黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_58O 仕事を探そう

 都市防壁西門の外には、曠野の地で見かけるのは非常に稀な車両までが訪れていた。改造され、廃車のパーツで補修された何台かの車両が都市に近い街道の外れに並んで駐車している。サビだらけの車体からは、あちこちに漏れたオイルの痕跡が見えるが、運転手たちは街道沿いの村人たちが物珍しげに観察するのを気にした様子もなく、誇らしげに重量のある機銃を誇示し、或いは車両を大切そうに磨いていた。

 

 ガソリンは高価かつ貴重で、中には石炭やエタノールを動力とする車両もあったが、それでも都市から北へと伸びる西街道沿いに中小のトラックが停車し、牽かれる荷台車両《トレーラー》や居住用車両《キャンピング・カー》から人が出入りしていた。

 他にも馬車や牛車なども数百台と連なって停泊している様相は、旅人たちが思わず目を瞠るほどに忘れがたい雄大な印象深さを与えてくれる。黄昏の時代(トワイライトエイジ)を生きる人々にとって二十年ごとの大交易市は、けして短い期間ではない。或いは、一生に一度となる祭典を息を呑んで魅入っている人々も少なからずいたに違いない。

 

 大型天幕の柱には、誰もが一度は耳にしたことがあるような高名なレンジャー隊や冒険商人の隊商(キャラバン)。それに伝説的なテックハンターの旗印が力強く翻っている。遠来の地から態々、訪れた名高い商会や徒党も噂ほどの規模は大きくはない。或いは、本隊ではなく、先遣隊や一部分遣隊のみが訪れたのだろうか。それでも数十年に一度の大家畜市。目ぼしい掘り出し物を求め、代理人や構成員を送り込んできている大手組織も多かった。もっと格の落ちる徒党や団体の天幕ともなれば、もはや数え切ることも出来ない。連盟《ギルド》やら結社《クラン》やら名乗っている傭兵や探検家の徒党もいれば、隊商とも鉱夫団とも付かない食う為に何でもやる浪人党――冒険者《アドベンチャラー》とも呼ばれる胡散臭い集団も混ざっていたが、屈強な戦闘員の男女だけでなく技術奴隷《テクノスレイヴ》やら料理人やらが木陰で輪になって駄弁っており、元気極まる構成員の子供らの姿もあって、農民や市民の子らと喧嘩したり、或いは打ち解けて遊んでいた。

 

 都市の西門では取引に出るために改良されたトラックやバギーが頻繁に出入りしている。数日に一、二台見かければ多いといった頻度であるが、それでも黄昏の世(トワイライトエイジ)には稀な車両がこれほどの数、集まっている光景を見られるのは一種の壮観であった。或いは、文明の残滓が奏でるひとつの残響だったかも知れない。

 

 整然と区分けされた大規模宿営地は、もはや一つの町と言っても過言ではない規模まで拡張され、煉瓦や木材、漆喰の他、必要とされる食料や飲料水、光源の薪やランタン油、そして布やトイレットペーパーに至るまで衛生用品も膨大な量を運び込むため、絶えず大人数の人夫や荷物運びが雇用されて日々、自由都市と宿営地を行き来していた。

 

「ウーちゃん、可愛い、可愛い」イザベル・ミラーは囁きながら、任された馬の肢体をブラシで丁寧に毛づくろいしていた。動物に語り掛ける時は何時も饒舌になる。馬のウーちゃんは、気持ちよさそうに喉をぶるると鳴らし、やがて満足げに嘶いた。イザベルもそれを見て、ふぃひ、と楽しげに笑った。北西の大規模宿営地で仕事が見つかったのは、幸運であっただろう。高価な駿馬の馬丁にすんなり雇用されたのも、名のある遊牧民の長からの紹介状と、身分証を兼ねた銀のメダリオンが効力を発揮したに違いない。

 

 その幸運をどこまで認識しているのか。イザベルに同行するガイ少年とサドラン牛のグーも同じ宿営地で雇われていたが、此方は荷運び係に割り振られていた。キャンプ地設営と維持の為の物資に薪、食料品などの補充品を都市から雇われ人夫たちと一緒に運んでいる。牛飼いである分、他の人夫よりも比較的恵まれた賃金を与えられているのだが、少年自身はやや不満そうだった。

 

