同じ職種に属している集団――例えば、旅芸人の一座などにしても、実際の形態は徒党ごとに様々に異なっている。家族のように繋がりを保っている一座もあれば、雇用形態を取っている一座。季節ごとに集まっては散る一座と、共に長い歳月を越える一座。利益分配型もあれば、座長個人の私有財産に近い形態もある。企業が常に最適とも、家族経営が古いとも限らない。制度や治安、国家、税制などと組織形態は相互作用する。
例えば、木こり団などにしても、数人の気の合う仲間で結成した団もあれば、親方が木こりたちを雇用している企業型の団もあり、農閑期の村人の出稼ぎ衆も存在している。傭兵隊にも契約を重視する隊もあれば、血縁を中心とする隊。信仰や人種、民族に出身地や共同体を由来とする隊もある。各々に利点と欠点があり、それぞれが効率的で合理的な側面を持ち、非合理的な側面も抱えている。歴史の一時期、企業型組織やギルドなどの形態が優位を占めたのは、当時の社会において管理する側が税制や法などで優遇したからで、特に形態が優れていたからではない。国家が強い社会なら企業や法人が有利となろうし、国家が弱い、或いは信頼できない社会なら血縁や共同体が有利となる。治安や税制で最適解は変わる。社会の発達の度合いや中央集権、地方分権の強さによって、どれがもっとも過ごしやすいか、最良か――一長一短であり、これと正解がある訳でもない。社会の在り方次第でいかようにも変化する。
保安官補は、ルーには全く意味不明の言葉をニナやジーナ・
保安官補の家で一度だけ、市内で迷わぬようにと大きな地図を見せてもらった。
「最近、やってきた余所者だと、地形を把握するのも一苦労」と猫耳ココが地図を覗きながら目を細めていたし「少人数が、潜り込んだ少人数を見つけ出すのは不可能に近い。役人さえも、新参の全員をとても掌握しきれない」トリスはセシリアに意味ありげに囁いていた。よく分からんけど、その通りだとルーも思う。
保安官補の家では、薪や水を運んだり、料理の手伝いをするだけで日々のご飯と寝床にありつけて、お金も貰えた。毎日の火やスープにも不足はない。肌寒いからと、肌着も二枚。石鹸や毛布も貰えた。リリーは優しい。幸せ過ぎて、死んでも良いと思えた。週末が来たので、貰った賃金と林檎を鞄に入れてフェルトン一座の宿泊してる野営地へと向かった。溜まったツケを払っている為で、林檎はキキへのお土産だ。一座と逸れたてしまったり、団長が町の牢獄に入ったりした時期、ルーが腹を減らしているとキキは何時も食べ物をくれた。逆もあったし、二人とも上手くいかないでお腹を空かせていた時期もあった。
冬景色に寂しくなった街路を、ルーは駆け抜けた。出しなに飲んだお茶とストーブの傍でぽかぽかしていた熱がまだ残っている。殆んどの天幕は片付けられて、路傍の屋台や露店もすっかり姿を消したけれど、段ボールハウスには床下にパレットみたいな断熱材を敷いて、まだ粘っている人たちもいた。分厚い布の大きな天幕や木製のあばら家。それに古い鉄道の貨車には、のんびりと暮らす一家の姿も見掛けたし、道沿いにも開いている住居を兼ねた店舗があって、お客は少ないながらも炭を燃やして暖を取っていた。消えた住人たちは、冬の住処に移ったそうだ。
ルーを見かけて、店番のお婆さんやら旦那さん、店員さんが手を振ってくれた。手を振り返した。保安官補の人望だから、勘違いしちゃいけない。歩き続けて、一座の宿営している空き地が見えてきた。大きな炎が燃えている。空の幌馬車が三台も停まっていて、幾つかの天幕が張られていた。驢馬の姿が見えないのは厩に預けたからだ。牛よりも大きな巨大蜘蛛が白い雪のような綿毛を伸ばしている。下半身は小さな穴を掘って藁の小山に潜り込んでいた。尻から吐いている糸は、それなりの値段で売れる。よく食べる代わりに荷車も引くし、まったく一座の稼ぎ頭かも知れない。
※※※※
