クロスボウの弦を引く為に梃子で使われるレバーで、機構の一部として下部に付属する物もあれば、取り外し可能な上に嵌めて引くレバーもあるが、一般に強力なクロスボウほどに必要とされる。
足で踏んで主に背筋で引くベルトフック方式に比べて装填速度も劣らず、威力は数段、優っており、疲労も少ない。道具の差と言うよりは、用いるクロスボウの素材と作りの差ではあるが、より強力なクロスボウを扱えると言う意味で、ベルトフック方式よりも、優れているとは言えるだろう。
500
勿論、世にはウィンドラス(巻き上げ機)やクレーンキン(歯車式)方式など、もっと強力で人の扱えるクロスボウも存在している。
800~1200
予算的にも、整備や取り扱い的にも、樵や庶民が普段使いする代物とはかけ離れている。
120
200から300
なので120
販売価格は210都市通貨、地区通貨で300通貨ほどになるが、流れの職工が作った代物とは比較にならない精度を誇っている。
ポレシャ市での自由労働者の日当がおよそ15~25通貨。安いとは言えない買い物だが、値段相当の価値はあるとマギーちゃんは思っていた。
毎日の生活費が4~7通貨。節約して貧しい食事で2~3通貨。
毎日、仕事がある訳でもないと考えれば、誰でも買える品物ではないが、真面目な働き者が一年の大きな買い物として、良い斧やナイフ、山羊や羊、豚や家の資材に並んで考慮してもおかしくはない代物だとマギーちゃんは考えていた。
実際にちょくちょく売れる。2台仕入れた時も一週間のうちに捌けた。
一台売るごとの利益は、60~70通貨だが、樵や羊飼い(※牧者衆とは違う零細)、馬借に自作農などが顔を見せては、予約していく。
入らない時もあるが、買い求める層は、総じて商品に対してそれなりの見識を持ち、手入れや整備の為の道具、耐用期間に弦の交換時期など具体的、かつ現実的な質問を投げてくる。
浮ついた気持ちでもなければ、日常的に使い潰す武器でもなく、生活の延長として道具を買いに来た人々だ、とマギーも感じたから、適当言わずに丁寧に答える。
値引きも安売りもしないが、それだけの品だとは己の目で一台ごとに確かめてある。
一応、武器なので名前と日時だけは記載してもらう。確認はしないし、出来ない。それでもいざと言う時は官憲に提出もするし、破損した際に職人に届けもする。
ついでに言うなら、マギーは60
随分前から取り扱っている商品で、値段は75通貨。
さしたる利益は出ないけれど、値段と威力、精度や壊れにくさから、物を運べない旅人、懐の寒い農民、物資に乏しい開拓民などに特にお勧めの品だ。
それぞれを月に1~3台ほど仕入れているが、売れ行きは悪くない。
予備の弦や部品なども売れている。
ポレシャ市でも武器は製造されているが、基本は輸入品であって、競合する他者はいなかった。
武器の売買と言うのは水物で、どれほど需要があるかは実際に売るまで、予測も難しい。下手に在庫を抱え込んだら、資金の少ない行商人では身動きが取れなくなってしまう。
だから、どの行商人や交易商にとっても、武器類はついでの品に過ぎず、時々、金のある市民が特注品を注文するくらいで本格的に商う商人はいない。
マギーの作った伝手は、大型工房が手を出したがらない少量注文や、納期の読めない地方向けを埋める役割を果たせるだろう。
それなりの資金を背景に少量注文し、完成品を受け取り、売れた分だけまた予約する。工房にとっては職人を遊ばせずに済み、マギーにとっては在庫を抱え過ぎない、利益は薄いが双方に無理のない形の商売だった。
―――――
マギーちゃんは、家の敷地の低い壁際に土嚢を詰んでいた。ニナと一緒にシャベルを動かしてる最中、人を雇えばいい、と今さらながら気づいて唖然とする。
十一月に入った。町外れの住民たちも、大半は寝床を簡易宿泊所や避難所に移しつつあるけれど、昼から夕方に掛けてはまだ暖かいので街角や通りをプラプラしたり、簡単な仕事をして日銭を稼いでいる者も多い。
中には、冬を越えるのに食料や薪が足らず、必死になってお銭《ぜぜ》を稼いでいる者もいた。半日仕事で十地区通貨は悪い金額ではない筈で、二日分の食事か、三日分の粗食に替えられる。
マギーの手元には一万都市通貨がある。物流が細る厳冬の11月でも月に1000程度は稼いでいる。
人を雇う余裕もあるのでは?マギーちゃんが提案すると「なら、人を雇おう」ニナは渋い表情を浮かべたが、否定せずにそう言うと考えを詰め始める。
「メリットとしては、僅かな金額で人を使う経験をして、覚えられる。
労力と時間の節約。その間に思考力を使える。デメリットは?」ニナが言う。
「怠惰の癖がつくと危険。働きに対して多めの賃金を払う可能性だが、人を見る訓練として、二人から四人を雇うのは、失敗しても有り」とマギーが述べた。