 その日の夕方、食べ物の屋台が並んだ広場の片隅では、旅隊の下働きや雇われ労務者、駆け出しの丁稚や徒弟たちが、配給された粥や安い肉を掻き込んでいた。

「なぜ、姐さんが馬丁で、俺が荷運びなんだい?」ベンチに並んで腰かけたところで、ガイ少年が顔をしかめて唸った。荷運びは馬丁に比べて賃金がやや低い上、仕事のない日もあって、受け取る金に大分、差が出ていた。家族の為に纏まった金が必要な少年にしてみれば、焦る気持ちもあるのだろう。それでも給料の遅配もなければ、先輩などによるピンハネもない。自前の牛を持っている分、他の人夫よりも随分と割がいい稼ぎになっているはずなのだ。イザベル・ミラーは牧者の家系で、幼い頃から牛馬の世話にかけては叩き込まれてきた。仮にも手に職付けた専門職と単純作業の賃金を同列には並べられないが、そう年頃の変わらない、しかも、一緒にやってきた娘っ子のイザベルが多めの賃金を受け取っているのが、ガイ少年にはどうにも納得いかないのかも知れない。

 

 大振りの遊牧民銀貨を掌のうちで弄びながら、イザベル・ミラーは青く晴れた空を見上げた。「あー、うー」と声を出してみる。特に意味はない。今のズール市には膨大な物と金が集まっている。正直な働き者にとっては稼ぎ時で、仕事に困ることはない。資金の足しになれば御の字と働いているイザベルだが、別にガイ少年と行動を共にしなくてもいいのだ。

 

 順調に稼げてはいるが、本来はサドラン牛を調達する為に大家畜市を訪れたのだから、イザベル一人なら何時、仕事を止めてもいい。しかし、困ったことに金の集まるところには、家畜の糞にたかる蠅のように詐欺師や山師の類も集まってくるのだ。

 サドラン牛の高価なことは広く知られており、物知らぬ田舎の少年から口先で牛一匹巻き上げる程度、朝飯前のズルい大人が都市にはうようよしてる。このやや年下の朴訥な少年を一人にした時、どんな末路を辿るかは火を見るよりも明らかで、放置するのは、イザベルにはどうにもゾッとしなかったのである。

 

 最初に都市内で仕事を探した時、一緒に運搬の仕事をしようとガイ少年に声を掛けたのは、壮年に差し掛かった親切そうな馬借団の頭目だった。はしゃいでいる少年に、念の為に契約書をよく見せてもらえば、損害が出た時には割り勘で、少年のサドラン牛のグーちゃんが担保に入れられそうになっていた。ほんの少しの名目上の損害を出したら、合法的にグーちゃんを奪われるところだった。

 

 同席したイザベルが条項について詰めれば、中年男は「それならもういい」と鼻を鳴らし、「信じたい相手を信じていればいい」と契約書を持って立ち去った。イザベルからすれば、詐欺師の逃げ口上として常套手段だが、どうにもガイ少年。折角の出会いを台無しにされたと思い込んでる節があって、その一件でイザベルに不信感を覚えたようだ。イザベルちゃんは要点を説明してやった。損害は双方で被る事、牛を担保に入れること。俗にいう共謀破産のやり方で、よくある型の嵌め方だ。海千山千な馬借の親方衆ともなれば、犯罪を侵さずに他人の財産を掠めるくらいのしたたか者だって混ざっている。

 

 弁護士とは言わずとも、年長の牧者なりと周囲の然るべき大人に相談して意見を聞いてみろと諭してやれば、よりにもよって近くの少年少女やうだつの上がらない不平屋の労務者などと愚痴をこぼし合い、さらに不信感を募らせて戻ってきた。

「あほ!ばか!間抜け!田舎のどん百姓!もう知らない!」さすがに感情を爆発させたイザベルが突き放したら、今度はいきなり旅隊の偉い人に相談しにいって肝を冷やしたが、丁寧に道理を説明してもらったらしく、機嫌を直して、まともな大人に相談してよかったなどと呑気な顔で笑ってやがる。百人規模の隊商《キャラバン》主なんて普通、雇われの小僧がいきなり話しかけて良い相手じゃないんだ。 まあ、隊商主がいい人でよかったけど、次もそうとは限らないんだぞ、ほんとにもう――。と途方にくれた。

 

 それからも少年少女から一緒に馬借党を結成しようと誘われる。なお、牛持ちはガイ少年一人の模様とか。胡散臭い二人組がグーちゃんを借りようとやってきて、小銭だけで強引に持ち去ろうとしたのは、流石に教育の甲斐があって断ったり、回避できたが、しかし、イザベルも何故、自分が面倒を見なければならんのだと思わないでもなかった。

