マギーは雪の市民街区を歩いていた。古参の旅人の話では、辺土では例年より少し早めの冬の雪だそうだ。
一度、街角で立ち止って空を見上げる。分厚い灰色の雲海が揺れながら、涙のように雪の欠片を零していた。日中の気温もまだ氷点下には達していない。この分なら、雪が深く積もることはないと思えた。足元では、すでに雪も溶けかけていて歩みを阻まれることもない。石造りの堅牢な議事堂は、中央広場のすぐ近場に建っていて、簡易宿泊所から歩いて十五分ほどの距離に佇んでいる。
(……議会に呼ばれた。なんだろうか?また新しい仕事かな?)マギーは手のひらに白い息を吐きかける。今日は一人歩きだ。ニナを伴ってはいない。
ポレシャは実質、有力市民や農場主たちによる寡頭制だが、一応の議会は存在している。民会による討論からの意見汲み上げもあって、かなり民衆に配慮した政治が行われているとマギーは見ていた。下層民であっても、特に働き者や稼いでいる者には暮らしやすい土地だとマギーは評価している。
(よそ者が多少の外貨稼いだから死刑やら、追放して没収とか、ポレシャでは考えにくいが)歩きながら、やらかした幾つかの記憶がマギーの頭の中を駆け巡った。
参議との打ち合わせでの飲み食いのツケを議会に廻したり、でもマギーは主犯じゃない。少し冷や汗が吹き出てくるが、犯罪になるような真似はしていない筈。と、なると、本当に心当たりがなくなる。物資の調達やらにしても、春になって以降の話であるから、打ち合わせにしても一月、二月の晩冬でも間に合うはずだ。
用件が分からない上位者の呼び出しに少し神経を尖らせながら、議事堂兼役所に足を踏み入れると、出入り口を守っている衛視が頷いて、マギーを素通りさせた。衛視の顔には、緊張や疑念は、欠片ほどにも浮かんでいないように見えた。
他にも会議室の前に行けば、隣の待合室で数人が煙草を吸ったりしている。どうやら、別に咎め立てする気配もなさそうだった。集められた人員を見れば、店舗持ちに倉庫の主、配給部門の役人といった顔ぶれで、これは多分、来年の防壁の修繕計画かな?とマギーは当たりを付けた。
それなら、物資の調達屋である行商人のマギーにも、多少は関係ある話だ。市民地区の医者先生と話してる女性は確か衛生部門の役人の筈だが、まあ、怪物の群れに対応するのに、医療品の備蓄などの話もするのだろう。
居留地の顔役たちの中では、場違いな気がしてどうにも落ち着かない。とは言え、雑貨屋で見た青年や二十代半ばの民兵、三十歳ほどの農民の青年などもいて、やや居心地悪そうにしているのには親近感を覚えた。しかし、やはり市民なので、若い下層民マギーは話す相手もおらず、いつも話をしている雑貨屋の老人などとの世間話に落ち着いてしまう。年配の老人などに気さくに挨拶されると、つい丁寧に対応してしまうのは、亡き恩師オーくらいの年代に弱いマギーの癖だった。
「ラトリー副保安官が負傷した。明日にも帰還する。他に狩人が二名重症。犬も三匹失われた」会議が始まり、開口一番。議長の口からマギーの知らない人名が出てきた。
「一体、なにが」痩せた副保安官が問いかける。名はマクロードだったかも知れないが、聞き損ねたし、また聞きなので間違っているかも知れない。
「変異熊だ。もっとも、銃弾二百五十発と引き換えに、仕留めることは出来たが」議長が応えて、会議室が騒めいた。
「二百五十……糞っ!冬のこの時期に」
「撃ち過ぎだろう」「やっと弾薬に少し余裕が出来たと思えば、これだよ」
「弾薬の内訳は?」「……大口径の金属薬莢弾の消費が痛いな」
参議やら役人、保安官や民兵幹部らが口々に言う中、マギーは沈黙を守っていた。
「ラトリーは幸いにも軽傷だが、遠征隊の一部は明日にも帰還する」議長が手元の書類を見ながら、「伐採地の守りについては……」
(あ、これ、あかん話だ)思ったマギーはすぐに手を挙げた。
「ええと……これ、私が聞いていい話でしょうか?拙いなら、すぐに退席しますが」
議長は、マギーを見てから頷いた。
「東の湖畔近くの森林地帯に我々の伐採地のひとつがある」あっさりと明かされた。
