黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_40A おまいう

 9月の下旬。秋の収穫期に街道筋の物流は盛んになる時節だが、マギーたちにとっては、徐々に商売を縮小する時期に差し掛かっていた。

 

 ひとつには追い剥ぎや部族、盗賊などが増えるために街道の往来が危険になるからだ。単純に危険が増える。偵察や待機など用心を重ねるので移動速度は遅くなり、荷物の量も減らさざるを得ない。

 

 ふたつには、取引先の店舗でも、冬に備えて商品を備蓄したり、物資の確保に移るために品不足と高騰から利益が少なくなる。冬越えに備えて物資の備蓄や準備に入るのは、マギーたちにとっても事情は同様だった。

 

 それでも秋の入り口は、まだまだ稼げる時期であったから、最後のかき入れ時と、二人は商売に精を出した。居留地に売りつける資材なども良い値段を付けているし、服飾も全般的に売れ行きは好調だった。貧富の差があれども、八百人近い購買層がポレシャにはいて、一年に一着の上着なり、ズボン、コートなどを買うとしても、供給が全く応えられていないほど需要が大きい。居留地相手の物資売買が何時まで続くか分からないが、服はよく売れている。この商売は、きっと長く続けられるに違いない。

 

 ただ、衣服はかなり嵩張る代物だった。マギーの目で見て掘り出し物、と言える品も多くはない。持てて三着から多くて五、六着。どんな分野でもそうだが、稼げるなら、先に抜け目ない誰かしらがやっているものだ。

 

 

 背嚢の積載量に空きがある時、マギーやニナは他に簡単なリボンや綺麗な腰布などを幾つか仕入れることもあった。これらは大抵、近所の渡り人(オーキー)や自由労働者の娘たちには、ほぼ原価で分けていた。

 

 最近のマギーは、かなり稼いでいると自覚していた。もっとも、それは他人を圧倒するほどの富ではない。他の渡り人(オーキー)の三倍から五倍程度だろう。一見、かなりの金額にも思えるが、元が貧しい渡り人(オーキー)たちとの比較である。店持ち市民などと比較すれば、それほどに突出してるわけでもない。それでも、下層地区の他の住民から見れば、かなり稼いでいる新参者という立ち位置ではあった。他人によっては、或いは目障りな新参者だと思うだろうか?

 

 懸念かもしれない、だが、幾らかでも味方を作っておくことには意味はあるだろう。大抵の人間は、全く無関係の人間より、多少なりとも役に立つ人間、利益になる人間に対しては優しくなるものだ。クレバーなものの見方かもしれないが、嫉妬で足を引っ張られるよりは大分、マシだとマギーは考えている。

 

 大量に仕入れて、派手にばら撒くような真似もしない。可愛らしいリボンや飾り布、簡単な装飾品なんかを僅かに仕入れて安めに融通し、訪ねてくる別の娘や少女、あるいは奥さんに対して、ちょっと渋りつつもさりげなく、苦労したけど手に入ったよと、一言添えて相手に希少価値を感じさせる工夫も忘れない。相手によっては値段をやや高めに設定することもある。品物が「ありふれた物」ではなく「特別な物」である方が、相手にとっての満足感や感謝の気持ちも大きくなると言うものだ。

 

 

 

 兎も角も、そうしてマギーたちは、近所に馴染む工夫を重ねつつ、下層地区に溶け込もうと努力を惜しまなかった。かと言って、誰に対しても愛想よく振舞うわけではなく、ある程度、適度な距離を保つように心がけて特定の小集団に組み込まれることも避けていた。幸い、披露した戦闘力と経済力で独立独歩の人間であると一目置かれたようなので、強引に距離を詰められるような事もなく、あとは少しずつ己の地歩を築いていけばいいと計画している。

「ご近所における第一次友好計画である」自信満々に披露したマギーを、ニナは露骨に馬鹿を見るような目で見てきて、流石にその時は傷ついたものだ。今になっては「マギーは頭いいね……いや、いいんだけど。凄いけどさ」とニナも反省する仕切りであった。

 

 観察して好感を抱ける人物や、仲良くなる価値がある相手とは少しずつ距離を詰め、また当初思っていたのと違う人物とは、少しずつ距離を取ったり、口喧嘩となる事もある。また、ごく一部にはどうしてもウマの合わない人間もいる。相手に悪意がなければ、互いに距離を保ちながら、実務的なやり取りだけに終始している。無理に親しくなる必要はない。短い付き合いなら、特にそうだし、長く付き合うなら、そのうち関係改善に切っ掛けができる事もある。相手もそれを理解しているから、衝突せず円滑な関係を維持できる。大抵は。

 

