黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_92 練度

 七月の半ばに入った。真夏日よりだ。手槍を携えたマギーは、胸ポケットから出した懐中時計を一瞥し、時間を測っている。

 場所は、廃市街の奥。部屋の中には、白煙が立ち込めていた。ニナとリジィ、それに徒弟たちが硝石銃《フリントロック》に黒色火薬を注いでは弾を槊杖《ラム・ロッド》で詰めて、窓の外に狙いをつけ、発砲を繰り返していた。

 標的は、街路を通りかかった変異獣が三匹。本来は屍者を掃討する予定だったが、建物の内部で待ち伏せしていたところ、思わぬ敵が射線へと入り込んできた。

 

 マギーは即座に発砲を命じた。四匹だったら、殿を務めながら、急ぎ撤退の判断をしたかも知れない。ジーナ・E(エクルストン)は良いライフルを所持しており、素早く装填しては発砲していたが、今は抑え気味にしている。負傷した二匹が咆哮を上げ、残り一匹が窓へと突っ込んできた。マギーは「槍衾!」叫びながら、槍を突き出した。

 

 マギーの穂先は怪物の首に吸い込まれ、めり込んで血を噴き出している。

 変異獣が牙を剥き暴れるが、ニナの槍やリジィの剣が怪物の腹を突き刺しては引き抜かれ、また突き刺された。捻じりもいれている。大きな痙攣が槍の柄を通じて伝わってきた。死の痙攣だ。マギーは蹴りをくれて、怪物を室内の床へと蹴り倒した。路上では、二匹の怪物が血の海に横たわっていた。

 再び懐中時計を確認し、頷いた。120秒で5発。高度に訓練された英国兵は60秒で四発のマスケットを発砲したと言われているが、素人が身を守るにしては、まあまあ上等な数字だろう。20メートル先で半分近くを外したのは、課題かもしれないが。「まあ、マスケットにしては悪くはない」とマギーは呟いた。徒弟のトリスに限れば、初弾も含めて大半を当てていたようだ。

 

 徒党の肉体反応や条件付けをマスケット銃に最適化させたくない。とは言え、これ以上の武装となると、稼いでいる商人でも中々に手が届くものではない。

 9ミリパラベラム弾であろうと、7.62ミリNATO弾であろうと、大きな町の市場ならば屋台や露店、或いは路上の行商人が売っている。やや低威力の再生弾から、黒色火薬使用の粗悪品まで入手できるが、信頼できる弾薬を定期的、かつ安定して入手できる訳ではない。高性能の弾薬ほど、当然に交渉と時間的コストを求められる。悩ましい。町の近くで少数の弱い怪物を相手にするだけなら、マスケットで十分な気もする。徒弟たちは、銃で狙われたことがない。近くに着弾すれば、飛び上がるだろうか。落ち着いて反撃できるかも分からない。怪物相手と人間相手では、取るべき戦術は全く異なってくるのだ。そもそも、猫耳ココやトリスたちに人を相手にした銃撃戦をさせるべきか?

 

 正直言えば、危険な真似はさせたくない。三匹の変異獣を仕留めた。充分だと思った。新たに弾を込めてから、年下の娘たちは恐る恐るへと外へ出て、ニナが念の為か、もう一発撃ち込んだ。動かないのを見て、徒弟トリスが足先で軽く蹴って頷いた。

「死んでる。大丈夫」言いながら屈みこんで四足の怪物のつま先を掴むと、マジマジと見つめてから、仲間たちにも見せてくる。

「うへぁ、見てよ。このかぎ爪。こわ。こんなん人間がバラバラにされちゃうよ」

 ニナは手斧を取り出した。

「いや、変異獣は野生の獣よりは大分、力が弱い。だから、見た目よりも随分と弱いんだ。それでも、それなりに鍛えた人間が大きなナイフで勝てるかどうかって感じだけどね」変異獣の首を叩き斬りながら、説明する。用心棒リジィは、今は弾を込めて周囲を警戒している。屋根の上も、曲がり角も、他の建物の窓にも視線を走らせている。昔の下水の穴もだ。

 

