黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_48B 群狼の街

 ポレシャは防壁の堅牢において辺土に名高い大型居留地であった。ミヌバの険しい丘陵地帯を東に抜けた先にあるポレシャは、また麦の産地としてもよく知られており、上質な小麦は自由都市や他国へとむけて高く売られている。

 

 為にポレシャは常に群盗や略奪者に狙われており、強固な防壁を築き上げ、狩人や傭兵を雇い入れていた。また、黄昏の世においては農地も多くの人出を必要としており、働き者であれば食いはぐれないだけの仕事も用意されている。よってポレシャには、一年を通じて多くの渡り人(オーキー)や自由労働者、行商人に旅人たちが絶える事無く訪れていた。

 

 

 ※※

 

 

 今も門前町の検問に、ボルトアクション式のライフルを背負った二人組の女性が足を踏み入れている。見ない顔の強力な武装を所持した二人組を番兵が呼び止めた。

「狩人か?」

「猟師です」「猟師だよ」娘たちの返答に番兵が背負うライフルに目をやった。銃の名称は分からないが、使い込まれた銃身と手入れの行き届いた状態から持ち主たちが相応の経験を積んでることは窺える。

「腕のいい狩人なら、歓迎なのだが……」

 娘たちが顔を見合わせて口を開いた。

「幾らもらえるのかな?」

「基本の給与と変異獣の価格表が其処にある」番兵が狩人《ハンター》向けの賞金が乗ったパンフレットを手渡した。受け取った二人は、街路へと足を踏み入れながらパンフを一瞥して囁き合った。

「ねぇ、普通に今の仕事を狩るよりもよくない?」

「考えておくかな」

 

 

 ※※

 

 

 

 冬越えの宿営地として指定された広場には、様々に鉱夫団や隊商、職工団などの馬車が停められていた。今は新たにやってきた一台の立派な馬車に、周囲の者らの視線が集まっている。

「立派な馬車だな」見慣れぬ形の木の板が新顔の箱型馬車の下部へ取り付けられている。

「だが、見ない形だ。なんだあれ?」疑問を口にしていると「馬車の下に付いている部品ならば、橇《そり》だ。雪の土地を旅することもあるのでな」持ち主らしき御者が向こう側からそう応じてきた。

 見物人は感心したように頷きながら、今度は煙突に気づいて目を凝らした。

「ほう、ストーブまで積んでいるのか? 蒸気で温かい旅とは贅沢だな」

「……で、拙者は何処に馬車を止めればいい?」顔を見せた御者にギョッとしながら「あそこの24番に停めろ」見物人の一人が広場の区画を指し示す。

「かたじけない」

「ふうむ……」馬車を曳く御者の後ろ姿を見送りながら、見物たちは小声で言葉を囁き合った。

「武芸者かな?」「かもな。すげぇ図体だ……」

 

 

 ※※

 

 

 防壁境の番兵は目の前の来訪者をじっと見つめた。布の隙間から覗く手は、どこか異形めいている。

「フードを外せ」

 来訪者がしぶしぶ顔を晒すと、番兵の目が細まる。

「変異者……か」

「もう、よろしい……か?」トカゲに似た風貌にたどたどしい言葉遣い。

「市内への目的は?」

「いい病院が……ある、聞きます……治療……したい」

 番兵はしばし考え込む。

「確かに、金があれば病院で診てもらうことも出来る」

 だが、自由都市の市民区画には到底入れまい。伝染性の遺伝子変異の可能性もあり、変異者は差別や迫害を受けることが少なくなかった。自由都市や商業都市連盟での差別から逃れて、皮肉にも過酷な辺土や敵対的変異者との戦争が続く北の土地へと移り住む者も少なくなかった。

「……いいだろう。行け。次」変異者は、軽く頭を下げると足早に市内へと向かっていった。

「最近は変わった客が多いな……」番兵は軽くため息をついた。それから、冬だからか、と独りごちた。

 

 

 ※※※

 

 

 ポレシャの議事堂は、市庁舎を兼ねている。崩壊前から残された一番立派な建物を議員と役人のどちらが使うか論争になった挙句、どうせ両方が作業しても持て余すのだからと言う身も蓋もない結論で、今の形に落ち着いていたのだ。議会や市庁は必要だが、かと言って新しい建物を建てられる程には予算や資材の余裕がない、中途半端に大きな居留地によくある妥協の産物である。

 

 市長室には、使い古したカーペットが敷かれている。本当は新しくカーペットを新調したいのだが、行商人や隊商に依頼しても中々に入手できない。偶に調達できた場合も、大抵、歴代の市長が見せられたカーペットを気に入って、個人的に購入してしまう。その際に古い方のカーペットを市庁舎に寄付する場合もあって、結果として、議事堂の各部屋のカーペットは、歴代市長の趣味の寄せ集めとなっていた。