 

 (こいつ、恩知らずなのかな?)イザベル・ミラーの胡乱な目つきに気づいたか、ガイ少年。流石に手を振って言い訳を口にした「姐さんを軽んじてる訳じゃないんだ。ただ、俺ももっといい仕事を廻して欲しいな、と」問題は、ガイ少年に後ろがない事だ。田舎のちっぽけな集落からやってきた少年には、後ろ盾も、仲間もいない。

 

 例えば、誰かがイザベルを殺害したとする。ミラーの血に連なる者は忘れない。数年でも、数十年でも延々と覚えていて、ふとした拍子に下手人が割れた際、可能であれば報復する。つまり、名のある家系を手に掛けることは、これから先の人生で、ずっと復讐者に備えなければならない。奴隷にされても、遠い地で思わぬ縁者に出会って解放されるかも知れない。浚ったものやその縁者に数年、数十年後の報復が降りかかる事もある。勿論、全員ではないが、実際に無視できない程度には執念深く報復の影が付き纏う。それが血族の力で、名のある家系ほどに如実に恐れられる曠野の掟の一端だった。

 

 これはイザベルの話で、世の中には様々な力や支えのあり方が存在しているのだが、ガイ少年には何もない。地元でもなく、仲間もいない。社会的地位も無ければ、いずれかの共同体や同胞団、結社にも属していない。富も武力もない。有力な友人もいなければ、親戚もいない。企業に就職しておらず、職業的な組合《ギルド》にも加入していない。議会に税も払っておらず、寺院や教会の信徒でもない。貴族と庇護と奉仕の契約を結んでいる訳でもない。つまりは、相互扶助の網から悉く外れている。

 田舎から出てきた孤立した少年が価値のある牛を持っている。無法な土地だったら、とっくに背中にナイフを突き立てられていたところだ。

 

 自由都市ズールは、司法が一応の機能をしているし、都市北西の一帯の区画は、特に富裕で評判のいい隊商や鉱夫団、遊牧民らに割り当てられた宿営地となっている。

 紹介状のお陰もあって庇護も受けてる自由労働者にとって、安全かつそこそこに稼げる北西宿営地で足りないのであれば、それはどうしようもないね、とイザベルは嘆息した。

 

 大交易市の好景気に沸いている最中、より稼げる仕事もそれは探せば見つかるだろうが、他の区画の治安はそれほどよろしくない。具体的に何処《どこ》の地区が云々《うんぬん》とはイザベルちゃんも知らないが、札付きの不良や破落戸に追い剥ぎも出没し、略奪者《レイダー》や奴隷商人《スレイバー》の徒党なども、大手の構成員は敢えて都市内で問題は起こすまいが、しかし、今現在のズールには、明日のない無宿者《ノークォーター》や破落戸、ならず者の類だって金の匂いに釣られて求めて入り込んでいる。そして、仲間がいない分、自由労働者の少年は、渡り人(オーキー)や放浪民《ワンダラー》の徒党、或いは浮浪者《ホーボー》団よりもずっと不安定な立場に置かれている。流れ者でも曲がりなりにも徒党に属していれば、一定の抑止力や交渉力、逃げ道があるが、単独の少年少女は、搾取や暴力の対象になりやすい。そして孤立した狭い土地で育った人々は、しばしば、大勢の人間の欲望が渦巻く都市において、他者の欲望に無防備を晒して、餌食となりやすいのだった。

 

 イザベルは生来の親切な性分に己の考えを整理する為の訓練として、ガイ少年に貴様は狩られやすい立場なのだぞ、と言って聞かせた。それでも思うところがあるなら、好きにすればいい、と突き放してもいる。もしかしたら案外、上手くやるかも知れない。

 しかし、少年。流石に都合の良すぎる要望と悟ったのか。残念そうにため息をついてから、イザベルの忠告に礼を言ってきた。ここら辺、調教が効いて当初の未熟な不用心から大分、マシになってきている。

(牛を奪われない程度に治安のよろしい地区で長期、かつ安定した仕事?そんなん誰だって欲しいわな)イザベルちゃんは鼻を鳴らした。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あるよ」ポレシャ公邸のロビーでマギーはあっさりと頷いた。

「……はい?」とイザベルが首を傾げる。

「……君の牛かな?」撫でながら、マギーが尋ねる。

 ガイはこくんと「おれが育てた」

「治安のいい場所で、サドラン牛と一緒に働く長期雇用で賃金の未払いもない仕事だよね?」マギーが尋ねた。

「治安のいい場所で、サドラン牛と一緒に働く長期雇用で賃金の未払いもない仕事です」イザベルは要求を繰り返した。

 

