黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

299 / 305
第3章 Z_276年+ 赤泥
03_89A 門前町の蚤の市


 町外れ地区の裏路地に引っ込んだマギーの敷地は、土嚢に囲まれている。

 どこぞの廃墟から持ち込んできた鉄製柵も設置されていれば、小さな小屋は一応の木製壁に、寝床の傍にネイルガン、エアライフル、火縄銃《マッチロック》や硝石銃《フリントロック》も壁際に並べられている。トイレの位置は、誰からも見える位置で屈みこんでするようになっている。羞恥よりも、単独行動で誰かがやられないように重視されてる。対ホラー映画メソッドだ。

 

 マシュー君と賞金稼ぎたちによる一連の騒ぎに決着がついた後日、「すまんかった」とリリーはマギーちゃんに謝罪してきた。

 取りあえず、他人が口を挟んでこないよう、二人だけで物陰に移動してから「謝罪を受け入れます」とマギーは返した。

 そもそもが、リリーの取った選択は、他の人間に対する裏切り行為ではない。

 己の大事な人を守るのは当然で、咎めるべき行動でもないとマギーは捉えていた。

 それはそれとして、短慮であったねぇ、と少しねちねち恨み言を洩らしました。

 迷惑を掛けられたので、軽い意趣返しです。ネチネチマギーちゃんです。とは言え、さほど深刻なものではありません。

 

 ただ、謝罪を受け入れる、と言う事は、すべてを無かったことにすると言う意味でもありません。これから先、皆が、リリーは短慮な人間だと見做しながら、接することになります、とマギーちゃんは告げた。

 とは言え、リリーのお頭《つむ》のほどは、皆も承知の上で、同時に善良な性根も知っているので、さほどに問題にはならないでしょう。次からは、他の人――特に、私の知恵と人格をもう少し信頼し、多少でも相談してから決断して欲しいものです。とマギーは言って、謝罪を受け入れました。

 

 

 そして夕方。また少しだけ屋根が拡張された家の前で、焚火を囲みながら、みんなの前で色々と話をしました。マギーちゃんは大人なので、リリーに関する責任の話はお終いです。ただ、一連の対処をおのれの小さな徒党に明示するのだけは、やっておきました。

 

 ニナとジーナ・E(エクルストン)、トリスとココ。皆、耳打ちしたり、静かに話を聞いたり、手元のノートに何かを描きこんでいました。少し離れた木箱の影では、ランツクネヒトのリジィが戸惑いつつも、耳を傾けています。

 受け入れて欲しいと意向は示しつつも、一人一人に対して、問いかけました。裏切りと見るか。短慮として扱うか。それでも共にあるか。つまり、最終的な判断を共同体に委ねるのです。

 

 一方で、赦す―赦さないを投票させない。道徳を叩き棒としない。失敗者を悪役に仕立てない。組織としての判断基準を明確にしつつ、次からは相談してほしいと、失敗を次に繋ぐ回路をはっきり示しておきました。

(属している人間は、信頼しやすく、相談しやすくもなる――筈)とマギーは考えています。単純に空気が良くなったのではなく、共同体内での予測可能性が上がったからです。

 

 これを機に、基準を幾つか示しました。裏切りと判断されるラインを可視化し、動機が考慮されること。赦しが、免罪ではないこと。一連の基準を明示し、言語化したことで、何をするとどう扱われるかが、誰にとっても読みやすくなる。

 

 失敗しても即排除されない。評価は下がるが、居場所は残ります。

 特に黄昏の時代(トワイライトエイジ)の徒党内においては、中間の保証は大事です。だから、個人判断より相談が利益となる構造を示しておきました。

 それで失敗した者も、隠さなくなります。

 独断は短慮に繋がりやすく、相談が判断の共有となりやすい組織的風土ならば、リスク計算としても、相談した方が合理的となります。一応は考えて、マギーちゃんは、責任の所在を明確化しました。判断は評価され、行動も記憶される。信用は変動する同時に相談が弱さの露呈ではなく、共同体での判断力を用いる行為となります。

 

「居心地の良さは重視してます。ただし同時に、人を使い潰す共同体に瞬間的な出力で劣る可能性もあります」マギーちゃんは説明した。組織設計は常にトレードオフであり、作用と反作用であり、メリットとデメリットの組み合わせでした。他にもっといい言葉があるかも知れませんが、マギーちゃんには思いつきません。

 

