黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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終末世界の過ごし方_24 突破口

 北口の曠野からの巨大蟻流入はほぼ止まっていたが、南防壁からは相も変わらず梯子のようになって巨大蟻どもが侵入を繰り返して来た。

 

 とは言え、居住者たちの死に物狂いの抵抗を前に、街路にも夥しい数の巨大蟻の死骸が転がっている。奇襲に拠る心理的衝撃さえ抜けてしまえば、年に十日足らずの訓練と言えども、民兵たちも怪物に対して想定されていた動きを取り始める。

 銃弾は貴重とは言え、弓にクロスボウ、槍、棍棒に火のついた松明。バリケードや上階の窓、屋上から投げつける石に岩、丸太。繰り返し利用可能な道具を武器に、人間の持ち得る意志と狡猾さをもって居住者たちは粘り強い抗戦を続けていた。獲物を追ってる筈が背後に回り込まれて挟み撃ちされ、太い杭や槍で腹部を貫かれて、延々ともがいている巨大蟻も幾度と見掛けた。倒される大半が働き蟻とは言え、恐らくは、すでに侵入する個体よりも失われる巨大蟻の方が多いであろう。

 

 しかし、情勢は依然として予断を許さない。狩人《ハンター》たちを連れて居留地へと戻った一行だが、議事堂でも慌ただしく動き回る民兵に余裕の色は窺えなかった。

「北口での銃声が減ってきたぞ!応援を回さないと!」

「農地の方から、もう持ちこたえられないと!」

 伝令たちのやり取りが嫌でも耳に入ってくる。居留地もギリギリか、とマギーは軽く唇を噛んだ。傍らのニナは不安そうに爪を噛んでいる。

 しかし、間違いなく巨大蟻にも相当の打撃を与えている。女王蟻がどの程度の頻度で蛹を産むかは分からないが、戦力が無尽蔵であれば連中はもっと猛威を振るっている筈だ。

 自由都市《ズール》あたりで纏まった数と質の傭兵団を募れば、巨大蟻を駆逐するのも決して難しくはないだろう。

「弾が足りない!もうすぐ弾切れに!」

「前に行商人から纏めて仕入れた奴が、まだ倉庫にあった筈だ!

 ひっくり返してもいいから探して持ってこい!」

 とは言え、居留地《ポレシャ》の住人たちがその手段を許容するかは、また別の話だった。一時なりとも居留地を撤退すれば、甚大な金銭的被害と人的被害を被るだろう。結局は、今此処で踏ん張るしか選択肢は残されていない。

「……損益分岐点が」

 思わず漏らしたマギーの呟きが、あまりにも場にそぐわない単語だったからか。

「なに?」とニナが怪訝そうな視線を向けてきた。

「いや……巨大蟻どもに撤退という選択肢はないのかな、と思っただけさ」

 マギーは首を振った。

 

 議事堂の議員たちにシエルが作戦を説明し、了承されると数名の民兵が同行してきた。保安官事務所近隣の建物の屋上へと陣取った民兵たちが作業を開始すると、ニナとマギーは、殆んどやる事がなくなった

「なんとかなるかな」

「なって欲しいね」

 行動を共にしてきた流れで一緒にいるが、事ここに至っては、成功することを祈るだけだ。

「保安官!クロスボウを撃つ!」シエルが張りのある大きな声で保安官事務所へと伝言している。

「縄を付けたボルトをそっちに。だから屋上から避難して。縄を二本撃ったら、それを結んで」シエルの言葉に保安官たちが手を振って、反応を示している。

「物資をやり取りするんだな!?」保安官が怒鳴り返して来た。

 シエルは大きく頷きながら、手筈を説明する。

「こっちから水と缶詰送るから、そっちは弾丸を送って!分かった?!」

「おう!」

 保安官の応答にうなずくとシエルは大きく息を吸った。

「やってちょうだい」

 雇い主の指示に頷いた狩人がアーバレストを構え、微塵も揺るがぬ姿勢を保ちながら、ボルトを射出。真っすぐ飛んだボルトは、狙い過《あやまた》ず、保安官事務所屋上の土嚢へと突き刺さった。二本目の縄も到達すると、シエル側で二つの滑車を通してから、互いに縄の端を結んで大きな輪を作る。

 別の紐で滑車を縄に固定し、縄の片方を引っ張って保安官事務所へと送り込む。

 ついで金属の棒を送り込むと、互いに立てて滑車を取り付ける。

 

