黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_78B ブンガブンガ

 薄明かりの中、廃市街は、静かに呼吸しているように思えた。

 微かに息遣いが感じられるのは、まだ浅く、人が暮らしている場所だからか。

 

 トムは、時々、鼻を鳴らして真剣な表情で進んでいた。背中の頭陀袋と手にした鉄パイプは、少し危険な一帯を抜ける旅人好みの手頃な装いで、見たものに廃墟漁りの端くれと推測させるよりは、どう見ても浮浪者か、廃墟生活者の類しか思われないだろう。

 

 常に隠れてやり過ごし、逃げてきたけど、あれでトム本人は、本気で班員を守るつもりだし、いざという時は、怪物と戦うつもりでもある。

 もしかしたら、【トム】かも知れない、と思うと、ココも少し嫌な気分にはなる。 

 班員たちもこれでトムを頼りにしてる。皆で力を合わせれば、屍者とか変異獣相手でもなんとかなると思っている。エア・ライフルやクロスボウ、ネイルガンを持った本職のスカベンジャーたちが変異獣に狩られるのに。

 

 トムは知らん筈だが、屍者も、変異獣も、ココは仕留めた経験を積んでいる。

 マギーの指示に従うとあっさり仕留められたが、飛び道具。飛び道具だった。

 普通にどちらも恐ろしい怪物だ。白兵なんかは絶対にご免だった。マギーは――もし、マギーについてくとしたら、ココをどこに導いていくつもりなのだろうか。

 

 兎も角、マギーはあっさりと怪物たちをクロスボウで仕留めたが、それは怪物がいると分かってる地点に対して、有利に攻撃位置を設定し、好きな瞬間に攻撃を仕掛けられたからだと種明かし――いや、説明してくれた。

 廃墟漁りは、ずっと緊張を維持し、何時遭遇するか分からない廃屋や路地に踏み込んでいく。屍者は思わぬ動きもすれば、突然に素早く動き、怪力を発揮する。そして変異獣は、言葉と道具を用いぬだけで、狡猾さは時として、野生の獣や人間にも匹敵し、俊敏で鋭い爪と牙を持っており、弱いものを狙う。 いつか絶対に事故は起こるし、割に合わない職業だとマギーは断定していた。

 

 そのうち、組織する私の隊商に入りなさい。ずっと前に一度だけ言われた。

 ココは首肯できなかった。今も、既に心の中での天秤は傾いているのにうなずけない。しかし、マギーは即答を求めなかった。

 胸がドキドキする。新しい生き方は多分、冒険になるけれど、幸せになるのが怖い気持ちもある。しかし、幸せに耐える心の骨格も、育ててきた気がする。

 

 黎明の陽光が廃墟の市街地を照らしていた。

 影と光の境目に危険が潜み、遠吠えや唸り声も深みから響いてくる。

 希望と恐怖が、廃市街の空気にひそやかに混ざり合っていた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 遠くから、瓦礫の間を吹き抜けるように誰かの悲鳴が響いてきた。

(……欲を掻いた廃墟漁り(スカベンジャー)でもくたばったかな)とマギーは、肩を竦めた。

 マギーとニナ、ジーナ・E、それに数人の保安官補と民兵は、廃墟地区を歩いている。

 全員がクロスボウやネイルガン、或いはエアライフルと言った、大きな音を立てない武装を携え、廃墟を静かに動き回る経験を有している。

 それでも一瞬の油断をすれば――油断しなくても、命を落とすのが廃墟と言う地形であり、それを日常的にこなすのが廃墟漁り(スカベンジャー)と言う職業だ。

 マギーも、ニナと二人で真似事をした時期があったが、すぐに辞めた。

 割に合わない。いずれ必ず事故が起こると結論している。

 廃墟で十数匹の変異獣の群れが徘徊しているのを目撃して、諦めた。

 あれなら裸で盗賊団の巣に放り込まれた方がましだ。まだ、言葉が通じるから、交渉して身代金と引き換えに都市に届けてもらえる可能性が残っている。

 

