夕暮れの町外れ地区。空は茜色に染まりつつあったが、風はいまだ穏やかに吹いている。今の季節は、街路に夜通し屯っていても外気も暖かく、一晩中の見張りも苦にならない為、路傍で眠る者も見かけられる。家路を急ぐ人々の足取りや囁く声も穏やかで、時間がゆったりと流れているような感覚を覚えるほどだ。
半狂乱のリリーの泣き叫ぶ声は、だから周囲の注目をさぞ浴びてるに違いない。多分に賞金稼ぎどもも気づいた筈だ。ため息を漏らしたマギーは、賞金稼ぎたちに狙われている状況よりは、保安官事務所の留置場に入れられた方が安全であるし、現状、手は打っていると端的に説明した。
親方に対して狙いを定めているとは説明しなかったのは、何処から洩れるか分からないからだが、リリーは泣き止む様子が見えない。
「落ち着け、リリー。マシューは留置場に入るが、少なくとも賞金稼ぎに狙われることはなくなる」背後から暴れるリリーを抑えるジョージアの囁きに、ようやく叫ぶのを止めて、巨漢の肩へと縋り付きすすり泣いた。
いずれにしても、ジョージアは理解しているようで頷いていた。
マギーは、不条理さに苛立ちを覚えた。最善に近い手を打って現状、マシューの安全を確保し、無実を証明する為の手順を着々と積み重ねているにも関わらず、リリーは全くマギーを信じてないように見える。
リリーは性格はいいし、辛抱強いが、根にはヒステリックな性質があった。
自分の損や危険ではなく、他人の危機に取り乱すのだから、悪い娘ではないが、どうにも巡り合わせが良くないようだ。
まあ、いい。一件が全て終われば、多分、感謝くらいはするだろう。
するかな?そもそも賞金稼ぎに追われる状況がかなり危険なのだと理解してないとしたら、いきなり逮捕されたとしか解釈しないかもしれない。
リリーにその説明は怠っていたか?でも、理解しないかな?ううむ。
※※※※
翌日、事件が発生して三日目。六月九日。
町の中央広場に面した食堂の隅で、マギーちゃんがモソモソと食事を取っていると「あんたがマギーだね。探したよ」対面の席に勝手に座った者がいた。
声を掛けられたマギーちゃんはため息を漏らしたまま、ベーコンと目玉焼きにサラダの食事を拙そうにフォークで突いていた。リリーの料理に慣れた口だと、全く他所の料理が食べられたものではない。
「モレッティだ。随分と好き勝手をしてくれたみたいだからね。
あんたとは話を付けなくちゃならないと思ってたのさ。
そっちだって、こそこと嗅ぎまわってくれたようじゃないか」手を伸ばしてテーブルのフライドポテトを勝手に食べられ、ようやくマギーちゃんは面倒くさそうに相手を眺めた。頬に包帯を張り付けた行商人のモレッティ親方。
先刻、組合に領収書と書類を提出して減免措置を受けたモレッティ親方。
これでどの医者を使ったか、特定できてしまう訳だ。申請して、いつもの手を使った親方。ほぼ同時に、保安官助手が医者の所へ確認へと向かっている。
モレッティ親方が申請した書類は、どちらの主張が正しいかはさておき、すでに作成済みだったマシュー君の供述調書と合わせて大きな差額が確認されている。領収書の金額と申請に差異があれば、これも正式な手続きで確認される。
差額を調べるのは既に保安官事務所の仕事だった。保安官助手のキャメロン君は先刻、門前町の商業組合で、過去の書類を見つけ、正式な手続きで模写を取っている。
マギーの部下ジーナ・Eとリジィ、トリスは、親方の過去の徒弟を調べる為に動き回っている。最悪は旅費を与えて、近隣の農村地帯でもポレシャ圏のやや外れくらいでも派遣する予定だった。
モレッティ親方は、苛立ちを隠しきれないでいる。ここまで来て外れたら―――親方こそ無実だったら――或いは、証明できなかったら、どうしようかな、と考えつつ、マギーは鉄面皮を動かさずに、親方をじっと見つめた。