「おう、山羊さん。元気だったか」一座の怪力男に出会いがしら、頭をくしゃくしゃと掻き廻されたので、ルーは怒ってメェーと鳴きながら地団駄を踏んだ。さらに笑われた。仲間たちと久しぶりに顔を合わせたが、全員はいない。
「グレイが水キャラバンに潜り込んだ」「ハンナおばさんは、地元商人の娘さんに気に入られた。上手くやった」「レクターは騎士の荘園に泊まっている」そんな近況を耳に挟む。総じて上手くいってないものほど残っている。友人のキキも残っていた。寒い季節に芸人服ではなく、暖かそうなオーバーオールに身を包み、バケツを運びながら欠伸をしていた。
火に当たっているうちに見ない顔も混ざっていた。流れの浮浪者《ホーボー》や職を求める
顔馴染の漂泊民《ジプシー》たちも見掛けた。顔見知りの旅隊は、湿原諸邦でも冬に火と食べ物を融通し合う。とは言え、北の曠野には薪を拾える森や里山も遥かに少なく、泥炭を掘れる場所もない。薪を仕入れきたら稼げたかな、と会計係が算盤を弾いていたが重量もあり、最初から計画を立てれば確かに稼げるけど、中途半端では嵩張るので馬車が痛むと結論していた。豪族の関所もあれば、盗賊もあって、思い切り稼ぐか、赤貧を晒して見逃してもらうか。中々に旨い話はないんだと。
天幕に入ったルーは、団長にツケの払いを済ませる。利息はない。数枚の銅貨と銀貨を受け取った団長から、残り金額も書いた領収書を貰うと、ルーは思い出したように肩掛け鞄を引っ搔き回した。
「おお、なんだ?」戸惑う団長。鞄の底に手を入れたルーは「手紙だよ。旦さんから」くふー、と得意げに保安官補の手紙を手渡した。
「あたしにかね?保安官補が?出ていけとか言うんじゃなかろうね」不安げに受け取った団長が、読んだ途端に、ふむん、と鼻息を吐いて会計係にも見せる。
「薪と炭を安く売ってくれるそうだ。大した量ではないが、薪炭問屋への紹介状だ。助かるよ」
旅芸人の集まりならば当然に北方の出の者もいれば、南方の生まれもいる。流れ者たちが集まった強みだ。漂泊民《ジプシー》や巡礼から話を聞ける。灰の砂漠や蒼月の草原を旅した牧民もいれば、咢の密林での生き抜き方を知ってる部族や狩人。廃墟荒野を越えてきた者もいた。温暖な南なら取りあえず廃屋に潜り込めば、冬を越えられるけれど、単に屋根や壁が残った廃屋に潜り込めば越冬できるような生易しい冬じゃないらしい。経験豊かな旅人たちは首を横に振るって、それでは生き残れない。もっとしっかりした建物でないと駄目だ、と口を酸っぱくして告げてきた。
北に近づくほどに、冬は厳しくなる。高緯度になると十月に差し掛かれば、昼は目に見えて短くなり、夜は長くなる。春と夏は、路傍に寝転び、天幕や泥小屋で暮らしていた貧しい者たちも、秋口には一斉に木賃宿に移り始める。それなりの小屋を持つものは、秋までは家で暮らし、冬は防寒の効いた宿屋で過ごす。裕福な市民たちは冬も家で過ごすが、街路の人出はめっきりと少なくなる。噂には聞いていた曠野の冬は想像以上に厳しかった。それでも夏至祭とそれ以降、ポレシャ一帯の地区や農村、農場から受け取った興行の上りは、一座とみんなの財布を潤してくれたようだし、良いパトロンが付いた芸人たちとなると、村長や農場主の家で春までぬくぬくとした生活を送れるようだけれど、みんながみんな、上手くいってる訳でもない。
曠野の真冬に差し掛かれば、節約しても日10キロは薪が欲しかった。ただ、薪に限っていえば、同居人が増えるほどに効率も良くなる。十人が2キロの薪を持ち合えば、20キロの薪で10人全員が暖を取るのもそう難しくはない。全くありがたい話である。越冬の避難所に転がり込めば、後は食べ物さえあれば、春まで生き延びられるだろう。それに十月から十一月くらいの気温なら、まだ屋外で短時間の軽作業をして、食事を貰う程度のやりくりは出来るものだ。勿論、ポレシャ一帯が過ごしやすい土地というのもあるけれど、団長もそれなりの勝算を抱いて曠野へとやってきたのだ。
