ポレシャ市の門前町は、見た目だけなら文明崩壊前のまともな町並みに見えるかも知れない。
通りに面した家屋の多くが、漆喰塗りか赤茶のレンガ造り。一部剥がれた壁面や、時代の違う補修の痕跡も幾重となく重なっている。
それでもよく観察されば、奇妙な歪さが其処此処から見て取れた。かつては職人の工房や商家だったのか。広くて頑丈な建物もあれば、廃墟から剥ぎ取って持ち帰ったのか、窓枠や庇だけが、妙に丁寧な装飾が施されてる家もあった。
近づいてみれば、殆んどの家の窓に分厚い木戸が据えられ、蝶番は無骨で頑丈な鉄製。内側から閂を落とせるようになっているのが分かる。
ガラスはあっても小さいか、或いは最初から無い。大抵の屋上には土嚢が積まれ、欄干の代わりに鉄板や古い扉が立て掛けられている例すらあった。
一軒一軒が、住居であると同時に砦であり、トーチカとして配置されている。
美観を損なわぬよう、しかし、同時に、防御と生存の為の仕組みが優先された町の奇妙に緊張を孕んだ風景は、生活の一部として染みついた防備が滲んでいた。
門前町の通りの路傍や空いた土地で、蚤の市は細々と続いている。
空き缶や空き瓶、食器を売る布を敷いただけの露店。
木箱を重ねて布を被せた鋳掛屋の屋台。半壊した壁に衣服や布を吊るした呉服商。ワイン、工具、干し肉、機械部品と品揃えは良くもないが悪くもない。探してる代物がある時、やや高めでも蚤の市なら取りあえず見つかるかも知れない。
毎日毎日、一見、まるで代わり映えしない日々を十年一日《じゅうねんいちじつ》のごとく、マギーちゃんは送っていた。
月に二、三の頻度で自由都市ズールを訪れては小麦札と引き換えに穀物商店から幾らかの自由都市通貨を引き出し、幾らかの資材や服飾、武器などを仕入れては、ポレシャ市に引き返して販売している。
このうち酒や甘味、医薬品、エチチな本など一般で仕入れた品は、蚤の市は片隅に構えた小さな露店で売却しているが、売り子には徒弟トリスや猫耳のココ、用心棒としてジーナ・Eなども手伝ってくれる。
トラブルは滅多にない。と言うのも、店主のマギーは腕利きの保安官助手として、名うての犯罪者を幾人となく逮捕、捕縛しており、一部はやむなく殺害してきたし、遊牧民相手の戦争でも相応の活躍を見せていた。近隣の破落戸はおろか、浮浪傭兵や無宿人《ノークォーター》、無法者《アウトロー》に遊牧民の類ですら、用心深く接する必要のある大物と見做されているようだ。いささか噂先行の感が無きにしも非ずだが、出来るなら、実態を虚像に追いつかせたいものだともマギーは思っている。
「くそ、表紙に騙されたぜ。この本、女同士じゃないか!」
「あ、間違えた。それは私物でした。
本来、仕様ですので、返品は出来ません。
ですが、未使用品なら特別に同額で下取りいたしますが?」
「でも、これはこれでいいかも」
偶には些細なトラブルも発生するが、さほど大きな問題にはならない。
市内では酒や甘味、120
時に農村や遊牧民の行商人などもマギーの商品を覗いてくるが服や甘味、酒の類などは利益が結構、ギリギリの為、値引きには応じられず、資材の類もそれほどは売れない。遊牧民や流れの旅商人には電子部品に興味を示す者が多いが、西の方に産地があって今も中古半導体は一定量流れてきているので、マギーは特に値上げせずに他の部品と同じように捌いていた。初期半導体はそれほどの技術が無くても製造できる為、枯渇の可能性も低く、基本的には多くの部品のうちの一種に過ぎないからだ。
何も起きない日々の方が多いけれど、逆に言えば、何かしら有事の際の為、与えられた準備期間と捉えることも出来るだろう。だから、マギーは一日たりとも弛緩せず、日常を積み重ねながらも、しかし、平穏な一日一日を素晴らしいと感じて、楽しめる幸せな感性の持ち主でもあったのだ。
