リーニー・アルキスの商売は、商会連に名を連ねる大商人たちに比較すれば、実にささやかな規模ではあった。それでも古くからの商家として、アルキス一家の顔は広く、相応の伝手は有していた。
最初の取引から、一か月も経たないうちに2回の取引を重ねた後、氏族からはさらに大規模な注文が舞い込んできた。初回の取引の代金として、アルキス商店が受け取った乳製品や羊毛などもまだ捌けきっておらず、現状、仕入れの代金にも事欠く状況のリーニー・アルキスは、悩んだ末に手に負えないと注文を断ることにした。
アルキス商店と
手数料が勿体ないと、これまで手間を省いてきたが、取引の規模が大きくなるにつれ、リーニー・アルキスは次第に怖気を振い始めた。農家や同業者からの仕入れは現金先出しが多く、仮に氏族から踏み倒されたり、支払いが滞れば、アルキス商店はそれだけで倒産してしまう。百人分の食料や生活物資の総額は、既に相当額に達しつつあった。前払いの対価として高価な染料を用いた絨毯、数頭の羊や山羊、そして高価な駿馬までが
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大交易市の開催中、ズール城門の東西に広がる土地には各地より来訪してきた様々な集団の宿営地が築かれる。祭りのような喧噪や陽気と共に、仮設の町が砂漠の蜃気楼のように短期間に出現するのだ。遠来からの遊牧民に鉱夫団、大規模な隊商や冒険商人の群れ、
赤や青の錦糸に彩られた部族旗や旅団旗、隊商旗が埃っぽい風にはためいている。多彩な形式の天幕が各所に固まり、様々な武装勢力の歩哨たちが宿営地の境界を哨戒していた。黄絹の天幕や木材の仮屋、金属板の頑丈な仮設店舗が連なって即席の通りを形作り、風になびく旗や色彩豊かな宿営地が地平線まで波打っているようにさえ見える。
アルキス商店の幌馬車は、風習も言葉も異なる様々な土地からやってきた人々がごった煮のように行き交う急造の町の大通りをゴトゴトと音を立てながら、ゆっくりと進んでいた。通りの大型建物の幾つかには剣呑な集団が屯しており時折、すれ違う略奪者《レイダー》や奴隷商人と言った危険な人種が値踏みするような冷たい視線を投げかけてくる。
臨時に雇った御者は顔を強張らせ、リーニー・アルキスも緊張してはいたものの、敢えて堂々と振舞いながら近くにいる姪に囁きかけた。「メイア。離れては駄目だよ」低く抑えた声に同行してる姪が無言で頷いた。リーニーはメイアを連れてきた事を半ば、後悔していたが、今さら一人で店に帰す方が危ないだろう。
都市の治安にとって好ましからぬ者たちが多数、屯っているこの一角は、曠野を彷徨う怪物に備えてか、迷路のようにひどく込み入った構造をしていた。町娘が迂闊に踏み込んでしまえば、二度と帰ってこない区画も、繁栄する自由都市に珍しい話ではない。
名もない粗末な衣装の奴隷商が、宿営地の角に止めた馬車の御者台に座りながら、誰とも違う冷たい目をして、只通り過ぎる人々を眺めていた。「……嫌な目でさぁ」雇われ御者が思わず、小さな呟きを洩らした。リーニーも同感だ。通り過ぎても、人を人とも思わぬ人間特有の安っぽい硝子玉のように虚ろな眼差しが、針のようにいつまでも背中に突き刺さって、抜けないような気分に襲われる。
さて、どこの城砦都市であっても大抵、似たような事情を抱えているものだが、自由都市ズールの防壁の外にも、壁内の暮らしに生活費を担えぬ人々が住み着いた貧民街が自然と形作られていた。とは言え、茫漠たる大地には
