「議会衛兵?てめぇが?」札付きの露天商たちは出来の悪い冗談でも耳に入れたかのように、顔を見合わせると、ジョージアに悪意に満ちた嘲笑を浴びせ掛けた。
「流れ者がなんの冗談だ。古い血統の市民だけが就ける仕事だぜ」
悪罵をジョージアは飄々と受け流した。
「へぇ、そうなのかい。なら、増々、仕事に精を出さにゃあなるめえよ」
ジョージアの平然たる態度に警戒したか。「ズールじゃ、ちいと鳴らした賞金稼ぎらしいが、ここじゃただのジョーだぜ?」屋台の主がすうっと剣呑に目を細めた。
「仲間もいねえ。こっちは七人」口走りながら、棒切れや杖、ナイフを引き抜いた札付きどもが囲みながらじりじりと間合いを詰めると、ジョージアもそれに応じて動きやすい位置を保ってみせる。
「袋叩きにされたくなきゃ、尻尾巻いてとっとと逃げな。ジョーよ。こっちは親切で言ってやってるんだ」せせら笑う札付き露天商どもの中、「いいや、逃がさねえぜ。膾にして殺してやる」
身を起こした露天商が潰れた鼻を抑えながら、そう血走った目でジョージアを睨みつけていた。食い縛った歯の間から漏れた、憎悪の滲んだ声。物陰で眺めているだけのトリスが思わず背筋を震わせるほどの生々しい殺意の情動が掠れた低い声に込められた。壁を背にしたジョージア。カンフー映画のように片手を前に、「掛かって来な。揉んでやるよ」ちょいちょいと指で手招きした。
徒弟トリスがこれまで目にしたうちで、尤も強い人間はポレシャ市の格闘技無差別級王者『ポレシャの騎士』ロラン・モンデューソンであった。193cmの長身に均整の取れた肉体の美男で、嵐のような拳打と流れるような投げ技、関節技も使いこなす熟練の闘士だが、近くで放たれた矢を掴める程に反射神経と動体視力が鋭い上、日常的に乗馬して農場を見回っている為か、体幹の強靭さが際立っている。
背筋を盛り上げながら、己より巨躯を誇る農村地帯よりの挑戦者をあっさり投げ飛ばした試合を目の当たりにした時は、あれほど強い人間がこの世にいるのかとトリスも驚愕を覚えたものだ。興奮した観衆たちも、口々に巡回
物陰に隠れていたトリスは、ジョージアが半数ほどの愚連隊を殴り倒した時点でぐったりしていた小姓を回収し、壁際に避難していた。『……いそうにない人間がいるものだ』との親方マギーの呟きが脳内に響いていた。
強化人間か、と疑うほどの強さにも拘らず、ジョージアは明白に普通人に過ぎなかった。定期的な栄養剤や高価な薬剤の投薬が無ければ、彼ら――或いは彼女らのような強化人間は、その戦闘力を高水準に維持できない――だから、曠野で賊に襲われても懸念する必要はない、と親方マギーは語っていた。警戒すべきは、大国の軍隊や都市正規軍の一握りの兵のみで、中小貴族の郎党や盗賊団、無法者《アウトロー》に混ざっている可能性は殆んどなく、大手傭兵団や略奪者《レイダー》に居たとしても相当に性能は低下している筈であると。それでも尋常の人間よりは多少、強いとしても、最高度に性能を発揮できる状態と比較すれば、見る影もなく衰えている。
ジョージアは、普段から麦粥とキャベツに豚肉のスープを腹に掻きこみ、エールを浴びるように飲むと、毛布に包まって炎の傍でいぎたなく鼾を掻いている男だった。 誰がどう見ても普通人にしか見えず、それが素手だけで愚連隊を圧倒している。
人間が鍛錬を積み続ければ、あれほどに極まるのか、とトリスが感心するほどの流れるような動作を見せながら、巌のような拳は、ほぼ一撃で愚連隊たちの肉を潰し、骨を砕いていた。
