全員生き残った。勝利した。ルーも、セシリアも無事だ。味方も、戦えない仲間も生き残ったのは喜ばしい。黒騎士を四名仕留めた。先手先手と採り続けながら、相手の対処能力を飽和させることで選択肢を奪い続けた。マギーの得意な形だ。真正面から戦えば、これほど容易くは討ち取れなかった。ガヌロンともあろう者なら、混戦のうちに逆転の手を掴んできたかもしれない。短い少人数戦闘だから、押し切れた。今回は戦場をデザインし切ったので生き残れた。条件が変わればガヌロンも充分にマギーに届きうる。数万、十数万の地域人口のうちにはマギーより上手の指揮官も当然に存在しうる。運が悪ければ、戦場で敵味方として相対する。かつては、いい所なく損切りと撤退を強いられた一流相手に、今なら読みだけでも少しは拮抗できるだろうか。苦笑を浮かべたマギーは、首を振って、ともかくも今はガヌロンのことは打ち切った。
戦闘の余韻が冷めやらぬうちに、近場から自警団員が駆けつけてくる。市場の夜警たちは下がらせる。事情を知らないままに巻き込んでも、夜警では黒騎士相手に死人を増やすだけだし、買収や脅迫されてしまうものもいるかもしれない。数人の味方に囲まれたマギーは、ようやくに安堵のため息を漏らして、肩の力を抜いた。
それでも取りあえずの警戒は続けていた。此方の戦闘員に死人手負いは皆無だが、結果ほどに力量や判断力の差があった訳ではない。優勢であったのは確かで、順当な結果だったが。マギーが守り側であれば、対処するのが難しい程度に複数の手を打ち続けた。いや、マギーなら、そもそも奇襲を喰らいやすい相手の地元廃墟で、一階に陣取ってのんびり拷問などはしない。もっと安全な拠点で見張りを立てながら尋問を行うだろう。とは言え、こちらが徒党全員に地図を叩き込み、連絡の手順を整えていたからこその即応であり、そこから速攻の奇襲だった。気を失っているナイフ男を一瞥する。後ろ手に縛られて、持ち物は奪い取ってある。彼にはこれから、少し気の毒な事になるだろう。
ニナやリジィ、ジーナ・
「へえ、モーゼルだ」ニナが手に翳した戦利品は、古の拳銃のレプリカ。
騎士たちはモーゼルC96、そしてルガーP08を背嚢に入れていた。ともに比較的、大目に流通している第一次世界大戦期の拳銃。熟練職人なら低精度の工作機械でも模造品を作れなくはない。勿論、鋼材の品質や工作精度は遥かに劣っている為、性能はオリジナルには及ばないが、銃弾も比較的に入手しやすかった。弾薬は、モーゼルの7.63x25mm弾が二発。ルガーの9ミリパラベラム弾が三発を所持していた。
旅の騎士に、拳銃弾は中々に貯められまい。賊や屍者、怪物や狼を相手に消耗を強いられる時もあるだろう。貴重な弾を出し惜しみしたか。それとも、至近に迫られて端から切り捨てたか。手練の敵を倒した時、必ずしも戦利品の弾を其の儘、使える訳でもない。ゲリラ戦に見られる戦術だが、敵の鹵獲を見込んで残留品に爆発物を仕込んでいることがあるので、余裕がある場合、用心深い者たちは、まず鑑定屋に廻すのが定石だ。弾薬から装薬をわずかに抜いて敢えて燃焼させることで尋常の弾薬か、
モーゼルC96も、ルガーP08もガタガタのフレームに弾薬も露骨な再生弾。間違いなく安価な弱装弾だろう。火薬だってケチってるし、性能も劣っている。ニトロセルロースさえも、保存状態が悪ければ劣化もする。盗賊団や無法者は愚か、大きな町の軍隊ですら、大抵は弱装の再生弾を用いている。
ニナと部下たちが戦利品を漁り、それでも拳銃や弾薬を手にしてきゃいきゃい騒いでいるのをよそに、徒弟トリスと猫耳ココ、それに料理番リリーは、倒れてる巻き毛のルーと、拘束を解かれたセシリアに毛布を掛けて寄り添っていた。とは言え、戦闘組も、ルーやセシリアを気にしてない訳ではない。ただ、戦利品を奪い、周囲を警戒するのが第二の天性になっているだけだ。使える弾薬を確認し、周囲に伏兵がいないか警戒しながら、次の行動に備えている。両方、大事だとマギーは言い聞かせているので、料理番リリー以外は、理解している。そしてリリーやルーは、そんな行動規範《プロトコル》を理解しないでもいいのだ。
