廃墟に近い『町外れ』の一角、夜更けにも関わらず、数人の自警団員が集まっていた。基本的に臨時職員として採用されてるマギーも、殺人事件の発生に地区に唯一の保安官助手として顔を見せている。とは言え、基本的にはマギーは戦闘要員である。
居留地に変異獣や巨大蟻、屍者が迫った時や、馬泥棒を追跡する際の斥候が求められる役割であって、捜査に呼ばれても役に立つとも思えなかったし、誰も期待はしてないだろう。被害者は市民でも正規居住者でもないが、捜査の指揮を執る為、副保安官が一人顔を見せている。
「……市民街区の簡易宿泊所に寝泊まりしている。ええと、勤務先は、門前町の酒場。身元の確認は複数名によって取れている」自警団員の一人が身元を読み上げる。
地べたに転がっているのは、赤毛の綺麗な娘だった。生前はさぞ、溌溂とした美人だったに違いない。恐ろしい力で頸骨が砕かれている。
「ああ、女性器に裂傷。精液は採取したが、遺伝子解析は自由都市の捜査機関に依頼することになるので時間がかかる」検視官として呼ばれた医師が呟いている。
他の統治機構や普段、不仲である共同体であっても犯罪捜査の際には枠組みを越えて協力し合うことが少なからずあった。なぜなら、無法者や略奪者たちは、国境を気にしないからだ。
「……この娘、太腿と腰にナイフのホルダーが。かなり大振りで抜きやすい位置に。ナイフは何処だ?」右の太腿に付けられた革製の輪と、左の腰の鞘は、被害者が右利きであったと教えてくれた。そもそも黄昏の世に生きる人々は、子供であっても相当に用心深い。群れ単位の怪物の奇襲を除いては、数か月間に死者も出ないのは、居留地に暮らす人々が普段から警戒を怠っていない証拠だった。
「そこらには、見当たらないな」
「引き抜いて戦ったか……拳が砕かれてる」
痩せた副保安官は、浮かない表情をしていた。ポレシャは元々、人間同士の凶悪事件は、かなり少ない土地だった。生きるのに荒々しい力が必要な土地では、無法者は大抵、堂々と犯行を行うものだ。外来からの馬泥棒や人さらい、或いは
「門前町の酒場に務めている。何故、廃墟よりの町外れで死んでる?」痩せた副保安官が考え込んでいる。
「冬で目撃者がいない」自警団の一人が首を振った。
「ナイフを抜いた。多分、抵抗した際、握った手のひらごと握りつぶされている。指の骨が変形していた」
「かなりの握力だ。男でも早々出来ないぞ」
「マギーは出来るか?」一人が聞いたので、マギーは肩を竦める。
「……どうかな」マギーにも自信はない。犯人は少なくとも、膂力においては明確にマギーを上回っている。
「……骨を砕かれ、犯されて、泣き喚いたはずだ。犯人は、近くで暴行した後に、わざわざ、此処で死体を捨てた?」痩せた副保安官は、辺りを歩き回りながら呟いている。
「いや、死体が発見されたのはもっと廃墟よりなんです。放置して置いたら、屍者や野犬に喰われると勝手に運び込んだと……第一発見者たちが」自警団員の報告を聞いて、痩せた副保安官はため息を漏らした。
「仕方ないか。仕方ない」言ってから、発見者たちのところへと歩き始める。
「話を聞いてくるか。それと朝になったら、被害者のナイフを探せ」
マギーも一応の聞き込みに当たったが、近所の者たちは何も見ていない。
これが中町や門前町であれば兎も角、『町外れ』においては冬ごもりの期間、住人たちの大半は家に閉じ篭るか、簡易宿泊所や木賃宿、避難所に長期宿泊するため、一帯の人気も随分と薄くなるのだ。おそらくは犯人もそれを知って、町外れ近くの廃墟に死体を捨てたのだろう。
被害者は安置所に運ばれる。人間の犯行と思われるが、念の為に死体の口部に金属製マスクが嵌められる。ゾンビに転化されるのを警戒しているのだ。
「新参のよそ者を中心に調べろ」それが痩せた副保安官の結論で、プロファイルとも言えるし、独断と偏見とも言えたが、しかし、上司の見通しは、マギーにはそれほど間違ってないと思えた。それにしても陰鬱な事件に気が重くなった。マギーが保安官になった頃から、町外れには殺人なんて一件も起きてなかったのに。
※※※
