黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_58S ルガリエ

 【蛇】こと、行商人のマギーは色々と顔が広い人物のようだった。元賞金稼ぎだの、壊滅した冒険商人の一員だったなど、いささか剣呑な風評に事欠かない人物だがかなりの歳月を自由都市ズールで過ごしたには違いなく、界隈の人間関係や諸事情によく精通しているとの評判を保っている。大家畜市の開催中、ポレシャ市からも少なからぬ数の行商人や牧者、職人などが自由都市ズールへと赴いたのだが、慣れぬ土地において支障を来たさずに仕事を得たり、契約を結ぶには、やはり信頼できる代理人や案内人たちの助力が欲しい所であった。

 

 案内人も複数いるが鍛冶屋であったり、或いは法律家などと各人が得意とする分野が異なっていたし、なにより来訪しているポレシャ人に比較して僅かな数しかいなかったので、縁のある知己に面倒を見てもらうのが当たり前であった。嫌なら、大金を出して、専業の都市案内人でも代理人でも雇えばよろしいという事になる。

 

 【リドリーの娘】ミリーは、どうにもマギーを好きになれなかったが、案内人はほぼ親切心でのボランティアで、こいつが嫌だ。あいつが嫌だ、などの贅沢を言える身分でもなかったし、なにより牧者のエマ・デイヴィスとジーナ・(クレイ)がそれなりに貴重な紙薬莢弾を他所の土地で補充するのに、武器商人との伝手を持つマギーが最適であるのは間違いない。

 

 マギーが面倒見のいい性質なのは間違いないようで、銃弾を消費したと愚痴っていた【牧者の娘】イザベル・ミラーと、武器商人を探していた銃士ルーク・アンダーソンにも声を掛けていた。相場の説明や手に入る数についてもきっちり説明してから、曲がりなりにも名のある工房で纏まった数の紙薬莢を購入できる手筈を整えたのは、元賞金稼ぎにとって蛇の道は蛇、と言う奴だろうか。確かにポレシャの保安官事務所が紹介してくれただけの手腕はあった。

 

 そうしてポレシャ人一行は、ルガリエ地区へと赴くことになった。本来、ミリーが付いて行く理由もなかったのだけれど、知り合い一人いない城砦都市でミリーにとって頼りになる相手はエマだけだった。ジーナ・(クレイ)は、何を考えているか分からず、【蛇】のマギーは恐い。依存心が多いのは自覚しているが、それでも多少なりとも助けてくれそうな二人とエマまでが赴くのであれば、ミリーにとっては三人の傍らにいる方が安心できたのだ。

 

 

 

――

 

 

 

 エマ・デイヴィスは、同行者で一番良い装備をしているが、金だけあっても調達できる伝手がないと中々に良い弾薬は入手できないそうだ。一応、そこら辺の屋台や露店でも紙弾薬や金属薬莢の弾薬を購入できないことはないが、殆んどがよく分からない職工・職人による再生弾薬や手工業での品などで到底、信用できる品質ではない。性質の悪い廃墟漁り(スカベンジャー)となると、古戦場で拾った弾薬をそのままに転売したりもする。威力の低下や不発弾はまだいい方で暴発したり、薬品を間違えた為の連鎖発射《チェーンファイア》や爆発なども起こり得るそうだ。名のある職人や工房とは言わないでも最低限、店舗を構えた職人製の弾薬が望ましかった。

 

 ズールの外郭地区ルガリエは、比較的に安価で実用的な武器が販売されている区域として知られている。自由都市の武器工房で検品を通らなかった品や、他所からの密輸品が売られているのも公然の秘密であったが、それは同時に自由都市内の密輸同盟や職人ギルドの根が深く張っていることも意味していた。つまり、一見、無法地帯に見えるルガリエの実態は、自由都市の有力な勢力の草刈り場に過ぎず、ぽっと出の他所者たちが、売春宿や賭博場、酒場の一つ二つを所有することくらいは見逃しても、地区そのものを仕切って都市に反抗しうる力を蓄えるなど有力者たちは微塵も許容するつもりはなかったのだ。

 

