黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_49 できらぁ!え?ライフルで千メートル先の標的を?! Z_275年

 マギーは、辺土のポレシャに暮らす行商人の娘であった。年下の少女ニナを相棒として近隣都市の蚤の市に赴いては空き瓶や空き缶、鉛筆、布に木板、錆びた釘やらビニール袋に鉄くずなどのガラクタを安値で仕入れて、居留地の雑貨屋に売る事で生計を立てている。物資に乏しい居留地では、そんな品々でもそこそこの値で売れるのだ。

 

 マギーは腕のいい行商人で頑丈な縄や針金、電子部品やタープ、接着剤、金槌や新品の釘、ダクトテープなども結構、仕入れてくる。辺土の住人にとっては重宝する品々で、新参の移住者であるにも関わらず、マギーは一定の信頼を勝ち取っていた。亡き師匠が高名な冒険商人であったのも、比較的早くに得体の知れない流れ者という立場を脱却できた理由かも知れない。

 

 兎も角、マギーは居留地の市民層や自作農からも有用な調達屋と見做されるようになった。対価として酒や煙草、食べ物の配給券などを受け取る事も多く、渡り人(オーキー)上がりの行商人としては、比較的にゆとりのある生活を送っている。

 

 居留地に来たばかりの頃は、時に空腹を紛らわし、寒さに震えていた若い娘と少女の二人組は、三年ほどで自分たちの地歩を築き上げた。今はそれなりに酒や食事を楽しみ、暖かな衣服を着て、冬の薪にも不自由しない。

 

渡り人(オーキー)出の行商人としては、まこと結構な暮らしぶりとでも言うべきで、飢えることも寒さに震える事もない日々は、物語だったら、めでたしめでたしで終わっても良かっただろうが、よくも悪くも人生は続いていく。近隣の自由都市ズールの暦で275年。これは一帯で使われる暦だが、マギーは25歳になっていた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 長い冬も終わりを告げた春の日。マギーはニナを伴って、友人スタンフィールド氏の家へと赴いた。スタンフィールド氏は好青年で、マギーは些かの好感を抱いていたので、弾んだ足取りで邸宅を尋ねた。ニナは少し膨れている。と言っても、三人で過ごすではなく数人の友人たちが招かれているようだが、其処でささやかな騒動が起きた。

 

 黄昏の時代(トワイライトエイジ)においては、銃の基本性能はあまり高くない。資源も枯渇してしまった文明崩壊後の世界においては、人口が数千規模の都市が負担なく維持しやすいのは、18世紀から19世紀の産業革命期の技術や工業水準であって、しかも石油・石炭が枯渇気味なので木炭や水力、風力、アルコール燃料が主軸となっている。これに熟練した職人と設計図の保有を前提としても、手工業で量産できるのは20世紀半ばまでの銃器が精々であった。それ以上の製品を生産したり、整備するには相当に高度な職人芸が必要となり、しかも、職人によるカスタムメイドとならざるを得ない。

 

 その意味で、スタンフィールド氏の秘蔵するウィンチェスターM70は、まさしく愛好家たちに取って垂涎の的といえる特注品であった。北米においてボルトアクションライフルの最高傑作と称されるウィンチェスターM70は、頑丈なマウザー式ボルトアクションを採用し、滑らかで確実な装填・排莢が可能であり、また極めて高い精度を誇っている。

 

 特に、スタンフィールド氏の所有するウィンチェスターは、1964年以前に製造されたプレ64をモデルとした模造品で、クラシックな設計と精巧な作りが特徴だった。元来、ウィンチェスターM70は、職人芸で造られた初期型が最も完成度が高く、一時期の粗製乱造をやめた後、製造工程や材料の見直しによって品質を見直した80年以降の後期型が次いでいるとされている。

 

 文明崩壊後の世においては、高性能な銃を製作する為のクロムモリブデン鋼や高炭素鋼の生産なども至難の業であるが、それをも精度で上回るのが、高品質鋼材からの削り出しによって、熟練の職人の手で部品一つひとつが手作業で丁寧に仕上げられた初期型のウィンチェスターM70であった。さらに特注のスコープが取り付けられており、最高の精度を極限まで追求した逸品である。この銃を作り上げた職人は、商業都市連盟における伝説的なガンスミスだと囁かれているが、真偽は定かではない。

