黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

332 / 332
03_90Q 累代の城

 マスケット銃は、曠野の庶民にとって入手できるうちで最良の武器のひとつである。勿論、時代遅れの産物であり、知識にアクセスできない廃墟生活者や部族を除けば、最強の武器からは程遠いとは誰もが承知している。

 

 曠野の市場や一部の店舗からは、運が良ければ金属薬莢を用いる中古の銃を購入できる。さらに伝手と金、時間さえあれば、弾薬の備蓄も可能だ。拳銃やライフル、散弾銃と言った火器に数発の金属薬莢弾をお守りとして持ち歩く放浪者も少なくない。費用は掛かるが、そちらもけして悪い選択肢ではない。とは言え、弾薬を手に入れる伝手や頻度は、マスケットに比較すれば、大きく劣るのも間違いない。

 

 自治惣村の裕福な農民や大型居留地の市民には、アサルトライフルやサブマシンガン、或いはライフル類を所持して、普段から弾薬を買い集めている者もいる。

 普段はマスケット銃を使い、いざと言う時には金属薬莢弾を用いる形で使い分けている者もいるが、放浪者には不向きな選択肢であった。荷馬車や馬、驢馬などを持つなら別として、旅人たちは荷に毛布や防寒具、食料、最低限の工具や白兵武器を携えなければならない。通常、ライフルは一丁で持ち運べる重さに設計されている。個人が持ち歩ける現実的な重量として、ライフル二丁は不便であった。なので、弾薬が入手し易く、整備もし易い、部品も入手できるマスケットを好む放浪者も少なくはない。

 

 マスケットの構造は単純で、黒色火薬で鉛玉を発砲するだけの仕組みだ。つまり作りやすく、整備が簡単で、弾薬の補給に困らない。大型クロスボウや長弓、それに鉛の円錐弾を用いる投石器なども、けして射程と威力においてマスケットに劣っていない。ただし、投石器と弓は訓練と習熟が必要であり、クロスボウにおいては装填に疲労が大きい。それでも巻き上げ式クロスボウなどは値段においてマスケットとさほど変わらず、威力も射程も決して劣らない。複雑な機構が整備性でやや劣る程度だろうか。

 

 それでもマスケットは、良い選択肢である。何故ならば、人数を揃え、遮蔽を確保できる条件下であれば、遥かに高価な金属薬莢を用いるライフルの攻撃を押し留めるだけの威力と射程を発揮できるからだ。そしてコストと伝手があっても、流通が細い土地では、弾薬の備蓄に時間が掛かる。金属薬莢、そして紙薬莢の製造元よりは、黒色火薬の生産地の方が遥かに数が多い。とは言え、村長や隊商頭と言った立場の者などなら、拳銃に金属薬莢弾を所有しててもおかしくはない。多少の流通はあるのだ。

 

 やや高価だが、弓矢やクロスボウよりも威力に優れ、訓練が短く済み、変異獣や屍者。或いは紙薬莢や金属薬莢の銃器を用いた賊の攻撃を跳ね返しうるマスケットは、資金と人数を持った居留地の庶民にとっては、最も魅力的な商品であろう。

 防備を構築し、マスケットの数を揃えた共同体は、殆んど全ての脅威を殲滅してのける。もっとも、相当規模の農村や居留地であっても、数十から百丁のマスケットとその弾薬を維持し続けるのは、中々に重たい負担ではあるのだが。

 

 庶民や小さな村がマスケットやクロスボウを揃えるのは依然、有効な手法である。

 とは言え、野外における少人数での射撃戦などにおいては、マスケットやミニエーは静音のクロスボウ、或いは、高性能のボルトアクションや連発銃などに主役の座を譲らざるを得ない。

 

 牧童や牧者衆たちの主な武装は、パーカッション式リボルバーや紙薬莢のライフルなどである。19世紀以降のこれら装備は、マスケットよりも遥かに装填、発射速度の速い火器ではあるが、一発当たりの値段と入手に懸かる時間は倍では効かず、割に合わない。勿論、金属薬莢の火器と比較すると、やや劣っているのも否めない。

 