 時折、勘違いしてルガリエ地区に勢力を伸ばそうと暴れ回る者らも出るのだが、大抵は途中で鼻をへし折られて大人しくなるか、逃げ出すか、破滅するかの三択であった。ズール門外に吊るされた鉄の鳥籠に数年、閉じ込められている裸の美しい男女は、外部からやってきた野心的な徒党の領袖であり、ルガリエを支配しようと暴れ回ったが、密輸同盟の長く巧妙な手によって、最後には人畜として飼育される顛末へと陥った。主だった部下たちの首は、街道筋に並べられ、完全に腐り果てるまで晒されたそうだ。これらの恐ろしい末路は、外部勢力への警告も兼ねているのであろうが、しかし、都市に野心を抱きながら、敗れ去った者たちのあり触れた結末でもあった。

 

 

 ルガリエ地区の案内人を買って出たマギーの陰惨な裏話を聞いてるだけで、ミリーは下腹部が痛くなってきた。近づく程に反吐の出そうな匂いが漂う囚人たちの傍らで、「御覧ください、こちらが囚人で御座います」と淡々と説明する【蛇】。なにが壺に嵌まったのか不明だが、ミリーと年の近いイザベル・ミラーと【蛇】の徒弟であるニナは、マギーの解説にゲラゲラ笑ったり、目を輝かせて聞き入っていた。ジーナ・(クレイ)はいつも通り、聞いているのかいないのか茫洋と周囲を眺めている。それがジーナ流の警戒態勢なのだとは、ようやくミリーも悟りつつあった。寡黙なルーク・アンダーソンは肩を竦めたきり、陰気に沈黙を守っているが、やはり視線をさり気なく周囲に走らせている。エマ・デイヴィスだけは、顔を青ざめさせたミリーを気遣うよう肩を引き寄せてくれた。しゅき。

 

 窃盗やスリ、器物破壊に悪戯など軽犯罪によって拘束刑を受けてるだけの囚人なども他にいて、広場や門前で見せしめのように晒されている。

 木製の晒し台に手足と首を拘束され、身動きできない囚人らに石や汚物を投げたり、悪口雑言を投げかける悪童らもいて、中には渡り人(オーキー)や浮浪児ではなく、身なりのいい市民やら商人の子弟と思しき一党もいるのが世も末だとミリーには思えてくる。槍とクロスボウを持った番人たちも傍らで見張っているが、基本的には干渉してこない。

 

「……小娘ども、水を寄越せぇ」鉄籠のひとつから呻くように声が飛んだが、罪状は盗賊団として、終身刑と記されていた。外にいた時は幾ら強面でも、もう二度と出られない連中なんて恐くはない。いや、無理。ミリーは震え上がったが、鉄の籠に閉じ込められた囚人を目の前に、ニナとイザベルは、互いに目を合わせて笑うと、わざと音を立てて水を飲み、腐った野菜を放りつけ、囚人たちの目の前で揶揄うようにくるくると踊ったりし始めた。頭おかしい。囚人を揶揄っているニナとイザベルが、良い身なりをしているからか。見張りと思しき槍を持った番人はちらと一瞥したきり、手も口もはさんで来ない。完全に調子に乗ってる二人は、悪餓鬼そのもので整った顔立ちも嗜虐的な笑顔に意地悪そうに歪んでいる。

 

 とは言え、ニナやイザベルにも、二人なりの言い分がある……ようだ。二人の生業は、行商人といい、牧者といい、曠野を旅して稼ぐ稼業であるから、盗賊と銃撃戦を行った経験もあれば、金や家畜を奪われた日もあるのだろう。

「これはおまいらに食べられた羊のメメちゃんの分!」「四千都市通貨、今すぐに返せよぅ!」「撃ち殺されたシェパードのギイちゃんの分!」言いながら腐ったトマトやオレンジを盗賊に投げつけている二人の姿から、ミリーは思わず視線を逸らした。それでも、理知的と思えた二人の底意地の悪い姿を見たくはなかったな、とは思った。或いは、苦痛だけは人並みに味わっていても、努力の経験は薄いミリーには、積み重ねた成果を理不尽に奪われた怒りが理解できなかったのかも知れない。

 

 

 

