十一月に入ったが、特筆すべきことはなにも起こらなかった。日中が氷点下を下回る日が増えたにもかかわらず、良質な防寒着を得て、一日の歩調を慎重にすることでマギーと仲間たちは、相も変わらず自由都市ズールと往来して行商を続けていた。自由都市ズールから次々と到着している労働者の一団に関しても、廃市街にある巨大なビルを中心に、幾つかの市営避難所や簡易宿泊所に分散して宿泊させている。薪や食料も届けられており、問題も起きていない。
マギーは武器商人を営みながら、ときおりポレシャの鍛冶屋で腕の立つ職人に銃の部品を注文し、自由都市へ運んでは燧石銃や火縄銃を持ち帰っていた。どうやら工房の職人たちの腕前も随分と上達したようで、燧石銃の機構もより品質が上がり、故障も少なくなってきた。黒色火薬の売れ行きも好調で、貯め込んだ紙幣と銀貨、銅貨を市民街区の両替屋まで運ぶのに苦労するほどだ。数えた現金を金庫に収めるのを手伝っていると、「これはマギーちゃんから預かったものです」と言われた。中にぎっしり詰まった銀貨や紙幣、その他の通貨に思わず身震いをする。
半分ほどは牧羊やら市営の遊技場など堅実な事業への投資に回しているそうだが、床が抜けそうなほどの大金を前に、むしろ空恐ろしさすら感じ始めていた。傭兵時代にもっと大きな額を預かった経験はあるも、それは隊としての報酬であり、個人で数千通貨を好きに扱える身の上となった状況に、正直なところ戸惑いも覚えてもいた。
徒弟トリスと猫耳ココも露店で順調に売り上げを伸ばすほか、手製の鼠罠の木箱や手巻き煙草もそれなりの売り上げを上げていた。二人は稼いだ金を地面に広げて、ニヤニヤ笑いを浮かべていたが、次の日には狭いポレシャ市の何処で調達してきたか。怪しげな人形やら、戦車やらを買い込んで玩具箱に突っ込んでいた。そろそろ大人に扱われる年齢でありながら、食い縛った歯に涎を垂らしながら「人類絶滅ビーム」「にゃがああー」などと遊んでいるのは、保護者として心配になる。人類を憎んでいるのかな?まあ、廃市街育ちや村の爪弾き者の変異者だもの。それくらいの歪みなら可愛いものだろう。
小屋は暖かい。十一月の寒さに充分、耐えうる暮らしやすさだ。四六時中、火も焚かれている。水にも不足はない。水キャラバンで毎朝、かなりの水を買ってきては、風呂桶二つに貯めて蓋をしてある。これに砂と小石、砂利、炭と脱脂綿、布を詰めた浄水器で濾したものを飲んだり、さらに煮沸して湯冷ましにして飲んでいる。金がある生活とは全くいいもので、ジゼルは瞬く間に適応した。こいつ、本当に何もしない。
仕事のない日。出入りするルーは、料理の手伝いをしたりしていた。火の傍に四六時中いるルーは暖かいが、ふわふわの巻き毛が気に入ったのか。猫耳ココはゴロゴロ言いながら、よく上に乗っている。ルーは嫌がる様子も見せずに、絨毯の上に転がっているので、一見、ぐったりとしてる山羊の少女の背に丸まってる猫耳ココを見かけるとギョッとする。
黒猫ココも、巻き毛のルーもややふっくらしてきている。お古の服を貰ったし、ルーは寒さに強いらしい。日中は歩き回ったり、働きに出ている。ジゼルは、やや太った。飯を喰って、寝るだけだから当然の帰結だ。一度、咎めたら「可哀そうな、ジゼルぅ。追い出されるんだよぉ。いとしいしとぉ!」などと壊れた薬缶(密造酒蒸留器の残骸)に抱き着いて、嘘泣きし始めた。そう言うキャラクターでもなかっただろうに。11月一杯は、置いてやると約束したので仕方ない。12月以降は、簡易宿泊所に行くので、それまで我慢である。
「トイレが暖かいのはいいね!火の傍でうんちできる!」金属皿の炭火をトイレに持っていったジゼルが叫んでいた。「いいから黙ってしろ!トイレットペーパーを使い過ぎるな!」マギーが叫び返してぶつぶつと呟きながら首を振った。
薪も詰まれている。二か月をぶっ通しで火を焚ける量だ。盗みに来る恐れ知らずはいないが、マギーは金があるので、水も薪も困ることがない。