「マギー。血が出てる」部下のジーナ・E(エクルストン)が指摘してきた。気づかなかった。舌打ちして、水筒で傷口を洗い包帯を巻いてもらう。他に怪我をした者はいない。

 ニナが変異獣の首を袋に詰めた。はした金程度の賞金の他、市民。或いは正規居住者としての勲功として記録される。継続的に行っていれば、配給や公売の優先対象になるのだ。これも庶民は、あまり知らない事だ。

「もう引き上げよう。先頭はニナ。殿はわたしが」マギーは撤退の指示を出した。出来るだけ危険の少ない相手に、見通しの良い廃屋で待ち伏せした。そして今、普通に暮らしている人々にとって恐らく、最大の脅威であろう変異獣を三匹、仕留めてのけた。予想外の敵と当たったが、マギーは練度に満足している。それでも、事故は起こる。人間相手なら、特に。

 

 徒弟たちにも、身内にも、此のまま町の平凡な商人として生活を続けさせてやりたい。だが、連中にそれなりの生活をさせるにも、行商を続ける必要がある。

 街道の旅には危険が付き物で、装備を向上させ、人数を増やさなければ、対処できない危険にも遭遇するだろう。だが、その為には、稼ぎと武装の鼬ごっこをしなければならない。馬鹿馬鹿しい。

「……くそったれめ」マギーは口の中で低く罵った。

「なにか仰《おっしゃ》いましたか?」ジーナ・E(エクルストン)が尋ねてきたが、「なんでもない」マギーは首を振った。もう少し、もう何年か、冒険的な人生を続けなければならない。そして例え、マギーがくたばってしまうとしても、徒党の誰かが後を継げるようにしておく必要があった。

 

 

 平和に暮らせる時代でもなければ、場所でもない。銃器の取り扱いも、怪物との戦いも、場数を踏まなければ慣れない。練度云々と言うほど高度な話ではない。取りあえずは銃に馴染ませる。いや、兵士だの軍人だのの水準ではないだけで、練度の話には違いないか。訓練を続けなければ、練度は保てないと言うが、それは戦場で求められる練度の話だ。商人の徒弟とその護衛には、端から求めていない。最低限の銃器の扱いと、襲われてもパニックにならない程度の心掛けを持たせる。それが、マギーが徒弟たちに求めている練度だ。

 

 銃の性質と威力を理解し、素早く装填し、命令を聞き、パニックにならず、仲間と協調して行動できる。それで充分。それ以上を求めるのは現実的ではないとまでは言わないが、妥当ではない。やろうと思えばできるが、時間も金銭も削って、得られるのは多少の度胸に日常にさして役に立たない戦闘力――割に合わない。

 

 野犬の群れやら少数の屍者を駆逐出来て、多数の怪物からは逃げられるかもしれないだけの戦闘力――取りあえずマスケット銃での集団戦闘が出来れば、町中で遭遇しうる大概の脅威からは身を守れる。それで充分だ。普段は用心深く振舞っていれば、それ以上の怪物に、単独や少数で遭遇することも早々ない。マギーも、曠野の脅威を侮っている訳ではない。いずれ、徒党での戦闘力を求める日が来るかもしれない。だが、それは今ではない。今は、伸ばせるだけの土台を形作って、維持しておくだけでいい。

 

 

 街路を閉鎖している土嚢を乗り越え、壊れた木箱や戸棚のバリケードを隣接する建物内部から迂回し、最後に狭い路地の木戸を通り抜けて、町外れの居住区へと漸くに帰還した。怪物や野生動物などが偶に引っ掛かっているので、途中でも用心したが遭遇はしなかった。特に屍者は音もなく佇んで、いきなり飛び掛かってくるので、普段から距離を取っての間引きは積極的に行っている。外地区の七面鳥撃ちで削っておけば、より内側が安全になる訳だ。金と引き換えで脅威を削れ、人助けにもなるなら躊躇う理由はない。多少の名声も手に入る。

 

 

 地区の街路に入って足並みも揃えずに行進するも、揃いの軍用コートにライフルを背負っている六人組と言うだけで目を輝かせる少年少女もいた。装備も一部不揃いで、リジィは動きやすい革鎧。ジーナ・E(エクルストン)だけは、少し真面《まとも》なライフルを所持しているが、残りは全員が燧石銃《フリントロック》である。それでも傍目には軍隊のように見えるかも知れない。実際には、高の知れた商人の私兵に過ぎないのだが。ちなみにジーナ・E(エクルストン)は、紙薬莢弾やら32口径拳銃弾を買い集め、貯まった弾薬に合わせたライフルを使い分けている。