 マクロード副保安官と交渉し、計画を立てたマギーは、容疑者の一人を追尾している。ココだ。双眼鏡を持ち、距離を取って追尾している。監視点と視界は確保済みだが、気づかれる可能性があるので、距離は多めに保っていた。

 

 マギーも信じたい。飢えて切羽詰まっていた小娘を結局、救えなかった――少なくとも命ではなく、魂に関しては拾えなかった仕儀となるかも知れない。

 投資が無駄だったのを認めたくないのか。

 成功体験の方が多いとはいえ、己の生き方に対する自信が幾らかは揺らぐ。

 いや、命と多少でも気持ちを救えたのを良しとすればいいか。

 過ごした時間は嘘ではない。

 裏切りは、最初から覚悟もしていた。

 だから、耐えられはするが、辛いのは変わらない。

 

 ココは仲間たちと離れた。単独で駅の周辺を歩き回り、鼠を追っかけたり、巨大鼠と喧嘩したり、屋根の上で野良犬たちを威嚇してた。そして今、幾つか仕掛けておいた小動物用の罠を確認し、一匹だけを袋に入れ、残りを焼いて食べている。

 今のところ、廃墟漁り(スカベンジャー)の小娘の行動としてはおかしくない

「あの罠は……?」民兵の一人が囁いた。

「トリスがムーア君と一緒に売ってる新型。再利用しやすい」ニナが教えて「俺も欲しいな」などと金のなさそうな民兵は呟いている。

 

「マギー」ジーナ・Eが囁いた。町の方角で狼煙が上がっていた。早朝、灰色に濁った冬の空に滲む煙の色と本数を確かめたマギーは、身体を震わせてから、一つだけ背負っていたライフルに弾を込めた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 大型廃墟の突き出した軒先。変異獣にも、屍者にも襲われにくい屋根。

 少なくとも唯一の出入り口である窓は、視界の範囲内で、ココなら飛び降りて逃げられる場所を確保した後、ココは日向で微睡んでいた。

 片足を毟った虫が延々と同じところを回り続けるのを眺めていると、鋭い銃声が立て続けに響き渡った。

 

 ココは、ビクリとして身体を起こした。二発、三発。すぐ近くから響いてきている。逃げるべきか、脅威を把握するべきか。

 素早く火を消すと、いかようにでも動ける姿勢を維持しながら、僅かに思案する。

 

 銃声と発砲の間隔から、最低でも後込め式ライフルと紙薬莢。

 或いは、金属薬莢のライフルかも知れない。

 誰かが、なにかと戦っているのか?或いは、人と人の銃撃戦?

 否、優れた装備の持ち主による処刑かも知れない。

 

 丸々と布で着膨れしてる為、ココでさえ幾らか動きは鈍っていた。

 冬は息切れしやすく、空気も乾燥していて、汗も拭かないと拙い。

 全力疾走ですら貧乏人には危険な季節。銃声の響いてきた方角に対し、廃屋の影になった遮蔽にそっと身を潜めて、様子を窺った。

 

 と、背後から口を塞がれた。気配も感じさせず、恐ろしく強い力。手が捕まれる。

 ココは暴れようとしたが耳元で「ココ」と囁かれて静まった。

 匂い、声、マギー。伏せていたココのイカ耳が普通に戻る。

 銃声が響いた時、ココが身を隠す場所を想定して先回りしていた。

 囮と待ち伏せ。簡単な手に引っかかってしまったものだが、マギーの仕掛けは、いつもタイミングが絶妙で躱しにくい。

 それにしても、なんで、こんな悪戯を。

 廃墟では危ないのに。

 戸惑いながら、ココは振り返ると、

「町の狼煙は、窃盗犯が捕まった知らせです」と呟いてから、マギーはココを抱きしめた。

「よかった。本当に」目を閉じて抱きしめるマギーの頬を、一筋の涙が零れ落ちていた。ココは、理由も分からずに首を傾げていたが、涙はひどく暖かかった。

 

