9月。季節は初秋に入った。少しだけ広くなった塒のテントで、約束通りにやってきたトリスが寝泊まりするようになった。テントと言っても、新聞と布で作られた酷い代物だが、基本的には安全な居留地の下層地区での寝泊まりに、トリスは殆んど無警戒に等しい無防備さで初日から爆睡していた。本人曰く、廃墟とは恐怖の気配がまるで違うらしい。
ニール親父の木賃宿に泊まらせる為の手筈も整えて、トリスを引き合わせている。とは言え、宿泊券をトリスに持つと、廃墟で万が一があるかも知れないので、手続して手渡すのは、もう少し先になる予定だった。
予定外の事としては、少しだけ高い靴をマギーが買った。
「……マギーさぁ」
「伝説の靴だったんだ!滅多に手に入らない品で!」
デザートレンジャーの半長靴は、軍用ブーツには劣るもののそれなりの防御力を持ち、何よりずっと軽くて動きやすい。五百クレジットだったが、最終的にはニナもきちんと納得していた。
マギーとニナに限っては、万事が順調に進んでいた。居留地で新参者が騒動を起こしたとの噂はちょくちょくと耳に入ってきたが、それも例年のことである。
行商に関しては、秋はそろそろ店仕舞いする季節でもあった。農地の本格的な収穫が始まると共に街道の物流は盛んになり、略奪者《レイダー》や盗賊《バンディット》、逸れ部族に追剥らが尤も活発化するのもこの時期だった。
盗賊《バンディット》の縄張りや出没する場所はおおよそを把握しているし、街道筋の略奪者《レイダー》徒党は図体がでかくてバレやすい。とは言え、世の中に絶対はない。略奪者《レイダー》どもは気まぐれに縄張りを変えるかもしれないし、盗賊《バンディット》たちが手薄な場所に移動して伏兵仕掛ける可能性だって充分に有り得た。取りあえず、ほぼ避けられる状態を保っているだけで上等と見做すべきかも知れない。
部族は一般にかなり手強い相手だが、追い剥ぎに関してはさほど問題ではない。金に困って旅人から金や物を奪おうと目論む連中の殆んどは、大した武装もなければ、訓練も積んでおらず、よく武装した旅人であれば追い払うのは難しくはない。中には、額にスリングショットライフルが当たっただけで戦意喪失して逃げ出すような腑抜けもいたほどだ。だけど、偶には気合の入った奴らもいる。錆びたナイフを振りかざし、目を血走らせて突進してくるような連中だ。そうした奴らと遭遇した際には、此方も死ぬ気で戦わなければならない。さもなくば、何もかもを失いかねない。
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手斧の使い手が刀やサーベルの達人に滅多に勝てないように、棍棒やナイフでは手斧の熟達した使い手に、まず太刀打ちできない。使い手の経験と技量の差もさることながら、武器の特性も勝敗を大きく左右する。例えば、手斧は鋭く、モーメントによる大きな破壊力を発揮することもできる上、小回りが利き、狭い間合いでの連続攻撃に威力を発揮し、敵の攻撃を捌く際にも優れた特性を発揮する。
さらに言うなら、手斧は振り下ろしや振り抜きの速度が速く、接近戦では慣れぬ相手の防御を容易に打ち崩すことができる。加えて、短距離であれば投擲武器としても使用可能で、マギーは予備も含めて四本の手斧を腰とコートの下に括りつけていた。また、間合いによっては、マギーは鉛の入った靴での蹴りも使う。まともに受ければ、生木をへし折る威力の空手の蹴りを用いて、相手の関節や急所を容赦なく破壊する。