 

 地区の外れ。廃屋に粘土と土で壁を補修し、藁ぶきの屋根を乗せた茶店が見えてきた。止まれの号令を出してから、マギーたちは茶店へと入った。

店主がギョッとしたようにマギーの掌を見てきた。

「まさか、噛まれたんじゃあるまいね?」じっとりと汗を浮かべた店主に「噛まれたが変異獣だ」マギーが告げた横で、ニナが袋を開けると、怪物の醜い首を見せる。

「先にこいつらと遭遇してね。悪いが屍者の相手はまた今度だな」マギーが言うと納得したか。店主が肯いて、人数分の茶を持ってきた。茶代を払おうとしたら、ただでいいと告げてくる。ささやかな役得だが、怪物どもの報奨金は、正直言って弾代を贖えるかも怪しい金額である。

 

 正直言えば、割に合わない。金だけで見れば。だが、正確な地図を持った場所で、他の住人連中が偵察し、時に火力支援や援軍も行ってくれる中、高の知れた怪物を撃ち殺して、すぐに家に戻れる。危険な白兵も引き受けてくれる。もっとも住人連中から見れば、普段の戦闘になぜか、惜しみない援護射撃をただでしてくれるようなものだ。貧しかった渡り人(オーキー)時代もあるから、両方の視点が理解できた。

 部下たちの練度は上げておきたい。出来るだけ、安全に。だから、訓練としてこれ以上の環境は中々にあるまい。

 

 ジーナ・E(エクルストン)が傍らに寄ってきた。廃墟を開いた市街地の地図を開いたので、頷いて見せると、仕留めた怪物の種類と数、日時を書き記す。

 前回は屍者を七匹。巨大蟻や屍者など、この一年で既に百二十を越える怪物を駆逐していた。どれほどの数の屍者や怪物どもが廃墟領域に潜んでいるかは分からないが、幾つかの地区は多少、安全になったと思いたかった。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 山羊角ルーが廃墟漁りの手伝いをするようになったのは、全く偶然である。

 

 旅芸人のフェルトン一座は、思っていたより稼げる景気のいい土地と見て、ポレシャ市にしばらく腰を据えようと決めた。近隣の農村や農場をどさまわりしては、芸を披露して多少の金銭を受け取ったり、歓待を受けて食事と寝床を工面してもらう。

 現金収入に乏しくても、薪や食べ物、飼料を受け取ったり、他所でも売れそうな穀類や塩、干し肉、どぶろくに古着と言った現物だって黄昏の時代(トワイライトエイジ)には馬鹿に出来ない。一座全員が数日を過ごせるだけで御の字でもあるのだ。客筋や日によって稼ぎのバラつきは大きかったが、金を稼げるポレシャ市を拠点として滞在しているからこそ、大して稼げない日が混ざってもよいと座長は判断していた。

 

 また、稼げるほどの芸は持たずとも、働ける者たちが一座の天幕に寝泊まりしており、町の日雇いや村の野良仕事、農場の手伝いなどで口を糊していた。

 薬草師や産婆の他に、占い師などと言った若干いかがわしい仕事にも、地元の者たちの縄張りを冒さないようにしつつ薬草や幸運のお守り、膏薬に惚れ薬の販売でささやかな稼ぎを上げていた。それぞれの生業でも土地が合わない、時期が悪いなどで余り稼げないものは、仲間が援助もする。『世界一の旅芸人』たるフェルトン一座とて、見世物だけで食べていくのは厳しかったけれど、芸事を中心として日々、口を糊できるだけの業前は確かに持っていた。

 

 山羊角のルーもいい加減、稼がないといけない。流れの芸人や気の合った自由労働者が一座に合流して一緒に旅をすることは、それほど珍しい話でもない。ルーも奴隷みたいに法的な所有物でも、契約で縛られている訳でもないが、いい加減、一座へのツケが溜まっていた。日々の薪や食べ物、水に寝床代は極僅かでも、歳月が重なると馬鹿にならない金額になる。

