町の行商人として若干の武器も扱うマギーちゃんは、今までマスケット銃に手出しをしなかった。
事故が恐かったからだ。マスケット銃は、様々な側面でクロスボウよりもデリケート、かつ安定性に欠ける武器で不発や遅発が多い。
黒色火薬自体が不安定な物質で、胡乱な出来の火薬を仕入れれば暴発しかねない。
雨や寒い日には、不発も増える。雨滴や霜で火薬が湿る。
火皿や点火孔に水が入るかも知れない。冷えれば、指が悴んで操作も雑になる。
だから、携帯するのにいい武器とは考えてなかった。
それでも自由都市を来訪した際、一丁だけ買ったのは、火縄銃を安く仕入れられる伝手が出来たからだ。
近代科学を引き継いだ技術者らの末裔として、ルガリエの職工たちが仕上げた丁寧な作りの銃身と、均一に良くこなれた品質の良い黒色火薬は、一応、信頼に値する。
最大の懸念であった装薬に良質な黒色火薬を定期的に仕入れられ、暴発の確率も極小まで低下するならば、家に置いておく玩具としては悪くない。
自宅の裏庭――段ボール天幕なので、どちらが入口とも言い難い――で土嚢に向かって発砲する。
トリスは、本当によく当てる。
皆、ゴーグルをつけていた。破片も恐いし、眼病の予防にもなる。イヤーカフも付けている。耳が遠くなっても困るからだ。なので、仲間の分のゴーグルとイヤーカフを揃えるまで、試射は行わなかった。クロスボウで十分だったからだ。ちなみに猫耳のココは、ヘアバンド型のイヤーカフをしている。
「一丁は、250?」ルガリエ地区から持ち帰った火縄銃を弄びながら、ニナが尋ねた。
「都市通貨で、250から300かな。売るならね。120
装填の真似事だけしてから構えたニナは、手元の懐中時計を眺めてから、「いい武器じゃないよね」と告げる。
「うん。撃つのに30秒掛かる。クロスボウよりずっと遅い」マギーは火縄銃を受け取りながら「ただし、威力は高い」とうなずいた。
「それでも鎧には弾かれるよ」ニナはうんざりしたように告げる。
「よい鎧にはね。でも、衝撃は通るし、牽制になる。
弱い鎧なら、当たりによっては致命を与える」マギーの解答。
ふむん、と考え込んだニナは「せめて四人いればね」と嘆息した。
火縄銃は、装填から発射まで訓練して30秒。二丁あっても、15秒当たり一発。
建物に陣取っていれば威力も発揮できようが、野外では牽制に使えなくもない、と言った評価に落ち着いてしまう。
「……二人旅ではね。何とか横向きで装填できても、クロスボウの方がましだ」マギーも話しながら、ニナや他の面々と戦術的認識を共有する。
四人いれば、30秒に四発。7.5秒に一発なら、一応の射手たちが遮蔽を取りつつ、狙いすまして発砲すれば、相当な賊でも少人数では距離を保つしかない。
「取りあえず、これは試供品です。興味を示した人がいたら試射してもらおう」マギーが火縄銃を手に掲げると、ジーナ・Eが看板を立てて、トリスが「30発付きで300」と文字を書きつける。
「利益としては、悪くないね。で、農民や労働者に売るの?」とニナが顧客層を尋ねると、マギーは頷いた。
「市が武器免許を発行するそうです。市の公認商人から火器を購入する場合、免許がないと買えないと、手続きで網を掛ける」
「名簿に載せて、危険人物は弾いて、と。把握と選別?」ニナは少し考えて尋ねると、「誰も彼も買えると厄介だからね」マギーが肯いた。
ふむん、と頷いてるニナに、マギーは告げた。
「年に10丁程度だろうけど、一丁ごとの利益は、80から90ほどになる計算です」
「副業としては、悪くありませんね」ほほ笑んだニナに、「はい」と自信をもってマギーも頷いた。
※※※※
薄汚れた女兵士が街路を歩いていた。ランツクネヒトの派手な装束に、すれ違った通行人からは、ギョッとしたような視線が向けられる。
三月に入って、ポレシャ市の街路で釈放された戦争捕虜の姿をぽつぽつと見掛けるようになっていた。
ランツクネヒトのリジィもその一人だ。派手な縞々服は、目立つと分かっていたが、他に服装など持ち合わせていない。装備も、火縄銃と『
破るつもりはない。ポレシャ市民軍は、それなりに強力な軍隊で、散々に雇い主と本隊を打ち破ったのだ。