 ズール市の城門から、ルガリエの大穴《ザ・ホール》へと至る街道の途中、馬車や天幕の周囲に散らばったバサラ者めいた派手な装束の一団が、ラジオで音曲を大音響で鳴らしながら、天幕で酒を酌み交わしていた。ランツクネヒト―――弾丸の供給の不安定さからマスケット銃や弓、弩を主力とする廉価な傭兵の呼称だが、その戦術眼と練度、大胆不敵な気性で知られる兵団は、各地で恐れられること甚だしく、鉄の盾に装甲馬車《ウォーワゴン》までを揃えた数の圧力は、しばしば装備で勝る隊商の護衛や盗賊団、略奪者《レイダー》や居留地の警備隊さえも打ち破って餌食としている。

 

 もちろん、より優れた装備を持つ傭兵や軍隊は存在するが、ランツクネヒトの古式装備は数を揃えやすく、簡単な訓練と規律で新たな隊員を募集しやすい。そして優れた兵士や武装が補い難い―――例えば、蒸気騎士などが顕著だが、高価かつ貴重な蒸気甲冑は訓練を必要とし、整備技師や随伴の従者を必要とするのに対して、数の多い兵士を活かせる指揮官の下、それなりの練度を持つ者が採用されるランツクネヒトは、すぐに欠員を埋めて戦場に復帰してくるのだ。もっとも、曠野の人口の希薄さとランツクネヒトの死傷率の高さから現状、両者の戦場での評価は、拮抗するか、やや蒸気騎士の有利に傾いてはいるが。

 

 傍若無人が性分のランツクネヒトとは言え、アサルトライフルを携えたズール警備隊の目が届く場所では、大人しく振舞っているようだが、それでも文化的先祖たちと同じく、色取り取りの衣装を纏い、商売女たちと派手に騒いでいる。裂き目(スラッシュ)を敢えて刻んだ赤や黄色、青の派手な衣装に膨らんだズボン、水鳥の羽根を差したフェルト帽を被り、鍛えた肉体を派手に誇示している姿は、十六世紀の先祖に酷似している。若い娘が傍を通るのであれば、気を抜くことさえ出来ない。或いは、自由都市が警備の補助に雇用したのかも知れないが。油断すれば、雇い主にさえ、牙を剥きかねない危険な存在がランツクネヒトだ。貧しげなよそ者の娘であれば、躊躇なく裏手に引きずり込んで、所有物にしてしまいかねない。

 

 ランツクネヒト共の野営地を通り抜けると、次の天幕には黒い髑髏や赤い稲妻を意匠した幾つかの異なる旗が翻っている。此方も負けず劣らず、危険な存在。都市と停戦協定を結んでいる略奪者《レイダー》徒党の野営地だった。焚火の煙が立ち昇り、獰猛そうな面構えの大型犬たちが柵の周囲を徘徊していた。曠野の宿営地や辺土の砦であれば、死体が転がっていても違和感のない光景だが、しかし、大交易市で交わされた休戦協定だけは、互いに守らなければ他の勢力からの信頼を損ねると言う理由で、略奪者《レイダー》ですらも、大人しく振舞っているようだった。あくまで略奪者なりの基準ではあるようだったが。

 

 略奪者《レイダー》共の方が武装においては勝っているが、ランツクネヒトどもは数が多く、凶暴さでは引けを取らない。互いに警戒し合う危険な二陣営の中間。隣り合う宿営地には、合法の人買いや奴隷商人たちのキャンプが作られていた。自由都市ズールでは、奴隷を売買する自由も保障されているのだ。盗賊やランツクネヒト、略奪者《レイダー》らの虜囚の中には、身代金を期待できる者もいる。そうした者たちと仲介業者が交渉する姿が見える一方で、哀れな土着農民や廃墟生活者の家族、浮浪者《ホーボー》や渡り人(オーキー)と言った放浪者の若い男女が鎖で繋がれ、客たちの前で値踏みされていた。もちろん、彼らは都市圏や有力な大型居留地に属さない、小さな集落の住人や放浪民、それに廃墟生活者らに違いなかった。

 

 