※※※※
さて、現時点で親方マギーが徒弟トリスや猫耳ココに幾らの給料を払っているかと言うと、大して払ってない。まずは年俸でもなければ、月給制でも、週給制でもない。トリスも、ココも、兼業の丁稚で、手伝ってくれた日には幾らかの日当と、後はトリスには罠箱の材料や煙草の吸いさしを与えて稼がせ、ココには小遣いをやっている。他には服と食事、寝床にお湯と薪の支給だけであった。それが丁稚の平均的な生活でもあった。
逆に言えば、親方マギーとて、今だに丁稚二人を抱えるのがやっとの行商人でしかないし、物流と物産の衰えた
とは言え、度々と小遣いと余暇を与え、映画や食事、遊びに連れ出し、本などを好きに読ませているから、マギーは親方としては悪い方ではないと思えた。
もちろん、上を見れば、もっと仕事を仕込まれて手代として給与を貰い、生活している同年代の若者もいたけれど、大抵は、そこまで扱いはよろしくない。殆んど金も貰わずにこき使われている丁稚の少年少女も決して少なくなかった。
それに親方マギーは大体、丁稚たちと同じものを食べていた。それも、結構いい食事をとっていたし、普段味わう酒や甘味、細巻きなど度々、惜しげなく与えてくれもした。此の侭、売って小遣いにしても怒らなかったし、私用の櫃に入れてちょびちょび味わうのも乙なもので、徒弟暮らしにもそれなりの楽しみは見いだせた。
なにより、トリスやココにとっては、クロスボウが人数分にライフルや火縄銃まであって、四人揃って下層地区で眠れるというのは、安心感が違った。
怪物が徘徊していないし、屍者や変異獣でさえ、昼間で遠距離で少数なら一方的に狩る対処になる。元は廃墟生活者だったトリスたちにとって、これは脳が痺れるほどの安心感と陶酔を与えてくれた。変異獣。冬の夜長に咆哮の度に怯え、壁を削る音に息を殺し、壁の向こう側の吐息に死を覚悟させる怪物どもが、クロスボウのボルトにのたうち回って死んでいく姿ほどに、少女たちを安堵させる光景は無かった。
マギーは素手で変異獣を殴り殺した、とニナの台詞がどこまで本当かは分からないが兎も角、トリスにとっても、多分、ココにとっても、マギーのもとを離れる理由など現状、微塵も存在していなかった。
三月の春の日、徒弟のトリスとココは蚤の市の外れで休憩していた。
ポレシャ市にも蚤の市はある。一応、毎日は開かれているが、週末には特に大きめの市となる。今、親方マギーとニナが露店に入っているので、トリスとココは芝生の上で昼食を取りつつ、雑踏を眺めていた。トリスは細巻を燻らせていた。深く吸わない。肺は大事にする、今は香りを楽しんでいた。ココは、鼻先を飛ぶ蝶を眺めながら、尻尾を振っていた。この後は、何かしらの小遣いを貰えるから、貸本屋で漫画かアニメでも見てもいいし、芝居や大道芸に行ってもいい。
人生は退屈だが、楽しい。隣のココもアホ面で空を眺めている。少し前の精悍な野良顔が嘘のようだ。
この間、親方マギーが歴史の講義の際、披露してくれた戦国日本の逸話を思いだした。
伊賀忍者たちに命を救われた際、必ず礼をすると誓った徳川家康。本拠地、江戸に帰還した家康は、本当に忍者たちとの約束を守った。
身分と仕事を与えられ、かつては命懸けの危険な仕事をして稼いでいた伊賀忍者たちは、もはやそれ程には危険に身を費やすことなく、子々孫々安楽な生活を手に入れたのさ。めでたしめでたし、とは言え、二代目、三代目あとには、もう随分と腕が落ちていたという俗説もあるけどね。
