ポレシャ市では時々、警備兵や傭兵らが空き地や広場などで希望する若者や少年少女らに訓練や稽古をつけてくれる。それほど多くはないが、中高年で参加するものもいる。市民街区や門前町の市民や正規居住者は、やはり射撃主体となる。中町の職人や商人たちは、装備が多種多様なので、希望者によってクロスボウや火縄銃、紙薬莢銃に分かれたり、比較的、収入の少ない職工見習いや若年者らは、槍兵としての立ち振る舞いなどが多くなる。下層地区でも、富裕層はいまや大半の市民や正規居住者より稼いでいる一方、大半はクロスボウさえ保有していない為、基本的には白兵戦中心となる。富裕な地区住人には、より上部区画の射撃訓練に参加しつつ、白兵訓練も受けている者たちもいた。
夏至の日のお祭りである。さぼっても良かったのだが、訓練もいつでも開かれる訳ではないし、参加できる機会も案外、少ない。せっかく時間があったので、ニナは晴着を脱いで(ちゃんと参加しない友人に高価な服の見張りを頼んだ)簡素な服に着替えた。
「頑張れぇ」と、友人のナイナちゃんが呑気な声を出している。ナイナちゃんの晴着は良いものだし、装飾品も輝いている。ご両親は、小さな水キャラバンを経営している。娘を猫可愛がっているのか、それとも水キャラバン以外の収入源があるのかな?と洞察しつつ、ニナは手にバンテージを巻いた。堅い革製の小手に兜を被ると、机の上に並んだ木剣を選ぶ。
複数の木剣から、体格に合ったものを選び取り、やや短いものと少し長いもの。二本を選ぶ。時間はあるのでバランスも見る。実戦なら鉄の品質や状態、切れ味も確かめる。利き腕に長いものを握り、短いものは主に防御に使う。
互いに木剣を墨に浸し、急所の位置には濡れた紙を張り付ける。
鼻を二度、鳴らした。深呼吸をする。体調はよろしい。全身に満遍なく、力が行き渡っている。自然と出来る人間もいれば、教わらなければできない人間。教わっても理解できない人間もいる。ニナは自然と出来る側だ。古い武術用語で丹田。へその下に重心を置くことで、自在に動けるよう肉体を支配する。
相手は『路地裏の王女さま』だ。十年近い付き合いの癖、名前はいまだに知らない。秘している。そういう風習なのだろう。家族と配偶者以外は、名前を知らないとか。ニナは気にしない。腕前は、おおよそ互角だ。
マギーに鍛えられているニナだが、あまり才能がないのかとも思う。
首を軽く傾げ、「準備は?」尋ねると、「いつでも」と返ってくる。
「りょ」ニナも了承し、軽くトントンと飛んでから、いきなり走った。相手の全面で右に急速機動しつつ(王女様の利き腕は右である)両手の剣をナイフのように連撃する。手首を狙う。
長剣を円を描くように軌道させながら、路地裏の王女は後退する。緩やかに舞うように、その癖、足回りの機動が路地裏の王女は早い。止まらない。けして足を止めないのは、親にそう叩き込まれているからだろう。銃を使っても恐らく、同じ戦い方をする。ニナは急所を狙い、足技で相手の脚に蹴り、突然に体重を掛けて乾坤一擲に見せながら、目潰しを使う。ルール上にある、目潰しと描かれたボールを投げるのだ。
攻撃の手段を絞らない。相手の思考を誘導し、一つの攻撃に慣れたところで、攻め手を変える。相手の考えを読み続ける。適応を逆利用する。考えるのを止めないのは、ニナがマギーに叩き込まれたことだ。圧迫する急所を変える。戦術自体を切り替える。認知を撹乱し、負荷をかけて、対処能力を破綻させる。
ニナも王女様も、純粋に剣の強い相手とはあまり戦わない。一撃に全てを掛ける。日に数百度の振り込みをする。戦場や抗争で十数名を斬って来た。
そうした熟練者と戦うと、一撃が速すぎる。重すぎる。連携が滑らかすぎる。
剣士とは、こういう種族だ、とそういう大人との訓練で得られるものは確かにあるが、熟練者たちの剣は完成され過ぎている。こちらも剣に多くのエネルギーを注がなければ追いつく以前に勝負にならないし、そんな生き方をするつもりはない。
