黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_102B 裏 万神殿の回廊

 ポレシャ市の下層地区と中町を結ぶ大通りは、万神殿の回廊とも呼ばれている。瓦礫や廃墟の他、無人の店舗や廃屋も点在しているなんの変哲もない一帯には、それほど目立たない忘れられた古き神々の社が幾つか点在している。ご神体は鉄や機械だったり、或いは木石か。神像の時もある。イザベル・ミラーは時々、そこに花を供えに行く。

 

 石積みの低い塚が、牧者たちの祖霊の社だ。雨風に削られた祭壇が一つ据えられ、背後に木々と草が生えている。牧者仲間には、草原にある牧神パーンの神殿やら、牧者の聖人・聖クリストフォロスを信仰しに教会へ向かう者もいるので、余り流行ってはいない。万神殿の回廊に聳える石碑や神像への供え物も、硬貨が数枚であったり、鍛冶の髪には釘や小さなナイフ。機械工は歯車。他に、酒、花。使い古された道具が静かに置かれている石碑もあれば、或いは、役目を終えた武器が静かに飾られている社もあった。

 

 時折、通りすがりの者が立ち止まって、祈りを捧げていた。長くは立ち止まらない。手を伸ばし、冷たい石に触れる者もいる。商人、鍛冶屋、荷運びに労働者、農夫や妊婦が各々の守護神たちに祈りをささげている。時々、歌や音楽、踊りを捧げる者たちもいた。原始的な神々の祭礼と軽んじる者もいる。知った事ではない。

 

 大通りから、横合いに入った路地の奥。廃屋や廃墟に囲まれた空き地に石碑がある。老いた不具の廃兵がただ一人、小屋に暮らしながら守っている小さなクロムの社があった。そこで時々、知己のマギーと顔を合わせることもある。マギーは、なにかと手広く扱っている町外れ地区の行商人だ。元は、賞金稼ぎスネイクバイト団の最初の一人で、今でも戦闘指揮に関しては瞠目に値する手腕を誇っている。とは言え、本業は商人であり、流石に力を貸してくれとは言い難かった。

 

 最近のイザベルは、やや猫背気味になっていた。牧者衆の同輩ジーナ・C(クレイ)と顔を合わせる気に成れず、気持ちが沈み込んでいた。恋人でもない、お気に入りの少年を取られたからと言ってなんだ。そう思いつつも、ジーナのやり方は汚いと憤慨している。よろしい傾向ではない。

 

 偶々、マギーと出会った際、ともかく市の羊皮紙買い取りの件について礼を述べた。マギーは、ジーナ・C(クレイ)とも共通の友人であるが、依怙贔屓しない所は気に入っている。顔色が良くないと尋ねられたので、つい愚痴を漏らしたら慰めてくれた。パオロ参事とスタンフィールド氏にも礼を言うように勧められたので、繋がりがないと肩を竦めると、スタンフィールド氏の邸宅に窺う際、同行するよう誘ってくれた。それでともかくも、スタンフィールド氏とは面識を作ることも出来た。

 

 春先から夏に掛けては、マギーとも滅多には顔を合せなかった。互いに忙しい身である。イザベル・ミラー属するポレシャの契約牧者衆は、幾つかの牧草地を巡って係争中だった。主な敵は、他の居留地に雇われた牧童団や牧者衆。特にスージに雇われたカフ団、流れ牧童のハック団などは際立って手強い。他にトランやミト村と契約した牧者や羊飼いもいるし、ファウヌスと呼ばれる野良の羊飼いたちも少数だが、神出鬼没で牧草地を荒らしまわっている。気の抜けない日々が続いていた。

 

 

 夏の中ごろだったか。万神殿の回廊に詣でたイザベル・ミラーは奇妙に供え物が少ないのに気が付いた。小銭や刃物、鉄の小さな品などが消え失せている。

 社には神職や神官坊主たちが日参するか、近くの庵で暮らしている。酒や食べ物などは回収するが、捧げものは花などでも基本、其の儘にする。まして、小銭や修行の成果の機械部品など、神への捧げもの。数十年でもそのままに置くはずだ。

 

(……供え物泥棒かな)と社に捧げた金や物が不思議と無くなっているとの職工や商人らの噂は、イザベル・ミラーとて耳にしていた。無防備ではあるが、これまであまり盗まれることは無かった。割に合わないからだ。刑法的には大した罰は受けない。ただし、住人の悪感情を別にすれば、である。宗教を軽んじる者はいるが、そうしたものでも、敢えて、他者の信仰は軽んじない。社会的規範として、そして危険でもあるからだ。

