賞金稼ぎは一応、殺し屋ではない。
賞金稼ぎは、大都市で発行される免許の取得や、いずれかの賞金稼ぎ組合に属している者が社会的に認知され、一定の信用を得ている事が多いが、これも絶対の条件ではない。公的機関や共同体の手配した犯罪者を捕縛、乃至は殺害を行うものがおのれは賞金稼ぎと名乗れば、その日から賞金稼ぎとして通用する胡散臭い職業、秩序と無法の曖昧な境界に立つものが賞金稼ぎであった。
中には、権力者が邪魔な競争相手の眷属に賞金を懸ける事もあれば、国家や大都市が目障りな民族や部族の頭皮に賞金を懸ける事すらあった。殺人許可証を大義名分に最低の傭兵や匪賊と変わらない虐殺を行うものもいれば、海賊や奴隷商人のごとき略奪を行うものらもいて、賞金稼ぎや傭兵は蛇蝎のように嫌う土地もあるのだ。
それでも、正規の国家や共同体の懸けた賞金首を狩るものは、その善悪と正否は置いておいて、 一応は殺し屋ではないと見做すことが出来るかもしれない。
とは言え、賞金稼ぎ組合の認定した犯罪者に対する手配は、常に危うい境界にあった。腐敗と汚濁は、常に社会をまだらのごとく蝕んでおり、一部には逆に混沌を利用して利益を得る者たちも着実に潜んでいた。賞金稼ぎ組合もピンキリであって、名ばかりの「法の執行者」として、実際には自己の利益のために犯罪者をでっち上げ、無実の者を標的にするような組織もあった。賞金稼ぎに限らず、堕落した土地においては、腐敗した司法機関と手を組み、一般市民の恐怖を煽りながら、金銭や権力を手に入れようとする者たちが跳梁跋扈している。古の魔女狩りのように財産家や美しい娘に容疑を掛けて犯罪者と認定し、財産の没収や拷問、凌辱を行う者共が幅を利かせている土地もあるのだ。
そうして手配された『犯罪者』には、しばしば誤って冤罪を掛けられたり、無理やり罪を着せられたりするものも紛れていた。賞金稼ぎという職業は、必ずしも『正義の執行者』ではなく、しばしば悪党としての顔を持つこともあった。形だけは『正当』とされる依頼であっても、裏には正義が存在するわけではなく、時には名も無き者たちが巻き込まれて命を落とす事例も少なからず存在していた。
一方、犯罪者の遺伝子や指紋などを記録し、正体不明のままに手配を行う賞金稼ぎ組合も存在していた。善良な人々にとって寄る辺なき黄昏の時代。邪悪な者たちに愛する者を殺されたもの、身内を奪われたもの、故郷や尊厳を踏みにじられた者たちの差し出す僅かな金銭を対価とし、犯罪者たちを手配し、追跡し、目には目を、歯には歯を。血には血を。相手が何者であろうと、咎人には相応の応報を受けさせる。
賞金稼ぎ組合でも、復讐を請け負う賞金稼ぎ部門は、大抵、編成や所属構成員が謎めいており、正体はほとんど知られていない。市井に紛れて、表向きの仕事と生活をこなしながら、賞金稼ぎたちは、時に名も無き者たちからの依頼を受け、法の目を盗んで影の中で動いた。
一応は合法の範囲とは言え、犯罪者が有力者や権力者、その身内である事も少なくなかったからだ。その仕事は、決して光の当たるものではない。むしろ闇から闇へ、誰知られる事無く死闘を繰り広げ、時に返り討ちにあい、時に悪党たちを葬り去っていた。必ず勝つとも、負けるとも限らない。労して報われることの少ない仕事。そういう影の賞金稼ぎたちがいる。闇稼業でも、裏稼業でもなく、影の賞金稼ぎたち。
※※※※
辛うじて殺し屋リッカーを退けたエリーゼは、薄暗い酒場奥の廊下を進みながら、護衛対象者を探していた。
いると思しき二等客室の扉の前で、囁くようにヘイズに呼びかけた。
「ヘイズ……無事か?」
「おう、エリーゼちゃんか」部屋からは能天気なヘイズの声が返ってきた。
「入って来いよ」との気軽そうな呼びかけに慎重に中の様子を伺ってから、そっと足を踏み入れる。
「無事か」エリーゼの問いかけに、床に蹲ったヘイズが頷いた。
「おう、仲間がやられたが、俺は無事だ」