戦場やら、或いは街道の旅で、敵側にそうした熟練者や或いは達人と遭遇するかも知れない。銃への対処もしてくるだろう。だから、己より強い相手と戦う経験は訓練だけでもしておく。でも、一番に学びが大きいのは、互角程度の腕の相手と戦う事だ。だから、敢えて強くなりすぎない。友人と同じ程度の腕に留めている。
勿論、剣に全てを注ぎ込むように青春を費やしている少年少女もいる。きちんと銃への対処や使い方も知っているし、社会性もあるから、良き兵士になるだろう。でも、ニナも、路地裏の王女も、成りたいのは戦う人ではないのだ。
求めているのは、一流の剣士の刹那の生死の交錯とはまた違うやり方だ。気付くと良い位置――死点を取られている。相手の視野や取りうる戦略を推測し、呼吸を乱され易い、選択肢を削られていく。そうした他の戦いでも応用できる思考の読み合い、戦術の組み立て方。他者の思考を学び、磨き、失敗した際、組み立て直し、修復を行い、かつ冗長性を確保しながら、より洗練された戦い方を得るのだ。
肉体と反射神経を高めに保つ。ただし、条件付けするほど戦闘に最適化はしない。
超絶の達人には勝てない。絶対に届かない。種族として別の生き物になる。
銃でも、素手でも、暗殺でも、毒でも、或いは戦術的な軍人でも、達人や専門家と言う存在は、人生の時間配分や思考、日常の生活習慣、身体や感覚の構築から執着まで何もかもが違う。スペシャリストにはなれない。代わりに逆に幅広さを得る。だから、同年代でも、より強い相手がいても気にしない。実際は、地区には殆んどいないのだが。
決着は、付かなかった。熱い吐息を漏らして円から出ると、石段に座り込み、濡れタオルで身体を拭いた。夏至の日の日差しは暑い。上着を脱いだ。肌を晒すことにそれほどの羞恥は覚えない。温くなった水を頭から被る。当然に有料だ。
訓練自体は無料でも、その後に水を使ったり、火に当たるには金が掛かる。やはり最低限の金が無ければ、戦闘訓練も受けられないし、市民軍との伝手も広がらない。
無駄金と見做し、参加させない親もいれば、社会的な意義を読み取って、取りあえず参加させ続ける親もいる。基本的には、流れの職工や労働者でも定職持ちの子女らが多い。自由労働者や作男の家庭もいるが、浮浪農民やゆとりのない日雇い労働者の子は余り顔を見せなかった。
戦闘訓練も社会参加の道筋の一つに過ぎないが、学校や職業訓練、集団労役など、取りあえず考えて時間配分している若者は、普通に考えて相当に上澄みだろう。ニナたちも弱くは無い。だけど、もっと良い教育を受けて、もっと才能のある人間は、確実に曠野の何処かにいるだろうとも思う。
息が整ったあとは、ノートを取りながら、路地裏の王女と意見交換する。試行錯誤や工夫、意図などを種明かし、良いと思ったものは互いに受け入れる。ニナの戦うべき相手は、街道上の賊や屍者などで命が懸かっている。だから、真剣に稽古を積み上げるし、手の内を友人相手に隠す意味などもない。
ふと、路地裏の王女にも、真剣に訓練を積む理由があるのだろうか、疑問が頭の片隅を掠めたが、口にはしなかった。言わないのなら、そう言う事だ。
連れ立っていた友人たちは、参加しなかった。ノルベルト君とナイナちゃんは、残った貴重な遊び相手だ。他にも友人はいるが、大人に近づくにつれ、どうしたって様々な理由で付き合いが薄くなる。生き残ったうちにも、経済的な理由の他、他所へと流れた者、市外での仕事に就いたものもいる。単純に収入の他、財布事情でも異なる。例えば、妻子が居たり、家業が大きくても使える小遣いが少ない者とは疎遠になるし、自由労働者でも独身で好きに小遣いを使えるなら時々は一緒に遊ぶ。だけど、早いものはもう結婚している年齢だ。
ニナたちも仕事をしつつ遊んでいるが、家族を主体にしている者もぽつぽつと出てきているのだ。赤子を抱いてる同年代の友人を見かけもする。
「家族か……マギー孕ませたいなぁ」欲望が駄々洩れしてしまい、「……ひぇ」とナイナちゃんが目を剥いた。生体幹細胞技術の残った都市まで行けば、不可能でもない。