「モレッティ親方。マシュー君に対する賞金首申請を撤回してもらいたい」端的に切り込んだ。
「聞けんね。マシューは危険な男だ。親方に怪我をさせ、金を奪って出奔する。
恩を知らない獣も同然の奴だ。放置すれば、それこそ社会の害になる」モレッティ親方は断言するように言い張った。
「なぜ、保安官事務所か。せめて衛兵詰め所に届け出なかったのだ?」投げかけた疑問に対して、モレッティ親方はやるせなさそうに鼻を鳴らした。
「あんたらは随分と沢山の仕事を抱えていたからさ。強盗団やら密造酒やらに付きっ切りで、哀れな商人が浮浪児にかっぱらいされても忙しいと門前払いだったじゃないか。ついこの間まで、小さな事件に手が回らずに放置していた。頼むやつがいるかね?」喧嘩腰の言い方だったが、マギーも内実は否定できない。
「……なるほど」とマギーは、頷いて「その点は謝罪をしよう。しかし、現状、状況は改善されつつある。もう一度、あらためて被害届を出す気はないかな?」
モレッティ親方は、拳で、ドン!とテーブルを叩いた。
「被害届を出させるために、あたしの商売を邪魔したってのかい!?」
周囲の視線が集中しているのを意識しながら、マギーは脳裏で言葉を組み立てた。
「賞金首制度は、利用するにはあまりにも危険すぎる。対象はしばしば、いやかなりの高確率で殺害され、大怪我を負わされることも珍しくない」マギーがやり過ぎだと言うも、「あたしは怪我までさせられたんだよ!面倒を見てきた徒弟に!徒弟にだ!」
「気持ちは分かる。しかし、ポレシャ市内で賞金稼ぎを利用まですることかな?」
「マギー。あんたについては知ってる。有名人だからね。
中々に抜け目なく、利口な行商人だって、他の連中が言ってたよ。
でも、商売ってのは格闘技みたいにはいかないもんだ」モレッティ親方が言い放った。
こいつは、脅しを掛けてきてるな、とマギーは、むしろ、楽しくなってきた。
抜け目がない。利口、と言うのは、必ずしもいい意味ではない。この場合、他人を出し抜いているヤツ、と言う意味合いだろう。
演技だとしても、モレッティは単純な男ではない。感情的に見せているが、言葉選びは計算されている。言葉の刃を舌で操りながら、互いの評判と言う心臓を一刺ししようと窺っている。
周囲の視線が集中してるのも、計算した誘導の結果だ。
こちらの評判を切り崩しつつ、おのれは正直な商人としての立場を堅持しようとしている。喧嘩が上手い。対決や社会的殴り合いに慣れている侮れない男だった。
「失礼ながら、その傷が殺人未遂で訴えるような深手には見えない。
どうしても、逃げた徒弟を殺さなければ、気が済まないかね?親方」揶揄すると、親方は憎々しげに吐き捨てた。
「あんたの事だから、医者にも話を聞きに言ってるんだろうね」言ってからため息をついて頷いた。
「ああ、そうさ。怪我をさせられて、金まで奪われ、追い詰められて、頭に血が上った」
此処で認めた。怪我は譲らず、金を奪われた点も譲らない。或いは、治療費を誤魔化していても、金が無かった。出来心だと言い張るつもりだろうか。
二人はテーブルの上でじっと睨み合った。互いの意図や思惑を探ろうとするかのように、視線がぶつかり、絡み合う。数十秒の沈黙の後、モレッティが肯いた。
「でも、確かにやり過ぎだったかも知れないね」割に合わないと考えたか。
「賞金稼ぎ組合には、金の奪還も依頼してる。その金、とまでは言わない。
あたしが取り下げたら……依頼金くらいは補填してくれるかね。
それと今、手をまわしている減免措置申請の凍結は解除してくれるんだろうね?」
モレッティの言葉にマギーは俯いた。ここら辺が落としどころだろうか?