それでも、なんとかなりそうだ。皆、冬を越えられるだろう、と安堵したルーは鼻をふす、と鳴らした。冬は稼げない季節だけれど暇なわけじゃない。晩夏から秋に掛けて干し肉や燻製、干し魚を作ったり、火が命だから昼間は薪拾いや泥炭を掘ったりする。まだ使わないでも貯めておく。荷車や鞍、刃物や鍋を修繕したり、道具の手入れも冬の間の仕事だった。衣服や靴も修繕しないといけない。籠編みや縄を綯《な》い、糸紡ぎに木彫り細工――冬の間は、屋内でできる内職をして春になったら売るのだ。
皆でお粥やスープを食べ物を分け合った後、暖めたエールや蜂蜜酒で身体を温めながら、歌を歌う。夜は長い。火を囲んで旅の話をしたり、怪しげな怪談。戦争の話に土地の昔話。春になったら何処へ行くか。年寄りたちが経験を語り、若者たちが友人に将来の夢も打ち明けたりもする。寝床は共有だ。一人で寝るより、雑魚寝のほうが暖かい。天幕でも小屋でも肩を寄せ合って皆で眠る。だけど、ルーは、今年から保安官補のところで働くのだ――これからは、見知らぬ別の寝床に眠るのだ。それもきっと楽しいけれど、寂しさもあるだろう。
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団長の天幕を出ると、キキとブレンダが近くで火に当たっていた。ルーに気づいたキキが、隣を空けて地面をパンパンと叩いてるので座った。
お土産の林檎を手渡すと「ありがたい」と早速に齧り付いた。
「朝から何も食べてなかった。忙しかったから」本当だろうか。食費に廻すお金が無かったのかも。ルーは、週ごとの寝床代と食事代にして貰ったが、キキは日払いにして貰っていた。日払いは計算が細かくなるから、余りツケが効かない。
それにキキは可愛いが、美人はしばしば不幸を招く。特に今のような世の中は。
「上手くやってるみたいだ」とルーの服装を眺めながら言ったので、メェーと頷いた。
丁度、良い機会だと思ったので「ここに残るかも。もしかしたら、多分」と告げた。保安官補の家で、料理番の手伝いとして抱えられるかも、と話をすると「いい人たち?」疑い深そうにブレンダは尋ねてきた。ブレンダは、何時も慎重だ。
考え込んでから、ルーは頷いた。楽な仕事ではないけれど、キツイ仕事でもない。そう言うと「やった!」と我がことのように飛び上がって、祝福してくれる。
「良かった。居場所が見つかったなら、離れちゃ駄目だよ」とも言い「上手くいくといいねぇ」としみじみと告げる。
「役人の召使いなんて、碌な仕事じゃないぜ」憎まれ口を叩きながら、キキは抱き着いてきた。前の冬の病気の時に世話したのに酷いことを言うけれど「嫌なったらすぐ逃げて来いよ。仲間だからなぁ」と鼻声で告げてきた。それが言える精一杯のことだ。放浪生活に疲れて、大きな館に勤める事の出来た姉さんがボロボロになって逃げ戻ってきたこともあった。どうしたって、人生は楽ではない。だから、別れの時は、せめてもの幸運を願って別れるのだ。
放浪者たちは、多分に顔見知りの動向も気に掛ける。誰それが姿を見かけなくなった。単に行き倒れただけなのか。或いは、殺されるか。悪漢どもに捕まり、奴隷として働かされてるのか。人買いに売り飛ばされたか。積み重なれば噂となるが、人買いの密偵や異国の手先も貧困の社会に潜り込めば、仲間を売るものもいる。裏切りの存在を許さないものもいる。警戒する者もいれば、懸念を口にしたものを憎み、口を極めて悪罵する者もいる。得てして、金持ちを邪悪だと見做しながら、貧しい者には裏切り者などいないと不思議と信仰しているのだ。
座長は時々、世界には複数の主体が存在する、と一座の子供らに語った。人買いも放浪者たちの噂に聞き耳を立てている。豪商も、列強も、地方権力も密偵を送り込んでくるだろう。人が集まり、情報が流れ、移動経路があるなら、それを利用しようとする存在もまた現れる。だが、一度、貧しい人々は被害者なのだから裏切らない。弱者の共同体は純粋であるという神話を信じてしまうと、外部勢力が浸透しているかもしれない、という可能性そのものが許せなくなる。国家であれ、宗教であれ、革命運動でも、企業でも、村落共同体でも、『我々の仲間は純粋だ』という前提を置いた瞬間、外部からの浸透や内部の裏切りという話がタブーになる。