 奴隷商人の中には、商品もろくに洗ってない者たちもいて、奴隷を浚ってでも調達する役目を持った下っ端だろう。見張りを押し付けられているようだ。一角に集められた木柵の囲いからは、垢と体臭の入り混じった凄まじい悪臭が漂ってきており、通りがかった者たちの顔を顰めさせていた。勿論、競りに出す前には奴隷を洗うのだが、普段を汚れたまま過ごさせているのは、万が一、逃げられた時に都市の住人たちに助けの手を差し伸べさせない為であろう。

 

 滑稽な話だが、略奪者やランツクネヒト、奴隷商人らの三者は、お互いにお互いを恐れているのだろう。境界沿いに見張りが多めに置いていた。時折、恐いもの見たさか。或いは、非合法の奴隷を入手する為か。小金を持った市民と思しき一団が、奴隷商人の天幕をこそこそと訪れている姿も目に入ってくる。

 

 非合法の奴隷を買い求めにきた市民たちには、美形のニナやイザベルを値踏みするように露骨に好色な視線を向ける中年や壮年の男らだけでなく、女性や子供まで混ざっていて、品のいい貴婦人が一瞬で下卑た表情へと変貌した時には、驚愕と恐怖で気絶しそうになった。(わぁ、ポレシャに帰りたくなってきたぞぅ)

 イザベルなどは、喉を掻っ切ってやると親指で下品なサインを不埒者に返しているが、ミリーには到底、無理だ。幸いと言うべきか。旅塵にまみれたミリーに目を止めるものは余りおらず、良識ある大人バリア――別名エマ・デイヴィスの背後に小さくなって好色な視線をやり過ごし続けた。何がいいのか。それでも、偶にはミリーを凝視して舌なめずりする奴隷商と思しき人影もいて(私は……大丈夫。大丈夫だよぅ)と震えながらついて行った。この時ばかりは、放浪民の襤褸布から、まともな服へ替えておいたのを少しばかり後悔した。いずれにしても、都会は都会で狂ってるわとミリーは思う。

 

「浚われたらお終いだからね……ミリー。離れないで」とエマ・デイヴィスが集団の中心へミリーを引き入れた。優しい。ニナとイザベル・ミラー、ジーナ・(クレイ)など年齢の近い三人も警戒した様子で散開している。

 傍から見れば、如何にも手強そうな牧者の一団――ほぼ全員が後込め式ライフルか、最低でも小型クロスボウを持っている。革鎧に一部、鉄板を張り付けた【蛇】のマギーやライフルを構えたルーク・アンダーソンの精悍さも相まって、実際に手出ししてくる連中はいなかったものの、街道をすれ違った渡り人(オーキー)や旅人の一団には、緊張した面持ちで低く抑えた声で女子供に警告している大人たちの姿も見かけて、都市圏でさえ努々、油断が禁物なのだと教えてくれる。

 

 途中、壁際に屯してた奴隷商の徒弟らしき数人の若者がニナを見て口笛を吹き、3000。イザベルには、2600などと数字を付けておきながら、ミリーに400と呟かれた時には、「なんの数字だよ……」と、なんとも言い難い感情が押し寄せてきたものだが、兎に角も、剣呑な街道の一帯を通り過ぎれば、前方に『大穴《ホール》』と呼称されたルガリエ地区が見えてきた。

 

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 

 今となっては大型爆弾の爆心地か、採掘場跡かも分からず、底も知れない深く巨大な穴が、往古の時代より自由都市ズールの東側にぽっかりと口を開けていた。

 

 大地に刻まれた傷跡のような空洞の縁には、小さな建物がわちゃわちゃと張りつくように広がっていた。一部は都市の市街地と混ざり合い、また一部は、廃市街に溶け込んでいる地区は、何時しかルガリエと呼ばれる居住区となっていた。住人には他所からの追放者やら放浪者もいれば、都市から零れ落ちた職工や零細商人も住み着いており、鍛冶職人の作ったナイフや小型クロスボウから各種マスケット、横流しされた正規品のライフルまでが手に入るいささか後ろ暗い町として知れ渡っている。

 

 