飛んでいる蠅の羽の動きも見て取れるトリスの視力をして、一瞬だがジョージアの動きを見失いかけた。一見すれば、粗野なジョージアの動作や足取りが、洗練に洗練を重ねた工夫と研鑽の結晶であると漸くに気づかされる。程なく札付き露天商のほぼ全員が泡を吹き、或いは弱々しく呻くだけの有様で地面へと転がるか、壁や土嚢へと叩きつけられ、崩れ落ちていた。
息ひとつ乱さず、無言のまま周囲を一瞥したジョージアは、血の付いた拳を軽く振って塵を払った。土埃の中に静寂が降り、さきほどまでの嘲笑は完全に消え失せていた。ジョージアが破落戸七人を一蹴してのけるまで恐らく一分。二分は掛からなかったに違いない。ただ一人、折れた鼻を抑えて、戦闘に加わらなかった破落戸が口を半開きにして何かを言いかけていたが、多勢で敗北した衝撃に言葉が出てこないようだ。
札付き露天商の最後の一人が自失から立ち直るよりも早く、地面を踏み鳴らす物音と共に市場を取り仕切る寄り合いの露天商たちが、猫耳ココと共に棒切れやクロスボウ、火縄銃に槍まで手にして十人ほど路地になだれ込んできた。が、地面で呻いている愚連隊と一人佇むジョージアを目にして、誰もが戸惑ったように足取りを緩めた。
小姓を抱えているトリスに、壁際で喘いでいる破落戸を目にして取りあえずは事情を察したのか。取りあえず、破落戸どもを拘束しようと縄と手枷を取り出しながら、最後の一人にも歩み寄った。
「カッツォ……馬鹿な真似をしたな」同業者たちに呼びかけられ、鼻の折れた破落戸の脳内で何かが吹っ切れたのか。叫びながら奥の木箱に手を突っ込んだ。当初、愚連隊どもとて銃を所持してないか。或いは、発砲しないだけの理性は持っていた。自由市場やポレシャ市内で派手に撃ちまくれば、当たり前だが制圧に来る自警団や民兵、保安官らも容赦なく発砲してくる。
だが、追い詰められ過ぎたのか。額に青筋を浮かべた破落戸露天商が取り出したのは、60
最近、下層地区や農村に良く流通している木製クロスボウで、精度も高く充分に人を殺傷できる威力を持っている。甲高い笑い声を上げながら、破落戸がジョージアに狙いを定めるも、不敵な笑みを浮かべた巨漢は、此処を狙えとでも言いたげに平然とおのれの胸を指先で叩いてみせた。
破落戸の視線がぎょろぎょろと周囲を見回し、何故かトリスの上で静止した。
正確には、トリスの抱きかかえた小姓の少女だろう。嫌な感じだ、とトリスが逃げ込む場を探すが、破落戸は、にい、と嫌らしい笑みを浮かべて、トリスたちへと向かってクロスボウを狙い定める。トリスは小姓の少女を抱きかかえたまま、傍らの屋台へと転がり込んだ。商品の詰まった背嚢を背に、丸まった姿勢を取った。
「ひひ、死ねぇ!」調子っぱずれな破落戸の叫びと共にクロスボウが発射される弦の音。死神が背を撫でる感覚がトリスを襲った。クロスボウは鈍い音を立てて板を半ばまで貫き、しかし、そこで止まった。露天商たちの怒りの怒鳴り声と共に殺到する足音。棒や拳、槍の柄が容赦なく振り下ろされる袋叩きの騒音に破落戸の許しを乞う悲鳴が響き渡っていた。
トリスは震えながら屋台から出る、と、佇んでいたジョージアが肩を竦め、踵を返した。立ち去るつもり、と見て取ったトリスが相棒に叫んだ。
「ココ!ジョージアを確保!」にゃっ!と叫んだココがジョージアの背に飛び掛かった。服に爪を立てながら、ぶら下がった。
「おぉ?!なんのつもりだ、お前たち」狼狽したようなジョージアの呆れ声。
「最近、顔を見せないから、見かけたら連れて来いと親方に言いつけられてる」トリスが言い張ると、ジョージアは苦い表情を浮かべて路地裏の狭い青空を仰いだ。
※※※※