 

 時に宗教の違いで戦争が起き、国や封土が興廃する黄昏の時代に、神殿を荒らす行為がいかな感情的反応を引き起こすかを考えれば、余程の馬鹿でも手は出さない。上は市の参事から、下は路傍の乞食に至るまで、町の住人から悪感情を持たれる事がどういう結果をもたらすか。破落戸や廃市街の浮浪児でさえ、よく肝に弁えている。

 

 だから、イザベル・ミラーは、置いたばかりの銀貨がすぐに盗まれた時、廃屋の影から待ち伏せしたように姿を見せて、小僧を背中から蹴り倒したし、すぐ近くに待機させていた二人の部下を呼んで、縛り上げた。

 JJとエジプシャンは、比較的に話が分かる若い牧者だった。家柄でイザベル・ミラーが班長を務めてるも年齢も近く、軍隊の上官と部下と言うより、緩やかな仲間内でイザベルがまとめ役と言う程度の関係だ。

 

 殴りつけた小僧を廃屋へと引きずり込むと、喚こうとするのを再び引っ叩き、黙らせる。

「な、なにするんだよぉ!」怯えて涙目の小僧は、精々が十を幾つか過ぎたくらいだろう。イザベルは胸倉を掴んで、壁に押し付けた。「黙れ!バカな小僧め!」耳元で囁きながら、「あれを見ろ!声を出すな」物陰に隠れたまま、祠近くの小路を指示した。

 

 なにしろ、近くでは冒涜に猛烈に腹を立てた神人や寺男どもが中世の僧兵もかくやとクロスボウやこん棒などで武装してうろついていたから、見つかる前にとっとと捕まえた方がいいと判断したのだ。神人《じにん》や雇われた屈強の寺男たち。メイスや六尺棒を携えて、小僧のいた辺りを探し回っている。

「供え物に手を出すとは。死にたいのか?!」イザベル・ミラーに耳元で囁かれた小僧は、流石におのれの状況を理解したか。顔面を蒼白にして震え上がった。

 

 死の間近な世界、信仰は形骸ではなく、人々は再び神性を畏れていた。一度の小銭の拝借なら、生活の逼迫かも知れず、罪の意識や危険の認識もあろうが、継続的に供物を盗み続ける者は、聖域の持っている重さを理解しておらず、信仰を踏み躙っているのと同義と見做されてしまう。他者の大切を侮蔑してみせるのは、平和な時代も揉め事を起こす行為であり、いわんや死の間近な社会においては、時に殺し合いにすら巻き起こした。普段は冷静で寛大な人物が即刻の処刑を叫ぶこともある。切羽詰まったものが若干の小銭を拝借するなら、見逃されるかも知れないし、元より貧しいものへの温情という側面も確かにあるが、ルーチンのように常習で盗難を続ける者がいるならば、いずれ然るべき制裁を受ける事になる。

 

 寺男たちの目を盗んで万神殿の回廊からやや離れた、街道上の見張り小屋へと引っ張り込んだ。二階には市の歩哨が配置されており、野犬や怪物に襲われた通行人が逃げ込むための見張り所だが、平時でも金を払えば一階を使用できる。緊急時は無料でもある。

「……呆れてものも言えん。親にどういう教育をされた?」イザベルがお茶を飲みながら罵ると、小僧は涙をボロボロと零して「母ちゃんは病気だ。父ちゃんはいねえ。妹もいるし。だから、おいら」

 舌打ちする。椅子に座った褐色娘のエジプシャンは面白そうに短剣を弄んでおり、壁際のJJは沈黙を守ったまま、寺男や神人たちが追ってきてないか、幾度も回廊の方向に視線を走らせていた。

 

「あそこは神々を奉っている社だ。お前、殺されてもおかしくなかったんだぞ」吐き捨てたイザベル・ミラーだが、小僧の荷物を改めてから、取りあえず、手首の縄を解いた。子供だって銃を持ってれば、人を殺せる。だが、持ち物は数枚の小銭と鉄くず、ちゃちな果物ナイフ一本だった。

「何処から来た?メレー地区か、コフィン地区か?地区の仕事はないのか?」外地区の名を上げて尋ねてみるが「分からねえ。おいらたち、村って呼んでる」

「新参者だよ。だと思った」エジプシャンが囁いてクスクスと笑った。

 憮然としたイザベルがエジプシャンを睨んだが、かと言って、ミラー家だって他人を雇うような余裕はない。裕福ではあるが、家には既に召使いの老婆を置いてる。死ぬまでずっと雇い続ける。イザベルの祖父も年を取ってきてる。寝込んだら、それで一杯一杯だ。

