ガルダ領からの亡命者一行が、北方の自由居留地圏へとたどり着いたのは、六月に入った頃だ。丁度、夏至の少し前だったけれど、夏の盛りにも関わらず小春日和の様に穏やかな日差しを覚えている。地面が乾いて土埃が激しかった。噂通りにポレシャ市には、恐ろしく長い壁が地平に沿って続いていた。
セシリアは、ガルダ人一行の最年少であった。小娘だが、男装して小姓代わりに働いている。ガルダの領主一族は基本、かなり真っ当な価値観と人格の持ち主だが、封建文化の主持ちとして、セシリアには上位者の顔色を窺い、他者の発言の裏を読む癖がついていた。小姓にも向き不向きがあって、ただ従順になっても、委縮だけしてもいけない。機知と機転で主人を楽しませつつ、発言は慎まなけばならない。直接の発言は許されない為、頭の中で言葉を何通りにも解釈する。地位が低く、発言を許されない小姓たちのゲームだ。特に少女の小姓は、今だけだ。女には女の権力があるとは言え、男と違ってそれほど出世できる訳でもない。
ついて早々、自由市場に入った破落戸めいた屋台商人たちから酷い目に遭わされたが、地元の女の子と衛兵に助けられた。(此処で終わりかな)と思いつつも、諦めずに最後まで行動できたおのれを褒める。
(セシリア、頑張れ。お前は、出来る子、負けない子。今回もきっと生き残れる)
旅の途中、何度もそうしたように言い聞かせる。おのれを褒めるのは大事だ。誰も褒めてくれないから。出来て当たり前で、失敗すれば叱責だから、せめて自分を肯定し認めておかないと壊れそうになる。でもそれは、きっと他の大人だって同じ。助けてくれた衛兵さんは、傷だらけの相貌でハンサムとは言えないが、愛嬌のある顔立ちをしていた。少しときめきを覚えたが、恋人持ちだった。それはそうだ。議会衛兵と言うのはいい仕事だし、黄昏の時代、頼りがいのある男性は早めに売れるものだ。
兎に角、まったく幸いなことに、地元ポレシャ市の有力者たちは亡命者一行を受け入れてくれた。予てよりの相互避難者保護協定とやらのお陰で、衣服に食べ物、水に薪。その上に住むところまで世話してくれた。親切過ぎて恐いほどだが、理由が分からない。姫さまは『流石、ご先祖さまじゃ』などと言って安心しているが、しかし、自由主義の理念と協定という紙切れ一枚で、これほどの身銭を切るものだろうか。八人もの他国者の生活の面倒を見る――それもかなりまともな暮らしを支えるのは、豊かな町にだって相当に重たいはずだ。
セシリアはどうにも違和感を覚えたが、口にはしなかった。崩壊前の本を読むまでもなく、議会政治家にだって色々といるのは想像がついた。庶民の負担をなんとも思わず、金をばら撒いておのれの良心や権益を太らせるだけのものもいるだろう。とは言え、老参事の笑顔ながらも此方を見据え、推し量る目からは、そんなある種の人の良さや偽善は嗅ぎ取れなかったけれど、セシリアはまだ小娘なので、なんとも判断が付き難い。制度に教条主義か、積み重ねる連続性に価値があるのかは別として、
或いは、協定はポレシャ人たちにとって、それだけ重たいのかも知れない。
姫さまは、天幕暮らしに少しだけ不満を漏らしていたが、老執事に窘められた。
とにもかくにも、誰だって生きていかなければならない。セシリアも疑問を棚上げして、まずは亡命先に馴染んで、生活費を稼がなければなるまいと覚悟を決めたのだ。ここら辺、しっかりしているようでも貴種のアーシア姫や侍女のイサラさんと違い、セシリアは村のお嬢さまでも、しっかりと地に足の着いた農民の娘である――と愚かにも己ではそう思い上がっていたのだ。
※※※※
曠野は乾燥した内陸部だが、ポレシャ東の湖地域に近くになると標高も下がり、幾らかの狭い湿地帯や沼沢地が広がっている――と伝聞ではそうらしい。水を湛えて酸素が少なく、湿っており、植物の分解が遅いという環境から、泥炭が産出するのではと目を付けて探し回っている探検家たちもいるが、成果は芳しくない。また、現地の森の民に湖上の家船型漁民、或いは廻船業者、自治都市を呼称する廃墟ラクエルの奇妙な住人たちに小規模な近隣自治惣村などが悉く非協力的であるからポレシャ市や貪欲なトラン市、
