黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_59B 手配書 Heren 

 商業会館の貸し部屋の一室。ルキウスはレニをもう離さないと手を握りしめると、戸惑うリーニー・アルキスや商会連の職員を前にそのまま一言も話さず部屋を出ていった。

 

 蝸牛にも似た巨大な商業会館の巨塔が聳え立ち、色取り取りの大天幕に囲まれた商業地区の広場で、レニを抱きかかえて馬上の人となり、ルキウスは街路を進んだ。外で待ってた白い大きな犬も、尻尾を振りながらついてくる。幅広い市内の商業通りとは言え、若い男女が騎乗で進む姿は、かなり目立ったかもしれない。路傍に坐してる地元民や行き交う旅人のうちには、好奇の視線を投げかけてきた者らもいたが、ルキウスは一瞥もくれず、レニも俯いたままになにも言わなかった。ただ、時折、濡れた瞳を向けながら、強く掌を握り返してくる。二人とも、もはや少年少女ではなかったが、互いに過去を尋ねる事もなく、口にもしなかった。あれから多くを失ったのだと、語らずして承知していた。

 

 門前を出ると、ルキウスは宿営地のおのれの天幕へとレニを連れ帰った。無言のままに天幕に帰り着き、長椅子に腰かける。ルキウスは、万感の込められた眼差しでレニを見つめ、レニの躊躇い、怯えつつも開きかけたの唇を、指でそっと塞いだ。

 ルキウスがいたわるように、レニの肩に触れた。レニは沈黙したまま、瞳を潤ませて、ルキウスの肩に額を寄せた。数多の古傷が刻まれた青年の肩は、少年時代よりもずっと逞しくなっていた。

 

 言葉は必要なかった。五年か、六年振りの再会になるだろう。それぞれが背負った歳月がけして軽くないと、互いに刻まれた古傷や相貌が語っている。 

「……汚いよ」レニは、震える声で言った。女の肌に刻まれた赤黒い鉄鎖の痕跡を、しかし、ルキウスは跪いて、そっと唇を落とした。

 例え、失われた歳月が埋められないとしても―――その日、ルキウスとレニは、夜風に揺れる天幕の中、ようやく巡り合った安らぎを分かち合うように、互いの存在を確かめあった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 族長《ニウヴ》ルキウスの天幕の外では、宿営地にいた部族の者たちがざわめいていた。ルキウスに心惹かれていた若い女の一部には、小さく悲鳴を洩らし、呻いている者も見かけられた。

 コルも、ルキウスの天幕を眺めていた。まさか、レニが生きていたとは……と意外の感に打たれつつも、顎鬚を撫でている。頬に刻まれた深い傷が笑ってるように蠢いていたが、コル自身は無表情のままに考え込んでいた。

 

 デン戦争終結時のどさくさに姿を消した娘は、てっきり混乱に巻き込まれて死んだものと思っていた。さて、今の時期にこの再会が若にとって吉と出るか、凶と出るか。若い女の二、三人を侍らせていようとも、族長であれば、それは甲斐性で済まされる。むしろ、子孫を残し、家を繋ぐのは、氏族の中心となる高貴な血筋の末裔の義務でもある。

 

 しかし、出来るならば、もっと高貴な家か、富裕な一族の娘なりと繋がって欲しいものだった。例えば、メイア・アルキスは、どうだろうか?

 部族や氏族の価値観によっては、卑しいと見られがちな商家ではあるが、卑しからぬ気品の持ち主である。都市において老舗の店舗の跡取り娘など、都市に根を下ろす氏族長の正妻としては、絶好の相手ではないか、ともコルは考えてから、苦い溜息を洩らした。

 

 先走り過ぎているか。それにルキウスのあの表情。レニに入れ込んでいるのは間違いない。しばらくはあの娘を離しはすまい。娘の表情もまんざらではなかった。

 西方遊牧民の文化において、生まれと身分の差はけして小さくない。正妻と側室の子の地位の違いもだ。ルキウスが飽きるなら良し。飽きなければ……卑しい逸れ者の血が族長の血統に混ざるかも知れないが……その時は、その時だ。

