曠野に流通する通貨には、発行する共同体によって随分と信用と価値の重さが異なっている。
村独自の金や農場で作られた金は、特に貨幣ではなく紙幣や布幣、木札となると、発行した村や農場内でしか使えない。雑役夫やら下位の召使、幾らか自由を許された奴隷などの日当に支払って酒や娯楽に費やしたり、村や農場の産物と交換できる私鋳銭に近い代物である。他所の村から通っている使用人などがいれば、まだ現物払いの方を望むに違いない。
賃金の半々を外貨と私鋳銭で支払い、日用品や消耗品などを村や農場通貨で買って貰うことで外貨の支払いを抑えると言う雇い主も少なくない。
そうした食料や日用品の価格は、場所ごとにかなり異なっている。自由居留地圏の街道筋では、あまり阿漕な真似をする雇い主はいないが、大手の農場や閉鎖的な村では横暴がまかり通っている事もあるので、旅の自由労働者や仕事を探す
廃市街で独自に発行されている貨幣にしろ、似たような代物に過ぎない。徒党や地区の顔役が価値を担保しているだけの紙切れで、揃いも揃って低額紙幣。日常の買い物に使えて便利だけれど精々が巨大鼠の肉やら茸、上等でも豚の肉と毛皮などの産物しかない廃市街では、地域内では流通していても外では全く通用しない。日常的に廃市街やら近隣の地区に暮らす棒手振や露天商だっていい顔はしないし、行商人には受け取りを拒否されるだろう。
商会や鉱夫団、牧者衆、職人組合や部族、遊牧民なども私鋳銭を発行しているが、これは規模と信用、そして素材が通貨にそのまま連動している。一部の例外を除き、私的通貨の殆んどは、町中での手形ほどにも通用せず、割り引いて使用されている。
鉱山や街道筋の宿場町、隊商、或いは小さな居留地については割愛して、これがポレシャ市の行政区画である『町外れ』となると色々と話が変わってくる。
労働者や庶民の町であり、自由市場が開かれている下層地区では、ポレシャ市の一部と言う政治区分と、労働力が通貨の価値を担保している。幾らでも食料が流れ込んでくる構造が形成されている為、近隣に在住する人々であれば受け取るし、隣接する外部地区も、町外れの付属物としてポレシャ市の経済的恩恵にあずかっている為、外部地区の私鋳銭もそこそこの価値を保有する。行商人でも下層地区を拠点とするもの。日常的に出入りする近場の小規模な商人であれば、下層地区のチケットを通貨として取引してくれるだろう。
ポレシャ市の門前町――市民や正規居住者が居住し、職工たちや商店が並び、定期的に蚤の市が開かれている。小さいが豊かな居留地のごとく、鋳造される銅貨や鉄、錫に真鍮の貨幣には、すでに充分な付加価値が付属している。
職工たちの組合が存在し、鉄製品や木工品、薬草などの産物に、交易商人に行商人。廃墟漁りの一団が持ち込む物品でも上等な類の機械部品やくず鉄、電子部品などは、他所の土地の人間にとっても十分に魅力的であり、これくらいになると一日離れた距離の町でも、通貨が見かけられるようになる。
さて、ポレシャ市の通貨である。曠野東部における有数の穀倉として、豊かな小麦と羊毛を産している土地の通貨においては、近隣の小居留地や農場、農村に放浪の鉱夫団や牧者衆の共通貨幣として流通し、地域にポレシャ圏を形成している。
ポレシャ・ポンドほどの通貨になると近隣にある自由都市や他の通貨圏においても、主要通貨の一つとして数えられ、距離に応じた交換レートが設定されている。独自の通貨を発行、私用している土地においても日常に使われており、外部の貴重な代物を買う為、隊商や行商人、外来の牧者への支払いに充てる為に村で備蓄されてる事も珍しくない。場所によっては、銅貨は勿論、銀貨よりも信用が高まることもある地域的な基軸通貨である。
