生きていれば、手強い敵と出会う事もある。丘の陰から蛮族たちが襲撃してきた時、装弾済み燧石銃《フリントロック》を背負っていたことにリジィは感謝した。
つい先刻、同行者のマギーが銃弾を込めるように指示していたのだ。
(こういう時、やたらと勘がいいんだよな、あいつ)
金儲けと戦勘に関しては、かつての隊長《ハウプトマン》、勇剣士ヒルダを凌駕しているかも知れない。人間的な魅力もある。とは言え、無条件の信頼を寄せるには、狡猾に過ぎるところが欠点だ。
相手の歯の見える距離、とは昔からマスケットの有効射程に言われる言葉。叫び声を上げながら突っ込んでくる蛮族戦士に狙いを定め、胴を撃ち抜いた。次いで剣を引き抜き、飛び掛かってきた二人目と刃を合わせて(……っ鋭い!二人目が本命かよ!)どうやら、最初に飛び掛かってきた若僧は、マスケットの弾丸を浪費させるための囮だったようだ。
リジィは、切り結ぶ。相手も女だった。乳房を剥きだしに、蛮族には珍しい金髪。攫われた女が子を産んだのかも知れない。リジィの生まれた村でも、人狩りに攫われた女がいて、十数年後に倒した人狩りの少年が、その女のペンダントを身に着けていたなんて話が残ってる。写真の攫われた叔母と、リジィの殺した少年は、よく似ていた。嫌な記憶がちらりと脳の片隅を掠める。
リジィの手にした小剣――カッツバルゲルは徐々に早く、鋭くなっていく。ヒルダは一瞬で緩急をつけるほどの達人だった。大抵の敵は付いていけなかった。
装甲鎧を着込んだ怪物――銃弾も効かないクリスティーネ・モンデューソンと出会うまで、ヒルダは――いや、忘れろ。クリスティーネは、今は味方だ。そしてヒルダも、『この先、敵味方に別れても躊躇うな』と常々、言っていた。最後までお供できたことは光栄だった。隊長。
女蛮族の両手の斧が目まぐるしく、動き回り、しかし、リジィのカッツバルゲルが一瞬、素早く相手の左内腕を切り裂き、ついで右からの斬撃を受け止めた。リジィは身体を捻り、蹴りをくれる。つま先の鉛を仕込んだブーツ。下腹に効いた。崩れ落ちる蛮族。すぐに止めには走らず、腕を切り裂き、戦闘力を奪ってから、横に回り込み、飛びながら首を切り裂いた。震えながら、ため息を漏らす。
すぐに立ち上がると周囲を確かめる。ニナが手斧を持ちながら、敵を防いでいた。
かなり手強いようで押されているが、顔は固く守っているし、敵の鈍らな刃は防刃コートを抜けないでいる。とは言え、苦しそうではあった。
マギーの相手も相当な手練。マギーの周囲には二人倒れていた。位置関係が妙だ。弾痕を受けて倒れてる奴が些か遠い。多分、最初の奴が囮と見抜いて、二人目を打ち倒し、眼前の敵は手斧で倒したか。マギーならそれくらいはやってのける。
七人目。最後の蛮族と斬り結んでいるマギーを助けに行こうとして「ニナを!」マギーに叫ばれた。指示通りにリジィは、ニナへと向かった。こちらに向き直った蛮族へと襲い掛かる。リジィを迎え撃って切り結び、獰猛に笑っている蛮族の背後から、マギーが斧で切り倒した。七人目は、もう倒したようだ。
「少し手強かった」肩を竦めたマギーは、傷口を水筒で洗ってから消毒液を振りかけ、弱めの鎮痛剤を注射した。
「正直、鎮痛剤を使うほどの傷ではないが、効果を確かめるいい機会だ」などと言ってる。リジィは荒い息を整えながら、カッツバルゲルを杖代わりに寄り掛かって、最後に大きくため息を吐いた。
「二人とも無事か?ニナ。それにリジィも」新手を警戒してか、視線を周囲に走らせつつ、尋ねてくるマギーに頷きを返すと、リジィは歩き出した。
「こいつらだけかな?」と考え込んでるマギーを横目に、一人一人に念入りに止めを刺すと、蛮族共の持ち物を漁り出す。
鞄の中身をひっくり返すも「碌なもん、持ってねぇな。こいつら」と吐き捨てる。
「銭はねぇのか。銭は……なんか、売れそうなもんは」舌打ちしてから、持ってた刃物を布で包んで、鞄に仕舞いだした。
「おい、止せ。どうせ大した金額では売れんぞ」止めてくる雇い主マギーは金持ちだからだ。それに安定し過ぎて傭兵としての感覚を失いたくもない。
「戦利品は勝者の権利だろぉ」リジィは言い張った。戦利品漁りは、傭兵にとっては神聖不可侵の儀式である。なまくらな刃物でも、数があれば一週間かそこらは喰えるのだ。だが、熱弁しても、マギーは肩を竦めるだけだ。
