アーシア・オブ・ガルダの守りの堅さは、賞金稼ぎたちの想像を遥かに越えていた。市街の所々で待ち受けるランツクネヒトや、狙撃兵の籠る建物を潜り抜けて、ようやっと裏通りに突入するも、そこには土嚢を積んだ簡易な要塞に十名以上のランツクネヒトが立て籠っていた。突入した浮浪傭兵や無宿人《ノークォーター》も少なくない人数が倒れた。黒騎士たちがランツクネヒトどもと切り結ぶが、戦闘の最中に激しく動き回っている為、援護射撃も難しい。また黒騎士たちは一対一の白兵を好む為、容易に敵の誘いに乗って物陰などに誘い込まれてしまう。
それでも流石にこれ以上の護衛は出てこない。リリス探偵事務所が用意した六十名の賞金稼ぎとほぼ同数の護衛が出てくるとは、ジルカ含めて、味方の誰も想定はしていなかった。湿原諸邦の町や村で昼日中の戦いあれば、さぞ語り草になったに違いない。
乱戦が続く中、標的の姿を探すも、標的アーシアの姿は見つからない。
挙句の果て、訳知り顔の女が出てきて「姫さまはとうに脱出した。45分前だ」などと映画の悪役みたいなことをほざいてきた。あんまり頭に来たから銃弾を叩き込んでやった。なにか矢鱈と強そうな雰囲気だったが、本当に雰囲気だけで、悲鳴を上げながら逃げていった。まさか、あれがスネイクバイトのウロボロスだろうか。
兎も角も、追跡部隊は即座に南の街路へと突入した。女の言葉を信じた訳ではないが、理にかなっている。現状、アーシアの逃げ込める先は南の市民街区しかあるまい。農村や自治地区では、不測の事態も起こるかも知れない。確かに雪の上には、複名の足跡が刻まれており、こちらは漂泊民《ジプシー》や放浪者など、健脚の持ち主が七人。特に夜の廃市街に障害物も多い夜道であれば、追いつけなくはないと決断した。或いは、他所に逃げたかも知れないが、その場合、残存の兵力を纏めて、再び、様子を伺い続ける手も残されていた。兎も角も、今は後を追おう。
互いに不案内な深夜の廃市街を進み続ける。瓦礫が散乱し、所々で土嚢や崩れた瓦礫、バリケードに街路が塞がれている。カンテラや星明りだけを頼りに夜道をひたすらに突き進む。巨大鼠や野犬の群れの陰が壁に映った。通りや区画によっては、働き蟻や屍者、変異獣すらも徘徊しているようだ。中途、街路に面した廃墟建築物の三階まで駆け上がり、南へと目を凝らす。暗い夜道を45分の先行。どんぴしゃに南におよそ一キロ地点、カンテラと思しき明かりが動いているのを見つける。
何故、アーシアの居場所を知らせた?要塞にいた女の意図を測りかねるも、考える暇はない。或いは、こちらの戦力を分断させるつもりだったか?だとしたら、思う壺に乗った訳だが、残してきたのは、足は速くはないが歴戦の黒騎士と無宿人たち。十人以上の腕利きを相手に精々、頑張ってみせればいい。
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本営直卒のランツクネヒトは、三人ほど負傷者を出していたが、命に係わるほどの深手ではない。胸甲と鉄帽子、それに守りやすい土嚢陣地と後退許可がランツクネヒトをして弾性防御を可能とし、数に優る黒騎士と無宿人、浮浪傭兵を相手に重傷者を三人にまで抑えていた。勿論、数的不利を見て取ったマギーが即座に遊撃に切り替え、横合いから殴り続けたのも幾らかは効いているだろう。
八割から九割で負けようがないと踏んでいたが、マギーにとっては、まったく想定通りの展開に終始した戦いであった。無宿人《ノークォーター》や黒騎士は個人個人は手練であっても、地形や戦場を用意して待ち受けているという発想を持たず、此方が用意した盤面での勝負に引き込まれた。地形を利用した土塁で、敵を都合のいい動線に誘導し、戦場も分割した。味方が有利になる状況を積み重ね、賞金稼ぎたちに誤った判断をさせ、意図と結果を誘導する。