アホ面をしていたココが急に締まりのあるキリっとした表情を浮かべた。
(不審者でも近づいたか?)何事かと思いきや、尻を動かして、ぷすぅー、と音を鳴らした。
「ココ!あんた!」トリスが涙目で怒鳴るも、ココは弛緩した表情に戻って寝ころんでいる。完全に駄猫だ。廃墟に暮らしていた頃の精悍さは、短期間で春の日差しに蒸発してしまったらしい。
とは言え、日差しは暖かくて、気持ちいい。喉が渇いたので、トリスは近くの屋台でレモネードを買う。そのくらいの駄賃は貰ってる。
他の日にも半端仕事をして賃金を稼げば、寝床に飯も手当てして貰っているので、生活に困ることはない。ココは水筒から水を飲んでる。
親方マギーとニナは目と鼻の先の露店でワインや甘味、包帯に医薬品なども売買している。売れ行きは良くも悪くも、まあ、普通の店と言ったところだ。ライフルを携えた親方マギーと『
時々、市民や商人、農民がマギー親方を訪ねてきて、ゴムタイヤが欲しいとか、セメントを仕入れられないかなどと相談してくるが、調達屋としてちょっとは人に知られた親方も、流石に出来ないものは出来ないらしく首を横に振っていた。
今日の売り上げは、都市通貨で六百ほどだろう。大した大金に思える。
が、親方マギーが都市で仕入れた酒やら甘味の利幅は二割。
百で仕入れた商品を百二十で売り上げて、利益は二十。だから、利益はおよそ六分の一。百程度となる。
一か月で貯め込んだ日持ちする商品を放出し、リジィとココ、トリスに十五都市通貨ずつ払ったら、残りは五十五。十ずつに抑えても、七十。とても喰ってはいけない。もっとも、親方マギーにとって、資材の売却や服飾販売が本業なのだが。
斯様に行商人とは、元手が必要な商売であり盗賊も出没する。だから、蚤の市の売り手の殆んどは、農民や木こり、鉱夫などの一次生産者か、職工などの二次生産者に留まっており、残る行商人も、主に近隣を往来して取引するだけの零細・兼業が多くを占めている。
「十五都市通貨だけ?!」とリジィが日当に文句をつけている。
マギーは黙って帳簿を開いて見せた。
「ズールの相場は知ってるな?で、これが仕入れ値で、此方が利益率」帳簿を一瞥したリジィは、すぐに理解できたようだ。
「ああ、おう……行商人も、思ったより儲からんな」口籠っている。
「そもそもお前さんが荷運びなり、土木、野良仕事なりが嫌だと言うから、雇ったんだぞ。大人だし、色々と物入りだろうから十五支払ったが、本来なら、座ってるだけの仕事に十でも上等なくらいだ」マギー親方の物言いに、女ランツクネヒトは、ぐうの音も出ない。いや、ランツクネヒトの風体は、封印しているようで、今はやや上等な装いの用心棒なのだろうが。
「まあ、飯くらい食わせてやる」とマギー親方が言うと、「マギーは面倒見がいい」とニナが呟き、「特に相手が可愛い女だから」ジーナ・Eがぼやいた。
もっとも、相手が小汚い浮浪児でも、行き倒れの老人でも、親方マギーは度々、面倒見の良さを発揮している。
食事を与えて、無料の寝床を紹介もする。もっとも黄昏の世であるから、甘い=弱いと見做して強盗に豹変する者もいれば、際限なく強請ってくる外れも少なくない。相手が強盗に豹変しないか、冷静に観察しながら助けるのだから、親方も奇妙と言えば、奇妙な人間ではあった。それでも時々は、真っ当に生活を立て直す者もいれば、家庭を持つものもいて、マギーが送られた手紙などを櫃の底に仕舞って、時々は眺めているのを、トリスも他の仲間たちも実は良く知っている。
仕事が終わりを告げた。いまだ午後三時を少し過ぎた時刻だけれど、夕食を取って帰路に付くなら、これくらいの時間が丁度いい。危険を避けて、暗くなる前に帰る。他にも少し早めに店仕舞している商人たちもいる。
