黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_75 ドラゴン――貪るもの

 十一月も半ばになった頃、ローランズ副保安官が、四つ目の――そして最後の大手密造酒製造業グループを逮捕した。

 廃市街に潜んでいた浮浪者《ホーボー》の徒党で、こいつらは本当に質の悪い密造酒を作っていたので、醸造機は没収され、市民の目の前で叩き壊されることになった。

 

「ああ、俺たちの夢が……」広場で嘆いている浮浪者《ホーボー》の頭目。

「真面目に働け」と役人は声を掛けたが「みんな、金持ちになりたいんだよぉ」と頭目は膝をついて呻いた。今年の冬、一党はポレシャの別荘《刑務所》で過ごすことになる。

 密造酒の製造自体は、表立ってしまえば、商売の露見も、ルートの発覚も、時間の問題だ。元より、都市とは違う。圏内の人口が千五、六百人の小さな町。流通から割り出して、犯人集団へと辿り着くのも、保安官にとって端から時間の問題だった。

 

 残りの厄介な問題と言えば、阿片と覚醒剤。それに偽札。

 密造酒は流通量から即座に割り出せる。一方で、薬物や偽札は流通量が少なく、密造酒と違って嵩張る物証を持っていない。特に出来のいい偽札となると、根気強い調査が必要になる。

 或いは、金遣いの荒い者を手掛かりにするとしても、浮浪者《ホーボー》や下層民が関わる場合、資産の変動も分かりにくい。使用者から売人、胴元へと辿っていくのにも時間が掛かる。長期戦を覚悟するべきかも知れなかった。

 

 一つだけ朗報があるとすれば、大手犯罪組織が軒並み壊滅した為、保安官事務所や民兵隊、自警団に人的リソースの余裕が生じた事だろうか。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 十二月も下旬に近づくと、いよいよ真冬の寒さがポレシャ居留地を包み込んだ。

 曠野を旅する人影はほとんど見かけられず、市内の街路でさえ疎らになっている。

 

 一般に渡り人(オーキー)や自由労働者には、あまり衣服に余裕がない。厚着しなければならない真冬に一張羅を濡らしてしまえば、乾かすのに薪も使うし、汚せば洗濯するにも厳しい季節でもあった。よほど大事な用件でもなければ、地区内の移動すら出不精になるのが、自然な人情だ。

 

 市民層やら正規居住者でも出かけるのは億劫になりがちで、貧しい浮浪者《ホーボー》やら廃墟生活者に至っては、持っている服を殆んど着込むしかなく、着替えもないから、下手に濡らすと文字通りに命に関わったりもする。

 

 

 

 そんな中、マギーちゃんと仲間たちは殆んど毎日、出かけている。

 トリスやジーナ・エクルストンは、ニナやマギーの予備の服を貸すし、ココもニナの古い服がおおよそサイズが一致していた。 温かいお茶も、薪も惜しまない。

「狩りの時間だ」と全員がクロスボウに五~六本ほどのボルトを携え、市内を歩き回っては、住人に依頼されたり、要請されて、畑や水路の傍、建物の内部や二階、屋上などで息を潜めつつ、ゆっくりと過ごしている。

 

 畑を荒らす巨大蟻や巨大鼠、街路を彷徨う野犬などに五人で斉射を行うと、面白いように殲滅できた。

 ちなみに牙を剥き出して人を襲いかねない野犬の群れと、近所で餌を貰ったり、塵を漁る野良犬は別枠扱いだが、時々は後者も危険視されて駆除される。

 

 いずれにしても、待機しても来ない。或いは見つからない時は、あっさりと諦めて別の場所へと移動した。

 どうせ、いずれ遭遇する日が来る。時間は、常に人間の味方だ。

 

 最初は、もっと大勢での狩りなどに混じって、畑で巨大鼠(二足歩行の蜥蜴)などを撃たせた。

 勢子の立場も二、三度は経験させたが、変異体ゆえか、あるいは若い少女と見たからか。妙に軽んじて、あれこれと図々しく接してくる先達などもいて、すぐに辞めさせた。

 どのみち、獲物を追い詰める為の役割と視線を学ぶためなので、長期間やらせる意味もなかったのだ。

 後は、五人全員が狩人となる。トリスもよく当てたし、ココも慣れてきたので、今は、五人で小隊を組んで、ポレシャ内外で、すぐに人を脅かす程ではないが、やや危険な生物を駆除している。