「いいのか?彼女、見ない顔だが……」列席者の一人で年配の男性が囁き、隣の紳士が頷いている。
「マギーだ。行商人で、例の資材調達で……」
「マギーに関しては問題ないと考えている」議長が淡々と、しかし、議論を打ち切るように一方的に告げた。
「なぜ?」眉を顰めた出席者が不審そうに尋ねる。
「疑いたくはないが、伐採地の材木を盗めば、一本で数十から百クレジットを得らえる。
問いに一瞬の沈黙を置いた後、 議長が手元の書類束を捲って一枚取り出した。
「彼女がこの一年で調達した資材は、都市通貨で三万から四万相当に匹敵する。個人の利益も少なくとも一万を超えているだろう」 マギーの財政状況まで把握されていた。
「マギーは今後も居留地との取引で、数十年に渡って同じだけの利益を期待できる。伐採地を漏らして得られる金額はその利益には遠く及ばない」
「彼女が裏切る理由はないということか?」別の議員が質問する。
議長は一呼吸置いてから、続けた。
「その通りだ。追放刑になるリスクを冒して、たかが数百クレジットの利益を掠めても、見合わないのだ」会議室に静寂が広がった。廻ってきた書類を見た数人が互いに視線を交わしてから頷いた。
「納得した。伐採地を洩らしても、何の得もない」こういう質疑応答を眼の前でしたこと自体が、列席者に対する仕込みかも知れない。いや、こちらの質問から始まったのだから、その線は薄いだろうか、などとマギーは思索する。
マギーの個人情報に関する書類が、隣の人間から隣の人間へと回されていく。
「2年でこれだけの物資を調達できるようになったか」感心したような呟きに「流石の手腕だな。オーの徒弟と言うだけのことはある」賞賛が混じっていた。
「俺は最初から分かっていた」「はァ?兄さん……いや、兄さんの方が凄いわ」
マギーは羞恥に少し頬を染めた。オーは、曠野の英雄のうちでも善寄りの人物であって、そのオーの弟子と言う評判が、人々からの信頼と好意的な目に繋がっている。
名声には、確かに利用価値はあるのだけれど、ならば、その名を傷つけないよう、私もオーのように人々を助けなければなるまい、とごく自然にマギーは考えていた。その生き方に窮屈さは感じていない。
オーと出会わなかったら、きっと全く違う生き方になっていただろう、とマギーは数秒を追憶に耽った。隊商に加わる前から、度々、オーと会話を交える機会があった。目を掛けてくれたと思う。変な話だが、私も一目でオーを気に入った。
昔の同僚には『……せ、洗脳されてる』と言われたこともある。洗脳だろうか?かも知れない。しかし、オーは自由意思を重視していた。人は常に好きに生きることが出来る、と。そのうちでオー自身は、こうした生き方を選んだと訥々と語り、人は誰もが己の生き方を作り上げ、魂を創りあげるのだとも言っていた。
個人的な思索に耽るマギーの視線の先、議長が手を挙げた。
「話を続けよう。 東の湖畔近くの森林地帯に秘密の伐採地がある。マギー以外にも、若い者には、まだ場所や存在を知らない者もいるだろう」
言って、秘書へとうなずいた。
「これを機に、諸君らには居留地の機密の一端が知らされる。大したことではない。しかし、もしまだ早いと感じる者、あるいは自らの重責に耐えきれない者がいれば、今のうちに辞退を認めよう。退席して構わない」列席している数人の若者の手元に、秘密保持契約書類が回されてきた。室内に微かな紙の擦れる音が響いている。
若者は皆、一斉に契約書を手に取った。紙面に目を通す時間を与えられたが、誰もが真剣な表情を浮かべていた。マギーも例外ではなく、目を細めながら契約内容を確認している。
「内容に異議がなければ、署名をしてもらう。」議長の声が会議室に響いた。
マギーは、ペンで正式なフルネームを署名した。数人の顔見知りが嬉しそうに微笑んで、肯きかけてくる。真剣な表情で頷き返した。居留地市民のある種の通過儀礼《イニシエーション》なのだろうか。マギーは市民ではないが、恐らくは有用だと見られているようだ。正規居住権の購入なら検討したこともあったが、或いは、それ以上のものを購える日が来るかも知れない。