「浪漫がない奴だな。スネイクバイト。今は足で稼いでいるが、そのうち、座っていても金が入ってくるようになったら、ぶくぶく太らないようにしろよ」とリジィは意地悪く言った。
※※※※
十月に入ると、ズール郊外の家畜市も馬や牛、驢馬を扱う辺りは大分、寂しくなってきた。塩漬け肉や燻製肉を作る豚は冬越えの前に値上がりしやすいし、厩で冬を越える驢馬などは冬の前に処分したがる者が増えて、多少の値下がりをする。
(買うにも、持つにも、まだ早いかな)と判断つつも、マギーは驢馬たちを見て回っている。可愛い子が多い。まだ買う予定はないが、ある程度の目星をつけておく。
価格は650都市通貨から。豚や鶏、家鴨に山羊などが値上がりする一方、驢馬などは多少安くなる時期だ。外れを掴まされたとしても、余程に悪くなければなんとでもなる金額だ。驢馬が病気なりで普通より早く死んでも、多少働いてくれたならそこそこに元は取れる。マギーたちは、すでに日銭を追う行商人ではない。驢馬一頭の早めの損害を織り込める程度に稼いでいた。
リジィは丘越えの道に同行させた。わずか半日での丘陵の横断。地図を眺めながら多少、遠回りもしたし、難所を潜り抜けもしたが、怪物の目を盗む危険な場所は経由しなかった。もし、リジィが他の同業者に抜け道を売ったら、マギー&ニナ商会は破滅である。もっとも、涼しい顔をして命綱を握らせたことは悟らせなかったが。
最悪、リジィを殺すことも視野に入れている。利益や権益の為、殺人や暴力は正当化されるのかは、常に難しい問題だ。
マギーやニナだけでなく、部下や徒弟たちの人生だって懸かっている。もし、秘密を守るなら、リジィもまたマギーにとっては保護の対象になる。命綱を共有した相手をどう扱うべきか。権益を持つに至った側として、幾らの金額で、幾らの利益までなら、己の牧草地を脅かされた報復は正当化されるのか。法律や道徳に悖るか、叶っているかで変わるのか。それとも、生存競争ではどうなのか。
(……いや、考え過ぎかな)マギーは苦笑を浮かべた。年に二万通貨から三万通貨は確かに大金だが、親しくなった相手を口封じしてまで守ろうとするほどの既得権益ではない。丘越えの抜け道とて、一つではない。他の商人たちも持っている者はいるし、必ずしも安全ではない。時に屍者や変異獣、巨大な蠍などとも遭遇する。簡単に真似られるなら、同業者に脅かされている筈だ。すると、逆にある程度は、リジィに抜け道を洩らさないように釘を刺しておいた方がいいかも知れない。
致命的ではない。他にも抜け道はあり、他の商人たちも幾人かは抜け道を知っているが、それぞれが知られたくはない。リジィも秘密を守ってくれ、と頼んでおいた方がいいだろう。それなら裏切りに誘惑を感じる程でもなく、信頼される訳だからな。
そのリジィは、家畜の囲いの傍で、同業の傭兵たちと話し込んでいる。特級とか言われる凄腕たちではなく、ランツクネヒトやマスケット傭兵と言った、一山いくらの浮浪傭兵たちだ。本隊が解散し、生き残りが別の隊に吸収されたと知った時には、リジィも流石に意気消沈していたが、マギーはニナと二人で夜通し慰めてあげた♡
今は大分、立ち直っているように見える。昨晩のリジィは「マギーのものになりゅからぁ……」と腕の中で蕩けた表情で言ってくれた。これでお前も仲間だ、と信頼出来たら、どれほどいいか。肌を重ねた程度では、口で何と言おうが、必ずしも人は味方にならない。普段から、遅配せずに給与を払い、真っ当な仕事を与え、よく話し合って初めて、まあ、仲間になってやってもいいかな。くらいに思うものなのだ。
実際、マギーはそれを口に出してもいる。つまり、給与を支払い、真っ当な仕事をして、生活を保障し、よく話し合うつもりです。リジィも思う所があったら、言いなさい。それと、私を見放したり、裏切る前に、相手が今の雇い主よりもマシか、考えてみてね。とお願いしました。物質と精神的充足の両方を満たしていれば、人はあんまり裏切らない。マギーは過去に、仲間に裏切られた経験がある。所属していた傭兵団は、二つに割れた。次の仲間たちはいい連中だったが、マギーたちを逃がすために隊商は壊滅した。人は裏切る。同時に信じられる者たちもいる。だけど、掛け替えのない仲間も死ぬことがある。結局のところ、信頼には維持費が掛かると言う平凡な結論が、人間不信と人間への期待の両方を抱えたまま、歩き続けるマギーの答えだった。