死体が二つ転がっていた。ヘイズは無事だ。エリーゼは室内を見回し、窓際でカーテン脇からそっと外の様子を伺ってから、死体に目を転じた。
「そいつは?」
「刺客さ」女の死体のポケットや胸元を調べながら、ヘイズが笑った。
「女給に化けてやがった。色仕掛けだったらヤバかったね」己の命を狙った女を返り討ちにしたヘイズは、持ち物を漁っている。賞金稼ぎの身分証明書、先日の強姦殺人犯に対する賞金手配書。最後にヘイズの体液と毛髪が犯人の残したそれと一致したと言う鑑定書を見つけ、鼻で笑った。
影の賞金稼ぎたちの噂は聞いていた。己が狙われるとは思っていなかったが、万が一、ヘイズに対する殺人罪で官憲に捕まった際の保険だったのか。馬鹿な物を持ち歩いていると笑いながら、ヘイズは片手で折りたたんだ。
「賞金稼ぎの身分証明書と、依頼書さ。俺の遺伝子情報を流しやがった。ニニちゃん。悪い子だなァ」へっへ、とヘイズは嗤笑を浮かべる。
ひどく酷薄なヘイズの笑みを、エリーゼは怪訝そうに見たが、しかし、護衛対象者がどんな趣味嗜好をしていようが関係ない。それ以上、無駄に表情を動かすこともなく、冷静に周囲を観察している。
「グレンデルが死に、リッカーが退いた以上、後は朝まで粘れば、まずそれ以上の襲撃はないだろう。恐らくな」目の前に転がる死体を無関心に一瞥し、エリーゼはそう告げた。ヘイズを狙っているのは、たかが都市の一有力者。王侯や政府、組織とは違う。一度、大規模な襲撃に失敗した以上、早々、二度目が行えるとは考えづらかった。
※※※※
十日ぶりに居留地へと戻ってきたマギーちゃんは、大きく欠伸をした。既に季節は一月に入っている。気温はいよいよと下がってきており、日中さえ、日によっては氷点下十度を下回った。ふわふわモコモコの格好で街路を歩いているが、市民区画でさえ人出も随分と減っている。
灰色の陰鬱な雲の下、気晴らしに居留地を散歩していると、足元の雪がキュッキュッと鳴った。それでも丘陵地帯は盆地や平野部よりも冷気が滞留しにくいために、少しは暖かいのだ。伐採地では、火の傍で丸まっていても、夜ごと冬の冷たさが染み込んでいるようだった。
風が吹き抜けるたび、頬を刺すような寒さに思わず身を竦める。だが、そんな凍てつく空気の中でも、マギーはどこか楽しげだった。隣には保安官のキャシディ・エヴァンス、お供に保安官助手のコーデリアと、マギーの古い友人ジーナが歩いている。ふと、通りの向こうで見知った姿を見つけたマギーは、手を振った。相手も気づき、軽く手を挙げて応える。元気だった知人の仕草にほっとしたように微笑むと、マギーは少し早足になった。
市内と適当に歩き回って、開いてる食堂でお茶を注文してから、ジーナとコーデリアに留守中の話を聞かせてもらう。流石に零下十度に近い中、迂闊に汗も掻けない気温で、離れた地区まで凍結した道を数百メートルも歩こうとは思わなかった。
「グレンデル?グレンデルがいたの?」「あの怪物が?」マギーもキャシディも驚愕して目を瞬いた。曠野の賞金稼ぎや保安官にとっては、グレンデルの名は一種の伝説であった。
「ヘルナル中尉に討ち取られた?」聞いたキャシディ・エヴァンス保安官が天を仰いで呻いた。どうやら、己の手で仕留めたかったらしい。頭おかしいな、とマギーは思った。
「グレンデルなんて怪物。誰かが仕留めてくれるなら、それに越したことはないやん」慰めるつもりでなく淡々と告げるが、マギーちゃんの意見に保安官キャシディは悔しがっていた。
「貴方は鉄腕ジェイク仕留めてるから、そういう余裕が」訳の分からない理屈で責められてマギーは閉口した。伝説的なグレンデルと、少しは名が知れた程度のジェイクでは比べ物にならない。
名声にあまり興味のないマギーが引いてると、キャシディは溜息を洩らした。
「……名を上げれば、居留地に手出しする悪党も減ると思って。まあ、ヘルナル中尉が名を上げたなら、同じか」
「ああ、そっか。そういう理屈なのね」とマギーは頷いた。それなら、マギーにも理解できた。