「まずは、辺土における寒波の到来について説明させてもらうと、今年は例年よりも気温が2~3℃低い。そして都市連盟にある大学の気象学教授によると、寒波は二~三年続くと分析されている。教授との対話は録音データがあるので、後で聞いても構わない」議長が淡々と話した。列席者たちを見回してから、ゆっくりとした口調で説明を続ける。
「予想以上の薪の消費に、市場の在庫がひっ迫しつつある。勿論、相当量の余剰はあるが」薪は、単に木を切れば作れる代物ではない。木材には相当量の水分が含まれており、半年から一年を寝かせて水分を減らさなければならない。
つまり、薪の製作には、相当の時間がかかる。よって現在の需要を満たすだけでなく、次のシーズンに備えた十分な備蓄と安定供給を確保する為には、次年度の消費量を含めた長期的な伐採計画を立て、今から着手しておく必要があった。皆が状況を飲み込んでから、秘書の人が机の上に大きな地図を広げた。居留地から離れた土地の森林地帯に、赤い丸がついている。
「勿論、森林での伐採は極めて危険な作業である。林業本来の困難な作業や危険性に加えて、森には屍者や獣が彷徨っているし、変異獣や無法者なども出没する」
議長の言葉に列席者たちは耳打ちしたり、不安を抑えきれない様子で騒めいている。
「口の堅いきこりの遠征隊に、強力な護衛を付けての作業をせざるを得ない。この木こりたちは、秘密の保持に加えて、長期を宿営地において過ごす契約となっている」
議長が宿営地の拡大図と土塁や木柵、それに見張り塔などを指示ペンで指し示しながら「宿営地は強力に防備されているが、しかし、想定以上の襲撃が発生すれば、少なからぬ犠牲が生じることもある」告げて、列席者たちを見回した。
「我々は宿営地の復旧に、人員と資材を割かざるを得ない。そこで短期間だが、保安官と精鋭に出張してもらい、護衛隊の再編と宿営地の復旧までの間、遠征部隊を守ってもらいたい」議長の言葉に、若い民兵たちなどは不安そうに隣のものと目を合わせたり、小さく囁いている。
「期間は、半月から最長一か月を見込んでいる。勿論、危険手当は厚く行うつもりだ。少なくとも、出張中は薪には不自由しないことを約束しよう」議長の冗談に、緊張の入り混じった神経質な笑い声のさざ波が会議室に広がった。
近くに座っていたエヴァンス保安官が立ち上がると、マギーに歩み寄ってきて渋い表情で囁いてきた。
「マギーを危険な任務に充てることは本意ではない。しかし、現状。宿営地の復旧は、居留地の興亡に関わる案件であって、最良の斥候が必要なんだ。力を貸してほしい」
「何時から?」マギーが尋ねた。
「明後日にも出発することになる」保安官の回答に、マギーは目を閉じてから、静かに頷いた。断る選択肢はなかった。同時に若干、不味いことになったと思った。サラが何時動くのか分からないが、これではどうも手助けすることも出来無さそうだ。
※※※※
扉の向こう側から男女の嬌声が響いてきている。抱かれているニニの声に、次第に甘いものが混ざってきた。聞かされているワイトは、歯を食い縛っている。すでに三度をヘイズに挑んで、三度叩きのめされていた。
殺してやる、とヘイズに挑みかかって体中が腫れ上がるほどに殴られ、寝台で無様に苦痛にのたうった。二度目には、ナイフを奪われ、掌を床にくし刺しにされた。
三度目は廃墟民より買い取ったゾンビの歯を、こん棒へと埋め込んだ。抗体を飲んでると嘲られ、ゾンビの歯の付いた鈍器を奪われてニニを殴られた。絶叫したところを歯がついてるのは反対側だと笑われた。砂漠の神が実際にいるなら何故、ヘイズを罰しないのだ。それとも異教徒どもが言うように砂漠の神は、悪辣な者らを寵愛しているのか。
ニニの手を取って、一緒に逃げようと誘ったが、ニニは泣くだけだった。ヘイズは予め、家族を人質にしていた。ニニが逃げたら家族が責を負う。妹や弟が奴隷となるのだと言われて、ニニは全てを諦めていた。元より、家族仲もよく、身内を捨てられる娘ではない。ワイトに一緒に逃げるよう言われたら、そう明かすようヘイズに命令されたのだとも苦しげに告げていた。
