黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_48F 凍れる夜4

 恐怖に顔を強張らせた破落戸どもが引き攣った動作で廊下の奥や物陰へと隠れていた。

「だらしのねえ連中だな。男になりてぇって言ったのは嘘だったのか?」ヘイズは穏やかに微笑みながら、近くに隠れている数人に語り掛ける。

 

 大柄な―――殆んどヘイズにも引けを取らない大男が、しかし、恐怖に顔を強張らせながら 「こ、こんなのは付き合いきれねえ!もう御免だぜ」 喚いたが、鼻づらに自動拳銃を突き付けられ、黙り込んだ。

 銃口を突き付けながら、穏やかに微笑んでいるヘイズだが、目は笑っていない。

「……ヘ、ヘイズの兄貴。待ってくれ」震えながら言葉を絞り出すと「そう脅えるなよ、リンドー。俺が脅かしてるみたいじゃねえか」言ってヘイズは手下の顔から銃口を外した。

 

 破落戸たちの顔を見回しながら「逃げたいなら、逃げてもいいぜ」といっそ穏やかな口調でヘイズは告げた。

 ヘイズの言葉を聞いた破落戸たちは、意外そうに眼を瞬き、或いは顔を見合わせる。

「そこが裏口だ。ほら、行けよ」

 一人が恐る恐ると扉を開けて外に顔を出し、周囲を見回した直後に頭を撃ち抜かれた。ヘイズではない。外からの狙撃に撃ち抜かれたのだ。

 

「……仕方ねえな。こりゃ逃げられねえ」肩を竦めたヘイズが「隠れてろ。そこら辺にな」指示すると、破落戸たちは慌てて酒場の空き部屋や倉庫へと逃げ込んでいった。

「リンドーは、落ち着け。でけぇ図体してるのに肝っ玉はちっちぇえ奴だな」

 手近な客室へと隠れたヘイズは、酒瓶とコップを二つ取り出した。

 注いで片方を一気に呷ると、もう一つのコップをリンドーへと手渡してきた。

「す、済まねえ」

 

「俺の方こそ、巻き込んじまった。これでも悪いと思ってるんだぜ」ヘイズは淡々と言ってから「ほれ、一気にいけ。一気に。大した量でもねえんだから」

 リンドーが勧められた酒を呷り、ため息を洩らした。

 ヘイズは、扉の傍で暫く様子を伺っていたが、やがて、ヴィクトルとグレンデルが戦っている筈の階下では、激しく銃声が鳴り響き始めた。

「ポレシャは、市長よりも参事会の権力が強く、警備隊より保安官事務所の方が練度が高い」冷たい笑みを浮かべたヘイズが、二杯目を注ぎながら説明する。

「かなりの大枚支払ったが、流石に名高きポレシャの民兵だ。見事にグレンデルを足止めしている」

 

 白銀のグレンデルが暴風のごとく荒れ狂っているのか。建物が微かに揺れている。リンドーは恐怖に息を呑んでいたが、ランプの揺れる室内でヘイズは悪魔のように笑っていた。

「居留地で暴れまわってから悠々脱出するつもりだったんだろうが、グレンデルも見誤ったな」嘲るように冷笑を口元に張り付けると、ヘイズは壁に寄りかかりながら、楽しげに続けた。

「市内の賞金稼ぎや警備隊が集まってきた。都市の市民区画で暴れる無法者はいない。そしてポレシャも、町よりは市に近い規模だ」 暗い部屋の中、ランプの灯火が揺らめき、影がヘイズの顔を悪鬼のように歪ませている。

「奢り過ぎだ。逃げられねぇぜ。グレンデル」嘲笑を含んだ声が、薄暗い部屋に低く響いた。

 リンドーが大あくびをした。緊張が一気に解けたのか、体中の力が抜けていく。

「どうした?リンドー?安心して気が抜けたか?」ヘイズが目尻を吊り上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

  ※※※※

 

 

 