 町などで働いてはこまめに払ってるのだが、どうにもこうにも流れていく金の方が多かった。ルーはまだ半ば子供で仕事は見つからないか、合っても賃金が安く、そして食べ盛りの年齢だ。気のいい団長も流石に眉間の皺が深くなってきていたが、もっとも、役に立たない少年少女を拾ったり、或いは口先の上手い遍歴商人などに食い逃げされるのもよくあることなので、ルーが逃げてもそれほど気にしなかったかもしれない。

 

 紐で編み細工を作ったり、飾り紐やリボンを販売するも、大抵の町や村では、小遣い稼ぎにしかならない。芸人一座とよく同行してる漂泊民《ジプシー》団の婆さんから香水の小瓶や惚れ薬、それに恋のお守りなどを預かっては巻き毛や服に縫い付け、街路をメェメェと鳴きながら歩き回る日々だ。

 ポレシャ市はかなり大きな居留地で時期は夏至祭。下層地区には住み着いた住人たちの一部が年季契約の作男《ファームハンド》や定職持ちの労働者、職人の徒弟などに成りつつある時期で、金回りが良いわりに使い方を知らない庶民の増える過渡期に差し掛かっていた。山羊角のルーは、高価な香水や怪しげな恋のお守りが幾つも売れて、横長瞳孔の瞳をぱちくりとした。およそ六十居留地通貨。魔女の婆さんに七割渡すけれど、芸人一座の下働きが久しぶりに目にする纏まったお金だった。

 

「おう、おう、おう。よそ者、お前、誰に断って幸運のお守りなんて売ってるんだ?」「ここら辺は、シーマちゃんの縄張りなんだよ」「シーマちゃんのお婆ちゃんが譲ってくれら縄張りで変な商売されたら、恋のお守りが売れなくなるなるろ」

 町外れ地区の路傍であった。魔女っ子みたいな黒づくめと灰色の三人組少女が睨みつけてくる。まるで万霊節《ハロウィン》のコスプレだが、腰の縄には小瓶や本物の薬草を吊るしている。同業者だ。袋小路で地元民の売り子に囲まれて、山羊角ルーは、大きく欠伸をして、んめぇーと鳴いた。

「こいつ、舐めてるろ!」十二、三に見える魔女の一人が舌足らずに叫んだ。舐めてる訳ではない。恐怖と緊張を覚えると、ルーはつい欠伸をしてしまう体質なのだ。

 

 脅えたルーは恐怖のあまり身を捩って、んーんーと唸りながら、涙目で地面を蹴り出した。『山羊角の者が唸りながら、足で地面をけり出したら用心すべき』とは外地区やら廃市街、鉱山や農村に育った子供たちにとっての常識である。子供同士の喧嘩の多い下町などだ。しかし、【町外れ】地区は、ポレシャ市の正式な行政区画の一つ。自警団員や民兵、衛兵が見回っていて名前とは裏腹に治安が良く、子供たちは大人たちに守られて育つ。つまり、外に比べれば、いささか温室育ちだ。

 

 

「こいつぅ」どん、と胸を押されて甲高く鳴いた山羊角ルーは、反射的に頭突きしていた。ポカン、と軽い音が響いた。

 ぐはぁ。少女が崩れ落ちた。鼻血が出てる。ギョッとした表情で、地面にのされた仲間を見る二人の魔女っ娘。やってしまったと青ざめるルー。

 ポカン。ポカンと軽い音が続いて聞こえるが「ぷへ!」「ぴ!」

 動物みたいに反射的に残り二人にも頭突きしてしまったルーだが、旅芸人の子が地元民の子を傷つけたら、土地によっては袋叩きにされるか、吊るされる結末もありえた。ルーはそれを知っている。震える足でよたよたと逃げ出そうとして、路地を出た瞬間、大人の手にすぐに腕を掴まれた。

 

 

 巻き毛のルーが、自警団員に連れてこられたのは親方マギーの敷地だが、前回の楽しい訪問とは打って変わって、ニナは全く笑顔を見せなかった。大きな羊が組んだ木材に吊るされており、カーゴパンツにカーキ色のTシャツの親方マギー――モイラ保安官補が肉包丁を研いでいる。

