黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_35 行商プロトコル

 最近、マギーは商売用の服装と旅用の旅装を分け始めていた。今までは兼用で同じ服を使いまわしていたが、都市の店持ち商人たちが好む作業用ジャケットや多機能ポケットがついた実用的なジャケットを着るのと、旅商人が愛用する動き易さを重視した頑丈なジャケットでは、店舗を訪れてみた時の反応がかなり違ってくる。

 

 ガラクタや余りものの資材を取引するだけの零細商人だが、店員が早めに商品を出してくれたり、多めに商品が並んでくる。最初は誤解か、錯覚かとも思ったが、異なる店に異なる服装での反応を試して、時間と商品量をノートに記録を付けてみた。

「ええぇ」いや、変な声が洩れるくらいには、反応が違ってくる。

「なんだ、これは?」マギーは首を捻った。いや、分からないでもない。都市商人たちと似たような装いをすることが、そちらのルールを尊重していますよと言うサインなのだろう。

 暖かく機能的な上着を着込んで店に顔を出すと『お前は、仲間だ』みたいな反応が返ってくる。実際にはそこまで暖かくもなければ、距離を詰めてくる訳でもないのだが、隔意が随分と薄くなっている。

 

 店を出ると、少し離れた場所でニナとこそこそ話する。駆け出しの行商人たちとて、店持ちとの商談では精一杯に高い服を着ているのに、どうにもそれとも反応が違う。

 かと言って、尋ねてみるのは違う気がした。いつの間にか、仲間と誤解させるサインを送ってるとしたら、危険では?など無駄に気に病んでみるマギーだが、しかし、向こうだって、身元はポレシャの行商人と知ってる筈だ。

 

 明らかに異なる反応を示され、マギーたちは戸惑いを隠せない。暖かで機能的なコートやジャケットも、使いやすいカーゴパンツも、行商人なので多少は痛んでるし、薄汚れている。都市商人に比べれば。ならば、単なる見た目でもなかろうが、しかし、ひとつの目安はあった。

 

 二千くらいかな。とニナが値段を口にした。「ええ、と。ああ……そう言う事なのかな?」マギーもひとまずは納得した。明らかに反応が違ってきている服の価格帯が、そこからであった。およそ一般人が一年を食べていける程度の価格を、服装一枚に掛けてる領域から、対応が変化している手応えが感じられた。そう言う商人の結社とか、ギルドでの秘匿されたルールがある訳ではなく、なんとはなしに根付いている慣習なり、常識的な対応なのだろう、と当たりをつける。

 

 

 サンプルとして隊商時代の知り合い、グラディ姉さんを観察してみた。

 マギーの視線に気づいたので笑いかけると、照れたように手を振ってくれた。気のいいお姉さんだ。お尻も大きい。素朴で飾らないグラディ姉さんだが、ちょっと大きな店に行く時には、無理して高い衣服を中古で借りている。

 丁度、新しい仕入れ先へと向かうと言うので、視線で追いかけてみる。グラディ姉さんをじっと見つめたが、チグハグ感が酷かった。アクセサリーばかり目立ったり、袖が届かなかったり。姿見で見比べてみれば、一目瞭然で、対するマギーの服装には無理がない。高い価格帯で揃えてる。一つ一つの品が自然な着こなしで、浮いてない。比較的に安いピンやカフスなども、それ自体の趣味や形はいい。高いものに混ざっても、さほどの違和感がなく、むしろお洒落になるだろう。

 

(……あ、なるほど。これは、信頼するわ)マギーは、己のスタイルを見て、納得した。そうした視線で観察してみれば、必ずしも四桁と限っている訳でもない。店舗持ちの商人でももっと安価な服を纏った者もいる。とは言え、一様に趣味はよく、清潔で、仕立てのいい装いを落ち着いた佇まいで着こなしている。となれば、行商人では、二千程度は着ないと最低限、取引する立場にも立てない訳だと腑に落ちた。

 

 文明崩壊前の社会でも、似たような儀礼《プロトコル》は、多く存在していたと聞いている。服装や持ち物、話し方、振る舞いの細部にまで意識を向け、いかな階層やコミュニティに属しているかを暗黙のうちに示す。 