 猫耳《ココ》も、単眼《トリス》も、恋人《ニナ》も、幼馴染《ジーナ・E》も、傭兵《リジィ》も、首魁《マギー》に鋭く推し量る視線を向けてきている。

(……よい仲間だと思う)マギーちゃんは一つ一つの視線を受け止め、相手をじっと見つめました。部下たちはマギーに対する信仰を抱かない代わり、信頼は高まるだろう。マギーが為すべきことを為せば。

 

 目を伏せ、何かしらを囁き合い、ノートに記している。全員が、抜かりなく考えている。良い部下たちだ。民主主義的な気風の土壌を選んだから、出会いやすい気質の部下たちでもある。全員に、いい人生を歩ませてやりたい、ともマギーは思っていました。

 

 居心地の良さは、マギーにとって重視してるファクターですが、力と恐怖に統制される組織が必ずしも劣っている訳でもなければ、それだけで勝敗が決まる訳でもありません。

 小規模集団だから可能な設計ではあるし、マギーちゃんの敗北の可能性は、それほど高くはないが皆無でもありません。或いは最悪、負けても、それが数十年先、其処まで皆が幸せに暮らせるなら、しかたないとも覚悟しています。

(……勿論、何者相手でも容易く負けるつもりはないがね)とも傲慢にも思ってもいるのですが。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 門前町は蚤の市での露店商が、トリスとココに与えられた仕事であった。朝の早いうちから出かけては、市民街区の雑貨店の小さな貸しロッカーから商品類を取り出して、市場へと向かう。

 

 黄昏の時代(トワイライトエイジ)に貴重な商品の保管は、どんな商人も頭を悩ませる問題で、二人の親方マギーの場合、比較的に親しい店持ち商人にロッカーを借りることで問題を解決している。親方マギーと雑貨屋の店主である爺さんの間に、いかな取り決めが為されているのかは、まだ徒弟の二人は知らない。いずれ、自分で取引相手を見つけるのだよ、とは言われているが、どうにもこうにも見当もつかない。

 

 トリスとココは、身分的には丁稚であるが、手代の仕事を仕込まれてもいる。

 最初は雑用、次に店番。それから仕入れで、最後に取引。中世めいた黄昏の時代(トワイライトエイジ)に、徒弟制度の中で覚えるべき仕事の順番だ。

 一口に行商人と言い、親方と言っても、当然に内実は様々で、荷運びの牛や馬、驢馬を連れたり、荷車に荷運びをする行商人もいれば、店持ち商人の仕切りに混ぜてもらい、人夫に近い荷運び仕事で口を糊する者らもいる。

 

 奉公する親方が、徒弟らの人生を大きく左右する。都市や大型居留地の商家や行商人の下には、三十路や四十路を越えて、下働きから上がれない手代だって少なからず見かけられる。一応は大人として手代扱いされてるが、着ている衣服はくたびれているし、貰える駄賃は小遣い銭ほど。可愛がられてる丁稚小僧よりも、明らかに雑に扱われている。それにしたって当人らの器量や人格の問題ではない。上がり目の少なさが出世の間口を狭めているのだ。

 ただ、その小金を貯めに貯めて、親方に付き添った時におのれでも品を仕入れ、何時の間にやら、対等の相棒に成り上がったり、独立して見せる手代や徒弟も少なくないから、本人のやる気次第と言われれば、それまでかも知れない。

 

 兎も角も、徒弟トリスは挨拶は欠かさなかった。最近、紛失していた銀製ライターが泥だらけで見つかったとかで、ご機嫌で煙草を吸ってる爺さんは猫耳ココをじろりと眺める。傍若無人なココにしては珍しく、咳き込んでいる爺さんを苦手そうだが。ぶにゃあ、にゃごと挨拶らしき唸りをトリスの背中から捻り出してはいる。

 

 石畳の落ち着いた細い路地を通り抜ける。市民街区に入れるのも、きちんと登録されている身分だからで、労働者の子供もこのあたりの公園で市民や正規居住者の子らに交じって遊んでいる姿が見かけられた。ちょっと年嵩の子らには、訓練学校やらに通っている少年少女も多かった。

 