ポレシャ・ポンドと比較しても一段上の通貨が、都市通貨。各々の都市通貨がそれぞれに発行し、価値を担保している通貨だが、中でも自由都市ズールの通貨は、曠野のうちでも二、三を争うほどの絶大な信用と購買力を誇っている。
都市単独での総人口一万に加えて、曠野の交易の要衝と言う地勢。軍事力と生産力、そして残された機械による工業力が、ズール通貨の価値を担保している。
多少の価値の変動はあれど、曠野のほぼ全域で流通し、使用されているズール通貨は、銀貨や銅貨は勿論、紙幣ですら、さらに上である都市連盟《リーグ》の通貨と兌換・両替できるほどの価値を誇っている。都市連盟《リーグ》の通貨が領域のみならず、大陸全域――と言っても既知世界ではあるが――で流通している事を鑑みれば、自由都市の通貨の所有は、外なる世界へと繋がる為の重要な扉と言っても過言ではない。
そして大陸通貨だが、これまでのように他の通貨より一段上かと言われると、都市連盟《リーグ》の通貨には地域内では明確に劣っている。領域国家の通貨は、領域と近隣の内外においては、絶大な信用を誇っている為、例え、古くからの権威である自称・大陸中央銀行が発行した貨幣であろうとも、追随は出来ないのだ。
それでもなお、ズール圏内においても、一介の自由都市であるズール通貨よりも信用において勝っており、両替においてもプレミアがついているのだから、その信用と購買力には絶大なものがあった。なんとなれば、既知世界の何処であろうとも大陸通貨を保有すれば、買い物するのには困らないのだ。そして信頼できる通貨が貴重な黄昏の時代――曠野や他の辺土において、纏まった20,000大陸通貨には現物や購買力以上の巨大な価値が秘められている。
大陸通貨が20,000あれば、ランツクネヒトの100人隊を一か月――交渉次第では2か月だって雇えるし、敵地で略奪を行えば、さらに雇用期間を延ばせるだろう。
血と炎に彩られた戦乱と混沌の時代。元からの手勢に加え、それだけの軍資金を持つ野心家であれば、小さな男爵領や小都市の征服くらい目論んだとて不思議ない。小貴族同士の戦争であれば、それは勝敗を左右しうる――20,000大陸通貨とは、つまり、そう言う金額であった。
※※※※
町外れ地区は、裏通りの敷地。初夏の昼過ぎをのんびり過ごそうと長椅子で寝そべっていたマギーちゃんだが、気持ちを切り替えるのには少々の時間を必要とした。
やってきたジョージアを眺めて「お前、尾けられてはいないよね?」念を押すようなマギーの言に、徒弟トリスが高い足場に昇って裏通りに入ってくる路地を見張り、ニナは首を巡らせて此方を見張れる位置にある廃墟の窓や物陰へと視線を走らせた。
町外れ地区に高い建物はそれほど多くない。大抵、高くても三階から四階程度なのは、かつて怪物の巣窟であった市街地一帯を爆発物まで用い、掃討し尽くした二百年間にも及ぶ闘争の痕跡だった。それが今日では怪物が潜みにくく、転がった瓦礫は防壁の建材に。空いた空き地には所々、天幕や泥小屋の広がる『市の町外れ』となっている。低い建物の壁や屋根には、変異獣掃討戦で焦げた跡がまだ黒々と残っている。背の低い大型建築物にも、奥の部屋ではいまだに錆びた銃器や人骨、古い血痕が見つかることがある。
ポレシャ史、と言う役所で読める絵本には、市の祖先の英雄的な人物が幾人となく載っていて例えば、変異獣の巣と思われた大型建造物に爆発物を仕掛けに向かう数度の決死隊の顔と名前。家族との別れなどが載せられている。元傭兵があっさりと最大の建造物爆破に成功して全員、帰還するまで、数十年ごとにビルや大型建造物を破壊しては、市の縄張りを広げていった苦闘の過程。生還した部隊、犠牲を払った部隊、未帰還の部隊。逃げ帰った者たち。そして爆破に成功したものの生きて帰らなかった者らもいる。
