片目を瞑って唸った。
横山光輝のムムム顔
まあ、盗賊もちゃんと下調べはするよね、って話。