どうやら、グレンデル討伐記念の碑が作られたらしい。門前町に行ってみれば、野ざらしではないが、小さくて粗末な屋根の下、馬鹿でかい兜がさらし首のように棒の上に鎮座していた。観光名所にはなりそうにないな、とマギーは思った。
誰が討ち取ったか分からんけど、生き残った者には、ひとり800クレジットが支給されたとジーナが語った。ポレシャは富裕な居留地だけあって、討伐参加者全員に、節約すれば一年は食べていける賞金を出したようだ。必要経費も認めて、都市通貨で1200近くを貰った奴もいるとか。
「なんとも気前のいいことですよ」ジーナが少し羨ましそうに呟いていた。
輸出用の小麦2トンから3トンを放出したくらいの金額。大型居留地にとっては、金で済むなら、それに越したことはないのだろう。白銀のグレンデルでさえも、大型居留地にとっては然したる脅威とはなり得なかったという事だろうか。
それでも深夜まで続いた酒場での攻防は、相当に凄まじかったようで建物の周囲には今なお、激戦の爪痕が残されている。キャシディも、マギーも、居合わせていたら参戦していたに違いないが、果たして無傷で済んだだろうか?後から見ればだが、伐採地への出張命令もいいタイミングだった。そこは参事会に感謝してもいいかも知れない。
戦闘の凄まじい痕跡に尋ねてみれば、ジーナが頷いた。
「ええ、ええ、凄かったですよ。他にエリーゼ・ヴァイスもいました。護衛側として」
「だれ?」マギーには知らん名前だった。
「……誰って。あんたが腕を斬り落とした女ですよ?」ジーナに言われて、マギーは首を捻った。
「……どいつだろ? 」
「複数、いるのか」コーデリアが戦慄している。
「マギーが日本刀に嵌まってた時期です」ジーナに言われても、マギーは覚えてない。最近、忙しいのと新しい伝手や商品を覚えるのに一杯一杯で、マギーちゃんは賞金稼ぎ時代の記憶が大分怪しくなっていた。
「分からん」大丈夫か、こいつみたいな目で見てくるジーナ。失礼な。
「まあ、気にする必要ないですよ。仕事に失敗して、こそこそと逃げるように去っていきましたからね」頷いたジーナ。賞金稼ぎ時代の因縁がある相手の名を聞いた時は警戒したが、どうやら本当に偶々だったようでマギーを探す素振りも無かった。
賞金稼ぎも、護衛も、一部の腕利きとなると狭い世界でさほどの人数はいない。人口密度の薄い曠野にポレシャは大型居留地で、これから先も何かしらの過去に関わりやしがらみを持った相手と再会しても不思議はなかった。静かに、穏やかに過ごしていれば、大抵はやり過ごせるし、特に因縁を持った相手であれば、その時に考えればよい。
一方のコーデリアは、お茶を啜ってるキャシディに話しかけていた。
「伐採地の方は、どうでした?」
「兎に角、寒いし、薄暗いしで、もう、行きたくはない」キャシディは心底、嫌そうに呟いている。
「狼の遠吠えと、屍者の呻きが毎晩、聞こえてくるし……身体の芯まで冷え切った」
火の傍で温かいお茶を飲みながら、保安官はしみじみと呟いた。
「冬の終わりまで、これ以上、何にも起きないで欲しい。起こらないでください」
※※※※
黄昏時、美しい踊り子を部屋に招き入れたヘイズは、寝台の上で寛いでいた。
逞しく均整の取れたヘイズの肉体は、外見だけ見ればギリシア彫刻もかくやと言う程の精悍さと端正な容姿を誇っていたが、瞳には冷徹さと残酷さが宿っている。それでも、今はどこか落ち着いた表情を浮かべていた。
女の方も良く鍛えられた優雅な肢体に、しなやかな動きと美しさを兼ね備えており、猫科の肉食獣を思わせる優美な身のこなしには、男の視線を引き付けるものがあった。 踊りを終えたばかりなのだろう。煽情的な装束を纏った汗ばんだ肌に、腕輪などの装飾品が煌めていた。自信に満ちた、そして何処かヘイズにも似通った冷たい眼差しで男の上に跨ると、胸に手を添えて、ふッと笑みを浮かべた。
「お見限りかと思ったわ」踊り子の囁きにヘイズは楽しげに笑った。
「まさか。だが、少し忙しかったんでな」