 

 

 春の最初の狩猟で、1000メートル先のコヨーテを一撃で仕留めた。つらつらと自慢するスタンフィールド氏に殆んどの来客は、単純に感心したり、そんなことよりTRPGやろうよ、と欠伸をしたりしたのだが、やや大人げない反応を示した人物が一人いた。誰あろう、保安官のキャシディ・エヴァンスである。

 

 冬明けの特別なお祝いに酒やご馳走、甘味の類も用意されていたが、飲みやすい林檎酒を開けていたキャシディは、かなり酔っていた。元々、居留地で最高の銃の名手として讃えられていた腕前の持ち主だが、次ぐか、匹敵する腕前と見做されていたスタンフィールド氏が1000mで標的に当てたと聞いて、対抗心を燃やしたらしい。

 

 キャシディは、思わず我慢できずに言いました。

「1000mなら、腕のいい射手は当てられるでしょう」キャシディも、若い娘です。酔ってました。最高記録は850m+で逃げる馬泥棒です。これも尋常な腕前ではありませんが、1000mには到底及びません。大人なスタンフィールド氏は、面倒な事になったと思ったのか。「キャシディなら出来るだろうね、うん」とうなずいて、曖昧なままに場を収めようとしました。

 

 そこで、スタンフィールド氏の恋人の意地悪メリッサが、クスクスと笑いながら口を挟みました。

「1000mなんて、幾らキャシディでも無理よねぇ」挑発するような笑みを浮かべたメリッサに、酔ったキャシディはカッとなって言い返しました。

「は?できますが?無理じゃないですぅ。わたしは出来ますよ?」

 キャシディの友人コーデリアが天を仰ぎました。スタンフィールド氏は「しまった」と顔をしかめ、メリッサはいよいよ面白がっている様子です。

 

「やってみてよ」メリッサに対して、キャシディは胸を張ります。

「やってやりますよ。1000mで当てます。保安官の月給を全額賭けてもいいです」

 スタンフィールド氏は慌てて宥めようとしましたが、キャシディは聞く耳を持ちません。

「そんなものいらないけど一日、保安官の制服を貸してほしいかな」恋人を見るメリッサの楽しそうな目つきを見れば、何に使うかは明白でした。

 完全に酔ったキャシディは、うんとうなずき、メリッサは薄く微笑みながら「面白いわね。それじゃあ、私たちみんなで見に行きましょうか?」

「い、何時やるとは言ってないな。そのうち見せてもらおう」スタンフィールド氏は、コーデリアに目配せしながら、酔ったキャシディを退出させました。

 

 こうして時期までは指定されませんが、居留地の外れにある広大な曠野で、キャシディ・エヴァンスの挑戦が行われることになったのです。

 

 翌朝、頭痛に顔をしかめながら目を覚ましたキャシディは、昨夜の出来事をおぼろげに思い出して愕然としました。

「……え? 1000mでコヨーテを……?」酔いが醒めたキャシディ本人の発言です。

 目の前にいるコーデリアが腕を組み、ため息をついています。

「そう。酔って大見得切った。覚えてない?」

「……覚えて、ない」キャシディは頭を抱えました。

 保安官助手のコーデリアは呆れた様子で続けます。

「メリッサがうまく挑発するから、まんまと乗せられて。保安官の月給を賭けるなんて言っちゃってさ」

 うわぁぁぁ、キャシディは布団の中に顔をうずめました。しかし、逃げられません。噂はすでに居留地中に広がっており、みんながキャシディの1000m狙撃に注目しています。近いうちにやらないと、逃げたことになるでしょう。

 

 キャシディの愛銃はレミントン700ですが、使い古して若干ガタが来ています。

最高に整備されたレミントン700なら、1000mで当てるのは不可能ではありません。実際に文明崩壊前の軍人や警察官たちが、1100mや1200mの記録を持っていますが、これは警察や軍用に最高にチューンナップされた狙撃用であって、それよりも随分と難度が落ちるとは言え、1000mと言うのは整備が難しい黄昏の世(トワイライトエイジ)のライフルでは、やはり尋常の距離ではありません。

 

「俺が当てたのは、殆んど無風の日だよ。無風の日を待たなくちゃあフェアじゃないよ」スタンフィールド氏がそう言い張って、キャシディの挑戦は、無風の日ならいつでもいい事になりました。