 他所から訪れる顧客も一筋縄ではいかない部類の連中が目立つほどに出入りしていた。喧嘩っ早い鉱夫団や用心深い冒険商人らの装甲馬車が往来し、荒くれものの野伏せりや武器商人らが天幕で屯っている傍ら。工房の軒先では傭兵団の代理人が怪しげな書類を取り交わし、陰気な密輸業者と騒々しい遊牧民、牧者衆が酒場の物陰でこそこそと耳打ちしたり、怪しげな取引を行っている。剣呑な視線や、牽制の身振り手振りが行き交っており、地元で幅を利かせる無宿者《ノークォーター》なども、ルガリエでは小さくなってこそこそと路傍を歩く始末であった。

 

 遊牧氏族の一行は、街を歩きながら興味深げに視線を走らせた。

「なんとも凄い……しかし、奇妙な街ですな。ルガリエと言うところは……」コルの感慨深そうな言に、案内人を兼ねて同行しているメイア・アルキスが頷きながら、「一つだけ……この町では揉め事は禁物です」慎重そうな口ぶりの忠告に、コルは静かに肯いた。

「……ある種の中立条約が?」後ろを歩いていたルキウス・カッシウスの質問に対して「半ば、暗黙の了解ですが」とメイア・アルキスは少し迷ってから頷くと「都市軍の顔に泥を塗るような事はしないでください。彼らは顔に泥を塗られるのを嫌います」忠告してきた。

 

 頑丈そうな建物が不規則に並んだ奇怪な町並みを歩き続けるうちに、少なからず他の遊牧氏族や傭兵団、或いは名だたる廃墟探索者《ルインハンター》のような強力な武装徒党も、幾度かは遠目に見かけられた。

 コルの一行も五、六名の護衛は付けているが万が一、揉め事になったら到底、守り切れまい。とは言え、古くから不仲や宿敵と噂される集団を見かけても、ルガリエではいがみ合う様子はみせず、精々が睨み合うだけで済ませている。恐らく、組織間の間になにかしらの休戦協定でも敷かれているのだと薄々、推測している。

 

 『大地の子(サンズ・オブ・アトラス)』一同は、弾薬の補充の為に幾度となくルガリエを訪れている。バシカ地区に巣食っていた無宿人たちは中々に手強い相手であったので、『大地の子(サンズ・オブ・アトラス)』の側も少なからず弾薬を損耗していた。幾度となく戦闘を重ねれば、銃本体も銃身や撃針なども摩耗して部品交換や買い替えが必要となるし、白兵戦においては、刀身や鎧などが痛むのも避けられない。

 円弾《ラウンドボール》と黒色火薬、或いはミニエー弾と言った初期的な弾薬であれば、そこら辺の工房でも買い求められないことも無いが、しかし、紙薬莢と言うのは、中々に複雑な工程を必要とする工業製品で、一介の職人や遊牧氏族に自作は難しくなるし、百発単位となれば、ルガリエ地区でも右から左に購入できる注文量ではなかった。特に新規の注文となれば、ライフルの口径に合わせて弾頭から製造する必要もあったからだ。

 

 特に『大地の子(サンズ・オブ・アトラス)』は新参の他所者であって、数発なら兎も角、数十発の貴重な紙薬莢を購入するとなると、支払い能力やら政治的な信用など、諸々において信頼できる仲介人の伝手なり保証が求められた。 アルキス商店は、自由都市ズールにおいて小なりとは言え、それと知られた老舗のひとつであった。家畜の仲買業であるが、他の品目に関しても一応、伝手はあって、武器職人に話を通す程度には顔が利いた。それでも取引のたびに一々の付き添いを求められるのは、外部からきた得体の知れない遊牧民への用心と、武器職人たちによる老舗のアルキス商店への尊重なのだろうか。

 

 

 地区の奥深くには、複数の工房が立ち並んでいる。軒先に立ち昇る白い蒸気と、煤の含まれた濃い煙が屋根の上で混じり合っていた。まるで町全体がと息を洩らすかのように幾つもの煙が空に立ち昇っていた。鉄鉱石が荷馬車や小さなトロッコで運び込まれ、機械式のハンマーが鉄を叩く規則正しい音が鼓動のように伝わってくる。鍛冶屋に裏手に炭の山が積まれ、炉の燃え盛る熱気が通りまでムンムンと伝ってくる。鎧を仕上げる練磨音、鉄砲の部品を削る音、クロスボウの弦を張る金属の軋む音が混ざり合う。筋骨逞しい男女が忙しく立ち働き、所々の壁や台に所狭しと剣や鎧、マスケット銃などが並べられている。粗暴なまでのエネルギーと活気に満ちた好景気の土地に惹かれ、他所から流れ込んでくる放浪者や無法者も少なくないと言う。