これに対してこん棒やナイフは、攻撃は単調に成りがちで、棍棒は充分な間合いを取らねば威力を発揮できず、ナイフの間合いは短くて、敵の攻撃を捌くには向いていない。加えて、マギーは達人と言うには足りないが、日常的に訓練を積み、充分に熟達した実戦経験豊富な戦士だった。
マギーとニナを含むごく少数の旅人たちは、自由都市から随分と離れた寂しげな丘の麓で、追い剥ぎの一団と遭遇した。灌木が僅かに生い茂った荒涼とした大地が何処までも続いていた。不規則に折れ曲がりながら、曠野を貫いている道なき道を踏みしめながら、旅人たちは寡黙に足を動かしている。近隣の集落であったり、同じ地区に暮らすだけの一応の顔見知りに過ぎないが、旅行者たちが小さな
遠く小高い丘と点のように見える廃墟の家々が目に入るが、それ以外に目立つものは何もない。寂しげな場所だった。穏やかな風が吹き抜け、灌木の葉をかすかに揺らしていたが、静寂を破るように、追い剥ぎたちが丘陵の稜線から飛び出してきた。
十数人はいただろうし、居合わせた旅人たちは僅かに五、六人。マギーたちに迫ってきたのは、男二人と女一人。皆、痩せ細り、目はぎらついていた。着ているものは擦り切れた衣服で、手にはこん棒や錆びたナイフを握りしめていた。
曠野に捨てられた亡霊のような哀れな有様で恫喝してくる。
「財布と食い物を置いていけ!」
一人が喚き、二人が身構える。しかし、声には確信が欠けていた。追い剥ぎの幾人かは、明らかに飢えと不安に苛まれており、まともに戦う力も残っていない。それでも、盗賊として今を生き抜くしかない。
マギーは感情の抜け落ちた表情で迫る追い剥ぎたちをじっと見つめていた。鋭い視線が、栄養状態も悪そうな追剥たちの一挙一動を見逃さず、動作のパターンや関節の可動域、手足の長さや敏捷性を分析し、見切っていく。マギーは冷静に腰に手をやり、括りつけていた手斧を両の手に一本ずつ抜き取った。反射する陽光に刃先が鈍く輝き、追い剥ぎたちは一瞬怯んだように立ち竦んだ。
「引き返せ、金はやらん」マギーは、固く冷たい声で宣告した。しかし、追い剥ぎたちは恐れなかった。或いは、恐怖を覚えていたが、飢えと絶望で自暴自棄になっていたのかも知れない。一人が雄叫びを上げて突進すると、それを合図に残り二人も、武器を振りかざしながら突っ込んできた。
最初の男が振り下ろしたこん棒を、マギーは軽く体をひねるだけであっさりと躱した。力んだ攻撃が空を切って身体を泳いだ男の首にマギーの手斧が閃いた。
二人目は背後から襲ってきたが、マギーの敏捷な動きは予測を超えていた。襲撃者のナイフが届く寸前、踵を返して、鉛入りの靴で相手の膝を横から蹴り砕く。枯れ木のへし折れるような音と高い悲鳴が交差する中、マギーはそのまま手斧を振り上げ、二人目の首筋を一撃で断ち切った。最後の男は怯み、距離を取ろうと後退したが、既に遅かった。マギーは腰に括りつけた手斧を素早く抜き、無駄のない動きで投げ放つ。斧は鋭い回転を描きながら相手の胸に突き刺さり、男はもんどりを打って倒れた。
三十秒もしないうちに、追い剥ぎは三人共に死体となって地面に転がった。マギーは三人目の側頭部に強烈な蹴りを叩き込み、頭を砕いて確実に止めを刺すと、斧を引き抜いて他の追い剥ぎへと歩を進めていった。残りを片付けるのも、それほど長い時間は掛からなかった。
「……助けて、もう、戦えないよぉ。腕が折れてる。ほら。降参」降参した追い剥ぎの喉笛に、マギーは手斧の薙ぎ払いを叩き込んだ。
「とんでもないのを襲っちまった」情けなさそうに逃げ出した追い剥ぎだが、実際には、マギーだって随分と恐かった。相手がただの追い剥ぎなのか。部族なのか。それともプロの盗賊団や略奪者《レイダー》なのかも、襲われる立場からは分からないのだ。相手が多勢の部族戦士だったら、殆んど勝ち目は無かったし、十数人の盗賊であれば、またしても降伏するしかなかっただろう。