次の試合は、六尺棒を使う羊飼いと小木剣を握った馬借の青年。それから、農家の少年少女らの試合が幾つか続いた。馬借や羊飼い、職工らの見習いに比べると、農家の少年少女らは、明らかに見劣りした。筋肉の付け方が違う。はっきり言って弱い。行商人や露天商の徒弟よりはましだが。良くない道場だと下に見られるが、ポレシャ市ではあまり馬鹿にする者はいない。
大抵、投石や投石器の扱いでは相応に卓越している。対人の、しかも殺す術などは、あまり学ばない方がいいのだろう。破落戸と喧嘩できる程度でいい。それ以上の盗賊や浮浪傭兵などと戦うのは、雇われの兵士や用心棒の仕事だ。クロスボウや弓、銃を撃てばよろしい。傭兵や無宿人相手に、白兵戦など挑むべきではない。無論、人生には戦わざるを得ない局面が訪れるかも知れないが、パイプクロスボウを撃つ方がまだましだ。
屍者や変異獣、巨大蟻やコヨーテ、野犬だけが脅威ではない。
農家は、中小の害獣を殺さないといけない。例えば、イタチは一晩で飼ってる鶏を殺しつくしてしまう。役に立つのは対人の戦闘技術や剣ではなく、こん棒や短槍に投石器の扱いだ。小口径のアーキバス銃や小型クロスボウ、短弓、投石杖も役に立つ。
農民は良く猫を飼っている。鼠以外にも中小の害獣と対峙して、鶏たちに近づけない。犬と猫が仲が良いとさらに良い。知られてないが、驢馬も羊を守ってくれる。そこに少年少女だ。大人や青年層の代わりに、こん棒や粗末な槍を持たせておけば、小型の害獣の類はそう近寄ってこれない。巨大蟻やコヨーテなどもいるが、それら目立つ大型の生き物は大人が見つけて対処できる。
少年少女の訓練にも、相応に意味がある。単に弱い、とか、役に立たない武装ではない。確かに弱いし、人が襲ってきたら役に立たないが、誰かがいる、が悪漢たちにコストを上げさせる。それは大人数が最初から襲う気なら役に立たない。だけど、迷っている数人の破落戸たちに判断を避けさせる程度の効果はある。それでも農民は嫌だと、剣なり銃なりを真剣に積み上げる者も時々は出てくる。
浮浪傭兵で農民の出もいる。常備軍のコストは高い為、ポレシャ市では一部の常備民兵と緊急時の市民兵招集の体制を取っているが、農民兵の隊を編成すべきではないか、と言う論も一部では出ていた。役に立ちそうだが、どうにも常備の民兵たちが反対して、流れているらしい。どうなるかはニナには分からないが、多分、急には変わらないだろう。
※※※※
写真屋は、込み合っていた。助手に話しかけて、予約だけ取ると徒弟トリスと猫耳ココ、セシリアは祭りの町中を歩き回った。
途中の広場に姉分のニナが座っているのを見かけたが、徒弟トリスは近寄らなかった。互いに遠目から手を振るだけに留める。ニナも手を振り返してきた。
今は客人のセシリアの面倒を見るのだ。地区に馴染ませるために。
そしてジルカの手が何処まで伸びているか分からない以上、不特定多数に紹介するべき段階でもないと判断している。同時にトリスと行動させることで、徒弟の一員と印象付けておく。どうせ、誰かの記憶に残るなら、都合よい方向に誘導するのだ。
広場の一角、ニナは屯った友人たちとなにやら話し込んでいる。洒落者とまでは言わないが、身なりの清潔な青年や若い娘が多かった。以前に付き合っていた友人の幾人かは疎遠になっているようで、最近は顔を見なくなっていた。
一人前として扱われる年齢になれば、仕事も割り振られる。姉分のニナは、親方マギー。路地裏の王女様の父親は、徒党の頭目で、二人とも保護者たちがかなり稼いでおり、生活に相当の余裕がある。日々の暮らしに追われる相手とは自然、話題も噛み合わなくなっていくだろう。ただ、新しい友人も出来たようだし、相も変わらず付き合い続けている友人もいるようだ。
市の傭兵たち。どうやら広場で若者たちに戦闘技術の教練を施してるようだ。
市に雇われた傭兵――それも浮浪傭兵ではなく、名うての傭兵が大型居留地に招かれて防壁での警戒任務に就いている。高給取りの常備傭兵だ。実際の戦闘から高度な銃器を使っての狙撃。斥候任務、防衛戦に追跡。爆発物を用いての建設物の破壊に、怪物の群れや盗賊団の掃討。教練に防衛設備構築の指揮までなんでも出来る。少なくとも、そう耳にしている。