 しかし、収入と価格コストの兼ね合いと入手性。そして主敵である変異獣や狼、そして他の牧童や牧者、遊牧民との戦闘にマスケット銃では火力不足――正確に言えば、時間当たりの発砲速度(Rate of Fire)の不足から割り出された妥協点であった。廃墟漁りたちがネイルガンやクロスボウ、エアライフルなど静かな武器を愛用するのと同じ理由だ。農民や庶民がマスケットを好むのも、鉱夫たちが至近弾を防げる重たい胸鎧を好むのも、傭兵団や無宿人が金属薬莢の再生弾を用いるのも、投石器を腰に付けた廃墟生活者に至るまでが、生活環境と主敵に適応した装備を用いている。

 誰もが、何処で、なにと戦うのかを考えているのだ。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 祭りの最中にも拘らず、羊毛通りには人影もまばらであった。しとしとと降る小ぬか雨だけが原因ではないだろう。通り全体から活気が失せているのだ。

 開店休業中の店舗が並んだ侘しい風景を眺めながら、往時の繁栄を取り戻すのは大変だろうなと、イザベル・ミラーは嘆息を吐いた。年長の牧者たちに連れられて、羊毛仲買の店舗を訪れた思い出がある。その頃、景気の良かった羊毛仲買人たちはまだ幼いイザベルを可愛がって菓子やら玩具をくれたものだ。ポレシャ市の羊毛仲買人たちは、大量に加工する設備は持たないものの、羊毛の脂を抜き取り、売り物として都市や近隣居留地へ出荷することで手堅い商売を営んでいた。羊毛の樽を山積みした荷馬車に揺られながら、幼い日のイザベルも夕焼けを眺めたものだ。

 

 

 ポレシャの羊毛業が往時の繁栄を取り戻すには、主に三つの難題が立ちはだかっている。

 一つは、羊の数。取り戻して養うには、どうしたって牧草地の奪還が必要だ。

 二つには、羊毛の販売を独占しなければならない。新規参入してきた商売のライバル――不倶戴天の競争相手となりつつある近隣居留地スージやミト村、手強いトラン市の羊の群れを奪うなり、牧草地を抑えて、羊毛の供給を断たないとならない。

 だが、それには連中と契約した牧者や牧童、それに武装した村の羊飼いたちを叩く必要があった。恐ろしい量の血が流れるだろう。だが、やらなければ羊毛の価格を維持できない。

 

 三つには、野良の牧者や牧童、遊牧民たちを追い払うこと。これは、誰かと契約した牧者・牧童とはまた別の存在だ。誰をとっても難敵であり、どれをとっても難事である。参事会やら、牧者衆の長老連やらは、商売敵どもと交渉を続けているが、羊とは金の卵を産む生き物だ。連中が妥協することは絶対にありえない。

 

 伝説のスネイクバイトなら、出来ただろうか、とふと思った。全盛期のスネイクバイトなら。百人を超える腕利きの賞金稼ぎの集団。今現在、かつてのスネイクバイトの首魁の一人と同居している娘に視線を移した。

 

「ニナ。マギーからライフルの弾薬、手に入らない?」イザベル・ミラーは尋ねてみる。

 ケーキを食べていたニナのフォークがカチャリ、と音を立てた。

 ニナは、地区でも有力な行商人マギーの相方だった。マスケット銃やクロスボウも扱っているマギーは、それなりが顔が広く、他所の商人にも伝手を持っていた。以前、自由都市の武器工房を訪れた際、調達した弾薬は、仲間たちの分を合わせて五十発は越えていた。紙薬莢の弾薬が五十発あれば、一度か、二度は小競り合いを凌げる。だが、露骨に渋い表情を浮かべながら最後の一口を食べたニナは「無理」と端的に拒絶した。

「前は、融通してくれたぞな」食い下がってみるイザベル・ミラーだが、ニナは鋭い視線を返してきた。

「前の時には工房に貸しがあった」と告げて「貸しを全部使ったし、牛を護送する必要が明確で、居留地からの公的な書類も渡しました」

 

 

 紅茶を飲んで喉を潤してから、ニナは指先でテーブルをトントンと叩いた。

「それにあれは、工房だけでなく武器商人からも廻してもらった。武器を扱う者たちとの付き合いは、常に危険です。ものがものだけにちょっとした誤解や話の拗れで命を落としかねない」ニナの言にイザベル・ミラーも、ふむん、と考え込んだ。対面で興味深げに聞いている路地裏の王女さまは、好奇心で目を輝かせながらも、賢明にも沈黙を守っている。 渡り人(オーキー)徒党の頭目の娘だが、弾薬は買ってる立場であり、流石に期待はしていない。