 訓練替わりなので、他の狩人とかち合ったときは、すぐに場を譲った。

 

 マギーの本業は行商人だが、野犬や巨大鼠、働きアリ相手の狩人ごっこも、全くの無駄働きにはならなかった。

 ゲッコーの皮は小遣い程度になったし、他の動物の肉も多くの場合、貧民層にとって冬の貴重な蛋白質になったからだ。とは言え、今さら、巨大鼠の肉でもないマギーたちは、基本的には赤字を出していた。

 肉や皮を売った金は、そのままトリスやココに小遣いとしてくれてやった。本職の狩人がやるように、ゲッコー皮などを鞣せば黒字になるだろうが、流石に真似ようとは考えなかった。

 

 

 

 それにマギーが欲しいのは、僅かばかりの討伐報奨や、肉に皮の代金でもない。

 

 町外れの裏通りにある空き地にやってきた農民は、全くひどく汗を掻いていた。

「合法的な商売ですよ」と安心させても周囲にちらちらと視線を配っている。

 ジーナ・エクルストンは、常に背後からの攻撃を土嚢で防げる位置に陣取りながら、ライフルを携えて農民の死角に陣取っていたが、それに気づいてる様子でもない。

 

 高価な武器を扱う商売には、危険も付き物だった。例えば、奪えば一石二鳥と考える馬鹿な破落戸が出るかも知れない。なので自然、武器商人の類は用心深くなり、逆に怪しい素振りを見せた顧客を殺害してしまう事例も度々、起こっていた。

 ポレシャ在住のマギーも、取引する相手は基本的に市民と正規居住者、農民、それに顔見知りのみに限っており、商売する際には、必ず五人揃って警戒している。

 

 箱から出したクロスボウの先端には足掛け金具(スターラップ)も付いており、レバーが壊れても、背筋で弦を引けるようになっていた。

 店員のトリスが30lb(ポンド)クロスボウを軽々と引いては、12メートル先の人型の的に、「頭」「心臓」「手」と宣言した通りの場所に当てていく。的を作って以降、普段からトリスは暇なときは練習を続けていた。

 

 多分、鍛えてる女性が携帯して普通に扱えるクロスボウが。もっとも、装弾数と装填の速度から、相手を仕留めると言うよりも抑止と距離を保つに主眼を置いた武器ではある。だが、身を守るには、それで十分なはずだ。

 滑車式《クレーンキン》や巻き上げ機を使うクロスボウになると、持ち運びには難が出る。そこら辺は、もう防衛用として、家の屋根や防壁などに設置すべき設備と分類すべきだろう。

 

「いかがですか?こちらの商品、これは60lb(ポンド)ですが、女性でも扱いやすく、お手頃な価格になっています。

 一方で、こちら120lb(ポンド)は、いささか値が張りますが、レバーを用いる為に装填しやすく、巨大蟻や猪、黒熊などにもある程度は通用する威力を誇っています。両方ともルガリエ工房製で……」

 

「か、買う!」マギーの説明を遮って農民が声を張り上げた。

「どちらをお買い上げに」笑顔を浮かべたままのマギーに、若い農民は言った。

「りょ、両方……二つずつ!」

 

「え?」と、流石にマギーが一瞬、動揺を隠せなかった。

 120lb(ポンド)クロスボウが210都市通貨に60lb(ポンド)クロスボウが70都市通貨。計四台で560都市通貨。

 客の青年が裕福な土地持ち農民であっても相当な大金、の筈である。

 

 マギーは、ジーナ・エクルストンと顔を見合わせる。

 青年は札入れを出した。居留地紙幣と銀貨、それに銅貨がぎっしりと詰まっている。机の上へと中身を広げると、青年が数え始める。

 折り畳まれた紙幣や不揃いの銀貨、銅貨からは、多分にだが一括の取引で得た大金ではなく、長い歳月で貯めてきた金銭であることが窺えた。

 

