賞金を受け取る場所は、保安官事務所でも市庁舎でも良いそうだが、ジョージアは敢えてパオロ爺さんの雑貨店を選んだ。
裏口の応接間に、参議三名に副保安官一名の立ち合いの元、領収書に名前を書き記し、目の前に置かれた賞金。机に積まれた羊皮紙幣の束一つに低額紙幣の束を三つを無造作に持参した頭陀袋へと放り込んだ。
「確かに」愛想よく微笑みかけるが、依頼主たちは陰気な雰囲気のまま頷いただけだった。
「他にもあると……?」手元の報告書を見ながら、参議らと肥満した副保安官が囁き合っている。
「ああ、『帝王』だの『贋作者』だの御大層なコードネームで呼び合ってる連中の言う事だ。どこまで本当かも分からんがな」パオロ爺さんが鼻を鳴らした。
それからジョージアを一瞥し「ご苦労だった。ジョージア君。よくやってくれた」労うと、立ち去ってから囁き合った。
「それであと二つか?」忌々しげに吐き捨てる。
「奴はそう言ってる」と副保安官。
「犯罪者の言う事など……一つかもしれんし、四つかも知れん。ないかも知れん」
「まったく面倒な。しかし、一つ回収できただけでも良しとしよう」とパオロ・ジャッコーニが呻いた。
「これが本物ならな。一見するとらしく見えるが、また確かめねば」偽札の原板を掲げた。
「兎も角、ジョージアはよくやってくれた。八百を払った価値は……」一人が言いかけた時、扉から、ひょい、とジョージアが顔を出した。
「……なんだ?」やや戸惑い、警戒した様子で参議たちが見るも、ジョージアはにっかりと笑った。
「家を買うには幾らくらいかかるのかな、と思いまして」賞金稼ぎの言葉に、参議たちは、目配せしあい、戸惑ったように相場を口にした。
市民街区で五千から八千。
門前で三千。中町で二千だが、此処は部外者は難しかろう。
下層地区で五百から八百。外部地区や廃市街はお勧めせん。
まともな家が欲しければ、門前で二千からを見ておくがいい。
教えられたジョージアが、うふっ、と笑顔を浮かべると、ひゃっと、パオロ爺さんがのけぞった。
「な、なんじゃ?」爺さんや戸惑ってる参議たちを後に残し「家を買うにはあと、二千か」ジョージアは鼻歌を歌いながら立ち去った。
ジョージアは、イヤホンを外した。盗聴器は、1960年代のテクノロジーだが、初期的なトランジスタがあれば、辺土にも貴重品だが流通はしている。
市庁舎では電波探知機も見かけた。戦時の際など会議室や会議場を転々としつつ、消毒もするそうで基本は抑えているも、流石に私邸までは警戒していないようだ。
『あれは大丈夫なのか?』
『いや、信頼できる男の筈だが。引退して堅気に成りたいとは手紙に書かれていた』
盗聴器越しのポレシャ参議らの声に、暴力要員を軽んじる気配は感じなかった。
ズール都の幹部と現場工作員の関係とは違うようだ。後で、茶に招かれた時にでも盗聴器も外しておこう。
野蛮な殺し屋ではなく、市に雇われた危険物処理員としての扱いは悪くなかった。
引退後を考えているジョージアが、約束事や契約を殆んど破らない大型居留地に移り住めたのは幸運だろう。ジョージアは、危険な仕事をして金を貯める。引退後の手当てもある。互いに悪くない取引ではあった。
(この後、食材でも買って……)歩きながら、ジョージアは思い耽った。
(リリーさんのところに顔を出してもいいものだろうか)
こんな仕事をした後におこがましいかも知れんが、顔が見たかった。
リリーは、何時も、嫌な顔一つしないでジョージアを出迎えてくれる。
(マギーは嫌な顔をするだろうが、まあ、あいつはどうでもいい)
贈り物。リリーは、高そうな装飾品は受け取らないが、街角の小さな店には、黄昏の世には珍しい花も売られている。
(……花くらいなら喜んでくれるだろうか)
ジョージアは夏の青空を見上げながら思いを馳せた。
※※※※
歩み寄ってくるジョージアに、マギーはマシュー君の手配書を突き付けながら、「リリーの幼馴染だ」飛び掛かって来られても対応できるように爪先立ちしている。
ジーナ・Eがマギーが傍らに立つのは、ジョージアが止まらない場合に備えてだろうが、リジィも立ち上がってくれたのは、嬉しい誤算だ。ただ飯寝床に金払いも良い相手には、向背常ならぬランツクネヒトとて味方する気になるらしい。
戸惑ったように立ち止まり、手配書を受け取ったのは、ジョージアがまだ理性を残していたからか、職業的なプロ意識の高さか。
