弾丸は吸い込まれるように命中し、蛮族の腕の肉を弾いた。七発撃って七発が命中。二人か、三人はそのまま倒れ、残りの半分も衝撃と出血に容易くは動けないと見えた。七発の弾丸で七人の蛮族を撃ち倒したのは、ルーク・アンダーソンの伎倆をもってしても、間違いなく幸運の賜物ではあった。如何に鍛錬を重ねようとも、現状の装備では歯の立たぬ存在も
互いに十数名の蛮族と農民による闘争の最中《さなか》、盤外からの射撃で一方に七人の死傷者が出れば、均衡は容易く崩れさる。当然に農民たちは勇気づけられ、過半が欠けた蛮族側は混乱し、恐慌状態に陥ったが、撤退は叶わなかった。猛り狂った農民たちが手斧やこん棒、槍や短剣で残された襲撃者たちに嵩に掛かって打ちかかり、一気に打ち倒してしまったからだ。
襲撃者には若干の女や初老、年少者も混ざっていたが、蛮族は捕まえた虜囚に情けを掛けない。農民たちは容赦せずに鮮血の代償を払わせた。襲撃者どもの身を飾る骨や戦利品を加工したピアスには、消息を絶った知己や隣人らの指輪や耳飾りなども含まれていたから、蛮族への処遇に良心の呵責や道徳の介在する余地はなかった。
短く、凄惨な戦闘が終わり、返り血を浴びた農民たちは、大半が荒い息をつきながら、その場にへたり込んでいたが、ルーク・アンダーソンがゆっくりと歩み寄ると、顔をあげ、手を振りながら礼を言ってきた。
――――助けられた。あんたがいなかったら、ヤバかったよ。そんな農民たちの言葉に顰め面して応えながら、ルークは、手当てを受けている老農夫を一瞥した。出血は激しく顔色は悪いが、しかし、手当は水際立っている。若者たちが、クロスボウやラッパ銃に次弾を装填しつつ、高台に立って周囲を警戒する一方で、農婦が老人の傷口を蒸留酒で洗い流し、針と糸で縫い合わせながら、抗生物質を飲ませている。自由農民たちの手際の良さは、生きるに厳しい曠野の生活で培われたものだろう。
それにしても、紙薬莢製とは言え、弾薬七発の消耗は痛かった。高度工業文明と異なり、装薬も金属弾頭も容易く入手できる時代ではないのだ。
「……あんたら助けるのに、弾薬を七発も使っちまった。こんなこと言うのは気が引けるが、融通してもらえると助かるんだがな」駄目なら駄目で仕方ないと考えながら、ルークは頭を振って話しかけた。何処の居留地でも、民需は後回しにされがちである。私物としてまとめて弾薬購入するには、ポレシャ市でも次に大隊商が来訪する数か月先を待たなければならない。
時として、貧しい者やケチな放浪者には『助けたのはそっちの勝手よ』と世知辛い反応を示す者も珍しくはないが、アルゴーの農夫たちは顔を見合わせて頷いてから、まずは農場へ共に来るよう誘ってきた。頑丈な木壁が設けられ、上階に鎧戸が設置された農場ならば、他に蛮族どもの斥候がうろついているとしても、安全に夜を越せる筈だが……誘いに頷き、馬車と一緒に歩きだすと、子供たちは家族に縋り付きながらも、チラチラとルークの様子を伺いつつ、笑顔を向けてくる子もいた。幼子の一人が一輪の花を差し出したので、ルークは受け取って帽子に挿してみた。アルゴーの農民たちなら、信用しても問題はあるまい。多分。
※※※※
小さな宿場町が接している街道には数多の遊牧民や隊商、鍛冶師に農民、牧童に放浪者《ワンダラー》めいた徒党までが日に数十人と往来していた。略奪者《レイダー》や盗賊《バンディット》と思しき胡散臭そうな輩の姿までが見かけられた。大家畜市の開催中には、慣例として一種の中立協定が成立しているものの、不用心に信用していいものでもないのだ。
イザベル・ミラーは真剣に悩んでいた。大家畜市には、各地からの遊牧民や雑多な放浪者の一団、牧童に浮浪者《ホーボー》めいた徒党が集ってきている。恐らくは四桁に迫るだろう行き交う家畜商や牛追いのうちから、それらしい連中をまず見つけ出さないと交渉自体が始まらない。とはいえ、まず、サドラン氏族の見分けがつかない。目当てのサドラン牛も中々に見つからない。寡聞にして名も知らぬ遠来の部族や氏族まで見かける中、無法者やならず者とて混ざっている。つい先日は、辺土から来た若者に都市のお偉いさんの娘が浚われたとかで、警備や賞金稼ぎの騎兵らが街道を追いかけていた。誘拐婚と聞いたが、信じられないような無謀な馬鹿もいるものだ。よほどの美人だったらしいが、権力者の娘でそれである。後ろ盾のないイザベルなど、悪党連中に少しでも不覚を取ったら一巻の終わりであるから弱気に駆られる瞬間があっても仕方あるまい。