「あの、大変不躾な質問でございますが、水利争いや地所の境界争いなどを、なさっておいででしょうか?」マギーが確認の為、尋ねた。

 だからと言って、売らない、と言う選択もないが、ポレシャ圏での農村の情報を集めるのは色々と役には立つし、保安官助手の仕事の一環ではあろう。

 そんなんじゃない、と青年は、不愛想にうなずいた。

「でしたら、まず、一台購入して様子を確かめてから……」とマギーの言に「親父が死んだ。旅先で……」青年がぶっきらぼうに告げた。

 

「そんで姉ちゃんと妹たちがいる。

 近くに評判のよくねえ兄弟がいてな。最近、毎晩みたいに押しかけてくる。

 隣のものに頼んだけどな。今日も、早く帰らないとならねぇ」

 青年の言い分には、それなりに筋が通っている。一応は信じてもいいかもしれない。役所なり、保安官事務所に赴けば、言い分が本当かを調べる余地もある。

「金額は間違いないようです」ニナとトリスが二重に数え終わって、うなずいてきた。確認したマギーは、二枚の書類を取り出した。

「売買契約書、とこちら誓約書に名前と住所を記名していただけますか?

 こちら、すべてのお客様にお願いしていることで御座いまして、人間相手には、身を護る以外では用いないなど」

「身を護る以外では用いない、と」青年は読み上げてから、下手な字で、しかし、力強く署名した。

 連れてきた驢馬に箱四つを乗せるのを手伝う。クロスボウ一つは、最初から弦を引いて、何時でも装填できるようにして、持っていくそうだ。

 

「大変だねぇ」と街路を曲がっていく青年の背を見送りながらニナが呟き、「生きるのに必死さ。みんな」とジーナ・エクルストンが肩をすくめる。マギーは、金を小さな金庫箱に仕舞い込みながら、何かを考えている。トリスはクロスボウの練習を再開し、ココは欠伸を嚙み殺しつつ、揺れる火の傍で丸まった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 ポストアポカリプスの世にも比較的、良心的な居留地は存在していて、時に刑務所を設けていた。大抵、電力はない。つまり暖房が効かない。前近代的な牢獄にならざるを得ない。しかし、地下牢ではない。ポレシャ市では、古い警察署を利用し、雨風を凌げる屋根と壁との中、最低限の熱源と食事、寝床は保証されている。

 

 浮浪者《ホーボー》や廃墟生活者に冬の間、刑務所で過ごしたいと願う者がでるのも不思議ではない。ただし、現実は甘くはない。開拓地への流刑やよその居留地の刑務所へと送られたり、居留地からの追放刑に処される可能性もある為、賭けに出るものは多くない。罰金刑だけ受ける可能性も低くはない。

 

 刑務所所長は、面倒な仕事だ。次からは断ろう、と思いつつ、マギーちゃんは、今日も書類仕事を続けていた。誰が読むかも分からない囚人の取り調べと消費された食べ物と薪、毛布の量の報告書。しかし、それでも居留地が許される最善の形で冬を乗り越える為と考えて、書類を一枚、一枚、書き上げて積み重ねていた。

 

 厳冬に迂闊な野外作業を申し付ける訳にもいかない。重犯罪者であれば逃亡の可能性もあるし、数か月を刑に服せば釈放されるだろう軽犯罪者も、倒れる可能性があるからだ。

 

 一方、密造酒製造で逮捕された浮浪者《ホーボー》徒党にとって、冬の懲役はそれほど悪くない環境だったようだ。軽犯罪者扱いで比較的に自由があり、少なくとも怪物に脅かされず、食べ物と寝る場所を探す必要もなく、冬を越えられる。

 

「再犯はするなよ。今度は、流刑地や開拓地に送られるかもしれないし、他の町の刑務所に送られる可能性もある。ここほどに優しくない」刑務所所長マギーちゃんの忠告に「よく知ってるよ」と浮浪者は皮肉っぽい笑みを返した。

 

「お前たちは、頭は悪くない。若く健康で人数もいる。市内で売らずに、市外での流通に絞ることはできなかったのか?」刑務所長が浮かべたふとした疑問に、牢獄から浮浪者は見上げてきた。

