黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_74 距離と時間

 冬の行商は、よほどに上手く運ばねば中々、苦労と引き合うものではない。

 氷点下も六度や八度。時に十度以下にもなると、野外での移動ですらも辛くなる。

 荷を軽くせざるを得ないし、長時間の活動を避ける為にシェルターや農家、旅籠での休憩に、薪やお茶などに費やす必要についても跳ね上がるものだ。

 

 それでも幾らかの利益とはなるし、逆に言えば、盗賊や略奪者、浮浪傭兵などの部類も、街道上から姿を消し始める時期であった。

 コヨーテや狼、野犬など野生動物の類も随分と見かけなくなり、変異獣と屍者のみが相も変わらず、人間どもを地獄に引きずり込もうと地を徘徊し続けるのみだ。

 

 春から秋にかけては、健脚で一日もあれば横断できようポレシャ市・ズール都の往路を、真冬の時期は慎重を期し、三日を掛けての旅路となる。時に計画表や時計を肉体感覚よりも信頼し、こまめに身体を休め、多少の経費が増えても絶対に無理はしない。 靴下は二重に履き、予備の靴、修理用にゴム接着剤により糸と針も携帯して、とにかく、街道で足を怪我しないことに留意する。

 

 シェルターでは、冬の前に貯めておいたり、持ち込んだ薪を使い、旅籠や農家には石鹸やポケットティッシュ、新聞紙に茶葉など、辺土に暮らす者たちが欲する現物で宿代を抑える。この時節には、ひたすらに温かい食事と共にお茶やコーヒーを多めに飲む。多少の利尿作用は気にしない。

 脂の浮かんだスープや肉も時々、腹に詰める。値が張るし、食べ過ぎると肥満に良くないが、冬場には欠かせない。カブやキャベツと一緒にゆっくりと味わう。

 栄養のある小さなビスケットや豆での間食も多めに取る。

 暖炉の火にあたりながら、他の旅人たちとも情報交換を行って冬の街道を慎重に偵察し、警戒しながら進んだが結局、何も起こらなかった。それで良かった。

 

 自由都市にたどり着くと、四百都市通貨を支払い、訓練学校でニナに遮蔽を叩き込んでもらった。訓練を甘く見て、ふざけた挙句、屍者に噛まれて同類となった学生から逃げるというニナのトラウマを刺激する授業があったが、予め、姉の件は相談しておいたので、免除された。

 

 他に相対した際の装備の差――クロスボウ、マスケット、ライフルによる装填速度や射程、威力の違いに警戒するポイントを徹底的に身体で覚え込む。

 クロスボウは、発射音が小さく、初速は高いが装填がやや遅い。

 マスケットは、音、煙、威力は強烈だが、命中率と装填速度に難がある。

 そして別格のライフルは、射程と精度が致命的であり、敵の保有する弾薬と遮蔽が狙われた際の命を左右する。

 

 最初に遮蔽物の後ろで実際に実弾で撃たれ、そして、同じ武器を持って実弾で反撃を行う。徹底して『遮蔽』と『距離を保つ』概念を叩き込まれる。襲撃された際は、敵を近づけず、距離を保つことが重要だと理解させる。

 熟練の無宿人《ノークォーター》や略奪者《レイダー》、剽悍な部族兵に白兵に持ち込まれることは、殆んどの旅人にとって死を意味するし、一方で、腕利きでなければ、弓でも銃でも、数十歩の違いで命中率や威圧が大きく減少するからだ。

 

 距離を保つのは、兵士にとっては時として怠惰にして怯懦となるが、旅人は目的が違う。旅人にとっての銃は、敵を仕留める武器ではない。互いに撃ちあい、距離を保つための道具である。襲われた際に、テクニックと知識として、徹底的に距離を保つことは、無事に離脱し、生き残るための有効な手段のひとつであった。

 マギーの見たところ、確かに四百都市通貨の価値はある授業だった。

 自分でも受けようかと考えるほどだ。

 

 ニナとマギーはノートを取り、話し合って、この過程を所属するポレシャ民兵、或いは自警団でも取り入れるか話し合うが結局、軍隊には向いてないと結論した。しかし、仲間たち。特に戦闘訓練は受けてないトリスやココにとっては、有効な教範となるに違いない。

 