「屠るんですか?凄いですね。ご馳走だ」自警団員の丁寧な物言い。

「ジーナ・クレイが持ってきた。子を産みにくい年老いた羊だが……」羊の下にはバケツが置かれて、血が滴っていた。

 奇妙なことに連れてこられた魔女っ娘たちも震え上がっている。

「……スネイクバイトの巣」「もう駄目ら」

 

 数人の大人たちが視線を向けてくる。トリスは強張った表情でルーを見、なにかを言いたげにしていた。

「言い分を聞こう」目の前で淡々と作業を続けている保安官補の言葉に「羊っこに頭突きされて!」「シーマちゃんの縄張りになのに!」「お婆ちゃんの腰が!」魔女っ娘たちが一斉に話し出した。

「よく分かった」此方も見ずに掠れた声で告げられると魔女っ娘たちは黙った。

 今ので分かったのだろうか。魔女っ娘たちはぴたりと口を閉じている。

「お前たちの名前も、顔も良く知っている。シズ、シーマ、ベス」保安官補が見もせずに告げてくる。ルーはひどく居心地が悪かった。権威的な大人や高圧的な大人は好きではない。遍歴の旅芸人だし、差別されがちな獣人で、弱そうな小娘だ。あまりいい思い出はない。権威的で高圧的な法執行官となると、なおさらだ。

 

 香ばしい香りが漂っていた。猫耳ココが、離れた位置でもっちゃもっちゃと焼いた肉を食べていた。ルーと魔女っ子たちを面白そうに眺めている。

 獣と人の合成人間は、遺伝子操作でペットとして作られたとも言われている。奉仕種族や、酷い奴になると奴隷種族呼ばわりしてくる。しかし、猫耳だけは、なんか上手くやってる奴も多い。貴族に成り上がった奴もいるとか。人類の遺伝子に猫耳尊重遺伝子が組み込まれたとか与太話も。どうでもいい。上手くやってる同属への単なるやっかみだ。

 

 

「大通りはお前たちの縄張りではない。お前の婆さんのものでもだ」淡々と語っている保安官補に「でも……だって」と魔女の一人が不満そうに、しかし、弱々しく抗議するが「行政地区内で私的な縄張りを主張して他者を脅かし、または金銭を恐喝する行為はポレシャの刑法に触れる……言いやすくすると犯罪だ」言いきられて口を閉じた。

「……分かるか?誰のものでもない」保安官補の言葉に若い自警団員が、腕組みしながら、うんうんと頷いている。年嵩の自警団員は、なぜかルーの頭を撫でた。

 

「このポレシャと言う土地で、人々の暮らしやすさを維持している調和と尊重の意味を流れ者たちや破落戸どもは全く考えない。精々が羊みたいに大人しい人間ばかりだからと解釈し、好き勝手に振舞う。暴力をすぐに事態解決の手段に使い始める。まるで、おのれの特権だと言いたげに」向き直って丸太の椅子に座った保安官補が見つめてきたので、魔女っ娘たちが震え出した。

 

「言い分を」ルーへと保安官補の視線が向けられた。ルーは緊張のあまり欠伸をした。それから恐怖で吐瀉した。ストレスを覚えるとそうなる。反芻動物だから。それが保安官のズボンに懸かった。

「……マギー」ニナが書類を書いていた手を止めた。

「子供の喧嘩。見れば分かる」保安官補は、意外にも気にした様子もなく「トリス。顔を洗って、水を飲ませてやりなさい」と告げた。

 徒弟トリスがホッとしたようにうなずいて、ルーへと寄ってきた。

 一、二歳年上のお姉さんニナは、魔女っ娘たちの鼻に脱脂綿を詰めながら、窘めるように説教を始めた。「反省文を書いてもらいます。それと学校へも通う事。さぼりがちだと聞いている」

「シーマちゃんのお婆ちゃんが!」「腰をやって!」「稼がないと!」

 

 佇んでいる山羊角ルーに、コップで水を与えられた。「まず、口の中を濯いで。まだ水はあるから」トリスは穏やかに話しかけてきた。

 温い水だけど今日は涼しい。言われたとおりに口を注いで、それから二杯目を呑んだ。美味しい。三杯目も飲む。

「まだ飲む?」言われて断りかけてから、やはりもう一杯だけ貰った。腰から吊るしたブリキカップに移し替えて陶器のコップは返すと、ちょびちょびと喉に流し込む。

 