 

 イザベルは頭を掻いてから「お前、名前は」と小僧に尋ねる。

「エ、エルマー」怯えてる小僧エルマーを、イザベルはじっと眺めた。盗みをしたよそ者の小僧を助ける価値はあるだろうか。

 怯えていて、薄汚れており、腹を空かせているが、両親や妹の話も、同情を引くための出鱈目かも知れない。きっと、他に困ってる地元民も少なくない。だが、エルマーの服はボロボロで所々、薄く色褪せていた。浮浪者《ホーボー》や乞食よりも臭い。旅塵と垢、それに汗に固まっている。旅をしてきたのだろう。長い旅を。洗濯をする余裕もない。靴は破れて、足の先が覗いている。

 

 見張り台を出て、四人で下層地区へと向かった。びくびく、おどおどとしているエルマーにイザベルは訥々と質問を繰り返して、エルマーの言う『村人』たちがポレシャの壁外に集落を作って暮らしていると知った。

 遠くの村から来たこと。寒波で畑が駄目になった事。種籾も食べた事。村を捨てた事。村人たちはそれぞれに分かれて大きな町を目指したこと。家族の話も尋ねた。矛盾はないが、何処でも耳にするようなありふれた悲劇だ。

 

 三十分ほど歩いて町外れ地区にたどり着いた。イザベルはエルマーの腰に結んだ縄を外した。

「駅舎に行け。エルマー。町外れ地区の駅舎と言えば、誰でも分かる」イザベルは少し躊躇ってから、言葉を続けた。

「そこで水キャラバンのバイロンという男に会って、イザベル・ミラーの紹介だと言え。簡単な掃き掃除とかにゴミ拾いに混ぜて貰えるはずだ。それで、食事と小銭は貰えるはずだ。行け。そして二度とやるな」イザベルは告げた。

 

「わ、分かった」エルマーは後退ると、さっと身を翻して埃っぽい下層地区の街並みへと消えていった。

「どうかな?」JJは首を傾げていたので「分からんよ」とイザベルは吐き捨てた。

 エジプシャンが、ヒュー、と口笛を吹いた。「優しいねぇ」

「黙るぞな、もし」イザベルは鼻を鳴らした。名とは信用だ。エルマーが盗みをしたり、悪事を働けば、紹介者イザベルの名が多少は落ちる。善意にもコストが掛かる。多少の分の悪い賭けで、しかし、負けてもイザベルは致命傷ではないが、エルマーの家族の話が本当なら猶予はすくない。信じた訳ではないが、落ちてもいいと考えた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 吹きすさぶ風は冷たく、空は高かった。夏が過ぎて、秋の入り口が見える頃から、曠野は急激に寒さが増してくる。晩夏の最初の雪が路傍にまだ残っていた。引き連れていた羊たちを牧羊犬たちが誘導していたが、悪戯ざかりの子羊が群れを逸れると水壺を運んでいた少女たちの一人の突っ込んでお尻を嗅ぎだした。

 振り返った少女は珍しいデザインヒューマンで山羊の角と目を持った獣人だった。その子も鼻を蠢かせてふすふす子羊の匂いを嗅ぎ始めたが、隣のお嬢さまっぽい少女が「もう」と腕を引っ張った。他に猫耳の子や単眼の子もいてマギーのところで見たような気がしたが、イザベル・ミラーは謝りつつ、子羊を呼び戻した。

 

 牧者衆や牧童、羊飼いの集団ごとによって活動は異なっているだろうが、イザベルたちの牧者衆は、契約しているポレシャ市を中心に活動している。春から秋に掛けては生活の半分を市で過ごし、残りの半分を遠征して牧草地で羊たちに草を食べさせながら過ごしている。

 

 ポレシャ市は曠野有数の穀倉地帯であり、膨大な麦わらが副産物として産されている。 羊や山羊、牛と言った反芻動物は、麦わらを消化できるものの、やはり飼葉としては牧草地の若草には遠く及ばない。特に若い牧草は、タンパク質とミネラルが多く、消化しやすいので、羊を太らせたり繁殖させたりするにこれ以上の食べ物は無かった。冬は干し草や麦わらで凌ぐが、春から秋は放牧して太らせる。ポレシャ周辺には複数の放牧地があり、数日単位で往復しているが、現金収入をもたらす羊が財産であるならば、羊を養う牧草地はまさしく黄金の湧き出る魔法の泉であろう。それはつまり、牧草地を所持する者たちは、際限なく有象無象らに狙われ続けると言う意味でもあった。

