黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_90H 保安官助手の助手

 微かに銃声が響いてきた。マギーは耳を澄ませる。

 昼を少し過ぎた頃、田園の彼方からだ。

 市民街区の防壁を挟んだ向こう側には、野犬や狼、コヨーテが彷徨っている。

 或いは、さらに深刻な脅威である変異獣か、それとも彷徨う屍者でも迷い込んできたのだろうか。他所の地方で、農民の悩みの種である猪や野ブタは、曠野に姿を見かける事が少ない。氷点下20度の大地に風が吹きすさぶ曠野の冬に、多量の餌を必要とする猪などは水も餌も乏しく、辛い環境なのだろう。

 

 発砲したのは、農民に違いない。僅かに締まりのない破裂音は、恐らくマスケット銃。燃焼過程か、エネルギーの指向性か。不思議と薬莢弾とは音が違う。

 町外れ地区で、マギーは火縄銃を売っている。客層は農民や渡り人(オーキー)、或いは自由労働者に職工などで、月に二、三丁が売れる。多い時は五丁ほど。二、三年もすれば、百丁以上も保有数が増える計算となる。

 数丁の火縄銃でも、遮蔽に身を隠して複数名で狙い撃てる状況ならば、金属薬莢の連発銃に拮抗しうる。略奪者や盗賊傭兵団の類も、ポレシャ圏に近寄りづらくなるだろう。

 

 勿論、不意打ちすれば、アサルトライフルやサブマシンガンは、武装農民や自警団の数名をなぎ倒せる。だが恐らく、防壁かつ緩衝地帯としての下層地区であり、田園の惣村であり、そして食料生産の余剰なのかもしれない――恐ろしい話だが、最初から被害を織り込み済みで、ポレシャ市は設計されているようにも思える。

 そして中枢である市民街区は、要所の家屋や邸宅がセメントか、煉瓦造りが多い。トーチカのように頑丈で攻め落とすのに時間が掛かる地形と構造になっている。門前町の煉瓦や木造の家々の方が、どちらかと言えば色彩豊かで瀟洒なほどだ。

 難攻不落、と言う言葉が思い浮かぶ。恐らく、ポレシャ市は見た目の大防壁以上よりもかなり手強く、粘り強い。

 

 他所からの商人が持ち込む品目に、黒色火薬やゴーグル、耳当て、それに鉛玉に油などの販売が増えている。黒色火薬のみ市が一括契約で買い上げて、市内の銃砲店で販売している。その方が安く済んで小麦や外貨が流出しないで済むのだ。マギーは火縄銃や燧石銃《フリントロック》、それにクロスボウを売るだけだ。火薬には手を出さない。運搬や保存に気を使うので、私用の他に少量を商うだけだ。

 

 マギーは、市民街区を訪れていた。まずは、保安官事務所に立ち寄って、担当地区の情勢を定期報告書で提出する。夏至祭の最中に人出が増えているが、スリや置き引き、ひったくりは比例する以上に増えていた。

 

 多くは、浮浪児や職の見つからない流れ者だ。若く、瞬発力があり、自棄になっている。すばしこい連中や目端の利くものもいるが、それだけに浮き上がれずに燻っている。流動性の問題ではない。巨大蟻や屍者の群れに元の村や集落を潰され、或いは持ちこたえても畑や仕事を失い、さらに去年、一昨年の大寒波だ。マギーはおのれの力に自信を抱いているが、それはそれとして、放浪民に零落したものが必ずしも劣っているとは考えていない。同じ境遇であったら、やはり持ち堪えられなかったであろうと結論している。だからこそ、昨日のおのれに耐えられないだろう災厄を、明日には凌げるよう、積み重ね続けてもいたが。

 

 

 ともかく、市内に仕事が足りない。足りる筈もない。

 そして農村部には現金が少ないので、どうしても新参の労働者は買いたたかれる。

 危険な兆候ではあるが、マギーの権限と立場には打てる手も思いつかない。ポレシャは、平時から富裕層がかなり富の分配をしている社会だが、だからこそ流れ者が流れ込んでくるのは皮肉な話だ。そして、これ以上の税負担は、市民層も肯《がえ》んじない。自警団員たちも、『もしかしたら、ここで足掻いていたのが自分かも知れない』と思いながら、下層地区の路地に盗人たちを追いかけ廻している。こんな時節には、なんとも気が滅入る仕事ではある。

 

 