小さな封土には在りがちな事例ではあるが、長く一帯を納めてきた土着の騎士や郷士豪族の血統が、有力農民や長く仕えている従者の家系と混ざり合い、地元の有力家系の大半が、何処かしらでおらが殿様と遠縁のように連なっている地域はさして珍しくない。
統治者が外に野心を抱かず、小さな封土を大過なく治めるのに専念するのであれば、それはけして悪い選択肢ではなく、そしてガルダ領と言う目立たぬ独立郷は、小さな渓谷に守られながら長い平和を微睡むように享受してきた。
フードの人物と男装の小姓、侍女。老爺に手負いの兵士たち三名も、いずれも遠く血縁らしく、訛りの多い南方言葉で互いを心配し合い、無事を喜んでいる。
隻腕となる重症を負った戦士のみが外様の放浪騎士で、ヴェルダンのギィと言えば南方では少しは名の知れた剣士だ。幾度となく追撃を振り切ったところ、噂に違わぬ戦士のようだが、なるほど逃亡の姫君を託されるに足るだけの人物ではあると思えた。
札付き露天商どもの縄張りである路地裏には火が焚かれていた。場所を変えていないのは、この場には水瓶もあれば、日差し除けの布も張れ、薪も毛布も置かれていて、怪我人たちを手当てし、休息するに十分な椅子や寝台も備わっているからだ。
「
代表であるフードの女性。ベリル卿の息女と思しき女性が、男装の小姓を介抱しつつ、戸惑いを隠しきれずに「父を知っていたのですか?」直截に尋ねてきた。
「例え一時にせよ、南の城のいずれかに寝床を借りたもので、名高きベリル卿の勲を知らぬものがおりましょうか」ジョージアの重々しい口調に、「その言葉を聞けば父も喜びましょう」ご息女が深々と頷き返してくれる。
この場には一報を受けて駆けつけてきた市の要人が何人か、顔を見せていた。水準以上の儀礼を見せたジョージアに意外の感に打たれたか。雑貨屋の店主で参事のパオロ・ジャッコーニ爺さんも、元同業者のスネイクバイトであるマルグリット・モイラも、まるで酢を飲んだみたいな表情を浮かべていたが、頬を痙攣させつつ、賢明にも沈黙を守っている。
とは言え、唐突に降って湧いた問題に、普段はしたたかなポレシャ市参事も困惑を隠しきれずにいるようで、パオロ爺さん。やや離れた物陰へと足早に離れていった。
亡命者の代表へと一礼したジョージアも、呼ばれた意図を読み取って爺さんの傍らまで歩み寄ると「また厄介ごとを持ち込んできたものだの」そう愚痴りつつ、鋭い視線を向けてくる。
「俺が呼んできた訳ではありませんぜ」ジョージアが肩を竦める。
「分かっとるさ。わしも老い先短いからな。今のうちにお主にまともな立場をやろうと思って形見分けしたのが、まさか議会衛兵が亡命貴族の娘を助けてしまうとはなぁ……」ぼやいていた老参事が、少し考えてから口を開いた。
「中立にも二種類ある。交戦国の双方と交流できる強国と、どちらとも関わるまいとする中小勢力」呟いているパオロ爺さんの脳裏には、南方諸領域の勢力図が展開されているようだ。
「南の小貴族が曠野まで手を伸ばせるとも思えんが……用心は怠らんほうがよかろう」いささか苦々しい口調で爺さんの出した結論に頷きつつ「で、お姫さまたちはどうするんです?」と尋ねた。
と、姫さまがおずおずと書類を取り出し、老執事がそれを受け取って恭しく差し出してきた。パオロ参事。それを受け取って目を走らせれば、四十年ほども昔のポレシャ・ガルダ間の協定で、互いに亡命希望者を受け入れるよう条文が定められていた。
「ふむん?三代も前の市長の名前。まあ、後で確かめてみるか」書類を返還しつつ「全面的な手助けも出来んが、見捨てる訳にもいかん。ひとまず、お主が面倒を見ろ。この場所を貸してやる。夏の間なら夜でも凌げるし、怪物も入って来んだろう」