兎に角、原隊に復帰したいと思いながら、見かけた食堂にふらりと入り、与えられた食料配給券を見せると、嫌な表情で前払いだと取られてから注文を聞かれた。
他にも釈放されたものを見かける。数人の人夫が隅の方で小さくなって粥を食べていた。
庶民には曠野を数日、旅するのも命懸けだから、連中は次の自由都市への隊商が出発するまで待機するしかない。居心地が悪そうに大人しく囁き合っていた。
リジィも捕虜になったのは、一度目ではない。
ポレシャ市の捕虜の扱いは、まあ紳士的だ。
飯も食えるし、曠野の真ん中で放り出したりもしない。
自由都市経由で本隊に手紙を出してくれても、いる。
味方の浮浪傭兵やら無宿人の生き残りには、まだ収監されてる者もいたが、どうやら、行儀のいい者から釈放されるとも限ってないようで、リジィは暴れなかったが、大人しくしてるのに、収監され続けてる者もいた。
どうやら手配書が回っていたらしく、本人は、あちらの町はろくなもんじゃない。相応の理由があったからで、ポレシャでは暴れないと担当の役人に訴えていた。
どうなるかは、神のみぞ知る、だろう。
リジィは、下層地区の街路をゆっくりと歩いていた。
比較的に形を留めた廃屋や廃墟の窓に布が揺れている。路地や空き地は奥が土嚢や瓦礫で塞がれており、手前には泥小屋や天幕が築かれている。厳冬の冷気と霜にひび割れたと思しき、泥小屋の壁を修繕している一家の姿もあった。
舗道の隙間には土が溜まり、雨上がりの跡には小さな水たまりが光っている。あちらこちらに金盥や陶器が置かれているのは、水を貯める為の工夫だろう。
家々は低く、泥と煉瓦、木材に布や段ボール、ビニールで粗雑に組まれており、時折、見かけるパン窯の煙突からは微かに煙が立ち上っていた。通りの奥からは子供の声や、釘を打つ音が聞こえ、日常が静かに営まれているのが分かる。
冬が明けたばかりだというのに、薄着や上半身を裸で過ごしている者たちもいれば、炎の傍で酒を飲んだり、楽器を鳴らしている者も目立った。
もちろん、黄昏の世の庶民として、当然にこん棒や短剣などをぶら下げているが、総じてのんびりと過ごしているようだ。空き地やら路傍に開かれた天幕や露店、屋台の類も、売ってるものの大半はガラクタか、食べ物に酒の類だったが、客と店主の会話は終始、穏やかで、声を荒げるものは殆んどいない。
しかし、少し落ち着かない気分のリジィが、珍しく開いている路地裏への木戸をくぐり、通りの先に差し掛かると、気配が微妙に変わった。
修繕されず、一部が崩れたままの家に、掃除もされずに薄汚れた天幕と周辺。炎はまばらで、昼でも陰影は深く濃く、揺らいでいる。通りの空気にわずかな緊張が漂い、見知らぬ者が踏み込むと視線が集まる。
(……そりゃあ、そうだよな。下層地区ってのはこうじゃないと嘘だ)背負い袋を背負い直した女ランツクネヒトは、目を細めながら街路を見渡した。壁の下手糞な落書きアートや、通りの端に転がる崩れた天幕が、無秩序な雰囲気を醸し出している。
破落戸一人も見かけなかったので、逆に落ち着かなかったところだが、此処にはよそ者に剣呑な値踏みの視線を投げかける若僧たちや無表情な男たちが、街角に屯している。足元に転がる汚物に注意しつつ、リジィは慎重に歩を進める。
饐えた匂い漂う廃墟の屋根越しに、中天に登りつつある太陽が光を投げかけてきた。トンネルを潜り抜ける際、杭に乗せられたげっ歯類の巨大な頭蓋骨が影を落とした。
心臓の鼓動が微かに早まった。無駄な目立ちを避けるように、肩を低くして歩く。
狭い路地の奥からも、通り過ぎた天幕からも視線が投げかけられるのを感じる。
しっかりした廃墟を通り過ぎる際、鉄のこすれる音の後に巨大鼠の悲鳴が聞こえてきた。血と臓腑の入り混じった懐かしい臭いが、微かに漂って鼻孔を刺激した。
埃と土が混じった床を小さく蹴りながら、薄暗い店内に足を踏み入れた。
棚には大小さまざまな瓶が乱雑に並べられている。水にエール、濁った酒が底に沈殿している。瓶のラベルは擦り切れ、何が入っているのかも読み取れない。いや、殆んどの中身は、瓶を再利用しての自家製どぶろくや密造酒に違いない。
手前の古い樽の蓋は緩く、微かにアルコールの発酵臭が鼻を突いた。