逃げ遅れた追い剥ぎたちは降参して命乞いしてきたが、マギーたちは人数も少ない。偽装降伏からの騙し討ちを受けたら、逆転されかねないし、警戒し続けたり、背中を見せることも困難だった。
「さっさと逃げればいいものを」吐き捨てながら、「し、死にたくないよう」そう訴える女の喉笛も切り裂いて、視線を向けた最後の一人はまだ少女と言える年齢だった。
「……お、おかぁさぁん」震えている、とマギーは躊躇したのか。立ち止まって流石に苦々しい表情を浮かべた。
マギーも、ここ2、3年は望んで穏やかな生活を送っていた。穏やかな食事や暖かな会話、静かな夜の積み重ねは、マギーを幾らか弱くしていた。賞金稼ぎの頃に比較すれば、センスや戦意はどうしても衰えている。殺されたくはないし、傷つきたくはない。そして相手を傷つけたくもないと言う柔和な気持ちも心の一部に根差していた。とは言え、以前の猛々しいだけの闘争心や単に生き残るための戦いとも違う、今の生活やニナを守る覚悟を持って戦いに臨むマギーは、強さは劣るかも知れないけれども、士気ではかつてにも劣らない程に意気軒昂でもあった。
数秒、或いは十数秒を少女を睨みつけていたマギーだが、財布を取り出すと銀貨と紙幣を取り出した。地面に落として「拾え」と少女に命じる。意味も分からない追い剥ぎ少女が、慌てて命令に従って金をかき集める。隠し武器は持ってない。妙な素振りもない。そう判断したマギーは「その金を持って、何処か……ツァリオとか、ノーラ市とかの大きな居留地か、都市へ行き、まともな仕事を探せ。足を洗うんだ」
ポカンとしている少女に「分かったか?」凄味のある声で斧を突きつける。
「は、はいぃ!」コクコクと頷いた少女が、金をポケットに入れて、反対側の街道へと必死に駆けていく。
マギーたちが見送ってると、随分と離れた位置で仲間らしき人影に声を掛けられ、立ち止まった少女。迂闊にも事情を説明するのに、金を見せたのか。袋叩きに遭って金を奪われる遠い光景を見届けるしかなかった。殺されたかまでは分からないが「この世は糞だなぁ」マギーはうんざりしたように吐き捨てた。
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ジョージ・パイルは、中年を迎えた
うだつが上がらない男だとは自覚している。ジョージは、あまり器用ではないし、利発さや機智にも恵まれていない。それでも郊外の農地で雇われの作男《ファームハンド》などを熟しつつ、妻と三人の子供を養っていた。
賃金は安く、いまだに不安定な日雇いの身だが、何度も雇われるうち、農場主が顔と名前を憶えたのか。指名の求人を受けられることも少なくはない。定職持ちでもないが、それでも月の半分から三分の二ほどは仕事に困ることもない。農地で知り合った妻の実家はそれなりにゆとりがある半小作農で時々、食べ物の援助を受けてる。その為か、子供たちは飢えることも、誰一人欠けることもなく、すくすくと育っていた。何よりも大切なジョージ・パイルの宝物だ。
ジョージの悩みといえば、家のことだ。下層地区では頑丈な廃屋の隅に張った、小さなテント。冬の寒さをしのぐには心許なく、子供たちが風邪をひかないかと毎年気をもんでいた。なのにアパートの家賃はそれなりに重荷で、薄い財布から出ていく硬貨や紙幣を数えながら『もう少し広い場所に住みたい』とも思うのだが、アパートはクロスボウや槍を持った見張り付きなので、守りはしっかりしている。万事、妻と子供たちの安全が一番だ。兎も角、ジョージは人生に大きな不満のない男だった。