スネイクバイトのウロボロスも、過去に幾度かは敗走していた。
一流の傭兵隊長相手に撤退を強いられた経験もあったが、それでもなお戦場を設計できる指揮官と、そもそも、そうした発想を持たないものでは戦闘に天地の差が出る。戦場を俯瞰する指揮官が相手となると、同じ思考や感覚を持つ一線級の将校でないと、まずまともに戦うことも出来ない。正規軍の将校が、会戦で強い所以である。
とは言え、賞金稼ぎの手練たちもゲリラ戦であれば、威力を発揮しただろう。部隊を動かし、火力を集中し、補給線を維持して、陣地や戦線を管理しての正面戦闘に正規軍の強みは生かされる。少人数で分散して、自然を利用して潜伏しながら奇襲や撹乱を繰り返せば、コストは肥大化を続け、崩れ始めるだろう。尤も、良い指揮官とは正規戦にもゲリラ戦にも対応できるものだが。赤泥のジルカは、どうやら、どちらでも無かったようだと、マギーは鼻を鳴らした。
敷地内や街路では、ランツクネヒトたちが駆け回っている。よく見ると装備も軽装で年も若い。戦闘には参加していなかった者たちが今頃になって、留守を守っていた仮拠点から呼び出されていた。傭兵団によっては、従卒と言うものがあるようだ。
「連絡線確保!」ランツクネヒトの少年か、少女かが叫んで「連絡を確保!」隊長のリジィが態々、二重に報告してきた。マギーは地図を眺めながら、静かに頷き返した。
北の出入り口から、自由市場までの街路は自警団が回復させた。表通りから経由して北周りから空き地までも味方がほぼ抑えて、より遠い方の一班二班との連絡がまず回復していた。近所の冬籠りしている家屋の頑丈な木窓が微かに開かれている。恐る恐ると覗いているのが分かった。
(……これで近所付き合いは壊滅だなぁ)と物哀しさを覚えつつ、マギーは手を振り返した。例えば、荒くれの職人が十数人の徒党を集めて喧嘩して、銃弾が飛び交い死者が出たとしても、それは危険な個人の範疇だ。
双方で百名規模の大規模戦闘の片方の指揮官。地区で四、五十名を動かし、市街戦を行った人物を、もう誰も同じ庶民のマギーちゃんとは見なすまい。喧嘩では済まない。抗争でさえない。引っ越してきた頃に共に噂話に興じたり、薪や食料で頭を悩ませた庶民の暮らしも楽しかったが、それもこれで終わりだろう。
(……さて、喪ったものと得るもののどちらが大きいかな)マギーは耳たぶを引っ張ってため息を漏らした。少し、泣きたい気分だった。だが、リジィやジーナ・
自警団員たちが陣地で火に当たりながら、捕虜たちを縛り上げては詰め所へと護送していた。他の交戦地点ではどうなっているかは、分からない。一、二班は、近くの建物を使えるにしても、三班は敵と睨み合っている。恐らく敵味方共に路上で一晩を過ごす事になるだろう。一班、二班に余力があるなら増援に向かわせると同時に、三班に薪を届けさせよう。勿論、路上で火を焚いては狙い撃ちだから、近くの空き地に下がることになるが。交代でも火に当たれば、零下10度近い寒空で震えながら過ごすよりは、怪我人にとっても、疲労した兵士たちにとっても、随分とマシなはずだ。
降伏してくれれば面倒ないのだが、報酬目当ての野良犬どもが大人しく此方の言葉を信じるはずもない。朝まで待っての掃討戦が妥当なところだろう。
リジィが駆け寄ってきて「マギー!保安官補!追撃の準備が整った!」告げた。マギーは考え込んだ。追わせるべきか。自警団員が入れ替わりで来たとは言え、ここで五名を追撃に出して大丈夫だろうか。ジーナ・
そんなことを口に出しながら頷いた。「そう言う訳で、私がジルカを追います。火は絶やさないように、身体を暖めて、対応できる余力を保っててください」細々と注意してから、カンテラを三人が掲げ、マギーは先頭に立って走り出した。