 

 片目を閉じたニナは、頭の中で言葉を組み立てたのか。

「無理をしないと、無理です。だからできません。

 誰も、武器商人には借りを作りたくない」と吶々と事情を説明してきた。

「マギーも無理か」ぼそっと呟いたイザベル・ミラーの言葉に、やや不快そうにニナが眉を顰めた。

「馬鹿にした訳じゃない」とイザベル・ミラー。

「無理ですよ」紅茶を飲みながら、ニナは繰り返した。

「紙薬莢を仕入れたら、他の武器に差しさわりが出る。前回も、少し無理をした」

 抗争で使う金属薬莢や紙薬莢を延々と供給するのは、黒色火薬と火縄銃の二、三丁を買うのとは訳が違う。製品が限られている時代だ。両方は出来ないとニナは告げてくる。

 

 沈思黙考してから「……市当局からの書類を貰えれば?」イザベル・ミラーは言ってみた。

「ポレシャ市があちらの――自由都市のルガリエの工房に借りを作ってでも、後押ししてくれるだけの牧草地です?」ニナが問いかけると、イザベル・ミラーは首を横に振るった。

「いや……難しいな」

 居留地同士の――或いは、居留地と地区の借りは決して軽くない。牧者衆の共同体が軽々しく、他の共同体に借りを作らないのと同義だった。政治的な利益と権益に絡む。顔が利くとは、必ずしも無理を押し通せることを意味しない。

 

 勿論、ポレシャ市は牧者衆に相応量の弾薬を廻している。羊毛や毛皮、肉に乳と引き換えで、かなりの弾薬が追加補給されているも敵は多く、配給される弾薬だけでは現状維持はできても攻勢に出られない。守勢はなんとか保てるが、積極的な攻勢となると倍から三倍の弾薬が必要となるのだ。そして、隊商のもたらす弾薬は限られている一方、守備隊や市民にも必要だし、鉱夫団や木こりの徒党にも弾薬を廻さなければならない。

 

「……現状維持はできる。棲み分けになるのかな。くそ。私たちの牧草地だったのに」深刻な表情を浮かべるイザベル・ミラーは、追い詰められていた。せめてもう少し弾薬の支給が増えれば、攻勢には出れずとも守勢が楽になるのだけれど。今少しの弾薬があれば、自分と仲間の危険は抑制され、羊や犬たちの損耗が減り、貴重な牧草地を守れる。

 

「気の毒には思うよ。でも、力にはなれない」とニナ。

 呻いているイザベルの肩に触れた。

 ニナが時々、可愛い女の子に抱き着いているのを思い出したイザベルは、手を握り「……なんとか武器商人に繋ぎを取れないかね?」と親しげに囁いた。指を絡ませてみる。ニナは嘲笑の入り混じった眼差しをイザベル・ミラーに向けた。

「ならば、紹介しましょうか?二、三の心当たりがありますよ」囁いてくる声はひどく冷たかった。碌でもない相手を紹介してくるつもりと悟って、イザベル・ミラーはため息とともに諦めると「止めとく」と手を離した。百戦錬磨とは言わないまでも、ニナも交渉ごとに場慣れしているのだろう。

 それにマギーやニナだって商売で鬩ぎあっているには違いない。甘くはない。

「一瞬で豹変するの恐いね」そう囁いた『路地裏の王女』に、護衛の青年が何かを耳打ちした。

 

「……無理せずに手に入りそうな紙薬莢弾はないかなぁ?」弱々しいイザベル・ミラーの呻きに「マギーは流通から、工房の欲しがっているものを流して、対価で安くマスケットを買っている。取引は早々に増やせないか、恐ろしく高くつく」ニナが説明する。

 イザベルは顔を顰めた。羊や犬を売らねばならぬ程の値段で数発の弾薬が手に入っても、それでは意味がない。

「モノがなにかを教えてくれたら、私たちが出せるかも」諦め悪く提案したイザベル・ミラーに、ニナは冷たい視線を向けた。

「悪いけど、そこまで信用していない。取引に割り込まれたくない。

 そして私たちの取引に割り込むなら……警告しておくけど」

「ああ、もう、分かった。そんな怖い顔して睨まないで欲しいぞな、もし」イザベル・ミラーも手を振りながら、流石に諦めた。

 