ポレシャ市の主な燃料は小枝や枯れ枝、木こり団のもたらす薪と炭焼きたちの炭である。他に隊商がもたらす若干の石炭と褐炭もあるが、どちらかと言えば、家畜の糞の方がまだ需要が高いだろう。そう言う訳で乾燥させた牛糞や馬糞は肥料にもなるし、市内でも安めの値で販売されている。牛糞や馬糞は其の儘、土を肥やすが、灰として撒いても多少の効果が出る。これらは寒い季節は勿論、一年を通して毎日、市内へと運び込まれるものなので仕事にあぶれることもない。荷役だけでなく、牛糞など仕入れて町外れや自治地区で売る小商いもあった。
半日くらい拘束される代わり『良い仕事だ』と張り切ったセシリアであるけれど、一緒に働いた男連中は、矢鱈と話しかけてはくるし、セシリアが女たちに話しかけても無視されるか、憎々しげに睨みつけられた。セシリアは良くも悪くも教育を受けて、礼儀作法も身に着けている。 そして若い娘や女たちにとって、こうして男たちと一緒に働ける場は、出会いの場所でもあったし、困窮している後家にとっては見繕う場所でもあった。
出だしは、いきなり躓いた。ポレシャ市のみならず、大抵の大きな町では、労働人口はおおよそ十五、六歳からだ。あくまで南方諸邦に比較すればだが、流通が整い、食料に余剰のある自由居留地圏では、余り労働の役に立たない半人前の少年少女を働かせるよりは、徒弟として修行を積ませるか、学校に行かせた方が将来的に役に立つと考える風潮があった。行政地区では
「いい所のお嬢さんに見えるがね」そんな風に話しかけてきてた中年男性がある日、セシリアの手をいきなり掴んできた。
かつてない怖気がセシリアの背筋に走った。「ひゃわをえあ!?」よく分からない叫びと共に、恐怖で必死に振り払う。セシリアは行政地区の登録労働者たちよりもいい服を着て、市民のように所作が良かった。鹿の群れに一匹だけ羊が混ざったようなものだ。零落れて金を欲しがっている。男に媚びを売る尻軽の小娘。悪意を持って流された二つの噂が合体して、男と寝て金を貰ってるとなるまでさほどの時間は掛からなかった。幸いと言うべきだろう。誤解を察した男はすぐに手を放して謝ってくれたが、他のものがこれほど物分かりがいいとも限らない。こうなっては獣糞運びの仕事で働くことは出来ないだろう。
農民や放浪民、廃墟生活者たちは、それほど年齢に拘泥しない。身体で結婚できるか、働けるかを判断するが、セシリアは見目麗しい娘には違いない。地元にいた時から、密かによからぬ誘いをかけてくる者はいたが、賢明にも回避していた。ポレシャではさらに露骨になった。声を掛けてくる男が――一部、女も――何人かいた。
少し伸びかけた髪をまた切ったら、面倒ごとは減ったが今度は女が増えた。銀貨を提示されて、部屋に誘われたことも一度や二度ではない。それでも幸いと言うべきか。ポレシャ初日を覗けば、強引に迫ってくる男女はいなかった。断れば、普通に引き下がったのは、まだ民度が高いのか、セシリアが慎重に付き合う相手と、働く場所を選んだからかは分からない。ただ、若い娘が一人で生きていくのは、ポレシャ市でも大変だろうな、と暗い笑みを浮かべた。おのれが何時まで純潔を守ってられるか、自信もなかったのだ。
さて、自治区や廃市街の若い男女と顔を合わせない職場となると、どうしたってセシリアが出来る仕事は少なかった。薬草取りにしろ、野鼠や栗鼠などの捕獲にしろ、土地勘やら罠なりにそれなりの知識や服装、仕事道具は必要であったし、水汲み、水売りの賃金は、残念だが、大した金にはならない。得られる飲料水を覗けば、生活の補助が精々だ。
機織りは機織り機が不可欠で、果樹摘みなどの季節限定の仕事を除けば、残ってるのは土木作業や排水路の浚渫、荷運びなどのきつい仕事で、体力のない女子供の賃金はたかがしれてる。落穂拾いなども賃金は貰えない現物支給だが、元々が女子供の為の作業で時期は限られている。何時も募集してる木こりや鉱夫の手伝いとなると、廃市街で育った少年少女やら、農村でも貧しい浮浪農民の子供などが三か月なり半年なりと勤めるしごとで、セシリアには厳しすぎた。
