黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_90W 野菜と羊

 親方マギーは行商に旅立つ前、戸棚に並んだ蒸留酒やビールを眺めながら、仲間たちに、「どれでも好きに飲んでいいよ」※意訳――と告げておいた。勿論、売り物を兼ねているので蒸留酒をいくつでも空けていいと言う意味ではない。ビールなら兎も角、ブランデーやラムであれば精々、一本か二本だろう。それ以上に飲むなら、原価でいいので代金を払うべきだ。

 

 さて、古来より、酒は人の本性を暴くと言われている。

 ここしばらく大人しかったリリーであるが、その日は酒癖が悪い方向に入った。「畑を耕したい」据わった目でそんな要望を出されても困るのだ。何故か、持ち込んでいた鍬で敷地の端を耕そうとする。駄目である。親方マギーがニヤニヤしながら区割りしていた図面によれば、玄関口になる予定の場所に鍬の刃を入れ始める。あかん。

 

「やべぇな。畑を喪った爺さんが最後にああなって狂い死んだのを見たことがある。そっくりだ」止めようとしてたリジィが首を振った。

「畑を喪った?」

「世話と引き換えに、息子に畑を譲ったんだが……いや、どうでもいいな。

 ストレスが噴出したんだろ。手に負えるうちに何とかした方がいい」元ランツクネヒトなのに、リジィは色々と常識人だ。村娘の出身だからだろうか。

 鉢植えでも買ってきてお茶を濁そうと結論する。日が落ちても延々、畑を耕すリジィに、野菜でも育てれば気持ちもおさまるだろうと、折衷案を出してくる。

 翌日、余り根が伸びても困るので積み上げた煉瓦の上に幾つか鉢植えを置いて、木枠で固定する。近くの屋台で売ってた芋やキャベツ、人参に玉ねぎの種や苗を与える。

「好きなだけ育てろ」「わぁ、ありがたいけど。なんで?」不思議そうにしつつも笑顔のリリーが礼を言ってくる。

 

 ニナたちは土も買った。森の連中が運んでくる袋からリジィが選んだ。ポレシャの地面は余りいい土ではない。 実際のところ、痩せた野菜しかできない。

リリーは手掴みして、腐葉土から匂いを嗅ぎ、「いい土やで」うっとりしている。肥料も、化学肥料が一袋あれば、鉢植えの十や二十なら、数年は持つだろう。

「なんか、急にみんなが優しくて恐いんやけど」呟いてるリリーは、記憶を失ってやがるが、誰も態々と触れなかった。

 

 大した問題じゃない。経費と節約できる食費がトントンで労力ばかりかかっても、気晴らしになるなら、それはそれでいい。空いた戸棚を用心棒リジィが野菜と塩を付け込んだピクルス瓶で埋めてもまあいい。保管場所は、他にもある。本が増殖するのも、共用だし悪くはない。戸棚が足りなくなっても、釘と工具があるなら、作り出せる。問題は木材だ。貯め込んでいたのが枯渇しつつあった。

 

 マギーの徒党は、各々が衣装箱に私物入れを所有している。徒弟トリスと猫耳ココは、半ば玩具箱として使っている。人員が増えれば、水の瓶や食料保管の戸棚も増える。 敷地への出入り口に木の扉も設置して、柵や塀も備え付けている。家もまだまだ大きくしないとならない。いまだに雑魚寝で犇めきあっているので、まずは部屋を増やし、出来るなら、ベッドも割り当てたい。壁や屋根を増築するのにも木材はもっと必要だし、十年もすれば痛みやすい所は修繕したり、葺き替える必要も出てくる。

 

 

 

 ポレシャ市は、主要四地区に外地区、廃市街。それに農場や近隣農村を含めれば、人口二千から三千近くに達する大型居留地だ。日々膨大な量の燃料が運び込まれているが薪に炭、枯れ枝に廃材と燃やせる燃料は買えるのに、板材となると何故か、品薄気味で、予約しても三か月待ちなどと言うのも珍しくはない。

 

 時刻は早朝。背中に燧石銃、腰に手斧、弾薬の革袋を吊るしたニナは、用心棒のリジィと連れだって地区を歩いていた。火薬角《パウダーホーン》も吊るしてる。リジィは手斧ではなく、小剣を吊るしている。「……暑っ」ビール瓶を傾けては、唇を袖で拭っていた。

 目的地は『駅舎』と呼ばれる大型建造物だ。旧鉄道の駅であったが、今は別の用途に使われている。水キャラバンの集合地点であり、様々な徒党の会合や打ち合わせに用いられるし、また求人広告なども壁に貼られている。あまりいい条件は見つからないが、取りあえず、食べていける程度の雇用なら、それなりの枚数も探せばあるだろう。