 

 そして時折は、路傍や物陰には片付けられないままに古い死体が転がっている。胸元に深く刺さった槍、裂けた服、ぽつりと空いた弾痕。ただの物取りか、勢力争いの小競り合いまでは、抑制しきれないのか。いずれにしても用心は怠れないようだ。滅多に無いにしろ、連続して空から響いてくる銃声や悲鳴に怒号が入り混じった喧騒は、ルガリエ地区もまた理想郷ではなく、争いの絶えない現実の一部であることを教えてくれる。

 

「百二十発の紙薬莢弾」ぶっきらぼうな言葉と共に箱詰めされ、包装された弾薬を受け取った。氏族が多用する後込め式ライフルの口径に合わせた真新しい弾薬に、戦頭のジークやリディアなど手に取りながら口の端を歪めて笑っているが、三十人の戦士に分配すれば一人頭四発。二十人で分けても一人頭六発でしかない。これでも馬鹿にならない金額で、月に一度の購入が一杯一杯だし、しかも、紙薬莢は梱包されていても、一~二年もすれば劣化するのだ。湿気の少ない曠野でも、三年は持つまい。

 金勘定の不得意な他の幹部たちに値段を説明し――年長のコルがいなくなった時に、誰かが引き継ぐのだから。それから、慎重に背中の背嚢へとしまい込む。百二十発の弾薬は貴重品だが、箱として纏めてしまえば意外と小さかった。

 

 それでもルガリエの客としては、大筋だと職人がぶっきらぼうに告げた。

 都市に比較すれば、どうしても小粒の客が多く、大抵は、数人の徒党から最大でも二、三十人の集団までがマスケットやら黒色火薬を買い求める場所に過ぎない。それ以上の大規模な団《バンド》が特に高性能の銃器を求めるならば、正規の武器工房や密輸同盟の本拠に赴いた方が短時間、かつ、品質も安定した大量取引を行えるそうだ。つまり、自由都市ズールの真の力は防壁の内部に蠢いている。物騒な顧客を隔離しつつ、武器製造で利益を吸い上げるための装置が、ルガリエ地区なのだろう。

 

 メイアの案内を受けながらも「背の低い女は好かぬわ」などと呟く王《ムーテ》タリウスは、工房の銃器や刀剣、鎧などにまるで興味なさげに佇んでいた。煌びやかな装飾品にのみ興味を示したが、ルガリエ地区の大きな酒場で酒宴を用意していると伝えることで何とか気を引くことが出来た。万事に飽きっぽく、興味が移りやすい。

 身を飾る事が王《ムーテ》の義務と言わんばかりに装飾品や工芸品には執着を見せ、手に入らねば癇癪を起すが、決して、武器の類には興味を示さない。むしろ、嫌悪や怒りを見せることも多かった。

 かつてのデン戦役でのスネイクバイトの一撃が、若き青年の戦士としての自己像のみならず、魂にまで致命的な亀裂を加えてしまったようすらコルには思えた。

 

 コルにタリウスを哀れむ気持ちはなかったが、族長《ニウヴ》ルキウス・カッシウスが、良さげな義手でも手に入らないかと考え、王《ムーテ》を工房へと同行させていた。ルキウスは、どうにも昔の主君への情を捨てきれないようだ。コル自身は族長《ニウヴ》を好ましいと考えているし、穏やかさゆえに我の強い氏族の面々の鎹となっているとも評価していたが、しかし、手を尽くしたとて、王《ムーテ》タリウスが恩義に感じる人物か否かは、疑問に感じていた。とは言え、族長《ニウヴ》ルキウスが珍しく強硬に銘じてきたのだ。

(……昔の主従関係を捨てられないのは、どうやら族長《ニウヴ》ばかりでもないか)自嘲の笑みを浮かべつつも、コルは族長《ニウヴ》ルキウスの命に頷いた。

 

 

 

 

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