「マシューは、賞金稼ぎに追われていてな。
今、対策を皆で考えていたところだが、そう言えばリリー。
ジョージアも賞金稼ぎだぞ。わたしとジーナは引退しているが、こいつは現役だ」
マギーのやや意地悪な物言いに、ジョージアがハッとして蹲った二人を見つめると、そんなつもりはなかっただろうが、険しい視線を向けられたリリーが立ち上がった。
背後にマシューを庇うように涙目でブルブルとジョージアを睨んだ。マシュー君も庇おうとするように前に出ようとして、リリーが横で必死に手を伸ばして、前に出すまいと牽制する。庇い合う恋人にも、母親の必死さにも見えて、対するジョージアはどういう感情か。
顔に泣いたような、怒ったような、笑うような感情が一度に出てきて、マギーすらもどういう表情だ、と一瞬。ほんの一瞬だけ呆気に取られるも、自然な警戒態勢に戻った。
(……爆発するかな?)或いは、並々ならぬ同業者と全力で殺し合うかと危惧したが、しかし、ジョージア。この巨漢は笑顔らしき表情を筋肉で浮かべると「じ、事情を教えてください」上擦った声でリリーに穏やかな口調で問いかけた。
「それで、お前は味方と言うのでいいのだね?ジョージア」マギーが尋ねると「リリーさんの味方だ」憮然としてジョージアが告げた。
改めて、一連の出来事を整理し、マシューの言い分を聞いた後に、マギーはノートを取りながら、考えを述べた。ジョージアも木箱に座り、塗り薬をリリーに差し出していた。賞金稼ぎの巨漢は、痛ましげにリリーの手当てをしながら、何かを言いたげに見つめてくるが、マギーにも言い分はある。
リリーが取った行動は、おのれも仲間たちも危険に晒した行為である。文句があるなり、後で拗れるなりするなら――マギーとて、ジョージアをよくは知らない。賞金稼ぎには、頭がイカレてる奴や社会的偏執病者も少なくない――受けて立つだけだ。
兎も角、マシューの言ってることが事実であるか、調べなければ始まらないとマギーは結論している。
「どんな結果が出ようが、賞金稼ぎたちの動きは絶対に止められない」とジョージアが浮かない顔で指摘するが、「放たれた矢が止められないとしても、二の矢は止められるものだ」と告げる。
ポレシャの公共は、基本的に制度に組み込まれた人間を守る為の装置だが、人間機関として完璧ではないにしろ情理も捨てるべきではないと設計されており、近隣に不条理が存在しないよう、一定の手続きで訴え出ることも可能としていた。
法とはシステムであると同時に道具であり、知ってる者の武器に過ぎない側面は確かに存在している。
つまりは、マシュー君も専門家が付けば、そこそこ戦えるはずである。
あくまでマシュー君の言い分が正しいと仮定してだが、一連の事件の証言を集め、公正性を担保する市内機関に調査と保護を願い出る。
同時に、マシュー君が無実だとある程度に確信できたならば、市内の有力者に頼んで、親方の訴えの取り下げするよう金と圧力で交渉してもらう手もある。
最後に、庇い続ける手配と、後は駄目だった場合に備えて、故郷までの脱出の準備を整えさせる。
第一に公的保護。第二に非公式交渉。第三に物理的・現実的な逃走準備を同時進行で行う。ジョージアも文句ないようで、感心したように口笛を吹いた。普通に頭の切れる大人たちが、本気で子供を守る際に取るべき段取りをマギーは行っている。
ポレシャの公共は頼れるし、信頼に値すると考えているが、けして万能ではない。
法治国家の土地において、法は誰にしても公正なのだ。親方に対しても。
だからこそ信頼できるし、この場合、手続きを踏む必要もあった。
「……お前、賢いね」ジョージアが感心したように呟いてる。
「今、言ったことが全て上手くいく保証はない。
それより、お前にも考えはあるだろう?」お前も、なんか言え、とマギーが振ってみるも「いや、おおよそ先に言われた」ジョージアは首を振った。
鼻を鳴らしたマギーは、近所の道を歩き出した。賞金稼ぎたちがまだ張り付いている恐れがあり、用心はしてる。市内で正規居住者の住居を襲撃してしまえば、連中こそが賞金首になる。とは言え、過信も出来ない。賞金稼ぎには、おのれの掟を貫いたり、過剰な正義感や執念から、他所の土地では指名手配を喰らっていたり、賞金首になっている者も幾らでもいるからだ。
