文明崩壊前に議事堂であった建物がいかな用途で用いられていたかは、誰も知らなかった。部屋の並びからするに何らかの業務に用いられていた可能性が高そうだが、兎も角もボイラー付きの給湯室やシャワー室がついているのは便利なことには違いない。
給油室では、薪を使って薬缶のお湯が沸騰している。隣接するシャワー室へと、召使いの娘さんが金属の洗面器に並々とお湯を運んでくると、暖かいお湯を贅沢に使いながら農家の娘さんは身体を拭き始めた。
「お風呂入りたかったけど、この際仕方ないな」農家の娘さんが不満げに言う。
「えぇ。無茶言わんでください。この状況でお湯持ってくるの大変だったんですよ」
召使いの娘さんが抗議すると、農家の娘さんは横目で見た。
「……使えな」と舌打ちする。
「うわぁ、舌打ち。信じられない」召使いの娘さんが驚愕した。
「信じられないのはこっちですぅ。あっさりと敵前逃亡しやがって。死ぬかと思ったよ?」
「蟻が押し寄せてきたんじゃ、逸れたのも不可抗力じゃないですかぁ」召使いの娘さんの言い分にも、お嬢さんはやや冷たい眼差しを向けるだけだった。
「少しは探しなさいよ。いの一番に議事堂へと避難してさ」
「合流地点にいるかと思ってたんですよぅ」
言いたいことを言い合う気安い関係、にしてはやや毒が含まれてるような気もするが、険悪な雰囲気ではなかった。
身体を拭いておきなさい、と言われた召使いの娘さん。
「わたしも地主の家に生まれたかったよぅ」ぼやきつつ、上着を脱いで石鹸と布を取り出した。
マギーとニナも大きな金盥一杯にお湯を使わせてもらった。特にマギーは、朝方からの作業で汗を掻いた上、駆けまわった際の土埃と白兵戦で仕留めた蟻の体液やらも付着している。できればシャワーなど浴びたいけれど、お湯で身体を拭けるだけでも気分もマシになった。飲用に適さない水とはいえ、この状況で身体を拭けるのは有り難くもあり、やや後ろめたくもあった。こんな事してる場合かな、とは思いつつも、朝からの作業と逃避行に疲れた身体をお湯と石鹼で洗っていく。
「他のご家族は?まだ畑に」マギーが尋ねると、農家の娘さんは肩を竦めた。
「お前がいると危ないから、避難しろと兄きが。みんなも。
私一人、無理やりゴンドラに載せられたよ」とぼやいている。
「シスコンもいい加減にして欲しいわ」農家の娘さんの言葉にマギーは苦笑を浮かべた。
薬缶が沸騰する端からお湯を足し、四つの金盥がお湯で満たされている。
お湯で肌を流せるだけでも気分はいいが、農家の娘さんには足りないらしい。
「ああ、風呂に入りたいなぁ」と不満を口にしてる。
「贅沢を言う」とマギー。
「生涯、最後の日かも知れないからねぇ」返した農家の娘さんも、不快ではないのだろう。満更でもなさそうに鼻歌を歌っている。
今日にも死ぬかもしれない。財産の大部分を失うかも知れない。命辛々逃げ出せても、居留地が滅びれば無一文に転落する事もあり得る。農家の娘さんに限った話ではない。誰もが、破滅ぎりぎりの状況だと分かっている。
だから、四人とも息抜きすることにした。マギーも、ニナも、ご相伴に預かれるなら文句もない。残念ながら、マギーたちに出来そうな事もないし、ずっと動きっぱなしで汚れていた。
議事堂の弾薬の備蓄もほぼ底を尽いている。民兵たちに分配したのち、残余の弾薬量は作戦司令部である議事堂周りを守るのに手一杯だそうだ。
マギーの見たところ、嘘ではないと思えた。倉庫で箱をひっくり返して、あちらの箱から9ミリと32口径が七発。こちらの部屋の机を調べて9ミリと22口径が三発。書類を調べて三年前に行商が持ってきた弾薬が書類上はあると分かるも、何処に保管されたか分からない。
職員たちは、そんな風に議事堂内を駆けまわっては弾薬を探し、かき集めていた。
弾薬は、払底していた。戦力も他所に廻す余剰はない。補給要請も北口への増援もほぼ絶望的だが、一方で巨大蟻の戦力も底が見えている。