「散れい!雑兵どもがぁ!」怒号と共に薙ぎ払った斧槍に二丁拳銃の賞金稼ぎが腹から両断され、壁に叩きつけられた。既に七人が討ち死、或いは戦闘不能に陥り、四人が逃げ去っている。

 

 残りは、二十二名。即席の連携でありながら、全員が慎重に距離を保ち、グレンデルの巨体に銃弾や矢玉を叩き込んでくる。クロスボウにワイヤーを付けて、狂える騎士の四肢を拘束し、或いは鈎縄を絡めて建物の柱や障害物に結んで動きを抑制している。さらに背後には民兵三個分隊が四方を囲んで、フレンドリーファイアを避けるよう、慎重に狙い定めながらの単発射撃を繰り返していた。

 

 蒸気騎士は、よく人型戦車に喩えられる。地面を揺るがし、時に壁を打ち破って間合いを詰めようとする偉容は確かに戦車を思わせるが、グレンデルに群がる賞金稼ぎたちは、古参兵のように動揺を見せず、巨獣に食らいつく狼の群れのごとく間合いを保持しながら執拗に攻撃を繰り返した。

 

 グレンデルの背後から、咆哮がごとき甲高い汽笛が微かに鳴り響き、直後、騎士の右腕から質量を伴った高圧蒸気が噴き出した。竜の吐息を思わせる凄まじい威力の攻撃も、しかし、見せるのは二度目。初回、接近し過ぎた数人が巻き込まれ、犠牲者の様を見て怖気を振るった数人が逃げ出した。

 なおも、踏みとどまった玄人の集団に対して、二度の竜の吐息(ドラゴンブレス)が発射されるも、物陰に隠れ、素肌を覆いながら、転がってでも距離を取った賞金稼ぎの殆んどが無傷で、蒸気の圧力が下がったのか。グレンデルの動きが僅かに鈍っていた。

 

 

 

 酒場と通りを挟んで反対側の建物の半地下から、ヘルナル中尉は、双眼鏡で戦況を注視していた。

「……ライフル弾は?」視線を逸らさずに、ヘルナル中尉が問いかける。

「七発が命中しましたが、効果は確認されません」

 部下の報告を聞いて、ヘルナル中尉は微かに眉を潜めた。

「手持ちでは歯が立たんか……噂通りの化け物だな。それとも、それも甲冑の力か」其の儘、観察を続けるもグレンデルに弱る兆しは見て取れない。

「……此の侭では、決め手に欠けるか」考え込んだヘルナル中尉に副官が報告する。

「ジョーンズが、爆発物の使用許可を求めております」

 

「個人用の手榴弾が通じる相手とも思えんが……いや、衝撃は受けるかな?いいだろう。対人用の爆発物の使用を許可する。ただし、対人用の手榴弾のみだ」部下の要請に少し考えてから、ヘルナル中尉は許可を出した。

 

 戦場が曠野や広い街路であれば、虎の子のダイナマイトやガソリンを混合した火炎瓶を用いることも出来た。例え、蒸気騎士が相手であろうが、内部機構に衝撃を与え、或いは、蒸気機関に不具合を起こすなりと、対処のしようは幾らでも。火炎瓶で蒸し焼きにしてもよいのだ。

 だが、屋内で強力な爆発物を用いては、建築物に損傷を与え、一歩間違えれば、酒場そのものが一瞬で瓦礫となってしまうかも知れない。貴重な木材や漆喰を多量に使った、居留地にも珍しい三階建て建築物がだ。

 

 当然、グレンデルはそれを分かって屋内に留まっているのだ。ヘルナル中尉には、面白くない。しかし、最悪の場合、建物もろともに仕留めるべきか?それとも、追い払えれば、良しとするか。

 