人は複雑な現実よりも分かりやすい物語を好む。それを覚えておきなさい。そして、もし冷静に話を聞き、理解してくれるものがいるなら、それは敵でも味方でも、得難い相手となるだろう。そこから先は、互いに信頼と信用、そして利益を天秤にかける大人の世界に踏み込む日がくる。
そんな座長の言葉は、ルーには分からん。座長と保安官補は多分、同類だ。難しいことを考えてる。でも、どうでもいい。正直、興味もない。分かるのは、座長がみんなと同じものを食べて、食べさせてくれることだ。いい大人だ。おのれの知ってることを伝えようとしてる。内容は分からんが、悪意は無いのは分かる。それでいい。
宿営地をうろうろしている者たちのうちには、女芸人ジェシカがいて、行方を晦ましたピーターをずっと探していた。
「ピーターがいないんだけど。別に気になってる訳じゃないんだけど」ジェシカは、ルーにも、恋人を見なかったか尋ねてきた。
「恋人じゃないよ。ただ、少し気になって。あいつ馬鹿だから」呟いたジェシカは、ルーを見て「馬鹿のピーターがごめんね」と本人は悪くもないのに謝ってきた。
ナイフ投げのピーターは先日、突然にルーに暴力を振るった。秘密の立ち話を聞かれたと思って、頬を引っ叩いてきたのだ。単語の断片だけで、ルーに分かりっこないのに。
ルー本人よりも、団長の妹――先代の娘ブレンダが非常に怒って他の放浪者たちに廻状を廻そうとした。全ての放浪者ではないが、緩やかな伝手のある他の旅芸人一座や漂泊民の旅隊に要注意人物としての回覧を廻すのだ。だが、団長が窘めて、ルーに頭を下げてきた。
ルーも根に持つ性質でもなければ、それほどの出来事でもない。それにピーターが少しだけ心配でもあった。気まぐれにせよ、親切にされたこともあったし、なによりピーターは、ジェシカの懸念通りにあまり頭が良くない。計算が出来ないとか、物覚えが悪いとかではなく、短絡的で目先の出来事にすぐに飛びついてしまう。
だけど、少しはいい所もあって、どうすればいいんだろう。子供たちにまだ熟してない葡萄を盗んで持ってきたり、うーん。あの時は、みんな腹を壊した。あと、農民に追っかけられた。恐かった。フスと鼻息を洩らして、ルーは、心配するのを止めた。ピーターはいいの。それよりも、キキが仕事が見つかってない事のほうが悩ましい。
ルーが考え込んでると、隣に座ってたキキがそっと耳元に口をよせて来て「ピーターは放っておきなよ」小声で囁いてきた。
「……それよりも最近、妙な連中が来ててさ」言ったキキは少し脅えているようだ。ちらちらと周囲に警戒の視線を走らせていた。
「妙な連中?」ルーも小さな声で尋ねると「座長が怒鳴っていた」ブレンダが口を挟んできた。辺りを憚るようにやはり小声だ。
「座長が?」驚いた。ルーの知る座長は滅多に怒鳴ったりしない。
「あたしんところの子たちを妙な仕事に誘うなって……」言ったキキはくしゃみをしてから、火へ手を伸ばした。
「妙な仕事?盗みとか?」
「人探しだとか言ってたけど……分からない」キキは首を横に振るう。
「漂泊民《ジプシー》?」時として漂泊民《ジプシー》は、旅芸人を仲間に誘ってくる。軽業師は盗みの達人にも成れるし、芸人の目立つ大道芸は、スリの目くらましにもなるからだ。そして腹を空かせたものには、生き方は選べない。
「違う。いや、漂泊民《ジプシー》もいたけど、見たことのない浮浪者《ホーボー》たちだ。なんか変な連中だった」ブレンダは説明できないと首を振っていた。キキも頷いている。
「どんな人たち?」不安になったルーが膝を抱え込むとキキは思い出すように「自分たちを村人だって言ってた。なんか……妙に、妙な連中だよ。見た目は普通の浮浪者《ホーボー》なんだけど。会ったら分かると思う」
「なんか恐い」怯えたルーは、肩を抱きしめた。