 

「……先刻、乞食のマリーンから連絡が。リッカーが市内に入ったとのことです。駐車係のメッツァーからは、リーゼとリース姉妹に続いて、グレンデルらしき人物を確認したとのこと」淡々と無機質な秘書の報告を聞く市長の身体は小さく震えた。

 

「……間違いないのか?メッツァーは、現役退いて長いだろう?」市長は呻くように聞いた。

「八割でグレンデルその人だと。賞金稼ぎ組合からの買ったばかりの風体や動向にも一致しているそうです」秘書の人が無情に告げて、市長は頭を抱え込んでいる。

 

「一方で、標的であろう坊やには『壁《ウォール》』ヴィクトル・ヘプナーと『鋼の篭手』エリーゼ・ヴァイスが合流。また、詳細は不明ですが、件の坊やの被害者家族が現金を調達した形跡があります。おそらく、賞金稼ぎを雇用したものと……」

「なに?連中は、俺の町で殺し屋最強決定戦でもするつもりなのか?」市長は足を踏み鳴らした。古い建物なのでコンクリートに鉄筋の床でも抜ける事がある。しかし、悪い知らせを立て続けに聞かされた市長は、いっそ入院するか、地獄まで突き抜けてしまいたい気分だったに違いない。

「他にも、我々の諜報に引っかかっていない未知の刺客が市内に入った可能性もあります」秘書の言葉に、市長は落ち着きのないアライグマのようにうろうろと室内を歩き回ってから、名案を思い付いたと言うように振り返った。

 

「今からでも、マギーとキャシディを呼び戻せないか?」マルグリット・モイラは、元は名うての賞金稼ぎで、キャシディ・エヴァンス保安官は、辺土に鳴り響く凄腕の狙撃手だった。一帯を見廻しても間違いなく五指に入る腕利きで、一流の殺し屋たちにも引けを取らない。

「間に合わないと思いますが……派遣した参事会の面目も丸つぶれですし」秘書の人が言葉を続けた。

「第一、伐採地の防衛はどうしますか?入れ替わりに熟練兵を最低五人は送らないと。加えて、両方いない間に衝突が起こった場合……」

 うむむ、と呻いた市長。「連中を不意打ちで逮捕できんか?」市長の提案に少し考えてから、秘書は首を振った。

「お勧めしません。失敗した場合、どれだけ犠牲が出るか。こうなった以上、ヘルナル中尉の言われるように、毒を持って毒を制する。連中の望み通りに嚙合わせる以外に手はないかと……」咳き込んだ市長は、手元の瓶から神経質そうに錠剤を飲み込んだ。

 

 

 

※※※

 

 

 

 階段下の狭く薄暗い木製の部屋で、窓から差し込む微かな明かりの下。娘は虚ろな笑顔を浮かべて明るい声で告げた。

「ワイト。お帰りなさい」

「……ニニ」ワイトの目の前、ニニは何も見ていなかった。

 

「今日はどうだった?お夕飯にはスープを作ったの。あのね、お昼には母さんが来て」ニニは、しゃべり続けている。泣きそうな表情を浮かべたワイトが一歩踏み出し、そっと手を触れようとした瞬間、ニニが絶叫した。

 

「ニニ、僕だ!ワイトだ!」叫んでいる本人を前にして、助けを求めるように後ずさるニニ。寝台の上で頭を抱え、ぶつぶつと呟いていたが、離れたまましばらくすると、虚空を見つめながら笑顔を浮かべ、架空のワイトに話しかけ始める。

 幼い頃から好きだったと、結ばれて夢みたいに幸福だと、生きていてよかったと。今のニニは妄想の中で、ワイトと結ばれて幸せな結婚生活を送っている。ワイトは膝をついて、獣のように低く押し殺した呻きを放った。

 

 

 狂ったような悲鳴が宿屋の階下から聞こえてきて、吹き抜けに面した二階ギャラリーで酒を飲んでいたヘイズが五月蠅げに顔をしかめた。

「あんまり女をいじめるもんじゃねえぜ、ワイトよぉ」吐き捨てるヘイズだが、後ろにはエリーゼしかいない。一階の酒場の隅にいるヴィクトルに、平凡そうな中肉中背の旅人が近寄ると、耳打ちしてすれ違いざまにメモを手渡し、すぐに立ち去った。

 

 メモを一瞥すると、丸めて暖炉に放り込み、燃え尽きたのを確認して、ヴィクトルが戻ってきた。嫌そうなヘイズに顔を近づけ「殺し屋たちが揃った。近いうちに襲撃を掛けてくる。覚悟はよろしいか?」低く囁いた。