 そのあと、マギーの仲間と思しき一団が物陰から姿を見せると、ココは抱きかかえられたまま、何故か町へと運ばれていった。

 周囲には武装した保安官補や民兵が七人もいて、四方を警戒している。

 みんな、クロスボウやエア・ライフル。ネイルガン。それに滑車の付いた手製弓や、巨大な空き缶をバレルの先に着けた変なライフルで武装している。

 全員が斥候として警戒の動きを取っていて、ココを守るように運んでいく。よく分からないが、悪い気分ではなかった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 冬の寒さにココは鼻提灯を出し、マギーの腕の中で寝入っていた。

 心底、安心しきっているのだろう。

「最悪、ココが使えなくなる可能性もあった。その時は、私もどうしたかは分からない」マギーは囁いた。

「まさか」と隣を歩いているニナが、顔を上げた。

「それは、まさかだよ。殺す程の罪ではないもの……だけど、許せなかったかも知れない」自信なさげにマギーも呟いた。

 勿論、法に則って公正に裁いただろうから、気持ち的な意味合いであった。

「出会った時ならいざ知らず、今、盗みをしているとしたら、世の道理を弁え、他の生き方を知ってるにも関わらず、好きでやってる性根となる」マギーの言に、ニナも苦い表情で肯いている。ジーナ・Eはひどく満足げにため息を漏らしていた。

「偶には、見誤ることもある、好きな人間を裁くのは何時も辛い」マギーは渋い表情で囁いた。

 

 善良な大人とは、しばしば魂のうちに幾重にも規と見識を積み重ね、自分自身を律し、抑制している。徳と言うのは、選択の結果である。

 少なくとも、マギーのメンターのオーはそうであった。

 おのれも他人にとっての良き友人であり、メンターであり、大人になれるだろうか。平然と見せつつ、本当のところは、マギーにも絶対の自信など無かったのだ。

 

 それはそうとして、マギーはもう、犯人に興味はなかった。

 ココが犯人でないなら、どうでもいい。

 腕の中のココの熱に報われたと、幸せを感じている。

 保安官助手としては不真面目な態度になるが、本当に恐かったのだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 冬が体温を奪い取る。ココとても己がセフのうちで不公平に扱われてることを知っていた。ようやく認めていた。

 認めるのは恐ろしいことだ。心底では、ずっと認めていたのに。

 

 マギーに救われた、がゆえだろうか。

 最近、マギーは市内に店の権利を持った。

 裸一貫からだから、中々の人物だと思う。

 仲間に対して誠実な言葉ときめ細かい世話を重ねて、見返りも求めてくる。

 商人だが、庇護と奉仕の契約に関しては、封建領主に近い人物とも見えた。

 

 人物に目を掛けられてたのは幸運かもしれないが、ココは踏ん切れなかった。

 マギーの裏切りを畏れ、或いは、裏切られても仕方ない。

 いや、信じたいと葛藤を繰り返した。

 

 それまでは真面だった村人たちの態度の豹変を――己の咎に寄らず、生きていた世界からの扱いの変動を味わって、臆病になっていた。

 

 妙な話だ。マギーが裏切らないと確信をした訳でもない。

 今も裏切るかも知れないと恐れている。

 しかし、裏切ってもマギーには利益がない。

 なのにセフ衆の自分に対する裏切りだけは、ずっと認められなかった。

 

 マギーは十中八九、裏切らない。合理的、かつ誠実な人間だから。

 あれほどココを可愛がってるのに裏切ったら、他の仲間からの信頼を失う。

 つまりそれは、言葉にこそしてないが、リスクを晒していた。

 

 ココがセフ衆を飛び出してから、笑いものにして捨てるとか、そういう邪悪な遊びをするようにも見えない。なのにココは裏切りを恐れている。

 惨めにびくびくと。

 

 真の身内にはとっくの昔に裏切られていたのに。ずらして投影していた。

 安寧の底においていた自己像が壊れるのが恐かったのだ。

 いまはようやくに、認める強さを得られたとは認識している。

 

 マギーは、粘り強かった。

 三年を互いに観察しながら、ずっと色々と語り合ってきた。

 もしかしたら、これはマギーによる洗脳かも知れない。

 今のココの思考の形だって、大部分、マギーの手伝い。

 言い換えれば、誘導があって形成されたとも言えなくもない。

 しかし、三年。手間暇を掛けて、教育をするだろうか。

 

 町外れでの、仕事の仕方や暮らしの工夫を教え続けるか?