 

 其の儘にレニを正妻とすれば、遅かれ早かれ、騒ぎ立てるものも現れよう。己の娘をルキウスの正妻にと望む者もいようし、それに収まらずに次代にはおのれの血の方が云々と族長位を求めて、権力争いを仕掛けてくる愚か者も必ず出てくる。

 

 危うい時節には無能を自覚して小さくなっている高貴な血統の極潰し共も、都市に定住し、生活が安定するだろう十年後、二十年後には、族長の地位に貪欲に食指を動かすに違いない。人とは際限なく愚かで、また貪欲な生き物なのだ。

 そして、レニが卑しい身分とはっきり認識しつつもその上で、ルキウスが望むのなら、コルは見て見ぬふりをしても構わぬ、と覚悟を抱いていた。愚か者どもがこの小さな氏族での地位を欲しいというのならば、くれてやればいいのだ。勿論、有力者として、コルは容易く権力を手放すつもりなどは欠片もなかったが。

 

 今は静観するしかあるまいと、苦い溜息をつきつつ踵を返したコルは、ルキウスの幸福を願った。なにかと苦難の多い人生に、せめて惚れた娘と結ばれるくらいの幸せはあっていいだろう。どうせ人は誰もが愚かで、血の高貴卑賤に関わらず、欲に駆られて争うものだ。ならばせめて、一時でも惚れた女と結ばれた日々が残る方がまだ救いがあろう。いつまで続くかは分からないにしても。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 路地の壁には、賞金首『牧者ヘレン』の手配書が貼られていた。印刷されたばかりの手配書はインクも真新しく、また、似顔絵や特徴もかなり正確に描写されており、ミリーは思わず息を呑んだ。目の色、肌の色、年齢に身長――さらに身体的特徴に西方遊牧民の訛りまでが記されている。

 

 これほど具体的に追跡対象を狙った文書が、街角に堂々と貼られている――自由都市ズールで配布枚数は、まず三百枚が配布されている。すでに賞金稼ぎの集まる酒場は勿論、大きめの酒場や商業会館。表通りや城門近くの壁、布告版などにも張られている。今、ミリーが抱えている百枚のチラシは自分たちで壁に張るようにと手渡された品で、印刷代はエマ・デイヴィスが出したにしろ、自由都市での伝手の強さと有難みをまさに噛み締めていた。

 

 紹介された賞金稼ぎ組合の元締めマーカス・ダウエルの酒場に顔を出してから、僅かに二日後。それまで門前払いされていた都市警備隊の警備兵たちに引き合わされ、ポレシャ市から持ってきた手配書を手渡した翌日の迅速な仕事ぶりには、ミリーは大変に驚いていた。

 

 それでも、他に何十枚、或いは百枚以上の古い手配書が壁に貼られていて、ヘレンのそれも埋もれてしまうかも知れないが、目つきの鋭い、いかにもと言う銃士や放浪者、それに浮浪者《ホーボー》や乞食、行商人に町の不良、一見すると酔っ払いなど多種多様な人種がやってきては、新しい手配書を書き写したり、小銭で買い取って懐に入れて立ち去って行った。これはもしかすると、もしかするかもしれない。

 

 手配犯『牧者ヘレン』の手配書をペタペタと壁に貼りながら、「【蛇】のマギーは、思っていたよりも随分と顔が広いのかも知れないね」とミリーは単純に嬉しそうにしている。無言で頷いたが、エマ・デイヴィスは知っている。マルグリット・モイラが、かつて鮮血と硝煙を纏った曠野の伝説の一人【ウロボロス】であることを。

 

 しかし、自由都市内の密偵や警備隊の助力を期待できるようになった一方、取りあえずの期限も迫っていた。現在、エマたちが同行しているルークやイザベル。それにジーナ・C(クレイ)なども、あと数日のうちにポレシャ市への帰路に就こうと準備を始めている。

