黄昏のガンダルヴァ   作:猫弾正

373 / 376
03_102T 遅滞防御

 アーシア・オブ・ガルダを追いかけて、ジルカたちは抜け道を駆け抜けた。

 途中、細い路地横合いの扉が閉まっていた。いや、扉の締まる音と、鍵が掛かる音がした。

「くそ!」拳で叩くがビクともしない。頑丈で高い石造り建物の一階へと通じる扉は分厚く、鍵が掛けられている。分厚い内開きの扉に、恐らく太い閂まで掛けられている。銃で撃とうとも、破壊できるとも思えない。しかも、上から射手が撃ちおろしてくる。

「援護《カバー》!」味方が援護射撃すれば、窓の奥へと引っ込むが、高所を抑えられているのは痛い。上の射手――最低でも三人。それも、かなりの腕利き揃いで、至近。高所からの狙い撃ち。夕暮れ時の暗さに乱戦。雑兵でかさまししているとは言え、既に十人近くも殺傷させられている。それにこちらの弾薬も、潤沢とは言えないのだ。当初、目標とした短時間での速攻と護衛の排除。標的確保からの速やかな撤収は、既に破綻していた。思わぬ邪魔が入ることを想定していなかった訳ではない。

 戦力と計画には十分な冗長性を持たせていた。それでも三十人近い護衛団など流石に予想はしていなかった。

 

「……抜け穴をこの儘に駆け抜け、奥の壁を越えるしかない!」ジルカは決断した。

 舌打ちしながらまずは仲間たちが壁を越えれば、銃声が響いてきた。

 通り抜けた先の街路にも黒地に黄金麦穂の旗が翻っている。物陰から、新手のランツクネヒトの一団が撃ちかけてくる。

「新手!」撃たれた無宿人《ノークォーター》が、傷を抑えながら叫んで状況を知らせてくる。十人か其処らはいるだろう。

 加えて、ランツクネヒトたちのマスケットやクロスボウ、槍や剣だって、精度に劣るだけで、威力は十分に致命的だ。狭い路地に近距離での陣地戦。白兵距離は、ランツクネヒトの独壇場だ。装備に優る黒騎士や無宿人《ノークォーター》でも、ひっくり返されかねない。ジルカは歯噛みした。

 

 当初予定していた四十人では、この路地に挟撃を受けたら逃げ場を失っていたかも。人数とは、兎も角も役に立つものだがこの激戦では……。足止めに割り振った賑やかしの渡り人(オーキー)や放浪者連中は拙いかも知れない……顔を思い浮かべたジルカは、首を振った。

(……捨て駒になったとしても、それも連中の選択。そして、こちらも余裕がある訳じゃない)

 追撃を止める訳にもいかない。そもそも助ける余裕がない。

 鉄火場に雇った以上、損耗は計算済みだが……ジルカは冷血漢ではない。

 それでも、けして死なせたい訳ではないのだ。それにしてもこれほどに。

 

 壁を乗り越えたばかりの味方が数人、銃弾を喰らって横転した。まだ死んでない。

 上手く飛び出したジルカも、足を撃ち抜かれただけの古い仲間を引きずって物陰へと引きずり込んだ。壁を飛び越してきた次々と仲間たちが撃たれるが、流石に生き残って物陰に飛び込んできた者たちが反撃を始める。しかし、膠着状態だ。街路を覗き込めば、アーシアの一団は、街路の彼方を曲がろうとしている。

「次から次へと。ええもう。糞ったれ」口汚く罵った。

 どういう脱出計画だ。

 相手は最初から、空き地で勝つつもりも、防ぐつもりもなかった。

 意図的に時間を稼ぐ防御計画を組んでいるのは、ジルカも喝破していた。

 進路を限定して、退路に沿って兵力を配置している。標的が逃走を続ける以上、それでも、ジルカは追うしかない。堅固な地勢に拠った段階的遅滞防御の組み合わせ。

 これを考えた奴は、途方もなく性格が悪いぞ。しかし、見失う訳にはいかない。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

「空き地に突入を許しました。ただし、戦況自体は優勢」

「一班、二班が抗戦中。味方の狙撃兵はビルを保持」

「プリンセスは、こちらに向かって退却中。敵の一部がこれを追尾」

「黒騎士の複数名を確認」

「地区に展開していた三班が接敵、足止めと交戦を開始」

 駆け込んできた伝令であったり、或いは、近くの屋上から双眼鏡で戦況を見守っているニナが伝えてくる戦況をマギーは逐次、手元の地図へと書き込んでいた。

 日没が迫る中、敷地内では焚火を盛んに焚き、ランタンの明かりを頼りに机の上の地図と睨み合っている。

 