それでも都市城門に近い古くからの集落ともなれば、まれには天幕や泥の小屋がやがて木造りの家屋となり、粗末な土嚢や木柵の備えも、いつかは丸太の防壁などへと作り替えられることもある。こうなると地区の長が一端の有力者
宿営地の剣呑な町並みを通り過ぎ、約束の場所へと辿り着いてみれば、そこはバシカ地区でもっとも大きな旅籠であった。
旅籠の出入り口付近の通りには、ゆったりとした装束を纏った戦頭のジークとフードを被った見知らぬ男がアルキス商会を迎えに出ていたが、他にも後込め式ライフルを手にした遊牧民たちが四方を警戒するように散らばっていた。伝統的に狩猟や放牧と結びついた遊牧民や牧者、牧童には生来、腕利きの射手が多く、十名を越える後込め式ライフルとなれば、かなり大きな略奪者《レイダー》兵団や無法者《アウトロー》の一党、武装放浪者の一団と言った手合いですら、正面からの衝突は避けようとするほどの恐るべき戦力と見做されている。肉食獣が互いに無駄に争わないのと同じ理由だった。
つまり、例えば、今ここで
「リーニー・アルキス。よく来てくれた」口元に薄い笑みを浮かべたジークが、隣に立つ男を紹介してきた。
「コルだ。氏族の物資管理を取り仕切っている」
「ようこそ、リーニー・アルキス」掠れた声で慇懃に話しかけてきたコルは、手紙で幾度か遣り取りした相手だったが、眼差しは欠片も笑っていない。或いは、早まったかな。とリーニー・アルキスは追い詰められた獣の感覚を自覚した。
有力な外の勢力が自由都市に地歩を築く際、特に有力者と繋がりのない小さな商会や商店の主、あるいは家族丸ごとにある日を境に消息を絶ち、しばらくして何事もなかったように経営者が入れ替わる――そんな出来事も、大都市ズールでは聞かない話ではない。今となっては行動が段階的に誘導された節もあると悟っていた。―――複数回の利のある取引、資金の枯渇と過分な程の支払い、都市機能が飽和しているこの時期での重要な取引先からの招待、街道を封鎖できる遊牧民の戦士たち。そして孤立した宿場町―――足が少しばかり震えた。
一応、一族の末端の者たちが少しばかり店に残ってはいるが、賭博にだらしない者もいれば、歳を重ねてもうだつの上がらぬ者もいる。債務の残った強面の遊牧民が乗り込んできて、あの連中が突っぱねられるだろうか?纏まった金を提示されれば、屋号を売り渡してもおかしくない。足取りがおぼつかないが、もう逃げ道も封じられていた。悪い方に考え過ぎならいいのだけれど。周囲を一度だけ見廻し、次に精一杯の想いを込めて姪を見つめてから、リーニーはため息を吐いて、案内されるままに旅籠に踏み込んでいった。
※※※※
曠野の地は乾いている。時に一杯の水を巡って殺し合いが起きる事すらある。
旅暮らしを送る人々の大半は、概して貧しく、居留地や農村などの住民からは警戒の眼差しで見られる事も多い。時に井戸や畑から水や食べ物を盗む事もあれば、他人の納屋や庇の下で勝手に寝泊まりする時もある。
勿論、住人たちはいい顔をしない。盗まれて困窮する小さな居留地や貧しい土地では、盗みを働かないと言うのが不文律だが、飢えて切羽詰まれば、人間は何でもするし、貧しい人々が一袋の麦を盗んだ盗人を捕まえれば、袋叩きにもする。どうしようもない報復の連鎖から人死が出る事もある。だから、定住民は、余り流れ者を信用しない。
一方で、家畜に天幕、馬車を牽いての遊牧民や牧者らとも、また資源を巡っての軋轢が絶たない。家畜を飼うものらにとって欠かせない牧草地や水場に迂闊に踏み込んでしまえば、知らなかったでは済まされない。