 傭兵訓練学校で授業を学び、蚤の市や小さな商店を回って、釘やら鉄くず、コーヒー豆、衣服に若干に医薬品とポレシャ市で売れそうな資材と商品を安値で仕入れる。

 知り合いの酒場へと赴いて最近の情報を交換し、下宿代を知己の家族に支払うと、マギーとニナは、いつも通りにポレシャ市への帰路へとついた。

 十日近くを留守にして、ココは無事だろうか。トリスやリリーは元気にしているか。それよりも余り気を抜かないようにしなければ。冬の街道でも、曠野の旅に危険はつきものなのだからと。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 中途、軽く雪が降ったが、まだ浅く済んだので靴もなんとか持ちこたえた。そろそろ長靴へと変えるべきか。往路と同じく、復路でも二日を旅し、三日目の昼過ぎには、長き防壁持つポレシャの遠景が見えてきた。

 

 左手には、冬麦の畑が広がっているも、例年なら緑の畑に所々、茶色や灰色が斑に混ざり、明らかに育成が悪かった。これは例年の半分どころか、凶作になるかも知れない。

 建物や廃車も組み込んだ長大な防壁を右手に北上し続けると、防壁の上に聳える見張り塔が徐々に消える。やがて町外れに差し掛かると、木柵の背後に簡素な仕組みの見張り台がそっと佇んでいるのみだ。

 

 とはいえ、廃市街や小さな居留地と比べれば、それでも相当の防備は為されている。木製の柵や簡素な塀が延々と切れ目なく設けられ、逆茂木やら堀も掘られている。市民街区の防壁を見習ってか、コンクリートブロックの背後に土を積んで厚みを増している部分もあって、並大抵の怪物やら数人の賊では、そう容易く昼間の警備は越えられまいとも思えるだけの備えがなされている。

 

 木製や土嚢のバリケードに沿って、やや泥濘の兆しを見せる地面を歩き続ければ、やがて出入口も見えてきた。近くで頑張っていた見張りの自警団員たちが、マギーたちを認めると、馴染の行商人たちの無事を喜びながら、門を開けてくれた。ポレシャ市へと帰り着いた。

 

 厚着を着込んだ、というよりは古着や薄着を幾重にも着て、毛布をマント代わりにしてる自警団員たちが、白い息を吐きながら、お茶を振舞ってくれた。

 バリケードの内側に入り込み、荷を降ろして安堵の吐息を洩らした。やっと帰ってきたと思える。幾十度と道筋を往来しようとも、旅に緊張は付きまとう。だけど、むしろ慣れてはいけない。熟練の旅人でも、けして惰性だけで動かない方がいいのだ。

 

 小屋の中に招かれて、情報交換を行った。火の傍では湯が焚かれている。

 手土産に瓶ビールを渡した。気の抜けたどぶろくのようなビールだが、なんと鍋に開けた。そのまま、ビールをベースに乳とバターを加え、麦を練った団子にリーキやキャベツ、くず肉と一緒に煮込む。調味料は誰かの持ってるありもので僅かな醬油と味醂の小瓶から、塩に胡椒を一つまみ。タイムも使われる。寒さと空腹を抱えた行商人にも、ありがたい振舞いだ。

 

 火に当たりながら、スープを飲んでる。

「頭痛いの治ってきた」穏やかな表情でニナが囁いた。

 靴下を脱いで取り換え、靴も乾かしている。誰それの娘が結婚しただの、どうでもいい情報も耳に入ってくる。

 留守中、保安官たちが密造酒製造業の一団を逮捕したそうだ。

 恐らく、最後の大手製造団と目されていた一味。

 (ローランズ副保安官かな?)とマギーは目星をつける。

 外見よりも、ずっと切れ者だ。多分、流通から逆に辿った。

 そういう一見、地味な仕事をさせるといつの間に犯人にたどり着いている。

 

 今回の旅では、酒や甘味は殆んど仕入れられなかった。冬だからか値上がりしていて、採算が取れない。結局、一年を通して安定している鉄くずやらガラス瓶、タープにアスファルト板やらポリスチレン。分厚い木材、革やら布などの資材の他は、120lb(ポンド)クロスボウを二つ仕入れられただけだ。

 

 自警団員たちが興味を示したが、町外れの渡り人(オーキー)や自由労働者の日当で買うには厳しい金額の筈だった。とは言え、自警団には居留地からも補助が出ている。

 団長が二つとも予約してきたので、了承して肯いた。

 ルガリエ製の120lb(ポンド)クロスボウはそこまで強力でもなければ、制圧力があるわけでもないが、精度が高くて壊れにくく、長持ちして修理しやすい。

 資金に乏しい玄人好みの武器だろう。

 

 後で手形と現金を持ってくると言うので、市民区画での待ち合わせを約束して一端別れた。マギーちゃんは、財産の一万都市通貨を全て、手元に置いてる訳ではない。

 大半は、市民区画の知り合いの両替商に預けてある。マギーとスタンフィールド氏は男女の関係となった時期があるが、それを置いても信頼できる相手だと考えている。当然、ニナはスタンフィールド氏を嫌っている。