 ビジネススーツにネクタイを締めることで『信頼できる存在』であることを演出し、カジュアルな場では逆にリラックスした雰囲気を強調する。社会の複雑化に伴い、そうした無意識の『規範』が人間関係の滑らかな潤滑油となっていた。

 

「これもある意味、生き抜くための鎧と言うことか」マギーは二千のコートに触れながら、「結局、人間ってのはどの時代も、変わらないね」呟いた。ニナはおかしそうに笑ってから、足元の砂を軽く蹴った。多分に、その程度の話であった。

 

 

 不思議そうなグラディ姐さんには「グラディ姉さんはスタイルがいいなぁ」などと褒めた。嘘はついてないが、失礼な女である。マギーの内心を知らず、グラディ姉さんは、にこにこ笑ってる。知らぬが仏だ。可愛い、仲良くなりたいにゃあ。ニコニコしながら心で舌なめずりしてるマギーちゃんの横顔を、丁稚の少女ミラが眺めていた。

 

 丁稚と言っても、特定の商会に雇われている訳ではない。自由都市の商業地区で使い走りなどをしながら生計を立ててるよくいる子供たちの一人で、マギーがえちちな酒場を使った際に、店の裏手で見掛けた覚えがあった。店主が小遣いなどやって、医者への使いをさせていた。あ……拙い。マギーは呟いた。

 

 マギーと歓談してるグラディ姉さんを心配そうな目でずっと見つめていたミラだが挙句、話し終わってからなにやらそっと耳打ちしていた。

 果たして、いかな出鱈目を吹き込まれたのか。グラディ姉さんが脅えた目をしてマギーを避けるようになったのは、その日からであった。マギーに会うたび、目を泳がせたり、話題を早々に切り上げて立ち去ったりするグラディ姉さんの挙動は、明らかに以前の親しげな態度とは違っている。

 

(……どういうつもりだ?)出しゃばった真似をした小娘を小面憎く思ったマギーだが、ミラは猫のような素早さで通りの隅へと姿を消し、これ以降も、路地裏に溶け込むように逃げ去る少女のすばしっこい影を捕まえることは出来なかった。

 

 それはそれとして、二千はマギーたちにとって一か月と少しの収入くらいだ。維持修繕費もそれなりには掛かっているが、既に大した金額ではなかった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 夕暮れの居留地には、独特の匂いが漂っていた。湿った土埃に、どこか遠くから漂ってくる腐敗しかけた屍者や変異獣の臭気が入り混じって鼻を刺してくるが、かき消すように、近くの炊煙から漂うごった煮の飯の香りが覆いかぶさる。雑多な臭気が絡み合う居留地の空気には、しかし、奇妙な活力も宿っているように感じられた。

 

 マギーとニナは、疲れ切った足取りで居留地の下層地区に戻ってきた。最近は、やや積み荷が多すぎる。幸い、商売自体は順調で休養日を増やしても問題はなかった。

 休養日は、本当に休むくらいしかない。自由都市と違って、図書館もなければ映画も滅多に見られない。酒場や食堂でも、何時もの面子に決まった献立。それに、ずっと暮らすつもりの居留地でなら、些か品行方正に振舞わざるを得ない。

 

 町外れは、瓦礫の町だ。壊れたレンガ造りの建物や、瓦礫と化した廃墟がひしめき合っており、その隙間に、寄せ集めの廃材や泥に土壁、段ボールで組まれた仮設小屋がぽつぽつと点在している。それでも、そこかしこから子供たちの笑い声や、物乞いに棒手振の鍋を叩く音が響き、若者や女たちの声が喧しく混ざり合う。

 

 マギーたちにも住処《すみか》はある。家とも言えない小さな塒《ねぐら》だが。ポレシャ居留地の下層地区の空き地に木の板と縄、新聞紙、段ボールとタープ(シート)を組合わせた小さな天幕が張ってある。横になって眠れるだけの僅かな空間。しかし、町外れでは、それで充分だった。路地裏に潜り込んで、毛布に包まって寝るよりは、快適だし、安全なはずだ。

 