冬の曠野を踏破するのは、徒歩一日の距離にある都市間でもかなりの危険を伴っている。自由都市の検視局への届け物を託して、馬に乗った19世紀ライフル持ち三人が使者に出されることになった。革製上着と綿入れのズボンを着込み、銃声に驚かないよう訓練した馬に乗った三人のライフルマンは、曠野における殆んどの脅威を打ち払い、或いは振り切ることが出来る、恐るべき戦力であった。
護衛として、雇い入れた放浪の自由騎士二名も護衛に付ける。曠野地方に騎士と言う身分がある訳ではない(いる所にはいる)が、騎士や武士に憧れ、甲冑を身に着けて自由自在に動けるように訓練し、長柄や斧、剣、メイス、盾の扱いに習熟した恐るべき戦士たちだ。二人とも居留地に二年を暮らして、一応の信頼を得ている。
ライフル騎兵の唯一の弱点である足の速い変異獣に対しても装甲と長柄、突撃で対処し、穴を塞げる。ライフル騎兵と装甲騎士の混成部隊は、怪物に対しても、無法者に対しても、極めて強力なユニットで、小隊規模の都市正規兵や略奪者の軍団兵、重機関銃での攻撃、或いはキャシディのような驚異的な狙撃の名手でもなければ、対処のしようがない。
託された証拠物件と要請書類を肩掛け鞄に入れると、使者たちは出発する。不慮の事故の起こりやすい西側の丘陵地帯を避け、北か、或いは南へと大回りして自由都市へと向かうようだ。平野部においては、よく訓練された騎兵に立ち向かえるものは殆んど存在していない。
『町外れ』の出入り口に程近い酒場の二階席。ヘイズは酒をラッパ飲みしながら騎兵たちの出立する様子を眺めていた。
「騎兵隊か。惚れ惚れするねぇ」
隣の席のルークは、静かに酒杯を傾けている。
「馬泥棒はあいつらに追われる訳だ。逃げ切れねえな。へへ」悪寒に襲われたように身体を震わせながら、しかし、ヘイズは口元を吊り上げた。
「今日は、随分とご機嫌だな」ルークがやっと口を開いた。
「おうさ。ポレシャにはいい女が多いからなぁ」ヘイズは楽しげに笑い続けている。
「俺のおごりだ。呑めよ」血の乾いたばかりの大ぶりのナイフを弄びながら、ヘイズは獰猛に笑っていた。
※※※※
「今日も稼ぐよ!」ニナが手を上げると「稼ぐのだ!」マギーも拳を振り上げた。意外とノリがいい。
冬の寒さは徐々に厳しくなっているが、まだ十一月の半ば。簡易宿泊所は結構、厚手のしっかりした服装をした宿泊客が多く、まだ働きに出ている自由労働者や
よい客層だとニナも感心している。選んだマギーは慧眼だろう。一部、火の消えたように意気消沈している一角もあるけれども。
ニナとマギーは、今日も地区バリケードを越えて、冬市へと赴いた。廃墟漁りや廃墟民、木こりなどの持ち寄った鉄くずや木材を買い集め、種類ごとに使いやすく整えてから雑貨屋へと売り払うのだ。
時に古着を仕入れて修繕し、市民や正規居住者へと転売する。本格的な冬ごもりを前に、誰もが手っ取り早く食糧や金と換えたがるので、普段より抑えられた相場での売買では、それなりの利益を上げられる。ブローカーめいた立ち回りだが、資材を欲しがってる居留地の住人に鉄くずや縄、木板、布切れに頑丈な紙袋やビニール袋、缶や瓶、薬きょうなど、種類ごとに集める事で価値を付与してもいる。豊富な元手と仕入れた品を売り捌ける伝手もあって、マギーたちは冬市でも幾らかは名の知れた商人として、顔が売れ始めていた。
今のところ、向こうが支払いに不安を持たず、商談が早めに片付く程度ではあるが、女二人で稼いでいるとなると妙なトラブルも起こる事もある。特に、少人数で金を稼いでいる者には変な奴も寄ってきやすい。マギーの体躯であっても、注意は必要だった。もっとも、それは稼いでる者なら誰もが警戒すべき危険ではあったけれども。
冬の市に、同業者は存外に少ない。廃墟の住人らは、冬の備えに余剰物資を手っ取り早く金や薪、食料に換えたがっている。安く買えるのは今の時期だけ。普段は自由都市で物資を仕入れ、居留地へと持ち帰って利鞘を上げているマギーとニナだが、往来の難しい今の時期には、次善の策として冬の市で稼いでいるだけだ。
一年を通して、行商を行っているマギーたちには居留地との伝手があった。冬の時期だけに商機を見出した人間がいるとしても、普段は別の方法で口を糊しなければならない。資金や生活に余裕のある市民は、あまり冬の廃墟へはやってこない。防壁内で大抵の品は入手できるからだ。一応の商売仇もいるにはいるが、マギーたちも含めてそれほど大規模ではない。農民や廃墟漁りが余剰を持ちとっただけの冬の市は、その在庫が尽きたら、終わりを告げる。
