黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

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03_102P 黒騎士強襲

 十一月も半ばを過ぎると、高緯度の乾燥した内陸部では、一日の最低気温が零下12~13度にも達する。早朝は息が真っ白になり、水たまりや桶には氷が張る。

 日中の気温も二、三度まで低下し、日なたは暖かく感じられても、すこし日陰に入ればすぐに冬が冷気の指を伸ばしてくる。これから一月、二月とさらに気温が下がっていく。貧しい者たちは、今から2月までは冬ごもりする。庶民も活動したり、働くのも昼だけだ。火のありがたみが身に染みる。

 

 暖かい時期なら半日で日帰りしていた水キャラバンも、泊まり掛けとなる。水の入った樽を布や藁で覆って保温し、夜には荷車同士を寄せて風を避ける。賊が減る代わり、野生動物は酷く飢えている。黒色火薬の不発や弓の弦が傷みやすい冬場は、特に屍者なども警戒しなければならない。屍者を相手に不発が起きるのは特に危険だ。

 

 氷点下でも水が凍らないように時折、樽を揺らしたりもすれば、夜営では火の近くに置いたりと工夫も重ねる。朝には氷を砕いて、時にアルコールも混ぜる。2~3%のアルコールでも、完全な水よりは随分と扱いやすくなる。水が値上がりして、春から秋に作られたエールなどの安酒の方が安くなる。運搬、流通は困難になり、薪が値上がりして、炭の値段に近づく。市内で薪を買って炭を作る炭焼き小屋が閉まって、金持ちたちもそのまま森の木こりたちから炭を買うようになる。

 

 暖かな服に身を包んで、巻き毛のルーは日々を一生懸命に働いていた。早朝、まだ日が昇ったばかりの頃に起きると、欠伸をしつつ、まずは顔を洗い、うがいをする。

 軽い朝食(温かい!)を取ってから、皆で地区の外れの空き地に向かい、水キャラバンから水を買う。町の子供たち――職人の徒弟や商人の丁稚、労働者の子供たちの役割だ。あまり金のない住民は、湖水旅隊(キャラバン)に参加して二、三日分の飲料水を持ち帰る。そちらの方が大分、安く付くし、力のある若者たちなど樽を借りればさらに沢山運搬できる。金を出し合って複数の大樽や驢馬、荷車などを借りる者たちもいる。樽を載せて持ち帰るのだが、大目に余った水を売って小金を稼ぐものも多い。ただし、野外活動に耐える服と靴がない人は、どうしたって水を買うしかない。

 

 冬は、春から秋で貯めたお金や薪、食料が減っていく時期だ。足りずに借金をしてしまう人もいる。登録労働者は夜逃げしない。踏み倒されないから、年利二割の貸金が幾人もいる。地下経済の金持ちが増えるのは歓迎しないと、市議会ははっきり表明しているから、闇金利の金貸しは滅多に出ない。貸した、貸された、逃げ回る、追いかけるも、一年の終わりの時期の風物詩だ。庶民同士の貸し借りでは、年単位で逃げ切ってしまえば、債務者寄りの判決が簡易法廷で出やすいそうだ。

 

 水キャラバンや水売りは、一年を通して有りつける仕事なので、大きな町は凄いと思うが、残念ながらルーには向いてなかった。稼ぎは運んだ水の量に左右されるのだ。働き盛りの男女が複数の樽に水を入れて荷車で運んでくる以上、ルーのように小柄な娘は、素直に銭で水を買った方が良いと言われた。これも毎朝の仕事だ。足りない場合は普通、往復するものだけど、雇い主の旦さんはポンプ付きの水屋の大樽荷車を呼び寄せて水を買っている。ルーは、そんな贅沢をしたのは初めてだから、びっくりした。自分が何度でも往復して安く買ってくるのにと思うのだが、旦さんは費用対効果がどうのこうの言いながら、皆で火に当たりながら、焼いたお芋やスープ、お粥を食べさせてくれる。ありがたいけど怠け者なので、どうやって沢山稼いでいるのか、ルーの頭では、とんと理解できない。

 

 毎朝を料理人リリーと一緒に水甕やブリキバケツを持って街路を歩いている。リリーが鼻歌を歌うので、ルーも楽しげに見上げている。今朝は、セシリアも付いてきていた。綺麗な服を着てる。時々、泊まり込んで、商いの手伝いをしている子だ。徒弟トリスや猫耳ココは燧石銃《フリントロック》も背負いながら、周囲に神経を配っていた。皆で水を持ち帰るのだ。