これから夜の廃市街を進んでの追跡に移る訳だが、多分に追いつけると踏んでいた。何故ならば、南街路から市民街区までの探検を行ったのが、マギーとニナだからだ。先行するジルカが知らない道を、マギーは知っている。そして余程、強力な軍用小銃弾でもなければ、闇夜に初弾で頭を撃ち抜かれたりしなければ、細胞賦活材と三千都市通貨のレンジャージャケットは、大抵の銃撃から命を守ってくれるだろう。防弾性能だけなら、五千都市通貨の軍用外套を上回っているのだ。
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廃市街の小さなトンネルで、賞金稼ぎたちは強襲を受けた。元は鉄道の通った小高い丘を通り抜ける為の車道トンネルだったのだろう。光が殆んど刺さない闇の中、屍者や変異獣が潜んでいないかと警戒しつつも足早に進んでいた時、先頭を行く放浪者のカンテラが叩き落とされた。アーシアの護衛と思しき二人組の剣士が廃車の物陰など、暗がりから現れるや、予期せぬ奇襲を仕掛けてきたのだ。
「
特に男の兵士は、此処を先途とばかりに、死に物狂いで奮戦した為、三人の放浪者と漂泊民《ジプシー》が脱落した。二人が斬られ、一人が腕を半ば落とされ、他にも数名が切り傷を負った。女剣士の方は、出血しながらも、闇に紛れてどこかへと離脱した。遠ざかる足音に向かって発砲するも、恐らくは外れたようだ。
男の剣は鋭く、闇の中でも殆んど揺らがなかった。ようやくに仕留めてカンテラで照らしてみれば、目が包帯に覆われていた。元より、半ば盲目の剣士が暗闇のトンネルで襲撃を仕掛けてきたのだ。
「ステインは駄目だ。ルークも……」地面に事切れている仲間たちを見やって首を振った。
「目の見えないものを足止めに使うかよ」入れ墨の女は吐き捨てながら、随分と手こずらされた苛立ち紛れに地面を蹴った。それでも足を止める訳にはいかない。仲間の手当てを行ってから、追跡を再開する。負傷者をトンネルに残し、残った四人で歩を進める。
先を行くカンテラの光が、間近に見えた。時々、曲がり角で見失うも、それでも確実に距離は詰まっていた。時間的距離は空いていても、アーシア・オブ・ガルダの足取りは鈍かった。凍てつくような曠野の冬の寒さが、足を鈍らせたか。或いは、傷を負ったものがいるのかも知れない。小走りに距離を詰めて、ようやくに背が見えた。老人と侍女に挟まれて、よろめきながらも走っているアーシアと思しき絹服の少女。「アーシア!」名を叫んだ。足が止まりかけ、少女が振り返って此方を見た。「アーシア・オブ・ガルダ!」もう一度、張りの有る声で呼びかけた。少女が歩を止めた。立ち止まった。
夜の帳の下、廃墟に囲まれた街路で歩を詰めた。思っていたよりは小柄な感じだが。銃を突きつけながら、入れ墨の女が冷ややかな眼差しを向けて「お前を逮捕する。罪状は内乱扇動、武装蜂起、領民への背信、そして領地の財産の横領」宣告するも、絹服の少女が、くつくつと笑い声を洩らした。
口元に浮かべている少女の冷笑に、嫌な予感が氷塊のように背筋を滑り降りた。
「姫さまは、此処にはおられません」カンテラで照らせば、手配書より遥かに幼い少女だった。傍らの女も、別人。
「……アーシアじゃない?」呟いたベスが膝をつきそうになったのを支えた。
「既に朝方、サウス・コートに入られました。ポレシャ市でもっとも守りの厳重な区域です。もっとも、私もそう聞かされただけですが」勝ち誇った少女の言い草に、ベスはカッと頭に血が上ったのだろう。
「あんたたちみたいに、身分の高い連中に使い捨てにされても唯々諾々と従う奴らがいるから!」
「侵略者の犬が上等な口を聞きますね」嘲笑する少女に、ベスが手を振り上げるも掴んで止めた。「……どうして」泣きそうな表情で見つめてくるが、それでも目を閉じて首を振るう。