 

 

 町外れに差し掛かる。泥と土、粘土と藁を混ぜた小屋が点在し、人影もまばらに散っている。勿論、ドラム缶の炎の傍には、幾つも人影が寄り集まっていたが、親しい相手は、殆んど見当たらなかった。この寒さに雪も降れば、出かけるのも億劫で閉じこもる人々も多いだろう。冬は恐るべき季節ではあるが、一面、準備の出来てる者たちには、長い休息の季節でもあった。

 

 町外れには、壁が崩れた廃屋も目立った。枯れた雑草が隙間から顔を出している。

 一見、無人にも見えるが、廃墟の窓に当てられた分厚い風除け布の向こう側。炎の傍に人影が揺れている。実際には、町は静かに力強く息づいていた。途中、地区の外縁に位置する小さな簡易宿泊所によってメグを呼び出すと、アベル君と一緒に出てきた。いつの間に、付き合っていたのか。意外の感に打たれつつも、結婚祝いの品として手鏡を贈った。

 

 手鏡には、労働者の日当で三日分ほどの価値があり、さほど親しくない相手にやや高価過ぎる品かとも悩んだが、まあ、いいと踏ん切りをつける。

 マギーの財産は一万都市通貨を越えて、門前に小さな店舗も購入済み。

 また一つ、小さな壁を乗り越えた訳だ。

 相手は、一応の顔見知り。慶事の贈り物は、少し高価なくらいでいいだろう。

 

 後は、持ち帰った商品を、まずは知り合いの雑貨店へと持ち込む。

 店主パオロ・ジャッコーニは時々、留守にしているが、町の参事で信頼できる人柄でもある。町で有用そうな資材は、まず一番に買い取ってくれる。

 毎回、十数キロの資材とは言えども、一年を通して持ち込み続ければ存外、馬鹿にならない量に到達する。

 

 千人規模の町では、二百から四百キロの資材の有無も、修繕作業や職人たちの活動に多少の影響を及ぼす。資材や工具がこまめに仕入れられることで、小さな修繕の遅れの幾つかや不足が解消され、少しだけ、皆の暮らし向きが上向いている。

 月に二回、同じ路地を通り、似たような資材を運ぶ。季節が巡り、少しずつ町の景色も変わる。他人の役に立ちながら、マギーの稼ぎも少しずつ増えていた。

 日々、当たり前の作業を淡々とこなし続ける。目の前のことをひたすらに。それが大事なのだ、と心に言い聞かせながら、市の片隅で日々を営んでいた。

 

 

 

 泥と朽ちた木の匂いが漂う町外れを離れ、市内の回廊を南へと向かい、木の柵と塀に守られた中町を横目に通り過ぎた。

 定職を得た労働者と家族や職人の親方が間借りしたり、正規居住者たちが暮らしている地区だ。整った小道の両脇に、屋根は歪んでいるが、日焼けした木枠の家々が並んでいる。扉や雨戸は赤や青、黄土色に塗られ、灰色の防壁を背に穏やかに彩りを浮かばせる。花壇も見受けられる道には時折、猫や飼い犬が跳ね回っていた。

 

 やがて煉瓦と漆喰で補修された街並みの門前町へと踏み入れる。屋根瓦の朱色が夕陽に映え、壁面の白漆喰は柔らかく輝いていた。窓枠は深緑やオリーブグリーン。扉は栗色に磨かれ、商店の軒先には布の幟や干し野菜が揺れている。小さな畑や花畑が彩る裏庭からは、薪を割る音や子供たちのかすかな笑い声。小鳥のさえずりまでが響いてきた。

 

 さらに市民街区では、整然とした石畳の道が枝分かれし、建物は煉瓦と漆喰の堅牢な外観。セメントの家も見かけられ、淡い青や黄土の色彩が柔らかく映える。家々の煙突から立ち上る煙の白さが、人々の穏やかな生活ぶりを教えてくれた。遠く、修繕された見張り塔が、冷たい冬光に反射して柔らかい陰影を投げかけている。

 

 途中、公園に立ち止まったマギーは、花壇に屈みこむと、冬の苔を手に取って匂いを嗅いだ。

「……いい町だね」ニナがぽつ、と漏らした。

「こういう土地は滅多にない。守る価値がある街だ」目を閉じたまま、マギーが呟いた。

「……こういう町が蹂躙される光景は見たくない。

 元賞金稼ぎとして出来ることがあるとすれば、悪党を近づけないことだ」そう呟きながら、立ち上がった。

 

 