人生で最良の思い出は、結婚式の日で、小さな礼拝堂で、妻が母親から譲り受けた古いレースのドレスを身にまとったあの日。誓いの言葉を告げながら、ジョージは心の底から「自分は幸せ者だ」と感じた。きっと死ぬまであの喜びは忘れないと思っていたし、実際にその通りだった。
ジョージには、三人の子供がいる。長女のリビーは一家の希望だ。14歳のリビーは、父親の不器用な愛情と、母親譲りのしっかり者な性格を持ち合わせていた。弟たちの世話を甲斐甲斐しく焼きながらも、家族の中で最もよく物事を見ている子だった。
リビーは下層地区の青空学校に通っているが、実際にはほとんど自学自習のようなものだ。それでもリビーは読み書きが得意で、近所の他の子供たちにとっても、ちょっとした「先生」のような存在になっていた。薄暗い家に帰ると、学校から持ち帰った紙切れや石筆を使って弟たちに文字を教える。娘の姿を眺めながら、ジョージは時折、ぼんやりと未来に想いを馳せる日もあった。
『リビーは、こんな不安定な暮らしから抜け出せるんじゃないか?』希望を胸に抱く一方で、心のどこかでそれが叶わぬ願いだと諦めているジョージもいる。町外れから町の中心へと移るには金や伝手、なにより運が必要となる。リビーがその三つを持つには、ジョージはもっと稼がなければならないが現実として日々、農地とテントの間を行き来しながら、生きるのに精一杯だった。
それにしても根無し草の
そのリビーには最近、悩みがあるようだ。近所の幼馴染であるアーレが、ボーイフレンドだと思っていたが、仲睦まじかった二人から最近、どうにも上手くいってない気配が伝わってくる。今もテントの外で気まずそうに二人で話している。
「……ニナが。お金を持ってるし」リビーの声だ。わずかに震えていた。
「そんなんじゃないんだよ」とアーレ。
目移りされたのだろうか。薄い壁の向こうから聞こえてくる声に、ジョージはつい耳を澄ませてしまう。
「違う、マフラーだ。ニナのしてたマフラーが、気になっただけなんだ」アーレがマフラーなんだと少し早口で繰り返した。
「……あの、マフラー?」リビーがつぶやいた。
「自由都市で売ってるのを見かけた事があって……多分、六百とか。そんな値札が、ついていたと思う」とアーレが落ち着いた口調に戻ってぽつぽつと呟いた。
「よく似た品かもしれないけれど。その。御免。不安にさせるつもりは無かった」
「うん」
近所のニナは、確かに可愛らしい少女だった。兎に角、顔立ちが整っている。美人とはっきり言える。意志の強さを宿した切れ長の瞳が、なおさら魅力的に見せている。ショートカット。いや、背中に結んでいる髪も輝くように見えた。
しかし、ジョージの目には、リビーは決して見劣りしない。十分に魅力的だ。長い髪が風に揺れ、穏やかな笑顔を見れば、どんな人でも愛おしく思うだろう。でも、リビーは母譲りの雀斑に、少し引け目を感じてるのかもしれない。
引っ越してきた時には、着の身着のままだったニナだが、保護者のマギーは商売が上手いようで、最近は、暖かそうな衣服に身を包んでいる。古着としても仕立てはよく、市民や正規居住者の子らにもそれほど見劣りしない。マギーも、しばらく前に、保安官助手に任命されたと耳にした。何をどうやったら、そんなに上手く物事が運ぶのか、朴訥なジョージには想像もつかなかったが、さもあらんとは思う部分もあった。最初にマギーを見た時、妙な威圧感を覚えたのを覚えている。思わぬ近くに危険な大型変異獣が突然、ひょいと出てきた。そんな感覚に似ていた。マギーには血の匂いを漂わせているようなところがあって以来、ジョージは苦手意識を憶えて、それとなく避けているが、多分、町の上層部にとっては利用価値のある人物なのだろう。
