黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_85 三十六計逃げるに如かず

 路地に屍者たちが蠢いていた。数は、二十を超えている。

 幸い、走り屍(ランナー)は見当たらないが、早足程度で動き回っている者はいる。喉の傷口から鮮血を滴らせながら、すぐ傍の廃屋に暮らしていた家族が屍者の群れに加わって、呻きを洩らし始める。

 

 早朝、外部地区のバリケードが破られて、廃墟から屍者の群れが侵入してきたと、自警団の一人が知らせてきた。夜半、不寝番のいない方角から侵入を受けて、発見が遅れたらしい。

 常の用心深さで周辺一帯の見取り図程度は購入しておいたマギーは、仲間たちを率いて廃屋の向かいにある二階の建物へと忍び込んだ。

 

 階段は中途で崩れ、縄梯子を張ってあるが、巻き上げれば、屍者は昇ってこれない―――筈だ。

 実際のところ、マギーやニナとて、近隣の大型建造物の構造全てを把握はしていない。何故なら、建物には死角がある。どこぞの曲がり角なり部屋の影に変異獣なり、屍者なりが潜んでいて、精査し続ければ、いずれは事故が起こりかねない。

 もしかしたら、廃墟生活者や浮浪者《ホーボー》が罠や警報を仕掛けているかも知れない。だから多分、九割がたは罠がない。怪物も潜んでいない。いても気づきやすい。そして路地を撃ちおろせる。そんな場所に不安を押し殺しつつ陣取って戦うしかない。

 

 だから、マギーも地図を買う。金で買える安全なら、金を払う。その意味で、マギーは確かに商人的な思考の持ち主だった。最近、知ったばかりだが、腕のいい廃墟漁り(スカベンジャー)どもが稼ぐ手段が、それだ。廃墟の地図や大きめの建造物の見取り図を製作し、他人へと売りつける。

 

 主な取引相手は、自警団や隊商であるが、時に、旅人を毒牙に欠ける盗賊団《バンディッツ》や略奪者《レイダー》どもも買い付けるそうだ。官憲に追われる無宿人《ノークォーター》や、無法者《アウトロー》どもが買うこともある。廃墟漁り(スカベンジャー)どもは、金を出す者に対しては誰であれ地図を売るようだ。

 

 幾度かを盗賊団の被害に遭った行商人マギーちゃんとしては、この蛆虫ども、ぶち殺してやりてぇなぁ、と言う考えも頭を過ぎったが、同一人物が商人と盗賊の両方に地図を売っているとも限らないな、と考え直して踏みとどまった。

 敵対する両者に情報を売るのは、危険なやり方だ。普通に考えれば、やらないだろう。もっとも、廃墟漁り(スカベンジャー)たちの普通が那辺にあるかをマギーは知らない。或いは、これも謎めいた廃墟漁り(スカベンジャー)たちの晒されてる偏見の一部かも知れない。もしかしたら、二股を掛けて嘲笑しているかも知れないが。

 

 腹立たしい連中だが、その分、名のある廃墟漁り(スカベンジャー)に限っては、地図の精確さは信頼できる。長年を廃墟に潜って生還してきた事実が、地図の質を保証している。そして、地図の売買と言う仕事が略奪者やら盗賊団に対して、連中の命を一定は担保している。

 勿論、マギーは持ち前の用心深さから、能力的にも人格的な意味合いでも、廃墟漁り(スカベンジャー)たちの地図を完全には信用しないが、それでも手元の地図と合わせれば、不意打ちを喰らう可能性は随分と小さくなる。

 

 そして今、外部地区に侵入してきた怪物どもを攻撃できる高所から、目下に捉えていた。バックアップにはジーナ・エクルストン。少し離れた場所でおのれとマギーチームの安全を確保しつつ、奇襲を警戒している。バックアップが、一人なのは仕方ない。常に人数は限られている。

 

 元ランツクネヒトのリジィを連れてくるかは迷った。色々な意味合いで、まだ、完全に信用した訳ではないが、人数が欲しい状況なので、途中の宿屋で拾える女傭兵を使わない理由もない。屍者相手と言えば、顔を顰めていたが、ほぼ確実に勝てる状況と説得し、高めの報酬――都市通貨で六十、必要経費は別途支払いと約束することで連れてこれた。

 

 リジィの燧石銃《フリントロック》は安物で精度が不安なので、ルガリエ製の火縄銃を貸し与える。これが五丁。百五十発分の弾薬と黒色火薬。連続発砲に加熱した銃身を冷やす為の水とバケツに濡れ雑巾。銃身をバケツに突っ込むのではなく、濡れ雑巾で銃身を拭くに留める。