マギーも現役の頃、数日も、数週間も、標的の家に張り付いて監視していた経験がある。だから、その点を甘くは見ない。元同業として、ある程度の動きは読めるつもりだ。追尾してきた時点で、間違いなく目を付けられたと考えている。むしろ一流なら、尾行すら気取らせず、いきなりマシューを浚っただろう。
近所に天幕で暮らしてる一家の手前を通りかかると、子供たちがマギーを見かけて、近づいて来る。
マギーは、チョコレートを割って与えてやると、「んー、いい子。いい子」姉の方をなでなでしつつ、姉にも弟にも小遣いをやる。
「もう、いい歳だよぉ」こまっしゃくれたことを言いながらも、子供らは離れない。
「ちょっと頼みがあるんだけど、自警団の班長を一人か、二人。呼んできてくれないかな?途中で賞金稼ぎに捕まったら、正直に言ってもいい」マギーは告げた。
「何時ものお使いね?」と姉の方が確認してくる。
「うん。恐くなったら引き返してきてもいい。どちらにしろ、結果は知らせて」念を押した。まずは出来る手から打っていこう。下層地区の自警団には、クロスボウや火縄銃を優先的に納入している。貸しとまでは思ってないが、話くらいは聞いてくれる、と思いたい。
とは言え、この件ばかりに傾注出来る訳ではない。
マギーだって仕事もあるし、食べていかなければならない。
こんな揉め事。一ペニーにも成らないが、弱者を庇うために負けたくないと思っているのも真情だ。マシュー君を救えなくても、極論、マギーにはなんら痛手ではないが、救えるなら救うに越したことはない。
ポレシャ市はこちらの地元。社会戦の経験値を稼ぐとでも割り切って、使える伝手を使うしかあるまいと考えつつも、面倒くさい事情に巻き込まれたものだと嘆息を洩らした。
※※※※
その日の夕食には、牧者衆のイザベル・ミラーが訪れてきた。若い牧者たちも数人付き添っていた。イザベルは契約して市の牧草地管理を託されてる牧者衆の一員で、マギーも働きかけて採用された羊皮紙幣と、羊皮紙の買い上げについて、あらためて礼を言いに来たそうだ。
月に千通貨に満たない程度にせよ、定期的に羊皮紙が売れるのは牧者衆にとってありがたいに違いない。特に、他所の牧者衆と縄張り争いを重ねている状況では、小さくとも定収の資金源があるのとないので、踏ん張れる地力が違ってくる。
数十発の弾薬の余力が、小競り合いに勝利をもたらすこともある。
イザベルは、羊の肉と山羊乳を持ってきたので、土嚢に囲まれた敷地でバーベキューを行った。幾つかはスープの大鍋に投入し、灰汁を取った。出汁としては既にコンソメやひき肉も入っていたが、其処にキャベツや芋、出し汁を投入する。竈でスープ鍋を温めて、後はパンや米などで好きに食べる。
大量の肉を焼いて食べる者もいる。マギーも焼いた肉を受け取り、小屋の内部でゆっくりと食べた。外では、誰も彼もが餓鬼のようにスープと肉を腹に掻きこんでいた。リリーの食事がそれだけ旨いのか。慢性的な栄養不足なのか。多分、両方だろう。
猫耳のココが尻尾を立てて、牧者に混じっていた猫耳と睨み合っている。チシャ猫みたいな笑顔を浮かべた相手にビビってるのか、毛を総毛立たせながら、屋根の上から、ふぅーと唸っている。人間並みの知性を持ちながら、猫めいた習性や衝動に支配されると言うのは、どんな気分なのか、そんなどうでもいい考えが頭の片隅を過ぎった。
イザベルは、精彩を欠いてる長老のダニエルについて愚痴っていたが、マギーに何かできる訳でもない。初めは、うんうんと頷いていたマギーだが、ガイ君とジーナ・
一番奥の土嚢を背にリリーとマシューがもたれ合って、何かを語っていた。リリーの村の年下の幼馴染だったらしい。
人口動態的にいても不思議はなかろうが、小屋の壁に椅子に座ったジョージアが羊肉に食いつきながら「俺はあの二人を守るぞ」ぶっきらぼうに言った。
物好きな奴だ、とマギーは隣で壁に寄り掛かった。
「守り切るのは、難しいかも知れんぞ」とだけ告げる。
厄介なことになったと思いつつ、夕焼けに染まる廃墟群を静かに見つめる。
全員ではないにしろ、賞金稼ぎとは兎角、変わり者が多い職業だ。
名声に執り付かれた英雄志願もいれば、神の命令を動いてる狂った救世主願望者もいるし、多少なりとも世を綺麗にしたい自殺志願者に、復讐鬼も混ざっている。