「稼げる金が全然、違うでしょ。仲間が……家族もいるしさ。妹が身売りする前に助けたかった奴もいるんだよ」

 家族には思い及ばなかったマギーは、顔を顰めて考え込んだ。

 

「全部、終わっちゃったけど」囚人はどうでもよさそうに呟き続けている。

「……妹ね。今から自供して一味だったなら、刑務所に入るかも知れんな」マギーがそれとなく示唆するも、頭目は頭を掻きむしった。

「あー。いや、冬を凌げるだけじゃ駄目なんだ。

 急ぎすぎた。みなの努力を無駄にした」牢獄の隅で呻いていた。

 

 

 

 中世を舞台にした物語では、しばしば、最低辺な生活を送る役割を割り振られがちな小作人や農奴であるが、史実での記述となると必ずしもそうでもない。

 勿論、貧しい小作人や農奴も多いが、地主に土地を借りれば小作であり、領主に直轄で属するなら農奴であるだけで戸籍は勿論、私有財産権も所有している。

 小作しつつ己の畑も耕すものもいれば、身分として農奴でも、畑を買い増す者もいて、領主の介入が少ない地域や、税制・法制度が柔軟な土地には、自作農よりはるかに広い畑や家畜を持つに至る農奴たちや小作人身分も数多、存在していた。

 なにより、農奴や小作人は税が安いため、あえて低い身分にとどまり続ける例も多く、重税で没落する地主層をしり目に、村の土地の大半を買い占めた農奴たちも流石に例外的ではあるが、記録に少なからず残っている。

 

 小屋住み農や作男、という身分が存った。安定して耕す土地を抱えた小作人や農奴ではなく、小屋に住み、或いは、雇い主の家に寝床を借り、雇われて他人の土地で野良仕事に従事する人々であった。

 いくら働いても、農地から上がる収穫は、小屋住み農や作男のものではない。

 しかし、作男が最低辺であったかというと、それも違う。少なくとも村に戸籍を持っており、年期単位の仕事を持っていて、よほどの凶作でなければ、食べるに困ることもない。

 

 実際に惨めな貧農であったのは、村では雑役夫。そして放浪農夫などであろう。

 放浪農夫は、戸籍は持たず、家もなく、長期の雇用契約もない。村から村に放浪し、一時的な仕事を手伝って口を糊する日々を送る。生活は、季節や天候に左右されやすく、飢餓や病気は直ちに命を脅かす。

 

 ある意味では、中世未満の社会に後退した文明崩壊後《ポストアポカリプス》の世に、作男や小屋住み農の立場のものらもいれば、放浪する雇われ農夫の身分も復活していた。

 

 

 刑務所所長マギーちゃんは、書き上げていた紹介状とポレシャ市近隣の自由農民ら――ポレシャ市と歩いて往来できる近隣か、数日を離れた村かは、住人の価値観や順法意識に大きな違いを生んでいる―――――からの返書を眺めて嘆息をついた。

 まともそうな若い浮浪者たちの為、行った書簡のやりとりも無駄になりそうだ。

「いや、それはそれで」浮浪者の頭目が、食らいつくように言った。

 

「それでも、生き残った者は食っていかなきゃならんし、まともな暮らしができるなら、俺はやるよ。俺たちはやる」機会をくれ、と訴えてくる。

「作男やら雑役夫の口だが、頑張れるかね?」とマギーは紹介状をトランプの札のようにそろえながら、訪ねてみる。

「辛かったら、逃げるか、辞めるだろうねぇ。自由民だもの。あんまりな扱いは耐えないよ。でも、それなりの扱いで、食っていけるなら続けるものもいるよ」そんなものだ、と頭目は述べた。

 

 マギーの提示は、詐欺でもないし、強制でもないつもりだ。

 マギーは選んで、妙なものは弾いたつもりだが、農村の雇われ仕事は、それほど甘くもないだろう。選択するのは浮浪者の頭目だ。

 善意の皮を被った搾取も存在しているから、逃げるな、とはマギーは言わない。辛すぎれば、逃げるのは人として当たり前だと、考えている。

 己の人生に責任を持ち、救えるのも、究極的には己しかいない。自由権と生存権の間で誰もがせめぎ合って、仕事と生活を選んだり、妥協を考えて生きている。

 