 

 元より、彼ら彼女らの旅の目的は、サドラン牛や羊の群れの入手であった。目的の達成は万事めでたいが、家畜たちを引き連れての丘陵横断は難しい為、北回りの経路を取ることになる。慣れぬ街道筋を往来するのに隊伍を組むのは至極自然な成り行きだ。しかし、エマはここで共に帰還するかを迷っている。今は気心もしれたポレシャ在住の知己たちと共に旅程を進むのは、なによりも心強いに違いない。自由都市ズールに探し回っても、有用な手がかりも中々には入ってこない。半月ばかりも自由都市に赴いて頑張ったのだ。帰還しても許されるのではないかと、ミリーを横目で眺めながら、エマ・デイヴィスは考え込んでいた。

 

 

「帰ってしまえよ」とポレシャ公邸に帰還すると【蛇】のマギーは断言した。

 相談に訪れたエマ・デイヴィスを前に、ニナ少女と怪しげな水パイプを吸いながら、顔を顰め「ねえ、君。犯罪者追跡なんて碌な仕事ではないぜ。土台、素人の娘さんに押し付ける方がおかしいんだ」元は名うての賞金稼ぎだけあって、実感の籠った言い方で、ミリーの徒党を罵った。

 

「一緒にポレシャ市に帰還しよう。ミリーは人生これからだし、色々と面倒を見てやるといいよ。元の徒党がごたごた言うなら、いっそ縁を切ってしまえ」強気に言ってくるマギーだが、実際の所、エマ・デイヴィスもほぼ同感だった。

 人が徒党に加わるのは、生きていく為が理由の大半だ。仕事を廻して貰ったり、薪や食べ物を都合し合い、外部からの暴力に対抗する為。代替できる人物なり他の徒党があるなら、危険な任ばかりを押し付けるような、閉鎖的で縛りの多い集団に属し続ける理由などない。ミリーは働き者の娘だし、根は優しい素直な性格でもある。エマのいる農村にでも引き取ってやれと勧めてくる。

「わたしや君みたいなひねくれ者と違って、すぐに真面な若者が寄ってくるぞ」とマギーが断言している。

「あ、貴方は意外といい人だな」とエマが思わずくすくすと笑うと「何故か、みんな誤解するのだ」マギーは悲しげに首を振ったのだった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 パンは、保存食だ。がちがちに焼き固めた二度焼きのビスケットや乾パンなら、2~3年は余裕で持つ。記録上は数十年前の乾パンが食べられたという逸話も残っているが、当然に石のように堅くなっており、水に浸して噛み砕く必要があったそうだ。

 それが本来のパンの姿だ。冷涼な寒冷地の気候であれば、数年から十数年は余裕で保たれる。其の儘では口に出来ない堅さだが、ナイフや斧で削り取ってスープで粥にしても良い。

 

 だから、旅商人や放浪者、旅隊などはパンを持ち歩いている。パンこそが財産。

 時として通貨としても用いられる。パン本位制だ。

 乾パン、ビスケット、二度焼きしたライ麦パンに堅焼き黒パン。

 大麦や燕麦など、グルテンに乏しく、それだけでは粥にするしか使い道のない穀物も、小麦やライ麦に混ぜてパンに焼き固めれば保存が利き、持ち運びできる。

 ヒエやアワのような貧民の食べる雑穀も、小麦やライ麦があれば、繋ぎにしてパンに混ぜ込むことができる。小麦やライ麦は、麦の王さまであり、全ての穀物の友である。

 

 

 驢馬の牽く幌馬車には、白黒のパンが山と積まれていた。粗末な手編みの籠や木箱に、藁や襤褸布を緩衝材にして保存用パンが詰め込まれている。都市は常に巨大な消費地であり、自由都市ズールは大交易市の開催中にも、近隣の農村地帯から膨大な食料を吸い上げていた。