 

 その日の朝も穏やかだった。何時ものように樽や荷車の並んだ空き地で挨拶をして、水を貰ってお金を払って、皆でお喋りしながら帰路に付いて。途中、セシリアがお腹が痛いと言い出して瓦礫の後ろに行って、でも五分ほど待っても戻ってこない。顔を見合わせたトリスと猫耳ココが物陰に声を掛けても反応がなくて、急いで見に行ったら、姿が消えていた。トリスは、近くにいた顔見知りの住人に銀貨渡して旦さんたちに知らせるように頼んだ。猫耳ココは匂いを嗅いで、強張った表情で走り出した。ルーもリリーも追い駆けた。トリスや猫耳ココたちは地区の地図を頭に叩き込んでいる。追いかけられない事はない筈だった。

 

 

 

※※※※

 

 

 

 瓦礫の陰でしゃがみ込んで用を足していた。音もなく近寄ってきた皮手袋で口を塞がれ、喉元にナイフを突きつけられた。「声を出すな」囁かれて、静かに頷いた。手際よく猿轡を嚙まされて、ついで目隠しもされて担ぎ上げられた。恐ろしく力強い三人組。ほんの十数秒。屈みこむ前に周囲に視線を配ったし、近場の物陰だってあらかじめ確認していた。屍者や変異獣が潜んでいることが極まれとは言えあるから、そこはセシリアだって油断しない。完全に気を抜いていた訳ではない。なのに、気配を消して息をひそめ、一気に間合いを詰めてきた。多分、普通ではないだろう。

 

(……人狩りだろうか。それとも単に乱暴する気かな?)だらんと身体の力を抜きながら、仲間たちが追い付いてきてくれるだろうかな、とセシリアは思った。袋などに詰められ、馬車に積まれて外に連れ出されたら一巻のお終いだ。ほんの時々、誘拐された子が出入り口の検問などで見つかって助け出される。つまり、見つかって助かる以上に、攫われた子がいるのだ。その時は大人しく奴隷として新しい主人に仕えるしかあるまい。何ごとも生き残ってこそだ。普通の人間にとって、人生とは、嵐に翻弄される葉っぱのようなものだ。攫われて奴隷となるのも、或いは、恙なく人生を終えられるかも、めぐり合わせ次第だった。

 

 ほんの十分程度にも思えたが、目隠しが取られた。暗い部屋。どこか、居住区近くの廃屋だろうか。頑丈な椅子に座らされ、縛られていた。セシリアの目の前には数人の男。いや、女も二人いる。鎖帷子に鉄板を付けた鎧の男女が四人。黒騎士、と呼ばれ、恐れられている暴力の達人たちであり、よく金銭で仮初の雇い主に一時的な忠誠を誓っているが、中には邪悪な主も少なくない。見すぼらしい装束の男女もいて、手下だろうか。禿頭の男が頭を掻きながらほほ笑みかけてきた。「やあ、セシリア。お話ししよう」

 

 

 ―――

 

 

「君はセシリアだ。そうだろう?」耳元で囁かれたセシリアは絶叫していた。左手の指が二本。本来なら有り得ない方向へと曲がっている。食い縛った歯の端から泡を吹き、ずだずだと足を動かしながら、必死に叫んでいる。

「はい!セシリア・ポールです!お爺ちゃんはアダムス・エヴァン・ポール!ジャッコーニ参事が身代金を払ってくれます!」

「お嬢さん。私はそんなことを聞いてるんじゃない。聞いたことに答えて欲しいな」セシリアの頭を掴みながら「お姫さまはどこにいる?」禿頭の男は優しく囁いた。

「え、へへ。知ってる。知ってます」震えながらセシリアは涙目で愛想笑いを浮かべた。

「では、何処にいる?」禿頭の男の質問が投げかけられる。

「あ、あの」セシリアは口籠った。脅えたように視線を左右に動かしながら、涙目をぱちぱちと瞬いた。

「君は根性のある子だ。感心するよ」禿頭の男が促すと、背後の男がペンチを近づけた。

「二千!いや、三千!三千です!お守りの中に身代金保証契約書が入ってますぅ!」セシリアは、おしっこを洩らしながら叫んだ。

 ペンチが伸ばされて「いくらでも払うから、もうやめてぇ!」軽い音が響き渡り、絶叫したセシリアが痙攣して、朝食を嘔吐した。

「お願い。いや、もう痛いのいやぁ。許して……お母さん。おじいちゃぁん」

「凄い子だな。君は」禿頭の男は優しく微笑みかけた。

 

