壁に遮蔽を取っていたマギーの片耳を、弾丸が貫通した。
耳が吹き飛んだ、と錯覚するような苦痛と衝撃を受け、「いっぎぃ!」と小さく悲鳴を洩らしつつも、動作に遅滞なく、横にした火縄銃にカルカを突っ込んで装弾を続ける。
遮蔽から身を乗り出して発砲するタイミングに合わせ、狙われた。或いは、運が悪かったのかも知れないが。相手は、拳銃や散弾銃が多い。
盗賊団としては、低レベルの武装だが、しかし、それでも此方より遥かに優越しており、侮れる相手でもない。
「被弾?!」ニナの焦った声。しかし、マギーの名は呼ばない。そう訓練している。
「かすり傷!」マギーはしゃがみ込んだまま、無事だと声を張り上げた。
「了解!」と壁の遮蔽から返答が返ってくる。
マギーたちは、精度の高い火縄銃で応戦している。
行商のマギーたちにとって売れ筋の人気商品だ。今、見事に性能を証明している。
これはお客様にも自信をもってお勧めできます、などと馬鹿な台詞が脳に浮かぶ。
火縄銃の装填間隔は、30秒に一発。二人で交互に撃てば15秒に一発。
遮蔽を取りながら、距離を保つのがギリギリ成立し、しかし、盗賊団の集弾性と連射能力を相手にはどうにも分が悪い。盗賊団は四人か、六人。もしかしたら、十人。
陽の刺さない薄暗い廃墟構造物に、人数は把握できない。こちらは二人。
「おい!降参しろや!通行料払え!」大型建造物の構内に盗賊どもの声が反響する。
「いくら欲しいんだよ!」とニナが言い返した。
「十都市通貨だ!払えなきゃ皆殺しよ!」盗賊どもが怒鳴った。
マギーは絶句した。一日で稼げる金額だ。しかし、考えてみれば、庶民にとってはそこそこ多めの、しかし、なんとか払えそうな金額でもある。そして同時に、物価の低い農村や小居留地に持ち込めば数日は喰い繋げる。
そもそもが、盗賊団には通りすがりの行商人《マギー》たちが、幾ら持っているかも知らない筈だった。
「少し、まからんか?」敢えてマギーは吹っかけられた金額を値切ってみた。
あまりに素直に払えば、もっと採れると考えるかも知れないと咄嗟に口に出したのだが、熟慮するに、本当に恐れてる農民や旅人なら、必死に出すかもしれないから、悪手かもしれない。
「じゃあ、死ね!」盗賊団の容赦のない罵声が返ってくる。
「待て!なんとか払えるかも知れない!」そう叫んで、火縄銃を装填しつつ、ニナと頷き合う。よれよれの紙幣を出し合い、銅貨を包み込む。
丁度、十都市通貨を丸めて輪ゴムで止め「投げるぞ」回廊の盗賊側へと投げた。
「取るからな。撃ったら殺すぞ!」盗賊の一人が飛び出してきて金を拾いあげ、物陰に行って確認する。
「あるぜ!確かに十だ!」言い合うや、盗賊たちはさっさと引き揚げていった。
(……本当に引き上げたのか?)茫然と五分、十分と息を潜めて、気配を窺った。
しかし、気配はない。ここまで獲物を追い詰めながら、油断して殺すつもりか?