安全確保は入念に行っている。事前の情報収集はイザベルとて怠らなかったし、旅慣れてるとは言え、孫娘の一人旅に、祖父は秘蔵の地図を渡しながら、此処に泊まるのだぞ、と釘を刺すくらいに安全な場所や伝手について教えてくれた。古い情報は幾らかは使えなくなっており、快適とも言えないが、旅先では安全に過ごしてはいる。イザベルがいまだに無事なのは、間違いなく半分くらいはお爺ちゃんの知恵袋のお陰である。
孤独を好む気質の裏返しとして、あまり他人を信用しないイザベルは用心深い性質だった。大きな交易市には無邪気にしゃいでいる村娘など、変な男に引っ掛かって世帯を持ったり、流れ者について行って放浪者や
それでも、幾度となく交渉を続けるうち、信用できそうな取引相手の見分けもついてきた。まずあんまり愛想が良いのは駄目っぽい。無理に誘い込もうとしない相手が良い。此方の用心深さを許容し、商品を持ってきてくれる家畜商や牧童もいる。あまり無碍にしたり、無駄骨を折らせるのも、悪い気がしてきて、また気分が沈んでしまう。加えて、滞在しているだけで日々、お財布ちゃんは痩せていくのだ。イザベルの宿泊先は、街道筋でも老舗の旅籠で、紹介状を見せるか、顔見知りの常連ばかりが泊まる大部屋なので値段的にも安全的にも比較的に真っ当な寝床であるが、金のない旅人が利用する木賃宿など、雑魚寝してる若い娘が
大家畜市を探していれば、良さそうな羊や牛を廉価で販売している相手も度々、見つかった。そんな相手には取りあえず連絡先を教えてもらい、手帳に書き記しておいた。さて、思案のしどころであった。なんと言っても、老ミラーとイザベルが貯めた大切な軍資金だ。増やせるものなら、増やしたいと切実な想いを抱いてる。サドラン牛の買い付けが上手くいけば、相当に纏まった金が手に入るのも間違いない。一方で、採算が取れそうな羊の群れも一度ならず見かけた。サドラン牛に拘らずとも、これを買い付けてポレシャ市に引き返してもいいのではなかろうか?羊の十頭もいれば、なんとか牧者に復帰できそうな筋にも心当たりもあるのだ。
「うちに帰ろうかね?」偶々、サドラン牛を目にしたのは、イザベルがそんな風に妥協しかけていた頃合いだった。崩れかけた高速道路の下、宿場町の外れにある崩れそうな納屋の前の古ぼけたベンチに腰掛けながら、イザベルは温いビールをちびちびと飲んでいた。自由都市産の瓶ビールである。やや不揃いな瓶はリサイクルどころか、洗浄だけされて、そのまま再利用されてるが、でも、文明の香りがするじゃない。
のんびりしてたイザベルちゃんの目の前を、縄を引いた野暮ったい青年が―――それとも小柄だから、少年だろうか――――通りかかった。地面が揺れた気がした。酔ったのかな、と目を擦ったイザベルちゃん。振り返って「……怪獣じゃない」と目を瞠ってる。でかい。見知った牛と比べても全然、体躯が違う。重たい蹄音が骨にまで響いてくる。優に一トンはある毛長牛は力強い動きを見せながら、しかし、意外と優しげな目が覗いていた。(これがサドラン牛か、ポレシャ市も欲しがるわけだ)イザベルは、この出会いが幸運の兆しかどうか、訝しがりながらも声を掛けてみた。
「
「先に言っておくけど、売り物じゃないぞ」少年、用心深そうにいきなり釘を刺してきた。「それは残念」呟いたイザベルは、ビールに濡れた唇を拭った。
(……いきなり嫌われてる雰囲気?いや、これは警戒か)
遊牧民を含む放浪民には、全財産を家畜や持ち運びしやすい貴金属、或いは身に着けられる装飾品の形に変えて旅する風習が珍しくない。賊徒が流浪の民を襲う理由であり、放浪民が狐のように用心深く、針鼠のように武装する理由のひとつである。牛飼いの少年も例に洩れず、遊牧民の好むフード服の下に若干の装飾品を身に纏っており、警戒するようにイザベルに針のように鋭い眼差しを向けていた。サドラン牛は、数千単位の都市通貨で取引されるのが相場であるから、歩くお宝を連れた少年が警戒心の塊となるのも無理からぬ事情ではあるが、刺々しい態度の少年に好感を抱きようもなかった。