 仕事として、出来るだけのことはした。これ以上の労力を掛けるほどに、マギーは親切ではない。己の生活や守るべき仲間もいる。頭目と同じだ。だから、冬が終わり、釈放されたら、連中のこれからの幸福を祈って、忘れるだろう。

 

 紹介状と仕事内容について、浮浪者の頭目と一時間ほど、話をつづけた。

 紙とペンを与える。頭目もそれなりに噂は、集めている。

 黄昏の世を生き残る為、市民も、浮浪者も、盗賊も、傭兵も、当たり前に他者を観察し、値踏みしている。

 人物は、世に幾らでも潜んでおり、当たり前に日々積み上げている。

 勿論、考えの足りぬ者もいる。取り柄はあったり、善人だったりすれば、助け合いの輪に入れる。それ以外は徐々に見捨てられる。だが、前者が生き残るとも、後者が消えるとも限らない。いやなしぶとい奴だっている。

 

 マギーちゃんが、密造酒製造の面々と面談していると、近くの牢獄に収容された『デザート・ロック』団の面々が口々に騒ぎ出した。

「おい!俺も仕事をしてやるぜ!保安官でいいぜ!」「俺は市長だ!美人の市長秘書を侍らせてやるよ」何がどうしてそうなるか分からんが、意味の分からん叫び声を上げている。

 マギーは無視したが、『デザート・ロック』強盗団は騒ぎ続けている。他の一部囚人にも波及し始めていた。囚人と看守の割合は、三対一。暴れられると拙いかも知れない。

 とは言え、密造酒団。それに家畜商人の護衛たちと戦争捕虜は大半、大人しくしている。これはいい兆候だろう。

 

 ため息をついたマギーが立ち上がった。

「少し待ってなさい。牢に戻る必要はない」面接していた密造酒団の一人をその場に残して、牢獄に向かって歩き出すと、トリスが囚人にお茶を進めていた。

 強盗団の牢獄の前で立ち止まり、「静かにしろ」マギーちゃんは命じた。

 

「人に物を頼むならよぅ、それなりの態度ってものがあるんじゃねえか?」囚人の一人がニヤニヤしながら、胸を眺めてくる。 

「そうだな。言葉では無理だ。今すぐ静まらないと食事と薪を半分だぞ」マギーの警告に、奥にいたドラゴンが立ち上がった。

 生き方は表情に滲み出る。肉食獣、捕食者のような面相をしている。だけど、それは、単に社会と繋がっていない証左に過ぎない。

 戦場や都市の暗黒街ですらない。危険な世界を生き延びた者ではなく、脅威がない場所で、危険そうに振る舞っていただけの存在。

「女。今はいい気になってるようだがな。

 すぐに思い知ることになる。自分が牝に過ぎないってことをな」農村地帯で捕食者を気取っている鳥なき里の蝙蝠が、重々しく口を開いた。

 

「私は優しいから警告してやる。今すぐ、黙れ」マギーの三度目の――最後の警告に「外には俺の部下が大勢いる。無数に、闇に、夜に潜んでいる」囀るのを止めなかった。

 なんか類似した口八丁で哀れな見張りを脅かして、村の物置から抜けた成功体験を持ってる――らしい。ドラゴンの『伝説』の一つである。

 傍らに立ってそれとなく警戒してる部下のジーナ・エクルストンに向かって、マギーは愚痴った。

「見なよ。馬鹿が極まるとこうなるんだ。口に出してる。所長を脅してる。組織が諸共掴まって潰えたのに」 

「すげぇ馬鹿ですね。見本として動物園に売れないかな?」

 

「お前は、生きたまま、生皮をはいでやろ……あん」ジーナを指さし、宣告したドラゴンの後頭部から脳の一部が飛んで壁に張り付いた。リボルバー銃を引き抜いて、向け、引き金を引いたマギーの動作さえ視認できず、頭が弾けたドラゴンは、最後まで大物ぶったまま、地面に尻からへたり込んだ。口笛を吹いたり、鉄格子を揺らしていた強盗団が、一瞬で静まり返った。

 