黄昏の時代。人々の生活時間は、中世と同じく太陽に合わせられていた。早い時間には、ほぼ黎明と同じ頃に店を開く代わりに、夕方を過ぎれば、もう、家路に就く頃合いだ。
マギー親方とニナが、荷物を纏めていた。一緒になって歩く。
これから家に帰ってお湯で体を洗い、食事をして眠りに就く。
毎日、これほどに幸せでいいのかともそら恐ろしくなる瞬間もあるけれど、マギー親方は代償があると――日々を抜かりなく、弛緩せずに、継続するのが難しいのだと、囁いて安心させてくれる。
黄昏の世だ。或いは、一瞬の油断で、或いは油断せずとも災厄によって、マギー親方や仲間の誰かが――或いはトリスが死ぬこともあり得る。それでも、喪失の覚悟をし、同時に弛緩せずに日々を備え続けるのならば、今、こうして平穏を味わうのも許されるのではないかと、トリスは欠伸を噛み殺した。
夕暮れにもならない春の暖かな日差しの下、街路に涼やかな風が吹いていた。
※※※※
マギーは、時々だが、市の参事会から半端仕事を貰ってると仲間たちには説明していた。だから、帰宅した後、議会の使者が訪れて翌日の10時にやってくるように告げられても、誰も意外には思わず、「便利使いされてるなぁ」と言う本人の愚痴も受け流された。
市議会の建物は、市民街区の中央広場に面している。
議事堂と呼ばれてはいるが、元がなんの建築物だったかを知る者は、既に時の彼方に過ぎ去っている。
ただ、旧文明の頑丈な大型建築物は、政治の中枢を置くにしろ、有事の際に軍事的な拠点に用いるにしろ、十全に期待された役割を果たしてくれている。
記録上、最低でも二百年か、三百年は使われている筈だが、崩れそうな兆候は一向にせず、長く使われてきた威厳を静かに漂わせている。幾度も塗り直された漆喰に補修された煉瓦の壁だけが、一瞥して質感が異なっているも、ガーゴイルや騎士の像で飾り立て、見る者の印象を誤魔化しているのは、ご愛敬だろう。
建物の正面玄関には張り出した屋根と簡素な列柱が設けられており、常にライフルを携えた、肋骨服の議会衛兵が直立不動の姿勢で守っている。最近になって始まった習慣だが、中々に評判がよろしい。
市民も庶民も、顔見知りの衛兵たちの鯱張った動作に笑いを堪えきれないが、一見の旅人や他所からの来訪者などには強い印象を与えるようで、流石にポレシャだ、などと頻りに呟いている者もいた。お前は、だまされてる。
議事堂で置物になってる衛兵隊長のアイディアで、案外、ごく潰しでも無かったな、と言うのがマギーの正直な感想だ。外に与える印象がいいなら、例え、市民層でも能無しの次男三男や次女三女からなる衛兵たちが、控室の火の傍で惰眠を貪っていようと誰も困らないし、敢えて種明かしする必要もあるまい。
入口の傍らに、議会衛兵が直立不動で立っている。マギーが会釈すると、鋭い動作で敬礼し、通してくれた。市の紋章が刻まれた衛兵の決まった敬礼は、いかにも精鋭っぽいが、敬礼の動作だけなのだ。衛兵連中は、見た目を研究しながら、これが格好いい、あれが格好いい。制服はこれがいい。イギリスの衛兵を真似しよう、イギリスなどと駄弁っていたのをマギーは知っている。
三階の会議室――ではなく、小さな控室に案内された。奥の廊下に腕組みしたジョージアが寄りかかっていて、「よぉ」と手を振ってくる。
油断のならない元同業の賞金稼ぎに警戒の視線を送りつつ、爺さんは奥だ、と言うジョージアに、手を振り返してさらに奥の控室に入った。
人が近づけば、分かるように扉を開け儘、他者に唇を読まれない位置に互いに陣取り、参事パオロ・ジャッコーニと密談を始める。
「やあ、爺さん」マギーは穏やかに言った。