 いずれにしても、状況を打開するのは難しそうだ。額を撫でたイザベル・ミラーを前に、ニナも路地裏の王女さまも顔を見合わせた。力になってやりたくとも、出来る事などない。今は兎も角、耐えるほかなさそうだ。だが、それは他の勢力も同じだろう。いずれは何処かが耐え切れず、現状が変化する時も訪れるはずだ。良くも悪くも。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 小ぬか雨が肩を濡らす中、ポレシャ市の議会衛兵となったジョージアと旧交を叙していた芸人一座の団長だが、ハッと何かに気づいたように身体を震わせた。

 団長の背後にある紙幣と貨幣の小山を一瞥したジョージアは、肩を震わせて音もなく笑った。

「安心しな、俺はなにも見ちゃいない。だが、どこの町でも、祭りの日には勘のいい徴税吏が景気の良さそうな露店や屋台を覗き込んでくるもんだぜ」忠告してくるジョージアは欲を掻かなかった。かなり纏まった金だが、昔馴染みに対する懐かしさが勝ったか。それとも金には困ってないか。両方かも知れない。

 

「ああ、そうだね。仕舞い込むとしよう」ホッとした団長は価値の高い銀貨を拾い上げては手近な革袋に放り込みつつ、「やぁれやれ、これでようやくに馬車も直せそうだよ」と嘆息した。

「なんだい?調子が悪いのかい?」尋ねるジョージア。

「ああ、いい加減に年寄りだし。騙し騙し使ってきてね。

 どうにも前の修理の時、車軸にあまり良くない木を使われたらしい」渋い表情の団長に「ふぅん。どれ。ちょっくら、おいらに見せてみな」ジョージアが昔の言葉遣いに戻って請け負った。

 

「ああ、そうだ。その前に、皆に紹介しないとなるまいよ」天幕から出た団長は、声を張り上げて仲間たちに呼びかけた。

「ホォイ!みんな、懐かしい相手が尋ねてきたよ。昔馴染みのジョージアだ!」

 天幕や樽の影から、団員たちが顔を出した。と言っても、留守役の女子供や老人ばかりだが。

「……誰だって?」胡散臭そうにジョージアを眺めてきた壮年の男が、見て目を瞠った。

「お前さん、クリフかね」

「今は、セカンドネームのジョージアで通ってる。

 クリストファー・ジョージア・ブラックモアさ。良い名前だろう」ニヤリと笑うジョージアを見上げながら、壮年の男はしみじみと呟いた。

「驚いた。親父さんにそっくりだ。いや……立派になって」

 

 天幕から飛び込んだした影が、話している横合いから突っ込んできた。

「クリフ‼」叫びながら勢いよく抱き着いてくる小柄な影をジョージアは受け止めた。

「痛っぁー」鼻を抑えている小さな人影。

「おう。鋼の胸甲を付けているからな。気を付けろよ。歯は大丈夫か?」

「鼻が潰れたわ……久しぶりね。クリフ」色取り取りのリボンと服を着込んだ少女が踏ん反り返った。

「おう、ブレンダ。おっきくなったな。お嬢ちゃん」両手で持ち上げるジョージアに頬を膨らませる少女。

「わたし、もうお嬢ちゃんじゃないわ。十四よ!結婚だって出来る年齢よ」

「なら、お姫さまだな」ジョージアは面白そうに笑った。

 

 

「親父さんの馬車。まだ使ってたんだな」と樽を担いだジョージアが感慨深そうに頷いた。「ああ、我が一族の累代の城だからね」団長が誇らしげに告げた。

 件の幌馬車から荷を降ろし、『世界一のサーカス フェルトン一座』と描かれた幌まで畳み込むと数人でゆっくりと横倒しにした。「よいしょお!と」稼げそうな怪力芸人や火吹き男。軽業師たちなどはポレシャ市の全域に散っているので、残っているのは女や老人。それに下働きと少年少女たちで、汗びっしょりになりながら馬車をひっくり返した。