少年を値踏みするように眺めたイザベルだが、然るべき部族なり氏族の所属を示す刺青は見当たらず、【標《しるし》】となる飾りも持っていないように見える。サドラン牛は持っていても多分、いずれかの牧畜民にも属さない『逸《はぐ》れ』だろうか。少年は疲れた様子で路傍の瓦礫へと腰を下ろした。牛が首を曲げて、地面の水たまりから泥水を舐めた。牛は、綺麗な水を好む生き物だが、相当に喉が渇いているのだろう。流石に、少年が牛の縄を引いた。ポシェットから幾枚の銅貨を取り出し、納屋の農民と交渉して積まれた干し草を譲り受けると、食べさせてやる。大事にしているのだろう。桶に水を貰って先に牛に飲ませ、それからようやく露店で粥と薄いエールを買って口に入れた。腹も空かせているようだ。人も、牛も。
少年が胸元から地図を取り出して、眺めている。古い血筋の牧者として、同業者に助言すべきかどうか、数瞬、迷ってからイザベルは口を挟んだ。
「ズールへ向かうなら、裏道は止めておきな。明日まで待って街道筋を進むほうがいいぞ」
「街道は、関所で税を取られる」ぶっきらぼうに少年が応えた。
「馬鹿か、君は」仲間もいなさそうな年下相手だから、イザベルは偉そうな物言いをしてみた。
「ば、馬鹿だと」少年、あからさまにムッとしてる。
「だって馬鹿だもん」歯に衣着せぬイザベルは、同業者の誼として、一応の警告だけしてやろうと上から目線で告げる。
「ねえ、君。裏道は、破落戸もうろついてるぜ。人狩りっぽい連中もちらほらと目にするし、悪いことは言わないから街道を行きな」筋の通った忠告に唸り込みながら、少年は考え込んだ。
「都市
「警備隊《ガーズ》が来るのは何時になるかな?」聞いてきたので「昼を少し過ぎた頃だね。今日は、もう、通り過ぎた後。街道をもう少し先まで行ってから、都市まで引き返してくる。その時に一緒に行くといいよ」イザベルは応えてやった。
「……あんがと、姉さん」と少年。どうにも世慣れないようだが、少なくとも、礼は言えるらしい。
「どういたしまして」
桶の水を飲み切った牛が、低く鳴いている。足りないと訴えてるように見えたので、「並んだ旅籠の裏手に馬用の水桶があるよ」とイザベル。小銭は必要だけど、とついでに教えてやった。無法者の類も入り込んでいるが、都市の小役人も目を光らせていれば一応、古びたライフルを少年も背負っているし、心配しつつも、大丈夫かな。と判断してる。
「サドラン牛とは、珍しいね。先に村長のところに行って、鑑札を発行してもらうといい」親切なイザベルは、色々と忠告してやった。
「分かるの?」少年は少し用心深そうに尋ねてきた。
「分からいでかー」得意げに応えつつ、イザベルが髪をかき上げると、手首の銀貨が陽光に鈍く光った。
一部遊牧民や牧者、牧童たちが珍しくもない幸運のお守りとして着ける貨幣を、イザベルもお守りとしてつけている。
草原を走る馬の意匠を刻印した銀貨は、東方から流れてきた代物で、それ自体はありふれた古い貨幣にしか見えないが、一部牧畜民の口伝に拠れば、嘘か真か。かつて東方に隆盛を極めた遊牧帝国の遺物とされていた。伝承を信じるか否かは別として、兎も角も、ある種の血の繋がりを持つ牧者や牧童、末裔を自認する遊牧民らにとって、その銀貨は仲間を見分ける一種の標《しるし》として機能している。
兎も角、イザベルの【標《しるし》】を見た少年は反応を示した。袖口の銀貨に目を止めたまま、静止してる。イザベルが、パン、と掌を打つと少年。びくりと反応し、動揺しながらも、服の中から同じ馬の刻印された銀の首飾りを引っ張り出した。 一部遊牧民や牧者に通じる標《しるし》だが、全面的に信用できる代物でもない。ある種の事情通には割れてるだろう。それでも標《しるし》は、身分証の一種で、あまり部外者に分かるように振舞ってはならない。
(わあ。分かり易すぎだぞ、それは不味いって)少年の経験値の浅さに眉を顰めつつ、イザベルは幾つかの指の形と身振り手振り、それに隠語を用いてみたが、少年はそれに対して、鈍いながらも反応を見せた。二の腕には刺青。どうやら、なにかしらの部族の一員であるのは間違いなさそうだが、見るからに未熟な年少者がどうして仲間も連れずに一人と一匹で旅しているのか。イザベルにはとんと見当も付かないが、まあ、人にはそれぞれに事情があるものだ。