「あたい、この家の子になりたい!」「んん、断固拒否するぅ!」
全員、着膨れしている。いい服なので、動きやすさを保てる程度の着ぶくれだ。ジゼルにも、古着を貸し与えている。小屋の中で暇な時、ルーはよくジャグリングしていた。炭団子やドラム缶ストーブから少し離れて、四つの玉を器用に宙で動かしている。「うまいもんだねぇ」トリスが言うも、ルーは首を横に振るう。「四つだと駄目。お金を取れるのは五つから」だから練習しているらしい。
壁に寄り掛かっていたマギーが「ルー」と呼びかけてきた。財布を取り出し、数枚の銀貨を取り出すとルーの掌に握らせた。戸惑いながら見上げるルーに「皆の無聊を慰めてくれたお礼です」と告げる。
屋外で過ごすのがやや辛くなってきた季節。布を張った窓とランタンの光の下。室内では思い思いに暇を潰している。サイコロを転がしたり、本を読んだり、ラジオの音楽に耳を傾けている。リクエストをラジオ局に出すこともある。よい文化だ。
『次のリクエストは、ヒルダ隊長最高さんから……』
それでも雪が降って全員が屋内にいる時など、トイレなどで外に出る時は、必ず、二人か三人で武装して出ていく。住処としての守りは固くとも、地区の外れ。屍者や巨大蟻、野犬が出るかも知れない。手斧やクロスボウ、マスケット銃なども壁際に置かれているので、流石に少し手狭だ。
「来年は、家を広げるから、今年は我慢してください」マギーの宣告にジゼルが「嬉しい、お姉ちゃん!」三十路も見えてきたマギーが眉を顰めた。「誰がお姉ちゃんですか。あなた、何歳です?」殆んど同年代のジゼルが「16歳」言い張った。
※※※※
暖かく、水にも食べ物にも困らない生活を味わってしまえば、春夏は路傍に転がり、廃屋に寝起きしてるジゼルがとち狂うのも無理はない。邪悪で力のあるやつらは、他人の住処を力づくで奪おうとする。弁えてるジゼルは、まだ可愛いものだ。弁えてるかな?
なんと言っても、マギーの住処には相当な防備が整えられている。敷地の境界には胸ほどの高さに土嚢が詰まれており、拾ってきた鉄格子も設置されていた。
小屋は飾り気なく、土台さえも簡素な作りだったが、鉛管や鉄筋などを埋め込んだ木板の壁の頑丈さは折り紙付きで、分厚い雨戸の付いた窓は銃眼として機能するよう配置されていた。内部にはクロスボウに手槍が場所を持っても木箱に積まれ、燧石銃《フリントロック》が壁から生えた簡素な木製の出っ張りを銃架《ガンラック》代わりとして、立てかけられている。雨の日は別としても、野犬やコヨーテ、巨大鼠の数匹くらいなら、あっさりと打ち払えるだろう。いや、屍者でも歩屍者《ウォーカー》の五匹やそこらなら、簡単に殲滅できる武装が整えられていた。地区の庶民の家屋でこれほどの武装を持ち、安心できる家は滅多にない。普通に生きていれば、どうしても影のように付き纏う怪物への恐怖と危機感が、マギーの家で寝起きしていると随分と軽くなるのは間違いない。
小屋の奥には、ドラム缶ストーブが付いている。湯を沸かしたり、調理も出来る優れもので料理番リリーの手伝いをルーはしていた。芋や人参の皮むきをしたり、単純な作業を延々と飽きずに続けている。寒い季節は煮込み料理やスープ、シチュウばかりが増える。揚げ物は贅沢に油を使うし、ドラム缶ストーブでやるには危ない。豚肉が安く出回る時期でもあるので、焼肉と野菜をパンに挟んだ料理も時々は作られる。
食事時には、床に絨毯と座布団を敷いて皿を並べる。小屋は狭い。マギーとニナ。ジーナ・
ルーは配膳の手伝いもしている。料理の皿を一つ一つ廻す。それからリリーの傍らに座った。
「今日は大勢やから、豆料理になりました。明日にはパンと野菜が届きますけど」リリーが言うと「肉が食べたいですね」マギーは不満げにため息を漏らした。
「豚が値上がりしててな。鶏は見かけんし」リリーが言うと、マギーは哀しげに豆をつついた。