「近所にお金を持っていると喝破される可能性。とは言え、既に知られている。
現金のかなりは両替商に預けているし、防備もある。此方は武装した四人、か」ニナは考え込んでから「うむ。雇おう。賛成一」と賛意を示した。
「雇う人間を選んで、気前良すぎるのもケチるのも危険を招く。適切な額」マギーの指摘にニナも頷いた。「1人なら楽だが頼りない。多すぎると制御できない」
「二人。監視しながら」結論しながら、表通りへと出てくる二人。
寒さの厳しい時期に入ると、バリケードの見回りも手薄になってしまう。もっとも懸念すべきは、怪物の群れ――変異獣やら屍者の大群に侵入される状況だ。
どちらも曠野では考え得る最悪に近い事態であるが、今年は厳冬で厳しい不作。
飢えた盗賊や乞食、放浪者の大群が町に押し寄せてくる騒動も恐ろしい。
寒風が街路を吹き抜けている。所々、瓦礫が転がる路地に小さな砂ぼこりが舞っていた。
暖かな衣服を幾重にも着込んだ二人は、夜以外は出歩けるが、服の少ない貧しい者たちは、もう避難所や簡易宿泊所に閉じ篭りっきりに違いない。
小さな天幕は、残らず撤去されており、泥の小屋も殆んどが無人となっていた。小雨や寒さで、泥小屋の壁の一部が凍りつき、崩れかけた泥濘が地面に落ちていた。
残っているのは分厚い毛布を幾重にも重ねたり、木板に漆喰や煉瓦を連ねた天幕や小屋で、まだ頑張ってる住人が、雨水を貯める金盥の水が一晩で凍ったのを嘆き、少しでも解かそうと日差しに置いていた。
廃墟や廃屋でも形を保った僅かな建物には、やはり厚い布や木の板で窓や出入り口が塞がれている。人々が集まっているらしく、窓の奥には薪の炎がぼんやり揺れ、人影が赤い光に沈み込むように踊ってる。
冷たい風が吹く中、寒さに身を縮めつつ、毛布をマントのように羽織った人々が、足音を響かせながら行き交っていた。まだ小さな店舗や露店、屋台も開いていれば、薪屋なども掛け売りをしてくれる。
空も大地も灰色に包まれつつも、町外れにも生活の気配がまだ残っていて、辻や屋根の下にはドラム缶の炎に当たりながら、談笑している幾人かの若者たちの姿も、ちらほらと見かけられた。
「怪しい人物が紛れ込むかも。知ってる顔」マギーが告げると、「冬の寒さで仕事効率が下がる可能性。ゆとりを持たせる」とニナが頷いた。
「監視しつつ、間に合わないなら手伝う」マギーの提案に「りょ」とニナから短く返ってくる。そうして、暇してそうな近所の
近所で炎を囲みながら、団子を焼いてた二人を誘おうとして、三人いて「仕事が欲しい」と全員が言ってきた。
簡単な仕事を頼んで、一人頭七通貨で済んだ。
土嚢を作って、運んで、詰むだけの仕事。
汗を掻き過ぎると服のうちで凍って危険なので、ゆっくりとやってもらう。
途中で休憩を挟んだ。焚火で暖まりながら、噂話などを交わす。此方も計画書を書きながら、土嚢を詰む場所を討議。2~3時間で、十二個の土嚢を作ってもらった。
仕事ぶりには満足したので、多めの八通貨ずつに、お茶と簡単な軽食。チーズにパンを振舞って、礼を述べた。
時間当たりの作業効率は、ややぬるめだが妥当。
三、四回。似たような仕事を別の日に頼んで、同じ過程を繰り返し、壁に土嚢を高く積んだ。完成すると、木の板なり布なりを吊るして、マギーが下手な人体やら変異獣をペンキで描く。
「画伯……」ニナが呻いた。
「良いんだよ、分かれば。ニナの絵は上手過ぎて、射撃訓練で一々、ストレスが発生する」とマギーは冷静に言った。声は震えてたかも知れない。
気のいい労働者たちとは、手を振って別れた。マギーちゃんの商品から、その場で家族への土産物に麦酒や甘味を買っていく者もいた。冬越えにも、ゆとりを持っていたのだろう。マギーとニナは顔を見合わせた。
元より、余裕の有りそうな者たちに声を掛けたのは、切羽詰まった者たちとは関係を作りたくなかったからだ。哀れとは思うが、リスクの発生を抑えてそう判断した。
もしかしたら、思わぬ病気や怪我で余裕が無くなったかもしれないが、そう言う人物は大抵、噂になるし、周囲の誰かが多少の金銭や食べ物や薪を差し入れることが多い。
嫌われ者でも、公的機関で低金利の金を借りる手もあった。ポレシャの壁中で冬越えに失敗すると言うのは、想像以上の怠惰か、愚か者か、不運か。マギーやニナが、噂も耳にしないと言うことは、それはそう言う事なのだ。
ようやく完成した土嚢の壁に的を描き、離れた距離からクロスボウを発射する。
ニナが80
トリスは30
10歩の距離から初めて30歩でも、腕でも足でも土嚢に描かれた下手な絵の狙った個所に宣言通りに当てていた。
徒弟のトリスは才能があるようだ。
ニナもマギーも動かない的には当てられるが、それは訓練の結果だ。
しかし、一発目からトリスは当ててきた。