 

 さて、ここでキャシディの友人である行商人マギーちゃんに出番が訪れます。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 保安官事務所のデスクで、キャシディは呻いていた。

「君、意外と馬鹿だったんだな」頭を抱え込んでいるキャシディ・エヴァンス保安官を見ながら、マギーは呆れて首を振った。勿論、居留地防衛の任を担う若きキャシディの重責は大変なもので、マギーには想像すらできない重圧に日々、晒されているに違いない。とは言え、酔っぱらいの尻拭いを任される身としては、愚痴ることくらいは許されるだろう。

 

「まあ、罪のない競争意識だし、賭けに負けたとしても、深刻な状況に陥る訳でもない」コーデリアも気楽そうに呟いた。気心知れた市民同士の他愛もない賭けだが、哀れなキャシディは首を振った。

「メリッサの要求を聞いたか?あいつ、一日保安官になり切ってスタンフィールドとお楽しみするつもりだ……そんなこと嫌だ」保安官の呟きを聞いて、肩を竦めたマギー。保安官助手のコーデリアがリストを書き上げてから、マギーに手渡してきた。

「マギー、これは保安官からの正式な依頼なんだが、レミントン700の新品か、スコープ、バレル、トリガーなどの正規の予備部品を仕入れてきて欲しい」

 

 どんな銃器も使用を続ければ、部品も摩耗して性能も劣化しつづける。ポレシャは仮にも大型居留地の範疇であるし、近くの自由都市と盛んに往来もしている。高性能な銃器でも、一応の整備は不可能ではないのだが、居留地や都市の職人に予備部品の製造を頼んでいても、やはり大きな工房での正規品に比較すれば、精度において随分と劣っている。性能の維持でやっとというところであった。

 

 レミントン700は、1962年に誕生したボルトアクション式ライフルであった。性能自体はかなりの精度を誇っているが、それだけに部品の一つ一つに精密さを求められる。AKはおろか、ARシリーズの方がまだ流通している可能性が高いだろう。ARシリーズはもっと後の年代の自動ライフルだが、ボルトアクションに比べれば、 精密さを求められないので、遥かに作りやすく、維持しやすい。動作がより単純で、部品の数が少なく製造や整備も容易であった。

 

 

 つまり、精密なボルト・アクションライフルは、工房ごとに微細に規格が違う可能性もあった。部品を見つけても不揃いの可能性があると、マギーちゃんは難色を示したが、キャシディに泣きつかれた。

「探してみるけど、期待しないでくださいよ。本当に……」マギーは渋々と請け負った。それなりに腕のいい物資の調達屋のマギーだけれど、得意とするのは資材や生活必需品、衣服などの調達であって、武器に関しては基本、専門外である。例え合法の範疇であろうと、武器の売買とはいささか危険で慎重さを必要とする領域なのだ。

 

 一年以内に見つからない場合、キャシディの制服がHな液体で大変なことになってしまう。果たして、マギーちゃんは、自由都市で部品を見つけられるのだろうか。

 

 まあ、生き死にが掛かってる案件でもなく、それほど真剣になって集める必要がある訳でもない。保安官に貸しのひとつ作れるなら、仕事のついでに探しておくか、程度の呑気な話であった。食べる為ではない適当な仕事を引き受ける事、それ自体が生きる余裕を示しているのだろう。

 

 必死に働かなければ生きていけない境遇を、マギーとニナは既に抜けている。恐らく昨年のうちに抜けていたが、はっきり認識したのは冬を明けてからだ。長く厳しい冬を薪や食べ物にも困窮するでもなく、むしろ、それなりに稼いで満喫しながら終えた時、そう言えば冬も終わりか、とふと気づいて、もはや冬を恐れていないおのれにも気づいたのだった。

 

 マギーもそうだが、廃墟の娘であるニナも、それなりの豊かさに短時間で順応しつつあった。二人は比較的、素直に礼儀作法を習得したり、初期はやや無駄遣いをしたものの、後は節約しつつも収入に相応しい服飾や飲食を楽しんだが、これは二人ともまだ若さが残り、素直であったのと、貧しさに苦しまず日々をそれなりに工夫して送ってきたこと、他者から蔑みの目を受ける例が少なかったことも起因しているだろう。二人にとっては、お金を稼ぐこと、物質的な豊かさは、程々であれば妬みや嫌悪の対象ではなく、良い人生の範疇であった。だから、二人は金で仲間割れすることはないと互いに思っている。