 農民たちの汗と苦労の結晶に対し、自由都市ズールが払う対価はほぼ皆無である。それは書類に記された数字―――地代であり、井戸やため池の使用料であり、税金であり、貸付金の利息であった。大半の農村の由来がズールの入植地であり、公営農場であり、契約した労働者が派遣された農地であったからだ。ただ一部、旧来からの自由農民に対してだけは奴隷や農薬、鉄製の農機具や家畜の正当な対価と言う事例も幾らかあった。

 

 

 ―――

 

 

 赤茶けた不毛の地は、地平の彼方まで続いているようにも思える。夏の太陽はじりじりと容赦なく肌を照りつけ、大気は彼方の蜃気楼のように揺らいでいた。

 砂混じりの乾いた風が荒野に吹きすさぶ中、街道を小さな荷馬車の群れが進んでいた。驢馬が軋む荷馬車を牽き、繋がれた綱が震えるたびに鈴の音が響いている。

 馬車の帆布は褪せ、破れた縫い目から風が抜けて頼りなくはためいたが、乗っている子供たちはまだ無邪気に大地の風景に魅入っては次の瞬間、笑い転げていた。

 

 裏腹に大人たちは気を抜かずに、絶えず警戒の視線を周囲へと投げかけていた。

 街道筋でも曠野は脅威に満ちている。屍者や変異獣が徘徊し、飢えた野犬やコヨーテ、ゲッコーに巨大蟻も徘徊している。変異した動植物は侮れず、特に凶暴化した熊や巨大蠍などに遭遇すれば、少人数の旅人にとっては致命的だった。

 

 一行は、自由都市ズールへと地代。或いは税金、ショバ代でも上がりでもなんでも呼び方はどうでもいい――を収める為に向かう農民の車列だった。

 農民たちは当然のように武装している。弓矢やクロスボウを持った者もいれば、古の戦士のように盾を背負い、斧を担いだものもいた。古風な火縄銃を携えている者たちもいた。錆びた火縄銃は、それでも大抵の怪物は仕留めるだけの威力を持っていて、それが数人も持っていれば、小さな小型変異獣の群れくらいは撃退だって出来た。

 

 車列の隣を歩く農民たちは、横目ではしゃぐ子供らをチラリと眺めた。連れてきた子供たちには、大交易市を見せるつもりだ。苦しい生活にも一生に一度は、大きな祭りを目にする機会くらいはあっていい。

 地代の負担は大きいが、悪辣な貴族や腐敗した議員の荘園のように、何もかもを搾り取られる程の厳しさではない。農民たちに自棄になられては損をするというのが長く続いた商工自由都市の伝統的思考であって、多少の土産物を買い込むくらいの金は手元に残っているのだ。

 

 旅隊の長エルマーは、顔を布で覆った中年男である。錆びた銃を負い、腰には刃こぼれした剣。横には、まだ幼い子供が一人、馬車の揺れに合わせて眠ったり、乾いた目で遠くを見たりしている。男はときおり振り返り、背後を確かめてはまた前へ目を向けた。

 警戒は怠れない。相手は怪物ばかりでなく、蛮族や追い剥ぎ、盗賊団が出没する事もあるのだ。傍らでは女房も視線を配っていたが、ふと、何かに気づいたように空を見上げた。天高く鳶《ミサゴ》が空を飛んでいる。或いは、赤尾鷹だろうか。

 

 

「左前方、11時方向。丘陵の稜線に人影を確認」護衛として雇われた斥候傭兵カスパーが立ち止って、農民たちに警告した。

 街道の左手、西側の丘陵の彼方には、広大な荒れ野が果てしなく続き、幾つかの町規模の廃墟が点在している。盗賊団の塒なり、開拓者の拠点なりがない限りは、無主地(ノーマンズランド)が横たわっている筈だ。