カードやサイコロで遊んでいる放浪の賭博士に無宿人《ノークォーター》、浮浪傭兵と思しき連中が一瞬、鋭い値踏みの視線を投げかけてきたが、文無しと見たのか。すぐに興味を失ったように遊びに戻った。
リジィは荷物を背負ったまま、店の手前の方の席に座った。
背中を丸めた店主が、汚れた布巾で瓶を拭くふりをしながら客を観察していた。
リジィは与えられた配給券をそっと差し出す。紙幣としても使えると言われたとおりに、「なんにするね?」と主人が肯いた。
釈放された際、市民街区の食堂を使う方がよいとは、忠告を受けた。しかし、高い。料理も異なるが、見たところ値段が倍近く変わってくる。
ところでリジィは知るよしもないが、正式なポレシャ市は市民街区から下層地区までであった。下層地区からやや外れた市街は、市には含まれていない外部地区として扱われる。よそ者には殆んど区別も付かないが、ポレシャ市も大事な公知――戦争捕虜に不当な扱いをしない事――なども、下層地区の外までは知らされない。
黄昏の世には良心的なポレシャ市であっても、わざわざ、外部地区に入り込む愚か者の面倒までは、見切れないと割り切ってもいた。
隅の方の席、リジィが大人しく、温かいシチューを食べてると、いやな笑い声が聞こえてきた。数人の中年男がリジィを見ていた。中には厚化粧の年増女もいて、
ややくたびれた服装から見るに、下層の労働者だろう。こん棒やら鉄パイプ、ナイフを腰から下げているのは、曠野の町の住人にとって、当然の備えでもあった。
夕方近くで酔っぱらっており、リジィを指さして笑っていた。
「負け犬が飯食ってるぜ」何処の町にもこの手の手合いはいた。ポレシャも例外ではないらしい。特にポレシャ市圏に攻め込んで負けたのだから、リジィも覚悟はしていた。
通りの外に衛兵だか、自警団が差し掛かった。私服でもポレシャの黒地に黄金麦穂のワッペンを付けている。今、リジィは原隊から離れてる。孤独で、釈放された戦争捕虜で、知らない敵地だ。黙って、シチューを掻きこみながら、沈黙を保った。相手にしなければ、放置してくれるかもと期待したが、そうも上手くいかないようだ。
中年男の一人がリジィのテーブルへと寄ってきた。
黒パンを拾い上げ「床で食えよ」落とした。
此処で武器を抜けば、市の衛兵たちは理由の如何に寄らず、リジィを逮捕するだろう。いや、逮捕で済めば、御の字だろうが。
シチューの最後の一滴を食べ終わったリジィは、そっとパンを床から拾い上げようとすると、パンが踏みつけられた。
「どうした?食えよ」男がニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
リジィは、拳を握って、男の顔に叩き込んだ。
鼻血を出してぶっ倒れる。武器を手に立ち上がりかけた一団の機先を制して、テーブルを蹴っ飛ばす。
「いぇえ!てめえが喰らえ!豚野郎!」
周囲の驚きの視線を背に、中指を突っ立てながら、リジィは荷物を背負って、街路を走り出した。
※※※※
マギーとニナ、徒弟のトリスは揃いの防弾、防刃コートを着込んでいる。値段や性能に差はあるけれど、ほぼ同級のかなり良い品々だ。
猫耳のココにも、2000都市通貨の揃いのコートを与えている。やや大きめで俊敏性は損なうものの、日常生活での不意打ちで噛まれたり、撃たれたりしても、致命を負うことがない装束には、相応の利点だろう。
数年前にポレシャ市に住み着いてから、巨大蟻の兵隊蟻や無法者《アウトロー》、強盗団と連戦し、ついこの間は、変異獣と屍者を仕留め、定期的に野犬や巨大鼠、巨大蟻を狩っている。
だから、裏通りに踏み込んでくるのは、隣近所の連中か、用件のある客を除けば、殆んどいない。火縄銃の試し撃ちを行っていると、数人の男女が、こん棒や鉄パイプを手に手に、怒鳴りながら、なだれ込んできた。
そして、闖入者たちは、一瞬で静まり返った。
戸惑ったようにマギーたちをじっと見つめている。
マギーも、ニナも、ジーナ・Eも、じっと闖入者たちを見つめている。
下層地区も広い。付き合いの浅い連中もいる。
知らない顔ばかりだった。
細巻の紫煙を燻らせながら、マギーは、無言で見つめていた。
いるのは、女ばかり六人。ただし、揃いの軍用コートで四人。