後は、個々の民兵たちがどれだけ粘れるか。各所のゲリラ戦がどれだけ巨大蟻を削れるかが勝負を決めるとマギーは見ていた。現在は、押し寄せる巨大蟻に弓矢・投石を織り交ぜた銃火で対処しているが、弾薬も底を尽けば、いよいよ白兵戦主体の戦闘へと移行する。仮に勝てても居留地《ポレシャ》が存続できるかは分からない。
「ほら、おいで」
農家の娘さんは、召使いの娘さんを前に座らせて背中を拭いてやってる。
ニナは、マギーに引っ付いていた。金属盥のお湯に足を付けているだけでも、疲労が溶けるようにも感じられた。
「これから、どうなるんでしょうねぇ」召使いの娘さんが呑気に呟くと、農家の娘さんは一瞬だけ手を止めた。それから微笑んで、召使いさんの髪をくしゃくしゃとかきまぜた。
「なんとかするよ」
風呂上り、という訳でもないが簡易入浴後に更衣室で年下の二人はあっという間に着替えると、他の人たちにお湯を配りに駆けていった。
農家の娘さんは、下着の上にⅠ♡|farmと描かれたTシャツ一枚だけ着た後、難しい表情をして考え込んでいた。服を着替えたマギーも、干した上着を眺めながら尋ねてみた。
「貴女は、これからどうする?」マギーの問いに、農家の娘さんは更衣室のベンチにへたり込んで、闊達に笑った。
「……シエル・ガライ。シエルでいいよ。マギー」
それからしばし沈黙が舞い降りた。外からは遠く銃声が響いてくるが、何時まで抵抗できるだろうか。
「……どうしたものかなぁ」シエルは困ったように呟いてから、目を閉じて壁に寄りかかった。
「お姉ちゃんに出来なかったのは残念……」
軽口を叩くと、シエルは壁に寄りかかったままうとうとと船を漕ぎ始めた。
(……疲れていたのかな。無理もないけど)
シエルを起こさずに、マギーは更衣室の天井を眺めた。
あと数時間で日が暮れる。巨大蟻は夜行性だろうか?それもマギーは知らない。
戦況はどうなってるのだろう。日没までに何かできる事はないだろうか?
(さて、どうしたものかな。最悪、ニナを連れて逃げればいいけど、その前に出来る事はないだろうか)
どこの居留地であっても、防壁内に大崩壊前の廃墟が残っているのは珍しくない。 ポレシャにも、目立つところでは中層ビルの廃墟が幾つか聳え立っている。
ほとんどの建物は、上層が崩れており、下層はまだ使えるにしても怪物の巣にならないよう出入口などが封鎖されてる。
もっとも、そうした建築物の窓から入り込んで通り抜けるくらい、廃墟育ちのニナには簡単にできる。怪物のいない、或いは少ない脱出経路としてマギーとニナはそうした廃墟に目を付け、予め調査しておいた。いざという時、怪物やら略奪者《レイダー》やらが居留地に雪崩れ込んできても、見つかりにくい中層ビルの上階層で夜をやり過ごし、翌朝、払暁と共に防壁を越えて脱出する。その為の地図も物資も準備済みだった。
「最悪、計画E3。逸れた場合、E5。曠野の怪物のいない廃墟17で合流。一日待っても来なかったら、自由都市《ズール》の例のお店」マギーが淡々と告げる。
「E3、予備E5、ポイント17で合流。自由都市《ズール》の例の店」
復唱してからニナが敬礼してきた。
「りょ」
矢継ぎ早に計画を詰めた二人は、お湯で温めた缶詰で腹を満たしていた。
レトルト食品にしても、暖かい料理を胃の腑に送り込むと、随分と元気が出て来る。疲れ切った身体には、塩分の濃い味が染みわたる。
遅い昼食を取りながら、ニナとマギーはポレシャでの出来事のあれこれを振り返っていた。
「楽しいことが沢山ありました」とっておきの甘い缶詰を食べながら、ニナは頷いた。
「それは良かった」マギーも優しく微笑んだ。
それからうたた寝してる農家の娘さんへ穏やかな視線を向ける。
「ポレシャは良い土地だからね。出来れば、こんな形で立ち去りたくはなかった」
言いながらも、マギーは荷物を整理した背嚢の重さを確かめている。