「そういや豚飼いたちが、お前さんに話があると。なんでも、近くに変異獣見掛けたから退治して欲しいとか」ジョージアが言い出して「変異獣は、手に余りますよ」マギーは首を振った。
「ああ、勿論、豚飼いたちも人数出す。それに援護の銃兵欲しいらしい」ジョージアは言葉を付け足した。
「豚飼いたちが七、八人。半数はクロスボウと火縄銃。それに暇してる浮浪者《ホーボー》と
「それなら話は別ですね」マギーが、仲間たちに視線を走らせた。
マギー自身とニナ。ジーナ・
出没してる変異獣は中型が二、三匹。多くて四、五匹だと推測されていた。
妥当な線だろう、とマギーも頷いた。小型変異獣の一、二頭なら豚飼いたちが自力で対処できるし、それ以上の群れとなると人を恐れず被害が出始める規模だ。
「俺も行くよ」と参加を表明するジョージアに「燧石銃《フリントロック》は?」マギーが尋ねると「散々、叩きこまれたさ」ジョージアは口の端を上げた。
「よし、それなら一応、話だけは聞いてみましょう。上手くすれば、豆料理とはおさらばです」肯いてるマギーに、料理番リリー「豆料理を馬鹿にしたらあかんです」
「馬鹿にした訳ではないですよ」マギーが肩を竦めると「これで冬を越えた人も多い、大事な食材です」リリーが言い張り、「豆料理は好き」とルー。
リリーが笑った。ジョージアも笑う。
「いい子や。うちの子にならん?」と隻眼のリリーがルーを抱きしめながら囁いた。
「なるぅ!」真横でがつがつと飯を食べてたジゼルが叫んだ。
「うわ!きたねえ!」ジゼルの対面の用心棒リジィが己の皿を庇いながら、慌てて飛び退った。
「ジゼル!そもそも子供やないやろ!」リリーが突っ込んだ。
「ばぶぅううう!」ジゼルは力強く主張してる。「あたち、ベイビィいい!」
「図々しいベイビーだなぁ。少し働きなさいよ」ニナが言うと「働いたら、この家においてくれる!?召使になりますよ、えへへ」ジゼルは躊躇なくマギーに媚びを売る。
「……すげぇな、こいつ。無敵かよ」リジィが呆れて首を振った。
咳払いしたマギーが隻眼のリリーに鋭い視線を向けて「相手もあってのことですよ。反対はしませんが、他の保護者がいるでしょう」
※※※※
山羊のうんちは丸い。小さな玉が幾つも転がる。ルーのうんちも同様だ。健康状態を確かめる為、ルーはじっとうんちを眺めて考え込んだ。異常なし。だけど、火の傍のトイレに慣れてしまうとお尻が寒い。トイレットペーパーもいいものだ。普段は、古い布で拭いて、何度も水洗いするのだ。棒とか葉っぱとか、使える者はなんでも使う。
旅芸人フェルトン一座の宿営地には、馬車に集まる者たちが半減していた。半分ほどの者たちが、冬を泊めてくれる農村や農場へと散っていったのだ。
それでも晩秋の町で稼げる者たちも少なからずいて、今も天幕を尋ねてきている。
ルーは足音を立てながら団長の天幕へと向かった。会計係と団長が火の傍に居たので、肩掛け鞄をごそごそと探ってから、銀貨を取り出して差し出した。
「ほう」と団長が目を瞠った。銀貨を受け取ると、帳簿を取り出し、ルーにも見えるように帳簿の数字と日数を書き加え、ルーの持っている手帳のページの数字も書き換えた。
「よく稼いでいるな。いいパトロンを見つけたか」団長の言葉に、巻き毛のルーは頷いた。
「お前の芸に金を出してくれるのかな。それとも、働いているのかい?」団長の問いかけにルーは、メェーと鳴いてみる。なんとなく。
「そうか、良かったな」団長は心底、嬉しそうに頷いた。それからルーの着ている暖かそうな服を眺めると「春になったらどうする?私たちは南に戻るのだがね。どうやら、お前さんはこの土地に留まった方が稼げそうだね」帳簿を眺めながら、団長は言い出した。
「貸しは残ってるがね。一人で立派にやっていけるかな。離れたいと言うのなら無理して引き留めんよ」突然の団長の提案に、ルーは戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「ああ、いや。まだいい。まだいい。ついてくるなら、私たちも嬉しいからね。