屈みこんだ女は、ヘイズの胸を舐めながら「ねえ、グレンデルはどんな男だった?」尋ねてくる。
「おいおい、最初に聞くのが他の男の話かよ?」
「伝説の益荒男だもの、あなたも興味あるでしょう?」踊り子の妖しい瞳に、ヘイズは笑い返した。
「伝説だろうが、どうでもいいさ。興味あるのは、女だけさ」
身を起こしたヘイズは、女を組み敷いた。女がヘイズの頬を撫でて尋ねた。
「女、ね。どんな女を抱いてきたの?」
「今日は少しばかり、口数が多いぜ……そんなに気になるか?」
「少しね、何人くらいの女を泣かせてきたのかしら」
「さてな。だが、今はお前だけだ」ヘイズは言った後に付け加えた。
「これから先も、お前ひとりでいいかもな?お前はどうだ?」
ヘイズに跨った踊り子は笑いながら、髪留めを外して、脇へと置いた。女のいつもの癖だ。ヘイズも気にしなかった。高価だと言う装飾品を丁寧に外しながら、女がふと、気まぐれを起こしたようにヘイズに黄金のペンダントを掛ける。
「楽しかったわ、ヘイズ」ほほ笑んだ女が飛翔した。信じられないような身のこなしで、天井の梁に手を掛け、そのまま乗り越えると一気に着地する。ヘイズの首に掛けられた強靭な糸が一気に締め上げられた。装束の布を手に巻いた女が、そのまま、凄まじい筋力で糸を締め上げる。ヘイズは、枕下の拳銃を手に取ろうと足掻いた。届かない。誰かを呼ぼうと、枕もとの壺を蹴り飛ばす。派手な破砕音。扉が開いた。ルーク。じっと見つめ、それから扉を閉める。
「なんでもない……大したことはない、邪魔をするな」閉められた扉の向こう側から声が響いてくる。喉元の糸を必死に掴みながら、ヘイズは血走った目で手を伸ばした。窓の外では、音もなく雪が降っていた。
※※※※
簡易宿泊所の片隅の一角では、老いた
その夜、温もりを失った静寂な寝床の一角にフードの人影が尋ねてきた。一抱えもある袋を若い男の寝台の傍へと置くと、そのまま、名も告げずに踵を返して立ち去った。若い男は袋を開き、そしてゆっくりと涙を零して、静かに嗚咽し始めた。
袋には、精悍な男の生首が雪と共に詰められていた。人々が一人、二人と歩み寄ると、静かに囁きながら、見守るように取り囲み続けていた。
※※※※
ルークは足早に酒場の片隅にある一室へとやってきた。周囲の様子を恐れるように見廻してから、扉を小さくノックする。
心の中で何度も言葉を繰り返しながら、再度、少しだけ音を大きくして叩いた。
「ワイト、いるか?俺だ。ルークだ」
少しだけ扉を叩く音を大きくして、もう一度叩いた。
「大事な話がある。開けてくれ」ルークの声は、少し震えていたが、それでも強く、確かなものだった。しかし応答はなかった。ルークに対しても心を閉ざしたのか。それとも出かけているのか。
罪悪感と共にルークは扉を開けた。
階段下の狭く暗い部屋の奥。ニニの隣に寄りかかるようにして、ワイトが目を閉じていた。穏やかな表情だが、ルークは思わず立ち竦んだ。気配がしない、いや、物音一つすらも不安にさせるほどに聞こえない静謐が立ち込めていた。
ルークはしゃがみ込むと、懸命に声をかける。
「ワイト。落ち着いて聞け、ヘイズが死んだぞ」
囁きながら、ハッキリと告げた。
「ついにやったんだ。お前たちは、もう自由だ。ワイト……おい?」
ルークが手を伸ばすが、次の瞬間、一瞬硬直する。
ワイトは、もう息をしていなかった。ニニに寄りかかるようにして息絶えていた。
ワイトの隣では、櫛を握ったニニが、夢見るように幸せそうな微笑みを浮かべている。ニニもまた、ワイトの手を握ったまま、命を絶っていた。
呻いたルークは、よろめき、床に崩れ落ちた。
果たして、己は何かを間違えたのだろうか?それともこれが若い二人の定めだったのか?ルークには、もう、何も分からなかった。異邦の地にただ一人、取り残されたまま、悲嘆に暮れて、長い間を無言で座り込んでいた。冬の日々は夜ごと、闇の濃さを増している。外では再び、冷たい風が吹き荒んでいた。