「……なんとかなってくれよ」作業を終えた民兵が汗を拭きながら、頷いた。

 吊るされたヘルメットに弾薬が入れられるのが見えた。革袋に詰められ、万が一にも落ちることないよう紐で固定して、保安官事務所から送られてくる。

「弾薬来た!弾薬!」民兵が興奮して叫んでいた。

 見た目、百発以上は入ってる。

「口径バラバラじゃない」マギーはぼやいたが、民兵らは喜色満面にうなずいていた。シエルは取りあえず、弾薬を小さな鞄に移すと手近な民兵へと手渡した。それから袋とヘルメットを滑車で送り返すように指示する。

「これ、議事堂へ持って行って。お願い」

 民兵たちが駆けだしていく。

「まだくるぞ!」民兵が興奮して叫んでいる。

 

「これで……勝てるかな」不安そうに呟くニナの肩を、マギーは抱き寄せて囁いた。

「そう思いたいね」

 次に来た弾薬もすぐに議事堂へと運ばれていった。民兵たちに分配されているとの事だが、エアライフルのペレットの入れ物や黒色火薬の小さな壺。椎の実状の弾薬までも二度、三度と送られてきている。

 十分もしないうちに議事堂の周囲で発砲音が響き始め、徐々に激しくなっていく。やがて2~3分に一発程度だった銃声が、少なくとも二、三十秒ごとに響き渡り始める。

 マギーも、ニナも、広場の周囲を見回した。心なしか、巨大蟻の渦が動揺しているようにさえ見える。それとも、錯覚だろうか。

 400発でも、20人に分配すれば僅か20発。それでも戦況は変わりつつあった。クロスボウやエアライフルでも、使い方次第で働き蟻にはかなり効くし、火縄銃やミニエー銃も、威力自体は変わらない。鈍重な怪物相手にバリケードから間近でぶっ放すなら、精度はさほど問題にならない。

 

「……北口への救援」とマギーは救援要請を口にしたが、話してる中途にて民兵に遮られる。

「待て待て!分かってる!分かってるから!」と隊長らしい人物が頷きながら、マギーを宥めてきた。

「また来た!これで多分、最後!」民兵が叫んだ。

 三度か、四度。銃弾が滑車で送られ来た。

「大体、六百発か。保安官事務所も空かな」と民兵の言葉を聞きつけて、保安官が吠えた。

「エアライフルの弾はまだまだあるぞ!」

 

 民兵の一人が口径ごとにより分けようとして、銃弾の上に乗った紙切れに気づいた。

 乱雑に書かれた文字を読み取って、滑車を運用していた民兵が顔を綻ばせる。

「保安官のメモだ。各家庭の所持している銃の口径」

 最後の弾薬も口径ごとに分けられ、民兵や傭兵らに分配され、一部は取り分けられた。

「これ、配達して来い」民兵の隊長が気の利いた民兵二人を選んで、命令する。

「反撃に移るぞ」指示が矢継ぎ早に飛ばされると、北口への増援も編成されて出発した。保安官助手が三人と民兵が五人。弾薬を百二十発にエアライフルのペレットやクロスボウのボルトもたっぷり持って、ボルドを背一杯に担いでる者もいた。

「足りなきゃ、さらに増援を送る!」民兵の隊長に頷いたマギーは、大きく息を吐いてから、二度、三度と頷いた。

 

 傭兵が奪還した北側の防壁の入り口へと陣取った。背中にボンベを背負っている姿を火炎放射器と見て取って、マギーは目を細めた。

「……ヤバいもの持ってるなあ」

 賊徒相手ではいい銃の的にしかならないが、怪物相手には非常に役に立つ。北境の防壁上に陣取った傭兵が、外側に向けて抑制された炎を発射していた。

 コンクリートの廃墟が多く、射程の短い小型の火炎放射器ならば、延焼は防げると踏んだのだろう。炎の舌に舐められた巨大蟻の黒い梯子が瓦解して、地面を少し這いずるも力尽きて、すぐに動かなくなった。これで、北から防壁内への巨大蟻の流入が完全に遮断された。

 