虚脱感が襲い掛かってくる。入れ墨の女がなにか慰めようとしたのか。口を開きかけた瞬間、いきなりの発砲音が響き渡った。ベスが目を瞠って、膝から崩れ落ちた。抑えている脇腹から血の匂いが漂ってくる。もう一人。足を抑えて絶叫していた。
「地獄に落ちるがいい。侵略者の走狗……」言い放ちながら、偽アーシア――いや、ガルダ人たちが身を翻して逃げ散った。
いつの間にか、背後の街路に接近していたランツクネヒトの小集団。
見事に遮蔽を取りながら、間合いを詰めてくる。次弾を装填している者もいた。
「赤泥のジルカ。君を逮捕する。罪状は市門の強行突破。市街での戦闘行為。集団での武装行動。複数の殺人と暴行。あとは住居の不法侵入だ」物陰から朗々と呼びかけてくる女を睨みつけつつ「スネイクバイトか?」入れ墨の女は物陰に滑り込んで銃を引き抜いた。
※※※※
夜明け前の凍り付くような冷気が陽の光と共に少しずつ、引いていった。長い夜が終わりを告げつつあった。街路に並んだ廃屋の壁に寄り掛かりながら、リックは、懐に手をやって紙巻煙草を取り出した。
隣に転がってるダラスに「吸うか?」尋ねるが「いらねぇ」と言われる。
「それより、なんか食べ物持ってねえか?腹が減ってる。腹の皮が背中とくっ付きそうだ」
「俺もだ。ひもじいな」リックは日の出を眺めながら呟いた。通りの向こうから、槍やマスケット銃を構えた新手のランツクネヒトが集結しているのをぼんやりと眺める。
「ジャックはどうしたかな?」ダラスが弟の心配をしていた。
「さあな」応えたリック。他人の面倒を見る余裕などなかった。
何処からか、咳き込む音が聞こえる。いや、リック自身の咳だろうか。
巨大蟻の群れが故郷を襲った時、リックも、ダラスも勇敢に戦った。
村と田畑を失い、幾つもの集落を流れて、大きな町に流れ着いた。
「……これが運命だとしたら、酷いもんだぜ。まったく」ダラスがぼやいた。
「まあ、出来るだけのことはしたかな」
失い、失い、失った。煙草を味わいながら、「……間違えたかなぁ」とぼやいた。
「結局のところ、俺たちは騙されたのかね」とダラス。
「さてな。そうは思いたくないが……分からんな」
「やっぱり煙草をくれ」ダラスが言った。
苦笑したリックは、血まみれの手で紙巻き煙草を吸わせてやる。
「ああ、うめぇ」呟いたダラスの口元から煙草が落ちた。ずるずると崩れ落ちていった。
「おい」ダラスを揺すろうとするも、凍り付いた全身が痛み、力も抜けていく。
「……アンナ」最後にリックは呟いた。
なにも思いつかない。なにも出来そうにない。
目の前に靄が掛かったように黒く……
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「市内に侵入した賞金稼ぎの六割が捕虜乃至戦死。残りは市内から敗走した模様」ランツクネヒトの報告にマギーちゃんは、制圧した地区内の街路を忙しく歩き回りながら「ご苦労」と頷いた。
夜が明けても、街には硝煙と血の匂いが色濃く漂っていた。
民家の壁に寄り掛かった賞金稼ぎたちの亡骸――平凡な
「民兵隊のヘルナル大尉から伝令です。一連の報告書を出すようにと」
「わたし、昨日からずっと寝てないんですけどね」ぼやいたマギーちゃんを気の毒そうに眺めてつつも、自警団員が「保安官事務所と、議会からも、すぐに報告に上がるようにとの矢の催促です」
「死んじゃうぅ。そうだ、気の毒なマギーは負傷中です」呻いたマギーちゃんは指を鳴らしたが「先刻、議会の斥候が貴方の勝利と健在を報告しに戻っています」切り返されて、しょんぼりした犬みたいな表情を浮かべた。
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元々、伝説の賞金稼ぎで平穏な暮らしを欲して、逃げて来たのに、窮地に力を発揮して、さすウロ!さすマギ!されちゃうんだ。
わたし、また何かやっちゃいましたぁ?(にちゃあ