「三年ほど前、ポレシャ市が巨大蟻に襲われた話は知ってる?」とマギーが尋ねる。

 ガイ少年は首を横に振った。かなり有名な話なのに、こいつ何も知らんな。とイザベルは思った。

「その時に随分と役畜を失ってしまってね。今は、あの時よりも防備に力を入れているけど。買い足したいと考えている。ああ、勿論、貸し出しでもいいんだ」マギーは手元のノートを開くと、メモに雇用条件を書いて差し出した。

「条件にも拠るけど、これくらい」

「こんなに?」とガイ少年。

「ポレシャで募集してる公営農地を耕耘する公募がそのままだから、行ってみたらどうかな?賃金は日雇いより落ちると思うけど長期雇用だし、牛も持っている。ミラー一家の紹介なら、採用されると思うけど」マギーの返答に、イザベルは「……どうするよ?」とガイ少年に一瞥をくれた。

 

 【牧者の娘】イザベル・ミラーがポレシャ公邸へと赴いたのは、同郷の牧者や行商人らが集まって情報を交換する場へと顔を出せば、何かしらの妙案も浮かぶのではないかとの存念からだった。行商人マギーは、ポレシャ市下層地区で大物と言うほどではないにしろ、多少は名の通った人物で、なによりもズール市の事情によく通じていた。長く自由都市で活動しており、かつては傭兵であった。いや、賞金稼ぎであったとやや剣呑な風聞が付き纏う人物ではあったものの、世情に通じた事情通であることは間違いない。祖父の友人マカロヴァ老からは、何かあったらおいらの名前を出して頼っておけと言い含められていた。

 

 公館ロビーの日陰で、人々は強烈な日差しを避けて、お茶や珈琲を啜りながらゆっくりと午後を過ごしていた。特に屋外では日焼け避けの上着を着ているため、 初夏でもとりわけの熱気に男も女も室内では薄着で過ごしている。件のマギーもそこで氷の入ったお茶を飲みながら、書類の束を捲っては何かしらを書き込んだり、計算したりと書類仕事を行っていた。

 

 イザベル・ミラーがマギーと出会ったのは今回で二度目。初めて会った時には、案内人として雇用しようとしたものの先約があったので、二、三の言葉を交わしただけで断られている。今回は顔見知りの牧者らと世間話をしていたところ偶々、他の牧者に用件のあったマギーと顔を合わせた。ズール市にも顔の広いマギーであれば、何かしらの仕事の有無は知らぬかと尋ねてみたところ、ポレシャに帰ればよいと忠告を受けたのだった。

 

 決めるのはガイ少年だが、ポレシャ市は、自由都市ズールとの往来にやや時間のかかる居留地であった。直線的距離とすれば間近と言っていいが、丘陵地帯が二つの市の間を阻んでいる。ガイ少年のやってきた農場がそもそもズール都から随分と離れた西の土地なのだから、さらに離れたポレシャ市には仕事があるとしても行きたがるまいとイザベルは説明する。

「そういう訳で、もっと身近な場所での仕事でないと、こいつ。故郷に仕送りもしないといけないし」イザベル・ミラーが理路整然と説明して断ろうとした時、ガイ少年がやや焦った口調で口を挟んできた。

「お、俺はポレシャ市に行くよ!」声高な叫びに、イザベルは首を傾げた。

 しばし沈黙の後「……はい?」イザベルが懇々と道理を説明して、世話してやった北西区画での仕事にあれほど渋い顔しておきながら、ガイめはマギーの話には嬉々として返答してやがった。

「お姉さんが勧めてくれたんだし、家族養わないとで……試してみます」ガイ少年は、薄着のマギーの豊満な胸部をチラチラと見ながらも、今までにない熱心な口調で言った。

「そう、やりたいことに合った場所が見つかるのは、素晴らしい幸運だから。頑張ってね」牛の世話をしつつ、貸し出す形で稼ぎたいなら悪くない筈、とマギーが微笑みを浮かべる。

「は、はい」頬を赤らめて返答するガイ少年を冷ややかな視線で睨み「……どういうつもりだ。貴様?」露骨に対応を変えられ、イザベル・ミラーは面白くなさそうな口調で、少年の膝をつま先で軽く蹴った。少し涙目だった。

 

 

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