 苦労して捕まえても、軽犯罪者をそう容易く追放刑に処されたりはしない。

 それが自由居留地圏のいい所でもあるのだが。状況が良ければ立ち直る機会さえもある司法制度も、仕事が見つからない現状、単なる先延ばしに堕していた。

 数週間から数か月を僅かな報酬での強制労働の刑罰が与えられる。薪や食料に事欠く冬はきつい筈で、命を落とす者は少なくないが、生き残った者はさらに悪くなることも多い。かと言って、真っ当に生きてる者への手当てを減らして、犯罪者に手厚くすることもできない。

 

「お前らだって農民だろ!なんで金持ちの飼い犬なんかしてるんだ!」と罵ってくる奴もいる。

「そう言うのは、貧富の差が大きい商業都市連盟《リーグ》に行って叫べばいい。でも、行かないんだろ」と自警団員が言い返す。不満を漏らしつつも、比較的に善政が行われているポレシャ市からは離れないのだ。連盟《リーグ》では、不満分子は即処刑か、奴隷落ちだから。マギーも時々、少しだけ疲れる。際限がない。でも、自由居留地圏の外に行こうとは思わない。それなら、他者の不平不満と付き合いながら、生きていくしかない。

 

 幾らかの虚無感も湧いてくる。要は問題の先延ばしだ。だが、自由主義社会では時間稼ぎの仕事も重要なのだと、己を納得させる。マギーの見たところ、議会もそう無能ではない。何かしらの対処を思いつくかも知れない。

 良く機能してる民主主義も劇的に変化はせず、時に後戻りするが、副作用は小さく、多くが妥協できる決着に落ち着きやすい。戦争で市民層が死に過ぎたりしない限り、ポレシャはこの先、百年程度は安定してるに違いない。

 

 もし、それが厭なら、己で権力を握るしかない。町を開いて権力を握るか。或いは、おのれの軍団を築き上げ、貴族となるか……全くの不可能ではないのだ。

 権力の空白地帯を見つけ、幾らかの資材とそして兵士たちがいれば。

 かつての仲間たち――スネイクバイトを招集すれば。

(……まったく、どうかしている)

 白昼の夢想から立ちかえったマギーは、首を振るって苦笑を浮かべた。

 十人足らずの徒党で四苦八苦している身が、封土や町を欲しがり、何百、何千の人生を好んで背負い込むなど。

 少なくとも、そんな生き方は御免だった。今はまだ、そこまで疲れてはいない。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 保安官事務所で幾つかの手続きと打ち合わせを終えた後、マギーは雑貨屋に立ち寄った。マギーが仕入れてきたガラクタの大半を、店主の爺さんに引き取って貰う。空き瓶や空き缶、襤褸服などを爺さん、さらに市内各地区の雑貨屋や露天商など小売りに卸している。地区の店では、卸値の五割増で売られているが、全部売るのにどれほどの時間が掛かるかを考えれば、マギーに不満はない。ついでに色々と世間話も交わすのだ。

 

 最近、店の壁には小さな黒板が置かれており、買取価格と共にポレシャ市で需要の大きい資材の品目や必要量などが記されていた。くず鉄にセメント袋、成型済みコンクリートブロックなど。マギーは腕利きの行商だが所詮、個人商に過ぎない。いくら要望されても調達できない物品は多い。良質な木材、ブルーシート、ポリスチレンにアスファルト板。釘と金槌、のこぎりやバールと言った工具。若干のくず鉄や銅線に電子部品など――それらを少量、不定期に仕入れてくるのが関の山だ。それでも爺さん、「これはいいものだ」とニコニコ顔の賞賛ついでに、跡継ぎらしき甥っ子や孫娘に顔合わせさせてくる。

 

 パオロ爺さんは、市の参事なのでマギーの商いに対する市民の反応も教えてくれる。今のところ、それほど評判も悪くない。特に持ち込んだ医薬品だが、特定の相手に限らず分売するのは好評だそうだ。それでも武器の商いには神経を使う。マスケット以上の強力な武器を扱うつもりはない。精々、ミニエー銃か。それさえ、そもそも買える層はそれほど多くない。マスケットだって庶民には高価な買い物だ。

 

 仲間――楽しげに腕を組んできたジーナ・E(エクルストン)と連れだって雑貨屋の入り口を潜った時、市内の廃墟漁り(スカベンジャー)たちとすれ違う。  

 廃墟漁り(スカベンジャー)――特に素人廃墟漁り(スカベンジャー)たちはなんでもする。廃墟に踏み込んで探索や斥候もすれば、死体や行方不明者も探す。潰れた廃墟民の村から物資を漁るし、怪物や屍者を討伐しての報奨金も狙う。土木や野良仕事もしつつ、廃墟漁り(スカベンジャー)を続けるのは一獲千金を狙っての事だろうか。時に屍者が金や銀の指輪など付けていれば、それだけで数日から、一か月も喰えたりする。