軍隊や警備隊、保安官、傭兵に猟師。それに略奪者《レイダー》や無法者《アウトロー》など闘争を生業とする者らを除けば、曠野人のうちで尤も武装し、戦う術に長けているのは、遊牧民や牧者、牧童たちであろう。かと言って、野に生きる者たちが無闇矢鱈と好戦的な訳でもない。特に牛飼いや豚飼いなど、農村に属しながら家畜を飼う者らも含めれば、もめ事が起きないよう先んじて手を打つのが、長年の知恵と交渉の末に落ち着いた形だった。
だから、各地にある旅人たちの宿営地では、近くの井戸から僅かばかりの水を採る事が許されていたし、猟師や遊牧民、農民、牧者に行商人など、生活習慣の異なる者たちも入り混じって連絡したり、噂話や情報を交換する姿がしばしば見かけられた。旅人たちの宿営地は、天幕と土の小屋、木柵、土嚢といったものがかき集められた土くれの集まりのようにも見える。茶色と灰色の色彩が、幼き日のミリーの記憶だった。主な利用者は、仕事を求めて流離う
時々は、近くの居留地で日雇いや短期の仕事も見つかるし、一握りの貨幣《ペニー》で安い食べ物も買える。例え、濁った鍋の底から掬い取ったドロドロの粥だとしても、野菜や穀物、動物の肉だった事に間違いはない。貧民街《スラム》のように胸糞悪くなる食べ物を見ながら、何だったかを悩む必要もない。
臭くて埃っぽく、水や食べ物にも事欠き、それでも屋根や天幕の下で眠れる程度には安全で、笑って暮らせる程度には安心できた。偶には居留地や農村で身を立てた元
小鳥のように美しい歌を歌う人だったのをミリーはよく覚えている。糞みたいな人生でも、素晴らしくて美しいものに触れることが出来るのだと。その一瞬を心に焼き付けるように。女神が、例え、腹の出た富農の親父に春を売るとしても。偶像だとしても、分け隔てのなく子供たちに向けた笑顔は紛れもなく本物だったのだから。
いつか。いつか、再会するのではないかと。老いさらばえていようとも、長い時を生きられたなら、それは幸いだろう。或いは、因業な人物に成り果てていたとしても、あの瞬間の笑顔は本物で、だから、それだけでも自分は生きていけると思っていた。
だけど、これはあまりに残酷に過ぎた。足を鎖に【貫かれて】檻の中で歌わされている。あの時、伴奏していた弦楽器や打楽器が血痕を残しながら、持ち主たちだけが変わっており、奴隷商人の檻車で悪党どもの好奇の視線に晒されながら、強く美しかった眼差しを針金で縫い付けられた見世物のナイチンゲールが歌っていた。
―――
放浪者《ワンダラー》のミリーにとって、旅の同行者たちの評価はいまだ定まっていなかった。エマ・デイヴィスの事は、少し好きになっていた。ぶっきらぼうで変人だが、根は親切な心根の持ち主なのは、面倒見の良さからも見て取れる。何の得もないのに態々、危険な旅に同行してくれたのも、人生を損得だけで考えていない証拠と思えた。
放浪者の旅と言うのは、ひどく辛くて不安定な代物だった。 靴を履き潰しながら、なんとか生きていけそうな居留地や大きな集落に寄生するようにして糧を得つつ、各地を転々と彷徨い、いつか落ち着ける場所を探し求めている。往々にして生き方も刹那的で、短絡的な考え方に陥りやすいのは、性情と言うよりは知識や教育の欠如から、そうならざるを得なかった結果だった。近視眼的な物ごとの捉え方が、結果として、放浪者《ワンダラー》にとって人生は辛いのが当たり前だ、と言う人生訓を形作っていた。
不安定な時代だ。放浪の民には、飢饉や戦争、災厄や災害によって望まずして放浪を定められた者も少なからずいた。かつて集落や居留地に暮らしていた者が放浪を定められた時、もう一度、一から生活を築き上げる者もいれば、