「なあ、戻す時も手伝ってくれよ。ずっと横倒しだと幌骨が歪んじまうからね」団長は拝むようにジョージアに頼んでいる。

 

 ジョージアは頷きながら、幅広の馬車の底を覗き込んで顔を顰めた。

「こりゃ、ひでぇな。充分に乾いてない木を使ったな。曲がってるじゃねえか」

「ああ、前に修理してから、まだ半年なのに。これだよ」シルクハットのフェルトン団長がハンケチで汗を拭きながら、隣から覗き込んでいる。

「それで、なんとかなりそうかね」尋ねるフェルトン団長に「これはちょっとな。おいらの手に余るぜ」とジョージアは唸った。

「そうかね。修理に幾ら掛かるかな。これだけ大きな町だと職人の手間賃も高いんだ。小さな町だと当たり外れが大きいしね。中くらいの町が一番いい」ぼやきだす団長に対して「まあ、なんとか出来そうな奴に心当たりはあるが、ね」とジョージアは肩を叩いて請け負った。

 

「ただ、今日あたり、旅に出るとか言ってたが……あいつ、いるかな」ジョージアは団長が不安になりそうな言葉を呟きながら、空き地の外へ向かって歩き出した。

「ちょいと出かけてくるぜ、団長。駄目でも恨まんでくれよ。空ぶっても一時間で戻ってくるさ」

 

 

 一時間足らずで、ジョージアは戻ってきた。後ろには旅姿の背の高い女性を連れている。

「お前、もう出かけるところだったのだよ」と愚痴を言ってるが、妙齢の中々に美しい女性だ。

「初めまして。一座の団長フェルトンです」美女には愛想が良い団長だ。

「初めましてではないな」長身の女性は素っ気なく告げる。

「どこかでお会いしましたかね?貴女のように綺麗な女性を忘れてしまうとは……」悲しげに言う団長。

「町の入り口で、旅券を改めた」と告げてきた長身の女性が地区の保安官と思い出し、顔を青ざめた。

 

「車軸を交換したいんだがね。頼むわ。マギー」ジョージアは呑気なものだ。

 肯いた保安官があっさりと背中を見せて、馬車を調べ始めるが、ジョージアが肩を竦めて顎をしゃくった。団長がその先を見てみれば、保安官は、随分と用心しているようだ。燧石銃を担いだ旅装の女性がもう一人、距離を保って空き地の外に佇んでいる。加えて助手か、少女二人が工具箱を持って保安官について廻っている。

 

「大丈夫なのかね?」団長はジョージアに横歩きで歩み寄ると、こそこそと尋ねてみた。

「マギーはそんなに悪党じゃねえよ。職務に忠実で、賄賂を要求したりもしない」ジョージアの言に眉を顰める団長。今はジョージアだって役人の端くれだ。

「まあ、お前さんらにはやり難い相手かも知れんね」なんて言ってる昔の仲間を不安げに見るも、(信用したのは早すぎたかも)と気に病む団長の思惑を見抜いた訳でもなかろうが、ジョージアはにやりとウィンクして「昔馴染みのクリフを信じな」と肩を叩いてきた。

 

 緊張に固まっている団長とは裏腹に周囲の者たちは、馬車を気にして集まってきている。

「逆に言うと賄賂も通じないってことでしょう?」ジョージアの肘に抱き着いているブレンダが聞いてきた。

「ポレシャ市じゃ迂闊に賄賂は出さない方がいいなぁ。衛兵たちはきっちり俸給を貰ってるか、本業で十分な稼ぎがある」ジョージアは静かに告げたが、金はあればある程いいものだ。甘いのではないかな、と団長は思ったが黙っていた。

 

 馬車の底をのぞき込んでいたマギーが首を振った。

「駄目だな。これは。素人の手には負えん」あっさりと言うと、立ち上がりながら「で、どうする?」と尋ねてきた。

 やや戸惑いを見せる団長に対して「車軸を変えるしかない」マギーは肩を竦めて説明した。

「鉄の車軸にするなら、鍛冶屋を紹介する。木でいいなら木工職人だな」言いかけてから、ジョージアに視線を向けて「支払いは?」

「おう。俺が保証するよ」議会衛兵ジョージアが請け負うと、地区保安官はノートに何か書きつけてからページを破いた。

「もし、鍛冶屋や木工が忙しいなら、鉱夫団か、木こりたちのところに行け。幾らかの鍛冶や木工は出来る」ページをジョージアに渡しながら「わたしの名前を出せば、多少、安くなると思うが。ジョージア。お前、付き添ってやれ。でかい図体で行けば、話も纏まりやすくなる」身も蓋もない言葉を告げる。