四人がクロスボウと火縄銃を抱えており、一人はライフルを背負っている。
料理を作ってる無防備な一人は隻眼。実際は無害な農村出の娘だが、傭兵などに見えなくもない。
兎も角、何かを追いかけてきた酔っ払いたちも、間違えた場所に踏み込んだと一瞬で悟った。
酔いも醒める。路地の入り口を振り返れば、警告のように、狼や変異獣の頭蓋骨が飾られていた。武器を売ってる一団の縄張りに踏み込んだ。
下層地区の顔役の武器商人と私兵たちが、じっと見つめている。
小柄な私兵たちは素早く土嚢の背後に移動し、遮蔽を取っていた。ソファで寝転んで細巻きを吸っていた武器商人が身を起こした。
口を開く前――態度を保留し、様子を窺っている合間に、「間違えた!間違えた!」そう叫びながら、酔っ払いたちは来た道を其の儘、転がるように逃げ去っていった。
見栄も衒いもない。曠野の何処でも――ポレシャ市のような穏当な町でさえ、上位の武装集団に喧嘩を吹っかけたと見做されるのは危険で愚かな自殺行為だ。
酔っ払い連中が慌ただしく立ち去った後、立ち上がったマギーは土嚢の影に「リジィ」声を掛けた。
荷物を抱えて隠れていた女ランツクネヒトが、土嚢の背後からひょいと姿を見せる。
「……大物なんだね。スネイクバイト」リジィの顔は酷く腫れていた。喋りづらそうだ。
「町から出るなと忠告したはずだ。まあ、東の地区は分かり辛いかもしれないが」マギーが言うも、
「あいつら、人のパンを床に投げて、負け犬は床で食べろって。
だから、鼻を折ってやった」ヒヒっとリジィは笑う。
マギーがため息を漏らして、「手当してやれ」
トリスが包帯と薬箱を手に寄ってくる。
リリーも、料理の手を止めて、冷たい清潔な水を用意した。
「宿は?」マギーが尋ねると「紹介されたところの近所で喧嘩しちったよ」
血の唾を吐きながら、リジィは忌々しげに告げた。
マギーは、ため息を漏らした。メモ帳に住所を書いて一枚、切り取る。
「雑魚寝だが、窃盗に気を付ければ安全だ。わたしの紹介だと言えば、安く泊まれる。ただし、親父はスケベだから口車に乗せられるなよ」
助かる、とリジィは頭を下げて、メモを受け取った。
「それと、その服は着替えろ。辺りだとランツクネヒトは嫌われてる。
畑を荒らされて、
「これが一張羅」リジィは言い張った。
嘆息したマギーが天幕の傍らの櫃を開け、ボロボロのシャツとズボン、靴を取り出し―――ゴミ袋に入れた。捨てる服を見て、ニナが「……あっ」と声を洩らした。
さらに奥から服を取り出すと、「ほら、このファーコートとズボンやる。ニナのお古だが」マギーが投げ渡した。
受け取ったリジィは、息を呑んだ。かなりいい代物とは分かった。生地の手触りや縫製が普段の服とは全然違った。かなり繕ったり継ぎ接ぎが残っているが、本来は多分、市民とか、正規居住者のような層が着るような衣服だ。
都市通貨で200通貨か、300通貨くらいしそうだ。いや、間違いなくする。
「え?いいのか」リジィが流石に戸惑い、躊躇って尋ねると、「いいんだ」とマギーは告げた。
「も、もう言われても返さないぞ」服を抱えて言うも、マギーは「さっさと着替えろ」
「そっちの服でも、いいんだが」遠慮がちにゴミ袋に入れた方を差すと、マギーは肩を竦めた。
「私の昔の服だ。サイズが合わない。
初心を忘れないように取っておいたが、いい加減、捉われ続けるのもな」
マギーは迷いなく最後の古い服をゴミ袋に入れた。
「出会った時の服だよ」とニナが寂しげに言った。
マギーは少し考えてから「私は、此処にいるよ。今も、君と一緒だ」と言って抱きしめる。
「でも、ちょっと辛いです。
出会った日の記憶が、手放されたように感じた」ニナが囁くと「なら、取っておいてもいいよ」マギーは言った。
「無理をしないでもいい。どちらでもいい」マギーが言うと、ニナも考えてから「取っておいて、やっぱりいらなかったら、処分するでいい?」
うん、とマギーは言って、ニナに口づける。ニナは幸せそうに微笑んだ。
リジィは、服を着替えてた。
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3月中旬_13278都市通貨
ココ 2000都市通貨のコート