まだ少し震えてる徒弟トリスと、ルーの頬を舐めてる猫耳ココを両腕で抱き寄せて「よく頑張りました」と褒めてから「セシリアとルーを病院に。市民街区には伝令を送りました。運び込んだら、リリーと一緒に、ジャッコーニ爺さんの家に避難してください。ジョージアも合流するはずです」囁いた。
「え?でも……」トリスは戸惑ったように見返してきたが「ここから先は大人の仕事です。あなたたちはリリーとルーを守ってあげてください」とマギーは微笑みかけた。
「大丈夫。十中八九は、なんとかなります。ただ、私に万が一のことがあったら、爺さんには後のことを頼んであります」トリスが沈黙したので、「返事は?」とマギーは尋ねる。「はい、親方。トリスは、リリーとルーを守ります。了承しました」トリスが返答し、猫耳ココが「なーご」と鳴いた。それから徒弟トリスと猫耳ココは、年長のニナのところに駆け寄って抱き合い、互いに何かを囁き合って、頷いてから別れた。
「なにか手伝えることはあるか?」寄ってきた自警団員ジークに、マギーは肯いた。二、三の指示とメモを手渡してから「捕虜は、私の家で取り調べる。許可は貰ってる。あとは、トリスたちに護衛を。それと……もし今日中に騒乱が起きるようなら、地区の家と住人を守ってやってくれ」と頼んだ。
「それは勿論だが、しかし……」年嵩のジークは、なにかしら言葉を躊躇った。
「手配はしてある。頼むよ、ジーク」マギーの言葉に「……気をつけろよ」と厳しい表情で肯きを返した。装備を剝がされた死体のみを収容し、自警団が撤収していった。
姫君はセシリアと別れ際、額に触れて別れを告げる、が、目を覚ましたセシリアが「……残ります」と食い下がっていた。
マギーはセシリアの折れ曲がった指を見「病院ですぐに再生治療するべきだと思うがね。時間が経つと元通りにならない可能性もある」忠告をした。
「痛み止めを……持ってるのは知ってます」脂汗を流しながら、セシリアが訴えた。
「しかし、君……いや、分かった。ただし、今日がなにも起こらずに終わったら、明日には病院に行きたまえよ」マギーが折れて、軍用
そうしてニナとジーナ・
ゆっくり肯いてから、しかし、口の端を吊り上げると不敵に笑った。
「ついに来たわけか。この後も刺客が続くかな」嘯いているアーシア姫は、第一波を凌いだだけ、とでも考えてるのか。マギーは瞳を細めて「……25クレジットと50クレジット、か」外を眺めながらぽつりと呟いた。姫君が首を傾げて「なんの金額か?」と尋ねてきた。
「防衛戦雇用と、遠征雇用で、一日に掛かるランツクネヒトの給金です。一流は遥かに掛かりますがね」マギーは肩を竦めた。
「敵の財布について考えていました」
「……財布?」目を細めた姫君は「なるほど。例えば、相手が二千の資金を掛ければ、三十人が襲ってくるかもしれぬか?」と首を傾げた。
「いいえ。二十人も雇えません。傭兵団には拠点があります。距離を移動すれば、経費も色々と掛かりますからね。二千では精々二十人でしょう」マギーは肩を竦めながら「言い方が誤解を招きました。三十や五十を払ったからと言って、傭兵を戦闘のある日だけ雇うことは出来ません。一週間、或いは一か月分の報酬を支払って初めて、連中は戦ってくれます」
ふむ、とアーシア姫が考え込んだ。封建領域の継承者であっても、傭兵雇用に必ずしも詳しいとは限らないようだ。感心したようにうなずいている。
「都市で雇った耳の話では、大規模傭兵団や武装徒党が十人単位でポレシャ方面に移動した形跡はありません。近隣の大きな町でも、小隊規模のプロが雇われた形跡はないです。別名義の雇い主を経由している可能性はありますがね」説明すると、姫さまは感心したように頷いた。そして、パオロ爺さんもその他の協力者も無能ではない。アーシア姫だけなら今すぐにでも市民街区に避難させる手はずも整えている。