 経済感覚や具体的な金額を教えて、そしてセフ衆から離れた一部の若者や、他の土地から来た旅人たちが居ついて、まともな生活を手に入れるのを嬉しそうに眺めるか?

 仮にマギーに裏切られても、ココはなんとか生きられそうな気がする。

 考えるほどに納得する。マギーは、独立できる手管をずっとココに見せていた。

 仮にマギーを選ばなくても、ココが自由になれる手伝いをしてた。

 エロスもしなかった。なるほど、大人だと納得した。

 

 例えば、お金を与えてもセフに奪われ続けただろう。

 仕事を覚えたり、定職についたら、搾取され続けた。

 マギーは一貫して食事と栄養を与え、清潔を保ち、襤褸布だが温かさを与え、ココの脳みそに思考する方法を根気強く投げ込み続けた。

 本当に根気強く。見込みが外れることだってあるだろうに。

 

 三年は長かった。不公平を認める事への恐怖に負けない強さを得、自己像が壊れる躊躇いを乗り越え、安全だと思っていた世界が、実は虚構でしかなかったと知る苦痛を抱え、傷を癒しつつも歩めるのだと悟るまでに三年かかった。

 

 思春期に三年を何者に師事するか。何を学び、何を目にするかは、極めて大きく人生を左右する。ココはマギーと三年、付き合い、それなりに仕込まれていた。

 

 切り取った袖をチラ、と見た。己がどういう状況に置かれていたか、くらいは洞察し、そして、セフ衆のごく一部が、ココをいずれ、犠牲の羊に供しようとしていたかは、理解していたのだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 保安官事務所の前で、半狂乱になってリードが叫んでいた。

「違う!ちぎゃうんだぁ!ちぎゃうううぅい!」と連行されながら、保安官事務所の前で泣き叫んでいる。

 涎と涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。

 白髪のネリは、静かに俯いていた。マギーの腕の中のココと視線が合って、微かに目を瞠った。

 

 リードもココを見つけた。

「そいつだ!その野良が犯人なんだぁ!僕たちじゃないぃ!」

 血走った目で、手錠されたまま、ココを指さし絶叫を迸らせる。

「そいつが密告したんだろ!僕たちは嵌められたんだ!」

 空き巣の現行犯で逮捕されながら、見当違い、かつ意味不明な言葉を口走っている。頭を叩かれると、「ほんとだ!証拠もある!聞いてくれぇ!」と四人の保安官補や民兵に、みっともなく手足を抱きかかえられて、運ばれていった。

 

 ネリは無表情ななままだが、やはり茫然とココを見つめている。ココも無表情なまま、無邪気に小首を傾げると、ネリは膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 マクロード副保安官が取調室の前で、瞼を揉んでいた。

「やれやれ、やっと一件、片付いた」

 お疲れ様です、と部下たちのねぎらいの声に頷きながら、廊下の先に姿を見せたマギーに対して、頷いて見せる。

 

 二週間ほど前。マギーは犯行現場にあったのと同一の繊維を持ち込んできたが、持主は犯人ではない可能性が高いと訴えた。

 

 確証はない、と言いながらも

 

・ココが共同体内で疎外されていること。

・他に稼ぐための手段をマギーが教えていること。

・現時点で、仕事を与えて稼いでいること。

・金を貯めており、共同体に取られないようマギーに預けていること。

・割に合わないと考えるだけの常識は弁えていること

 

 などと提示してくる。

 