 民兵隊長や傭兵たちが居留地の地図を広げて、何やら書き込みながら命令を発している。辺りから銃声が響き渡り、民兵や伝令の喧騒が騒めく中、ニナはホッと息を吐いた。

「……なんとかなったのかな」呟いた瞬間、ニナの膝から力が抜けた。崩れ落ちそうなところを背中からマギーに抱きしめられる。

「あ、安心したら、力が抜けて」

「よく頑張ったね」ニナの頭の上からマギーが優しく囁いた。

「あ、うん。それほどでもない。逃げてただけで……」

 言いながらも、ニナはひどく安心していた。震える腕でマギーの手を強く握ると、万感を込めて言った。

「……恐かったよ」

 頷いたマギーは、ニナを抱きかかえて屋上の隅へと座らせた。それから肩を引き寄せて静かに告げた。

「君が無事で本当によかった」

 疲れ切った表情のマギーに抱えられたニナは、民兵たちの邪魔にならないよう隅に座った。しばらくしてニナを抱え込んでいたマギーの力が抜けた。驚いて見上げると、土嚢に寄りかかりながら軽い寝息を立てていた。

「……ここは危ないよ」話しかけるも起きる気配はない。苦笑を浮かべたニナは、マギーの腕を抱き寄せて丸まった。

 

 

※※※

 

 巨大蟻の襲撃に際し、十全に機能したとは言い難いが、元々ポレシャは怪物からの防衛を主眼として防備を整えてきた居留地だった。

 

 防壁内の建築物。特に大通り沿いの家屋は、かなりが石造りかセメント。或いはレンガ造りで建てられていた。扉は頑丈で窓は分厚い観音開きとなっており、屋上へも出られる。つまり籠城向けに作られており、屋上から街路へ向けて火器や飛び道具を打ち下ろせる、いわば簡易トーチカの役割を果たせる仕組みとなっていた。加えて襲撃直後は動きの鈍かった予備兵たちも動き出している。

 

 すでに北口方面からも、南の街区からも、ひっきりなしに銃声が響いてくる。旧式のマスケット銃などを所持する居住者も多い。火薬や銃弾に予備の銃の配備で、弾切れに陥っていた者たちが戦力化されたのだろう。巨大蟻の奇襲に深いところまで一気に侵入され、頑丈な家に閉じ籠っていた住人たちも、家の周りの巨大蟻が駆逐されるたびに戦力に合流してくる。そうなれば戦列の細長く伸ばした分、巨大蟻の方が不利となった。数十年の間、武器弾薬を備蓄していた豊かな居留地《ポレシャ》が、奇襲で麻痺していた本来の潜在能力を発揮し始めれば、いかな巨大蟻の群れとは言え、易々と飲み込めようはずがない。

 

 しかし、それでも兵隊蟻。特に戦士蟻は並々ならぬ怪物で、容易く駆逐できるような相手ではなかった。全体の戦況を俯瞰できない以上、どちらが勝っているのかはシエルにも分からない。民兵隊長たちの会話を伝え聞いた部分では不利ではないと思いたいが、視界の範囲内では依然、巨大蟻どもが好き勝手に街路で蠢いている。保安官事務所を包囲する大群にも手出しできなければ、南側の防壁も奪還していない。

 

「もう一仕事して貰う。ついて来て」

 戦況を眺めていたシエルだが、雇い入れた狩人二人へと振り返ると同行を促した。

「一匹仕留めるごとに報酬を出すのなら、何処にでも、喜んで」

 雇い主《シエル》の言葉に、狩人の男が慇懃に頷き、女狩人も顔を綻ばせた。

「ズール通貨なのは少し不満だが、払いは悪くない」

 ハンティングライフルを背負うと、疲れを押し殺してシエルは立ち上がった。手持ちは32口径弾がわずか七発。それでも一発で2日分の食費が吹き飛ぶ値段だ。買い与えられてから、実際に使用したことなど数える回数しかない。今は、もう少し銃の練習をしておけばよかったと後悔している。

 

 防壁内の形勢がこうまで居住者側に傾いた以上、侵入してきた蟻の駆逐は時間の問題で、ついで農地での反撃に移るだろうが、その反撃までシエルの家族や家人が無事である保証はなかった。

 

 シエルは、屋上の隅でうとうとしているマギーと、その傍らのニナへと視線を向けた。シエルが歩み寄りながら口を開いた時、ニナが必死の表情で首を横に振るった。

 それで、シエルは歩を止めた。

 できれば、もう少しマギーたちに同行して貰いたかったが、彼女たちは居住者ではなく出稼ぎの渡り人(オーキー)でしかない。襲撃からずっと危険を冒して充分に最善を尽くしてくれた。奔走して疲れ切っている様子を見れば、此処まで手伝ってくれただけで良しとするべきか。