兎も角、冬に入りつつも、遊びみたいに訓練を重ねて、同時に他に気を配ることも、心のゆとりも忘れないように振舞った。
持ち方や姿勢、狙いの付け方に反動の抑え方など、実地で撃つことでしか覚えられないことは沢山ある。
ジーナ・エクルストンは、後込め式ライフルを用いている。
一丁分であれば、弾薬を手当てできるだけの伝手を既に持っている。
本来は必要ないだろうが、クロスボウを使って一緒に訓練をした。
ボルトは再利用できたし、弦は頑丈。本来はlbを揃えて、使用するボルトも統一したかったが、三種類であればそれほど問題はない。
同じ価格帯でより強力であったり、便利であった武器は幾つかある。例えば、エアライフルに金属薬莢弾の古い拳銃、マスケット短銃やパーカッションのリボルバーだって入手できるだろう。
電池と釘さえあれば、かなり強力なネイルガンは、スカベンジャーたちに好まれている武器だ。屍者に囲まれた廃墟の街角でも、使い方次第では状況を打開できるだろう。
だけど、マギーは古色蒼然としたクロスボウを選択した。
有効射程と精度、一発当たりの威力を比較検討したうえで、なお、ルガリエ製のクロスボウがいいと結論している。
壊れにくく、修理できて、なにより矢が使い廻せて、他の武器と違い、供給が途絶えることが無い。人によって最適解は異なり、重視する要素も違う。好みも合致した方が力や性能を引き出せることもある。失敗もあり得るのが恐いが。
懸念としては、白兵と射撃戦の切り替えの時に、訓練しないと思考に空白が生まれる事。人間と怪物相手では、射撃戦のセオリーが全く異なる事。
また、単独で強力な熊や数の多い
連携や射線の訓練をまったく積んでない事などがある。
とは言え、四本のクロスボウはそれなりに投射力が高く、また、害獣を仕留められるくらいには強力で、変に強い怪物や人相手に挑まず、大鼠や野犬、コヨーテくらいを高い位置や建物から狙い撃つなら、充分に役立つ筈だった。
そこまで強い敵とは戦わない、基本は屍者や野犬、数匹の変異獣に巨大蟻。ならば、クロスボウなのだ。マギーも、トリスにいきなり古参兵のような動きを要求したりはしない。
廃市街育ちとは言え、戦闘訓練は受けていない。まだ、徒党同士の喧嘩以上の戦闘は知らないのだ。だから、失敗が起きたら、それは指揮官の判断ミスか、状況に対する限界であって、部下《トリス》の無能ではない。
初期の集中訓練を済ませた後は、定期的にクロスボウを撃ち続けて、素人に近かったトリスも、取りあえず装填だけは反射的に出来るようになってきた。
新しい武器を与えた時に身体が戸惑うかも知れないが。それでも、クロスボウに習熟することが今、命の危険を減らしてくれる。
なので、徹底的には叩き込まず、あとで消せる程度の癖を身体に付けさせた。
本当は、最初から高性能武器に寄り添った癖を身に付けられれば、最良なのだが。
多分、最下層に生まれた時点で、段々に成り上がれて、装備を向上させられても、スペシャリストにはなれない。だからと言って、負けるとも限らないとマギーは考えていたが。
猫耳のココは一緒に泊まることはなくなったが、今も時々、昼頃には顔を出し、食事を共にしたり、火に当たっている。
去年の同じ時期ほどには弱ってない。安い服を重ね着して、かなり丸々としている。襤褸布めいた服だが、いい服をやってもセフ衆で皆のものになる。
皆のものとは、つまり、ココ以外の誰かのものだ。
考えてから、マギーは、ココにもクロスボウの訓練をさせた。嫌がっていたが。
此処で使い方を覚えていれば、将来、誰かを助けられるかも知れない。
命を拾うかも知れない。きちんとした訓練を受けられる機会があるなら、受けた方がいい。と言い聞かせると、大人しく従った。
自由都市への行商に出る数日前には予定を教え、近くの廃墟に隠した食べ物と水、お茶の位置を教えておく。
予定より早く帰ったら、回収するから、一日、一食。
そう言い聞かせると全部、持ち帰ってセフ衆――何処かで聞いた名でもある―――の共有財産として取り上げられることもなくなる。
遊ぶ時間やゆっくりと休憩する時間も大事だ。
今も天幕は少しだけ大きくなってる。
張り詰め過ぎた糸は、簡単に切れてしまう。余裕があるなら、少し撓ませて置く方が切れにくい。
相も変わらず、肌寒い空の下。小さな天幕の下でお茶を飲んだり、軽食や甘味を取って、噂ばなしに興じたりもする。
死にたくないと思うが、何時危険が起こるか分からない。今死んだら、トリスやココは掬い上げられなくなる。
「今日も温かい食事を食べられる。有難い事じゃ」マギーは時々、恐怖に襲われながら、他の者たちに微笑み掛けていた。
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十一月上旬_10033都市通貨
冬まで残り一か月。