 

 のんびりしがちな渡り人(オーキー)や自由労働者よりは稼げているだろうが、しかし、顔ぶれが盛んに変わる。マギーの記憶で、五年以上続けている者は滅多にいない。生き残ったのか、転職したのか。あまり話もしないから分からない。

 法執行官は、野良暮らしの連中とは相性がよろしくないし、行商人だって、さほど廃墟漁り(スカベンジャー)とは交わらないからだ。精々、自由都市の廃墟漁り(スカベンジャー)たちから、拾い物の資材を買い付ける程度だが、ポレシャ市の廃墟漁り(スカベンジャー)たちは大したものを出してこない。マギーにとって、付き合う利点も、理由もなかった。

 

 当初、店の用心棒として雇ったはずのジョージアの姿は見えない。店主のパオロ爺さんが議会衛兵に推挙すると其の儘、就職してしまった。

 ジョージアは重犯罪者を捕縛している。マギーの見たところ、参事会の為に働いている節があるので表向き、身分としては議会衛兵の方が動きやすいのだろう。 

 

 爺さんも酔狂な人物だと思うが、黄昏の時代、真っ当な大型居留地から仕官の口が掛かることは早々ない。中には、野良犬めいた自由を好むものもいるとは言え、大概の人間にとって、寄る辺ない賞金稼ぎの不安定な生活より、ポレシャ市の議会衛兵としての暮らしの方が好ましかろう。影働きを兼ねているとは言え、ジョージアにとっても喜ばしいとマギーは見ていたし、「めでたき事に御座る」と祝福もしていた。

 

 見回りついでに、下層地区の自由市場や露店などから買い集めた若干の物資を売り払うが、大した金額にはならない。温暖な時期には、似た商売をする同業者が幾人もいるからだ。

「明日にでもズールに行商に出ようと」マギーは告げた。

「夏至祭が終わるまで待てんかな。思ったより賑わっているんで、揉め事も起きるかも知れん」人手が欲しい、と爺さんに引き留められるも、マギーは難しい表情を浮かべて渋った。

「夏至の頃には、出ると言っていたでしょう?わたしも稼がないと……」

「頼むよ」拝むようなパオロ爺さん。果たして、何かしらの理由があるのだろうか。

「……流石に無理ですよ。でも、ニナを置いていきます。

 なにかあるようなら、手紙を送って貰えれば二、三日で戻りますよ」

 ともかく、マギーは妥協を示した。

 

 

 

 曠野の渡り人(オーキー)として、ポレシャ市の下層地区に流れ着いて六年目。マギーは、市の保安官助手としても一定の信頼を勝ち得るに至った。

 参事会の覚えは良く、市民からの評判も悪くない。勿論、マギーは腕が立ち、頭も悪くはない。政治に踏み込み過ぎず、かつ誠実に振舞っている。しかし、なにより大きな理由としては、やはり本業の行商人として稼いでいるからだ。

 

 普通、保安官助手は裕福な市民や代々の生業を持つ正規居住者の家系から選抜される。農場主や自由農民は、頻発する境界争いの仲裁に関し、土地持ちでは全くの無関係であるのが難しいため、あまり選ばれることはない。

 職工や労働者の家からも選ばれ難い。生活に余裕がなければ賄賂や誘惑に耐えられるかが疑わしく、また、武装の乏しい家系に身内を報復から守りきれるかが懸念される。

 牧者衆や鉱夫衆、木こり団なども、あまり選ばれない。地元に根付いておらず、旅慣れた職能集団となれば、いざとなれば、何時でも他所へ逃げられる。また横の繋がりが強く、同業者への便宜を図るかも知れない。例外は狩人や猟師、銃士の家系である。

 

 銃士や傭兵隊などは、防壁の防衛隊や警備隊に雇用されやすい。また、戦時には市民軍が編成され、民兵隊、武装農民、牧者衆なども含めて全ての戦力が統合される。

 とは言え、自由居留地圏の文化として、緊急時の制度が常態化されることに、民衆は強い警戒と危機感を抱いていた。その為、各々の居留地は軍事的に強固とは言えないが、一方で税負担は比較的に軽く、強権的な政府や独裁者が誕生しにくい。

 ゆえに、軽犯罪などにおいて判事まで兼ねる保安官の責務は重要である。

 

 