 

 忙しく出入りする民兵の伝令や弾薬の運び手たちを避けて、階段を降りると扉の影から街路の様子を窺いつつ、狩人たちを引き連れて南へと向かった。

 

 途中の街路で、土嚢の陣地が構築されているのを見かける。一見すると、とても巨大蟻を足止めできそうにないが、僅かでも動きを鈍らせた巨大蟻を横合いや後背の物陰から狙い撃ちできるように配置されていた。侵入初期には働き蟻の外殻にすら弾かれたエアライフルも、横合いから柔らかな腹部を狙えば、大型の兵隊蟻さえ仕留められるようで、今も足が千切れてもがいている巨大な兵隊蟻に、半円を描くように囲んだ民兵たちが止めの弾丸を打ち込んでいた。

 

「……勝てるかな、多分」と呟いて、シエルは拳を握った。

 怪物を翻弄する光景に、少なくとも負けはない、とシエルにも思えてくる。

 巨大蟻の群れには苦しめられたが、ポレシャを一飲みにするには数が足りなかった。働き蟻を失った以上、人間はますます好き勝手に動き回るし、彼方此方に陣地を築けば、それで時間と共に有利になっていく。

 最悪、自由都市から傭兵を雇い入れて、巨大蟻を駆逐することだって出来るのだ。

 だけど、それと家族の犠牲を許容するかはまったく別の話だった。

 

 問題は、南への増援が今のままでは到底、間に合いそうにない事だ。街路や住居を巡る小戦闘に手を取られ過ぎている。

それをするな、とは言えない。一人助ければ、民兵に合流してくれる。防衛戦力が一人増える。槍でも、棍棒でも、石を投げるだけでも役に立つ。屋上から煮えたぎった油でも、沸騰しているお湯でも、焼けた砂でも振りかけてもいい。働き蟻は複数名で囲んでしまえば、棍棒などで始末できる。そして巨大蟻の圧倒的な数的有利がひとたび失われてしまえば、人間は罠でも火でも使ってより狂暴な蟻にも対抗できた。戦士蟻や兵隊蟻だって、恐いのは無数の働き蟻に混ざっているからだ。

 

 道中、戦闘を幾度か見かけたが、襲われることは一度もなかった。シエルの目に見える範囲の全てで、居住者たちが有利に戦闘を進めている。

 

 だから、南防壁の見える位置までは近づけた。防壁に面した家屋の物陰から、そっと顔を出して様子を窺えば、今も防壁の上から蟻がひょいと顔を出しては、内部へと落下してくる。うろついてる巨大蟻が数匹ごとに纏まっては、居留地へと繰り出していく光景に思わず舌打ちしてしまう。纏まった数には手出ししかねるのか。行動を斥候に留めながら、数人の民兵たちが歯噛みしていた。街路の各所での繰り広げられる戦闘に手を取られて、民兵たちも入り口の流入を見張るのが精いっぱいなようだ。

 

 少しだけ低くなってる防壁に巨大蟻どもが群がっては、砂や瓦礫を積み上げていた。粘液で固められた石くれなどが積み上げられ、傾斜《スロープ》を形作っている。内側からも出入りできるまで積み上げた傾斜の上を、働き蟻がなにか赤い塊を顎に挟んで運び出している。

 

 肉団子の材料が人間なのか、それとも飼われていた家畜なのかは分からない。家畜小屋の壁も扉も、家屋ほどに厚くもなければ頑丈でもない。防壁内で飼われていた牛や山羊の被害が金額としてどれほど恐ろしい数字となるかはシエルにも想像もつかない。だが、それでも、続々と運び出される肉団子の材料が家畜であることを祈らざるを得なかった。

 

 シエルはその蟻どもが群がり続けている防壁上の侵入口を指さした。

「あそこを奪還したい。何とかできる?」

 狩人たちは、口元を歪めた。笑ったのかも知れない。

「……無理だな。数が多すぎる」

「もう少し待てば、味方もやってくるんじゃないかな」

 淡々と告げる狩人たちにとっては、何処まで行っても他人事でしかない。

 それが分かっていても、農家の娘は苦しげに表情を歪める。

「……もうじき日没になる。精々、後二時間ほど」

 朱色に染まりつつある西の空を眺めて、シエルは壁に拳を叩きつける。

「私の家族も、家人も、大勢の労働者も壁の外に取り残されている。

 日が暮れる前に、南の農地との連絡を回復させたい」

 

 

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