兎も角も、リビーだ。アーレと仲直りできたのはいいが、その日から元気がない。
或る日、ジョージはリビーが日課にしていた針仕事を放置していたことに気づいた。元より余暇に行う自主的な習慣で、家の仕事として言いつけていた訳でもないが、それでも気になってジョージは尋ねてみた。
「お前、作っていたマフラーはどうしたんだね?」襤褸布や古いタオルを都合して、針と糸で縫い合わせたマフラーだった。綿を入れて、随分と暖かそうな品だったのに、放置されていた。寒さの厳しくなる秋か、冬にはアーレに渡したいと言って作っていたはずだ。
「とても……恥ずかしくて」リビーは口ごもった。
「そんなことはないよ。アーレだって、わかってるはずだ」
アーレは、ハンサムな少年だ。顔立ちの良さを自覚している節があるのが、ジョージには気に入らないが、顔の割に誠実な性格の持ち主でもある。身の程を知らない野心に身を焦がすような人柄でもない。リビーを裏切るような真似はしないだろう。
大体が、ニナにしてからがアーレを鼻にも懸けていない。見たところ仲がいい少年も二、三人いるようだが、ニナはむしろ女の子の方に優しい。些か怪しげな趣味があるのではないかと疑うほどに、ベタベタ接することもあった。それとも、アーレに望みはないだろうが、今でも熱を上げてるのだろうか。疑わしげな父親の視線に、リビーははにかんでから小さく呟きを漏らした。
「アーレはそんなんじゃないよ……だけど、せめて毛糸があったら」
ポレシャは大型の居留地で羊の群れも飼育している。かなりの羊毛や毛糸を産していて二、三年前までは露店でも余りものをよく見かけた。ところが最近は、てんで見かけない。
「……毛糸か。買ってやれんかなぁ」
街に出たジョージは、知り合いの商人に相談してみる。商人と言っても、文明崩壊《ポストアポカリプス》は、下層地区の
「……毛糸は手に入らんかなぁ。羊毛では駄目かな?」と商人の言葉に「さすがになぁ」ジョージは苦い顔で首を振った。羊毛を毛糸にするには簡単な道具があればいいのだが、ジョージには使い方の知識もないし、買ったり、借りるのに余分な金も使いたくなかった。
「毛糸は最近、統制厳しくて、ほとんど輸出と市民用に回されてる。地区にも幾らか回ってきているが、早い者勝ちでね」商人も渋い顔で首を振った。
言いながら、欠けたカップに暖かなどぶろくを入れてジョージに勧めてくる。
寒い日にはありがたい。礼を言ってから、ジョージはため息を漏らした。
「手に入らんかあ」頬を撫でるジョージには、横流しの伝手なんてない。
少し考えこんだ商人が呟いた。
「自由都市なら、手に入るかもしれない。ちょっと待ってろ。マギーにもらった相場表があったはずだ」
「……マギーに?」と少し心配そうにジョージは言った。
「自由都市にちょくちょく顔を出していてな。相場を教えてもらった」
言って、慎重そうな手つきで、手元のメモ帳に挟んだ紙片を見る商人。
「うむ。そんなに安くはないが、手が届かん金額でもない」ジョージに価格を教えた。
「確かに手が届かない金額ではないが、都市だと宿代も掛かるんでないかな?」
「渡り人《オーキー》なんかの集まる宿営地があるんだよ」ジョージの疑問に返答する。
へえ、と流浪の生活も随分と昔なので、ジョージも
「安くつきそうだ。食い物は自弁して。三日。そうだな。五日後には帰って来る」
自由都市での仕入れに目途がついたジョージは、家族にそう告げた。