「先刻、地区内の黒騎士や浮浪傭兵の予備拘禁と今日一日の検問の強化を頼みました。勿論、穏便に。逮捕ではなく、書類の作成と確認の名目で呼び出しました。一日、食事と薪付きの部屋で過ごすだけです。相手に雇われている者がいても、今日明日の間、十人は無力化できるでしょう」とマギーは告げた。
刺客の波状攻撃など続かせない。資金源と継戦力を奪い、本拠を突き止めることをマルグリット・モイラは考えている。勿論、容易くジルカの居場所を突き止められるとは限らないが、どの層にいかな手法で接触し、浸透しているかは突き止められるし、地区内で警戒すべき浮遊戦力に関しては、装備と人数は把握できる。長期戦にも備えつつ、持てる権限や資産で打てる手は打っていた。
「こちらの手筈もそれなりに整っていますが、札を切るべきかは、まだ判断できません。あれの吐く情報次第ですが……」マギーは隅で木枷を嵌められている男を一瞥してから、向き直って「今日一日を凌げば、敵の尻尾は掴めるはずです」
※※※※
ポレシャ市から半日。その小さな廃市街区には、便宜上の名さえ付けられていなかった。なんとなれば、放浪者たちが住み着いただけの町が、一年後も存続しているとは限らなかったからだ。生まれては消えるそうした近隣廃墟集落を、ポレシャ市の住人たちは皮肉を込めて
黄昏の世に危険は付き物だが、その手の集落が飢えや渇き。怪物、人狩りなどの襲撃で滅びるばかりとも限らない。失敗した開拓地となる事も多ければ、暮らすに不便と見切った入植者たちが貯めた金や食べ物を持って再び、放浪の旅に出ることもある。 市内や農村に働き先を見つけて散っていくこともある。開拓地や辺境への移住の途中、単に一時的な滞在地としただけかもしれない。それでも入植者たちは、自分たちの小さな町を赤煙突《レッド・チェミニィ》と名付けていた。旧文明の遺跡の頑丈な煙突が、未だに聳えていたからだ。
荒れ野の彼方此方から赤煙突《レッド・チェミニィ》の町に流れ着いた者のうちに、一人の女がいた。女は南から来たと語り、何時も飄々としていた。ポレシャ市の外部地区やら廃市街。或いは漂泊民《ジプシー》たちに不思議な繋がりを持ち、日雇い仕事を斡旋したり、夫を亡くして困窮した母子にちょっとした差し入れをする事もあった。
数人の仲間がいるようで、南からの交易品として香草や獣の牙など商うこともあれば、立ち行かずに新天地を求める者に南へと旅立つ漂泊民《ジプシー》の旅隊などを照会したりもした。そのうちに口が堅く、気の利いた若者を数人選び、小さな人探しの仕事やら、尾行の仕事などを割り振るようになってきた。報酬は高いがよく分からない探偵めいた仕事を不思議に思い、尋ねた青年もいたが、しかし、女は静かに微笑んで秘密を明かそうとはしなかった。いずれにしても女の仕事の金払いはよく、それで家族を養ったものもいたので、敢えて拘泥する者はいなかった。
女の世話になったものは多かったが、それ以上に
勿論、いまだに相当量の蓄えを持つ一家も少なからずいたけれど、そうした者たちでさえ、長い冬を必ずしも越えられるとは限らなかった。なんと言っても仕事が見つからないし、厳しい寒さは働くに容赦なく体力を奪い取ったし、痩せた畑はもはや芋や蕪ですら殆んど実りを付けようとはしなかった。
――――
荒れ野の彼方此方から赤煙突《レッド・チェミニィ》の町に流れ着いた者のうちに、一人の女がいた。女は南から来たと語り、何時も飄々としていた。ポレシャ市の外部地区やら廃市街。或いは漂泊民《ジプシー》たちに不思議な繋がりを持ち、日雇い仕事を斡旋したり、夫を亡くして困窮した母子にちょっとした差し入れをする事もあった。
赤煙突《レッド・チェミニィ》。リリス探偵事務所の看板を掲げたスコッツ通りの廃ビルに人が集まったのは、十一月も半ばを過ぎた頃だ。
「もしかしたら、外れじゃないのか?」探偵助手のマーチンが耳元で言うのを、探偵のリリス――赤泥のジルカは嫌そうな表情で聞いていた。
「セシリアと言う傍付きがいることは分かっている。歳の頃も丁度さぁ」
「人口千人の町に、何人のセシリアがいるかね」助手の悲観論をリリス探偵――本当の名前はどうでもいい。幼い頃から幾つも持っていたからだ――は鼻でわらった。