「仕方ないよ。みんな、自分の命が大事だもん」ニナは悲しげだった。
身一つで生きてる
「みんな……か」感慨深げにため息をついたマギーが、言葉を続ける。
「あれだけ大勢の
それでも、相当の数も逃げただろうけど」
マギーの言葉を聞いたニナは、知人の安否を案じたのか。しばし沈黙する。
戦うにしろ、避難したにしろ、今はまだ大半が無事だろう。しかし、一方で全員が無事という事も有り得ない。
「今、逃げても……見通しは明るくないかも」ニナの口調に暗い影がさした。
「……冬が近いからね」マギーは頷いた。
それで二人はまた沈黙した。時折、遠くから銃声が響いてくる。
北口で抗戦している渡り人《オーキー》や自由労働者たちは、何人が生き残ってるだろうか。
「それにしても、冬を前に巨大蟻が押し寄せて来るとは、思ってなかったなぁ」ポツリとニナが言って酷く惨めな笑みを浮かべた。
(この子にこんな顔をさせる為に、廃墟から連れ出した訳じゃないのに……)と、一瞬、口籠ったマギーは、やはり無力感に打ちのめされた力のない笑みを返した。
「……仕方ない。明日をも知れないのは、曠野に生きる人の定めさ」
それからマギーは、一応の友人と言える程度に付き合いのあったシエルを眺めた。
「……個人的には、もう少し付き合ってやりたかったけど」とマギーが呟いた。
「逃げ遅れないようにね」ニナが囁いた。
「……分かってるよ」とマギーが頷いた時、何時から起きていたのか。農家の娘シエルが薄っすらを目を見開いて問いかけてきた。
「……なら、もう少しだけ、悪あがきに付き合ってくれる?」
元気を取り戻したシエルを頭に、マギーとニナを加えた三人は議事堂から出て、保安官事務所の方角へと向かった。と言っても、議事堂からは目と鼻の先の距離ではある。ちなみに召使いさんは、「役に立たないのだから、そこで大人しくしてなさい」と、パグ犬のボスと共に子供たちの避難場所へと放り込まれた。年少の子供らを危険に付き合わせたくないのだ、多分。ニナも置いていくように意見してきたが、マギーは却下している。
「自由都市《ズール》辺りに避難するなら、お供するよ」と、街路に転がる巨大蟻の死骸を避けながら、マギーが話しかける。
「……逃げるにしても、最後まで戦うにしても、もう少し打てる手は打っておきたいかな」と農家の娘シエルが返答している。
居留地の軍事的指導者であるところの保安官は現在、数名の助手と共に保安官事務所へと籠城していた。窓は鉄格子。分厚い扉を閉めて机や椅子のバリケードで補強している。当初は、保安官と三人の保安官助手たちが弾薬を惜しまず、群がってくる巨大蟻を撃ち下ろして撃退したが、守り続けるにはいかにも人数が少なかった。
広場の外れへとやってきたマギーたちは、蟻の渦からやや離れた平屋の屋上へと昇った。屋上からは、広場の様子が一望できる。近くの建物では、ハンティングライフルやストック付きリボルバーを携えた二、三人の民兵が物陰に隠れて保安官事務所の様子を窺っていた。視線が合うとマギーやシエルたちへと手を振ってくる。
巨大蟻の奇怪な輪は、今も保安官事務所を中心として渦のように回転していた。半径は十メートルほどか。保安官たちも無駄な応射は控えて近寄ってきた蟻のみに発砲している。
「どうしてこうなってるかなあ」
蟻の渦に触れない屋上でそっと様子を観察してるシエルは、黒い渦を眺めながら疑問を口にした。
「……緒戦で奮戦したものだからか、強敵扱いで蟻が寄ってきたのかな」と傍らで観察しているマギーの言葉に、シエルは首を傾げる。
聞きかじりだが、と前置きしたうえで、マギーが巨大蟻の習性を説明する。
「……多分、殺し過ぎた。死亡時に出したフェロモンかなんかで警戒対象にしたとか。連中、それで罠とか強敵を感知するらしい」
「さっき路地裏で待ち伏せしてた時も、段々入ってくるの躊躇してきた感あったな」
蟻の渦を眺めたシエルは困ったようにぼやいた。