それとも、いや、本当に引き上げていきやがった。と様子を見ながら判断する。
「弾代の元が取れるのか?……意味が分からん」マギーが耳を抑えながら、呟いた。
「全体で見れば、元が取れるとか?」ニナが考えを洩らした。
「戦っても金額、其の儘とるなら、降伏する奴も増えるからとか?」自信なさげに言っている。ううん、とマギーは首を振った。
兎も角、四方の様子を窺い、此方が隠れて、かつ四方の荒野に見通しの良い瓦礫の影で、マギーの手当てを行った。消毒液を掛け、縫って形を整え、膏薬を塗り、細胞再生薬を注射し、顔を横切る形で包帯を巻いた。
「……やれ、ひどい目にあった」マギーは呟いた。
戦術を弄する暇もなかった。普段、通らない道で、奇襲を受けた。
油断と言うなら、油断なのだろう。盗賊は出ないと思い込んでいた。
今まで目撃情報が無く、行方不明者も変数が生じてないと思えるほどにごく少数だったからだ。
死が間近な土地であることを忘れかけた訳ではない。
それでも見慣れぬ土地に情報だけを鵜呑みにして、盗賊が出ないと過信するも、思考の間隙を縫うように襲ってきた。黄昏の世には、熟練の旅人が街道で消息を絶つのも珍しくはない。盗賊団なら、活動範囲を広げようと足を伸ばしもする。
久しく覚えてなかった死神の息吹を間近に感じたマギーだったが、ニナは元気に振舞っている。
火縄銃を取り回しながら、「この装備じゃ、まだ勝てない」とうんうんと頷いている。マギーが沈黙していると、「まだ、ね。でも、連中の動きが理解できた」自信ありげに微笑んでいる。兎にも角にも、若さとは恐れを知らないことだ。ニナが敵を甘く見過ぎなのか。それとも、本当に見抜いてるのか。両方かも知れないが、マギーには分からなかった。
※※※※
痩せた男性だった。頭頂は剃り上げている。
身に纏ってる茶の貫頭衣は、陽光に色褪せており、風に揺れる布は薄く、あばらの浮いた骨格が透けて見えた。
手にしているのは、粗末な農具。焼けた肌と細い指先が、日々の暮らしを物語っている。 暮らし向きは宜しくないだろう。
荒野に珍しくもない丘陵のふもとの孤立した家屋。春の畑に、畦に沿って根菜や野菜がまばらに並び、それなりに大きいが粗末な泥の壁に藁ぶきの家屋が立っていた。
楡の木が傍に佇み、荒野に作られた小さな畑を歪な柵が囲んでいる。
背後には、子供たちが壁に隠れている。地面に放り出された桶から見るに、水を運んでいた途中らしい。何人かは小さなクロスボウや粗末な槍を構えている。
無駄に刺激しない為、「ダニエル師?」と距離を保ってマギーは呼びかけた。
「ポレシャ市の使いのものです」と身元として、黒地に黄金麦穂のポレシャの手紙を掲げて、ゆっくりと一人で歩み寄った。
大型居留地の使者として颯爽と手紙を届けるつもりだったが、随分と予定外の訪問になってしまった。
顔面包帯女では、不審を買ってしまう。使者には不向きだろう。
「いかようなご用件でしょうか」やや戸惑ったような声に
「実は、市の参事会が高徳の士である貴殿からお話を伺いたいと招きに伺った次第。
もちろん、お礼はさせて頂きます。大した用件でもないのです。高名なダニエル師に説法の一つもしていただければ、と」
ダニエル師は、畑を耕す手を止めて、来訪者であるマギーとニナをじっと見つめている。落ち着いた、透明で深い眼差し。
異教の聖職者だが、いい目だな、とマギーは思った。
俗っぽさは薄いが、穏やかな情感は感じられる。
こういう眼差しの坊主は、大抵、どんな宗教でも異宗教の人物とも話が通じる。
「怪我をなされているな」頭長を剃った修道士が言った。
「盗賊に襲われまして……中々に腕の立つ者たちでした」マギーは苦笑した。
「手当いたしましょう」とダニエルが家に招いてくれた。
「再生薬を打っています。ああ、自然派ならご寛恕を」とマギー。
「いえ、人の技術も神の御業のうちでしょう」ダニエルの声は穏やかだったが、マギーは微かに苛立ちを感じてしまう。やはり宗教の考え方は好きになれない、が悪い人間ではない、とも感じている。
他の四人がどのような人物かは分からないが、招くならこのような人物がいいかな。と思いながら、マギーは家屋に踏み込んで、ニナも用心深く後に続いた。
※※※※
ポレシャ市に帰還したマギーは、市議会へ報告に向かった。
古参の参事に与えられている小さな部屋には、書類と資料が山積みにされていたが、今は一部が綺麗に整理されていた。
最重要と考える書類を見やすいよう分類している。残される者たちの為に死を意識しているようだが、(普段から定期的にやっておくべきだな)とマギーは辛い評価を下した。もっとも、ポレシャの市民と言う立場は、どうしたって死を意識する瞬間が、少なくなってしまうのだろうけれど。