それでも、ミリーは一応の感謝はしている。何故なら、飢え死や人身売買など珍しくもない時代に、娘が浚われそうになった時、棒切れを振り回して戦ったのは他ならぬリドリーで、
牧者のジーナ・
そして、旅を取り仕切っているマルグリット・モイラ。行商人の【蛇】のマギー。
細かいところまで気が効くし、愛想はよく、金も出してくれる。相場に詳しく、相手の要求を突っぱねるかと思えば、軽々しく感謝もしてみせる。口先も立つし、交渉も実に巧みだ。二、三年で地区指折りの行商人に成り上がったと言う話も、なるほどと思わせてくれるだけの器量は備えていた。エマから警告されてなければ、かつての悪名高い賞金稼ぎ・
そして、マギーとニナは、他の全員をそれとなく警戒しているようだった。そこでやっと気づいた。エマもまた、マギーたちやジーナを警戒しているし、ジーナも、他の全員に目を配っていた。いや――気づいていなかったのは、ミリーだけだった。そして、誰もミリーを警戒していない。多分、最初の頃から、ずっと。武器を持ってないと言う理由だけではなく。
道中も、四人は四方にそれぞれ視線を投げ、ハンドサインを交わしてやり取りしたり、殆んど同時に立ち止って――時おり、ニナとジーナは僅かに遅れたが――窪みや岩陰に身を伏せて、武器を構え、ライフルやクロスボウで牽制射撃を行うことすらあった。ミリーだけは、ただついていくだけで、何一つ気づくこともできなかった。
かと言って、誰もミリーを馬鹿にしなかった。時折は、旅の要訣を教えてくれる。靴の手入れや水の節約の仕方。農民や旅籠、行商人の宿営地での挨拶の仕方や支払うべき相場など。置き去りにもしない。遅れがちな時に歩みを緩め、休憩さえ取ってくれる。
今さら、覚えても何になるだろう、とも思ったが、せめて、真面目に覚えるべきだろうと考えなおし、ミリーは食らい付いた。必死と言うほどではないが、努力は保った。それでのんびりした歩調ながら、三日ほどで自由都市が見える位置まで到着した。
夕暮れも近づいてきた頃、街道沿いには職工団や鉱夫団、遊牧民、隊商などの宿営地が点々と営まれていた。空き地には農民や職人、
マギーとエマ、ジーナは、相談の末に信頼できる、防備の整った旅籠に泊まる事に決め、街道から少しだけ外れて小さな丘の裏側へと廻った。とニナ、エマ、ジーナ・
旅籠の近くの窪んだ空き地。幾つかの天幕に奴隷商人や人狩り特有の檻車まで停車して、車座になった見るからの悪党たちが今まさに宴の最中と言った様相で騒ぎ立てていたからだ。すぐさまにライフルとクロスボウを握りしめながら、引き返そうと後退するマギーやエマたちだが、見かけた旅籠の見張りが火縄銃片手に手を大きく振っていた。
「……大丈夫かなぁ」思いつつも、見張りの大きな手振りに仕方なくマギーたちが足を止めた。用心していれば、そして、人狩りや奴隷商人とて危険ではあるが、都市圏であれば見境なしに振舞う訳でもない。人里近くで、なにかしら共同体に属するだろう行商人や牧者の娘たちを浚うような真似は早々、滅多には起こらないのだ。
「まあ、見るからに人間の屑の見本市だね」とマギーが溜息を洩らした。
「賞金稼ぎに傭兵、武器商人。家畜泥棒の噂のある牧童に密輸に手を染めた自由商人まで入り混じっているよ」と説明しながら「近づいたら駄目だよ、ろくでもない手合いばかりだからね」ニナにお説教をする。
「おお!誰かと思えば、スネイクバイト」マギーを見かけた数人の密輸商人や賞金稼ぎが手を振り、あるいは、胸に帽子をあてて恭しく一礼してきた。
「ちゃうねん」とマギー。
ミリーは無言でマギーから距離を取った。
――――――