爺さんの一瞥に、ジョージアは路地裏を見回した。路地裏の奥は袋小路の空き地になっており、色々と過ごしやすいよう工夫されている。本来の持ち主たちは連行され、市民街区の牢獄に入れられていた。殺人未遂のカッツォに関しては、今は町外れの入り口の柱の下、虚ろな目のまま、太い縄に揺れている。
取りあえずの滞在場所として、空き地を一年間貸与する旨を参事のパオロ爺さんが約束した。正規の書類が明日明後日にも役所から手渡されるだろうが、しかし、秋から冬越えには耐えられない設備であるから、いずれかの避難所――或いは、金を作って簡易宿泊所に泊まるか。準備しておくようにとも警告する。自分たちで、いずこかの廃屋なりをなんとか修繕し、手ずから避難所を作ってもいいが、薪や食料、水の備蓄もあって、一年のうちに行うには甚だ困難であるとも忠告された。
「残余の者に関しても、一両日中に入れ墨なり、焼き印を押されて、追放刑に処される。君たちを煩わせることはない」保安官助手マギーも安全について保証していた。
「あれ、絞首刑。よそ者の娘から財布を奪い、強姦しようとしたからじゃなくて……そこの女の子にクロスボウを撃ったから、ですよね?」 主人の腕に震える小姓の少女が動揺するトリスを一瞥し、マギーを見上げた。マギーは小姓を静かに見つめ返した。
「だから、おのれに価値が無いように思えるのか? 君の土地であれば、君を傷つけようとした者が刑に処されるだろう」少女は呆気に取られ、やや神経質な響きを持つが春風のような笑い声を上げた。身体の震えは残るも、目はかすかに煌めいていた。
ガルダ領からの落ち武者――或いは、亡命者たちとの話し合いが一段落すると、マギーは露骨に不機嫌そうな視線をジョージアに向けてきた。指先だけで手招きしてくる。罪のない誠実な男と自認してるジョージアは、心当たりがなくて狼狽をみせた。怒っているマギーは出来るだけ関わりたくない相手だ。
「……助けたのに」壁際で愚痴ってる徒弟トリスを宥めているマルグリット・モイラは中々の人物だ。元賞金稼ぎの頭で傭兵隊長。なにを考えたか、一時期は隊商員に身を窶《やつ》していたが、今は保安官助手兼商人としてポレシャ市の下層地区で有力者の一人に成り上がっていた。
昔から、金銭に関しては鋭い嗅覚を持っていた。雷神ペルーンの神殿とキリスト坊主の教会が揉めた時にマギーと部下たちはペルーン神殿に雇われた。
ペルーン信仰の村々を守る為、マギーは神殿兵と共に教会領の村々を神出鬼没に荒らしまわって農作物から家畜から家具に至るまで、価値ありそうな財貨を片っ端から略奪し、音を上げた教会が和解へと追い込まれた。よくある話だが、ペルーン神殿が幾らかの給料を不払いのまま傭兵との契約を打ち切ると、今度は解雇された傭兵たちと語らって前の雇い主の宝物庫に踏み込んで『未払いの給料分』を持ち去った。
人買いはしないし、無暗に人も殺さないが、悪名高い傭兵隊長でもあった。とは言え、契約は守るし、僅かな報酬で盗賊団や略奪者《レイダー》から居留地を守り抜いた逸話もあり、良くも悪くもその名は賞金稼ぎや傭兵たちに語り草となっている。
奪った財貨はどうしたか。スネイクバイトにも派閥はあろうが、マルグリット・モイラの元部下が身を持ち崩したとの話は耳にしたことがない。今の部下たちにも公平に接しているようだ。人格的な美点も多いので一応の付き合いを続けているが、端的に言えばジョージアはマギーを恐れていた。単純に恐ろしい人間だからだ。
クロムに懸けて殺すと誓約した全ての人間をマギーは殺してきた。ジョージアも人は殺すが、マギーのそれはなにか狂信的、或いは硬質の異質さが漂っている。