「ダニエル師に手紙は届けた、が、行きに盗賊に襲われた。
流石に、このツラでは残りの使者は出来ないけれど」マギーの報告に、パオロ爺さんも了承した、と肯いた。
「で、どんな人物だった」机の向こう側で囁くように尋ねてくる。
「……悪くない、とは思えましたよ。子供を七人ほども面倒見ている」労働力や性的な搾取の痕跡も見当たらない、とのマギーの言に「一人でかね?」パオロ爺さんが驚嘆したように呟きを洩らした。
「近隣農民の助け、と言うよりは托鉢坊主をしている。が、若い農民たちからは受けは良くない。
最初に移住して助け合った世代とは、通じ合っていたんだろうが」マギーは口調にやりきれなさを滲ませながら報告した。
資本主義の中途半端な残滓に、なんでも金に換算する価値観はいまだに人々の胸中に蔓延っている。もはや、現金が以前ほど万能でなくなったにも関わらず。
「なるほど」元からの資料を指でなぞり、報告書と読み比べながら、爺さんが「なるほど」ともう一度呟いて「招いたら、教会に収まるかね」考え込んでいる。
「分からない、話していてかなり賢い人物だとは思えたが」マギーは分からんものは正直に分からん、と認める。マギーの洞察力が通用するのは、闘争や暴力の世界に生きる者らであり、或いは、金を好む人間に対する嗅覚のみだ。静謐な暮らしの送る聖職者とは人種が違っている。
政治的な思考に疎いとしても、それはそれで請われたら、ポレシャ市が警戒する別の組織の神父や司祭、遍歴の修道士などを悪気無く受け入れてしまう可能性もあった。その為には、教会の任命権は、市の参事会が抑え、経理や人事、その他の重要人物は、ポレシャ市出身の人間で固める必要があるだろう。
そこまでするならポレシャ出身の神父でもなんでもいい気がするが、顔見知りではありがたみが薄いらしい。良くも悪くも俗世に揉まれているポレシャ圏には、これはと言う人物は少ないらしい。
流石に廃市街や外部地区から選ぶ訳にはいかないにしろ、近郊の農村地帯も含めれば、二千人程もいる中で、候補一人すら見つからないのは、どうかと思うが。
「……あくまで第一印象に過ぎないが、良くも悪くも此方の思惑は効きづらい。
独自の思惑を巡らせるというよりも……考え方が違う人と言う印象を受けた」マギーは、あくまで第一印象だと前置きしながら、淡々と受けた印象を説明してから
「操作しようとするより、腹を割って話した方が拗れないかも」と最後に付け加えた。
「ふむん。まあ、どんな人物も欠点はあるものさ。
残りの手紙は、他のものに任せるとしよう」
椅子の背凭れに沈み込んだ爺さんが少しだけ楽しげにほほ笑んだ。
「会うのが楽しみだな」
※※※※
最近のマギーは、以前よりも幾らかは稼ぎが増えていた。
意外な成り行きだが、火縄銃がよく売れている。
安い代物でもないのに、月に3丁から6丁ほども売れていた。原始的なアーキバス銃を下取りに出してくる農民や労働者もいるが、大した値段では引き取れない。
市の当局も、下町の労働者層や近隣農民層は味方と見做しているのか。武装を持つことに、うるさいことを言わない。
それでもルガリエに持ち込めば、鍛冶屋と言うのは凄いもので、鉄を捻じ曲げて、部品をきっちりと仕上げ、精度の高い品に仕上げてしまう。マギーも多少は取り扱いを教えてもらい、火縄銃の部品の出来が悪いところなど取り換えたり、修繕も出来るようにした。ポレシャ市でも、少しだけ鍛冶屋たちとの付き合いが出来ている。
マギーの扱うルガリエ製
とは言え、いかな大型居留地であっても、火縄銃と言うそこそこ金を持った庶民層対象の武器がそれほど大量に売れる訳もない。
いつまで、この景気が続くかな、と思いつつ、60lbや120lbのクロスボウもちょくちょくと販売して、小金を稼いでいる。今日は60
変異獣の頭蓋骨が杭の上に飾られた裏路地へと、ムーア君とその一党が姿を見せた。
マギーの縄張りに足を踏み入れたムーア君は、「姐御、本当に感謝します」信頼する手下たちと一緒にクロスボウの隊かを取り出すと、クロスボウを受け取りながら、礼儀正しく礼を述べてきた。
「60
400都市通貨での支払いは、ポレシャ市の水紙幣に下層地区の食料チケット、農村貨幣や浮浪者たちの使う小銭まで混ざっていた。勿論、弱い通貨ほどに割増しで計算している。本来、支払いで受取しないが、マギーはムーア君には目を掛けている。それに居留や地区、農村の通貨であれば、食料と代替することで普通に消費すればいい。