 ヘルナル中尉は、やや果断さに欠けるかも知れないが、慎重かつ柔軟性に長けた戦術家だと評価されていた。今も、状況をよく観察しながら、常に複数の手段や戦術を考慮しつつ、最善手を模索している。大型居留地の前線指揮官は、無能な人間には務まらない。しかし、それでも、運不運や、僅かな巡り合わせで戦局が左右され、勝利の栄光を掴むこともあれば、無惨な敗北を喫することもある。ヘルナル中尉が無難に勝利するか、グレンデルが生き残るかは、今の時点で誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 ヴィクトル・ヘプナー。『壁《ウォール》』ヴィクトルは、酒場の奥へと続く廊下の奥で壁に寄りかかりながら、グレンデルと民兵や賞金稼ぎたちの繰り広げる死闘をただ眺めていた。防刃防弾を兼ねたスーツもズタズタに裂かれ、打撲と切り傷、擦過傷に見るも無残な有様になっていたが、兎も角も、五体満足で生きてはいる。

 

 ヴィクトルの眼前、地下へと続く薄い板の廊下も、天井で荒縄で支えられた石の詰まった樽も、使われないままに賞金稼ぎたちが突入してきて、有象無象に群がられた悪竜グレンデルは、荒れ狂い、咆哮しながら、死力を尽くして奮戦していた。

 

 恐らく世人は、ヴィクトルを無様に生き残っただけの敗残の輩と見做すだろう。グレンデルが踏めば、自重で地下に転がり落ちただろう薄い板も、登ってこれる場所に設置した落下物も、誰にも知られることはない。保護対象か、同僚の元へと急ぐべきだったが、ヴィクトルは痛みと虚脱感に動く気になれなかった。恐らく骨が数本は、折れているだろう。起き上がる気力を沸き起こす前に、ヴィクトルは煙草を咥え、火を付けた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 雄叫びを上げたグレンデルが盾を構えながら突撃した。逃げ遅れた賞金稼ぎを巨大な腕で掴むと、其の儘、頭の上に抱えて走り出した。

 他の居留地であれば、もろともに射殺、或いは爆殺する好機だったかも知れない。知ってから知らずか、ポレシャの民兵たちは攻撃を躊躇い、射撃の手を緩めた。

 しかし、賞金稼ぎたちは違う。誰もが迷わず、容赦もせずに攻撃を続行した。

 足に絡んだワイヤーに、グレンデルが無様に転倒した。転がり落ちた賞金稼ぎが慌てて離脱すると、敷地の外へと転がったグレンデル目掛けて、民兵たちが次々と手榴弾を投げつける。

 

 人間であれば、吹き飛ばされるほどの衝撃の連続に、さしもグレンデルが遂に膝をついた。蒸気騎士の動力炉にひびが入ったのか。断末魔のように甲高い蒸気の音が鳴り響いた。蒸気騎士のエンジンは圧縮蒸気を使ってはいるが所詮、人間より少し大きな甲冑を動かす程度の出力でしかない。蒸気機関車や蒸気自動車とは違い、爆発しても致命的な高圧蒸気を広範囲に噴出したりはしない。

 

 それでも民兵たちや賞金稼ぎたちが身を伏せて遮蔽物に隠れる中、グレンデルは全てを諦めたように座り込んでいた。やろうと思えば、或いは、四、五人くらいは道連れにできただろうに、グレンデルは兜を外し、吹き出る蒸気に包まれながら、まるで星を探すように天を眺めた。甲高い音が徐々に大きくなり、大きな爆発が起きて、近隣の建物の窓ガラスをビリビリと震わせる。

 

 それが白銀のグレンデルの最後だった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 殺し屋たちは殆んどが全滅し、居留地に雇われた賞金稼ぎたちが恐る恐ると蒸気甲冑へと歩み寄り、次いで一斉に凱歌を上げる頃、別口で動いていた賞金稼ぎも、また己の仕事を果たそうとしていた。哀れな犯罪被害者の身内に僅かな金で雇われ、潜り込んだ酒場の女給の制服に身を包みながら、廊下をゆっくりと進む。

 

 混乱のさなか、標的のヘイズが逃げ込んだと思しき部屋には目途を付けている。扉を開ければ、薄暗い部屋の中、派手な上着の大男が窓に向かって腰かけていた。

 