「でも、ねえ。危なくないかしら?羊を飼ってるおうちに伺ってみたらどうかしら?」妻ジャクリーンの提案にジョージは首を振った。羊毛は兎も角、毛糸では中々に手に入らない。近隣の農村や農場では、手回しの紬車で作ってるから随分と高くつくのだ。
「都市だと、木炭で動かす機械で紡いでるから、安く手に入るんだ」とジョージの弁に、ジャクリーンはしぶしぶと頷いた。
「ねえ、若い人に変な対抗意識を持ってない?」
「そう言うんじゃない。俺も自分を試してみたい部分はあったんだよ」心配そうなジャクリーンを宥めるようにジョージは頷きかけた。
「都市との往来がどんなものか、うん。覚えておいても損はない。それにあの子の喜ぶ顔を見たくないか?」
「でも……」と言い渋りながら、しかし、ジャクリーンは娘を出されると弱かった。
「実は、いい考えがあるんだ。マギーたちについていこうと思ってね」
「分かったわ。気をつけてね」最後に渋々とだが、ジャクリーンもうなずくと、そうしてジョージを旅の空へと送り出したのだった。
※※※※
「マギー、この人。まだ息があるよ」追い剥ぎどもの襲撃を切り抜けた旅人たちは、血塗れで倒れている
「こん棒を振り回すのでも、石でも投げればよかったのに。棒立ちで刺されて……」
「可哀そうに。まだ若いのに」サーベルを引き抜いて、追い剥ぎを膾切りにしていた老人が首を振った。
「彼を知ってるかね?」
「見た顔だが、名前までは……」呟きながら、マギーは包帯を取り出した。手当の仕方は知っている。見ず知らずの人間に包帯と消毒液を手当てする程度には、マギーは
懐に余裕もあったし、善良に振舞おうとしていた。
「……足を刺されている。太い血管は避けられたけど」応急処置の後、離れた灌木の木陰まで移動すると、旅人たちは思い思いに怪我人の手当てや荷の整理、武装の整備などに移った。
深手を負った
「俺は、死にますか?」尋ねてくる怪我人は居留地の
「わかりません。出血が多い。助かるかも知れませんが……保証はできません」マギーの言に苦しげに沈黙した。深手を負った
マギーは周囲を見回した。茫漠とした曠野の真ん中。近くには集落も、農場やはたごもなかった。マギーは移動させる方法と距離を考えて、結論を出した。
「あなたを移動させる手段がありません」言ったマギーは己の歯の奥から、何かカプセルを取り出した。
「毒です。ゾンビや変異獣に囲まれたとき、飲めば楽に死ねます」
「……親切ですね。ああ、皮肉ではありませんよ」苦しげな息の下でほほ笑んだ
「袋に毛糸の玉が入っています。む、むすめに……」
「わかりました」マギーは頷いた。それなりの値打ちはあるだろうが、マギーはできるだけ、約束は守る人間だった。特に死にゆくものと交わした約束は。
「あの子が欲しがっていたんです。ボーイフレンドにマフラーを編みたいと……喜ばせてやりたかった」
「まさか、こんなことに。あなたが恐かった」言って
「こんなに親切なら、依頼したら引き受けてくれたでしょうか?」
「次があったら……多分」マギーが頷いて、言葉をつづけた。
「考えがあります。あなたを廃墟に運んで隠します。それから、ポレシャで救援を呼びます。あなたは、登録した居住者ですね?」
「……荷馬車を借りてきます。必ず、戻りますが、それが何時になるかは分かりません。明日か、明後日か。隠すつもりですが、もしかしたら廃墟でひどい死に方をするかもしれない」
言ってから、マギーは
「試してみますか?」
蛇のような瞳と
「お願いします」
「……今なら、まだ、幾らかのお金を払えば、手伝ってくれる人もいるでしょう」
立ち上がったマギーが、他の旅人たちの所へと歩いて行った。
曠野に吹く風が鳴いていた。
9月中旬
2541クレジット