モレッティを追い詰めるよりも、まずはマシュー君の安全を確保するのが第一義だろう。それでも「かりに凍結が解除されるとしても、判断するのは組合だが……」マギーは素っ気なく言った。
「正直な商人を虐めて、楽しいかね」と囁くようにモレッティ。
「気の毒な徒弟が殺されるのは見たくないね」やや大きめの声でマギー。とは言え、これで互いに流した悪評は、五分五分と言うところか。
「賞金稼ぎ組合の場所はどこだね?或いは代理人は」声を潜めて、マギーは尋ねた。
モレッティが沈黙している。
「そちらが先に取り下げたら、依頼金の金額にもよるだろうが、ある程度は補填されるだろうと思うよ。まだ、確約はできないが」
用心深そうにマギーを見つめているモレッティに対して、マギーは囁いた。
「こちらも立会人を用意する。然るべき人物を」
それでようやく、モレッティ親方は頷いた。
同時に、ゆっくりと互いにテープを取り出した。
「予定は空いてるか?」とマギーは尋ねた。
「明日の昼に。早い方がいいでしょ」とモレッティ。賞金稼ぎ組合と調整するにも、多少の時間がかかるのだろう。
「市議会の第三会議室。判事なり参事の誰かが立ち会ってくれる」とマギー。
「そりゃあ。一張羅を着ていかないとな」モレッティは肩を竦めてから、立ち去った。
マギーはため息を漏らした。ローランズ副保安官に説明しないとなるまいが、融通の利く人だから、凍結は解くだろう。そしてモレッティは、詐欺事件の調査に関しては口にしなかった。気づいていないにせよ、ならば、約束の範疇には含まれない。
凍結を解除した後、よしんばモレッティが詐欺で逮捕されたとしても、マギーは約束は破ってはいない。
ため息を漏らした後、時計を眺めてマギーは立ち上がった。
食堂の代金を支払って、外に出ると、ポレシャ市を守る防壁へと昇った。
西側の大防壁と、東側の途切れがちな防壁。挟まれるようにして中町や町外れ。それに外部地区や廃市街が広がっている。
そして全く無人の瓦礫の街並みも静かにたたずんでいた。
残る問題は、あと一つ。
逃げたマシュー君をなんとかして保護することだ。
それも、賞金稼ぎどもに見つかる前に、だ。
※※※※
昨晩の確保の失敗は、返す返すも痛かった。
昨日、マシュー君を緊急逮捕した時点で、マギーは幾らか気を抜いた。次なる最悪の状況は、少人数が留守する自宅に賞金稼ぎたちが踏み込んでくることだ。
だから、マシュー君を護送するローランズ副保安官一行に全員で付き添って、市民街区の保安官事務所へと向かうと決めた。
お金の自由は、選択の広がりを保証する。全員分の宿泊費を出してもいい。市民街区に宿泊して、朝帰りした方が安全だろう。
留守中に異常があっても、朝方なら近所の人間が教えてくれるし、『町外れ』地区の自警団もマギーの味方だ。
逆に賞金稼ぎたちを数の有利でどうにでも追い払える。賞金稼ぎたちでも、民間人相手に殺し合い始めるとは思えない。歪であっても、連中は正義の味方なのだから。
ローランズ副保安官とライフルを持った二人の保安官助手。ジョージア。ジーナ・E、ランツクネヒトのリジィ。防弾服を着込んで硝石銃《フリントロック》を携えたマギーとニナ、徒弟トリスに猫耳ココ。そしてリリーとマシュー君。リリーとマシュー君以外は全員、武装していたし、副保安官と保安官助手が護送中である。
普通は襲撃してこない。普通は。
地区と地区を結ぶ、旧文明の古い幹線道路の途上、瓦礫に人が潜んでるのに気づいて、まずはニナが足を止めた。猫耳ココがマギーの腕を引っ張ってくる。
ローランズ副保安官が険しい顔をして、部下たちに注意を促すと同時に、「……気づかれたか」おかしそうに笑いながら、路上に人影が立ちはだかっていた。
賞金稼ぎたちが通行止めをして、睨み合いになるとは想定していなかった。