「三班から伝令。敵は主力のようで分はよくないと。応援を求めてます。さもなくば、後退の許可を、と」駆け込んできたランツクネヒトの伝令を一瞥して頷いてから、マギーは傍らのジーナ・E(エクルストン)に「イザベル・ミラーと牧者衆は? 」尋ねた。

「まだ確認できません」部下の返答に肩を竦めて、マギーは苦笑した。手配した筈の味方が遅延する。来ない。道に迷う。伝令が届いてなかった。戦場では幾らでも起こりうることだ。中央からの援軍が今日中には来ない状況だってあり得る。

 

「三班には、後退を許可します。枯れ井戸の十字路までは退いていいと。ただし、そこで踏み止まり、余力あれば敵の追撃に移るように」マギーの言にランツクネヒトの伝令が敬礼を返し、駆けていった。と、数発の銃声が響いてきた。しかも、二、三発ではなく、断続的だが止まらない。音が細く鋭い。ライフル弾も混ざっている。

 

「イザベルが間に合いました」マギーは呟いたが、しかし、思わぬ近くからも銃声が響いた。しかも、止まる気配がない。徐々に近づいてきている。

「同時に……しかし、三班は突破されつつあるか?」舌打ちしたマギーは、自分の目で戦況を確かめたい誘惑に駆られたが、しかし、今、本営を離れて万が一が起こるよりは、待ち受ける方がいいと考え直した。

 

「リジィ。四班に直営戦闘の準備を。予備の予定でしたが最悪、来そうです」マギーの言に、用心棒リジィが首を振った。

「三十人のランツクネヒトが突破されるかよ。普通。牧者衆も動員したんだろ?」呆れたような物言いに、マギーは肩を竦めた。

「赤泥のジルカは、どうやら、普通ではないようです」

「漂泊民《ジプシー》を見張らせている手下どもを呼び戻した方がいいんじゃねえの?」リジィが提案したが「呼び戻しません」首を横に振るう。暖かい服を支給した浮浪者《ホーボー》たちは、都市の抜け目のない目ではあるも、戦闘ではてんで頼りにならないのだ。

「……推測される敵の人数は六十人。七十人は超えてないでしょうね」マギーは首を傾げ、「二十、いや、三十かな。それで追加で二千。払えなくもない」呟いている。

「あん?なに言ってるんだ?」訝しげな用心棒に向き直って「敵一人に対し、三十都市通貨の追加報酬を約束します」宣告したマギーが書類を書き始め、ランツクネヒトのリジィは口笛を吹いた。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 直前まで寝ていたイザベル・ミラーは大きな欠伸をした。秋の夜長からは昼夜が逆転しがちであった。零下十度を下回る冬の夜は、起きて過ごしている。暖かな日の出から昼に掛けて眠りに就くのだ。ポレシャ市は町外れ地区の下町。イザベル率いる牧者衆の下宿は、廃屋の中に張られた天幕だ。大型構築物の崩れかけた煉瓦壁に布や土、藁の安い資材で穴を塞ぎ、屋根を修繕して風や冷たい外気を防ぎつつ、さらに内側に羊毛と獣皮製の天幕に暮らしている。最初の壁でも怪物や野生動物、屍者をある程度、防いでくれる。少なくとも簡単には入り込めないし、時間は稼げる。さらに天幕内で厚着して毛布や寝袋に潜れば、かなり暖かい快適な暮らしも出来るものだ。

 

 お茶を沸かしながら、建物の彼方此方から仲間たちが集結するのを待つ。他の建物に暮らしている奴らもいる。連発銃を持った賊たちに侵入されて一掃されたり、誰かが屍者に噛まれた時、一晩で壊滅しないで済む。

 隣の天幕から出てきた褐色のエジプシャンが目を擦りながら文句をつけてきた。

「イザベルさぁ、一人寝した時に、ガイ君の名前呼ぶの止めてよ。他人の恋人に執着するのよくないよ」

「よし。死にたいならそう言うぞな」入れてやったお茶はお前にはやらん、と告げるも。纏わりついてきて、結局、お茶を奪われた。

 