 マギーちゃんは、市全体では保安官助手に過ぎないが、下層地区でみると治安担当者にも成りつつあった。言ってみれば、地区保安官と言う呼称もできる。

 他に同じ立場の同僚がいないので、そう言う役職がある訳ではないが。

 自由社会を好むマギーからすると、与えられた権限がいささか大きすぎる気もするが、しかし、他の保安官助手や民兵もこまめに地区に足を運びもすれば、自警団員たちも結構、気軽に交流しているので、それほど危惧は抱いていない。

 同僚の目を恐れてる間は、自己を律せると踏んでるし、この後に他者が同じ立場になっても多分、大丈夫だ。問題の洗い直しを予めやれるほどではないが、起きたら速やかに修正するくらいにはポレシャの市民社会は熟成している。

 

 

 行商人としての財産と稼ぎが、自由と身分を保証している。マギーの主な商いは、ガラクタの転売だ。自由都市の蚤の市を巡って仕入れては、ポレシャ市に持ち帰って売っている。中身は、空き缶に空き瓶、傷んだ古本、古布、鉄くずに釘、ビニールの類。恐らくは年に一トン足らずだが、今の世では全て役に立つ代物で、他にも僅かな酒や甘味、マスケット銃、衣料品と幅広くを商っている。行商人としては相当量を扱っており、むしろ交易商と言ってもいいだけの量だ。

 

 マギーは、ずっと保安官助手の仕事をしている訳にもいかない。複数の取引先を抱えている。十や二十では足りない。定期的に顔をつなぎ続けなければ、取引先から切られてしまう。誰しも稼がなければならない。

 

 誰からどれだけ仕入れるのか。相手の調達力を推し測っている。

 お互いにだ。抜け目のない町商人たちは、マギーの抱えている販売網や資金をじっと見ている。商売が大きくなればなるほど、互いに値踏みする場面は増えてくる。

 戦争や災害、凶作に水枯れ、或いは牧草地争いの敗退と喪失――ポレシャ市に悪い評判が立つだけで吹っかけてくるものもいる。そういう時は鼻で笑い、取引を止めると脅かして逆に買い叩こうとした時もあった。結局、なあなあでも取引を続けてるのは、相手が品を調達できるからだ。黄昏の時代に、現物を用意できる人間とは付き合う価値がある。腹に据えかねても、今はまだ。

 

 商売を拡大する過程で、マギーは幾度となく取引相手を切ってきた。しかし、安く、大量に売ってくれる取引先が出来たからと言って、今までの取引先を急に切ったりしない。相手が次回、次々回も同じ量を調達できるとは限らない。だから、他の取引先を少しだけ減らす。比重をずらす。そしてその中で、段々とあまり顔を出さなくなる相手もいる。

 

 取引相手を切るのは、常に難しい。嫌いな人物や冷淡な人物なら、まだいい。

 好ましい者、必死に生きている者も多い。恨まれないように、そして相手に時間的猶予を与えるように。金銭的な損を呑み込んで時間と共に切り替える。それでも時には、心苦しい状況にも遭遇すれば、怨んでくる相手だってきっと出てくる。小遣い稼ぎだった頃や生活の足しにする程度だった頃は、もっと気楽に付き合えた。

 

 老人や少年少女、女手ひとつの小さな店を切る時は、気が重たくなる。しかし、時間当たりのコストなどを勘案すれば、値段が同じなら、やはりそこそこ大きな店が相手となっていく。正当化し過ぎるつもりはないけれど、身内を養い、徒弟に真っ当な賃金を払うのに金は必要で、優先順位を付けなければならない。

 その経験も多少の洞察と知見を与えてくれる。

 

 今、現在の稼ぎは、そうして積み重ね、或いは切り捨ててきた判断の賜物だ。一人親方のマギーにとっては、稼ぎと労力はどうしたって比例する。毎日の労働で自由を買っている。金と自由は重たい。そして他人の幸福だって、それなりにそうだ。元賞金稼ぎとは言え、マギーにとっての商売は犯罪捜査より重たい。勿論、戦争や犯罪集団捕縛の大詰めなど、危急の際であれば話は別だし、市当局もそれを理解した上でシフトを組んでいる。

 

 好ましい取引相手を切る前には、なあなあでいいかな、と悩みもするが、都市通貨は曠野で自由と力を保証してくれる。屍者や変異獣は常に脅威で、身内を武装させるのも金が要るし、誰かが盗賊に捕まった時の身代金だって必要だ。かと言って、権力を欲して突っ走るだけの覚悟も勇気もマギーにはない。取引相手を中々に切れないで、時には妥協で先延ばした日々を過ごす程度の女でもある。

 