 空には灰色の雲が垂れ込み、まるで沈む陽を押しつぶそうとしているかのようだ。 遠い地平線に沈みゆく赤い光が、街全体を薄暗い赤褐色に染めていた。崩れた廃屋や粗末な家々の歪んだ影を強調し、長く伸ばして、町外れ全体をくすんだ赤褐色の絵画のように染めていた。

 

 小屋の間を子どもたちが走り抜け、ニナを誘うように声を掛けていく。既にうずうずしてるニナは、きっと夜通し、ドラム缶の炎や焚火の多い一帯で遊び仲間たちと駆けまわるのだろう。まあ、夏の夜は、若者と子供たちの時間帯だ。存分に遊びまわればいい。

 

 歪んだ屋根の上で洗濯物が薄汚れた風にはためいている。屋上に佇む火縄銃を手にした見張りが、通りかかったマギーたちに向けて大きく手を振ってきたので、手を振り返した。赤い大気の中を行き交う人々の姿が、まるで小さな点描のように見えた。瓦礫に埋もれた下層地区は、この一瞬だけ、燃え尽きかけた炭のようにぼんやりと輝いている。

 

 薄暗い空の下、二人は裏通りの空き地に張られた天幕へと辿り着いた。天幕の周囲には、古びた鍋や使い古した椅子が雑然と置かれ、風に揺れるタープがカタカタと音を立てている。

 

 薄暗い天幕の前には、古びた鍋がコトコトと音を立てて揺れていた。炊き出し用の簡素な火が鍋の底を赤く照らし、揺れる炎が周囲の影をかすかに踊らせる。脇では、トリスとリリーがくつろいでいる。トリスは埃まみれの布を頭にかぶったまま仰向けに寝転がり、どこか上の空で赤褐色の空を眺めていた。一方のリリーは、地べたに座り込み、小さなくしゃくしゃの紙片に書き物をしていた。

 

 タープの影の下に足を踏み入れると、湿気を含んだ土埃と、風に晒され続けた木材の古びた匂いが鼻を突く。マギーが肩越しに背嚢を直しながら、ひとつ息を吐いた。ニナは黙ってその後ろをついていくが、ちらちらと周囲の物音に気を配っている様子だった。

 

 

 マギーは、新しく買った服を広げてみた。磨き上げた革のような艶を放ち、縫い目ひとつ取っても丁寧に仕上げられた、ピカピカなコートだった。

「……立派な外套やな」流石にリリーが目を瞠ってる。

「確かに二千クレジット相当の価値はあるわい」とマギーは頷いた。ロシアの文豪ゴーゴリの作品に、コートを盗まれた下級役人が無念のあまり死んでしまう外套と言う短編があるが、盗まれて絶望するアカーキイ・アカーキエヴィチの気持ちも理解できるほど、かくやと言うべき立派な外套であった。

 

 商用の服装に旅装、普段用に冬用の上着、替えの服を含めて、マギーとニナの服は気づけば、十着ほどになっていた。文明崩壊《ポスト・アポカリプス》の世には、一年を通して同じ服を着続ける着た切り雀も多いから、着替えを楽しめると言うのはちょっとした贅沢であった。しかし、こうなってくると衣服を保管する場所も、都合する必要が出てくる。

 

 マギーたちは行商のために大きめの背嚢を背負っているが、衣服以外にも積み込むものが多い。取引するガラクタや食料、簡易的な寝具、それに生活必需品の道具類――どれも削ることができないものばかりだ。靴下や下着だって、それなりに嵩張ってくる。服は折り畳んで革袋や布包みに収納しているものの、旅の途中で取り出しやすく整理するのは一苦労だった。

 

 今までは、滞在先の穀物商店の屋根裏部屋に予備の服を置かせて貰ったり、雑貨屋の爺さんに小さな棚を貸してもらって、服を二着、三着と保管していた。しかし、これ以上、服装が増えては間違いなく保管しきれない。

 

「どうすんべぇ」マギーとニナは顔を合わせるも早々、いい考えは思い浮かばない。

 取りあえずは衣装箱を買う、と言う結論に落ち着いたけれど、しかし、その衣装箱を何処に設置するかも問題だった。天幕の傍らに衣装箱を設置する?衣装箱ごと盗まれるのがオチだ。なにしろ天幕そのものですら、盗まれる事があるのだ。マギーたちが、あまり家に手を入れてない理由であった。

 