門前町の抜け目の無い若者たちなどが、冬市ではかなり強力な競争相手にはなっているが、根本的に自由都市への危険な往来を定期的に行っているのはマギーたちだけであった。今のところ、商売を脅かす相手はいないものの、ニナなどは門前町の若者たちが行う商売に多少、神経を尖らせている。なんといっても彼らはポレシャで生まれ育ったのだし、高度な教育も受けて、高貴な生まれではないにしろ多少の伝手もある。一族には相当な資産もあるだろう。いずれ、強力な競争相手になる日が来るかもしれない。
とは言え、あまり悩んでも仕方ない。その時は、その時だ。マギーが言うには、「商売仇になる可能性は、今すぐは低い」だそうだ。
利口な若者らが冬市で巧みに駆け引きして多少稼いでいるとしても、仕入れ先の自由都市との往来を頻繁、かつ無事に行うには、相当に詳細な地図に斥候技術の双方を兼ね備えなければならない。都市での仕入れにしても、上手く交渉しなければ利鞘は生まれない。簡単に競争相手にはなり得ない、と言うのがマギーの見立てだった。
楽観的であるかも知れないが、そうなればいいとニナも思っている。
とは言え、相手が武装と人数を揃え、安全に往来する交易経路を開かれた場合、一気に不利になりうる未来だってあり得た。その場合は、どうする?どうすればいい?
ニナには見当もつかない。何時までも出来る商売ではないかもしれないとも恐れていた。勿論、二、三年のうちに状況が変化したりはしないだろうけど。
マギーは「……間に合うといいねぇ」などと呑気に呟いている。きっと、なにかしらを考えているのだろうけれど、良くも悪くも明日の日々はいまだ不確定だった。
その日の仕入れを終えると、小銭を支払って火の傍でのんびりと過ごす。冷え切った身体に焚火の熱がじんわりと入ってきて、何とも言えない心地よさだった。
冬市のデパート跡を見回してみれば、物資の仲買で稼いでいる商人たちがいるように、他にも、また違った形で生計を立てている者らもいた。
二階の奥まった場所では、狩人や皮革職人らが曠野から持ち帰った狼の毛皮や加工された皮革を並べていた。廃市街でも有力な徒党の者らや裕福な居住者が熱心に見入っては価格交渉しているが、狩人たちは強気で中々に首を縦に振らない。渋々と言い値で買っていくが、それにしても美しい毛並みの狼や狐の毛皮には人目を引き付けるものがあった。鉱夫団も出店していて、精緻に加工された装飾品や宝石など廃市街では滅多に見られぬ品が並んでおり、鉱石や金属細工も並んでいる。いずれもかなりの高額だが、どうやら大半がサンプルのようで、本格的な取引を望むなら、居留地に宿泊した隊商《キャラバン》へと赴く必要があるそうだ。
辺土で冬を越えようという比較的に小規模な鉱夫団や狩人たちであっても、零細商人では、扱う気になれない高価な商品を展示している。慣れぬ居留地の法秩序を好まぬ蛮人や部族の者らも顔を見せており、土地によっては、鉱石や毛皮は通貨として扱われる代物でもあった。鉱夫や狩人らは元より、十分に武装してるから強盗などは恐れる必要はないだろうが、果たして何を取引しているのだろうか。
目立つところでは、木こりたちが木材や薪を市場に並べていた。炭焼き職人も炭や炭団子を積んでおり、安売りもあってか、よく売れているようだ。草原からやってきた遊牧民たちは、塩や香辛料、バターやチーズを並べている。市中の価格よりも少しだけ高いが、品不足の中、ぽつぽつと売れているようだ。
市場の商人たちは総じて熱気に満ちており、特に商売が上手くいってる木こりや炭職人などには書き入れ時なのだろう。笑顔を浮かべて商売に励んでいる。仕入れた品を数え終わったニナとマギーは、後で人の波に交じって居留地へと帰還するだけだった。マギーは、お茶を啜りながら、のんびりと隣の商人と世間話などしており、ニナは火の傍で温まりながら、ぼんやりと冬の市を観察していた。
見ていれば、商人だけではなく、客にも景気のいいのが幾人かはいた。大抵、武装した人数で固まって多めの荷物を背負うと、仲間内だけで一角に固まっている。とは言え、活きがいい若者などもいて、札びらを切っては狼の毛皮を買い取ってマントのように羽織り、蛮族戦士のような風体で冬の市を闊歩していた。