旅籠に宿を取った後、マギーは渋々と昔の知り合いたちに顔を出した。エマ・デイヴィスも少し名を知られていたようで、何人かが遠巻きに視線を送り、小さく名を囁いていた。夕暮れの宿営地に火が焚かれる中、各地での屍者の渦や巨大蟻、大規模な蛮族の動静や景気についての話が行き交っている。
「やあ、マギー」と奴隷商人でも、大物なのか。中央近くに坐する青年が絨毯で寛ぎながら、手招きしていた。真横に椅子が置かれる。
「見た顔だな、確かボーゲン。
マギーは上着を一瞬だけ開けて、保安官助手のバッジを晒した。今の所属はポレシャ市だと明確に示しながら、しかし、保安官助手のバッジを見せながら奴隷商人と談笑する――それを誰も咎めない。世も末だ、とミリーは思わずにはいられなかった。みんなが顔を出す中、一人だけ旅籠に残るのもおっかなくて、結局ついてきてしまった。
豚や羊の料理が並べられる中、ミリーは食欲が湧かない。集っている悪党たちは、互いに一目置きながらも、絶えず鋭い警戒の目を交わしていた。はなはだ奇妙な力学が働いているようで、他の悪党の存在こそが、敵対関係にある者たちの休戦を担保しているようにもみえる。宴もたけなわに差し掛かったと見たのか。
女性の唇からは、静かに、しかし胸をえぐるような歌声が漏れ始める。ミリーの心はざわめき、喉の奥が締めつけられるようだ。周囲の客たちは一瞬言葉を失い、次第に不気味な熱気が座を満たしていく。だが、誰一人として表情を崩さず、むしろその歌に聞き入るように目を細めてもいる。
絶句しているミリーの傍らで「酷い事をするね、ボーゲン。商品をこんな扱いすると知れたら、まともな土地は取引お断りするだろうに」マギーが眉を顰めていた。
「いやね。違うんだよ。俺がまともに買った子供たちを逃がしたんだよ、彼女」ボーゲンが首を寄せながら、弁解している。
「確かに俺は子供たちを鉱山に送ろうとしたけど、それで貧しい連中も、残りの家族は冬を越えられたんだよ」哀しげに首を振るいながら、ボーゲンは囁いた。
「真っ当な取引だ。さらった訳でも、買い叩いた訳でもない。それをこの女の一座は、旅芸人の顔をして乗り込んできながら、商品を逃がしたんだ」
「彼女を奴隷市に招いてしまったのは、俺のミスさ。残りの奴隷商人たちに締め上げられること、締め上げられること。残酷に振舞わなきゃ、俺の方が破滅していた」そこでボーゲンは優しげな、そして嬉しそうな微笑みを浮かべて囁いた。
「親たちの殆んどは、逃げた子供らを返しに来た。
俺はちゃんとした金を支払うからだ。他の奴隷商人はいつも買いたたくが、俺の支払いなら、一家が冬を越えられる」
「糞みたいな現実だわ」【蛇】のマギーは、そうぼやいたが、歌に耳を傾けながら、沈黙し、驚いたように溜息を洩らした。ミリーも背筋を伸ばし、震える手を握りしめていた。ミリーにとって、これはただの歌ではなく、魂に深く触れる、追憶の旋律だった。記憶の奥底に封じ込めてきた痛みや過ぎ去った日々が、音とともに鮮明に蘇ってくる。
歌声は時にか細く、しかし、力強くを保ちながら、まるで叫びにも似た悲しみを帯びて、会場の空気を震わせていた。恐ろしくも美しい儀式に宿営地が静まり返っている。
「驚いたか?」隣にいるマギーの反応を見て、ボーゲンは満足げに頷いた。
「10000出すと言った商人もいたが、断った」ドレスの女性を見つめながら、「俺のナイチンゲールだ。俺だけのな」
ミリーの胸の奥に冷たい哀しみが流れた。逃げ出したい気持ちと、見届けねばならぬ責任感が交錯する。歌声に引き寄せられながらも、ミリーは目を閉じて胸の痛みを押し殺すように耐え続けた。