或いは、元は腕利き賞金稼ぎのマギーが市で厚遇され、頼られる理由かもしれない。実際に多くの強盗団や家畜泥棒を捕捉し、逮捕しているが、見返りもそれなりに美味しい。曠野によそ者をあまり重用しない居留地も少なくない中、ポレシャ市では優遇とまでは言わないまでも貴重な人材としてそれなりに遇されている。
それに一見、凶悪そうなジョージアを迎え入れた判断と言い、中々に物の分かった人物が上の方にいる様だ。外見より穏当で協調性がある男だが、マギーにしてからが、人柄を確信したのはここ最近、交流が増えてからなので、雑貨屋の爺さんは、人を見る目があるとマギーは評価していた。それとも、ポレシャの常勤参事の誰かかも知れない。
町外れ地区が人の領域となって半世紀近くが経過している。路上には木柵を築き、若干の土嚢を積み上げて守られたマギーの自宅は、表通りからの侵入経路は限られているし、二、三の高い建物を除けば直視も難しい。怪物の群れが襲ってきても、いきなり多数に包囲される状況でなければ、縄や屋根を伝っての脱出経路も想定済みだった。
お気に入りの長椅子から渋々、身を起こしたマギーちゃんだが、どうにも招かれざる客人に対処せざるを得ないようだ。地区でただの一人の保安官補であり、ジョージアの方は議会衛兵で、共に町外れが見回りの担当地区なのだから。
マギーちゃんは億劫そうにため息を漏らしてから、近くの棚に手を伸ばした。
「ブランデーとワインのどちらにする」酒瓶を取って尋ねるも「いらんよ」ジョージアが告げた。
「そうかね。私は一杯だけやらせてもらうよ。
どうも素面では聞きたくない話だしね」
小さなコップを手に取ったマギーに、ジョージアが奇妙な表情を向けた。
恐れでもなく、侮りでもない。不快ではないが、かつて向けられたことのない種類の視線を推し量れず、若干、戸惑いを覚えて「なんだい、その眼は?」
「お前さんに相談しに来たのは間違いだったかな。
頼りにならん訳ではないが、もう堅気に成っている。
巻き込むんではなかった」ジョージアが悩みながら嘆息すると、マギーは冷笑を返した。
「緊張感を維持できないと?
腕は落ちたが、保安官助手の任は務まるさ」肩を竦めるマギーだが、少し眺めてから杯の中身を地面に捨てた。
「飲まないので?」ジーナ・エクルストンが楽しげにマギーに尋ねてきた。
「相手が相手だもの。思考は鈍らせない方がいい」淡々とマギーは言った。
「……赤泥のジルカはどのくらいの頻度で仕事をこなすのかな?」椅子に座りなおしたマギーは、やはり引退した元同業者ジョージアへと尋ねかける。南の賞金稼ぎについては、ジョージアの方が幾分かは詳しかった。
巨躯を縮めるように木箱に腰掛けたジョージアが、記憶を探るように軽く唸った。
「分からん。恐ろしい速度で立て続けに仕事を熟すこともあれば、一年近く音沙汰なく期間を空ける時もある」
頼りにならない奴である。いや、これはジョージアが悪いのではない。赤泥のジルカが、同業者に対しても痕跡を碌に残さない、と言う事だ。
「すると、仕事に掛ける時間を割り出すことも出来ないか」やはり元・賞金稼ぎであったジーナ・エクルストンが呟いている。
同じ賞金稼ぎと言っても、犯罪者への追跡を主とするマギーやジョージアに対し、赤泥のジルカはより影の深い領域に棲息する人物だった。高額犯罪者も狙うが、権力者に賞金を懸けられた逃亡犯や政治犯、或いは逃亡奴隷や逃げた愛人なども狙う。生死不明から殺害のみ。捕縛のみ。割のいい仕事なら条件は問わない。
歴史上にも文明と無法の境界に蔓延っていた
「破落戸を手懐けるのに使うとすれば、金か、女。或いは薬物。
20000の賞金のうち、どれだけを手先に約束するのか。
それとも、別口で報酬を約束されているのかな?」マギーは頭を掻いた。
いっそ、予防拘禁でもしておくか?一瞬だけ思い浮かぶが、いい考えとも思えない。
出来なくはないが、自由居留地圏の、それもポレシャ市で?