「へへ、気に入ったぜ。なんとも楽しい土地じゃねえか」独り言にしては大きい声で言い放ちながら、食い物なり装飾品を買い漁っているが、しかし、そんな風に振舞っていては、目を付けられない筈がない。廃墟民の男女が数人、若者の跡を付け始めている。飢えた人間の前にこれ見よがしに餌を垂らすのは、賢いやり方とは言えない。
「マギー」ニナが囁くと、分かってると言いたげに「ん」とうなずいたマギーが億劫そうに立ち上がった。居留地の外では、基本的にはなにがあろうとも自業自得だが、冬の市に限っては、居留地の正規居住者や人別長の登録者、物好きな市民までが顔を出している。一応の治安維持に尽力するようとの居留地行政の通達もあって、保安官助手のマギーとしては、仕事をしない訳にもいかなかった。
不用心なおのぼりさんに注意のひとつもしてやらねばなるまいと、足早に後を追いかけるも、狼の毛皮の若者は、ひと気のない曲がり角へと足を踏み入れていく。廃墟民たちが追いかけて入っていくので、マギーも少し足早に鳴って駆けていくが、甲高い絶叫が聞こえてきて、手遅れだったかと舌打ちする。
角からそっと様子を伺えば、そこには地べたに蹲った廃墟民たちの姿。狼の毛皮の青年は、廃墟民の男を壁際に押し付けて殴り続けていた。短時間で複数名を殴り倒せるのは尋常ではないが、狼の毛皮の青年はマギーの気配を察知したか、素早く振り返った。
「うん、新手か?」油断のない眼差しでマギーを射抜いている。
「一応の保安官ではある」マギーはコートを開いて、胸のバッジを見せた。
「保安官、廃墟の保安官か?」せせら笑うような態度の青年に、マギーも鼻を鳴らした。
「居留地の保安官助手だ。馬鹿な観光客が札びら見せびらかした挙句、地元のチンピラに後を付けられていた。もめ事起きても面白くないんで、追いかけてきたが……」言いながら、足で呻いている廃墟民を転がした。
激痛に身動きも出来ず、骨も折れているようだ。特に重症のものは、冬は越えられないかもしれない。
「酷い有様だな……馬鹿どもの自業自得ではあるが。わざと追わせたな」狼の毛皮の青年を、マギーは冷たい目で見据えた。
「おいおい、こっちは被害者だぜ」
狼の毛皮の青年は、わざとらしい溜息を吐いた。
「その通りだが、ちょいとやり過ぎだな。廃墟民が、冬にこのざまだ。幾人かは死ぬことになる」
いや、青年が手を離した廃墟民の男は、死んでるようにも見えた。足を踏み出したマギーだが、保安官とは言え、油断はしない。どうにも、目の前の青年は、権威《バッジ》に敬意を払う気質でもなさそうだ。
「事情を聞かせろ。自警団の詰め所に来てもらう」マギーが手を振ると「この後、女との約束があるんだ。悪いな、姉ちゃん」狼の毛皮の青年がぬけぬけと断ってきた。
マギーは戸惑わなかった。いかにも鼻っ柱の強そうな強情な顔つきだからだ。
「ふむん、別に逮捕という訳でもない。話を聞くだけだ。女にはあとで謝っておけばいいさ。五人も六人も叩きのめして、流石にお咎めなしとはいくまいよ」マギーは優しげに言い聞かせるが「嫌だって言ったら、どうする?令状でも取ってくるか?」青年が楽しげに笑った。
マギーが立ち止った。一足一刀の間合い、マギーが一息で飛び込める間合いから、さらに少しだけ余裕を取って距離を保った。狼の毛皮の青年も、全身を脱力させたようにリラックスさせながら、その実、全身に均等に力を張り巡らせている。
引き下がるのもありか、とマギーは考えた。しかし、狼の毛皮の青年は、少しばかり危険人物にも思えた。
「調書を取るだけだ。大人しくついてこい」とマギー。
「気が進まねえ」
「こっちの忍耐を試すなよ。たかが保安官助手とは言え、官憲に反抗的なのはあまり感心しないぞ」マギーは警告する。
「試すと、どうなるんだい?」面白そうに狼の毛皮の青年が言った。
「力づくかな。死人も出てるし、やり過ぎだ。お前を逮捕する。抵抗するなら、少々、痛い目にあってもらう」最終勧告を無視されて、マギーは静かに呼吸を整えた。
「痛い目か。やってみな。姉ちゃん。引き毟って鳴かせてやるぜ」
「やってみろ」マギーが獰猛な笑みを口元に浮かべた。