 先刻から、市内の鐘が鳴りっぱなしだ。市街戦らしき銃撃戦や鬨の声も伝わってくる。だが、敵襲を知らせる鐘でもなければ、火災でもない。規定の要員は、参集せよ、との本来、一度しか鳴らされない鐘である。十分おきに幾度も繰り返されているのは本来、ありえない事態ではあるが、牧者衆のイザベル・ミラーは、参集の鐘が打ち鳴らされたら、駆けつけることをマギーと約束していた。

 

「急かされてるなぁ。まあ、借りは返すと約束しちゃったし……」ぼやきながら、仲間のJJやチシャ猫、エジプシャンなどが武装を背負ってやってくるのをじっと待つ。

 JJは頼りになる奴だ。いや、一緒に育った牧者仲間でも誰が成長するかは案外、分からないものだ。年長の頼れるミラが死んだのは、とにかく残念だった。

 十人は集められる予定が八人。後で、残り二人がやってきても、二人では今の市内を移動するのは少し危険に過ぎた。八人いれば充分ぞな。判断したイザベルは『遅刻者は、合流せず、下宿を守るように』と書置きを残して出発すると、地区内の街路を纏まって、慎重に用心深く移動し始めた。

 

 大きな街路には、幾つもの死体が転がっている。ランツクネヒトが1に対してその他が2.5ほどの割合か。いや、死なずに呻いている者、動いている者もいるので、装備のいいランツクネヒト側の負傷者は、勝てれば、かなりの人数が命を拾うかも知れない。まるで戦争だが、今、防壁を守っている常備傭兵や民兵は、しかし、動かないだろう。賞金稼ぎと身を守る標的の私闘であれば、介入する理由がない。むしろ、騒乱の市内に惹かれた屍者やら変異獣が流れ込まないよう、外に対する警戒を強めているに違いない。

 

 ライフルを抱えながら、用心深く、慎重に進んでいく。進みなれた筈の道が夕闇の中、まるで見覚えのない異界にも感じられた。逢魔が時だろうか。歩いているだけで、息が荒い。牧者衆は良い銃を持ち、狙撃に優れているが、しかし、白兵されたら、ランツクネヒトや放浪騎士には到底敵わない。真正面から戦えば兎も角、物陰から不意打ちされたら、恐いのだ。予定の場所へとたどり着いた。マギーの指示通りに昇って上階に陣取れば、見渡す通りの彼方に銃火と刀槍を持って交戦している一団が見える。

 

 やっと安堵の吐息を洩らし、小さく頷きながら伏せ撃ちの姿勢を取って観察を続ける。

「見えた。見えた。やり合ってる」

「あっちが味方か?土嚢で頑張ってる方」

「ランツクネヒトが味方の筈。旗も掲げてるし。押されてるな」

「周囲をうろついてる連中を撃てばいい?」口々に言い合う仲間たちを、イザベル・ミラーは必要以上の危険に晒したくはない。シャスポー銃を取り出しながら、しかし、百メートルを当てられるかは自信が無かった。

 

 馬鹿馬鹿しいことに折角のシャスポーやドライゼ銃、エンフィールド銃などは、紙薬莢の拳銃弾仕様に改造してある。何故なら、ミニエー弾や入手しやすいから、ではない。弾薬の生産性はさほど変わらないが、低威力の拳銃弾を用いる方が、銃身の寿命が遥かに長持ちするのだ。無論、普段使いとは別で、無改造ライフルも所持しており、負けられない戦いなどに用いるのだが、今回、持ち出したのは、安価な拳銃弾仕様ライフルだ。どちらかと言えば、銃身が長く、精度が高いだけの拳銃。カービン銃に近い運用だろう。粗悪な弾薬を損耗してもそれほど惜しくない代わり、100メートルでさえ当たるとは断言できない。

 かと言ってこれ以上、間合いを詰めれば、敵の射撃も仲間の誰かしらに当たるかも知れない。有利な位置とは言え、こちらも八人もいるのだ。

 

「この距離でいいよ。この距離で」イザベル・ミラーは妥協した。

 照星と照門を重ねて、狙いを定める。弾を全て使い切るつもりもない。こちらに寄せてきた時、身を守る弾も必要だからだ。夕暮れ時、煙の中、動き回る敵を撃つのは難しいが、一人五発。大盤振る舞いでも八発。四発に一発でも当てれば、十人は脱落させられるし、最低でも牽制は出来る。それで十二分にマギーと約束した役割は果たせるはずだ。

 

 

 

 ※※※※

 

 

 