「どのみち、勝負するしかないさ。人は集めちまったし、それに……ピーターがとっ捕まった。いずれは口を割るし、ウロボロスも一流さ。もう、動き出してるかも知れない」言いながら部屋に入った。
広い部屋に佇んでいる男たち――若干名の女たちは、町に巣食う破落戸や与太者もいれば、無鉄砲な不良少年らもいれば、素行の良くない浮浪児たち。汚れた服を着た追放者も含まれていた。反対側の隅には、金の為ならなんでもする武装放浪者や漂泊民《ジプシー》、逸れ牧者や部族に牧童が集まっていたし、奥には暴力が売り物の無宿人《ノークォーター》や革鎧を着た浮浪傭兵。鎖帷子の黒騎士、荒んだ眼差しの敗残兵と言った剣呑な人種も固まっていたが、そうしたならず者ばかりではない。
「これが、ダラスです。話したでしょう。それにリックさんです。兄貴が世話になっている」若者――ジャックがリック・ターナーとダラス・ハーパーに話しかけていた。
「リック、久しぶりだろう。弟のジャックだ。他に数人の若いやつも」
「任せてくれ」ジャックの連れたちが口々に手を握り、肩を叩き合っている。
「巻き込むのか」浮かない顔のリック・ターナーにダラス・ハーパーが「人数はいた方がいい」と告げ、了承したのか、リックは肯いている。
どうやら
室内には二十人以上の人間がいた。大半が、若者。南や他所で見た顔の漂泊者も二、三人いた。助手たちを連れて中央に立ったリリス探偵を連中はじっと見てきた。
「実は、わたしも賞金稼ぎなんだよ」頭を掻いてから、リリス探偵は正体を明かした。誰もが薄々知っていて、だから何だと騒ぐほどもない事実だ。軽い笑い声に室内が騒めいた。
リリス探偵の合図とともに、助手たちの手によって似顔絵が配られた。
「この娘は……姫だ」探偵の言葉にざわめきが起こった。
「ガルダ、戦争があった土地から落ち延びて、ポレシャに逃げ込んだ。敵対していた領主が身柄を。生きたまま押さえたがっている」リリス探偵は訥々と説明しながら、肩を竦めた。
「理由は分からん。ただ、大きな仕事だ」言葉を区切って一同を見回した。
「だが、正直、気が乗らない。危険な仕事だ。もしかしたら、市内の有力者の庇護を受けて、強力な護衛もいるかもしれない。仮にも城持ち騎士の娘だ。いつもの二束三文の仕事とは訳が違う」息を呑んでいる連中に頷いて見せると「今まで、所在に繋がる情報に五百。知らせてきた奴らが動いて、保安官補に拘束された」
五百、と言う囁きが何処からか聞こえてきた。どうやら、拘束よりも情報だけで五百と言う金額に興味をそそられているらしい。
「今回は、半ば、非合法の仕事だ。その分、報酬も大きい」リリス探偵が唇を舐めてから、条件を告げた。
「参加する者は二百。自由都市ズールの都市銀行の手形で、前金を今、支払う。逃げれば、そいつの手形は不払いになる」
「さ……参加するだけで二百都市通貨?」上ずった声で尋ねてくる浮浪児に、頷き返して、言葉を続ける。
「ああ、そして身柄を押さえたら、突拍子もなく聞こえるかも知れないが、四千」
「農場が買える金額だな」「人生だって買える」呻き声や首を振るう者、それに興奮したようなざわめきや囁きなど、反応は様々だった。
市内の簡単な地図と、想定される姫君の居場所を壁に張り付ける。予定されてる襲撃時刻は、かなり遅い時間帯だ。
「ジルカ。それが本名。まあ、どうでもいいことさね。今となっては」リリス探偵が肩を竦めながら、リック・ターナーをじっと見つめた。
「四千……本当に払ってもらえるのかね?」とリック。
「赤泥のジルカは、報酬を惜しんだことはない。そこら辺の酒場で南からの旅人に聞いてみな」肩を竦めると「疑った訳ではないさ。ただ……いや、なんでもない」
リックは、姫さまの場所を目に焼き付けるように壁に張られた市内の地図を何度も見つめていた。
リリス探偵は休日の度、リック・ターナーが息子と遊んでやってる姿を目にしてきた。父親と言うのは、家族の為なら何でもするものだ。だが、黄昏の時代は、間違えた者から容赦なく大事なものを奪っていく。リックの周囲に