 

 階段傍の日陰で項垂れてる連中は、金や仕事がないのか。日差しと暑さに参っているのか。両方かも知れない。単に暇な放浪者や渡り人(オーキー)と言う線もある。

「リジィ」道中、声を掛けてきた傭兵と顔見知りか。立ち止まったリジィが少し話し込んだ。

「商人の用心棒を……まあ、それなり」「こっちは隊商で……」

 話を手早く済ませて分かれると駅舎に入り込んだ。リジィが殆んど飲んだビール瓶をゴミ箱に捨てると、近くにいた普通に清潔な衣服の労働者が素早く動いて、袋に入れた。空き瓶は普通に売れる。傭兵リジィは結構、無駄遣いする。

 ニナが咎める視線を向けても、黙って笑うだけで止めようとしない。或いは、それが運を上げてくれるとゲン担ぎをしてるのだろうか。傭兵の考え方は興味深い。

 

 駅舎には、壁に求人のチラシや広告が張られている。売り物と店の場所。値段などが記されていて、チラシの余白の書き込みで折り合いが付けば、取引が成立することもある。月ごとに貼られる場所は変化するので順にみていく。一年を過ぎたチラシは一斉に撤去され、燃やされるので、古いチラシを延々と貼りなおしている者もいる。登録労働者なら一枚は無料で貼れるので、自分でチラシを持ち込む行商人や露天商も多い。

 

「木材、木材……ベッド作りたいんだよぅ」言いながら探すニナだが、ため息を漏らした。見つからない。

「なんで見つからんのだろ」愚痴っているニナに、リジィが一枚を指さした。木こり団に参加して賃金と飯付き。木板の現物支給とも書かれている。だけど、ニナは態々、冒険する気になれなかった。

 危険と釣り合いを取りながら行商で稼いでいるのだから、金で買えるものは金で済ませたい。「高すぎるぅ」割に合わないとニナはぼやいた。自由都市ズールのように大きな市場なら、相場はさほど変わらないにしても、もっと安い掘り出し物も見つかるのだが。「そりゃ、高いよ。製材は」リジィは肩を竦めている。

 

「いい樹はさ、重たいんだよ。比重がずっしりしてる。

 真っすぐな木を切らんといかんし。製材所に運び込むだけで大変だよ」

 リジィの説明に、ニナは耳を傾けてみる。

 水車もないから、風車……も難しいか。

 多分、でかい鋸で樹を地面の穴に入れて二人で切るんだ。

 森の近くか?製材所を建てても、ゾンビに襲われるかもしれない。

 乾燥させないといけない。川でもあれば、浮かべて運べるんだけんど。

 最後に少しだけ訛りを出してから、兎も角、リジィは「薪とは違うよ。薪とは」と付け足して、ニナはため息を洩らした。

 

「自由都市で安めのを探して、持ち込んだ方がどうにも良さそうだね」ニナは言った。知り合いの有力市民なり、店舗商人に頼み込めば、優先的に割り当ててもらうのも無理ではない。が、既に安めの食料と水、薪の配給や公売の割り当てに多少の優遇は受けている。だから、やらない方がいいと判断した。あれもこれもと望めば、切られはしないでも、見えない借りの方が大きくなる。

 若干の優遇も、あくまで行商人として持ち込んでいる資材に対する対価に過ぎない。そこを見誤る貪欲な者もいる。強引に突き進む成り上がり者もいるが大概、いずれはしっぺ返しを喰らうか、後ろ盾が消えた途端、潰される。勝ち残る梟雄もいるが、修羅の道だし、怨みも買う。ニナは、そこまで貪欲でもなかった。

 

「取りあえず、マギーに相談するか」嘆息しつつ、口に出しては、ニナはそう呟いた。

 社会での泳ぎ方は、マギーとパオロ爺さんが教えてくれた。 木こりたちと交渉するにしろ、自由都市で伝手を作るにしろ、マギーの方が上手くやれる。信用にしろ、金銭にしろ、あまり貪欲にならずに、多少の余剰を保った方がいい。生きてそこそこの暮らしを送れるだけでも、悪い人生ではないのだから。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 真夏に差し掛かりつつある日差しの下、喫茶店で氷の浮かんだ冷水を贅沢に喉へと流し込む。自由都市ズールは電気が生きている。硝酸も量産されているし、バクテリアを利用した浄水施設も設けられている。金さえあれば水にも困らない。盗賊団どもが危険を冒しながらもズール圏に留まっている理由の一つだろう。或いは、ズール警備隊も、よそ者の商人を襲う盗賊団を本気では取り締まってないのかも知れない。

 