 女を犯して殺す。残忍無惨な人面獣心の輩を処刑するのに、良心の呵責は覚えなかった。片手で扱える小型クロスボウを構えると、冷静な手つきで狙いを定め、発射する。狙いあやまたず標的の延髄に付きささった。不気味な死の痙攣を繰り返す標的の顔を確認しようと、室内に一歩足を踏み入れ、横合いから襲ってきた衝撃に壁まで叩きつけられた。

 

「中々にいい体してるな、殺すのが惜しいぜ」言いながら、殺したはずの標的ヘイズが迫ってくると、胸を踏みしめて動きを封じ、拳銃を取り出し、顔面に数発、撃ち込んだ。

「だが、まあ、お前は生かしちゃおけねぇ。仲間のリンドーの仇だからな」鋭い表情で言った後、ヘイズは腹を抱えて二つの死体の前で笑い出した。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 エリーゼは、リッカーとほぼ互角の闘争を繰り広げていた。天井から縦横無尽に襲い掛かってくる変幻自在の曲刀の刃を凌ぎながら、尻尾にも警戒を続ける。名にし負う邪剣士リッカーは、噂に違わぬ恐るべき剣士であり、エリーゼが通常の肉体の持ち主であれば三、四回は死んでいただろう。『鋼の籠手』。皮肉にも、かつて強敵に切断された利き腕のサイボーグ腕こそが、今、リッカーの斬撃を凌ぎ、互角に立ち回るだけの力をエリーゼに与えていた。

 

 神経を削り合うような苛烈な戦闘の中、エリーゼはリッカーの一撃をかわしながらも、すぐに反撃の機会を狙っていた。リッカーの鋭い刃が空気を切り裂く音が耳をつんざく。

 エリーゼが刃をかわすと、リッカーはすかさず尾を振り、鋭い鞭のように鋼の付いた尻尾の先を振るった。エリーゼは肩をかわし、肉体の限界を越えるように体をひねった。だが、刃物のように鋭い尾がまるで蛇のようにエリーゼの喉元へと迫った。

 

 エリーゼの腕が人間の稼働限界を超えた動きをして壁に伸びた。エリーゼは痛みをこらえつつ、再び反動を力に変え、リッカーのすき間を突いた。金属のような音が響き、サイボーグの腕が一閃した。

 

 エリーゼの皮膚を掠め、「くっ」頬に血が流れた。

 リッカーもエリーゼの刃をかすり傷で凌ぎ、すぐに後退。しばしの静けさが訪れる。二人はお互いを見つめ合い、次の動きを予測していた。

 

 互いの呼吸音だけが響き渡る廊下で「お前……マ、マギーか?」リッカーが口を開いた。

「……誰?」エリーゼは眉を顰めた。殺し屋や刺客などと違い、護衛士は名を売っても構わぬ職業だけに、誰とも知らん無名と勘違いされるのは気分のいいものではない。

 気を取り直し、エリーゼは名乗りを上げた。

「エリーゼ・ヴァイス『鋼の籠手』」

 

 エリーゼを見つめたまま、「え、エリーゼ・ヴァイス……お、覚えておく」言うと、リッカーの尻尾が背後に伸びた。ゴムのように伸びて、背後の柱に絡まると、リッカーが一気に遠ざかった。其の儘、窓から飛び出して、姿を消す。

 

 直後に爆発音が響き渡った。恐らくは民兵隊によってグレンデルが仕留められ、決着がついたのだろう。随分と長時間を戦っていたエリーゼは、精も根も尽きかけていたが、それでも暫くは気配を探っていた。

 

 歓声が聞こえ、それから民兵たちの踏み込んでくる足音に、リッカーの撤退が油断を誘う偽装退却ではないと判断し、ようやく鋼鉄のように重くなった体を引きずって、護衛対象者の元へと足を向ける。

 

 サイボーグの腕の感覚すら鈍くなり、周囲の音も遠く感じた。それでも、エリーゼはしっかりした足取りで前に進んだ。まだ周囲に殺し屋の残党が残っているかもしれない。仕事はまだ終わってなかった。

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