 背丈ほどの潅木がまばらに影を落とした低い丘の稜線上、酔っ払いのようにふらふらと覚束ない足取りの人影が蠢いていた。

「……屍者かも知れんな」隊の足は止めず、一人立ち止ったエルマーが望遠鏡を取り出した。驢馬の牽く荷馬車の歩みは、元より人の歩調とさほど変わり映えしない為、速足で歩けば、すぐに追いつける。

 

 案の定、襤褸と化した衣服を纏った人影の顔は皮膚が溶け、僅かな肉の残った腹腔からは背骨と肋骨が覗いて見えた。紛れもなく屍者だ。

「……屍者だ」ついてない、と舌打ちしながら告げると、他の農民たちも足を止める。

「……始末するか?」との問いかけに少し考えてから「いや、かなり足早に歩いている。外れて、向かって来られても厄介だ」とエルマーは首を振った。

「しかし、帰り道もここを歩くぜ」と火縄銃を抱えながら中年の農民ベンヤミンが言い張った。

「確かに街道に出てくるかもしれない。明るいうちに仕留めた方が良いかもな」やや年嵩のオスカーの言葉に、長は考え込んだ。

「幸い、一匹だ」決断を促すようなベンヤミンの言葉に「……当てられるか?」念を入れて隊長のエルマーが尋ねると、火縄銃を持った農民は自信ありげに肯いた。

 

 すこし若い農民ユリアンが顔を顰めながら「無視した方が良くないか?外すとこっちに来るかも知れない」懸念を口にするも「もう決まった。黙ってろ」年嵩なベンジャミンの居丈高な物言いに、舌打ちしつつ後ろへと下がった。

「気を付けろよ。ちょっと動きが俊敏そうだ。走る奴かも知れない」エルマーは、慎重に忠告した。

 

「どうだ、狙えるか?」オスカーが問いかけた。

 狙いを付けた火縄銃を構えたベンジャミンは「いけるぜ」自信たっぷりに肯いたが、エルマーは唸ってから「他に二名。いや、全員、装弾しておけ」と命じた。

 マスケット銃は装填に時間がかかり、かつ一度、装弾すると、発砲しない限り装薬も無駄となってしまう。農民の懐にとって火薬はそれほど安いものではないが、四発分であれば許容範囲だった。安全には変えられまいと判断したエルマーが頷き、火縄銃を装填させてから、改めてベンジャミンが火縄銃を構えた。

 

 ライフリングを刻んだ火縄銃で慎重に狙い定め、発砲すると屍者が落雷に打たれたように震えてから地に倒れた。

「見たか!」と感性を上げるベンジャミンだが、「……いや、起き上がろうとしているな」冷静にオスカーが告げた。

「下手糞」と若いユリアンの蔑むような声。苛立たしげに睨みつけたベンジャミンだが、稜線の上にもう一体の影が現れた。

 

「見ろ、他にもいた……のか」ベンジャミンが途中で言葉を途切れさせた。

 二体、三体、四体、五体……黒い影が次々と現れる、大半はのろのろと動きながら、しかし、中には速足程度に動いている個体もいる。ポツポツと黒い影が増える中、少数の集団であってくれ、と誰もが無言で祈るような気持ちで凝視している。しかし、その願いはすぐに破られた。

「糞ったれ……屍者の群れだ」オスカーが喘いだ。

 

 次々と丘を越えて歩み寄ってくる人影の群れ。丘の裏手には屍者の群れ(ゾンビホード)が潜んでいたのだろう。

「総員、装填!戦闘準備」エドガーの声は上擦っていた。

 斧と盾を構えるもの。兜をかぶるもの。クロスボウや弓を構えるものなど。

 曠野の農民たちは全くの素人ではない。村から村への数人の無宿者やならず者の放浪者たちと多少の小競り合いくらいはしたことがあるが、二十、五十……百……それ以上、押し寄せてくる屍者は、数える事も出来ない。あからさまに動きの速い人影も不気味な咆哮を洩らしながら、駆け下りてくる。