 天井では、扇風機が動いている。冷たい清水は最高の贅沢だ。貧しい巡礼や浮浪者《ホーボー》などは濁った水を飲むしかない。ガラス窓の向こう側で、目を丸くして覗き込んでいる旅人の子供たちがいた。見返すでもなく、ため息を漏らしてコップを置くと、マギーたちは席を立った。自由都市ズールは裸一貫から這い上がった豪商もいないではない。それなりに流動性の高い社会だ。水を飲める程度の身分であれば、成り上がれるか否かは、本人の頑張りと運次第だろう。

 

 マギーとジーナ・E(エクルストン)は、都市郊外を訪れていた。牧者衆や牧童、羊飼いに馬借らが定期の家畜市を立てている。大市ほどは安くもなければ、大量の取引が出来る訳でもないが、来訪予定を入れておけば、対応する商人が商品を一通りそろえてくれる規模は、年間を通して保たれている。遊牧民や自由騎兵は言うに及ばず、誰も彼もが相応の武装を身に纏っている。比較的に軽装な羊飼いやら馬借たちでも、腰に刃を吊るし、弓や槍、投石杖、クロスボウにライフル銃などを背負っている。

 

 獣の体臭と乾いた糞便の匂い。それに大量に運び込まれる飼料の荷車。干し草に野菜、果実まで持ち込まれていた。戦馬や駿馬の中には、定職を持つ都市労働者の年収ほども値段が張るものも珍しくない。とは言え、マギーが欲しているのは、比較的に安めの羊。それも生まれたばかりで運びやすい子羊だ。それを二、三頭買い込んで丘を越えて運び、知己の羊飼い――牧者娘のジーナ・C(クレイ)へと届けるのだ。引き換えに牧者娘は、羊毛や乳の一部をマギーの自宅へと届けてくれる契約だ。

 

 乳やチーズ、それに羊肉は日々の生活を潤してくれるし、羊毛も多少の現金と交換できる。自力で歩ける子羊となると、体重五キロから十キロ。二、三匹なら旅に同行させてポレシャへ連れ帰れるだろう。人間が縄梯子でよじ登るような壁でも、体重を分散させて、目隠しで吊るせば越えられる。かなりの面倒だが、簡単にできる仕事なら、利益だってそうは生じないのだ。

 

 羊は、それなりにいい投資対象だ。年に十%は越える。もし、狼やコヨーテや野犬に襲われたり、家畜泥棒や他所の牧者たちに奪われなければ、だが。子羊の前に屈みこみ、舌を調べ、足に触れ、歯を指でなぞる。病気は持ってない子羊を契約し、金を払う。番号が打ち込まれた耳タグと照らし合わせて署名する。マギーはそれなりに名の知られた元賞金稼ぎだから、家畜商が誤魔化すこともないと思っている。

 

 今も燧石銃を背負った二人組で来ている。例え、相手の方が暴力で上回っていても、複数名の部下を持ち、傭兵と繋がりを持った行商人を騙すのは、普通の害のない庶民を誤魔化すのよりもリスクが大きい。かと言って、油断はしないが。

 

 過剰に値切りはしないが、騙されるかも知れない恐れと不安を常に孕んでいる。相手が騙すつもりが無くても、拗れる事もあった。稼いでいてもマギーは一介の行商人に過ぎない。地元に根差した商会や店持ちの町商人でもなければ、商取引には常に交渉力が求められる。立場は不安定であり、交渉には常に難しさが付き纏っている。

 

 取引に目途が付くまで、部下のジーナ・E(エクルストン)と耳打ちして、特に意味なく無駄話をしたり、気になったところがないか聞いてみる。簡単な揺さぶりの技術に過ぎないが、これをやると、相手の商人が騙そうとしているなら不安を見せたりする。かと言って、後ろ暗い所が無くても、不安になる小心な商人もいるから、必ずしも有用とも限らないが。相手はそれほど動揺を見せなかった。地元の家畜商なので、すっぽかされたり、いなくなることも無いだろうと取りあえずは信用する。

 

 家畜市では以前、銃火を交えた遊牧民も遠目に見掛けた。だから、滅多には訪れないし、余りじろじろと見ない。向こうもマギーたちとは目を合わせない。身内を喪ったものもいるだろう、きっと。有力な仲介者を挟んでの和睦は済んでいる。それでも呑み込めないものはいるに違いないから、あまり大手を振って出歩くような真似はしない。

「どうしました?」ジーナ・E(エクルストン)が尋ねてくる。

「『大地の子ら(サンズ・オブ・アトラス)』がいる」マギーが囁いた。

「どうしたんです?あの人たちとなにか?」羊を売ってくれた商人が尋ねてくる。

「和解は済んでいるが、以前、連中の仲間を何人か殺した。こちらの家畜を奪おうとしたんだ」マギーの言葉に、商人が白目を剥いた。前金を支払い、近日中に引き取りに来ると約束する。「信じてます」と念を押すと「勿論ですとも」裏返った声で保証してくれた。