「爺さーん、おるかー」

 マギーとニナは、市民街区の雑貨屋へと踏み込んだ。

「ふんふんふん、いらっしゃいませぇ♡」可愛いエプロンに箒を持ち、鼻歌と共に掃除をしていた魁偉な容貌の大男が振り向いた。

 相貌が刃物で切り刻まれ、まるで虎みたいに凄まじい形相だ。

 

 いる筈もないと思っていた相手の姿を、確かに見た。

 マギーは動揺は見せなった。ただ、微かに体重を足の親指の根元に集中し、どうにでも動ける姿勢を取っただけだ。

「なぜ、ここにいる『骨喰《ほねは》み』」低い声で囁いた。

「僕は堅気の雑貨屋の店員さん♡

 骨噛みとかいう物騒なあだ名の賞金稼ぎじゃないぞ」首を傾げる店員さん。

 声を聞きつけたか。店の奥からパオロ・ジャッコーニ爺さんが姿を見せる。

 「都会の賞金稼ぎ組合から推薦状持ってやってきてん。

 堅気になりたい言うんで、用心棒兼倉庫番。後は、店員で雇おうと……最近、物騒だしな」市内の市民街区や門前町では、数週間ごとに盗難事件が発生している。

 どうやら同一犯とも噂されているが、どうにも捕まる気配は見えていない。

 

「爺さん、これを雇うなんて正気か?」ジョージアを眺め、マギーは淡々と吐き捨てた。

「こいつは、ジョージア。自由都市でも名うての殺し屋で、襲ってきたごろつき五人の骨をへし折った挙句、若造を一人だけ、殺したくないなぁとか言いながら、両足砕いて路上に放置しておくような変態だ。決して友達になったらいけない相手だぞ」雑貨屋の爺さんに警告した。

 

 それから、ジョージアを眺めて、冷たい目で宣告した。

「転職したいなら、そこら辺の貴族でも、居留地でも、賞金稼ぎよりは条件のいい兵隊の口が転がっているだろう。ついでに、好きなだけ悪党どもの骨を折れるぞ?

 ポレシャには近寄るな。堅気になりたいとかいうくだらん夢を見ずに、分相応に暮らせ」

 

 マギーの警告を聞いたジョージアも口を開いた。

「爺さん、目の前の女に油断したら駄目だぞ。

 こいつはスネイクバイトのウロボロス。曠野でも屈指の殺し屋で、つい先日もえりすぐりの部族兵十二名を、ナイフとクロスボウで一人一人仕留めた後に、かわいい女の子だけ、太ももを刻んで逃がした殺人鬼だ。

 一見、友好的に見えても、けっして心を許していい存在じゃない」

 

 マギーとジョージアは、お互いに静かに相手を見つめた。

「否……」己の表情を片手で隠したマギーが、低く呟いていた。

「私は、あの娘を微塵も侮らなかった。麻痺毒を受けた傷口を自ら切開したのだ。

 いずれ再び、出会うことになるだろうが……」記憶を反芻するように目を見開いたまま、掠れた声で囁いていた。ジョージアがわずかに喉を鳴らした。

 スンと吐息を吸い込んだマギーが、平素の表情に戻って、小さくうなずいた。

「……どうやら、互いに誤解があったみたいだ」苦々しい口調でマギーが一瞥すると「理解してくれると嬉しいよ」ジョージアもほほ笑んだ。

 

「彼はジョージア。自由都市でも腕利きの賞金稼ぎで、悪党たちは、みんな彼を恐れている。用心棒兼店員として雇うなら、これより頼れる男はなかなかいないだろう」 といかにも誠実そうな口調で、ジョージアを紹介する。

「彼女はスネイクバイト。曠野でも伝説の賞金稼ぎで、悪党は彼女の名を耳にしただけで震え上がる。ポレシャ居留地が保安官助手に採用したのは正解も正解だ」ジョージアも、抑揚が効いた落ち着いた喋り方でマギーの経歴を説明する。

 

 ジョージアとマギー。二人は、にこにこしながら力強く握手した。手には血管が浮かび、ミシミシと軋む音が響いた。傍らのニナは恐れ戦いて、恐怖の喘ぎを洩らした。

「倉庫番のジョージアさん。これからもよろしくね」マギーが微笑んで言うと、

「行商人で保安官助手のマギーさん。こちらこそよろしくお願いします」堅気の店員ジョージアさんが心強い微笑みを返してきた。

 

 

 

 

――――――――――

 

十二月上旬_11399都市通貨

 

 

 またも一人 心から 信頼 できる 素晴らしい 仲間 が 生まれた(例の画像

 

 

 

 

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