蹲踞の姿勢で眺めているマギーが、低い声でつぶやいた。
「……獲物が弱るのを待ってるのさ。昔、行商人をしていた頃、知り合いの隊商《キャラバン》が同じように包囲されたのを見たことがある」
シエルとニナは、マギーの横顔を眺める。
「連中は、ああして手強い獲物の抵抗力を削ってから、弱ったところに一気に襲い掛かる」マギーの言葉は此の侭、包囲を放置した場合の保安官事務所の末路を想像させた。
「その時はどうやって切り抜けたの?」とニナ。
「切り抜けてない……隊商《キャラバン》は全滅した」マギーは淡々と告げた。
「役に立つ情報をどうもありがとう、マギー君」シエルが冷ややかに告げた。
「どういたしまして」とマギーが丁重に頷いた。
保安官事務所の様子を眺めていたニナが、ふと思いついたように尋ねてきた。
「一つ聞いていいかな……包囲された時間は?襲い掛かったのは日没後?」
「包囲は早朝。襲い掛かったのは夕方だと聞いた」マギーの答えを聞いたシエルが、肩を竦めた。
「夜行性かどうかも分からないな」
呟いた後に横に寝転がって、シエルは空を眺める。
「保安官も打って出れない。四人じゃ呑み込まれるだけだし」
「こちらからも保安官事務所に近づけないな。弾数も残り少ない」マギーは肩を竦めた。
保安官事務所は、完全に囲まれてる。遠巻きにぐるぐると渦巻いている巨大蟻は、性質の悪いことに人間が近づいたり、攻撃すれば反応して襲い掛かってくる。
巨大蟻は、保安官事務所を中心に十メートルの距離を保って回転している。
「……総数はどのくらいかな」呟いたマギーは、ニナの描いた簡素な地図も参考に、渦のおよそ四分の一。90度分の面積を視界内で割り出すと、そこにいる巨大蟻を素早く数えて四倍してみた。
「七匹から九匹……という事は、総数は三十匹から四十匹か」自由都市《ズール》の警備隊だったら一蹴だな、とマギーはふと思った。或いは、略奪者《レイダー》も、強力な徒党なら巨大蟻など物ともすまい。だが、銃弾の乏しい居留地の民兵にとって、巨大蟻とは何とも忌々しく厄介な怪物どもだった。
事務所に近い建物の屋上から、シエルは保安官に向かって大声で壁外の状況を話し始めた。マギーとニナはビクビクしながら地上の様子を監視しているが、今のところ、巨大蟻が寄ってくる気配は見えなかった。
「保安官!蟻!でかいのが何体かいて小口径の銃なんか弾かれちゃってる!
働き蟻は大体、やっつけたけど!レオンの爺さんが、巣別れじゃないかって!」
シエルの報告に保安官は顔を顰めた、と思う。季節は秋。折あしくも主食のジャガイモに家畜用の雑穀も収穫直前であり、冬麦は植えたばかり。
外の畑が気になるようだが、囲まれていてはどうしようもない。
「レオン爺が言うには、巣別れの偵察隊じゃないかって!女王アリとか来るのかしらぁ!」農家の娘であるシエルが大声で外の農地などの状況を伝えていた。
「巣別れだとぉ!ふざけんな!」地団太を踏んだ保安官が喚いていた。
「偵察って規模じゃないだろ!新生女王の本隊だぞ!これはぁ!」
巨大蟻の巣別れと言うのは、それで滅びる居留地もあるほどで曠野に暮らす人間たちにとっては全く馬鹿にできない凶事だった。とは言え、ポレシャもそれなりに大きな居留地で、銃の数だって二十や三十では効かない。
保安官助手が事務所へと近寄ってきた巨大蟻をまた一匹仕留める。しかし、外からやってきた巨大蟻がまた渦へと一匹加わっている為に、分厚い包囲の渦を前にして保安官たちがまるで身動き取れないのは相変わらずだった。
「上手く拘束されてるな」マギーは淡々と、しかし忌々しげに呟いている。
黒い渦を形作る蟻の動きは本能的でありながら、一定の有効な戦術になってるのは興味深いことだった。もっとも、面白がってる場合ではないのだが。
「……でも、こうして、沢山の蟻を引き付けてくれてるのは悪くはないと思うけど」
首を傾げてのニナの意見に、シエルが肩を竦めた。