「うん、座ったままですまんな。どうも前の冬で調子を崩してね」パオロは血色があまり良くなかった。
マギーは、心配するように頷いた。
「偶には二人で話したくてね」穏やかな口調と共にマギーを一瞥した爺さんが、手ずからお茶を入れてくれた。
どうでもいい世間話を二、三交わしてから、「マギーは、クロム神を信奉していたね」唐突に言った。
高度文明の規範や生き方が引き継がれた市民社会においては、他者の信仰に触れるのは多少、繊細な話題で、マギーは用心深くパオロ老人を見つめた。
「次の議会で、クロムの社に予算が付くよ。良かったら、出来たら参拝してやってくれ」パオロ・ジャッコーニの淡々とした言葉に
「……クロムの社か、妙なものを作る」マギーは首を微かに傾げた。
「そうかね」老人は、穏やかに微笑んでいる。
クロムの神は、信者が多い訳でもなし。まとまりがある訳でもない。
元は、米国の作家ロバート・E・ハワードによる創作の神。
クロム神の在り方を気に入った一部のもの好きが信奉しているに過ぎない。
布教もしない。守護さえ求めてない。
人が縋ったり、願いを叶えてもらう為の神ではない。
クロムはただ冷酷に氷の玉座より世界を睥睨するのみだ。
信者は、他の神々に祈ったり、願ったりしつつも、クロムが照覧してることを肝に銘じて、おのれの行動を律し、勇気と誉を持って生きようと自覚する。
誓約ですらない。人はクロムに何も求めず、クロムも何も与えない。
パオロ・ジャッコーニ爺さんが口にする話題の内実を調べてない筈がない。
「なぜ?」とマギーは端的に促した。
「……話は少し長くなる」パオロ・ジャッコーニは咳き込みながら、ハンカチを口に当てた。少し、赤に染まっている。
「クロム信奉者には腕の立つ傭兵や無法者などが多い。
まず、クロム神殿を立てることで、彼らの矛先を少し逸らせる期待がある」苦しげな息を整え、爺さんは淡々と説明する。
ふむん、とマギーは頷いた。
「……我らがポレシャには、以前より教会をたてて、徳の高い聖職者を誘致しようという動きがあった。他所の評判のいい宗派から求める声も、一部にはある。
だが、サグレー市の属する教会組織は拙い。サグレーの司祭と揉めている今は特にな」爺さんがぜいぜいと声を振り絞って説明している。
(思ったよりも、重要な話だな)と、廊下に鋭い視線を走らせたマギーが、ひと気の皆無なのを確認してから「大教会か」答えると、爺さんが肯いた。
「教え自体に問題はないが、彼らの組織はローマン・カトリックに範を取っている。
ポレシャに司教座を置かれた場合で、想定以上に強い影響を及ぼされる可能性がある。いや、確実にそうなる」パオロ爺さんは、思考を纏めるように数秒、目を閉じてから続きを口にする。
「だから、独自の教会をたてることにした」
「国教会のようなものか?」とこれはマギー。首を傾げつつ「サグレーは、プロテスタントだっけ?」と疑問を口にした。
「カソリックだ。本人たちの前で絶対に間違えてはならんぞ?」
爺さんが震え上がった。
「あー、うん。でも、労働に徳が伴うというサグレー市の修道会の教えは」とマギーが口籠り、爺さんは首を横に振った。
「プロテスタントの専売特許ではない。
サグレーは、ベネディクト会の系譜を組んでいる」
「勤労と祈り(ora et labora)だったかな?」マギーは朧げな記憶を取り出した。
言われてみれば、サグレー市も商業活動は控えめで、そこもポレシャとはあまり会わないだろうが。
兎も角も、マギーは問答を続ける。
「警戒してるのは、十分の一税?」と質問を投げかける。