 背後の部下が禿頭の男に「これは、違うのでは?」そっと耳打ちした。禿頭の男が何かを言いかけた時、廃屋の入り口に足音と共に人影が立った。

 小柄な山羊の角と瞳の少女。怒ったようにダン、ダンと足踏みしてる。

「ルー……」セシリアが呟き「駄目!逃げてぇええ!」

 巻き毛のルーは「んーーー!」叫びながら突っ込んできた。

 立ちはだかった女の手に小剣が閃き、躱しざまに頭にたたき下ろした。折れた山羊角が飛んだ。巻き毛の少女が倒れる。女が刃を返して留めを刺そうとし、セシリアが血の凍るような悲鳴を上げた

 

「あんたらあ!」叫びながら、隻眼の女が飛び出してきた。

「仲間か」黒騎士の一人がフリントロックの短銃を取り出し、銃声が二発、響き渡った。一発は入り口から。やはり燧石銃《フリントロック》で発砲した徒弟トリス。単眼に大きなゴーグルを嵌めて、黒騎士を狙い撃っていた。一発は、フリントロックの短銃。頭蓋を撃ち抜かれた黒騎士が、明後日の方向の屋根へと発砲していた。

 

 舌打ちしたもう一人の黒騎士が「グーゴルが戦死!」叫びながら盾を取り出した。重要な中心線に薄い鉄板を張り付けてある。重量はある代わり、角度を付ければ、小口径拳銃やマスケットの一発や二発は弾ける代物だ。もう片手にはフリントロック短銃。女の黒騎士もフリントロック短銃を引き抜いている。

「下がってリリー!」トリスが料理人に向かって叫んで、猫耳ココが冷や汗を吹き出して「にゃああ!」と言いながら、リリーの腕を引っ張った。

 

 戦場は一階。複数の出入り口がある場所を選んだのは、恐らく廃市街を彷徨う屍者の群れに階段を抑えられ、脱出困難な状況となるのを嫌ったのだろう。しかし、だからこそ逆にマギーたちは回り込めた。横合いの窓から三発の燧石銃《フリントロック》が発砲される。鎖帷子を貫通し、禿頭の騎士や盾の騎士がよろめきながらも、短銃を撃ち返した。至近距離での撃ち合い。素早く、身を翻していても、間近を銃弾が通り抜ける独特の音は、歴戦の戦士たちをも竦ませる。

 

 徒弟トリスが二発目を発砲。猫耳ココから借りた燧石銃《フリントロック》は、これも命中し、女騎士の太ももを撃ち抜いた。罵声と共に銃が撃ち返されるも、用心棒リジィとジーナ・E(エクルストン)が胸甲と防刃コートにそれぞれ身を包み、鉄の小手と短剣、手斧二本で窓から躍り込んでくる。

「貴殿の相手は、この私だ。エディシャのガヌロン」目の前に立ちはだかった女のコートは防刃であろう。鉄板も張り付けられている。両手には手斧。ただし、鉄の籠手も付けていて、刃を滑らして指を飛ばすことは出来そうにない。

「ウロボロスか。良かろう」禿頭の騎士ガヌロンは頷いた。

 

 戦況が不利になったとみるや、粗末な装束の女は勝手口から飛び出し、その背にクロスボウの矢が突き刺さった。もんどりうって転がり、苦痛に呻きながら地面を這いずるも、十数秒で二発目が突き刺さった。屋根の上に射手が配置されている。そして各々負傷した黒騎士たちに手練の戦士たちが白兵を挑んできている。入口からトリスの三発目が発砲され、ナイフを取り出した男が肩を撃ち抜かれる。単眼の娘は、全弾を命中させていた。相手の打ち込みを躱したリジィが横合いから鋭い一線。腕を砕かれた騎士の手から、盾が取り落とされた。戦闘は短く、苛烈であった。

 