「ところが、保安官事務所には弾薬が備蓄してある」
「……備蓄量は?」マギーが尋ねた。
「最低でも、まだ五百発か、六百発はある。元々の備蓄に、保安官が銃器や弾薬を色々、買い足してたから……流石に千発はないと思うけどね」
シエルの解答にマギーは息を飲んだ。工業力が失われ、流通も寸断された時代。真鍮製薬莢の弾薬は、貨幣の一種として取引に用いられる程度には貴重な代物だった。
六百発の弾薬が攻防戦にどれだけ大きな影響を与えるかは、言わずもがな。シエルは言葉を続けた。
「他に空気銃の弾《ペレット》が二千発くらい。これは精々、小動物を殺すくらいしか役にしかたたないけど。巨大鼠とか野犬なら兎も角、蟻の外殻には弾かれて効果も薄い」
「それでも、働き蟻くらいなら通じるんじゃないかな?」
「大物を倒せなきゃ意味がなくない?」とシエル。
「空気銃で働き蟻を幾らかでも片付けられれば、残りの銃火器が大物に集中できる。それに横合いから腹を狙えば……」
「通用するか……なるほど」思いつかなかったと、シエルは舌打ちした。
ハンティングライフルを所持してるシエルだが、ここら辺の思考の柔軟さや想像力に関しては、都市生活で映像作品や本に触れているマギーの方が上かも知れない。怪物が棲息する危険な領域を横断してきた行商人としての経験が、怪物や戦術に関する若干の知見をマギーに与えていた。
畢竟《ひっきょう》、六百発の弾薬の有無は、戦況を大きく左右する。
「弾薬を温存しつつ応戦している民兵に分配できれば、勢いを盛り返せる」勢い込んで言ったシエルだが、マギーの反応は芳しくない。
「民兵が健在なうちであれば、ね」と考え込んだマギーは慎重に告げた。巨大蟻が夜行性かどうかは分からないがせめて日没前。可能ならば明るいうちに反撃を行うべきではないかと考えていた。もっとも作戦内容や戦術などは、居留地の防衛責任者たちがマギーよりもよく考えていると思うが。
「……他に弾薬の保存場所は?」マギーが質問する。
「無くはない。だけど、纏まった保管場所となると、なんと言っても保安官事務所だね」とシエル。
「すると何とかして包囲の輪を打ち破らないと駄目か」
「問題は、保安官事務所が完全に包囲されてることだけど」言ったシエルは厳しい目で、回転し続ける漆黒の渦を眺めた。
保安官事務所を包囲している蟻は、虫の癖に仲間の死骸に瓦礫や砂やらを積み上げては盾としている。知能があるとしか思えない行動だが、事務所にこもった保安官助手たちが、ルベルM1886小銃やリー・エンフィールド小銃のような射撃に優れたボルト・アクション式ライフルを用いて射撃しても、蟻の死骸に阻まれてろくに効いてないように見える。外側から攻めないといい加減、埒も明くまい。
「……他の民兵たちは?包囲を解こうと試みないのか?」なにが出来る訳でもないが、答えてもらえるならマギーも疑問点は潰しておきたい。
「議事堂で聞いてみたけど、大概はニナと同意見。弾薬は欲しいけれども、保安官たちが事務所で奮戦して引き付けてくれるなら、それはそれで悪くないと、さ」答えたシエルは不機嫌そうだった。
民兵たちが勇敢さに欠けているように思えて不満なのだろうか。
マギーは無言で考え込んだ。マギーは所詮、
(……今のところは、互いに決め手に欠けてる。保安官事務所の弾薬は、居留地の命運を分けるかも知れないな)
しかし、下手に動くことで、数十匹の蟻を引き付けるのも恐かった。
働き蟻の一匹、二匹であれば、何とかできるが、複数の蟻に群がられたらマギーも一溜りもない。多少の筋力や武術云々でどうにかできる相手ではないのだ。
蟻を倒すには弾薬が必要なのに、弾薬が無ければ包囲を解けない。
一見、詰んでるようにも思える状況を打開するに、何かいい手はないだろうか。
考え込んでるマギーの袖をニナがそっと引っ張った。
「……ね、べつに渦を突破する必要はないんじゃないかな?」