教練は多分、効果的だ。脾臓の位置を把握して何度も殴りつけるだけで、素人だって喧嘩相手を動けなくさせてしまう。 そういう手法を百も知っている。
しかし、トリスは教練を受けなかった。参加している若者らの身なりは悪くない。栄養状態もいい。若い娘たちも、トリスや猫耳ココより五センチほども背が高い。今でこそ食べられるようになったが、幼少期から成長期に何時も腹を空かせていたトリスたちは、やはり体格で劣っている。
商人の徒弟も僅かに混じってるが、その殆んどは商店の従業員――手代などだ。地区に店は少なかったが、ここ数年は大浴場を始めとしていくつかの食堂や酒場、炭薪仲買や鋳掛屋の出張所、塩や乾物の店、衣服や食器の店にそれを修繕する店、古物商や小間物屋に薬草医、針子の店などがぽつぽつと増えていた。
金や物資を貯めた屋台持ちや行商人の親方が店を構えると同時に、徒弟たちも従業員へと衣替えしている。店舗と言っても、廃屋のまともな一室を占拠して、棚に商品を並べたような粗末な構えだが、それでも店持ち商人は店持ち商人。露天商や行商人、棒手振たちに立場や信用で勝ること幾倍であった。
年齢性別を問わず、店の手代たちは、やはり血色がいい。店持ち商人本人は見かけない。そうした人物が参加するにしても、銃を用いるもっと上の教練を受けるか。或いは、既にこの先、町中で安穏とした生活を送ると決めて、もはや教練に意義を見出してないのか。とまれ、トリスの同輩である行商人の徒弟たちは、殆んどが顔を見せていなかった。恐らく、彼ら彼女らは、別の場所に屯しているのだ。トリスは其方に顔を見せることにした。
少年少女のカバーストーリーとして、行商なり、商人徒弟はかなり上等な隠れ蓑だ。亡国の姫君たちの商売をなんにするかは、考えておいた方がいいだろうけれど。セシリアだけなら、一緒に行動していても殆んど注目してくるものはいまい。だってポレシャ圏の他の小居留地や集落に村、農場。それに外からも行商人とその小僧なんて人種は往来しているんだから。
今だって藁売りの親方が走らせる荷車の横を徒弟が歩いているし、使い走りで駆け回っている丁稚もいる。荷を見張る留守番をしてる小僧に、荷を運んで年長者の後ろを歩いている隊商の見習いも見掛けられた。
「セシリアは、普段から、徒弟として振舞ったほうがいい」
その方が安全だと、徒弟トリスはぽつぽつと考えを口にした。姫君は、やはり見た目から気品がある。でも、セシリアは農村で生まれ育った侍女見習いに過ぎないそうだ。上手く地区に馴染めるだろうとトリスは踏んでいた。
「上手く出来るかしらん?」セシリアが考え込んだ。
喉の乾いたトリスは、徒弟たちのたまり場として心当たりある酒場に立ち寄ってみようと思った。町外れ地区の外れも外れ。廃墟地帯とほぼ隣接するようなひと気も少ない建物の一角まで、そうしてトリスたちは歩いた。
廃屋に帆布の屋根を張った酒場の日陰で、露天商や屋台商人、行商人の丁稚小僧たちが安いエールで飲んだくれていた。もっとましな地所となれば、相応の地代や家賃、多少の税が掛かる。屋根も抜けた廃屋ならば、殆んど無料で居座れると、酒場の亭主は目論んだわけだ。
自由市場で働いている素寒貧の少年少女ら。いや、中にはいい年齢でありながら、小遣い銭ほどの賃金で使われている下働きの男女も水煙草のパイプを廻しながら、地べたに寝転び、或いはサイコロ賭博に興じて小銭をやり取りしていた。袖口もほつれ、くたびれて彼方此方《あちこち》と薄くなった古着を着込みながら、しかし、一日を呑んだくれて過ごす呑気な暮らしに慣れ切って、仕事の無い日には、別の日雇いを探すか、さもなくば、おのれの親方の吝《しわ》さを愚痴りながら、日がな一日を安酒場で過ごしている。