 隣で銃撃に徹していた無宿人《ノークォーター》が頭を撃ち抜かれて、地面に転がった。が、「痛ぇ!」叫びながらすぐに起きた。

「お、俺の頭はどうなってる!俺の頭!」叫んでいる無宿人《ノークォーター》の腕を掴み「ついてるよ!かすり傷だ!」物陰に引っ張り込みながら、相棒が無責任に請け負った。

 

「狙撃手《スナイパー》!六時の方向!」誰かが叫んでいる。こちらの無宿人《ノークォーター》が数人、反撃したが、銃弾を相当に浪費しつつあるのだろう。当初に比べて明らかに賞金稼ぎたちの火力は落ちていた。弾薬の損耗、疲労、夕闇、負傷、そして位置取り。戦闘力は落ちてきている。

 

「あのビルだ。反撃できるか?」指差した女黒騎士の顔のすぐ近くをピウンと音を立てて弾薬が掠めた。ヒュッと息を吐いて、素早く伏せるも、撃ち抜かれる味方もいた。

「五人か、下手すりゃ十人くらいはいるな。撃つたびに位置を変えてる」一度に十発を撃ってくる訳ではない。が、狙いすました感のある狙撃の発射感覚と方向からおおよその人数は測れるものだ。

「それに百メートルはある。西日で高所」黒騎士の一人が舌打ちした。手前に建物があって遮られてる。街路にはさほど詳しくない。距離を詰めて得意の白兵にも持ち込めない。

「それでも十字砲火を仕掛けてくるほどの統制は取れてない。指揮官や下士官までは足りないか。それとも、寄せ集めかな」黒騎士が歴戦らしく淡々と分析しているがそれは安堵すべきなのか。

 

 

 冬の空の下、土埃舞う夕暮れに、呼吸を整えながらジルカは周囲を見回した。

 地元に詳しいだろう与太者や破落戸は殆んど見当たらなかった。脱落したか。足止めされてるか。それとも、逃げ出したか。端から期待していた訳ではないが、一人も見当たらない。いら立ちを隠しきれずにジルカも舌打ちした。

「嫌なところ、嫌なところと陣取ってくる。手強いな」誰か、名前も知らない無宿人《ノークォーター》の一人が楽しげに笑うが、顔は戦塵に汚れていた。

 次から次へと新手が湧いてくる状況に、流石のジルカも首を振るう。四十人の護衛。それも破落戸の類ではない。どういう状況だろうか。

 

 マーチンが腕を抑えていた。撃たれたらしい。弾頭がめり込んでるが、めり込んでいるだけだ。抉りだせば、拳銃弾だった。

「連中、ケチったな」冷や汗を浮かべながらも、笑っていた。革鎧は、貫通されたが、まだ戦えると言い張っていた。しかし、戦況は宜しくない。先鋒は、隘路の街路に射すくめられ、二進も三進もいかない。前方では、一度は追い払ったランツクネヒトたちが態勢を整え直して、頑張っていた。

 

 射線を遮る為、薄い扉を蹴破って近くの民家に引きずり込んだ。

 中にいた住人家族が怯えながら、奥へと引っ込んだ。貧弱なクロスボウは持ってるが、向けてはこない。それでも武器を持っているので、銀貨を投げ渡した。

 近くの水瓶から勝手に水を取り、天井にぶら下げた鼠の干し肉を腹に詰め込む。

 住人の子供たちが不満げに唸っているが「勘弁してくれ」頼むから、妙な真似はしないでくれと思いながら、仲間の手当てを行った。

 

 周囲には負傷者たちのうめき声。血の滲んだ包帯。迫る日没に度重なる敵の増援。

 いっそ退くか。と考える。まだ、戦えるが、余力があるからこそ、だ。

 弱気の虫に執り付かれただろうか。いや、冷静な判断だと信じたい。それも一つの選択肢として脳裏の片隅に留めておく。だが、追い詰めているのも確かだった。三つ以上の備えをしているとも思えない。精々、あと一つか、二つ。何故なら、それだけの力があるなら、最初から隠れる必要は無い。相手の備えは想定以上だったが、二万の報酬。確かに一筋縄ではいかないことは最初から覚悟の上だったはずだ。

 

 もうじき陽が沈む。夜の闇が訪れてしまえば、銃は威力を減退する。白兵に猛威を振るうのがランツクネヒト。黒騎士たちも弱くはないが、数が違う。決めるなら、早めに決断するべきだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。