「大人しくなるかなぁ?」マギーがぼやいて、ジーナは首を振った。「分かんね。すげぇ馬鹿そうだし」

 「あ、あああ、あ、おんああ!おま、お前!何してるんだァ?!」最初のチンピラが素っ頓狂な叫びをあげ、狼狽を見せている。

「ドラゴンを!ドラゴンを殺したんだぞ!曠野の帝王を……!!」

「……知らねぇよ」もう一人、撃ってから、マギーは本当に面倒くさそうにつぶやいた。

「32口径で即死する奴がドラゴン名乗るなよ。恥ずかしい」

 

「大体、不死身の強化人間だってナックラヴィー止まりだしね」ジーナが他人にはよく分からない事を言う。

「あー、あいつ。滅茶強かったねぇ。もう会いたくない。

 でも、ナックラヴィーの方が強そうじゃない?」とマギー。

「そうかな?でも、ドラゴンだよ?」とジーナ・エクルストンは首を傾げた。

「中世の絵だと意外とちっちゃいんだよね。ドラゴン。あれ、北アフリカとかか迷い込んだワニじゃないかなって」とマギーも首を捻る。

 

「でも、中世の人なら、ワニ知ってるでしょ?ローマの人たちがエジプトで見てたって本で読んだよ。プリニウスとか描いてそうじゃん」とジーナ。

「逆に中世の人とか、プリニウス読んでないでしょ。

 そもそも、プリニウスってワニに付いて著述してるの?」マギーの疑問に「さぁ」と返ってきた。なんとも適当な女だと呆れる。

「そもそも、看守とか、クリスちゃんの方が向いてないかな」

「あの子、兜つけてないと虫も殺せないから」

「鎧つけると全自動殺人マシーンなのにね」

 

 どうでもいい話をしてると、ドラゴンの死体に縋り付いて、めそめそしてたチンピラが立ち上がった。

「許さねぇ!女!てめぇは生きたまま……」格好よく宣告して。マギーちゃんは、弾を抜き、一発だけ残すと回転させた。それから檻を廻って、リボルバーの引き金を引き始めた。

 

 きゃあ!と女の子みたいな叫びをあげたチンピラ。一回目、二回目、三回目、四回目、五回目。撃鉄が鳴るたびに強盗団は飛び上がった。歩き回りながら、一つの部屋から無作為に一人選んで引き金を引く。最後の一発は天井に発砲した。

 また一発だけ装填して、シリンダーを回転させ、また無作為に選んで、引き金を引き始める。三周目で、悲鳴を上げて皆さん蹲ってる。

 誰も撃たれなかったけど、心は折れてるみたいだった。

「はい。お猿の皆さん。聞いてください」マギーちゃんは手を叩いた。

「私は刑務所長です。私を呼ぶときは、所長殿と呼ぶように」全員を見回しながら、面倒くさそうに言葉を紡いでいく。

「これから冬の間。皆さんの監視――お世話を行いますが、お猿さんたちに理性とかは期待してません。

 私の手を煩わせない。脱走しない。反抗しない。余計な手間を掛けさせない。

 そうすれば、私も皆さんもお互いを尊重して……冬を平穏無事に過ごせる訳です。とても幸せですね」

 ドラゴンの脅迫は虚勢だろうが、別に実を伴っていてもマギーは気にしない。報復なんていつも備えている。報復もあるなら、返り討ちだってあるのが賞金稼ぎの生きる世界だ。

 

 一番、粗暴そうな連中を間引いて、これで大人しくなるといいんだけど、思いながら、踵を返したマギーちゃんは、「何人だっけ?」とジーナにそっと尋ねた。

「ええと、半分までいいけど、三人。できれば五人以下が望ましいと」

「二人だし、セーフだと思うけど。ボーナス引かれるかな」とマギーちゃん。

「多分、大丈夫じゃない?」無責任にジーナは保証した。

「だってドラゴン、飯食い過ぎだし、他人の食事も奪ってたから。食費も節約できるよ」ジーナが言うので、マギーちゃんも納得した。

「あいつ、飯食う量だけはドラゴンだったなぁ」

 

 

 

 

―――――――――

 

12月下旬_11906都市通貨

 

 1D100_36 お兄さんは、頑張った。姉妹も協力した。

      冬明けには、紹介状を持った作男もやってきて、 

      追い払った。やったぜ。

 

 

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