 

 帰りしな、驢馬も見て回ってみる。そのうち、購入するつもりだ。いま、丘越えの道を少しずつ均している。いずれは驢馬を連れて通れるようになる日がくる。

 或いは、他に、もっといい道を見つけられるかもしれない。買うなら、気性の穏やかな子がいい。驢馬は頑固な生き物だが、優しい子もそれなりにいる。ただし、残念だが、素直な子は滅多にはいない。

 ともかくも、驢馬は荷運びに役立つだけではない。狼や変異獣などとも戦ってくれる。勿論、勝てはしないにしても、人間の傍らで羊や山羊を守ってくれるだけでも有難い。犬や猫と仲良くなれば、小型の害獣も追い払ってくれる。巨大蟻の類とは相性が悪いのだが、巨大鼠くらいなら単独で蹴り殺してしまう事もあるのだ。

 

 

 下宿に一端帰還したマギーとジーナ・E(エクルストン)は、壁のカレンダーに帰還予定日を書き込み、契約書も張り付けた。それから、今日の仕入れを整理する前に机の上に巨大な方眼紙を広げる。コンパスを弄りながら、丘陵地帯の地図に鉛筆と消しゴムでメモを描きこんでいく。地図で大きく訂正した部分は、接着剤で新しい紙を張り付けてもある。

 エールを口にしながら、子羊を運ぶのに良さそうな場所を二人で検討し合い、縄で吊り上げよう。目隠しも必要だなどと、羊を運ぶ計画を詰める。目の前の丘陵の地図こそが、マギーたちの稼ぎを抱えている。他の商人たちも同じだろう。自由都市とポレシャ市、或いは近隣の居留地や農村を短期間で往来してのけるからこその利益であり、商いを安定して支える頻度の土台でもあった。

 

「大分、完成してきたね」肯いたマギーは、地図を指先でなぞった。驢馬で往来できる道が見つかるか、さもなくば均し終われば、今少し商売の幅も広がるかも知れない。とは言え、地図には怪物の縄張りや出現場所、種類なども書き込まれている。安心して往来するには、人数と武装、練度が必要だし、それを支えるにはより一層の利益が必要になる。マギーは無理をするつもりはない。賭けに出ないでも、もう少し上等な装備にはいずれ手が届くし、現有装備で稼ぎ過ぎると却って危険を招きかねない。それに品を多く仕入れれば、それだけ時間的コストも増加する。此処はしばらく踏みとどまった方が、吉だろう。

 

 メモと手帳を見て、棒線を引いた。取りあえず、今はやるべき事はやった。後は、仕入れた品を寝しなに整理するだけだが。

「他に何かあるかね?」マギーが尋ねる。

「いいえ。思いつきませんね」ジーナ・E(エクルストン)も頷いた。窓の外では、日没を告げる鐘の音が鳴り響いていた。少しずつ、熱気が引いていった。

 

 梁のランタンを付ける。ジーナ・E(エクルストン)が水差しを取り上げて「水がありません」呟いた。外の通りを窓から見下ろした。商業地区の通りには、まだ日照が残っていた。

「まだ、水売りくらいはいるだろう」ランタンを消しながら、外に出かける為に防弾コートを羽織った。

 

 夕暮れ時の商業地区の街路へ出て、ゆっくりと歩いた。防壁の方から遠く銃声が響いてきた。時に怪物が市内へと入り込む。ごく稀とは言え、変異獣や有隣ラプトルの襲撃となると、正規軍の一個小隊でも抑えきれない。まあ、だが、そんなことは滅多に起きるものでもない。時に路上で叫び出す者がいる。家族を突然に失ったり、故郷が破壊された人間もいるのだろう、多分。だから、誰も何も言わない。奇異の目も向けない。

 

 廃屋の瓦礫の影や袋小路に寝転んでいる者らがいる。金属管や土管、空き地に屯する渡り人(オーキー)や浮浪者《ホーボー》たちが此方を見上げてくる。それとない警戒と不安の入り混じった眼差し。夜の街路は貧しい人々の時間帯でもある。屋内に泊まれない者たちが不寝番を建てながら、金持ちたちの窓や篝火から漏れる明かりを頼りに夜を越える。自由都市で夜に屍者たちの感染が広がれば、警備隊は建物の屋上から街路を銃弾で薙ぎ払うに違いない。過去に幾度かはあったことだ。何処からか、もの哀しい楽器の音色が響いてくる。

 

 

 

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