「くそ、くそ、くそ。なんて日だ」他の武装農民たちも弓矢やクロスボウを構えるが、悪夢の中のように動作はのろのろと覚束ない。完全に恐慌状態に陥っていた。

「こりゃあ。無理だ」誰かが呻き、「貧乏くじだぜ」と斥候が呟いた。

 灌木の影、走りながら傾斜を駆け下りて迫ってくる屍者は、何十体といた。

 

「驢馬の荷を下ろせ。早くしろ!」銃を投げ捨てると、エドガーは古女房に叫んだ。驢馬の綱を外しながら、涙目になっている息子に頷きかける。

「いいか。お前はお兄さんだ。そして同じ村の弟と妹みたいなもんだ。守ってやらにゃならん」

 他の随員たちが喚きながら、自分の子供を抱いて駆け寄ってきた。

 息子を驢馬に乗せ、手綱を握らせる。腕は震えていたかも知れない。

「まっすぐ行くとズールだ。道を逸れるなよ」

 指さし、夫婦で抱きしめてから「さあ、行け」と驢馬の尻を叩いた。

 

 銃声が幾重にも響き渡る中、驢馬は駆けだした。

 曠野には鳥も獣も見えなかった。木の根元に転がる白骨がただ鈍く煌めいていた。

 

 

 ※※※※

 

 

 

 ズールの空に重々しい鐘の音が、幾重にも重なって鳴り響いていた。

 

 自由都市には、ルーク・アンダーソンの出来そうな仕事は見つからなかった。

 銃士としての募集はあるが、いずれも長期契約であったり、危険な仕事で到底、引き受ける気には慣れなかった。サドラン牛を買い付けた以上、後はポレシャ市まで戻るだけなのだから、余計な危険を冒すつもりはなかったが、手持ちに些かの不安がある。

 日雇い仕事でも探すかな。と軽い考えで街に繰り出したが「なんだい、これは?」口入屋を兼ねた半公営の建物から出たルーク・アンダーソンは戸惑いつつも、周囲を見回してみた。街路では旅人や農民、市民と思しき者たちも戸惑ったように目配せしたり「非常呼集だよ」などと囁きを交わしている。

 

 ルークが用心深く周囲を見回してみれば、遠目にも黒服の警備の一団が街路を足早に駆けていく姿が目に入った。

 ぶつかりそうになった通行人が、慌てて飛び退っているのを眺めながら(……どうにも、尋常ならざる事態が起きたかね?)と顎を撫でてみる。

 

 近くでは不安そうな母親が子供を抱えて民家に駆け込み、頑丈そうな扉が閉められた。直後、窓の内側からは分厚い木板が打ち付けられ始める。屋台や露店には早々と店仕舞いする商人もいれば、荷馬車に荷を満載したり、家畜を連れて、城門方面へと向かう牧人もいてまるで合戦前のような様相だった。

「なんだい……参ったね」埃を払いながら、肩を竦めたルークは、ポレシャ公館へと向かって足早に歩き始めた。幸い色々と詳しそうな事情通が知己にいるのだ。

 

 

 ルークが部屋を訪れた途端、マギーちゃんは開口一番「隊商が壊滅した」と端的に告げた。

「正確には、ズールに食料を運ぶ農民の一行だが」机の上にズール周辺の地図を広げながら、マギーはルークに鋭い視線を向けた。部屋には既にイザベル・ミラーにジーナ・C(クレイ)の姿もあったが生憎、エマ・デイヴィスは見当たらない。

 

「子供らが乗った驢馬が哨戒の斥候と出会ってね。奇妙に思った哨戒の軍曹が、騎馬斥候を差し向けた所、逃げてくる農民たちの後方に屍者の群れ(ゾンビホード)を発見した」淡々と説明しているマギーだが、屍者の群れ(ゾンビホード)の一言で、誰かが小さく息を呑んだ。せせら笑っていたイザベルでさえ、思わず椅子の脚で床を軋ませている。貴賤を問わず、曠野に暮らす人々にとって屍者の群れ(ゾンビホード)は最大の脅威であった。遍く人々に死をもたらし、死の領域を広める屍者の群れ(ゾンビホード)は、変異獣の群れの暴走《スタンピード》や略奪者徒党の襲撃《レイド》と共に曠野の住人に恐れられている。