農村に赴いたとしても、事情はさほど変わらない。収穫期の後には、畑を耕す仕事があるけれども、大きな麦畑となると殆んど軒並みに、牛馬に重量犂を引かせて一気に耕している。耕作に作男《ファームハンド》を雇うのは小さな農家が多く、賃金も余り高くない。寝床と食事付きで村の通貨で4~8通貨。長期の仕事になると、一部には賃金がもっと抑えられる農家もあった。長期間の仕事に有り付けるだけ、ありがたく思い給へ、という理屈らしい。
混沌の中世や大恐慌時代のように仕事の口を求めて町から町へ、村から村へと彷徨っている放浪者が大勢いる時代で、かと言って、小村落に幾らでも人手がやってくる訳でもない。旅をするだけでも危険な大地であった。
結局、市からの配給チケット頼りに水屋から水を運び、薪を買い付けるのを除けば、セシリアは大して役に立たなかった。地区から割り振られる路上の掃除の手伝いなどで時々、駄賃を貰う程度で、それは殆んどの同年代と同程度の働きだったのだが、セシリアには無念である。一方で侍女のイサラだが、素晴らしい刺繡などを作り上げていた。豊かな平民が多い自由居留地圏の市《ブーグ》であるから、それなりに高値で売れるかも知れない。伝手さえ見つかれば、稼げるだろうか。
お嬢さま然としていても、それはそれとして曠野の農家の娘だもの。死んだ獣だって処理するし、度胸もある。野犬や巨大鼠が目の前にいても泣き喚かずに戦う気持ちはある。そんな風に自負を抱いていたセシリアだが、金は稼げなかった。ただ飯を喰って糞に変換するだけの生き物である。己が全くではないにしろ、無駄飯ぐらいであることには忸怩たる想いを隠し切れなかった。それに悪意を叩きつけられるのは些か堪えた。故郷に戻れない辛さに、南からの刺客に追われる恐怖も付き纏っている。
深夜――赤の他人に罵られ、どうしても耐えられずに敷地の隅でぐすぐすと泣きべそを掻いた夜が一度だけあった。目に包帯を巻いた兵士ボーモンが黙って近くに腰を掛けた。「……うるざがったでずか?」セシリアが鼻を啜りながら聞くと、杖を手にしたまま、静かに首を横に振った。「ご、ごめんざい……役立たずで」
「誰かにそう言われたのかい?」聞いた兵士ボーモンが、「いいえ」という返答を聞いてから「本当の役立たずがここにいるぞ!」とピシャリとおのれの頭を叩いて笑ってみせた。セシリアが思わず吹き出すと「それでいい」と頷いている。盲《めしい》たボーモンこそが不安である筈なのに。
「ありがとうございます」と気持ちを立て直したセシリアは微笑んだ。
※※※※
それでも、新たな友人が出来なければ、セシリアも或いは、鬱屈に心折れてたかもしれない。単眼のトリスと猫耳ココはモイラ保安官補の行商人としての徒弟で、新参者のガルダ人の少女にまったく親切に振舞ってくれた。碌にポレシャの地理を知らないままでは、セシリアは下層地区も歩き回れなかったし、中町や市民街区へ赴くことも出来なかっただろう。当初には市法が機能する行政地区と荒っぽい自治区の境界さえ分からずに、野犬や巨大鼠が徘徊する廃市街へと足を踏み入れていたかもしれない。
時々は、二人の商いの手伝いをして僅かな駄賃も得た。門前町と市民街区は、市内の他の地区と違い、瀟洒な煉瓦造りや石造りの住宅に商店が並んでいる。小さな倉庫に宿屋、居酒屋。通りの外れにも木造の厩舎、鍛冶屋。薬品を使う染め物屋や皮革店、炭焼き小屋があって、騒音を巻き散らしながらも賑やかな小さな村のようになっていた。専用の井戸を有した市民や正規居住者の為の区画でもあり、煉瓦の防壁に銃眼と掩体が設けられて見た目にも頼もしい。怪物や賊に対する守りも傍目にも堅そうで、傭兵団や恐ろしい略奪者《レイダー》でさえ、正面からの力攻めは躊躇うに違いない。