 ニナは魔女っ娘たちと会話している。

「地区の外れで、二人暮らしだった?」

「です。お父さんは酔っぱらった夜に、ゾンビに噛まれて。母さんは多分、若い男のところへ」魔女っ娘の一人が返答している。やはりコスプレにしか見えない。

「ジークさん。補助申請書もらえます?」とニナ姉さんが年嵩の自警団員に言い、「用意しておこう」と日時を決める。

「それとパンかな。それとスープ」独り言のようにニナが呟いてから、「鍋はある?」と魔女っ娘に尋ねた。頷いたので「これから、週に一度。パンを取りに来なさい。ただし、一か月だけ。それと補助を受けられるよう、自警団の詰め所で」

 

 

 ルーに対応したのは、徒弟トリスと猫耳ココだった。ずっと面白そうに眺めてた猫耳ココに、ルーは少しだけ恨みがましい目を向けてしまう。

「商業許可証は?」トリスが大きな単眼を瞬きながら尋ねてきたので、ルーは、ない、と首を振るう。

「そのうち、短期の路上販売だけでも取っておくといいよ」とトリスが言った。

 手元の書類を一瞥しながら「手数料は掛からない。物売りを把握する為のものだから、申請書を書くだけだ」

 沈黙を続けるルーに対して「役所が嫌い?」と首を傾げて、トリスが尋ねた。

 それなりに洞察している。やはり。ぼそぼそと恥ずかしそうに「……字を書けないの」ルーが告白すると、トリスは天を仰いだ。

 

 猫耳ココがルーの財布の中身を確かめた。ルーは生唾を呑んだけど、そのまま返却された。所持金。六十通貨は大金だ。日銭としては。

 だけど、金を抜かずに返してきた。世の中に悪い衛兵や警官は一杯いる。土地によっては、そっちの方が多いと感じるくらいだ。ただ、猫耳ココと徒弟トリスは、手先だけど、悪い官憲ではないかもと思えた。ルーが、そう思いたいだけだろうか。

 

 財布の中身を見た魔女っ娘たちが、ぶつぶつと呟いている。

「沢山稼いでる」「縄張り荒らしやがって」

「毎日稼げる訳でもない」とトリスは取りなすように呟いた。

「稼げなかったら、街に立たないと……」言ってたルーの頬を涙が零れ落ちた。止まらずに鼻をくすくすと啜った。

 罵っていた魔女っ子たちが沈黙した。

「うちらよりハードだ」「どうする?」囁き合っている。

 

 机に積まれた何冊かあるノートの一つを取り出し、保安官補が尋ねてきた。

「しばらくいるのか?」ルーは頷いた。

「二、三か月か」尋ねられて「分からない」と返答する。

「字は読めるか?」首を横に振るう。

 猫耳ココがメモを開いて上司に手渡し、にゃあ、と鳴いた。

 保安官補は一瞥して頷くと、山羊角ルーに向き直った。 

「街中や比較的、危なくない廃墟に野鼠や栗鼠の罠を仕掛けて回収する仕事がある。

 知り合いの浮浪児たちが副業で引き受けているが連中、人手を欲しがってる」

 

 ルーは涙を止めた。仕事の話だ。ぐしぐしと瞼の下を袖で擦る。山羊娘ルーを眺めながら「僅かに危険はある、と言ってもここ五年。死人は出てない」と保安官補が補足した。

「給料は高くない。週に二、三日。上手くすればその日の飯代は稼げる。

 秋までは途切れずに続いて、他の仕事も兼ねるなら、生活の足しになる」悪い話ではないとも聞こえたが、実際にやってみるまでは分からない。

 上手い話に聞こえて賃金の少ない見習い期間があったり、食事や寝床で随分と引かれたり、そんな話だって少なくない。領主が善政を敷いていたり、法律がしっかりした土地でも、どうやったって影は生まれる。

「やるかどうかは、お前次第だ。そこから先は、自分で切り開け」保安官補は突き放したように冷淡に、そして少し疲れたように告げた。それで却って、信じていいかなともその時のルーには思えた。

 

 

――――――――――

 

 

七月中旬_20123都市通貨

 

 

 所持金が、やっと20000越えた。やったぜ!

 

 

 

 

 

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