 幾人かは、利用できる出来ないとか、好きとか嫌いとか、事務的に必要とかなく、普通に近所づきあいしている。例えば隣家の無愛想な老夫婦が、収穫祭の余り物を分けてくれた事や、ニナが薄着しか持っておらず、寒さに震えていた最初の冬。ドラム缶に炎を燃やしていた年配の男が手招きし、ただで火にあたらせてくれた上、蜂蜜の入ったお湯を飲ませてくれたことなどは忘れがたい思い出でもあって時折は、簡単な土産を渡したり、比較的に安くものを売ったりすることもあった。

 マギーたちもそれほど愛想よくはしないし、相手も時節柄の話題に二、三触れたりするだけの関係だが、不思議と居心地は悪くない。過度な返礼なんてものは、まともな相手に対しては負担になるものだ。少なくともマギーはそうだ。

 

 まあ、気の合わない相手は、どうしてもいるものだし、嫌いな相手に絡まれる事もあるけれど、兎も角も、マギーもニナも、今のところは、なんとか人間関係を構築して、大過なく下層地区で日々を過ごしていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ポレシャは大きな居留地だ。辺土では比較的に強固な防備を持っており、治安が良く仕事も多いことから、季節を問わずに人が流れ込んでくる。ところで、異なる土地に行けば風俗や習慣が異なるのもまた自然の理だが、閉鎖的な村や独自の風習を持つ地域からやってきた者には、他所の生活習慣に疎いものも少なくない。特に遠来から来たものなど、複雑な通貨制度や生活様式に戸惑うことも度々で、物価の違いに悩まされたり、地域のルールを知らずにトラブルを引き起こす事も珍しくなかった。

 

 ヘイズ、ワイト、ジオにルーク、ドマとクルス、ガムス、そして三人娘のレギとゾン、ナル。(※覚える必要はない)。同年代の若者十人は、同じ居留地で生まれ育った幼馴染だ。大家族の三子から五子が多い。生まれ故郷のバホラは、それなりに大きい自由都市だが、閉鎖的で万事に停滞した土地だった。刺激も少なくて上がり目もない退屈な居留地に、野心的な若者たちは仕事と出世の好機を求め、辺土でも発展してると噂のポレシャへとやってきた。他にも三人ほどいたが、ポレシャの手前で他の土地を目指すと告げられ別れている。

 

「汚い街だな。正直、ロギ村とかの方がマシだぜ」

「そうか?いい街じゃねえか、俺は気に入ったぜ」会話を交わしながら、青年たちは町外れを気兼ねなく眺めて回った。

 

 垢ぬけた娘が多い――それが『町外れ』を訪れた際にまず感じた印象だった。生活に余裕があるとは言えない地域のはずなのに、娘たちはどこか洗練されて見える。

 瓦礫の転がる街並みに泥や土の家並み、天幕や段ボール、端材の小屋に囲まれながらも、手入れの行き届いた髪に工夫を凝らしていたり、手入れされた布地の衣装を身にまとっていたりする姿が目立つ。色鮮やかな腕や髪のリボンに極め細やかな腰の飾り布など、女たちの洗練された佇まいは、地区の粗野な印象と奇妙な対比を成していた。

 

 肌も綺麗な娘が多い。水が豊富な土地でもないはずなのに、目立つほどの皮膚病を患っているものを殆んど見かけないのは、不思議だった。石鹸などの余りものが多いのか、或いは、排泄物を十分に浚渫、処理する仕組みが整っているからか。ポレシャ市民地域の衛星区でありながら、下手な自治村よりもよっぽどに清潔で過ごしやすい土地だった。

 

 街路を散策していると大きめの修繕した廃墟の入り口に、しどけなく寄りかかっている若く魅力的な娘がいた。

 「よう!」頭目格のヘイズが近寄ると「なに?」怪訝そうな目を向けてくる。

 気障になにかを囁きかけたヘイズだが、女に頬を張られた。

「女が欲しけりゃ廃墟に行きな!」啖呵を切られるが「強気な女は好きだぜ」切れた唇を舐めるヘイズが娘の腕を強引に掴み上げた。

「離して!」娘が叫んでると、布の扉の向こう側から男たちが出てきた。

「みんな!こいつがさ……」

「おっと」ヘイズは娘を話して素早く距離を取ると、仲間たちの元へと戻った。

 忌々しげに睨みつける娘の視線も気にせず、青年たちは堂々と街路を練り歩いた。

 

「町外れ、か。ちょっと気に入ったぜ。とりま、ここに腰を落ち着けようや」

「長居はする気はねえぞ、早めに防壁内に行きたいもんだぜ」口々に好き勝手言いながら、若者たちは今夜の宿を見繕っている。

 