「セフ衆か」とマクロード副保安官は、マギーに言われる前に共同体の名を挙げた。

 現場のあった場所で廃物漁りをしていた浮浪徒党、かつ出所不明の金銭でしばしば食料や薪を突然に買い占める。窃盗事件から程ない期間、定期的に相当の金額を支出している。

 食料や薪の側面から調査していたのは、バターの香り漂うローランズ副保安官。

 マクロード副保安官も同じ発想は思いついていたが、資料の見方と調査に関しては、実際に物流を扱うローランズ副保安官に一日の長がある。

 

 真犯人による囮のでっち上げはよくある手法で、哀れな偽物を逮捕しても延々と犯罪が続くのであれば意味がない。

 都市の警察とはわけが違う。小さな居留地ほどに、犯罪は共同体の存続に関わる出来事だ。目先の検挙数ではなく、真犯人を捕まえることに拘るのが、ポレシャ市保安官事務所の習慣と根付いている。

 

 とは言え、独断は恐ろしい。下層地区にも廃市街や農村にも、他にすばしこい容疑者たちはいる。高度文明の便利な道具がないだけで、犯罪者は常に狡猾で、能力や知識において保安官たちにも劣らない。

 そして巨大蟻襲撃と先日の遊牧民襲来の余波による抗争で、保安官事務所の廃市街や外部地区へと張った根も、いまだに寸断されていた。大規模な災害や戦闘は、その場限りではなく、治安、物流や諜報に長期的な悪影響を及ぼしてくれる。

「君の飼ってるムーアを使おう。中々、気の利く青年だ」マクロード副保安官の頷きに「何故、知ってるんです?恐い人だな」マギーは肩を竦めた。

 

 多少の躊躇もあったが長期の追跡、及び囮捜査を行うことにする。

 現時点までに分かっている情報と、対象の容疑者たち。

 法執行官側の推測と事実を分けつつ、すべてを書類に記載して封筒に封緘すると、参事パオロ・ジャッコーニとマクロード副保安官の署名がされ、市長と秘書、参事会の二名、保安官の立ち合いの下、三つの鍵がついた金庫に仕舞われた。

 そして決められた期限に開封されるまで、中身を知るのは、マクロード副保安官だけで立会人たちも知らない。

 これは後になって、司法の暴走を抑制し、でっち上げなどを囮捜査だったと言い張らない為、権力が己の言い分を潰して抑制する為の仕組みであるが、そうして、ともかくも長期追跡と囮調査が許可された。

 

 マギーも二週間、ずっと楽しめない心地だった。知り合いを疑い続けながら、接するというのは、例え、無実を半ば確信していても、心身を損耗させてくれた。

 パオロ爺さんなど、ココが犯人ではないかと、ずっと疑っていたそうだ。

 真犯人たちが現場の窓に残してくれたココの袖が、今となっては逆に有罪の物証となっているのは皮肉な話でもあった。

 

「……でっち上げの物証で犯人ごまかせると思っていた……ええと、リードの方が浅知恵よね。推理漫画の無能な警察でも鵜呑みにしたのだろうか」マギーは紅茶を少しずつ味わいながら、呟いた。物証をでっち上げて、誰か一人を犯人に仕立てれば、権力側はそれで満足すると、通俗的イメージでも信じていたのか。

 

 都市の巨大官僚機構において、数をこなすのを求められる一面を否定はしない。

 だが、小さな居留地での犯罪は、統計ではなく連鎖反応となる。偽の犯人を捕まえても、真犯人が残れば、生活物資が減り、不信が広がって、最終的に共同体が崩れかねない。常に、常に保安官側は肌感覚でそれを知っている。

 

 でっち上げの物証で犯人ごまかせると考えた時点で、権力は怠惰で、面倒な真相には興味がなく、弱い者を切れば済むに違いないと法執行官を侮っていた。

 リードは、きっと、根っからの悪人ではないのだろう。

 紙の上の犯罪観しか持っていないのだから。

 