徒弟の内では、年長者たちは多少、馬鹿にされている。多少の目端の利くものなら、別の親方に鞍替えするか、小金を貯めて独立しているからだ。或いは、別の仕事に就いているだろう。とは言え、労務者にしろ、農民や木こりにしろ、口で言うほど簡単な仕事ではないし、伝手や道具が必要な職工や都市鉱夫はさらに難しい。不器用であったり、怠惰や不運なものもどうしたっているものだ。
向上心らしき成分が殆んど揮発しているのか、親方の前では卑屈な笑みを浮かべつつも、年下の少年少女にはえばり散らす者もいたが、相手が成長すると相手にされなくなるか、手ひどい仕返しをされる者もいる。とは言え、そうした徒弟たちの親方も大概、うだつの上がらぬ行商人で、丁稚小僧のうちには、同じように夕暮れの酒場に温いエールを呑みながら、ただ落日を眺める日々を送るようになる将来も少なくない。食べては行けるのだが、出世の道は、狭くて険しい。
廃墟領域に面した木壁や土嚢のすぐ近くだから、近場からうめき声や遠吠え、巨大な虫の警戒音が聞こえてくる。防備のすぐ向こう側には屍者や変異獣、巨大蟻、その他の不気味な怪物が彷徨っている。死と隣り合わせのクソ立地だが、トリスたちも歩き回って喉が渇いていた。こうした安酒場では一日飲んでも、指先の薄い爪みたいな小銀貨や銅貨一枚で数リットルも飲めたから――より湖に近い村だと、十から十五リットルも飲めた。鱈腹飲むために危険な東に半日掛かりで徒歩の旅をする飲んだくれもいるほどだ――時間を潰すにはうってつけの場所だ。
サイコロ賭博をしていたうち、トリスを認めた一人がだみ声で叫んだ。
「トリス。金貸してくれ。倍にして返すからよ」
「借用書と担保でお前の奴隷落ちを掛けるなら利子三割で貸してやるよ。イナス」返答に低い笑い声がさざ波のように広がった。金を貸したら絶対に返ってこない。意地汚い貧乏人ども。愛すべき、悲しい敗残者たちの集まり。徒弟トリスは一緒にいるとむしろほっとする。
いい賃金を貰っても、トリスはこっち側から抜け出した気がしない。この手の連中が、金に執着するのも分かる。人生を買えるような気がするものだ。
甘いものもアルコールも一緒に飲むと拙い。肝臓に負担が掛かる。
でも、まあ、しったこっちゃねえ。徒弟トリスと猫耳ココは、エールを下地の温いレモネードを注文した。無言のセシリアにはレモネード。
お城の使用人と言っても、農村の連中の雑な親しさに慣れているのか。一気飲みして「んふー」と深々吐息を漏らしていた。
「次はエール」と大きなカップを差し出してくる。
一杯目が体に吸い込まれ、二杯目でようやく喉が潤った。
二杯目のエールを啜っているトリスの背後に、同年代の徒弟少女が立った。
「いいベベ着てるな、トリス」己の服の裾で手をごしごしと拭いてから、トリスの夏至の晴着にそっと触れて「お前の親方はいいなぁ」切なげに囁いた。
「ああ、いいだろう。いい人さ」そしてあたしは運が良かっただけだ。思いつつ、徒弟トリスは言葉を続けた。
「と言っても、所詮は行商人さ。屋台持ちのアンリ親方みたいに安定している訳じゃない」相手の親方を持ち上げつつ、嫉妬へ繋がりかねない話の導線をずらしておく。他にも、ちょっとした夏至の晴着を着ている者は幾人かはいた。
だから、服だけなら大丈夫。だが、一線を越えたら仲間と見做されなくなる。
そう思いつつ、トリスは、親方マギーがいつか店舗を持つとも半ば確信していた。
その時、こいつらと飲めなくなる日が来るだろう、とも予感している。
まあ、全てがトリスのただの願望で、錯覚かも知れないが。
トリスは三杯目を味わいながら、この一瞬を愛おしむように楽しむ。
「あああああ」セシリアがため息を漏らしていた。「おうち帰りたいよぅ」叫んでいる。
「なごぉお、にゃがあー」猫耳ココが上機嫌で歌うように鳴いていた。
「金が欲しい、お金が欲しい」トリスが歌うと、なーご、なーごと猫耳ココも伴奏してきた。部屋の隅で誰かが同じように、徒弟の歌を歌いだした。カウンターで手拍子が取られる。親方を悪く言い、売った親を罵り、金持ちたちに嫉妬して、何時か、おいらも荷馬車の主。幌馬車隊に荷を積んで、金貨と銀貨をざっくざっく。下手糞で楽しげな幾つかの歌声が、夏の日差し差し込む酒場に静かに響いていた。