 白兵戦武器に、簡素な盾も携帯させてあるが、使わないに越したことはない。と言い聞かせていた。他、発射煙に備えて、人数分のゴーグルとやや性能の悪い布製の耳当て。火縄銃の轟音もやや緩和させつつ、味方の怒鳴り声は聞き落さない。

 

 中途半端な性能だが、いいとこ取りでもある。他人の声が聞こえ辛い装備に、異変に気づいたら、そっと仲間の肩を叩いて知らせ合うようにと即座に指示する――逆に言えば、事前に想定してなかったマギーのミスだが。

 

 二階から、対面の街路の屍者たちを狙い撃ち出来る位置へと到達した。無理はしない。連中が二階まで飛び掛かってくるような場合、直ちに撤退する。

 滅多にいない。いても溜まるかとも思う。だが、屍者には時々、訳の分からない存在も混じっている。その場合、扉を塞いで楔を刺し、緊急事態の狼煙を上げたら、速やかにポレシャ市から距離を取って様子見。場合によっては、其の儘に離脱する。

 

 既に構築した仕入れ先の伝手と知識に――市場を失うのは惜しいが、商業経路を維持できれば、マギーはポレシャを失っても多分、身内四人を養う程度は出来る。

 最悪の状況の場合は、だ。とは言え、そんな屍者が相手では、離脱する際、徒党も半壊するかも知れないが。

 

 実際には、外部地区で立て籠もって頑張ってる家族のバリケードを目前に、マギーは冷静に「各個に自由射撃」と命じた。

 淡々と五人で徘徊する屍者の群れを狙い撃ちする。一度の発砲で二体から四体が仕留められた。徒弟のトリスは良く当てるが、猫耳ココは良く外す。五、六メートルから八メートルも離れた階下の屍者が動き回っていると、全員が冷静でよく狙っても、意外と当たらないものだ。

 

 マギーも当てられるが、周囲を警戒しつつなので、撃つ間隔はどうしても遅くなった。もっとも織り込み済みだ。屍者たちは古い服、新しい服、男に女、老人に若者、中年に子供と多様で、多分、廃墟生活者たちの小コロニーを飲み込んで、大きくなったのだろうか。不運な農民や旅人らしい姿も混ざっていた。

 

 三十秒ごとに一発。五発発砲されるごとに大抵、二体か三体の頭を弾けた。時々はトリスも外したが、ココが当てたりする。それでも一人頭、十射。

 つまり五分ほども経過すれば、二十余程度の屍者が地面に崩れ落ちていた。途中、バリケードを挟んで屍者と殴り合っていた家族がついに噛まれて、バリケードも突破され、内部が蹂躙された時点で、マギーは立ち上がった。まだ残弾はあるし、敵も彷徨っているのに「撃ち方、止め。即時撤退する」と命令を下した。

 

「まだ、弾が残ってるぞ?」リジィが不審そうに言うと、

「弾が残ってるから、撤退するんだよ。戦えるうちに」手元の地図に日時・時刻と弾の損耗、敵に与えた打撃と残存勢力を手早く記載してから、マギーは立ち上がった。

「屍者の群れ(ゾンビホード)を漸減し、目的は果たした。後は、自警団と民兵に任せる。バリケードで迎え撃ってるはずだ」マギーの言に、ニナは頷いている。トリスやココは戦術的なことはよく分からないが、取りあえずは隊長に従うと決めてるようだ。

 

「こんな装備じゃ、出来ることはたかが知れてる。幾らか削って引付けてるだけで、残りの連中も楽になってるはず」マギーは部下たちに説明するように言った。それでも二十体と少しを削れば、自警団や民兵の負担も幾らかは軽減された筈だ。

 

 屍者連中の過半は建物に入り込んでいる。出てくるのを削る手もありかも知れんが、外をうろついてる数も減って、動き回って当たり難くなっている。出来立ての屍者も、早くて危ないかも知れない。そんな風に撤退の理由を説明しつつ、後方にいたジーナ・Eに手を振って合図を送った。

 遠来から発砲音が定期的に響いている。潰えた音もなければ、焦燥に駆られて撃ちまくってる箇所もない。恐らくは順調だろう、と頷きながら、マギーは部下たちと共に可及的速やかに安全な後方へと離脱した。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 ポレシャ市の全域に尖塔の鐘の音が響き渡っていた。2度、3度、2度を連続して延々と鳴らし続けている。

 

 緊急事態――屍者の群れ、警戒を取れ。と民兵隊のヘルナル大尉は、ただちに部下を呼集し、適切な要所に配置しつつ、中央にある程度の戦力を残して、応援へと差し向けられる態勢を整えていた。