連中には、脅迫も買収も効かない。命懸けで悪党を狙う。
微かな虫の音にマギーが地面を眺めると、足元に伸びる雑草が僅かに揺れていた。
静謐と荒廃の静けさに包まれた石造りの廃墟の中、幾つかには明かりが揺らめいている。賞金稼ぎどももいずれかの陰影に紛れ、息を潜めながら此方の様子を窺っているに違いなかった。
※※※※
中世欧州では、水よりもエールが安いと言う逆転現象がかなりの頻度で起こっていた。
都市や大きな町では、人口に対して綺麗な飲料水の供給が限られ、田舎から運ばれるエールが――アルコール分を含む為、水よりも腐敗しにくく、長距離輸送に耐える為に、安全な飲料として重宝され、日常的に消費されていた。
今、文明崩壊後《ポストアポカリプス》の世界でも同じ現象が発生していて、特に夏場は、井戸水や水源の湖から運ばれる水よりも、近場の農村から運ばれてくるエールの方が安全で長持ちする飲料として、しばしば、貧しい庶民の口を潤している。
自然、粥やスープの材料などにもエールが混ぜられることが少なくない。エールは穀物から作られていたため栄養源としても役立ち、特に労働層や子供にとって生活に欠かせない重要な飲み物となっていた。
廃墟の建物の手前の部屋。崩れかけた壁に寄り掛かった賞金稼ぎは、エールで煮込んだスープに手持ちの堅いパンを浸しては、口元に運んでいた。
ガランとした室内には、生活痕として木箱や焦げた木片が散乱している。浮浪者《ホーボー》なり、
崩れた窓から少しだけ首を伸ばせば、遮蔽用の土嚢が壁のように積まれた敷地が目に入った。赤と紫が混じる夕空の下、敷地では幾つもの炎が祭りのように燃え上がり、その周囲を踊っている牧者や若い娘たちの笑い声がこちらにも響いて来る。
「くそっ、連中、旨そうなものを食ってるなぁ……こっちは厩で寝るか、廃墟の見張りに冷えたパンと塩スープだってのに」人影の誰かが呟いた。
賞金稼ぎたちが潜り込んだ廃屋の天井の一部は崩れ落ち、藍色の空が透けて見える。それでも真夏の夜に心地よい熱が残っており、夜が近いにも拘らず、毛布を羽織る者もいない。
「朝の話だけど、なんで引き下がったんだい。兄貴」窓からそっと敷地を覗いた賞金稼ぎが尋ねた。
「あれはマルグリット・モイラのねぐらだ」カウボーイハットの賞金稼ぎが呟くも、「誰だ。そりゃあ?」尋ねた若い賞金稼ぎは首を傾げる。
「今の若い奴は知らんか」と壁に寄り掛かっていた古参の賞金稼ぎがくつくつと笑う。
「スネイクバイトは知ってるか?」兄貴と呼ばれたカウボーイハットの言葉に「大手の組織だ」と若い賞金稼ぎが頷いた。
「最初期メンバーのひとりだ。創設者だって話もある。
噂を聞かなくなって随分立つが、ポレシャのマギーがそいつだって話は、ずっとあった」多少の畏怖を混ぜて年長の賞金稼ぎが言った。
「あの陣地はマギーの作りだ。手前と奥で作りが違う。
手前の遮蔽は牽制の為で、一番奥の高い遮蔽に射撃が上手い奴を置く。
似たような土嚢の積み方をする奴は何人かいるが、作り方が少しずつ違う」淡々と言った兄貴分が振り返って「昼間、自警団が厩に尋ねてきただろう」
「免許を確認されたな」と年下の賞金稼ぎが肯いた。
「あれは牽制だ。こっちの顔と名前は控えた。襲撃したら、いつでも賞金首にできるぞってな」エールよりは濃厚なアルコールの瓶を口元に運びながら、壁際の賞金稼ぎが囁いて低く笑った。
「大物じゃないが下町の顔だ。行商人で武器も売ってる。
警備隊にも顔が効く。ポレシャ市内でもめるのはちと拙い」兄貴分の分析に対して「武器商人かよ。悪党か」やや短絡的に若い賞金稼ぎが目を光らせた。
略奪者や盗賊団に家族を殺され、或いは奪われて天涯孤独の身となる少年少女は後を絶たない。そして、悪党を追い続ける人生を選ぶものも少なくなかった。
「農民や労働者にクロスボウやマスケットを売ってる」武器商人が単純に悪党とも言い切れないと告げた。
「でも、よ。賞金首を庇ってるんだろ。堕落したんじゃねえのか?」若い賞金稼ぎの疑問。
「分からんな。もしかしたら、強盗傷害をそそのかした黒幕かも知れんし、単に顔見知りを庇っただけかもしれない。やった奴にも相応の理由がある時もある。何時もの事だ」言いながら、兄貴と呼ばれた賞金稼ぎの姿は、夕暮れの闇へと沈んでいった。
「俺たちは、回ってきた仕事をやるだけだ。相手が誰であれな」