教会勢力の強い土地――教会に限らず、他宗の寺院や神殿でもだが、徴税権を所有したり、地域の税収の一部を納められてる宗教勢力は、さほど珍しくないが、同時に貴族や議会との軋轢が生じている例も少なくない。
そして、ポレシャ市においては、税収は市議会が独占的に取り扱っている。
「サグレーの背後の大教会『グランド・チャーチ』は、それもまずい。
わしとしては、宗教組織に市政でそこまでの権限や影響力を与えるつもりはない。
精々が、修道院内での減税や免税、幾らかの援助だろう」その爺さんの意見には、マギーも全く同感だったので、頷いた。
理屈は理解できた。市のコントロールが効き、参事会に任命権のある聖職者を先んじて任じることで、【大教会《グランド・チャーチ》】の影響を免れようというのはいい考えに思えるが、しかし。
「問題が一つ」と爺さんが口にするとマギーも頷いた。
「トール神……オーディンや古ゲルマン系信奉者の騎士たちだな」
うむ、と爺さんが肯いた。
ポレシャにおいては、犬猿の仲だ。トール信奉者は、古ゲルマン系の信仰が一時期、相当に弱体化した過程で、今も教会を警戒している。
「……クロム神殿があれば、両方に対して牽制になる」爺さんは囁いた。マギーの袖を掴むが、「いずれ、厄介なことにならないか?」マギーの疑問。
「君がいる間は、牽制してくれるだろう?」老人にそう言われたマギーは、嫌そうに表情を顰めたが、否定はしなかった。
「その間に次の手を考える」
クロム神の神殿を立てる事で、私にも里心を持たせたいのかな、と考えるマギー。それも理由の一つかもしれないが、悪い気はしない。
人間、単純なもので、クロムの社が出来れば、マギーとて、市から裏切りを受ける可能性を一段階、下げるだろう。
「信仰とは、まったく厄介なものだ」パオロ爺さんは天井を眺めつつ、呟いた。
「幾人か、評判のいい放浪の聖職者がいてな。
神父なり、院長なりの候補だが、今こちらで精査中だ」言葉を続けたので、マギーは「で、私の仕事は?」と尋ねる。
「……手紙を届けて欲しい。市にお招きして、お話をお聞きしたいとか。なんとか」使者になって欲しいと告げた爺さんが、カッと目を剥いた。
身を乗り出して、囁くような声で告げる。
「市教会の構想計画は、今のところ、誰にも漏れておらん。
わしの脳髄と、あとは、二人しか知らん。君で三人目。
機密を守るには、ギリギリの人数だろう。
「給料分の仕事はするよ」マギーも頷いた。
「ことが信仰だけに、誰を信用していいか分からんからな」爺さんの言い分に、マギーも苦笑しそうになったが、真面目な表情で、ふむん、とうなずいて見せる。
確かに、普段は信用できる人物――キャシディやヘルナル大尉と対立する可能性も高い。特に決定的な敵対ではないがゆえに、反対意見と言う形で。
「わしらは、小さな社を建てておく」爺さんは淡々と呟いていた。
マギーは立ち上がった。その背中に向かってパオロ爺さんの声が投げかけられる。
「完成してからでよい。君は、同じクロム信者の無宿人なり、傭兵なり、無法者や冒険者なり、信用できるものらにそれとなく、話を通してくれるとありがたい」
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3月下旬_13648都市通貨
ガラクタ(空き瓶や空き缶、錆びた鉄屑、布)
釘、木材、縄、タープ、布、電子部品などありふれた資材
ガラクタ(小さな機械類)
服飾、靴に鎧、防弾服、防寒具なども取り扱う
チョコレート、珈琲、酒類、医薬品、香辛料など
火縄銃、120lbクロスボウ、60lbクロスボウ
伝手
自由都市の小規模店 〇〇〇 安く買える。
ルガリエ地区 〇〇〇 安く買える。