 

 民兵隊本部である堅牢な建物には、兵士が大勢、出入りしている。一時期、民兵隊を二分して采配を振るったチェスター中尉は、多すぎる伝令や斥候機能は無駄だと断じ、かなりの数を削っていた。

 より強いポレシャ市と軍隊を志向して、予算と権限の獲得に励んでいたチェスター中尉だが、正面戦力と装備の拡充ばかり行っていた為、民兵隊は動きの鈍い組織になり果てていた。ヘルナル大尉は、いかな敵に対しても対応する戦略的柔軟性こそが、居留地の警備隊に求められる性質だと弁えている。

 

 市と称されるポレシャのような大型居留地においては、盗賊団や傭兵団、略奪者《レイダー》らの襲撃よりも、屍者や変異獣、巨大蟻などによる散発的な被害の方が大きい。大規模な外敵に対しては、市民軍を組織すればいいのであって、常備兵たる民兵隊は、骨格として監視・警戒や伝令能力の高水準の保持に務めるべきだ、と言うのがポレシャ民兵隊の伝統的思想であり、参事会からも過半数の賛同を得ている。

 賊の襲撃で故郷《ふるさと》を失ったチェスターには、恐らく最後まで理解できなかっただろうが。チェスターが失脚し、息が掛かった幾人かの古参兵をパージした後、民兵らの再訓練には時間がかかったが、どうにか即応性を取り戻しつつあった。警備隊に苦手な相手や陥穽があってはならない。

 

 

「屍者の群れ(ゾンビホード)が外部地区に侵入。

 数は侵入時点でおよそ四十から六十と推測されます」

 駆け戻ってきた部下の報告に、「推測ね」と呟きつつ、鉛筆で最新の地図――当然にコピーは複数枚、存在している――に情報を書き込んでいく。

 四十――侮れない脅威であると同時に、不運の連鎖かなにかで、無名の小コロニーなり旅人の旅隊が飲み込まれてしまえば、何処から湧いても不思議の無い数だった。

 

「現時点の規模は不明。

 ただし、外部地区も木戸でよく押し留めていると報告が入ってます」

 押し留めてるにも二種類。時間を稼げているのか、此の儘、殲滅できそうなのか。当事者からの報告が欲しいと余裕のある斥候を騎兵で走らせつつ、増援を五人差し向けた。

 

 外部地区は正規の住人ではない。居留地の近隣、下手をすれば隣接する土地に、勝手に住み着いた連中だ。いい加減にしろ、といら立ちを覚える市民も多いが、食べ物があり、安全な土地には、人は絶対に寄ってくるし、しがみ付いて離れようとないとポレシャは学習していた。

 ならば、せめて影響下に置くべきと方針を転換。今は、危険人物や犯罪者を影に日向に間引きながら、怪物と対抗するための木柵や木戸、バリケードだけは徹底させて、他は緩やかに統制するだけで対処している。ある程度の自治を認め、まだまともな連中を支援して影響力を保たせることで、比較的にマシな状態を維持させる。

 負けない為の戦いを何十年と続ける持久力が、大型居留地の存続に必要な覚悟で、地域覇権を求める冒険など、ポレシャ市には向いていない。

 

「マギーの家が近いな。マギーは?」ヘルナル大尉が尋ねると「手勢を率いて暫時、迎撃に向かったと。今は漸減している様子です」首を傾げてから、ヘルナル大尉は頷いた。

「まあ、好きにさせておこう。

 あれなら、なにをやるにしても役に立たないと言う事はない」

 下町や農村にばら撒いてるクロスボウも、若干の役には立ってるようだ。

 自警団も火縄銃を増やしてる。或いは、民兵隊が出るまでもなく片付くかもしれない。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 屍者の群れ(ゾンビホード)は、片付きつつあると見て取ったマギーは、少し賭けになるが、多分勝てると踏んで、右往左往してるポレシャ市近郊の廃市街にて、以前から気に成っていた廃屋の向かいに息を潜めた。

 灰色の布を迷彩に被りながら、部屋の奥から双眼鏡で廃屋を見張っている。

 

 緊急事態に何をしているのか、と思われるが、こういう時に見張られるとは思わないだろう。一角に潜んでいる事は分かっていたが、屍者の警報に動き回ってくれて、根城をようやく突き止めた。

 引っ越しの準備か、慌ただしく動き回っている集団が数人。こん棒やら槍、マスケット銃を構えつつ、拳銃を持っている者もいる。

 