 ポレシャ市に身分の差は緩く、幾らかの流動性もあった。市民は、労働者よりもいい食事を取っているが、金を払えば届く範疇なのは、大型居留地としては緩やかな部類だろう。

 貧富の差も大きいが絶対ではない。なにより、相対的に安全で暮らしやすい。だから、労働者層はポレシャ市にしがみ付く。最初の時点で選別されている。長期の義務を嫌う者は、労働名簿への登録をしない。それでも一見、色々なインフラや対価は享受できるからだ。合わない人間はいる。合わない、好かない土地だと言いながら、家族。女房子供を養うために登録して、愚痴りながら何年、何十年も過ごして、骨を埋めてしまう者もいる。

 

 乳母日傘である。今の日々は――。

 徒弟トリスも、猫耳ココも、感謝を知ってるし、貧困を知ってる。

 貧しさとは、飢えと寒さだ。加えて、廃墟暮らしには、身近に脅威が彷徨っている。屍者の呻きに、野犬と巨大鼠の噛みつきが付き纏う。巨大蟻に手足を千切られた者もいるし、変異獣は恐ろしい。

 

 親方マギーと一緒に定期的に歩き回っては、武装集団で駆除している。

 巨大蟻や野犬、屍者やらが安全な場所から狙い撃ちだ。時に変異獣ですら――仕留めて、持ち帰っては、近所の人々で死体を袋叩きして、燃やして、気勢を上げる。

 最近の町外れでは、変異獣の頭蓋骨を家々の入り口に備え付けている。治安や雰囲気が良くなる。不可解な風習の意味不明な因果関係だが、大人が変異獣と戦える。仕留めていると言うのは、子供にとって安心なのだ。

 

 親方マギーは延々と火縄銃とクロスボウをばら撒いてる。ポレシャの下層地区や農村の鍛冶屋が修繕できる品だ。顧客は、労働者と農民。危うくも見えるが、リー・エンフィールドやモシンナガンを所持してる市民層から、許容されてる商売なのだろう。市民が一応の主権者。参事会は、かなり民主的ではある。市長選はある。参事はずっとやってる有力市民もいるが,市に利益をもたらす人物に役職を割り振っていて、逆ではない。

 

 トリスとココは、門前町の市場の片隅に毛布を敷いて、品物を並べた。

 都市で仕入れたボトルワインやパックワイン。ポレシャ産のエール、地ビール。チョコレート。キャラメル。飴。塩、胡椒に砂糖。消毒薬や包帯。煙草類も。

 ただし、高級品は値段と写真だけ出して、背嚢に仕舞い込んでいる。

 

 門前町は、廃市街からの浮浪児も徘徊できる場所だ。勿論、市民も暮らす家々の屋上には狙撃手が配され、生中な銃弾さえ弾く胸鎧の衛兵隊も巡回していて、愚連隊どもが大手を振って練り歩くなんて許される区画ではないが、しかし、直訴も可能な町の構造上、来るもの拒まず。浮浪者《ホーボー》や乞食《ベガー》でも入り込めてしまうのだ。民主的、かつ愚連隊が排除されるからこそ、浮浪児の万引きなどは中々、絶えない。逆に。

 

 ココとトリスは、装填積みのクロスボウを壁において座り込んだ。ココはチュパチャプスを舐めてる。

「チュパチャプスの包み紙は、サルバトール・ダリがデザインしたんだ」とトリスが説明する。

「ぶにゃあ?」とココ。

 ちなみに言葉も話せるが、面倒がって鳴き声で応えてくる。

「そうだよ。あの芸術家のダリだよ」とトリス。

「にゃが、にゃー」

「親方マギーは、ホドロフスキーのDUNEが実在してると信じてるんだ」

 ギーガーやメビウスがデザインを担当して、ダリも出演するはずだった伝説的カルト映画は結局、完成しなかったはずだが、文明が断絶した後代になって、実は製作されていたと信じる一部の愚――いや、熱心な映画ファンが発生していた。そして親方マギーのように、スターウォーズよりフラッシュ・ゴードンを好む人種なら、ホドロフスキーのデューンの実在を狂信的に信仰しても不思議なかった。

「にゃー」

「今日は休みだから、旅商人たちの品物を見て回って、探してるに違いないよ」馴染みの客がやってきたので、無駄話を打ち切ってお勧めの品を取り出した。

 

 白衣の客が求めていたのは、真新しい抗生物質のカプセル。

 都市で手に入った生産元もしっかりした多分、本物の医薬品。

 相場よりは高いが、辺土の居留地の医者にとっては十分に手頃な価格だった。

 手に入った分量を全ては売らない。居留地には数人のまともな医師がいて、多めに入った時には、出来るだけ大人数に。しからざるべき時は、順に売却している。

 