 

「おお、恩に着るぜ。こいつら、昔の仲間なんだ」ジョージアの言葉にやや意外そうな表情を見せたマギーだが、兎も角も頷いてから「それと、いない間のリリーの面倒は頼んだぞ」と言ってきた。

 嬉しそうに頷いているジョージア。マギーは顰め面をして首を振るい、ため息を漏らしてから「来年まで孕ませるな。身重で冬越えすると、今の環境だと命に関わる」

 立ち去る保安官の背中を見つめながら、ブレンダは首を傾げて尋ねた。

「リリーって?山羊?猫?」

「婚約者さ」指で頬を掻きながらジョージアが言うと、ブレンダが「おめでとうございまぁす」と色の抜けたような表情で祝辞を述べた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アステロイド・ベルトの残骸漁り(作者:七つ葉なずな)(オリジナル:SF/ノンジャンル)

西暦2162年、小惑星帯。人類の9割はまだ地球にいて、残りは企業が実効支配する岩の上で暮らしている。▼ケレスに生まれた17歳のマユルは、戸籍を持たない「不法移民の子」。財産はローンで買った中古のサルベージリグ一機と、月額課金のAIアシスタント、それから己の技と知識だけ。▼戦争が撒き散らした宇宙船の残骸から、ポンプ一個、ハッチ一枚を剥ぎ取って生計を立てる日々。…


総合評価:1426/評価:8.86/連載:25話/更新日時:2026年10月13日(火) 20:12 小説情報

崩壊世界でルートシューター(作者:穴熊拾弐)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

ルートシューターってジャンルのゲームがある。広大な廃墟に放り出されてゴミを漁って持ち帰る。それを売ったり、施設を改良したりして成長していくってゲームだ。俺はそれをやらされている。何故か人を喰う怪物が闊歩し、滅亡寸前の現実世界で。▼金が尽きれば命が尽きる。崩壊世界で生きる1人の傭兵の話。▼


総合評価:4134/評価:8.33/連載:68話/更新日時:2026年10月10日(土) 11:00 小説情報

崩壊世界のゴミ漁り~ウジ虫からの成り上がり~(作者:Schuld)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

 世界がネットで覆われ、メガコーポが全てを支配し、ナショナリズムという言葉が退化するほど未来……の更なる未来。▼ 高度に発達した人工知能や、それらによって管制されるロボット、無私の挺身を厭わぬ自動人形によって成り立っていた、高度な文明は崩壊した。今となっては、その理由は誰も知らない。▼ 新たな国体は成立したが、その支配は限定的で、発展は途絶えた。▼ 今となっ…


総合評価:12085/評価:9.13/連載:41話/更新日時:2026年08月07日(金) 07:30 小説情報

異世界バトルドロイド軍団(作者:サイリウム)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

高位戦術ドロイド、HT2-392は転生者である。▼戦艦の艦橋で撤退戦の指揮を取っていた彼女は、船ごとワープ事故で異世界に。大量のドロイドたちと共に見知らぬファンタジー世界にやって飛ばされることになる。▼SFドロイドたちがファンタジーに殴りこむ物語が、今始まる。


総合評価:2294/評価:8.69/連載:39話/更新日時:2026年07月19日(日) 17:00 小説情報

【改稿&書き溜め中】死体回収屋が、無窮迷宮の最深部を目指す(作者:氷見崇瑞月)(オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル)

気がつけばそこにいた。▼欲望と狂気の坩堝たる巨大なる迷宮都市に。▼これは死体回収屋の男が、終わりのない迷宮に潜り続ける話。▼ ▼下記画像はガブリエラ、レティシア、グレイスのイメージです。▼【挿絵表示】▼ ▼【挿絵表示】▼【挿絵表示】▼


総合評価:314/評価:8.2/連載:21話/更新日時:2026年08月30日(日) 07:26 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>