「やはり人が出入りしている」数はそう多くないが、妙に金回りのいい破落戸の徒党だ。マギーは、偽札犯の一味ではないかと睨んでいるが現状、証拠はない。

 防弾防刃コートに胸鎧まで身に着けてから、訪問しようかと考えていたが、やめておこう。想定以上の装備を備えている可能性もあった。やるなら、保安官と民兵の腕利きに良い装備を持たせ、包囲してから奇襲が一番良い。バックアップに騎士も欲しい。狙撃地点で貴重な狙撃兵が怪物に襲われるのも嫌だからだ。予め、地図も作成しておきたい。

 

 ランツクネヒトのリジィ。それに徒弟トリスは別に先に帰還させ、ジーナ・Eには後背を警戒させている。連中の引っ越し先をニナと猫耳ココに充分な距離を取って追尾させつつ、「まあ、後日かな」とマギーは独りごちた。

 

 

 屍者の襲撃は収まった。どうやら後続はないようだ。

 現在、偵察騎兵がポレシャ市近隣に飛ばされている。一日、様子を見て異常がなければ、市内の警戒態勢も解除されるだろう。

 小さな群れの単発的な襲撃で済んで、被害も限定的。二十体の間引きも、幾らかは役に立ってくれた。保安官事務所に寄って、一連の戦闘の報告を行い、少し怪しげな破落戸一派の報告も済ませると、マギーちゃんは自宅のある路地裏へと帰還した。

 

 自宅の天幕の背後に壁と玄関が佇んでいた。分厚い木板と金網の窓に、布で仕切りを作ってある。屋根との結合部分がやや怪しいが、立派なあばら家である。

 巨大蟻や屍者、変異獣が襲ってきても、少数相手なら数十秒は持ちそうだ。

 完成したのは一方向だけだが、四方を警戒せずに済むのは、それだけでも生活が安全になったとも言える。杭と釘で固定してある壁だが、いざとなれば引き抜いて移動させる事も出来た。逆に言えば、大勢の屍者に押し寄せられたり、大型変異獣たちに猛攻を受けたら、到底、持ち堪えらないが。まあ、黄昏の世の庶民の家としては、悪くない壁と扉だとマギーは評価している。

 

 行商も順調で金は溜まっているが、生活はそう劇的に変わる訳でもない。

 それでも地味に毎日を積み重ねるのが大事なのだ、とおのれに言い聞かせている。

 自宅のソファに寝転んで待ち受けていたリジィに金を払った。

 きっちりと六十都市通貨を数えて渡すと「おお!金払いがいいな、スネイクバイト!いいとこ四十かと思ったよ」ランツクネヒトは大はしゃぎする様子を見せた。

「随分と吹っかけると思ったら、そういう理由か」とマギーが言うと、リジィはにんまりと笑う。

「で、お前は幾ら稼いだんだよ」リジィに言われて、マギーは考え込んだ。

 

 稼いだ……得たものと言えば、戦訓。市街での戦闘経験を安全な形で積めた。

 仲間たちの戦闘部隊としての性能には、満足している。皆、よく言うことを聞き、速やかに撤収してくれた。

 事前と事後の質疑応答に関しても、一人一人がよく考えているのが窺えている。ルガリエ製の武器の性能に関しても、問題はない。色々と得るものはあったが……

「なにも。市当局からの信頼を少しかな」マギーの解答に、リジィは鼻白んだ様子で目を瞬いた。

 

 

 

「……はぁ?信頼ね」それから馬鹿にしたように鼻を鳴らすと「同じこと言ってた傭兵隊長がいたよ」と静かに呟いた。

「結局、雇い主から報酬を踏み倒されてたわ」

 ポレシャ市の存続がマギーにとって利益となる構造だと、互いに理解しあってるとは説明しても、リジィは理解はすまいし、碌なことにもなるまい。

 マギーの知性も観ている視野の広さも多分、リジィを上回っている。だからと言って、生き残ってきたリジィの嗅覚と人生を馬鹿にはしない。

「……互いに恐さか、根底に信頼がないと成立しない」

 理解でき、かつ害にならない範疇で、マギーは口に出してはそう言った。

 

 案の定、よく分からんと言った表情を浮かべたリジィだが「まあ、いい。飲みに行こうぜ!生き残ったんだ!」笑顔で誘ってくる。

 偶にはいいか、と。マギーも考えた。リリーの食事が美味しくても、毎日では飽きるというものだ。それにランツクネヒトがどんな生活をしているのか。風聞ではなく、実地で見分もしておきたかった。安全な地元でそれを目に出来るなら悪くない。

「いいね」肯いた。それで全員で飲みに行くことになった。

 

 