 他に消毒薬、縫合針や注射針などは、入った端から殆んど原価で卸してる。

 抗うつ剤や亜硝酸塩。モルヒネやアヘンチンキも少量扱ってるが、輸送に神経を使うのでマギーも好まない。それでも医薬品を扱っているのは、外傷用の細胞賦活剤が時々、入手できるからだ。マギーは、これを己と部下たちの為に取っておいている。

 

 かなりの分厚い居留地紙幣や都市通貨が行き交った。素早いやり取りでも、近場の露店商や浮浪児たちが目を光らせた。すぐに金額を確かめて、トリスは背嚢へと仕舞い込んだ。猫耳ココは、尻尾をピンと立てながら、クロスボウを掴みっぱなしだった。百居留地通貨は、露店で扱うには些か大きな金額だが、手形を使うほどでもない。

 

 百二十通貨が往来して、しかし、利益は二十ほどだ。意外なほどに小さい。

 徒弟トリスも、猫耳ココも、上がる利益よりもずっと多い賃金を受け取っているのだが、二人は手を抜くことはない。

 元より、利益の最大化と市場での約束事と伝手の把握、そして商売上のノウハウ蓄積が二人の仕事であって一見、赤字に見えても、マギー親方が面倒として生活費を多めに支払うのと仕事から上がる利潤の不均衡は、問題にならないと告げられていた。

 

 正規居住者として安く購入できる食料やお茶、薪の配給や諸々の伝手を計算に入れると、マギー親方の生活費は大所帯の割に驚くほどに低く抑えられている。

 薪と食費に限れば、7人で暮らして労働者時代の二人暮らしの頃の4分の1。酒や煙草も仕入れ値。かつ、量が減ったのもあるが。法や制度は、仕組みを知ってる者の武器である側面もあると教える親方は、制度を利用するのが上手かった。同時に万人に対して公正な法や制度は、良い仕組みだとも理念についても熱く語るのだから、変人である。

 

 

 ともかく、トリスは、そしてココも生活に満足している。五年後、十年後については、考えておけと言われても、実際のところ、毎日の生活で一杯一杯だが、「私には敵がいる」などとマギー親方は言うし、それも満更、思い込みでもなさそうで、この間の遊牧民との合戦でも、仇敵の一人と決着を付けたそうだ。いつ居なくなるか分からん、とか言われても困る。親方の過去にも興味はない。よくできた首魁の庇護のもと、ぬくぬくと日々を過ごしたいのがトリスとココの願望だから。野心を持てとか、破滅に備えろとか言われても、困るのだ。

 

 親方マギーは英雄譚的な逸話を持っていて当然に敵がいる。なんか知らんけど、保安官や軍人。時々、会いに来る傭兵だの賞金稼ぎだのと世界観を共有してるのだろう。しかし、徒弟トリスも、猫耳ココも敵を作りたくない。困惑する。戦闘は仕込まれているが。

 

 今も時々、トリスは、誰もいない廃墟の寒々しい片隅で寝起きする日々の夢を見る。猫耳ココも同じだろう。それが恐怖だ。纏わりつき、囁き、魂を絶望に軋ませる。勇敢な親方には共感できない、凡人の悪夢。だが、共感できずとも、親方マギーは、恐怖に関しては理解してくれる。

 

 時々、蚤の市の路上に見知った顔を見かける。トリスにとって、幼い頃の顔馴染みの連中だ。早くに親を亡くしたトリスも、まだ小屋の暖炉から薪の煙が絶え間なく上がる遠い冬の日の午後、炎を囲んで顔を見合わせていた互いの顔を覚えている。

 

 ポレシャ圏は、湖に近い内陸の穀倉で、幾らかの森林や草原も点在している。

 地表で空気が暖まり、急激な上昇気流から積乱雲が生じて、春や夏に急な雨が降り、稲妻が空を走り抜ける。唐突な土砂降りが起これば、露店商たちは、荷を仕舞い込み、目ざとい浮浪児が寄ってくるのをけん制しながら、手近な大型建造物へと走り込む。ドラム缶に火が焚かれる。丸めた新聞で火をつけて、枯れた枝や薪を放り込む。或いは、煉瓦の囲炉裏に炭球を抛りこんで、じんわりとした熱に暖まりながら、こうした時分には、行商人や徒弟同士で世間話を交わしたりもする。

 