 

 市に帰還した牧者たちの足取りは重たい。負傷者も出ていた。足を撃ち抜かれたリックを病院へ送り届け、それから羊たちを市民街区の防壁内にある畜舎へと預けると、疲れた足を引きずって中町や町外れ地区の借り部屋や小さなアパート。そして地区郊外の我が家へと三々五々に散っていった。イザベル・ミラーはしかし、一応の隊長なのでこれから報告書を書かないといけない。羊を何頭連れて行ったのか。何処の牧草地に向かい、弾薬を何発使ったか。戦闘はあったのか。毛布や天幕、薪と食料の損耗。それらを把握しておかないと市も戦闘遂行の援助などが出来かねるのだ。

 

 黄昏の時代、小さな小屋であろうとも、家持ちは素晴らしい贅沢だ。貧しい放浪者には廃屋に入り込んで夜を越える者もいれば、木賃宿で雑魚寝であったり、簡易宿泊所に並んだ二段ベッドに寝起きしている者もいた。大部屋のベッドのひとつが住処で、枕元の櫃の中身が全財産という自由労働者も珍しくなく、部屋を借りてる者はかなりいい暮らしをしている。しかし、これは相応に安全が保障された正規区画の話であり、もっと快適な住処を探し求めて、廃市街で廃屋へと潜り込んでいる渡り人(オーキー)や浮浪者《ホーボー》らも多かった。街路の屍者が彷徨い、変異獣が壁や床を掘りぬいてくる廃市街でおのれの安全を確保できるだけの力或る者はそう多くないが、人数が集まれば、共同生活もそれなりに営めるものだ。

 

 牧者たちは、それなりの住処を持っていた。羊飼いの免許持ちには、住居に補助が出るので、かなり安く宿屋の寝台を借りたり、羊の群れを持つものは部屋を借りたり、持てたりもする。イザベル・ミラーは小さな家に祖父と二人暮らしだ。いや、牧者衆から老メイドを引き取っているので、三人暮らしというべきか。

 

 

 道中、地区の路上にマギーの一党を見かけた。ニナと私兵二人を連れている。部下のジーナ・E(エクルストン)が槍の穂先に一抱えもある巨大な狼の頭を突き刺していた。群衆が騒《ざわ》めている。農村を襲っていた群狼の一匹だ。マギーの私兵は揃いの軍服を着ている。武装は燧石銃《フリントロック》で統一しているが、後込め式ライフルと弾薬も備蓄しているのをイザベル・ミラーは知っていた。普通は武器商人が私兵を持てば、警戒される。だが、マギーのそれはむしろ拡充を歓迎されていた。

 

 怪物たちを、借り尽くす程ではなく、定期的に駆除しているからだろうか。上手いと思う。受け入れさせる空気作りや時節をよく計算している。凡人ではない。加えて、地区の住人や農民らにやや高めだが良質なクロスボウやマスケットをばら撒いている。これで多分、上層部からも拡充を許容されていた。他者に不安を抱かせない立ち振る舞いと、牧者たちの方が難しい立場にあるとは言え、好ましいタイミングで戦い、望んだ戦果を引き出して、着々と戦力を増大させる計算高さ。牧者衆の長老たちがあの半分でも賢ければな、と羨ましく思った。

 

 路上には絶えず土埃が舞っていた。エジプシャンが唾を吐いた。それから「いいね、抱かれたいな。スネイクバイト」などとほざいている。顔は可愛いのに動作は妙にチンピラっぽい。確かにマギーの好みかもしれないが、使える仲間を引き抜かれたくなかった。JJは考え込んでいる。と、地区の彼方から一際、大きなざわめきが伝わってきた。

 

 瞬時に、街路の空気が帯電した。イザベル・ミラーもJJ、エジプシャンも街路の隅に拠りつつ、ライフルを撃てるようにしながら、逃げ込める場所がないか視線を走らせた。周囲でも鋭いものは、老若男女や貧富を問わず、武装を引き抜き、あるものは物陰に遮蔽を取り、あるものは素早く屋根に昇った。大きな騒めきは危険の兆候だ。屍者が発生して複数を噛んだか、変異獣の群れが踊り込んだか。巨大蟻や人間の襲撃者なら、警報の鐘が鳴らされるはず。しかし、悲鳴は聞こえてこない。悲鳴を上げるのは愚か者ではあるが、断末魔も聞こえてこない。松明が近寄ってきているのが見えた。怪物でないとすれば、暴徒だろうか?暴動?税が低く、かなり公正で治安も良いポレシャで?