「最初はココだ!俺たちは悪くない!」リードはまだ叫んでいた。

 無様な。最後まで責任転嫁をするつもりか。きっと賢いつもりだったのだろう。

 仮に。本当に仮に、最初期の犯罪が、ココの仕業だったとして、もう、何の意味も持たない言葉だった。

 ココが無垢な被害者でも、賢く立ち回った少女でも、或いは、過去に黒い猫だったとしても、リードの立ち位置はなにも変わらない。

 確かに、中途半端に知恵がある。だけど、世界を知らなかった。

 そして、もう二度と成長も、更生の機会もない。流刑地で一生を終えるのだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 半月前。ポレシャ市の下層地区でマギー姐さんに呼び出されたムーアは、なぜか、暗闇の中で覆面をした数名の男たちに対面し、簡単な仕事を依頼されていた。

 

 長期間のセフ衆の監視。断るという選択肢はなかった。

 男たちは―――もしかしたら、女もいたかも知れないが、逆光でよくわからなかったし、装備と装束。そして命令に慣れた口調からして、ポレシャ市でも最上級の市民なり、司法関係者に違いなかったからだ。

 

 ムーア君は死に物狂いだった。指示通りに命令の十日後からセフ衆の近くへと引っ越すと、寒空の中、監視を続けた。

 どこからか薪が差し入れされたので、凍死せずに済んだが、忌々しいセフ連中が廃墟漁りに出発する日を突き止めると、急いで鏡信号と伝令で市内の民兵たちへと知らせた。ムーアのしたことはそれだけだ。

 

 後は塒に帰って夢も見ずに眠って起きると、枕の横のところに丁寧に封蝋

されたポレシャ市の紋章の付いた封筒がついていた。

 小便をちびるかと思った。

 

 恐る恐る開けてみれば、報酬を受け取れることになった。

 市民街区の食堂厨房。裏手。

 五分だけ守衛が離れる。右手の袋。

 これから先、週に一度。中身だけを移し替えて持ち帰るように命令されていた。

 

 出来る訳ない。市民街区の厨房なんて、入り込んだら叩きのめされる。

 最悪、射殺される。

 だけど、断るのも怖くて、火曜の12時丁度。忍び込んだ。

 守衛が本当に離れた。

 扉から料理人が袋を捨てた。

 向かって右手のゴミ袋を開けると、まだ食べられそうなパンや野菜、肉が詰められていて、持参した袋に急いで入れ替えて、背負った。

 

 一歩歩き出して、硬直した。汗が噴き出す。

 見張り塔の警備兵がこちらを見ていた。手元のライフルは、金属薬莢を使う代物で、常雇の傭兵は20メートル内の人間大の標的には、ほぼ百発百中の腕前を誇っている。

 足がすくむ。が、ライフルを持った兵士は、何もいないかのように視線を逸らして、彼方を睨みつけた。

 

 足が動いた。袋を抱えたまま、市民街区から廃市街のアジトまで、真冬の三キロを走り抜けた。汗びっしょりで、鼓動が割れ鐘のようになっていた。

 

 慌てて駆け寄ってきた仲間たちが服を脱がせ、汗を拭きながら、屍者の噛み跡がないことを確かめてほっとしていた。脇や金玉の裏、髪の毛に足の裏まで噛まれてないか、何度も確認されたが、虚脱したムーア君は、為すがままだった。

 とは言え、ポレシャの紋章付きの封筒だけは握りしめて、仲間には見せなかったが。

 

「この袋は?」と部下たちが言うのを放置して、暖炉の傍にうずくまると、何故か、風呂まで用意されて入れられた。

 

 風呂から出ると、鳥のウィングが焼けて香ばしい匂いが漂っている。

 流石お頭!と子供たちが喜んでる中、食欲がない様子でげっそりしていたムーア君だが、頭はぶんぶんと回転していた。

 

(……なんだ、これは)過去に目撃した情景のかけらが、脳裏で組み立てられていく。老練な浮浪者や廃墟生活者の幾人かは、不思議と冬でも食べるに困る様子が見えなかった。

(他に、誰と誰が飼われてる?)と手紙を眺めそうになって首を振るった。

(……いや、気にすることじゃないか)と嘆息する。

 大事なのは、身の程を知ることだ。

 