「連中が時期を伺うかも知れんとは考えんのか?」ヘイズは護衛の顔も見ないで、そう疑問を投げかけた。

「市長が早馬を二頭、別方向に出した」

 鼻を鳴らしたヘイズが、視線を向けて続きを促した。

「買収した郵便局員に拠れば、片方は、自由都市を拠点とする傭兵団《赤い刃》への依頼書。市街での集団戦に定評のある連中だ。それが分隊単位で六名。中々に張り込んだものだ」ヴィクトルは、淡々と告げた。

「もう一方は——おそらくだが、居留地で最高の腕利きである元『スネイクバイト』のマギーと保安官キャシディ・エヴァンスを呼び戻すためと思われる」

「……目的は?」ヘイズが面白くも無さそうに尋ねると

「貴方の強制退去かも知れないし、殺し屋たちの逮捕に備えての可能性もある。いずれにしても、ポレシャの警察は中々優秀だ。潜り込んだ略奪者や盗賊の斥候も度々、摘発している」ヘイズは言って、付け加えた。「それと市長の動きとは別に、自由都市の賞金稼ぎ組合が刺客を送り込んできた形跡がある。殺し屋たちのいずれかが狙いかもしれないが——」

 

「そっちは、俺に心当たりがあるさ」何気ない口調で肩を竦めるヘイズをじっと凝視したヴィクトルは、無骨に肩を竦め、それから重々しく宣告した。「どちらにしろ、二、三日中に勝負は決まるだろう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 居留地において『監視塔《ウォッチタワー》』として用いられている市民区画の背の高い廃ビルには、指揮官の命令で民兵十二名が二十四時間待機していた。

 

 民兵隊の副司令ヘルナル中尉は、監視塔の最上階で後ろ手に手を組みながら、門前町の中心に位置する酒場を見下ろしていた。

「我々の町に、トラブルメーカーは御免なんでな。早めに出て行ってもらうべきだろう」呟きに後ろに控えていた民兵の下士官が頷いた。

「小官もその意見に賛成であります」

「ヘイズ君の行動は慣習法では合法かも知れないが、目の前で奴隷を嬲る男が好き勝手してはな……腐ったりんごは、樽のりんごを全て駄目にする」

 

 ヘルナル中尉は振り返って、蒸留酒を手に取り二つのグラスに注いだ。

「良くも悪くも、子供と言うのは兎角、影響を受けやすいものだ。道徳の最低基準も下がっていく。上げるのには苦労するのに、下がるのは一瞬だよ」

 言いながら、片方を手に取り、下士官に手渡した。

 姿勢を崩さずに礼を言う下士官。

「奴隷を好き勝手に甚振るような人間は、ポレシャには必要ない」ヘルナル中尉は、無機質な声音で淡々とを告げる。

「勿論、経済的な理由から反対している派閥もいる。彼らだって防壁の修繕や新しい家屋などが、より居留地の為になると考えての判断だ。蔑ろにするつもりはない」

 

 机の上の書類を眺めてから、中尉は氷のように冷たい瞳を下士官へと向けた。

「父親の付けた護衛が守り切れずに、ヘイズ・バホラは、政敵の雇った刺客に殺される。今回の件は、あくまでそれだけの事だ」

 下士官は喉を鳴らしてから、無言で首肯した。

「どちらにしろ、ヘイズ・バホラの父親の不興は買うことになるだろうが。バホラ全体との関係に支障は出まい」中尉が言葉を切って、酒杯を軽く傾けた。

 

「後始末の準備は整っております。ところで、賞金稼ぎが、ヘイズ・バホラを仕留めた状況においては、いかがすべきでしょうか」下士官の質問に、ヘルナル中尉は、怪訝そうに首を傾げた。

「始末いたしますか?」下士官にそう問われた中尉は、ふむ、とうなずきながら、机の上の書類の一枚を手に取った。

「ああ、これか」呟きながら、一瞬で目を通して、肯いた。

「好き勝手によって殺害された良民。犠牲者の身内が私的な賞金を懸け、流れの賞金稼ぎによって報復で殺害される……それでも問題はあるまい。殺し屋たちが殺した方が、確かに都合がいいが、取り返しがつかない要素ではない」

 

 ヘルナル中尉は、蠟燭に書類を翳した。「賞金稼ぎが生き残った場合、殺す必要はない」呟いて、下士官を例の冷たい眼差しで見つめながら口を開いた。

「深刻な理由もなく咎の薄い者を殺せば、やがて組織はそういう匂いを纏うようになる。気軽に人を始末する判断をするように安きに流れる。それはよろしくない」

 下士官が頷いたが、燃え上がる書類を眺めながら、中尉は呟いた。

「……とはいえ、私たちの町に殺し屋に長居はして欲しくないものだ」

 

 

 

 

 

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