(きっと、誰もが悩んでいるのよな)とマギーも想像している。亡命者たちの安全に関しても責任は負えない。分権型の市民社会では、自警団が市民の副次的責務となるのは、さほど珍しくない。しかし、それは出来る範疇での話であり、曠野の生存は、結局のところ、自衛と自己責任に帰結する。いかに【赤泥】のジルカが凄腕とは言え、ポレシャを離れてすぐに襲ってくるとは思えない。思えないが、万が一がないとも言い切れないのが、一流の賞金稼ぎと言う連中だ。今現在、ポレシャ市を離れるのは見捨てるようであまり気が進まない。

 

 

 

 徒弟のトリスは、ガルダ人亡命者の侍女見習いに妙に肩入れしている。

 マギーは、新しい保安官バッジを徒弟トリスに渡してから旅立つ予定だ。市の保安官助手の助手である。地区保安官見習いと言ってもいい。くすんだ銅のバッジは、保安官事務所の試行錯誤の一環で、臨時の保安官助手に貸し出すものだ。精々、自警団員程度の権限でしかないが、多少は役に立つだろう。渡したら、どんな顔をするだろうか。

 

 今回の仕入れに相棒ニナではなく、ジーナ・エクルストンを連れて行くのは、最初から選択肢には入っていた。取引先や商品の相場、流通量などマギーのビジネスの全容を把握しているのは、マギーの他にニナだけである。盗賊や屍者の群れの襲撃など、万が一が起きて、二人がいなくなれば、徒党は大きな収入を失うだろう。だから、ジーナ・E(エクルストン)にもビジネス内容を教えておくと同時に、ビジネスが失われることを防ぐためにニナは置いていく。これから先、ニナと行動を共にしない訳ではないが、偶にはジーナ・E(エクルストン)や徒弟トリス、猫耳ココを連れて行く。三人が知っておけば、マギーとニナが一度に失われても、ささやかな事業を継続できるだろう。

 

 保安官バッジを預ける相手が、相棒ニナでないのは、他人を助ける性格ではないからだ。賢いし、友人の力になろうとするが、他人と短時間で親しくなり、助けようと駆け回る性格ではない。完全な廃墟生まれの為か、リスクや優先順位を考え過ぎる。徒弟トリスも廃市街生まれではあるけれど、人懐こい部分がある。犯罪者と対峙する保安官には向いてないが、地区を見回る保安官助手としては、良い性格とマギーは思っていた。

 

 市議会や保安官事務所に駆け込んでも良い。今回は自由都市の公館に泊まるので、いざと言う時は飛脚を出してもらう使い方も出来る。その為の代金を、払ってもいい。あとで補填してやろう。まあ、多分、大丈夫だろう。バッジや高速便が必要ないなら、それに越したことはない。

 

 留守中、【赤泥】のジルカが警備隊や民兵、自警団を無視して派手に暴れる可能性はかなり低いとマギーは踏んでいる。ポレシャ市で暴れられるほどに強力な武力集団であれば、他人に使嗾されて態々、賞金を狙う必要がない。

 それにそれほどの集団なら例え、姫君に懸かった賞金には届かずとも、法執行機関と対立する危険を冒さずに千やそこらすぐに稼げる方法を幾つでもあるからだ。

 

 だが、それを思いつくのも、元隊商員で賞金稼ぎでもあったマギーだからかも知れない。姫君に懸けられた賞金――20000大陸通貨は確かに大金で、危険を冒す価値があると踏んでもおかしくはない。或いは、ありがちだが、故郷への仕送りなど大金が必要な事情でもあるのだろうか。

 

 コストにおいても、戦術的においても、もっと良い判断はあるかも知れないが、マギーも手は抜いていない。亡命者一行を守るのに打てるだけの手は打っていた。

 おのれが守られる立場でも、まあ、納得できる線だと思う一方、これで駄目なら仕方ないと見切っている。ただ、マギーは、自身の判断をそれなりに妥当だとも考えている。ともかく、バッジを預けたトリスが、ジルカやその仲間に存在を補足されても早々、危害は加えられないと期待したい。

 

 

 地区の治安責任者の一人として、多分、妥当な線だろう。

 名うての凄腕賞金稼ぎにしろ、万能ではない。ジルカだって映画の悪役ではない。 

 突き止める過程で、絶対的に時間とコストが掛かる筈だ。共に限られた時間を凌ぐか、或いは、動き続けて相手の正体を突き止めるか。

 手強いカードの対戦と同じだ。どちらにしろ、互いに選択肢と相手の札の読み合いになるだろう。

 

 

 

 

 

 

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