 そうすれば、長生き出来て、仲間たちを食わせることもできる。

 腹が減っていた。湯気を立てる肉に手を伸ばすと、ムーア君も齧り付いた。

 

 

 ※※※※

 

 

 リードやネリが逮捕された件は、セフ衆に衝撃を与えたようだ。

 冷静に考えれば、廃墟漁りごときが、しばしば、大金を持ち帰れる時点でおかしいと思うべきだろう。

 

 ココは、普通に調書を取ったら、家に帰された。

「あのリードがなぁ」とトムも衝撃を受けている。

 眼鏡を掛けてて、頭がいいから、こんなことをするとは思ってなかったと言っていた。

 トムとリードはしばしば話していた。トムとしては、生きていく糧を得る手伝いをするつもりで、市民街区や門前町で隙があってゴミを漁っても、怒られにくい家を教えてていたのが、悪用されるとは思わなかったのだろう。お人よしだ。

 確かに、リードは本を何冊も読んでいる。

 ココよりずっと頭がよかった。

 マギーと知り合う前のココなど、字も読めなかったのだ。

 

 ココは、釈放された。とは言え、子供に石を投げられる。

 料理番やトムは止めようとするも、ネリの逮捕がココの責任だと広がっていた。

 刺々しい雰囲気の中、ココは追い出されるようにして、セフ衆の塒から立ち去った。

 もう二月で、冬も終わろうとしているけれど、不安は覚えなかった。

 行き先は市内の簡易宿泊所。

 そこにはもう一つ、寝台が開いてる。

 

 

 辿り着けば、マギーがいて抱きしめてくれた。

 ココも、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

 ネリも猫耳だし、連続窃盗事件が、猫耳の犯行と見做されるのは時間の問題だった。ココも一度、逮捕されるのも覚悟はしていた。

 

 袖口は、危うかったとは思う。

 二階窓枠に繊維が付着してた。マギーは勿論、気づいた。

 違うと訴えても、証拠はない。証明できない。

 あるのは、やってないと積み重ねてきた状況証拠のみだった。

 割に合わない、とココが訴えたとしても、証明はできない。

 

 追跡してもらえたのは、却ってよかった。

 ムーア君や、保安官補らに謝られたが、気にしてない。

 警察の手で無罪を証明してもらったようなものだ。

 

 この3年ほどは、市内の司法や商業。生の暴力、廃市街の徒党や農村の生活などを目にしたり、マギーやジーナ・E、ニナやトリス、が語り合うのを幾百の夕べにも渡って傍らで耳にしてきた。

 時は、土木や荷運びの仕事も手伝い、店の雑用や整理も行って賃金も貰った。

 自作農出のリリー。廃墟の徒党頭ムーア君に市参事のパオロ爺さんとも話したことがある。世の仕組みがどんなものか、ココも多少は揉まれた。

 なんで、無知な田舎の浮浪児のまま、成長していないと思えたのだろうか。

 

 ココの想定していた通り、保安官たちは普通に優秀だった。

 ただ、窃盗団に対しては、セフ衆の内部でも、廃市街でも、疑われているのではと噂になっていた。

 法執行官を度々、見かけたから。そして、ココの袖口が付着していたなら、セフ衆の内部に犯人がいることになる。

 

 ネリも間抜けではないが、おのれが追尾を受けて現場を押さえられるとは、想像できなかったみたいだと、ココは揺れる火の熱に尻尾をピンと立てつつ、欠伸をした。

 悪戯を仕掛けたぞ(ブンガブンガ)、だ。とにんまりと笑う。

 誰だって成長はする。馬鹿な黒猫だって、三年もあれば多少は頭を使うようになる。

 

 ココが冤罪なら、捕まえても真犯人は他にいる。

 そして、多分、困窮すれば、再び犯罪を行い始めると保安官たちは危惧する。

 想像通りに、真犯人を捕まえてくれた。

 真面目な大人たちだった。大人って素晴らしい。

 外では、雪が吹雪いていたが、簡易宿泊所の暖炉の傍、ココは丸まって微睡んだ。

 

 

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