思い返してみれば、心変わりしたナルも、当初の様子は変だった。今になって思えば、何かを言いたげに、しかし、口籠ってただ涙を零していた。裏切った娘も、或いは同じように人質を取られていたとすれば、遅すぎる気づきであった。当時は自己憐憫の苦痛と混乱に裏切った相手を思いやる余裕はなかったが、万が一を考えるだけで、重い過去がさらに刃のように心に突き刺さった。
殴られ、傷つけられ、何度倒されようが、そんなものは幼少から味わってきた馴染み深い、苦痛に過ぎない。周囲にも、踏みにじられる者らが幾らでもいて、なんで覚悟を決めたワイトに耐えられない筈があるだろうか。
ワイトの心が本当に張り裂けんばかりの苦悶を味わうのは、苦しみに満ちたニニの嗚咽を聞くときだった。ヘイズにどれほど痛めつけられようと、ただの肉体的な苦痛に過ぎない。しかし、ニニの絶望は違う。ニニの涙、震える声、諦めに沈む瞳——それらすべてがワイトの胸を締めつけ、心を引き裂かんばかりの苦しみへと追い込んでいく。己の心身の苦痛よりもニニの絶望を思って、ワイトは煩悶し、のた打ち回った。
ニニを助けたかった。共に逃げたかった。だがニニは家族を人質に取られ、すでに何もかもを諦めていた。ワイトが手を伸ばしても、そこに救いはなかった。おのれの無力さこそが、ワイトにとって最大の苦痛だった。
ヘイズの所業を訴えようにも、バホラでは誰一人耳を貸さない。バホラでは代々、一握りの血族が都市のすべてを支配している。下層民は相続税で築いた財産をすべて毟り取られるが、代々の親方株や窯元の権利の引き継ぎには、一切の税金がかからない。民主共和制ではあるが、階級の流動性は皆無で、下層民は絶対に成り上がれない仕組みの閉じられた世界だった。
よその土地では存在している裕福な小作農や、解放奴隷から成り上がった富豪などいよう筈もない。いるとしても、それは特権階級である議員たちの血を引いた若者たちに限られていた。そして民主共和制のバホラの体制に叛意を抱くもの、脅かす成り上がり物は、民主主義を転覆させようとする政治犯として処刑される。いずれ戻るべきバホラも下層民にとっては牢獄で、ヘイズが飽きて殺すまではワイトにとって生き地獄の日々が続くのだった。
※※※
此のままではワイトはもたないかも知れないな。酒場の隅で陰気な表情でエールの酒杯を傾けたルークは、酒臭い息を吐いた。
弟分のワイトは日がな一日を薄暗い部屋に閉じこもって、ぶつぶつと呟いている。半ば、狂気に陥りかけているようにも見えた。
ルークは木造りの天井を眺めた。廃墟の湿気た店ではない。門前町の大型の酒場であり、設置された舞台の上では、艶めかしい踊り子が楽手の情熱的なフィドルに合わせて妖艶な舞を舞っている。
客席の中心ではヘイズが陣取っていた。すでに数人の取り巻きも出来ている。ヘイズに叩きのめされた破落戸や廃墟民でも性質の悪い連中が派手に騒いでいた。ヘイズは狡猾だった。侮れない自警団のいる居留地や地区では弁えたように振舞っているが、廃市街や小地区ではすでに幅を利かせていた。二、三の店から売り上げの一部をみかじめ料を巻き上げつつ、拠点となる店を見繕っているようだ。
大した奴だ、とヘイズを嫌っているルークですら、感心せざるを得ない。勿論、ポレシャは千人近い人間の暮らす大きな町で、侮れない顔役たちが表でも裏でも様々に勢力を築いている。誰もが狡猾で抜け目なく、武装した手勢を持っている。一筋縄でいく土地ではないが、ヘイズであれば、己の力でそこそこの顔役に成り上がれるかも知れない。
そのヘイズは、今は美貌の踊り子に見入っており、花束などを子分に買ってこさせていそいそと楽屋へと向かおうとしている。際限のない残虐性を持ちながら、一方では、その気になれば、幾らでも社交的にも切符のいい親分肌としても振舞える男だった。