 

 ただ、一方で、心に余裕は出来たが、危機感を忘れれば生き物として確実に弱くなる。せめて、貧困や脅威がすぐ下に口を開けて待っていることを忘れずに日々を過ごすことで、感覚を研ぎ澄ますことは出来ずとも危機感は維持すべきだろう。マギーも、ニナも、文明崩壊《ポストアポカリプス》の時代を生きているのだから。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 通称『穴倉《ホール》』。ルガリエ地区は、自由都市ズールと廃墟との境界に位置する危険な一帯であった。

 先史工業時代の鉄鉱石の採掘跡と思しき、途轍もなく深く巨大な穴の縁にへばりつく様にして、木造や縄の橋やら通路、そして小屋や建築物が建てられている。

 住人の大半は、浮浪者《ホーボー》や渡り人(オーキー)、放浪者《ワンダラー》などの寄る辺のない流民の類で、傭兵や軍人崩れ、愚連隊やらギャング、それに盗賊などの脛に疵持つ犯罪者や裏社会の人間たちも数多く暮らしている。鉱山跡の横穴に暮らしている連中もいれば、昔の作業員の宿舎なのか、コンクリート製の建造物もあって、ある程度は快適に暮らせるそちらは幅を利かせる徒党のアジトなどにもなっていた。

 

 正直言えば、マギーもあまり近づきたくない場所であった。だが、此処には盗品市や私製の武器工房があって、他所では手に入りづらい品にお目に掛かれたりする事も多かった。

 

(仕切ってる連中がおっかないから、あまり近づきたくないなァ)

 訓練も鍛錬もそれなりに継続して、時々は獣や追い剥ぎ相手に戦闘をしていても、昔の恐いもの知らずのスネイクバイトではない。いまは穏やかな堅気の行商人マギーちゃんだ。些かいい服を着込んで飽食しているマギーは、やはり鈍っているのは否めない。

 

 道に椅子を並べて座っている薄汚れた男たちや、薄汚い水たまりで遊ぶ半裸の痩せた子供たち、時々、纏まって水汲みへと向かう女たちの、すれ違いざまの値踏みの視線は、やはりのんびりしたポレシャ居留地とは雰囲気が違う。かと言って、廃墟みたいに怪物や無法者を警戒している感でもない。廃墟の危険さともまた異なる、治安の悪さをピリピリと肌で感じる。言葉にすると、人間同士の緊迫感や不信感が漂っている、とでも言うべきか。

 

 獲物として此方を推し量る視線もあって、ニナなどは足を踏み入れた時から警戒しっぱなしだった。噂通りに、確かに品揃えと値段に文句はなかった。冷やかすように店を見て回るが、中々に目的の品は見つからない。そもそも、マギーにも銃の細かな部品などは見分けがつかなかった。拳銃やライフルの組み立てくらいはできるが、日常的に触っている訳でもないライフルの部品ひとつ。他の類似したライフルの部品がある中で、これだと言われても、見分けのつく自信はなかった。

 

(……キャシディには悪いけど、賭けは負けだね)思いつつ、取りあえずは、目的の品と思しき部品を見つけた際は、値段交渉して、無造作に背嚢へと放り込む。スコープなどは、布に包むこともあったが兎も角も、何度か通う必要があると踏んでいた盗品市場でマギーは一応、それらしい品をある程度は揃えてることが出来た。

 

 売れずにダブついていたようで、店主や職工たちが首を捻りつつも、倉庫の奥から持ってきたり、戸棚や箱の奥を漁って探したりと、兎に角、一丁くらい組み立てられるんじゃないかと思える部品を揃えると、「こんな仕事はもう御免だよ。わたしは堅気の商人なんだから」ぼやきつつ、マギーたちは帰還した。確かに品揃えは豊富で、値段も手頃であった。とは言え、ルガリエ地区に出入りする商人には、武器や盗品を扱うことから多少の悪評も付き纏う。一度であれば、言い訳も通用するだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズール暦 275年 3月上旬

 

  所持金_7798 都市《ズール》クレジット

 

   5都市《ズール》クレジット=食費1日分 麦パン主体の食事

 

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