 薄暗い建物の中、揺れる炎に照らされる市民や農夫の姿もあれば、農場や牧場で働く作男や牧童もいる。掘り出し物を探していた旅商人や流れの職工もいる。外部地区や廃市街からやってきた浮浪者《ホーボー》やら渡り人(オーキー)、自由労働者もいれば、破落戸だって幾人かは混ざっている。見たくない顔、会わせたくない顔もいる。特に、トリスのように廃市街上がりであれば。

 

 消したい過去は、唐突に襲ってくる。トリス自身に瑕疵が無くとも、向こうが僅かな旧交を忘れようとはしない。

「やあ、トリス」唐突に間合いを詰めて、話しかけてきた。

 廃市街暮らしの幼馴染には、一緒に火に当たった思い出もあったが、「意外なところで会うな」渋々と反応を窺うように徒弟トリスも言葉を返した。

 五人、うち三人は見知らぬ顔で、トリスとココを値踏みするように、そして商品の詰まった背嚢に貪欲な視線を注いでいる。

 猫耳のココは、クロスボウを握りしめたまま、低く唸っていた。

 

 廃市街に生まれ育ったトリスにとって、今の境遇は幸運で、或いは紙一重で向こう側にいたかも知れないが、薄情だとしてももう連中と付き合いたいと思わない。さて、どうするか。周囲には、面白そうに見ている者もいれば、様子を窺ってる者もいる。しかし、助けてくれそうな知り合いは、露店や屋台の商人衆にいない。なんとなれば、親方マギーは、身一つから初め、たった四年で下層地区で指折りの行商人に成り上がった人物だった。

 

 出世が速すぎた。同業者たちにははっきりと疎まれている。これから仮に零落しても、追い抜いたことはずっと許さないに違いないと、マギー親方は語っていた。

 嫉妬され過ぎて、下層商人に味方は少ない。だから、市内では、戦力を持つしかないと結論して、躊躇なく名前を出せと言いつけていた。なので、躊躇なく名前を出した。

「今はなにをしてるんだ。こちらは親方マギーに世話になってる。保安官助手のマギー親方だよ」荷を庇うように立ちながら、トリスは落ち着いた口調で言い放った。

 沈黙した。何かしらの因縁を付けようとして躊躇し、憎々しげに顔を歪めて「そうかよ、お前はそういう奴なんだな」まるでトリスが不当に傷つけたような物言いをしてから、踵を返した。典型的な下層の人間関係の決裂で、相手に瑕疵が無くとも、裏切り者扱いしたり、おのれが傷ついた被害者のように振る舞う卑劣漢のやり方だ。聴衆がつまらなそうに囁き合った。下劣な好奇心が満たせなかったのだろう。

 

「いいのかよ」「保安官助手だってよ……へっ」鼻で笑いながら、囁き合い、いったんは引き下がってから、後で確かめるのだろう。事実だから、問題はない。

 そしてトリスだって手を打つ。マギー親方には全て報告するし、戦える大人が常に三人いる。連中の思うようにはならない。少なくとも、廃市街の破落戸や浮浪者《ホーボー》の徒党くらいでは、何もできない。無宿人《ノークォーター》が背後にいれば厄介だが、その時はこちらも保安官事務所に頼るだろう。

 

 土砂降りの中、五人組の影が溶け込むように外へと消えていった。

 大したことは起こるまい、とトリスは鼻を鳴らした。よくある話だ。

 廃市街や貧民窟、小村落に身を持ち崩した昔馴染みの腐れ縁が祟って、くだらない揉め事が生じる。トリスだけでもなければ、ポレシャ市や黄昏の時代に限った話ですらない。いつの時代、何処の場所でもありふれた、つまらない話だった。

 

 貧困の底、飢えや寒さに助け合い、傷を舐めあう。大変、結構。そこまで友愛で支え合うなら、もっとましな暮らしを積み上げればいいのに、それはしない。

 妙な連中だ、と思いながら、トリスは身を屈めて、火に掌を翳した。

 まあ、色々な人間模様が見かけられる。この小さな田舎町の蚤の市でさえも。

 

 

 

 

―――――

 

 

六月中旬_16078都市通貨

 

 

※ 丁稚と手代は、江戸時代的な単語ではあるが、中世から近世の欧州においても、酷似した立場の雑用に従事する少年少女や番頭(※親方)に上がれない中高年の使用人、徒弟などが存在していたので、其の儘に流用させてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。