いずれは釈放せざるを得ない。
そして赤泥のジルカはいつでも好きなタイミングでお姫さまを襲う……
法執行官としては、一応の正式な亡命者を――例え、つい前日に届け出が受理されたばかりだとしても――引き渡すわけにはいかない。が、どう見ても守る側にとって分が悪い勝負だった。
「マギー。ジルカが手先に使うのは、必ずしも破落戸ばかりとは限らない」ジョージアは飄々とした口調のまま、さらにいやな事実を指摘してきた。
「標的……貴族や富農に怨みを持つ農民や召使い。或いは名のある盗賊の仲間がぶっ刺したりとか。そういう顛末もあったそうだ」丁寧に説明してくれるジョージア。
「聞けば聞くほど厄介なヤツ」マギーは吐き捨てた。
「分からんよね。此処でそれだけ聞いても、見当もつかない」ニナは首を振っている。
「単なる買収や脅迫、誘惑から、薬物を用いた暗示、一時的な洗脳。或いは変装。分析による遠隔での人間関係の操作……これらの手口は全部、実際にやった奴がいる。それぞれ別人だが」現実的に有り得る手法を上げてから、マギーは嫌そうに首を振って「そもそも、そんなタイプなら当たり前におのれに対する誤情報だって流しているだろうからなぁ。表に出てるジルカが影武者で、影に赤泥を演出してる奴がいる可能性だってある」
「ああ、サーカス思い出しますね。団長ではなく、道化師が黒幕っぽかった」付き合いの長い部下ジーナ・エクルストンが懐かしそうに過去の敵を口にして「うあぁ……嫌な事思い出させないで。せっかく、忘れていたのに……」嫌がるマギーを楽しげに眺め、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。
※※※※
20,000大陸通貨は、大抵の人間には縁がない金額と言っていい。
曠野の地での自由労働者の日当は幅が広く、街道を往くには日々、旅費が掛かる。生まれ落ちた土地で、生まれ持った自由の量は大きく制約され、また選択によっても大きく左右される。
小さな居留地に生まれ落ちた者が、同じような居留地ばかりを渡り歩いても生涯、金は貯まらない。旅のたびに懐は乏しくなり、いずれまた留まって蓄えを作り、そして気づけば何処かに落ち着いて晩年を送っている。だが、それは旅人しては、幸運な部類の結末かも知れない。
親が債務を抱えて生まれ落ちた子は、最初から旅をする自由はほぼ持たず、生まれついた階層に据え置かれる者が大半だ。夜ごと見せる顔を変える女のように、貨幣は土地ごとに価値を変える。身分も知恵も蓄えもなしに旅に出ても、世の中の仕組みも知らぬままに、居留地で良い仕事にありつくのは難しい。小口の雇い口は何時でも、何処でも転がっているが、季節風のように風向きを変えやすい。
昨日まで求められていた働き手が今日には余剰となって首を切られる。仕事が途切れれば、自由気儘さは途端に野垂れ死にする自由へと裏返りもする。
農場の召使や村の雑役夫などは、駄賃ほどの俸給しか受け取れない例も多いが、小村落や小農場に雇われると、食事と寝床付きで4~12村落通貨か農場通貨が相場である。これを百人ほどの居留地や農村通貨と両替する場合、物産を通してから交換するので2割から3割ほども目減りする。
この小集落や農村の通貨も、相対的には弱い通貨に過ぎず、自治惣村や独立居留地などの通貨と交換する場合、また額面から1割から1割半も目減りする。
しかし、この自由居留地や自治惣村が発行する通貨で、ようやく近隣の居留地でも真面に扱われ始める通貨となるのだ。旅の自由労働者や
さて、ポレシャ市やサグレー、ノーラと言った治安が良く、労働者を比較的、まともに扱う大型居留地で、評判を勝ち取り、定期的に長期の仕事に有り付ける職工なり、労働者なりがいるとしよう。さらに一家の総領が、広い視野と忍耐を兼ね備え、長期的計画を立てて、家族総出で金を貯め、市内の邸宅なり、近隣の農地を買うとして、居留地通貨、或いは都市通貨で三千から八千。高くても一万五千ほどだろう。