妙に情け深い一面を見せる癖、時に戦術を試すように盗賊団や強盗団を女子供までも殲滅する。気まぐれで野心家、そして思惑が読めない。曠野の数ある危険人物のうちでも際立った一人だ。勿論、世にはもっと邪悪な、力のある連中が潜んでいるだろう。だが、関知しうる領域において、ジョージアをして最大限の警戒に値する人物がマギーだった。
それでも基本的には善良で、大抵の約束を守り、 現状では信用できる味方の立ち位置にある。あちらもジョージアに似たような評価を下していると思いたいが。
亡命者たちに綺麗な水と包帯、それに暖かな食事を手配するよう徒弟たちに指示してから、ジョージアを手招きした。近くではマギーの部下ジーナ・
「痴話喧嘩かしらん」など、おっとりと囁いていた侍女がお姫様に窘められていたが、本気でやめて欲しい。
ジョージアの好みの女性は、もっと優しい性格で、星明りのように穏やかな笑顔を浮かべる田舎娘だ。『貴様の心臓を抉り出し、クロムに捧げてやろう』などと戦場でのたまう女蛮族ではない。他人事だと思ってか、パオロ爺さんがくつくつと笑っていた。ジョージアは天を仰いでから、マギーへと歩み寄った。
「なぜ、顔を出さない?」マギーはいきなり切り込んできた。
「なぜって……あんた」ジョージアは戸惑った。普段のマギーよりも、随分と性急な物言いに窮してると「リリーには飽きたか?」などと詰問してくる。
そんなことはない。飽きる筈などない。ジョージアは苦い表情で首を振った。
「なんでって、そりゃあ……振られた男が未練たらしく顔を出すのは迷惑だろうよ」
「……振られた?」数瞬を考え込んだマギーが、やがてため息を漏らした。
「マシューは、リリーの従兄弟だ」告げてくるが、ジョージアの表情は動かない。
「正確には少し遠縁だが、リリーにとっては年の離れた弟、のようなものだ」
しかし、マシューは気持ちの正直なところ――リリーを愛してると、男同士の話し合いではっきり打ち明けてもいた。
リリーへの気持ちも固めていないジョージアが、抜け駆けは出来ない。
「マシューがリリーにどんな感情を抱いてようが、リリーはそう思っている」先回りして断定したマギーは、ジョージアを見つめていささか腹立たしげに告げた。
「どちらにしろマシューは逃げた」罵るような口調だった。
「あれは今、ひどく傷ついている。色々と。さっさと顔を出せ。馬鹿者め」瓦礫に座ったマギーは、細巻きを取り出して、火をつけた。
「だが、俺は……」ジョージアの躊躇を読み取って、マギーは苦々しく髪を掻いた。
「リリーは美人だ。で、お前たちが居なくなって、自責の念やら自暴自棄で色々とどうでも良くなってる」と吐き捨てるように言葉を続けた。
「……狙ってる気配があるんだよ。変な女衒とか、ヒモとか、女にだらしないおっさんとか、廃市街のゴブリンみてぇな男娼のクソガキどもとか。
どうでもいい男に引っかかるよりは、真剣に惚れてるお前の方がましだ」
何時の世にも文明社会に惚れた腫れたの悩みは尽きない。傷心の若い娘が判断を誤る時もあれば、付け込む輩だって近寄ってくるとマギーは語った。男女の生々しさに多少、疎いジョージアにも頷ける話ではあった。
「あれほどリリーの気持ちに踏み込んでおいて、面倒な状況で逃げるのか?!」詰るようにマギーの言い分にジョージアも腹立たしさを覚えた。
「お前さん、俺がリリーさんに近づくのを嫌な顔してたでないかね?」
「当たり前だ。
「あの人にそんなことをするはずがない」あまりと言えば、あまりな物言いに頭に血が上りかけたジョージアの目の前、マギーが手を振って言葉を続けた。