「2着を爺さまの所のロッカーに預け、2着は穀物商店?旅装と商用を向こうで着替えて……他に預けられるところなんてないな」

 考え込んだマギーが「取りあえず、古い服は処分しよう」言うのでニナも頷いた。

 

 取り出したのは、みすぼらしい古着と靴。

「うぅ、マギーに買って貰った靴。お姉ちゃんに繕って貰った上着」

 オーに買ってもらったズボンを眺めたマギーも力なく首を振った。

 結論・処分できるものは無かった。

「処分できるものなら、普段からしています」とマギー。

「はい」とニナ。しかし、古びた薄手の服でさえ、きちんと繕ってある品は、盗まれかねない。襤褸布でさえ盗まれる事もあるのだ。

 

 しばらくは取引先に置いておくしかなさそうだが、しかし、あまり沢山預ければ、勝手に処分されかねない。穀物商店には、取引相手と言うので屋根裏を借りているが、まあ、衣装入れに入るのも四着か五着が上限だろう。冬を越えてあまり顔を出さなければ、勝手に処分されるかも知れない。

 大事でない、安めの服を預けておこう。

「いや、安めの服は、それ普段着だから。安めのファーとか。ズボンとか。冬に簡易宿泊所で着る奴だよ」とニナが指摘する。

「ううむ。財産が、たかが服が増えただけで身動きとり辛くなったな」天を仰いだマギーは、取りあえず、明らかに不要で、大事でないものから処分することにする。

 

 

「取りあえず、そのでかいブラは捨てなさい」マギーは、ニナの鞄から顔を覗かせているブラを指差した。

「いや、これはそのうち必要になるから」ニナは拒絶した。肩をすくめながら、乱暴にブラをバッグの奥へ押し込もうとする。

「いつ?」マギーは目を細め、尋ねた。

「来年には、ちょうどよくなる」ニナは自信満々に頷きながら、大胆すぎる予測を口にする。

「なってから、買いなさい。取りあえず捨てろ」マギーは無慈悲に切り捨てた。

「うぃぃいい」ニナは歯を食いしばって泣いた。小さな肩を震わせるその様子に、マギーだって、きっとかける言葉もない筈だ。

「うぃぃ、じゃない」

 泣いても無駄だと悟ったので、ニナは渋々ながら妥協することにした。

「仕方ない。持ち歩くのは諦めて天幕に置いておくよ。早々には盗まれない、といいなぁ」

「ううむ。盗まれやすそうなものを家の近くに置くのは賛成できないけど、まあ、仕方ないかな」マギーも不満げながら折れた。

 

「大丈夫かな?セフの連中も盗みに入ってるかも知れないし」寝転びながらトリスが呟くと、マギーは頷いた。

「ああ、セフ衆か。大丈夫。極一部の行儀のいいのを除いて、連中の子供らはもう町外れには入れない。差別だなんだって喚いていたけど」

「それでか。あいつら最近、廃墟で見かけるんだけど、結構な幅利かせてる。いい武器持ってるし、人数いるから縄張りみたいなの作り始めてる」うんざりしたような口調のトリス。

「えぇ、廃墟の徒党は?だらしくない?」ニナが聞くと、トリスは肩を竦める。

「所詮、浮浪者《ホーボー》とか行き場のない放浪者《ワンダラー》の集まりだから」

「……あまり強くない?」ニナの問いかけにトリスが、こくん、と頷いた。余りセフ衆が幅を利かせても嫌だなぁとニナは思う。廃墟の大徒党に成り上がったセフ衆に睨まれて、ポレシャで立ち行かなくなったり逃げ出す羽目に陥るのも避けたくはある。

「廃墟の事もあまり知らんから、下手すると奥に行きそう」トリスが半ば以上、どうでもよさげに呟いた。

「……まさかぁ」返したニナだが、考え込んだ。

「いや、でかい廃墟の事知らんとそう言う事もあるのかな?でも、誰か忠告するでしょ」ニナは気軽に言ってのけた。少しでも廃墟を知っている者なら、無闇に奥には進まないものだ。怪物の数は段違いに多くなるし、図体にデカい個体も増える。時には廃墟の奥深い片隅に人知れず、人狩りや略奪者、盗賊団の秘密の巣窟が根付いていることすらあるのだ。ニナの一言に、トリスは言葉を返さず、一瞬だけ沈黙が訪れた。微かに風が吹き、遠くから物音が聞こえる。セフ衆とは色々あったニナだが、流石に破滅しろとまでは思ってない。これはただの廃墟の噂話、雑談に過ぎない。そう思いつつも、どうにも嫌な気配が漂っているような気がして、ニナは軽く身震いした。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 廃墟の奥、と言う程に深部ではないが、浅瀬の外れで鋭い叫び声が響いていた。