流石に両陣営とも発砲しないが動きが取れない状況で、しかし、時間は保安官側の味方で、程なく、市民街区の方角から増援がやってきた。
一時を争うと判断したローランズ副保安官は、取りあえず手近にいた2名を連れてきただけで、後から合流するよう4人もの部下を手配していたし、昼間にマギーが会った市民スタンフィールド氏と市民メリッサ、牧者のイザベル・ミラーが、念の為に同行していた。挟撃された形になった賞金稼ぎたちはマギーたちから見て、左手。つまり東側の瓦礫の影に引っ込み、七人もの増援を迎えた保安官たちは、有利な態勢のまま、じりじりと離脱しようと試みていた。
経験の浅い保安官助手が、マシュー君から目を離さなければ。馬鹿なリリーが鍵をそっと取って、マシュー君を廃墟地帯に逃がさなければ。今頃、すべて丸く収まっていたかも知れない。
「……逃げて」唐突なリリーの呟きに振り返ってみれば、立ち尽くしてるマシュー君。保安官補が慌てて腰を見てから、立ち上がるもリリーが飛び込んで邪魔をする。
好機とばかりに、立ち尽くすマシュー君目掛けて発砲する賞金稼ぎ。
間近な壁に着弾したマシュー君が、叫びながら背を見せて廃墟地区へと駆け出して行った。
保安官助手が賞金稼ぎたち目掛けて銃を構えるが、流石に発砲は躊躇い、撃つのを止めろと飛び掛かった。賞金稼ぎ側も発砲はせず、武器も使わずに拳で迎え撃った。もみ合い、殴り合いになる。
双方の頭目たちが「撃つな!撃つな!」と叫んでいる。
乱闘の結果、賞金稼ぎの数名を逮捕して、留置場に叩き込んだのは、まあ、不幸中の幸いか。青痣を作ったジョージアは、三人も叩きのめして手錠を嵌めた。とは言え、この賞金稼ぎ連中は確かに各地で悪党と戦った記録を重ねており、懲役刑やら、まして処刑なんて訳にはいかない。この一件が片付くまでは精々、リタイヤと言うのが穏当なところか。
賞金稼ぎたちが逃げ去り、或いは、廃墟地区にマシューを追いかけたのか。
リリーが、キッとマギーを睨みつけてくる。やってやったみたいな表情をしている。こちらを出し抜いてやったではなく、マシューを救ったと言う満足感ではあるだろうが。
お前はマシュー君を追い詰めただけだぞ、とマギーが歩み寄ろうとしたら、ジーナ・Eとジョージアが掴んで止めてきた。
「私をなんだと思ってるんだ?」流石に怒ると、流石に決まり悪そうに放してきた。
頭がいい自惚れ屋は、得てして愚かと見做した相手の情緒に無頓着になりやすいが、マギーも同じ罠に陥っていた。
他人の為、おのれを犠牲にするのを躊躇わない性分のリリーだから、これくらいはやってのける。今となって考えれば、リリーにもう少し、事情を説明すべきだった。
秘密を守るくらいは出来たのに、面倒くさがって説明を怠った。
リリーに加えて、捕まえた賞金稼ぎたち含め、マギーは冷静に現状を説明した。
親方の傷は確かめたのか、と賞金稼ぎたちに尋ね、親方にも疑わしい点が複数ある点。信用しなくていいから、この件では暫く大人しくしてろ、と合意を求める。
此処まで来たら、いかに先にマシュー君を抑えるか。だから、もう隠しても仕方ない。親方に露見したら、その時はその時だ。
「マシューはどうなるん?」青ざめてへたり込んだリリーだが、そんなのマギーにだって分からない。途方に暮れて「出来るだけ早く保護する」とだけ告げた。
別にまだ終わった訳でもない。
いつの間にやら、日が沈みかけていた。ランタンを用意し、膨れ上がった人数を連れて市民街区へと足を急がせる。一応は武装解除した賞金稼ぎたちも大人しくしている。とは言え、逃げ去った連中は、いずれも素早い動きだった。手練の連中はいずれもいち早く逃げ去ったと見ていい。
紺色の空に星が瞬いていた。
何もかもが思うようにならず、マギーはため息を漏らした。