 バホラを出てから、泥と土で出来た小集落のロギ、宿場町ジグを経由してポレシャへ足を踏み入れ、まず最初に思ったのは、案外、閉鎖的だったことだ。市民街区を見てみようとするも、防壁内にも入れなかった。見慣れぬ顔だと警備に止められた挙句、居留地の金で通行料を要求され、払えないと言うと追い払われてしまった。

 

 仕方なく両替するかと通行人に聞き込みし、防壁の一角に組み込まれたコンクリートの両替屋へと入ってみると、鉄格子の向こう側で、妙にいけ好かない男が年増美人の店員を侍らせている。三人娘の黄色い声が腹立たしい。

 睨みつけつつ、ヘイズが取り出したジグやバホラの通貨を見るや、店主の男はつまらなそうに鼻を鳴らし、村で貯めた金を酷い安値で買い叩いてきた。

 文句を言えば「嫌なら、よそへ行け」と手を振ってあしらう。

 流石に一発くらい殴ってやろうとしただけで、近くに立っていたゴスロリの手下(腹立たしい事に、こちらも相当に可愛い娘だった!)がリボルバーを引き抜くし、男の足元に寝そべっていた人間ほどもある変異犬たちが唸りを上げて威嚇してくる。

 それまでは微動だにせず、剥製かと思っていたが兎も角、悪夢みたいな変異犬たちから這う這うの体で逃げ出すも、門前町も物価が高く、数種類の貨幣があって、価値の低い貨幣では支払いの値が上がるか、下手をすればろくに買い物もできないようだ。

 

 仕事を探そうとするも、じろじろと眺めてきた挙句に、紹介状が。信用が、と、門前払い。バホラで倉庫の管理を任されていた。隊商と取引していたと訴えるも、理解できる脳みそも無いのか。バホラも知らない無知なポレシャ人どもは見ず知らずの人だからねぇ、知らない場所だねぇ、と呟いたきり、鈍そうな顔で突っ立ったまま、うんともすんとも反応しない。

 

 いい加減、疲れ切ったところに、『町外れ』の噂を耳にし、何とか潜り込んだのが、すでに夕方。男たちも女たちも、もうクタクタだった。他にも外環に幾つかの地区があるそうだが、門前と中町を除けば、街はずれが一番、大きな地区らしい。門前は物価が高く、中町は特に紹介状がないと暮らせないそうだ。

 

 ともかく、寝床を探さなければならない。とは言え、それなりの宿屋なら兎も角、木賃宿での雑魚寝などは御免だった。持ち物を盗まれかねない。思うようにいかずにヘイズとジオが他に当たり散らすのもいつものこと。不承不承、他の八人も疲れた足を動かした。最悪、しっかり壁が残った廃屋でも贅沢は言えない。防壁を構えたバホラさえ、路傍で寝る馬鹿は、朝までに骨になってても不思議のない有様だ。町外れの貧弱な木柵のバリケードで人食いの変異獣が忍び込むのを防げるはずもない。他にも外環に幾つかの地区があるそうだが、門前と中町を除けば、街はずれが一番、マシらしい。門前は物価が高く、中町は特に紹介状がないと暮らせない。どこもかしこも不便なばかりでやりづらい。役人が馬鹿なんだろうと眼鏡をかけた知恵者クルスが罵った。

 

 

 足を棒にして街路を歩き回った青年たちは、入り込んだ裏通りにようやく夜露を凌ぐのに具合よさそうな廃屋を見つけた。屋根と壁がしっかり残っていて、空いてる穴も土嚢や瓦礫で塞がれている。

「おあつらえ向きだな」とヘイズが早速乗り込もうとするも「だ、誰か住んでるんじゃないかな?」味噌っかすの年少ワイトが水を差すようなことを呟いた。

「あ?」ヘイズが馬鹿《ワイト》を殴りつけて黙らせる。

「構わねえだろ、お邪魔させてもらおうぜ」口々に呟きながら、入り口を塞いでる木の板が邪魔だった。縄で固定してあるので、ナイフで切り裂き、強引にどける。

「ヘイズ、おらぁ腹も減ったし、食い物探してくるぜ」ルークが言った。

「おう」ヘイズがうなずいて、建物へと乗り込んだ。

「おい、行くぞ」少し年下のワイトの頭を抱え「飯だ、飯。なにを食おうか」と謡いながら、ルークたちは表通りの方へと向かった。

 

 廃屋に入ると中々に居心地良さそうな場所だった。床には絨毯敷かれてるし、壁際には、小さな棚があって燭台に蝋燭が燃えている。床の中央に小さな囲炉裏もあって、薪が小さく燃えていた。その上でコトコト揺れてるのは、スープだろうか?