廃墟地区や外部地域の通貨は……まあ、市の下層地区や近隣農村から食料を買う時の支払いに充てれば、使えなくもない。生活層が一段上や下ならば、それなりに交流はあるものなのだ。それでも、浮浪者の紙幣となると、ギリギリではあったけれど。
全員にお茶と珈琲、チョコレートやキャラメルを勧める。ムーア君たちにとっては多分、必死にかき集めたであろう四百都市通貨を事も無げに扱うマギーたちを見て、ムーア君の手下たちは、すげぇとでも言いたげな、感嘆の表情を見せていた。
可愛い連中だな、と目を細めるが、それでも貧民・破落戸の類なので油断は見せない。マギーは己より大きな商人や勢力とはあまり近づかない。マギーの野心は、成り上がりの形を取ってないから、危険を冒そうとは思わない。
※※※※
そんなマギーちゃんを、隣人のリリーちゃんは眺めてた。
「こわ」ルガリエ地区に出入りし、マスケットやクロスボウを扱う保安官助手と言うのは、あれだ。もう完全に居留地の荒事専門で雇われた人物だ。そもそも、農村生まれのリリーからすると、廃墟の浮浪児に過ぎないムーア君ですら、かなり恐い連中なのだ。
(……もしかして、マギーって結構、ヤバイ奴なんかな?)遅まきながら、リリーも気づいた。マギーは一貫して隣人に対して親切で優しかった為、中々に気づけなかった。それに当初は時々、軽クロスボウを取り扱うだけでそこまで大々的な商売はしてなかったのだ。
だけど、無法者とか、遊牧民だの、強盗団だの出る度に呼び出されてる。
月に三丁も四丁も火縄銃を売る商人は、明らかに堅気ではなかった。
武器を供給する商人は、何時の時代も危険な存在だ。マギーだって小規模だから存在を許されているが、人々や共同体内の力関係を揺るがすし、抗争なども左右できる。
加えてマギーは、私兵も抱えている。いや、今は若い娘たちの丁稚や徒弟で済んでいるけど、四六時中を訓練している。ジーナ・Eは明らかに元軍人なり、その手の人間だったし、最近、よく顔を出してるリジィに至っては、ランツクネヒトだ。
ムーア君が、恭しくマギーの掌に口づけしていた。
(……そいで周囲の雰囲気があからさまにヤバイ)リリーは目を剥いた。
マギーの仲間も、ムーア君の手下も、宗教画みたいに沈黙して見守ってる。
段ボール天幕の傍らで、地面に据え置きのソファなのに(なんかゴッドファーザーやった)
「……どこに行くつもりなんやろ?」リリーは思わず呟いた。
翌日のお昼時。尋ねてきたジョージアを見かけたリリーは、人数分を手際よく料理しながらも、そんな不安をぶつけてみた。
困ったようなジョージアが、「あー、伝説のスネ……」言いかけて苦しげに顔を歪めてから「伝説のオー!『大胆不敵な』オーの弟子なんだよ。あいつは!」と大きく頷いた。
「え?そうなん?月の回廊を縦断して疫病の村々に薬を届けた『大胆不敵』?」リリーみたいな村娘でも、名前を耳にしている伝説的な冒険商人だ。
「間違いない。あいつが恭しい口調で名前を呼ぶ、この世でただ一人の人物だよ」ジョージアが請け負った。
「ふわぁ、道理で」リリーのマギーに対する印象を少し上向けたにも関わらず、天幕から出てきたマギーちゃんは、ジョージアを見て露骨に嫌な表情を見せた。
「うわ、あ。ジョージア。また顔を見せたんですか」いきなり失礼な台詞を口走ると「近づいちゃ駄目ですよ。リリー。こっちに来て」と闊達に微笑むマギー。素肌にローブの胸を開けたまま、リリーに向かって腕を広げてみせた。
「ジョージアはんがマギーを悪く言うの、うちは一度も聞いてないわ。
なのに、なんで。マギーは口を開けば、ジョージアはんを悪く言うん?」リリーが尋ねるも「そいつはとんでもない悪人なんですよ。騙されては駄目です」マギーは精々、深刻ぶって首を横に振った。ふざけるのを止めない。
「昔からの友達かも知れんけど……あんまりや」あんまりに悔しくて、リリーは涙を零して、肩を震わせて嗚咽した。ジョージアは茫然とし、マギーちゃんは口を抑えた。
「まあ、俺は言われても仕方ないろくでなしなんです。リリーさん」ジョージアが告げると、リリーがジョージアを胸を軽い拳で叩いた。
「だって……だって、なんもしとらへんのに」ジョージアの襟首をキュッと掴んでポロポロと涙を零してるリリーに、衝撃を受けたようにジョージアは立ち尽くし、「……お前、お前」後退りしたマギーが、喘ぎながらジョージアを眺めていた。
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四月上旬_14591都市通貨