※※※※
「マギーはおられんぞ、今はズールにおられる」留守役のジーナ・
ポレシャは町外れ地区の裏通りに、行商人マギーの住居は建っていた。出入りする者は意外と多い。参事からの使いに、保安官事務所からの伝令。地区の顔役や自警団員が合議や寄り合いに呼ばれもするし、マスケットを求める労働者や農民たちもやってくる。牧者たちがチーズやバターを届けにもくれば、困窮した近隣の者らが訪れれば一抱えもある大きなパンを施しもする。
「あれで忙しい方だ。何の用件があるか知らんが……」現に書類仕事をしていたジーナ・
肩を落としたルーがとぼとぼと帰ろうとすると、そこに帰宅した料理番のリリーが「ええんやでー」とルーを呼び止めた。
「なにがいいのだ?」とジーナ・
椅子に座って林檎を齧るルーの前で、鍋に火を入れたリリーは、「マギーはな、好き嫌いするからあかんよ。カブラが嫌いちゅうて口も付けへん。あいつはいつか罰が当たります」
「そう言う訳で蕪と肉団子とチーズのスープやでー。マギーには勿体ないから上げません」小さな机を持ってくると、湯気を立てる皿をルーの前に置いた。生唾を呑み込んで、大人を見上げる。「めしあがれー」エプロンと眼帯を付けたリリーが微笑んだ。ジーナ・
食べながら、ポロポロと涙を零したルーだが、実際のところ、大した用件では無かった。単に道が分からなかったから聞きにきただけだ。ポレシャ市は存外、巨大な領域である。防壁に守られた南の【市民街区】から始まって、拡張されたように市民街区に付属してる【門前町】。かなり離れた北で、周囲の廃墟に対する橋頭保のように位置する【中町】。さらに北でかなりの広さを持つ【町外れ】の四つの地区に分かれている。
中町に行きたいのだが、道が分からない。ルーが泣きながら事情を話すと、ジーナ・
誰か大人に頼もうかとも考えたリリーだが、帰り道がある。なので「一緒に中町に行こうな」と提案した。「お人好しもいい加減にすれば」と首を振るうジーナ・
マギーの行商団は、自由都市から持ち帰ったガラクタや資材の大半を、市民街区にある馴染のジャッコーニ雑貨屋へと持ち込んで売却している。価格交渉は行わない。マギーは常連でパオロ爺さんとは気心も知れており、互いに妥当と思う金額をすでに決めてあるからだ。商人の中には交渉を楽しみとして毎回、値切ってくるものもいる。考えることが多い身には辛い相手だ。
行商を始めたばかりの頃、マギーは他の店も廻ってみたことがあった。何度か取引した後、マギーはため息を吐いて「分かった。それでいいよ」と相手の言い値で売り、それきり、二度と取引をしなくなった。廃市街やら外地区ほどに話にならない商人も多くなるが、中町の店商人が提示していたのは、実際のところ、そんなに悪い金額でもなかった。ただ、神経をすり減らして旅を終えた後に、もう一勝負、神経を張り詰めさせるのにマギーが耐えられなかっただけだ。ただ、其の儘だと嫌ったと思われ角が立つかもしれないので、弁解はしておいた。嘘を吐く理由も無いので其の儘《まま》、正直に緊張に耐えられないのだと告げただけだ。兎も角も、そう言う理由で中町のボネッティ商店は、マギーに振られてしまったのだった。
ところがボネッティ店主のオネスタおばさん。利用者たちには案外、評判がよろしい。特に、市民区画のジャッコーニ雑貨店は敷居が高いと遠慮しがちな下層地区や廃市街の
一方で行商人や廃墟探索者《ルインハンター》でも、量を扱う者たちはジャッコーニ雑貨店を利用している。マギー行商団の徒弟たちも近隣の農村。或いは露店や屋台、農家などで仕入れた雑貨やがらくた、資材を売る時も、ジャッコーニ雑貨店である。それなりの量があるし、おおよその値段が決まっている。時間当たりの労働単価などを考えれば、人数のいる徒党ほどに、小さな品の交渉に三十分から一時間も掛けてられないのだ。
ジャッコーニにも、ボネッティにも出入りしてないのは、三下と言うのが近隣の
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十月上旬_22939都市通貨