お前は仲間だ。ただ、好きにしていいと。それだけのことだよ」団長は目を細めると、シルクハットを被りなおした。
団長の天幕を出たルーは、鼻を蠢かせてキキを探した。保安官補の住処で料理番リリーから貰った林檎を分けようと思ったのだ。キキはいつもは昼くらいの時間帯にいるのだが、他の天幕をのぞき込んだり、馬車の物陰を探すが見当たらない。
天幕で寝込んでいる団員が目を見開いて起き上がったので、悪いと思いつつ「ごめんね、キキを知らないかな?」「さてなぁ。今日は見てないかな」と呟くと再び寝転んでしまう。ルーはフラフラと探していると、天幕の物陰から人の話し声が聞こえたので近寄っていった。
「いい話だろ?」ナイフ投げのピーターが、巡業
「どう見たってヤバイ話だろ。下手したら、町の軍隊が……」レスターは渋い顔をしている。
「出てこないさ。軍隊と話は付いてるんだ」ピーターは断言した。
「誰とだ?」とレスターが胡散臭そうにピーターを眺めた。
「それを聞いたら、後戻りできないぜ」ナイフ投げが勿体ぶるのに「なら、聞かない」と
「分かったよ。フェイルノートのお人だ」囁くようなピーターの声に「おい、俺は聞きたくないと言ったぜ!」怒ったように詰め寄る気配がした。
「待てよ、聞いちまったら仕方ねえだろ」笑いを抑えつつも、宥めるようなピーターの声。
「ふざけるな。フェイルノートだかなんだか知らねえが、俺の知った事じゃねえ。勝手にしやがれ、だ」レクターが怒鳴り、吐き捨てる。
「おい、待てよ。人を集めると約束しちまった。もう、お前さんの名前も頼りになる奴だと出しちまったんだぜ?」引き留めるピーターに「それはオメエの都合だぜ。ピーターさんよ。俺はモンデューソン家の若様に気に入られて一冬過ごせる話を貰ったんだ。一座を巻き込むような真似は止せ」レスターが激しく言った。
「賞金が入るんだぜ。20000を山分けさ。分からないか、チャンスだ」必死に引き留めるピーターだが「誰か、どうやってその賞金を支払うんだ?え?よく考えろ。上手い話なんかない。俺たちみたいなやつらには特にな」レスターは吐き捨てる。
「フェイルノートだぜ?俺たち旅の放浪者たちの都さ」とピーターは繰り返したが、レスターは地面に唾を吐いた。
「ここで断ったら、どうなるか分からねえぞ。もう、お前さんは聞いちまったんだからな」脅すように繰り返すピーターだが。
「とにかく、聞かなかったことにする。馬鹿な事を考えるな。ピーター」レスターは禿げあがった頭を撫でつつ、「20000だとよ。はっ」鼻で笑いながら立ち去った。
ピーターはしばらく苛々と歩き回っていたが「臆病者が!」怒鳴って木箱を蹴りつけた。
びっくりしたルーは林檎を取り落とした。
「聞いたのか?」ピーターが林檎を拾い上げると、そこにいたルーに目を向けた。
恐い形相で見てきたが、ルーは心が麻痺したように不思議そうに首を傾げた。
舌打ちしたピーターは「さっさと消えろ!」と八つ当たりするように怒鳴ると、頬を張り飛ばした。
天幕の陰から出てきたルーが歩くのも覚束ないほど震えているのを、仕事帰りのキキが見つけて、「どした!?」慌てて駆け寄ってきた。「分からないよぉ」ぐずぐずと泣きながら、ルーは首を振ると、哀しげにメェーと鳴いた。
騒ぎを聞きつけた団長が天幕から駆けつけてきた。泣きじゃくるルーに戸惑いながらも、詳しい事情を聞こうとピーターを探したが、ナイフ投げの男は影も形も宿営地から消え去っていた。
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1D100_66 低いほどいい。ルーは無事である。
80でも無事だった。95で脅されるくらい。
芸人仲間の少女を、具体性に欠ける話を聞かれたから害するって正気じゃないよね。
もっと人の来ない場所で話せって事よ。
十一月上旬_26857都市通貨