「だけど、お前はそんなことをしないと分かった。今は、どんな思いを抱いているか知ってるつもりだ」
気持ちを鎮静させ、大きく鼻息を吹き出したジョージアに向け「中途半端な気持ちではあるまい」と言われれば、ジョージアも「うむ」と頷くしかない。
「聞け。私も、お前を知らん。知ってるのは、『骨喰み』が骨を砕いて楽しそうに笑ってた姿だ。お前は、強くて大きい男だ。怒った時に、女の骨くらい簡単に砕ける」
マギーの淡々とした物言いをジョージアは沈思黙考しつつも頷いた。数か月の近所付き合いでも、侮辱するつもりはないの程度は分かるものだ。
「……だから、反対した。今だって気は進まない」マギーは少し慎重に、吶々とした言葉の紡ぎ方をしつつ、ジョージアをじっと見つめていた。
「怒りに任せて、なにをするか。間違いが起こることもある。
現実に出来てしまう。それは恐い事だ。
だが、リリーは独り立ちよりも、連れ合いを見つけた方が安定する女だろう。
リリーと五年を一緒に暮らした。誰かを選ぶなら、食い物にするよりも互いに理解し合い、愛を積み重ねられる男と結ばれて欲しい。友人として」
難しい表情のマギーは、指を二本、三本と折っていた。頭の中で話すべき内容を組み立てている時の癖だ。マギーにとっても、リリーは大事な友人なようだ。ジョージアは言葉を全て受け止めるつもりだった。
「誰かと一緒になるとは、綺麗ごとではない。
激昂したとき、喧嘩したとき、本当に抑えられるか?」マギーの問いかけに「……堅気に成りたいのは、嘘じゃない」と思考と気持ちを改めて振り返りながら、そう告げた。
マギーは頷いた。それから「リリーだって天使じゃない。汚いところもあれば、嘘だってつく。お前の過去を知り、恐がり、忌み嫌い、別れたいと言うかもしれん」
「その時はその時だな」ジョージアは苛立ちを見せなかった。
「娼婦の姉ちゃんと一晩遊ぶのとは訳が違う。相手は堅気の娘さんだ。
年老いても愛せるか?セックスは始まりだ。自由民との結婚は、奴隷娘に手を出すようにはいかない。お前の所有物になった訳ではない。自我も出すし、互いに落としどころを何年、何十年と探っていく地道な作業を重ねないといけない」とマギー。
「あの人の幸せを祈ってる。何十年も、あの人と、年老いても暮らせるなら、素晴らしいことに思える」ジョージアは、精々を本気で肯いた。
「リリーはいい娘だ……裏家業の賞金稼ぎがまともな堅気の娘さんと結ばれる際、話し合うべき点と、予め潰しておくべき点が幾つかある」とマギー。
「私もそうだが、お前を殺したいほど憎んでる奴は、片手の指の数じゃ足りない。
もしかしたら、両手両足でも足りないかもしれない。
単なる隣人なら兎も角、それ以上になると巻き込むかもしれん。それも覚悟してるか?」
「それも離れた理由だ。守れるだけ守る、と言うしかない」正直に告げると、マギーは天を仰いだ。
「いいさ。もう、好きにしろ。
幸せにしろ、とは言わん。リリーがお前を選ぶとも限らん。
どのみち、こんな世の中か。何もしないでも突然、死に別れるかも知れん。
なるようにしかなるまいよ。精一杯に生きればいい」そう言って手を振った。
「おう」数日間の胸のつかえが取れたように、ジョージアもいい気分になって頷いた。
「とにかく、顔を見せてやれ。今のリリーは儚さが漂ってる。幸せにしてやれる相手と結ばれるのが一番いい」マギーはぼやくようにそう告げた。
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1D100
16 トリスの手近な障害物
91 クロスボウの命中
10 貫通判定 助かった