「お勧めはあるか?」案内してくれると思ったリジィが、そんな風にマギーに尋ねた。

「幾つかは……廃市街で値段の割に飲める店。下町では、やや高めだが、それなりの品ぞろえの店。地元民と農民がよく通う穴場。安くはないが、旅人や行商人向けで酒と肴を取りそろえた……」

「最後だ!」リジィはマギーと肩を組もうとして、185cmの長身に160弱では届かずに唸った。

「ヒルダ隊長より背が高いな、スネイクバイト!」

 

 旅人や行商人向けの大きめの店に入った。下町で立派な店の例にもれず、廃屋や廃墟を修繕しているが、元が酒場だったに違いない。見た目だけは、まったく、都市の酒場にも見劣りしない雰囲気の良さ。舞台には歌姫と楽師が音色を奏で、明り取りの窓の多さもあって、日中はまったく良い雰囲気が漂っていた。

 

 さっそく、数種類のエールとビール。ミードにワインをきこしめたリジィは、原隊と連絡が取れない、とぼやいている。

 勇剣士ヒルダの手勢だったそうだ。最近の傭兵には少し疎いのだが、部下のジーナ・エクルストンが名前だけは知っていた。

 いずれにせよ、相当な手練ではあったのだろう。

 だって、クリスティーネ・モーデュソンを足止めしたのだ。

 

 武器を持っての白兵戦に限って言えば、マギーでさえクリスに勝てる自信はない。

 全力で本気なら、負ける、とは言わないが。出来るなら、戦いたくない相手だ。

 町外れ地区の自警団や、外部地区の徒党の連中が幾度か、礼を言いに来た。

 二十匹間引いたのが効いたらしい。それに売ったクロスボウや火縄銃も良く役に立ってくれたようだ。

「武器商人かぁ……稼いでいるなぁ」円卓に突っ伏しながら、リジィが呻いている。

 マギーは微笑み、ジーナ・Eは「流石、隊長です」と褒めたたえる。

 猫耳のココは退屈して、トリスと遊んでいた。ニナは本を読んで、リリーは音楽に耳を傾けている。

 

 

「雇い主どもは何時も値切ってきてよぉ。命張ってんだぞ、こっちはぁ……」据わった目でぶつぶつ言ってるリジィだが、危険な感じではない。ただ愚痴っているだけだろう。

 と、酒場に老人が入ってきた。顔も手も旅塵に塗れて灰色に染まっており、見すぼらしい服装は、居留地から居留地へと彷徨う浮浪者《ホーボー》か、いいとこ落ち着く先を探し求める渡り人(オーキー)にしか見えない。

 

「若い娘たちが軍隊の真似事か。ふん、阿婆擦れおって」と鼻を鳴らす。

 偏屈爺だ。とマギーは思った。そう言えば、アルプスの少女ハイジ。マギーは日本のアニメで知った口なのだが、原作読むと、ハイジの爺さん、元傭兵でかなり偏屈な人間像だ。教会に行かないと言うのは、当時のスイス社会で相当に変わりもの扱いらしい。

 

 万神殿の一角にクロムの社が建てられたので、マギーは、最近は時々、参拝に出向いている。加護をくれとか、望みを叶えてくれと願うのではなく、これこれこういう事があって、なんとか頑張りました。これからこうしたいと思っていますと祈っている。おのれを俯瞰し、相対化してみる。どちらかと言えば、神道風の祈り方だが、

 多分、ハワードの想定した古代キンメリア人の祈りとは異なっているだろう。

 構わんさ、と思う。マギーなりの、それがクロム神や神々との付き合い方で解釈だった。或いは、古代人や異教徒にも、同じ付き合い方をしている者もいるかも知れない。

 

「この後、クロムに祈ってから帰るよ。皆は、これで楽しんでくれ」

 小粒銀と銅貨を数枚、円卓に置くとリジィが歓びの声を上げた。ジーナ・Eが感謝してくる。

 「ふん、神だと……神々に祈ってなんになる。ゼウスも、ヤハヴェも、なにも守ってはくれん。クロムとやらも同じだ」爺さんがぶつぶつと呟いている。

 何かを失ったと思しき老人に食って掛かろうとは思わなかった。もう十分に傷ついている。

 

 奇跡と言うなら、今、普通に幸せに生きている日々が、まさしく神々の恩寵であろう。だから、奢らず、弛緩もせず、常に学び、その時を備え続ければいい。

 

 マギーが店を後にしてすぐ、背後で「うるせえんだよ!じじぃ!」リジィの叫び声と、喧嘩でも始めたような騒音が響き始めていた。

 

 

 

 ――――――

 

 四月下旬_17046都市通貨

 

 

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