 振り下ろされたガヌロンの剣だが、手斧で受け止めたマギーは、手を伸ばしてガヌロンの手首を掴んだ。しゃがみ込んで腰と足を跳ね上げ、百数十キロを宙に浮かせて、床へと叩きつける。息が詰まっても、受け身を取りながら、反撃に蹴りを行うガヌロン。マギーの足は蛇のように素早く絡みつき、関節を極めながら、動けなくなったガヌロンの背へと回り込んで密着して、使いやすい円筒系のナイフを取り出す。ガヌロンが咆哮する。恐るべき出血をもたらす空洞のナイフを、敵手の鎖帷子を貫いて脾臓から突き刺した。

 

「た、隊長……まさか、此処に」震え声で女騎士シーマは、降伏すると手を上げながら、かつての上司を見上げた。「なにも喋るな」告げたマギーはセシリアに歩み寄り、傷を確かめ、ついでルーの無事も確かめて安堵の吐息を洩らしてから、無言で親指を喉に沿わせた。

「待っ……!!」叫んだシーマの首筋を組み敷いていたジーナ・E(エクルストン)がナイフで切り裂いた。なにも喋らせなかった。情報を聞いたら、取引として殺せなくなる。マギーも殺人者だ。時に民間人も巻き込むが、出来るだけ犠牲を減らせないか、工夫や思案を凝らすくらいはする。 無辜の少女を躊躇せず殺害しようとする時点で、シーマを生かしておく気にはなれなかった。腕利きを見張る余裕も無かったし。

 

 

 血の涎を垂らしているセシリアの縄を解きながら、「君はよくやった。完全に囮の役目を果たした」マギーが称賛すると、セシリアは皮肉に笑った。「ルーとリリーを囮にしましたね」糾弾の言葉には怒りが込められていた。

 瞳を細めたマギーに対して、しかし、セシリアは笑いかけた。「勝手に動いたのでしょう。そして見捨てて、勝ちを取りに行った。見事な判断です。後は姫さまをお願いします」

「約束しよう」マギーが肯くと「少し気絶します。正直、泣きそうなほど痛いんで、その方が楽ですから」言ってセシリアは白目を剥いた。

 

 腕を撃ち抜かれた男が壁の隅でひいひいと喚いていた。「畜生、知ってたのかよ!」涙目で罵っていたが「……なんなんだよ、お前ら」セシリアに向ける目には理解できないものを見る恐怖が浮かび上がっていた。

「……忠誠心を理解できるのは、同じ忠誠心を持つ者だけだ」ゼイゼイと荒い息の下、血に塗れた黒騎士ガヌロンが苦しげながらも笑みを浮かべた。

「……心強き少女だ。その忠誠心に値する主ならば、いいのだがな」

 

 ポカンと口を開いた男がやけくそになったように喚きだした。

「なに言ってんだよ。俺たちはもうお終いだ。なにが黒騎士ガヌロンだ。名前倒れじゃねえか!女の集団に負けやがって!」マギーの蹴りが顔に炸裂して、ナイフの男が白目を剥いた。

「言い残すことは?」ガヌロンに尋ねる。「……ない。いや、聞き込みでセシリアと言う傍仕えの名は割れた。精々……気を付けることだ」言い終えると、ガヌロンは苦痛を楽しむように目を閉じ、動かなくなった。

 

 徒弟トリスが入ってくる。微かに震えていた。猫耳ココが、なーごなーごと鳴いて、寄り添っていた。人間相手の実戦は初めてだろう。後で慰めておくべきだ。しかし、トリスは震えながらもルーに歩み寄った。

 そう、まずはルーたちの病院の手配をしなければならない。ルーとセシリアは手当てするだけではなく、入念な治療の必要もあった。色々と考えているマギーだが、戸口にガルダの姫君が現れたのを見、深々と嘆息した。

 兵士コリンと兵士イブリン。それに騎士ギィ卿を連れている。大方、セシリアが攫われたのを耳にして、手勢と共に駆けつけてきたのだろう。部下想いなのは良いことだが、これでセシリアの頑張りが意味を無くしてしまったかもしれない。いや、必ずしも、相手側に確認役の斥候がいるとも限らない。それでも、最悪は想定しておくべきか。

「セシリアは?」尋ねてくるアーシア姫に向かって「無事です」歩きかけながら、マギーは次に打つべき手について、思考を凝らしていた。

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 1 (1D100)

 

 ルーは生き残ったぜ。三回振ったけど、全部よかった。やったぜ!

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