五万とか、八万の不動産は、維持費や必要な人手から現実的ではない。
これが常識外れの大出世を除いた労働者のほぼ最良の上澄みであり、市内で頑丈な小屋――大抵は、千居留地通貨に満たない――を買っただけでしばらくは近所の語り草となるのだから、間違いなく一世代は市内で語り継がれる伝説的な一家となるに違いない。
つまり、殆んどの庶民が一生涯を通しても目にしないのが20,000大陸通貨であった。マギーに懸かった銀貨払いの5000都市通貨でさえ、立派な農地や市内の住居を買える金額である。金に困ってるもの、飢えたものならば目の色を変えるに違いない。一生を遊んで暮らせるほどではないが、どん底の人生を立て直すことも出来る。
しかし、マギーちゃんは賞金首手配書の金額を眺めながら「二万……二万ね」とさして感慨を覚えた風もなく呟いた。逆に言えば『百人の兵を一か月雇える程度』でしかない。
帳簿を見ながらニナと何ごとかを囁き合い、マギーは頷いた。個人的な稼ぎだけで言えば、マギーちゃんはポレシャ市内でも多分、頭抜けている。下層地区の労働者や棒手振は勿論、中町の職工や屋台商人、門前町の商人たち――もしかしたらポレシャ市民にも、比肩するものは殆んどいないかも知れない。一年で稼げるとは断言できずとも、二年あれば確実に稼げる金額であった。
行商人として、普通よりも割がいい歩合で各種通貨に裁定取引《アービトラージ》を行う機会にも恵まれている。加えて、市民や農場主らは稼いでいても、多くは貸し借りの証書の形であったり、麦や家畜、果実など現物の形で受け取っており、また給与や賃金の支払いに追われ、使える現金は収入のごく一部であったりする。なので三万都市通貨――二万大陸通貨を其の儘、現金で可処分所得として扱える人間は、自由都市なら兎も角、ポレシャ市ではマギーと他に……市の規模からして間違いなくいるだろうが、名前までは分からない。とにかく、そう多くはいない筈だ。
ただし、マギーの仕事に安全性は全くない。市民たちが家に居ながらにして地所や店舗、農地の上がりを数えているのに対して、都市と往来して盗賊団や屍者の群れ、変異獣を迂回しながら命がけで稼いでいる。大きく稼いだ隊商主や鉱夫頭、怪物退治のハンターたちと似たような宿命で稼ぎには斑《むら》があり、危険の対価としての大金ではあるが、しかし、市民なら寝てても入ってくる金と同じ金に過ぎない。
とにかく、マギーに買収は効かない。何故なら、マギーにとって二万の大陸通貨はさほど魅力的な金額ではないし、ポレシャ市内での信用と地位の方が重いからだ。これはニナも同じだろう。マギーとニナの稼いだ金額を、かなり好き勝手に使っていいからだ。基本的には現在の生活に満足し、ズールの図書館やコンピューターを使うことに金を使っている。数冊の本しか持たないのは不満だろうが、まずは家と納得している。ニナの忍耐強さと長期的視野。そして報酬の小ささから裏切る可能性は、殆んど存在していない。
ほぼなのは、理性や善良さにおいて、相手が友人であれば、ニナは裏切らないと確信できるが、縁も所縁もない亡命貴族を売り渡すだけで二万大陸通貨稼げる状況だと、少し揺れるかも知れないからだ。何といっても、ニナはまだ幼さの残る年齢であり、理性が揺らぐ瞬間もあるのではないかとマギーはいささか危惧している。
二十歳以前のマギーも、冷酷さや欲望に動く瞬間もあった。ただし、ニナは同じ年齢の頃のマギーより、人間的に上かも知れない。例え、様々な事を腹を割って話していても、所詮、他人の事は測り切れないものだ。殆んどの人間は、おのれの事すら、理解していないのだから。この想いも無事に全てが終わったら日記に書いて相談し合おうとマギーは思っていた。いつものように。