門前町に赴いて、蚤の市の路傍で毛布を広げ、パック入りワインや瓶ビール、チョコレートを並べる。コーヒー豆に剃刀、若干の塩や砂糖、胡椒。煙草に葉巻。缶に入ったコーラ。蒸留酒もある。包帯や消毒液、抗生物質に風邪薬。商売の真似事は性にあった。セシリアの物腰の柔らかさと落ち着いた所作が、市民や裕福な住人相手の客商売ではいい方向に働いたのだろう。楽しかったが、あくまで駄賃仕事だ。売り子以上の仕事も任せられなかった。ただ、それでも地区の道順や町中の施設の色々を覚えるには有意義な経験になった。
正直、商品の数は少なめだ。どれも庶民にはちょっと贅沢な品で、自由都市の小売価格と同じか、少し安いか高いかといった値札を付けていた。どれも庶民にはやや贅沢な品で、自由都市の小売価格と同額か、少し安かったり、高かったりする値札を付けていた。トリスによれば、親方マギー――どうやら保安官補らしい――が自由都市で仕入れてくる代物だそうだが、あっという間に売り切れる。地元の良い地ビールやどぶろくも売っているが、一日か、二日。三日目は殆んどが品切れとなる。
積み荷は持ち帰らない。親方マギーは――もう、その言い方でいいかな――門前町に小さな店を持っている。棚の有る小さな店舗で、しかし、店で売るほどの品は仕入れていない。中途半端に開けたり、閉じたりするよりは、露店のままでいいと考えているようだが、帰宅時の在庫は置かせてもらっている。
門前町で鍵を掛ければ、早々に泥棒には入られない。何故なら、商店街の屋上には紙薬莢などのライフルやボルトアクション、レバーアクションにリボルバーライフル、クロスボウを携えた見張りたちが夜っぴて、侵入者を警戒しているからだ。数軒に一軒ではあるが、裕福な居住区となるとその警戒は、同じ行政区画である筈の町外れ地区とは比較にならない厳重さだ。
ともかく、親方マギーは、なろうと思えば何時でも店舗持ちになれるそうで、小なりとは言え、門前町に店を持つ町商人ともなれば、その社会的身分や信用は、一介の行商人とは比較にならない程、跳ね上がるそうだ。もっとも、その店の棚に置くだけの仕入れを確保できない現状、店を持つ気はなさそうだが。
商売は楽しい話ばかりでもない。話の通じない妙な買い手もいれば、招かれざる客人もいた。破落戸たちや、廃市街の浮浪児たちなどは親方マギーを恐れているそうで近づかないそうだが、他の行商人の徒弟や露天商、棒手振商人など一部だが、トリスやココたちに嫌な目を向けてくる者たちもいた。セシリアにはどう言えば分からないけれど、蚤の市には毛布一枚敷いて野菜や釘、空き瓶などの露店商をずっと続けていながら、口を糊するのがやっとの商人仲間もいれば、二十年、三十年も丁稚小僧めいた雑用を続けているうだつの上がらない徒弟もいるそうだ。
親方マギーは本格的に行商を始めてから四、五年。自由都市から良質な品を一定量、仕入れられるようになったのは、此処三年ほどの話らしい。憎むほどの深刻な話じゃない。そんな繋がりも人生の交差もない。だけど、目に入るのはどうしようもなく不愉快なのだろう。特に同じ露天商であるのが。だから、セシリアたちは思案を凝らしてみた。露天商を止めたらどうかな、と。親方マギーに話を通すと、数日経ってから『好きにしなさい』と了承して、材料も用意してくれた。
正直な話、(この保安官補。切れ者っぽいのは外見だけかな?)と思ってたが、行商人としては間違いなく腕利きだ。小さな小屋を何軒か建てられるくらいの資材を町へと持ち込んでくるそうで、こんな人材が二、三人もいたら、小さな村が数年で町になるだろうな、と感心する。
女大工のミルカに頼んで、木箱をくっ付けて作れる屋台を作ってもらった。そして屋台に商品を並べる。見た目だけでも、路上販売の小さな店風になった。出しっぱなしでも盗まれはしない。その程度には治安がいい区画で、屋台商人は露天商たちとは舞台が違った。以前よりは、此方を見る目の険も減ってきている。摩擦は消えないけれど、軽減された。それが大事だとトリスも満足げに笑って、猫耳ココもゴロゴロと喉を鳴らした。
そうして六月、七月と過ぎて、八月となっても秋のように過ごしやすかったけれど、真夏にも拘らずこんなに涼しいのなら、冬はどれほど冷え込むのか、少し恐ろしかった。