ルークは苦い酒杯を仰いだ。一番安い薄いエールだ。酒場の隅で陰気に考え込む日々が続いている。酒に溺れたくなるが、それは出来ない。ルークが諦めたら、ワイトやニニも終わってしまう。悪魔に支配された日々の中、楽しめぬ気分の酒を僅かに呷る鬱々とした時間をルークは過ごしていた。
壁を眺めているルークの前の席に、断りもなく若い男が腰を掛けた。
「友だちを救いたいか?ルークさん」開口一番、見知らぬ男が呼ばわってきた。
「……誰だ、あんた」酒に鈍っているのか、驚くこともなくルークは呟いた。
「賞金稼ぎ……の手伝いをしてる男さ」
男の顔をぼんやりと眺めてから、その顔を買い物やらなにやらの端々で見かけていたのにルークは気づいた。
「しばらく、俺を付け回してたな」ルークは呟いた。
「しばらく、君を観察していた」男が頷いた。
睨み合うでもなく、互いにじっと顔を見ていると、男が懐に手を入れた。写真を一枚、取り出す。
「三週間前、ポレシャの町外れ地区で一人の女性が殺された。被害者は、門前町の酒場に務めている女給。俺の……身内だ」
写真を見せる。美しい若い女の顔写真だった。眠っているように目を閉じている。
「知ってる顔だよね」言われたルークは、背筋に冷たいものを覚えながら「さてな」顔を逸らした。
男がルークの横顔をじっと見つめている。身体をぶるりと震わせて、ルークは言い訳するように「俺には関係ないことだ。俺は……」
「この子を見ろ! なに一つ、貴様らに危害を加えた訳でもなく、殺されたこの子を!」身を乗り出した男がルークの襟首を掴んで、悪鬼のような表情で鋭く言った。
大音声ではなかった為に、周囲の注目はそれほど浴びなかった。残っていたヘイズの子分が二、三人。訝し気に此方を見たが、ルークは何でもないとでも言いたげに手を振った。
「このナイフに見覚えは?」と若い男がスケッチのコピーを見せた。
「……一度だけ見た、ヘイズが弄んでいたやつに似ているな」ルークは嫌々そうに呟いた。
「ヘイズ・バホラは殺人を犯したと、俺たちは見ている」若い男が単刀直入にそう告げた。
「居留地行政によって殺人と認定されて、両親と身内は少ないながらも賞金を懸けたんだ」若い男は誰かに聞かれるのを恐れるよう、囁くようにして告げた。
「私的な賞金ではあるが、賞金稼ぎ組合の賞金首認定が形として整って、俺たちは流れの賞金稼ぎを雇い入れた」
賞金には、公的な賞金と、私的な賞金の二種類が存在している。後者の場合、賞金稼ぎとは殆んど殺し屋と同義であった。しかし、犯罪被害者の為、半ば法を犯しても血の報復を求める賞金稼ぎたちは、ヘイズにとっても手ごわい敵となるだろう。
ルークが黙って聞いていると、若い男はやや血走った目で囁いてきた。
「犯人は精液を残している。ヘイズ・バホラの遺伝子を探れる品が欲しい。唾、髪の毛、精液、爪。なんでもいい」
しばし沈黙したルークがやはり囁くように聞き返した。
「……そんなことをして、俺に何の利益がある。何故俺が危険を冒すと思うんだ?」
「人として、だ……友人を助けたくはないか?」
ルークは四方を用心深く、見回した。周囲に聞こえない程度の小声のやり取りに、注目する者もいないようだ。普段はジャッカルのように用心深いヘイズも、上手く獲物を口説けたようで、美しい踊り子に語り掛けながら、上機嫌で二階の部屋へと向かっている。見かけだけであれば、幾らでも男ぶりのいい美男子を装えるし、金だって持っている。ニニやワイトに対する残酷な仕打ちさえなければ、ルークだって誠心誠意を仕えても良かったとさえ思っていた。
「聞いてくれ」若い男が身を乗り出してきた。
「もうじき腕利きの護衛がやってくる。誰も手が出せなくなる」若い男は、緊張に汗を噴き出しながら依頼を告げた。
「その前に、ヘイズが殺したと言う証拠。やつの遺伝子が欲しい。あんたの協力が必要だ」
ルークは目を伏せた。それからしわがれた声で囁きを返した。
「情報が古いな……すでに護衛の二人は到着している」
若い男が息を呑んだ。
「女に手を出そうとしたヘイズさえ、軽くあしらった。男はさらに強い」
ルークは首を振りながら「もう誰も手が出せん」