「おお、ありがてぇ」屈みこんだヘイズは早速、腹に搔きこんだ。悪い味じゃない。

 

「お前らも喰えよ」鷹揚に仲間たちへと振舞ってやるヘイズに「へへ、ご相伴にあずかります」「どうも」と青年たちも賑やかに夕食を取り始める。

 と、何かが飛んできてヘイズの顔面に当たった。

「いてぇ!」額を抑えて喚いたヘイズに

「ここは、わしらの場所だ!出ていけ!」振り返ると、部屋の奥の階段前に爺さんが杖を振り上げ、こちらに向かって吠えている。爺さんの背後には小さな婆さん。小さくなって爺さんの背中に縋り付いていた。

「てめぇがやったのか?爺!」怒り狂ったのはヘイズの方だ。大股に歩み寄り、容赦のない一撃で老人を殴り倒すと、腹に蹴りを叩き込んだ。

 ヘイズの雄姿に、娘たちが黄色い歓声を上げる。婆さんが目を瞠ったが、ドマが素早く口元を抑える。

「婆さん。落ち着け。いーじ、いーじぃ」ドマは婆さんを落ち着かせようと話しかけた。

「俺たちは、置いてもらいたいだけなんだ。寝泊まりする場所もなくてな」

 ぶるぶる震えた老婆の着物の股の部分が濡れた。失禁したのか。

「うわ!汚えぇ!ボケてんのか!ババア!」離れたドマのすぐ傍、音程の外れたすさまじい声で老婆が叫んだ。

「助けて!助けておくれぇええ!」

「婆!なんて声で叫びやがる!」余りの煩さにドマが吐き捨てて、蹴りつけた。

 婆さんが床に転がり、動けなくなった。

「ったく、なんなんだ。人が親切によぉ」ぶつぶつ言うドマのすぐ傍。重たい音が鳴った。

 軍用コートを羽織った女が階段上の窓に足をついて、ドマを見下ろしていた。

 ヘイズと同じくらい背が高く、そして、床に倒れた老人を見て、額に血管が浮かび上がっている。

 

 

「え?そこ2階?」呟いたドマの目の前、階段を飛び降りた女が、壁に足をついて、壁を足場に蹴りを繰り出してきた。

 ドマの顔面に膝蹴り。そのまま、崩れ落ちるドマの頭を掴むと一回転させた。

「う、うちの人がぁ」呻いてる婆さんを前に、軍服女が「わかってる」ドマを殺したにも拘らず、「大丈夫」などと老婆に話しかけてる。

 「お、お前!人をころ……」

 喚きかけたクルスの眼鏡ごと。女が顔面にパンチ。

 鉄で覆った革手袋は、鼻骨を粉砕し、激痛に顔を抑えたクルスの股に金的蹴り。

 クルスの身体があまりの衝撃に浮かび上がった。眼球がクルン、と回転し、クルスが床に崩れ落ちた。惨劇に娘たちが脅えた悲鳴を上げる。

「な、なんなんだよぉ!てめぇは!」

 ナイフを引き抜いたジオの膝目掛けて、軍服女の蛇のように伸びる蹴り。

 枯れ木のへし折れるような音とともに、鳥の関節のように反対に曲がった膝を抱えて、ジオが口の端から泡を吹きながらひっくり返る。悲鳴を上げて逃げ出そうとしたガムスの背。脾臓の位置に投げナイフが突き立っていた。

 

「このアマぁ!シャレにならねえぞ!てめえ!なにやってんのか!分かってんのか!」叫んでるヘイズの耳に駆けつけてくる足音が聞こえてきた。

 ルークが来たとにやりとするも、扉に姿を見せたのは、棒切れを持った見知らぬ男。さらに槍を持った女が現れ、木製クロスボウまで持ち出した男女。その後ろにフライパンを持った中年女とギターを背負った若者。

「あいつ、あいつがうちの人をぉ……」老婆の途切れ途切れの言葉に、誰もが敵意に燃えてヘイズを睨んでいた。

「え?!」訳も分からずにヘイズは立ち竦んだが、クロスボウを向けられ慌てて背を向けた。

「ヤベェ、逃げろ!」女たちに指示するが「あ、ああうう」「ま、待って」薄汚い町外れの住民どもに髪の毛を掴まれ、こん棒が振り下ろされた。袋叩きにされて悲鳴を上げてる三人娘を見捨て、迫ってくる追手の前でヘイズは扉から飛び出した。

「な、なんだよ。これ。なんなんだよぉ!一体!」クロスボウボルトが頬を掠めた。

 雄叫びを上げながら追ってくる連中を撒こうと、必死に路地を走りながら「俺たちが何したってんだよ!」あまりの理不尽にヘイズは喚いていた。

 

 

 

 

9月下旬

 

 3448クレジット

 

 バホラ青年団の参戦だ!(なお、初日に十人中七人が脱落)

 

 

 

 

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