「ぃいいいいい!」薄暗い室内。仲間の叫び声に反応するように、セフの子供たちは恐怖に凍りついていた。痛みにもがくように、セフの子供は、居留地の大人たちが脅えたその言葉を投げかけた。

「奴隷商人!どれいしょうにぃぅん!」それは、居留地の誰もが恐れる魔法の言葉だった。これで怯んで、馬鹿どもは何もかも言いなりになるはずだ。

「煩い小僧どもだ。一匹、見せしめにするか。」

 黒塗りのマチェットを鞘から引き抜いた男は、それをあっさりと振り下ろした。

 室内に鈍い音が響き渡る。

「きゃ、きゃあああ!」甲高い悲鳴と鳴き声が上がる。子供が泣いている。なのに、この大人たちはまるで容赦をしなかった。事ここに至って漸くセフの子供たちも、目の前の男女が何時も相手にしてきた居留地の腰抜けどもとは違うと悟った。

 

 セフ衆の大事な、食べたら大人に怒られるとっておきの食料を遠慮なしに貪りながら、覆面の男女はぼそぼそと会話を交わしている。

「しかし、こいつら。何故、こんなところまでやってきたんだ?」

「どうでもいいさ。丁度、良かった。浅瀬は、エヴァンスやスネイクバイトが嗅ぎまわっている」

「警備にスネイクバイトを一匹雇ったって噂は?」

「浅瀬に巣食った追い剥ぎどもが殺られた」

「やれ、最近は、獲物を獲るにも一苦労だわ」

 言った女が床に転がる椅子を調節した。引率のセフの大人衆。自信満々に縄張りを広げようと提案し、引き留める仲間を振り切って奥地へ乗り込んだセフの勇者たちは、今は物言わぬ亡骸となって地面に転がっていた。生きてる者も喋れないし、見れない。瞼と口をテグスで縫われているからだ。

 

 すすり泣いている子供たちの前で、マチェットを持った覆面が、淡々と説明する。

「腕、足、鼻、耳を削いで、人豚にする。歩けるだけ歩かせてから、力尽きたら犬の餌にする」

 迂闊な言葉を口にした少年だか、少女だかを足でゴロ、と転がして、覆面は歌うように言った。

「奴隷商人なんかと一緒にするな。俺たちは人狩り。お前ら、豚どもを喰らう廃墟の頂点捕食者だ」言ってる事は誇大気味だが、満更の出鱈目でもない。多少でも、人狩りたちに対抗できそうな徒党でも、廃墟の奥には近寄らない。そもそも廃墟の徒党はその性質として滅多に縄張りからは離れない。地形を知っているか否かで、戦闘は大きく左右される。そして建物の配置や構造を我が庭のごとく熟知し、装備と人数に優越した人狩りのよく計画された奇襲に対して、セフの一団は全くの無力だった。

 

「いい子にしておけ。そうすれば、ちゃんと生きたまま売ってやる」その言葉が、少年少女たちの心に深く刻まれる。

 あれほど自信満々で、何も恐くないと言ってた兄や姉たち。一緒に廃墟を訪れた若者衆たちは、同じように手かせ足かせを嵌められて、震えながら、えぐえぐと啼いていた。白目を剥いて気を失っている娘もいた。誰か、恐怖のあまりに脱糞したのか。室内に強烈な糞尿の悪臭が漂うが、人狩り共は気にした様子をなく食事を貪り続けている。

 

 ひぃいいいい。手足を拘束され、涙目の少年少女たちは、泣いた。

 

 助けは来なかった。

 

 彼らには、暗い運命が待っている。

 

 

七月下旬

 

 4712クレジット

 

 

 

 

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