 

 皆の動揺が収まってから、マギーは頷いた。

「相当にでかい屍者の群れ(ゾンビホード)らしい。数は最低でも三百から四百だが、より大きな母集団の先触れの可能性もあるそうだ」

「……場所は?」イザベル・ミラーが尋ねるとマギーは「都市西南の街道だ。西の荒地だよ」と地図の一帯にペンで描き込んだ。

「よりによって陣営のない方面か」ルークが苦い口調で洩らすと、「無人の地が広がっている筈だったからね。しかし、それにしても、偶々、手薄な方角から、此処まで自由都市に肉薄してくれたものだ」と皮肉っぽい口調で告げた。

 

「先刻、非常呼集が掛かった」手元のメモ帳を開いたマギーが「都市は討伐隊を編成中で、おそらく4個小隊かな。正規軍百六十名を中核として、遊牧騎兵やランツクネヒトまで雇い入れて、およそ四百人を動員するそうだ」

「……ランツクネヒトぉ?」ルークは思わず首を振った。「数に優る屍者の群れ(ゾンビホード)に軽装歩兵か。相性悪いだろう?」

 都市軍の将校たちがそれを分からないとも思えずのルークの疑問に「装甲馬車込みで防衛線を構築する。破損した場合、新しい馬車も約束すると」マギーが返答した。

 

 後詰も動員しているそうで、どうやら自由都市。屍者の群れ(ゾンビホード)相手にも勝てるだけの手筈は整えているようだ。

「千やそこらなら、苦戦はあるかも知れないが、負けないだろう。最悪、防壁に拠って撃退すればいい」とマギーの分析にルーク・アンダーソンも同感だと頷いた。

「しかし、相手は相当な数だに」とイザベルがやや緊迫した表情で呟くと、ジーナ・C(クレイ)が「かなりの騎馬斥候が雇われていた」と頷いた。

「最低でも四百。他の群れも存在する節があるとか……」と聞いた噂を披露してくれた。

 

「……人の大勢集まった匂いに釣られたかな?」ルーク・アンダーソンが嫌そうに言うと「しかし、守備隊が四個小隊も出張ると、都市が手薄になるな」とマギーは呟いた。

「今のズールは人間の命が詰まった果実だな。もし、群れ(ホード)がなだれ込んだら、曠野が廃滅するくらいの死の河が生まれるかもしれん」マギーが突き放したような言い方で淡々と告げた。

 

 皆が顔を見合わせると、言い訳するように手を振りながら「まあ、十中八九は、負けないだろう。万に一つ、防衛線が破られてもレンジャー団や冒険団が駐屯している。彼らに助勢を頼めばいい。どれほど高くつくかは分からないがね」疲れた様子で呟いたマギーが、他の三人の顔をじっくりと見廻してから言った。

「さて、皆に提案があるのだけれど、明日、明後日にはポレシャに帰らないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 3D6    6が出たら死亡 2_2_3 子供たちは全員生存

       夫婦も生存。農民たちも半数以上は逃げ延びた。

 

 

 

 1D100_93  vs屍者の群れ(ゾンビホード) 

          85以下で勝利

 

        ……嘘だろ、ズール正規軍 

 

        ランツクネヒト

 

        ソードマスター・ヒルダは死亡しました。

        倍給兵は死亡しました。

        ランツクネヒトは×××に出てきません。

 

 

        ヒルダ……お前と戦いたかった。

 

 

 1D100_33   伝説のレンジャー隊が出撃してくれた。

         自由都市ズールの財政は吹っ飛んだ。

 

         農民「ざまぁ」

         都市「増税」

         農民「あああああああああぁ!?!?」

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