ジーナ・エクルストンは十中八九、裏切らない。一度、マギーが何もかも捨てて立ち去ったのだが、相も変わらず忠実に接してきている。
マギーはジーナを恐れてる。それでも、ジーナがマギーを殺すのであれば、それも受け入れると決めて再び仲間にした。マギーは、幼馴染のジーナが忠実だと決め込んで仲間にしたのではなく『こいつに殺されるなら、それもいい』と覚悟して仲間にしている。この想いだけは、流石に口には出来なかった。
リジィは分からない。典型的なランツクネヒトの一兵士に見える。
刹那的なランツクネヒト。曠野中で恐れられ、忌み嫌われているランツクネヒト。
雑兵の殆んどが貧農や放浪民、召使いや廃墟生活者の出で、享楽的で暴力が好きで近視眼のランツクネヒト。黄昏の時代に蘇った三十年戦争の亡霊たちは、しかし、史実の先祖たちから、ある種の伝統的文化を引き継いでもいた。ランツクネヒトは個人への忠義を持たない代わり、隊旗《フェーン》と契約を重視し、厚い忠義を抱いている。
長年の雇い主でも給与が未払いなった途端、あっさりと見捨てるし、それまでの敵に鞍替えすることすらある。だが、給与を払っている限りは意外なほどに忠実でもあり、雇用中は倍額を提示されても、裏切らないとも言われている。
マギーは部下たちと個人的な忠誠関係――庇護と奉仕の契約によって結び付いてきた。これは極めて封建領主に近しい精神性で、例えば、勝ち目が充分にあると判断すれば――実際にやるかどうかはまったく別として――マギーが決起すれば、気が進まなくても、渋々であっても、ポレシャ市に対して反乱さえ起こすだろう。
今は無理としても、将来的にそう言う一団をマギーは作り上げるつもりだ。今度は、何者にも切り捨てられない為。
裏切りを受けない為、己の為だけの私兵を作り上げる。
己の主は、己だけ。例え、乱世に野心を抱かず、扱いも悪くしないとしても、マギーはそこだけは譲る気はなかった。
だが、リジィが平均的なランツクネヒトであれば、ポレシャ市が金を払っている間は、頑として裏切らない。中世の封建的な世界にも似通った黄昏の時代、それが彼ら彼女ら――ランツクネヒトの奇妙な名誉の規範であり、より金が力を持った近世都市的な精神性の発露であった。
勿論、友情もあれば、同性愛的な情愛も今はあるが、それでもなおリジィは異質で異分子だ。リジィではなく、リジィの象徴する異質さの為。
――おのれの封建的な考え方とは異なる感性の持ち主、かつ手強い存在が曠野にいる事を忘れない為。
だから、マギーは傍にリジィを置いていた。それゆえ、リジィに対しては、契約を切らしてはならなかった。特に敵に回したくない時期は。
だから、マギーはリジィを呼んで一週間分の契約を決めた。なにが無くても日に20居留地通貨を支払い、戦闘があった場合、さらに一回当たり40居留地通貨を支払うことになる。契約書を作り、そして先払いしておく。
勿論、それもこれもリジィが平均的なランツクネヒトであり、隊から離れて孤独な兵士となっても、ランツクネヒトであることを貫けたらの話だ。
案外、容易く手懐けられるかも知れないし、何時まで経ってもリジィはランツクネヒトのままかも知れない。どちらにしても面白く、興味深い展開になるだろう。
或いは、金を払っても目先の買収で裏切る可能性もある。その場合、マギーに人を見る目が無かったことになる。
羊皮紙にペンで契約内容を記し、櫃に仕舞い込みながら、マギーは考えた。赤泥のジルカ――或いは、かつてない型《タイプ》の手強い相手になるだろうか。出来れば、無駄な手間をかけずに諦めてくれるといいのだけれど。
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多くのフィクション―――例えば、大丈夫!誠愛弁当を用意している!
生卵付きで600円なり