 

「涜神者!涜神者だ!」叫び声が聞こえてきた。なおも警戒も解かないイザベル・ミラーだが「神殿の供物を荒らしていた盗人を捕まえたぞ!火炙りにしろ!」口々に叫びながら群衆が進んでくる。イザベル・ミラーは立ちすくんだ。忘れていたエルマー少年の事を思い出す。先頭には神々の祭司たちや下人の神人、寺男らが混ざっている。すると警戒していた者らも武装を納めながら、見物するかのように通りに出てきた。ポレシャ市で――少なくとも行政区画での私刑は滅多に見られない。数少ない例外が宗教的権威が絡んだ犯罪だったが、それでも火炙りは一世紀以上は行われてない筈だ。

 

 

 保安官助手の一人が飛び出した。「止まれ!賽銭泥棒で火炙りだと!」と問いかける。

「ここ最近、十度も荒らしていた奴らだ!生活に困って一度、二度を盗んだ訳ではない!」杖を持った祭司が叫び返した。

「集団で塚を荒らし、咎めた老祭司を袋叩きし、止めようとした寺男が一人、腹を刺された!神々を侮り、人倫を蔑み、法も踏み躙った!これらの罪人を見逃してはならぬ!」群衆が怒りに唸った。少なくとも群衆の三分の一ほどは。

「まあ、待て。待て!ったら!三つ!三つ聞きたい!」保安官助手が叫び、静まり返った。

「一応、聞くがその中に市民権の所有者。正規居住権の所有者はいるか?」

「おるまい。知らぬ顔ばかりだ」祭司が返答すると、神殿方向からやってきた群衆の中から、縛られた男女が突き出された。若い少年少女もいた。すすり泣いている。

「では、登録された労働者は?」保安官助手が尋ねると祭司が「見知ったものはいるか!」と群衆に尋ねるが「知らんな」「よそ者だ」「外地区では?」「おい。あんな奴ら、知らねえよ」ざわめきだけで誰も答えない。

 保安官助手が唇を舐めた。「では、三つ目。全員が袋叩きに参加したのか?止めようとしたものはいなかったか?」祭司が考え込んだのが見えた。寺男や顔を隠した神人たちと耳打ちし、ぼそぼそと話し合い、それから少年少女のうちの三人を引き出して「その者たちには、棒打ちの刑を科すとしよう」保安官補の方に突き出した。

 

(……いや、最初の二つをいないだろうな、と思いつつ、処刑方向を容認する問答で、三つ目で譲歩を引き出たのか?)分からない。兎も角も、イザベル・ミラーが前に出ようとする最中、「火刑の準備だ!未成年は絞首刑!」祭司が叫んだ。顔が見えない。人ごみが多すぎる。前に出ようとするも興奮した群衆のうねりに疲れた体は弾き出されそうになる。

 保安官助手と自警団員たちが、三人のすすり泣いている少年少女を人ごみから連れ出してきた。エルマーはいない。イザベル・ミラーが藻掻いてる中、人ごみは町外れ地区のさらに外れへと向かっていった。女の絶叫。男の咆哮。子供の泣き叫ぶ声が入り混じった。「ああ!やめろ!やめてくれ!やめろぉ!」慈悲を懇願し、叫ぶ悲鳴が徐々に遠ざかっていった。

 

「くそ!ああ、もう!」叫んで藻掻いているイザベル・ミラーの腕を誰かが掴んだ。ハッとして振り返ると強張った表情の少年――エルマーがそこにいた。

「……おいら、やってないよ。あの時の礼を言おうと思って……」恐怖に喘ぐように言った少年の傍らに妹だろうか。幼い少女がやはりエルマーの服の裾を掴んでいた。

「お兄ちゃん……」掠れた声の妹に対し「……おいらは、盗みはしてなかっただろ?ちゃんと働いて。この人に紹介して貰った仕事で。な」妹を抱き寄せながら、エルマーは呟きを繰り返した。妹は兄の腕の中で何度もうなずいてしがみ付いた。イザベル・ミラーはよろめき、後退って、近くにあった木箱の上にへたり込んで、ため息を漏らした。エルマーは運が良かった。捕まったら、最良でも袋叩きだ。死ぬかもしれない。そして似たような事情を抱えていたに違いない。きっと依怙贔屓なのだ。それでも、今は、エルマーが無事でよかったと思った。

 

 

 

 

 

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